異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk




 『神出鬼没の怪盗紳士、今度は警察署から!?』



 新聞の一面に踊った一文を読みながら、少女は一人深い溜息を漏らす。
 瞼を落とし、瞳を硬く閉じ、放たれた少女の息は、重く、周囲の空気が一気に澱む様な気配さえある。
 少女は落ち込んでいた。それはもう、最高にダウナーな気分だった。

「勘弁してよ……もう……」

 少女は顔を上げ、今一度新聞へと目を向ける。
 勿論、そこに書かれている内容に変化は無い。
 似ても似つかない、と言うより性別すら違う想像図が少女をあざ笑うだけだった……。



 さて、ではそろそろ少女が肩を落としてこの上なく落ち込んでいる理由を語ろう。
 それは、その新聞に載った記事の内容に少女が深く関わっているからに他ならない。
 では、どう深く関わっているというのだろう。
 まずはそこからこの物語を始めるとしよう。



 新聞に書かれている『怪盗紳士』、それは、世界にその名を轟かせる美術品専門の泥棒の名であり、犯行前に予告状を出すという少々古臭い思考を有する者だった。
 犯行を予告するカードを美術品の所有者へ送りつけ、わざと警察などを呼び、大胆な犯行に及ぶ。
 それは絶対的な自信の表れ。
 警察を手玉に取り、いつの間にか目的の品と、そして、絵のモチーフになったものを怪盗紳士が犯行を行った証拠として華麗に盗み出す。それが何時もの怪盗紳士の手口だった。

 だが、それがどういうわけか、今回は違った。
 目的の品は盗めず、変装は暴かれ、一人の少女に追い詰められる怪盗紳士がそこに居たのだ。

「観念しなさい!怪盗紳士!
 アンタの仮面は剥がされたんだ!!」

 天性の観察眼と地道な努力で積み重ねた知識を推理力に変え、長年追いかけていた大怪盗棒の正体を見事に暴き、
 逃げ道を封じて追い詰めつつ、最後の止めとばかりに重要な証拠をつきつける。
 まさに華麗にして鮮やか。
 少女の推理は一部の隙も無い完璧なものだった。

 怪盗紳士の顔色にも動揺が浮かぶ。
 目の前には一人のよく見知った少女探偵。周りを囲む大勢の警察。
 流石の神出鬼没の大怪盗である怪盗紳士も、僅かばかりに捕まる覚悟というものを心の奥底に抱いてしまう。
 ……だが所詮、それは僅かばかりと言っていい程の覚悟だ。
 怪盗紳士の余裕の笑みは崩れないし、怯まない、躊躇わない。
 たとえ全ての策が探偵の推理よって白日の下に晒されようと、怪盗は探偵に白旗を上げる事などしないのだ。

「まだ甘いわよ、フミちゃん。
 この程度で怪盗紳士が降参すると思う?」

 だが、少女も怪盗紳士に負けず心の強い人間。そんな怪盗紳士の挑発にも同じように動じない。
 少女はその類まれなる観察眼で怪盗紳士から決して眼を離そうとはしない。
 この何をしてくるかわからない相手に対して用心しすぎると言う言葉は存在しないからだ。
 ゆえに微妙な体の動きや、瞳、口、指先まで少女はありとあらゆる可能性を考えて見つめ続ける。
 まさか、この状況で逃げられるわけが――、と誰もが思う瞬間に何かが起ころうと、少女は必ず対処できると信じた疑わない。
 それが少女に出来る最善手と信じているからだ。



 ……だが、残念ながら、今回ばかりは少女の想定した事態に収まらなかった、その一言に尽きるだろう。



 強烈な破裂音が響いた。
 そして、響き渡った耳を貫くような轟音と共に始まった建物全体を揺らす強烈な揺れ。
 少女の頭に過ぎったのは『地震』と言う二文字。
 それに少女は足元を救われ、気が付けば思わず膝を付いてしまっていた。

「きゃぁっ!」

 少女らしい年相応な悲鳴が上がる。
 突然の音と揺れに恐怖し、少女は瞳を閉じる。
 当然、それを見逃す怪盗紳士ではない。

「フフッ、やっぱりフミちゃんは可愛いわね」

 その声と共に怪盗紳士の姿が消えた。
 少女は瞼を閉じてしまった為、消えた瞬間を見逃してしまう。
 だが、直ぐに恐怖を押し込め瞼をこじ開ける事で、怪盗紳士がどうやって消えたかを理解する。
 怪盗紳士は消えたわけじゃない。
 ただ普通に逃げただけだ。
 建物の壁を外から仲間に破壊させる事で、その穴から……。

