「紙は我らの天にあり。なべてこの世は事も無し」 ◆LXe12sNRSs



 ―― フィンランド 某所 ――


 小高い山脈や広大な湖を背景に据える、木々も疎らな草原地帯。
 背の低い草の上を疾駆し、ひたすらに逃走を続ける異形の姿があった。
 仮面とも思える星型の相貌が、背後の危難に怯え足に加速を促す。
 外装は鎧の上に古ぼけた橙色の外套、武装は柄のない大剣が一振り。
 肩には、マゼンタ色の本を携えた幼い少女が一人乗っかっていた。

「アース! このまま逃走に徹していてもいずれは追いつかれる! 心の力も十分に回復した! ここは一か八か、打って出るぞ!」
「御意! 魔界にいる魔物をすべて消し去ろうとするあの輩……絶対に王にしてはなりませぬ!!」

 鎧の魔物の名をアース、彼のパートナーである少女の名をエリーという。
 千年に一度の周期で行われる、魔界の王を決める戦い……その残り人数が十名を切った直後、あの魔物は襲ってきた。

「――ッ! エリー、来ます! 奴です!」

 到来を察知し、アースが足を止める。その前方、遮蔽物もなにもない空間が黒色に歪み、蝕まれていく。
 あっという間に黒の円が浮かび上がり、まるで穴の中から這い出るようにして、追跡者はアースとエリーの目前に躍り出る。
 この距離感を無視した奇妙な移動方法は敵の魔物が持ちうる能力らしく、これのおかげでどこに逃げても回り込まれてしまう。
 既に長い追いかけっこを続けた後であり、逃げ切ること困難と察した二人は、この場で玉砕覚悟の衝突を臨むに至った。

「キハハ! ついに正念場ってカンジ? ミールちゃんとゴームから逃げられるなんて思わないことねん!」
「ゴー!」

 中空に浮かぶ黒い円から這い出てきたのは、カブトムシを模したような姿を取る二足歩行の魔物。
 傍らのパートナーは、頭部に羊でも飼っているのではないかと思えるほどの巨大なパーマの女。
 ゴームとミール、アースとエリーをここまで追い詰めた敵の名前である。

「くっ……構えろ、アース! 俺の心の力をすべて、この一撃に注ぎ込むッ!」
「御意に……力を借りまする、エリー!」

 実力のほどは、おそらくあちらが上。しかし、まだ奥の手は秘めている。
 あの術を発動させることができれば――勝機も十分にありうる。

「ヴァルセーレの剣に吸い込みし、よろず魔物の魔力を放ち、万物を砂塵へと変える千手剛剣とならん!!」

 大剣を構え、前に下に左に天に横に上に左に斜めに繰り出していくアース。
 それら、すべて間合いの外。演舞のような所作は、術の発動を促すための予備動作にすぎない。

「ヴァルセレ・オズ・マール・ソルドン!!」

 エリーが猛々しく唱え、マゼンタ色の本が発光する。
 直後、アースの持つ『ヴァルセーレの剣』にも変化が生じた。

「ゥゥゥゥゥウウウウウッス!!」

 平に構えた大剣の刀身が、五つに分解される。
 刃と刃の隙間から光が迸り、種類様々な別の大剣が、空に顕現を果たす。
 巨人が用いるような質量、大空を埋め尽くさん勢いの総数でもって。

「スラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッシュッ!?」

 術を発動したアース本人が、その強大なる力の発揮に驚愕する。
 空に現れた巨大な剣の数々は、とても数え切れるものではない。
 あまりの大きさ、あまりの数に、雲や太陽が覆われ隠れてしまっていた。

「なっ、なんだアース!? いつのまにこれだけの力を!?」
「そ、某にもわかりませぬ!!」

 術を行使するアース、術を唱えたエリー、共に動揺を禁じえないでいる。
 ヴァルセレ・オズ・マール・ソルドンは確かにアースの切り札とも言える最強術だったが、想定していたものとは威力の桁が違った。
 これまでの戦闘でヴァルセーレの剣に蓄積してきた魔力――それを全解放したとしても、これほどの効果は叩き出せない。
 野生動物を捕獲するつもりで撃った麻酔銃が標的の体を木っ端微塵にしてしまったかのような異常事態に、アースとエリーは愕然とする。

