HAPPY END(2)◆ANI2to4ndE




 終わりは、もう間もなく。
 この苦行を乗り越えた先には、なんらかの結末が待っている。
 人生にも、物語にも、等しく訪れるべき終。
 その良し悪しを決めるのは、生き方か、それとも運命か。

 些事に捉われず、今の現実にだけ目を向けていられれば、どれだけ幸せだっただろう。
 一心不乱なんて言葉があるが、そんなものは危機的状況下では適用されがたいものだ。
 現実逃避という言葉どおり、幸福な結末を目指せば目指すほど、受け入れがたい現実からは目を背けたくなってくる。

 それでも、菫川ねねねは逃げた。ハッピーエンドという言葉を頭の隅に置き、生存の可能性を思慮として手繰り寄せる。
 ガッシュ・ベルも同様だ。螺旋王を倒し、元の世界で再び王を目指す。希望と悲願を胸に抱きながら足を動かし進める。
 ジンも二人と変わらず。遥か後方に取り残してきたスカーの覚悟を重んじ、なんとか状況打破のための策を練り続ける。

 絶体絶命の窮地に追いやられた三人を追うのは、巨大な人型兵器。
 多くの世界で合体ロボットという俗称を与えられては、戦争に駆り出される。
 あるときは悪党を弾劾するため、あるときは市民を虐殺するため、あるときは母星を守るため。
 ここでは、ヴィラルとシャマルという二人の男女が唱える愛を、他者に知らしめるため。
 グレンラガンは、ねねねたちのハッピーエンドを挫かんと迫った。

 みんなが、みんな。
 走り続けて、そして。
 足を止める者が、現れた。

「……ウヌウ!」

 ただ、諦めではない――明確な意思を灯した瞳が、輝いていた。


 ガッシュが足を止めたのに反応して、ねねねとジンも即座に停止する。
 咄嗟のことで動きが鈍ったが、ジンはすぐさま逃走を再開するためガッシュを抱えようとし、

「聞こえるかぁああああ!! ヴィラル、そしてシャマル!」

 しかしそれよりも速く、ガッシュは後方を行くグレンラガンに叫びつけた。
 ずしん、と重みのある歩みを続けるグレンラガンは、

「聞こえているのならば私の話を聞けぇ! 私は――」

 あっという間にガッシュたちの眼前まで迫り、大きく右脚を振り上げる。
 その所作が単純なキックの予兆であると察したねねねは、本を構え、

「ばっ……ラシルドォォ!」

 障壁を作り出すガッシュ第二の術、ラシルドを唱えた。
 ガッシュの足元から雷の紋様を刻む壁が現れ、ねねねたち三人の身を覆い隠す。

 だが、ラシルドを唱えてすぐ、ねねねは絶望した。
 あらかじめ防御の術であると教えられてはいたものの、実際に使用したのは初となる今、ラシルドに寄せられる期待値の限度を思い知る。
 作り出された壁は見た目にも堅牢だが、それも巨大兵器の感覚で言ってしまえば、鍋蓋程度の強度にすぎない。
 グレンラガンの蹴りは、ラシルドの障壁など容易く粉砕してしまった。

 ねねねの、ガッシュの、ジンの、声なき絶叫が空に散る。
 グレンラガンにとっては、足場を確かめる程度の地均しにすぎなかっただろう一蹴り。
 それが三人の人間を宙に薙ぎ払い、深刻な痛手を与え、死の概念をより濃く刻みつける。

 死を、予感した――しかし予感できたということは、即死には至らなかったというのも同義。
 ねねねは衝撃を与えられ、全身に鈍痛を覚え、思考を埋め尽くす虚脱感に襲われ、意識を一瞬失う。
 が、すぐにまた別の衝撃が訪れ、大地に落下したのだと知った。

 形容できない痛みが、節々に充溢する。
 不思議なことに、意識はまだあった。体は動かせたものではなかったが、指先くらいなら難なく動かせる。
 作家としての意地か、握り締めた赤い本は手から離れてはおらず、ページも開いたままだった。

 身を這わせながら薄らと目を開け、周囲の状況を確認する。
 逃げているうちに別の地区に移動していたのか、辺りにはまだ健在の建物が多く存在していた。
 舞衣がソルテッカマンで破壊して回った名残ほどではなく、しかしねねねの周りのみ、地面が抉られている。
 グレンラガンの進撃と、先ほどの地均しのような蹴りが原因だった。