 少女は落胆した。
 だが、少女の冷静な思考はこのまま落ち込んでいる場合ではないと言う警告も同時に発する。

「……ま、待てっ!」

 一拍遅れてそう声に出したが、時既に遅く、怪盗紳士は仲間の操縦する輸送機から垂れ下がった簡易梯子に掴まり、悠々と空中散歩と洒落込むように闇の中へと消えていく。
 こうして少女は、追い詰めた獲物を取り逃がしたのである。



 ◆ ◆ ◆



 って、これじゃ、怪盗紳士は逃げた事になってるって?
 いやいや、語るべき物語はこれで終わりなわけないじゃないですか。
 この後に続くお話もちゃんと用意してますよ。
 ここまでは、あくまで怪盗紳士と少女探偵の戦い。
 これから先は……、まぁ、読者の皆様の眼でご確認ください……。



 ◆ ◆ ◆



 怪盗はまんまと警察と探偵の前から姿を消した。
 それこそ、見事と言わんばかりの手口で……。

 だが、現実は探偵にも、その逃げおおせたはずの泥棒でさえもあざ笑う。

「な、なに……あの光は……」

 少女の呟きが、目の前の現実を物語っていた。

 少女の見た光景は未だ解決の糸口さえ掴めない不可思議な現象。
 いや、不可思議な現象と言ってしまっては元も子もないだろう。
 あれは、あの出来事は、不可思議などという単純な言葉で纏められるほど優しいものではないのだ。
 なぜなら、少女の目に映っているのは、明らかにこの世の常識では決して解き明かせない現象であり、
 トリックどころか、推理の取っ掛りを考える余地さえ無い光景。
 今現存するあらゆる技術の可能性を考えても起こしえないと断言できる異常な光景だ。

 少女が見たもの、それは、闇夜の中、突如現れた金色の太陽が光を伸ばし、怪盗紳士を助けに来た輸送機を文字通り貫くという目を疑う光景だったからだ。

 闇夜に紛れるように消えようとしてた巨大な航空機が赤黒い炎を上げてゆっくりと重力に惹かれる様に下へ下へと向かっていく。
 その姿は、さながら戦争映画のワンシーンのように、全ての人間に絶望的な圧力を齎した。

 『神の裁き』

 あの光景をたとえるとして、それが最も適した表現だろう。
 怪盗紳士を助けた輸送機から薄っすらと光が伸びたと思ったら、その光は極光となり、輸送機を焼き払う。
 それこそ神々の怒りに触れた人間が大地ごとなぎ払われるかの如く圧倒的な圧力を持って。

 当然の如く辺りは混乱。
 周囲にいた警察官や、自分の事を信頼している刑事、または、事件関係者達がそれぞれ思い思いの言葉を発し、一時は騒然、収拾が付かない状況になった。
 当然少女も完全に思考が停止し、その場に固まったまま動けなくなる。
 状況を理解しようと視界を広げる事が出来たのは、輸送機が辛うじて海へと着水し、金色の太陽が消えてしばらく経ってからだったのは言うまでも無い……。



 そして、物語は再び新聞を前にして落胆している少女の元へ戻る。



 幸い、輸送機は人のいない海上に墜落した。
 その為、直ぐに海保の巡視船が漂流中の怪盗紳士を捕縛したと言う報告を受ける事はできたが、それ以外の情報は一切無い。
 破砕された輸送機の破片からも大した情報は得られず、またその後、あの太陽のような光の目撃情報も皆無。
 残された唯一の手がかりは、奇跡的に無傷で生き残った怪盗紳士ただ一人だけなのだが……、少女は既に諦めていた。
 なぜなら、あんな出来事、たとえ怪盗紳士がどんなに不可思議な現象を用意しようと再現不可能だと確信しているからだ。
 おそらく彼女の話は何の推理の足しにもなら無いだろう。
 あれは夢。そうであってほしい。
 全てをこの世界の理に則って、様々な不可思議な現象もトリックで説明できると信じている少女だったが、
 流石に今回ばかりは、自身の見たあの光景を論理的に証明する術を持たず、ただただ思考の渦に埋没するばかり……。