 一緒に蹴り飛ばされたはずの二人の仲間を探してみるが、ジンの姿が見当たらない。
 どこか、ねねねよりももっと遠くの空に消えていってしまったのかと思い、すぐにその考えを打ち消す。
 そもそもロボットの蹴りなどくらって生きているほうが不思議なほどで、ねねねが無事なら、ジンなど回避していてもおかしくはない。
 だとしたら、その隙を縫って再び逃走に走ったのか。ねねねなど見捨てて。厳しいことだ。が、仕様がない。


 ねねねは姿の見えぬジンに叱責を零す余裕もなく……そして、見た。
 陽炎のような視界の中で、グレンラガンの巨体が楼閣のように聳え立っている。
 その足元でビチビチと跳ねる、元気なブリの姿。

(……ブリ?)

 奇異な光景が目に映ったような気がして、ねねねの思考が一瞬、鈍る。
 事の焦点はそこではない。

 ねねねの前に聳えるグレンラガン――彼女と巨体の間を、遮るように君臨するひとつの背中。
 羽織っていたマントをズタボロに引き裂き、年相応の小さな背部を露出した、しかし大きく見える背中。
 王者の風格が漂う、威風堂々たる影の正体を、

「ガッ、シュ」

 ねねねは名前で呼び、戦いはまだ終わっていない、燻ってなんかいられない、と無理矢理にでも体を起こし始めた。
 激痛に身を蹂躙されてはいたが、骨は奇跡的にも折れてはいない。気合で痛みを捻じ伏せれば、どうにか行動はできる。
 本を手に取り、ページを捲り、音読するなど、雑作もないことだ。

「くっ……バオウ……ザケルガ……」

 必殺の一撃となるはずだった最強術の名を唱えても、金色の竜はこの場に顕現しなかった。
 魔物の術を発動する上で必須となるエネルギー――心の力が、今のねねねには不足していたのだ。
 ザグルゼム四回、ラウザルク四回、バオウ・ザケルガ一回、ラシルド一回。
 魔物のパートナーとしての初戦、これだけ唱えられれば上々というもの。
 それでもグレンラガンを倒すに至っていないのは、

(見積もりが、甘かったってか)

 経験不足と、戦術の拙さが原因だろう。
 ガッシュ本来のパートナー、知将と呼ばれた高峰清麿なら、もっと上手くやれたはずだ。
 即席のパートナーなどでは、清麿の足元にも及ばなかったという現実。
 ガッシュを王にしてやる、などと豪語してみせたのに。

 思い知るねねねが、またガッシュのほうを見やる。
 両腕を大の字に広げ、ねねねを守る防壁となっている。
 グレンラガンはどうしたことか、ガッシュと睨みあったまま直立不動。
 表情を変えぬ人型兵器と、素顔を見せぬガッシュの背中。
 双方を見比べて、ねねねは分析する。

 先ほどの蹴り……おそらくは、ガッシュが耐久力に優れた白銀のマントを操り、緩衝材としたのだろう。
 現代の魔界を束ねるベル家伝来のマントは、ガッシュの兄であるゼオンが使っていたものだ。
 魔力を操ることに精通していないガッシュが、それでも兄を模倣し、懸命に盾としてみせた、結果。
 ラシルドとガッシュのマント、二重の防壁に守られ、すぐ後ろにいたねねねはなんとか絶命を免れたのだ。
 マントは破れ、ジンは生死不明の行方知らずとなり、それでもなお、

(……ああ、そっか)

 ガッシュはねねねを守ろうとしている、という現実を理解する。

(格好つけちゃってさ。ホント、アニタと同じでガキっぽい……情けなくなってくるだろ。私が)

 この瞬間に至るまでにガッシュが歩んできた道程は、思い出語りとして聞き覚えていた。
 船上でサスペンスドラマばりの大脱出劇があっただとか、大グレン団の心意気ってものを叩き込まれただとか。
 仲間たちが死んでいく中でガッシュは唯一生還し、スターやVの死を受け止めながら、親友にも先立たれた。
 負い目を感じているのだろうか。子供にしては強すぎる高潔な魂が、必要以上に大人になろうとしている。
 誰かに守られて生きてきたからこそ、誰かを守りたい。
 そんなことを、思いながら。

(あんたは子供なんだ。子供は大人に守られてりゃいいんだ。あんたは、そんなにがんばらなくてもいいんだ)

 ねねねはガッシュを助けることができない。けれどガッシュに助けてほしいとは、微塵も思わない。
 ガッシュに自分と心中しろ、とは言い放てないが、こうやってねねねを庇うように立つガッシュを、見ているのが辛い。
 目尻に涙を溜めながら、ねねねは歯噛みする。体中の傷よりも濃く、唇から赤い血が垂れた。

「ねねねッ! ラウザルクを!」

 そんなねねねの思いも知らず、ガッシュは術の発動を要求してくる。
 だからねねねも、読誦するしかない。

「ラウザルクッ!!」

 これはもはや、背水の陣ですらないのだ。
 敗北も決定的な、負け戦。逃げて当然、諦めて咎められることもない、絶望なのに。
 ガッシュは、夢を捨てきれないでいる。最後の最後まで抗おうと、男の子の思想で立ち向かう。
 グレンラガンに搭乗している二人は、そんなガッシュの生き様を、どんな風に感じ取っているのか。

 天高く掲げた右腕がドリルに変形し、その切っ先をガッシュに向ける。
 高速回転するドリルは豪快に、ギュイイイイン、と騒音を奏でた。

 猛旋回する螺旋状の突起物が、ガッシュとねねねの身を穿たんと突き下ろされる。
 比すのも馬鹿馬鹿しい巨大さに、回避は困難、防御は不可能という判断を下し、ただ見上げるだけしかできない。
 ラウザルク――肉体強化の術によって雷光に包まれたガッシュの身は、それでも立ち退かず。

 徐々に、徐々に、ドリルの先端がガッシュに近づき、呑み込んでいこうとする。
 あんなものが命中すれば、当たるや刺さるといった言葉では表現できない。
 潰れる、拉げる、ドリルの回転に巻き込まれ、粉にされてしまう。
 想像して涙したねねねが、ぎゅっ、と本を胸に抱え込んだ。
 せめて、少し限りでもいいから安逸を、と念じる。
 そんなねねねの、前。

「――ヌゥウウウアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 ガッシュのかつてない絶叫が木霊し、ああ直撃したんだ、と理解して、ねねねも終わりを待った。

 数瞬の後も、終わりは訪れず、ガッシュの咆哮が続く。
 思わず、閉じていた両目を開いた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 ドリルのけたたましい旋回音を掻き消すほどの、騒々しい肉声。
 ガッシュはその小柄な身で、グレンラガンのドリルを受け止めていた。
 ラウザルクで強化した肉体、短い腕二本、素手で。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 ねねねが驚愕する間が、一秒、二秒と続いた。
 ガッシュは気合を発揮しながら、ただ堪えていた。
 目に映る背中だけで、苦痛と意地を表しながら。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 掌はガリガリと削れ、肉を削ぎ落とし、筋肉をぶち破り、骨を断つ。
 焼印ができるほどの熱量を伴った摩擦にも、降りかかる圧力にも屈さず。
 ドリルの最先端という、掴むにも難しい箇所を支点に捉え、踏ん張る。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 いったいどんな表情を浮かべ、ガッシュはドリルを受け止めているのか。
 ねねねには、その顔を覗き込んだり想像したりするだけの勇気がなかった。
 ガッシュは今、地獄にいるのだ。守りたい人を守るために、希望を失わぬために。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 ガッシュよりも先に、彼の立つ足場が拉げた。圧力にやられたのだろう。
 それなのにガッシュの身は、一歩たりとも後ろには下がらない。
 理屈ではない。道理を蹴っ飛ばして、ガッシュはグレンラガンと均衡している。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 ねねねの耳はいつしかガッシュの声に支配され、それ以外の音が入らなくなっていた。
 この声は、自分の弱さ。子供の意地。残った希望。悲痛の叫び。聞き届けなければならない。
 その間やれることといえば、赤い本を離さぬように、術が解けないよう心の力を送り続けるだけだ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 早く、早く諦めてくれ――ねねねは血涙断腸の思いで、ヴィラルとシャマルに懇願し続けた。
 ガッシュの体はより大地に、より深く押し込まれ、地盤沈下すら引き起こそうとして、
 不意に……ドリルの旋回音が弱まり……音が消えていき……止まった。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――――!」