 つまりは、これが少女の落胆している理由であり、深い溜息の理由だったのである。

 怪盗紳士を実力で追い詰めながら、逮捕は不可思議な現象による奇跡の産物という、なんとも釈然としない結果となり、
 加えて、この新聞が伝えているのが事実なら、怪盗紳士も既に警察から逃げ出したらしい。
 そして、トリックなどでは証明不可能な異常な光景を目の当たりにしてしまった事実。
 その三つが、少女をこんなにも疲弊させ、落ち込ませているのである。





 少女は一人、溜息とともに言葉を漏らす。

「……たく、お前が消えてから、なんだか世界がおかしな方向に向かってる気がするよ……」

 それは、数年前に行方不明になったある少年へと向けられた言葉だった。

 突然消えた居候先の少年。
 いずれ帰るだろうと大して心配してなかったのに、二日経ち、三日四日、一週間……。
 楽観視できる日数をゆうに超えても帰ってこない。
 気付けば、何の音沙汰もなく、時間だけが流れていく。

 当然警察の捜査も行われた。
 だが、警察は見事に空振りばかり。
 少年と親しくしていた刑事二人も同時期に行方不明になっている為、ただの高校生失踪事件などで収まるはずもなく、
 捜査範囲は大規模になる一方だと言うのに、僅かな手がかりさえつかめず、何の進展も得られない状態が続くだけ。
 そんな無為な時間が繰り返され、三年以上の年月が流れてしまっていた……。

「どういうわけか、お前の代わりにと言わんばかりに私はおかしな事に巻き込まれる回数が多くなってる気がするし……、
 気付けば、お前がしたみたいにお爺様のように探偵の真似事をするようになっちゃった……」

 少年は帰らない。
 いつまで待っても帰らない。
 信じて待ち続けている少女を裏切って、少年はいまだ帰らない……。

「わかってんのか?私はまだ中学生だぞ、そんないたいけな女の子に何させてんだよ……、ちょっとは考えろよ……」

 少女の声はだんだんと悲しみを含ませ、ついには涙をはらむ。

 少女の心は折れる寸前だった。
 最初は何かの事件に巻き込まれるたびに、警察の役に立てればという軽い気持ちだったはずなのに、
 気が付けば、少女は幾多の事件を解決する立派な探偵の仲間入りをしてしまっていた。
 祖父の真似事、居なくなった少年の真似事……。
 その程度の事だったはずなのに、今では一部の刑事から多大な信頼を寄せられ、それこそあの少年のように多くの事件に関わるようになっている。
 たった一人で……。

「お前がやらなきゃいけない事を、人に押し付けんなよ……」

 少女の抱えたものは圧倒的な寂しさと切なさ。
 少年の真似事を続ければ続けるほど、自分はいつまでたっても少年の背中を見ているだけだと気付かされる。
 そして、気が付けば、一人で犯罪者に立ち向かう自分の姿が滑稽に映り、自分の存在に疑問を浮かべるのだ。
 このポジションは私の役割じゃないだろう、と……、自分には荷が重いだけだ、と……。

「あれから何年経ったと思ってんだよ。
 美雪お姉ちゃんだってとっくに高校卒業して、今や現役の女子大生だ。
 いいか、女子大生だぞ、女子大生。お前が聞いたら泣いて喜びそうな単語じゃん。
 だってのに、何で誰にも知らせず、どっか行っちゃってんだよ……」