 ドリルの音がやみ、ガッシュの叫びも途絶え、ラウザルクの効果も切れた。
 ねねねは涙でぐしょぐしょになった視界の中、ガッシュの姿を確認する。
 諸手の状態は、踏ん張り続けていた足は、苦痛に耐え続けていた意識は、どうなってしまったのか。

「あっ……」

 身も細る思いをまず受け止めたのは、ドリルを受け止める前と変わらぬ、健在の背中。
 傲岸ではなく、しかし頼もしさは本物の、王の資格足り得る背中。
 生気はまだ失われてはいない。背中を見るだけで悟った。

 まだだ――まだ、希望は残されている。
 胸に抱いていた赤い本の輝きは、なおも失われず。
 ガッシュは、ねねねが絶望と感じたこの窮地を、看破して見せた。

「ガッシュ……ガッシュ……ガッシュ!」

 強く、搾り出すようにその名を呼ぶ。
 ウヌウ、という常のような返しが欲しかった。
 本人は声も絶え絶えだろう、それでも欲してやまない。
 呼応を。合図を。戦って勝ってやる、という気概を。
 王になる――という雄叫びを!

「王に……王になるんだろう、ガッシュ! こんなところで、負けてんなぁあああああああ!!」

 ねねねが喚いた、そのときだった。
 旋回を止めていたドリルが、持ち上げられる。
 ガッシュはその先端にくっついたまま、一緒に持ち上がる。
 まさか突き刺さっているのか、とも思ったが違う。
 力を込めていた両手は、未だドリルを掴んで離さないのだ。
 ならばなぜ、無抵抗なのか。
 体が硬直しているのか、それとも意識を失っているのか。
 死後硬直、という可能性も頭を過ぎった。
 真相を知る間もなく、傍観することしかできないねねね。
 ガッシュの身はあれよあれよという間に空高く舞い、停止。
 グレンラガンは右腕部のドリルを、ガッシュが先端に張り付いていると知りながら、だからこそ、

「ガッ――」

 情け容赦なく、地面に叩きつけた。



 ガッシュは、地に叩きつけられた衝撃と虚脱の中、中天へ一線、溢れ上がる螺旋の本流を呆然と見上げていた。

(――まだ、倒してはいない。ねねねたちを、守らなければ――)

 致命傷を押してでも、立ち上がろうと決意する。考慮の内に、自らの戦闘離脱という選択はない。

(――私が、やらねば。皆を、守るのだ。ヴィラルを、倒し――)

 枯れていく命の葉を、若すぎるがゆえに労われない。限界知らずの想いが、暴走する。

(――ウヌ、ウ? 体が、動か――)

 死は、とうに。早々に待ち構えていた迎えを、見てみぬ振りで通そうとして、しかし無視しきれない。

(――いたい、のだ――)

 死にそうだ。
 死にそうなくらい、苦しい。
 ただそれだけを、幼い頭で確かめる。

 体が軋む。
 息苦しい。
 動かない。

 激痛。
 鈍痛。
 重苦。

 死。
 死。
 死――。

 駆け巡るダメージとイメージが、ガッシュの心を挫く。
 王を目指す高潔な魂が、犯され、陵辱され、蹂躙されてしまう。

 もう、なにをやっても無駄だと悟った。
 守りたいと願った仲間の声も、既に届かない。
 あるいは、その仲間も死んでしまっているのか。
 確かめるための五感は全て、失われている。
 だとしたら、諦めてしまおうか。
 諦めて、ガッシュも死を選んでしまおうか。

(――もう――)

 目を閉じて、念じるように想いを封じた。
 決して、再び開けられることのない蓋をして。
 ガッシュ・ベルの生命が、終わ


「シン・ジオルク!」


 る――はずだった。


時系列順に読む


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285:HAPPY END(1) ヴィラル 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) シャマル 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) スカー(傷の男) 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) ガッシュ・ベル 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) 菫川ねねね 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) ジン 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) 東方不敗 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) チミルフ 285:HAPPY END(3)
285:HAPPY END(1) 不動のグアーム 285:HAPPY END(3)





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