 少女の涙が溢れ、今にも頬を一筋の雫が零れ落ちそうだ。
 心の中で押し殺していた感情が一気に決壊し、いつ滝のように泣きじゃくってもおかしくないと感じさせる。

 ……だが、なぜか少女はギリギリの所で踏みとどまり、決して涙を地面に零さない。

「何で何年も帰ってこないんだよ。何で連絡すらもよこさないんだよ……。
 百歩譲って私にはいいけどさ、やっぱ美雪お姉ちゃんには連絡くらいしてやれよ。
 美雪お姉ちゃん、お前が帰ってこなくて随分泣いて過ごしてたんだぜ。表にはめったに出さなかったけどな。
 わかるか?
 私の前でもお姉ちゃん、ずっと何でもない風に振舞って、いつだってお前の帰りを信じてたんだ。
 いつだって、お前が帰ってくるって信じて、周りの人間が暗い話題出す度にそれを否定して、いつだって笑顔でいたんだぜ。
 けど、時折見せる悲しげな表情を私は見逃さない。いや、違う。見逃さないんじゃなくて、見逃せない。
 なぜなら、私だって金田一耕助の孫だからだ。お前だけじゃない。
 美雪お姉ちゃんがどんなに隠し通そうとしても、受け継がれた観察眼は容易くお姉ちゃんの微妙な変化を記憶に焼き付ける。
 そうして、容易にその心の中を想像させる……」

 涙を零さない理由、それは……、少女が探偵だったからに他ならない。
 わけもわからず、流れに身を任せるように受け継いだポジションだったが、それでも少女は今の自分がやらなければならない事を理解しているのだ。
 少女は守りたかった。
 少年が帰ってきたとき、少年の居るべき場所を守りたかった。
 少年の代わりになって、少年の過ごしてきた時間を、ただ守りたかった。
 それが少女が決して涙を零さない理由である。

 少女は決して涙を零さない。
 それはもう、長い時間溜め込んだものをこんなところで吐き出せるかと言う、少女の強さと言ってもいいだろう。

「届いてんのかよ、お前に、お姉ちゃんの気持ちが。
 届いてないのかよ、お前に、私の切実な声が。
 なぁ、頼むよ。
 届いてんなら帰って来いよ。
 届いてんなら連絡ぐらいよこせよ」

 涙の代わりに少女は声を張り上げる。
 それは悲痛から生まれたとはいえ、力強く想いのこもった声だった。



「なぁ、頼むよ、そろそろ帰って来いよ……、もう我がまま言わないからさ……、なぁ、はじめ……」



 少女の想いの篭った悲痛な叫びが虚空に向かい、そして消える。
 返ってくる声は、当然聞こえなかった……。



 ◆ ◆ ◆



 これにてこの世界の幕は閉じられる。
 少女はこれからも涙を押し殺し、消えた少年の代わりとなって世界を形作っていく一本の柱となるだろう。
 勿論、それは誰かが望んだものでもない。
 辞めようと思えば、少女はいつだって自身に与えられた役を降りる事が出来るはずだ。
 だが、おそらく少女は降りない。
 少女は少年の抜けた穴を埋めることを無意識のうちに受け入れ、またいずれその穴に納まるべき少年が帰ってくることを信じて疑わないからだ。
 ゆえに、少年が少女の元に帰るまで少女は役を降りず、この世界の物語は永遠に綴られていく。
 それがこの世界の現実であり、全てなのだ。

 残酷なようだが、少女の物語は、まだ始まったばかり……、そう付け加えさせてもらおう……。



 ……さて、語るべき少女の物語は語り終えた。
 ここより先は完全に物語としては蛇足。
 しかし、どこか別の世界にとっては、もしかしたら重要になるのかもしれない話し。

 覗いてみよう、少女の覗けなかった世界の裏側を……。
 挑戦しよう、誰かから届けられた挑戦状に……。



 ◆ ◆ ◆



 あら、刑事さんお久しぶり。

 え?こうやって面と向かって話すのは初めてだって?

 いいえ、私は何度も貴方の前に立ってるわ。

 通行人だったり、被害者の家族や知り合いだったり、容疑者の一人だったり……、そういえば、事件の目撃者として聞き込みされた事もあったわね。

 一番最近だと、貴方の同僚の刑事にも成りすましたし……。

 あ、やっぱり気付かなかった?あれ、私なのよ。

 いつだったか、今みたいにこの取調室で事情聴取だって受けた事もあるしね。

 フフ、面白い顔。驚きすぎよ。

 毎回貴方は気付かない。それは、私が怪盗紳士だから……。



 え?無駄話はいいですって?

 ヒドいわね。これでも真面目に話してあげようと思ってるのよ。

 なんせ、私だってまだ頭の中を整理できていないんだから。

 あまりに馬鹿げた話だからね、私自身も正直どう話していいかわからないの。

 だから、こういった前置きも必要なのよ。高揚した気分のままじゃ饒舌になってしまう乙女心、理解してほしいわね。

 何、その白けた目は、こんな若くて綺麗な子を前にして失礼じゃない。

 って、そういえばまだ私の顔、あの時のままだったわね。

 ごめんなさい、このメイク、特殊な溶剤を調合して作られているから、たとえ貴方ご自慢の科捜研でも剥離剤を用意するのに最低三日はかかるわ。

 素顔を見せられなくて残念ね。



 さて、それじゃ……、まず何から話そうかな。

 貴方は何から聞きたい?

 今の私からなら、貴方次第でどんなことでも聞きだせちゃうわよ。

 勿論、年齢体重スリーサイズは女の子のトップシークレットだから、大人の男なら空気を読んでほしいけど……、フフッ、貴方だったら……。

 なんて冗談よ、冗談。何赤くなってるの?ホント面白いわね。

 あれ?怒った?

 ダメよ、刑事さんがそんなに簡単に挑発に乗っちゃ。

 行方不明のあの人達も悲しむわよ。

 あら……、今度は落ち込んだ?

 ホントに顔に出やすい刑事さんね。

 大丈夫よ、あの二人の事は私もよく知ってるわ。追い詰められた事もあるしね。

 貴方に出来るのは、あの二人に負けないような立派な刑事さんになる事よ。だから、くよくよしないで頑張りなさい。

 って、何かおかしな状況ね。

 泥棒に慰められる刑事なんて聞いたこと無いわ。やれやれ、これじゃ先が思いやられるわね。

 ま、これ以上イジメても可哀想だし、そろそろ貴方達が一番疑問に思ってることから話ましょうか。

 私の身に何が起こったのか、私が何を見たのか……、そこからね……。



 ◆ ◆ ◆



 これより語られるのは、ほんの短い時間に行われた一方的なやりとり。
 怪盗紳士が探偵の手から逃れ、輸送機から垂らされた簡易梯子に手を伸ばしてから輸送機が墜落するまでの刹那の時間の出来事である。



 慣れた手つきで梯子を上り、部下の差し出した手を取って輸送機の中へと乗り込む怪盗紳士。当然疲れなどは微塵も感じさせない。
 だが、その表情には疲れとは別の色が浮かんでいるのが僅かに伺えた。

「はぁ~、あの子が成長していく姿は見ていて可愛いんだけど、
 そうそう何度もしてやられるのは怪盗紳士の名声に関わるわよねぇ……」

 周りにいる部下のことなどお構いなしに独り言のように呟き、溜息を漏らす。
 彼女の口から漏れ出したのは、自信の犯した失態についての反省。
 それを弱音混じりに周りに居る部下に聞かせているのだ。

 本来なら、信頼する上司の弱音など聞きたくないのが部下の心情だろう。
 黙って聞くにしても、心の中では不甲斐ない上司に怒りをぶつけたいと思い、無言で震えていていてもおかしくはない。
 もしくは、厭きれかえって次なる職場を探そうか、などと考えている可能性もある。
 はてさて、世界的に有名な大怪盗、怪盗紳士の部下はこんな上司の姿を見てどう思っているのだろか。 

「ボス、これを……」

 怒りも厭きれも浮かべている様子もなく、おもむろに部下の一人が怪盗紳士に一枚のカードを差し出す。
 辞職願い?
 勿論そんなはずもなく、それは怪盗紳士の仕事をサポートし続けた部下の見せる阿吽の呼吸に他ならない。

「あら、わかってるじゃない」

 それを待っていましたと言わんばかりの笑顔で受け取る怪盗紳士。
 そこに書かれているのは、怪盗紳士が目星をつけていた次なるターゲットの為に作られた予告状。それを部下は既に用意していたのである。

 当然、そのカードを見た怪盗紳士は何時も通りの笑みを浮かべる。
 先ほど部下を不安にさせる言葉を発した上司の姿などは何処にもなく、そこには未来永劫変わる事の無い怪盗紳士がいるだけだ。
 つまりは、この上司にしてこの部下ありと言うわけである。
 双方仕事の失敗など些細なことと割り切り、常に先へ先へと見据えている。
 怪盗紳士も、その部下も、たとえ仕事に失敗しようと余裕の笑みを崩しもせず、常に何時も通り。
 犯罪行為を繰り返しながら、決して下種な犯罪者に落ちぶれず、仕事にユーモアを持ち込み、美学を持って事に当たる。
 華麗にして繊細に、仕事に芸術的な感動を。
 それが、世界をまたに掛ける大怪盗、怪盗紳士のスタイルである。

「フフッ、これは次が楽しみね。
 あの子が慌てふためく姿が目に浮かぶわ」

 次なる獲物と、そこで繰り広げられるであろう少女探偵との騙しあいに胸を躍らせつつ、怪盗紳士は早速次なる計画に思考を移行させる。
 ちなみに、まだ少女の前から消えて一分も経っていない。
 その思考の切り替えの速さは、さすが怪盗紳士といったところだろうか?

 もっとも、次の瞬間に起こった考えれば、そんな思考の移行など無駄以外の何物でもないのだが……まぁ、それは後の祭りという事なのだろう。

「ボ、ボス!前方に何かがっ!?」

 ゆったりと思考の渦に陶酔していた矢先に聞こえた奇声、それはこの輸送機の操縦を任せている部下の声だった。

 コックピットから聞こえてきた声に一瞬にして現実に戻される。
 だが、状況を確認している余裕はその場に居た怪盗紳士も含め誰一人にも出来なかった。
 なぜなら、声が聞こえてきたと同時に、自分達を乗せた輸送機が光に包まれ、直後に激しい炎が窓の外の風景に映ったからからである。

「ちょ、ちょっと!一体なんだってのよ!何が起きたの!?」

 突然の事態に流石の世紀の大怪盗も慌てふためく。
 それこそ、先ほどの少女探偵の慌てるの姿を未来に思い描いたそのままに。

「わ、わかりません!!突然光が……、光が機体を貫きました!!航行不能!航行不能!!!」

 コックピットから聞こえたその言葉を最後に、巨大な航空機はゆっくりと傾き、重力に引かれるままに落下を始める。
 目の前に上がる火の手と全身に感じる揺れに逆らえずバランスを崩す怪盗紳士。
 その姿に普段の不敵な様子など微塵も無く、芸術的発想を生み出す冷静な思考もこの時ばかりは完全に空回り。
 流石の怪盗紳士でも、突然訪れた人知を超えた異常事態に対応する程の胆力は持ち合わせていなかったのだ。

 そんな時だ。
 そんな驚愕の中に、絶望が浮かぶような惨状の中に、突然“何か”が舞い降りた。



「フン、逃げたか。相変わらず察しの良さだけは一流よ」



 炎の揺らめく中、誰ともわからない声が突然響き、その場に居る人間を硬直させる。

『策的範囲からの消失を確認。既にこの世界を出たようですね。いかがいたしますか?』
「奴が何に興味を持ってこの世界に来たのか見ておくのも一興だ。追うのはそれからでも遅くなかろう」

 声は二つ。
 尊大な物言いの声と、どこか機械的な音声。

『なるほど、彼なら何らかのメッセージを残してる可能性もありますからね』
「そういうことだ。では怪盗紳士とやら、王の問いの答える権利を授けよう……」

 そして、声の主は唐突に彼女の前に現れた。
 圧倒的な威圧感と絶対的な力を伴って……。


 それは一人の男だった。
 勿論、ただの男なんかではない事は一見してわかる。
 まず目に付くのが眩いばかりの金色の鎧。
 この炎の瞬きを反射しながらも、決して輝きと存在感を失わない金色の鎧だ。
 だが、それはこの目の前の男を形容した場合に限り、その金色の鎧ですら男の一部でしかないと瞬時に思える。
 男は全てが理解の範疇を超えていた。
 ルビーのような二つの瞳と、尊大な物言い、そして、有無を言わせぬ威圧感。
 まさに自身を王と称するだけの説得力をその男は存在するだけで放っているのだ。


「どうした?何を呆けている」

 一言一言が炎を揺らめかせ、突き刺すような威圧感を放っている。
 その場に居た全員が息を呑み、言葉を発せず固まった。
 本来なら、直ぐにでも脱出の為に一致団結しなければならないというのに、そんな当たり前の行動さえその男は一瞬に断絶したのである。

「あ、貴方なの……この炎……、なんでこんな……」

 そんな中、一人だけその威圧感に反発する存在があった。
 言うまでもなく、このメンバーを取りまとめるボス、怪盗紳士である。
 だが、そんな犯罪を芸術にまで昇華する世紀の大怪盗でも、流石に言葉一つ一つに慎重さが伺え、動揺と恐怖が交じり合った感情を隠せていない。
 辛うじて声の主へと視線を向けて、その姿を直に見て言葉をぶつけるのがやっとだった。
 ……だが、次の瞬間、それが強がりにも満たない矮小なものだと思い知らされる。

「黙れ、問うて居るのはこちらだぞ。貴様は我の問いに答える以外の口を開くな」

 たった一言、それだけで怪盗紳士は息を飲み、その他の部下と同じように全身を硬直させる。
 そして、言われるままに口を閉じた。閉じると言う選択肢以外選べなかったのだ。

『申し訳ありません。Kingは少々苛立っておられます。貴方方自身の為にも速やかに指示に従ってください』
「余計なことを言うな具足。我は苛立ってなどおらん」

 機械的な声は何処から?と一瞬考えたが、次の瞬間にはあの赤い瞳で睨まれた為、怪盗紳士はあっさりと思考を手放す。
 決して逸らせぬ視線から全てを辿られるかのような錯覚を覚え、言葉と一緒に余計な思考も無駄だと悟った為だ。
 こうなるともう、世界に名を馳せた怪盗紳士も一人の無力な女でしかなく、本人もそれを自覚するしかない。
 着々と輸送機が高度を下げる危機的状況の中だというのに、彼女は自身の命を捨てる決意を強制的に背負わされてしまったのである。

「さて女、貴様はこの世界でもっとも有名な盗賊らしいな。なら同業についても当然把握していよう
 答えよ、王ドロボウと呼ばれる賊に心当たりは無いか?あるなら包み隠さず情報として全てを我に差し出せ」

 一方的に王の問いが投げかけられる。
 先ほどの言葉流用するならば、この瞬間、怪盗紳士に初めて発言権が与えられた事になるのだが、
 怪盗紳士は不用意な発言を恐れ、首を横に振る事しか出来ず、王の問いにまともな解答を示す事が出来なった。

 だが、寛容な王はその程度で機嫌を損ねる事はなく、首を振った怪盗紳士の答えをそのままNOと捉える。
 それは彼女の瞳から王が全てを察したからに他ならない。

「ほう、知らぬと言うのか、長く傍に居た者の事を。
 これはなんと、奴の戯れにしては酔狂な事よ」

 女の返答に王が笑う。理解できないのはその場に居る王以外の者たち。

「ならその手に握られたカードを今一度見てみるがいい。
 貴様等の愚かしさをその目で確認するのだ」

 王はそう言って、ようやく彼女に此度の災厄の原因を示す。
 ここで始めて、彼女は自分達に何が起こったのかを悟ったのだ。

「……え?」

 促されるままに右手に持っていたカードを見る。
 当然、それは先ほど部下から渡された次の犯行を予告する為の予告状だったはずだ。
 だが、怪盗紳士の眼がその文面を再び捉えた時には、どういうわけかその内容が変わっており、更なる混乱を呼び覚ます。

「何と綴られている。声に出して読み上げる事を許そう」

 まるで夢を見ているような気分になってくる。
 仕事上、手品のテクニックを流用して、このようなメッセージカードのすり替えを瞬時に行うなどは怪盗紳士にとっても当たり前の技術。
 だが、状況が状況なだけに、それをトリックだと断じ、楽観的に受け止めることが出来なかった。
 死に向かって一直線に落ちている輸送機、舞い上がる炎、そして、決して無視できない異界の金色王と謎のメッセージカード。
 怪盗紳士の視界に映るのは既に幻想と遜色ない光景だ。
 目の前の王から朗読を命じられるのも気付かず、怪盗紳士はその文面を眼で追うことで精一杯だったのも仕方の無いことだろう。

「フン、この程度で動揺か、奴の目利きも落ちたものだな」

 頭上から降り注ぐ言葉が自分を嘲っているとわかるのだが、それに反応すら出来ない。
 それだけ、この状況が異質であり、今まで培ってきた常識を軽々しく打ち砕き、怪盗紳士の心を疲弊させる。
 極めつけは、そのカードに書かれた内容だった。



『彼の有名な怪盗紳士のお手並み堪能させていただきました
          講義の代金は我侭な王との謁見にて代えさせていただきます
                               HO! HO! HO!
                                    勉強熱心な王ドロボウ』



 いつ、何処で、何が、誰が、何を、誰に、誰と……。
 意味がわからない。
 自分は何?何に巻き込まれた。
 ここで一体、何が起きた……。
 死が間近に迫っていると言うのに、怪盗紳士の中に渦巻いた幾多の疑問は容易く彼女を価値観を壊す。
 墜落する輸送機、燃え盛る炎、異界の王、そんなのは既に視界に入ってない。
 だた呆然とした眼差しで、一枚のカードを見つめるだけだった。

「くだらん。たまの余興と思って気を許せばこの有様……。奴も存外に遊び好きだったというわけか」

 王の前に崩れ落ちた一人の女。
 それを見下ろし、王は興味を無くしたとばかりに背を向ける。
 振り返りはしない。
 それが王の姿、万人が羨望の眼差しを向ける黄金の王の姿だ。

 ゆえに、呼び止められるの唯一王の従者だけ。

『King、彼女をこのままにしておくおつもりですか?』
「当然だ。奴の関心の失せた駒などに興味は無い。
 それとも何か?貴様だけでなく我にも手心を加えよというわけではあるまいな」
『いえ、そのようなことは……』

 王と従者のやり取りだけが機内に響く。
 勿論、従者に王の意向を変えるだけの力は存在しない。
 それはもう完全なる終焉を意味した、ある意味定型文的なやり取りでしかないのだ。

「フン、貴様も外で待たせているもう一人の従者も、意見だけは一人前のつもりか。いい加減己の分をわきまえよ、具足」

 声だけの従者はそれで押し黙り、今度こそ王は機内を後にする。
 後に残されたのは、脱出の機会を失わされた怪盗紳士とその部下のみ。
 幻想のような現実は、今この瞬間ようやく終わりを迎えた。



 続いて訪れたのは、悪夢のような現実。
 劈くような衝撃が走り、数名の生きた人間を乗せた輸送機は、何の救いもなく絶望に叩き込まれた。



 ◆ ◆ ◆



 私のお話はこれで終わり。

 どう、楽しかった?それとも退屈にさせた?もしかして怖い?

 まぁ、最初に考えるべきは信じる、信じない、かもね。

 不思議よね。

 まだまだ私達の世界には解らない事がたくさんある。

 貴方は彼らを“なんだ”と思う?

 宇宙人?未来人?超能力者?それとも別の世界の人かしら。

 フフ、一つだけ言えることは、私は彼らと出会い、何にも後悔していない、と言うこと。

 むしろ嬉しいとさえ言える。

 だってそうでしょう。

 私は世界を揺るがす大怪盗『怪盗紳士』

 その世紀の犯罪者が、こんなわかりやすい挑戦状を叩き付けられて黙ってられると思う?

 結構負けず嫌いなのよ、私って。

 私が助かった理由も、たぶんその辺に……。

 まぁ、今更どうでもいいわね。

 どうせ、もう貴方は何も聞こえてないのだから……。

 おやすみなさい、刑事さん。

 ありがとう、私の話を聞いてくれて。

 それじゃ、さようなら。

 またどこかで会いましょう……。



 誰かさんから送られた素敵な挑戦状と同じようにね……。



『追記
  貴方が世界の全てを盗めたときに
       またどこかでお会いしましょう
              王嘘つきの王ドロボウ』



 ◆ ◆ ◆



 そうして、眠りこけた刑事達を残して部屋から怪盗紳士は消える。
 まるで最初からそこには誰も存在していなかったかのように、それはもう綺麗さっぱりと……。

 ゆえにこの話もここで終わり。
 蛇足ともいえる物語は主人公が表舞台から退場した事で終わりを迎え、これでこの世界において語るべき物語は本当に語り終えたのだ。
 この後、怪盗紳士が王ドロボウと呼ばれる存在と再会したかどうかなんて当然知らない。
 その物語はまだ綴られていないからだ。
 だが、怪盗紳士は確かに受け取った。
 誰かからの挑戦状を。
 それをどうするかは、それこそ彼女の自由でしかない。

 そう……、つまりは、彼女の物語もまた、始まったばかり……、それを忘れずに付け加えよう……。



【Epilogue:金田一少年の事件簿 新たな挑戦状が届かぬうちに…… 完 】


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290:宴の始末 ギルガメッシュ






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