「ちょっとちょっとちょっとー!? どういうことよクリア! こいつら雑魚じゃなかったのーん!?」
「ゴ~!!」

 空を埋め尽くす大剣のカーテン、その刃の矛先は、すべてミールとゴームに向いている。
 振り下ろされれば命はない。明確な敗北の未来を突きつけられて、襲撃した側であるはずの両者は戦慄した。

「まるで……まるで某の知らぬところで、ヴァルセーレの剣が力を蓄えてきたかのような……?」

 アースが得物とするヴァルセーレの剣……魔物の力を刀身に蓄えることが可能なそれは、どこで旅をしてきたのか。
 この場にいる者は誰一人として真相を知らず、とある悪魔の気まぐれに幸運を覚えることもなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ―― フランス 某所 ――


 人気のない山中、雄大な草原地帯で、いくつもの大穴が形成されていた。
 土木用具で掘り返した、というよりはスプーンかなにかで抉り取ったかのような穴が、ところどころ点在している。
 それは、紛れもない魔物と魔物による戦いの余波。そしてその戦闘は間もなく終結に至ろうとしていた。

「クリア! こいつヤバイぜ、ここは一度体勢を立て直して――」
「黙っていろヴィノー! 僕をここまで虚仮にしたんだ……生かして帰すものかァー!」

 タンクトップにジーンズ姿というラフな格好の少年が、獅子の鬣を思わせる長髪を振り、獰猛な獣の雄叫びを上げる。
 傍ら、全体を泡に包んだベビー椅子に赤子が一人座り、ハードカバーの大きな本を開いたまま顔に焦燥を宿していた。
 少年のほうが魔物、クリア・ノート。赤子のほうがそのパートナー、ヴィノーである。

 魔界の王になった際の特権、『魔界に住まう自分の嫌いな魔物を消してしまえる権利』によって、クリアは魔界を滅ぼそうとしていた。
 この絶対に王にしてはならない悪党が、全身を血塗れにして窮地に追いやられているという現状。
 追い詰める側の魔物といえば、クリアとは対極な全快の相、見た目にも凶悪な巨躯をしていた。

 その姿は、二足で立つ巨大なライオン。鬣からは牙を持った触手が何本も伸び、ガチガチと音を掻き鳴らす。
 体格の差は人間と子供の域を飛び出て、蟻と象ほどの違いがあった。蟻は、もちろんクリアのほうである。

「くっ……ならパートナーのほうだ! 相手の人間が持ってる本のほうを直接狙うぜぇ、クリアー!」

 もはや勝負はついたかと思える戦況、ヴィノーは残り少ない心の力を放出し、ライオンのパートナーのほうを狙い始めた。
 魔物同士の戦いは、魔本を燃やされ魔界に強制送還されることで決着する。
 戦力差が明白であっても、先に魔本さえ燃やすことができれば、それで勝ちは拾えるのだ。

「ランズ・ラディス!」

 ヴィノーが唱え、クリアの手の平の上に巨大な突撃槍が現れる。
 腕を振り翳すと共に突撃槍は飛び、ライオンの足元に立つパートナーの人間へと放たれた。

 クラシックなスーツに、オールバックのブロンドヘア。
 社交界にでもいそうな美青年が、気だるげに腕を払い、突撃槍を弾いた。
 ランズ・ラディスの術が腕の一振りで防がれたことで、術を仕掛けた二人は揃い愕然とする。

「嘘だろ……触れると消滅するんだぜ!? ただの人間が、どうしてクリアの術を防げるんだよ!!」
「調子に乗るなよ……! ヴィノー、『シン・クリア』だ! こいつらに出し惜しみはしておけない!」

 ヴィノーに指示を出し、クリアがついに本気を出そうとしていた。

 しかしライオンはクリアが指示を出すその刹那の瞬間を狙い、

 鬣から触手を伸ばしヴィノーを覆っていた泡を牙で食い破り、

 ヴィノーが持っていた本だけを齧って燃やしてしまう。

 その間、『シン・クリア』を発動する猶予すら与えられなかった。

 魔界の王を決める戦いにおいて、絶対悪とも呼べただろう存在は、ここに消え去ったのだった。


 ◇ ◇ ◇


「……すごいや。僕にこんな力が眠っていたなんて」

 クリアが魔界に強制送還され、気絶したヴィノーが倒れ伏す戦いの跡地。
 猛威を振るっていたライオンの姿はそこになく、代わりにアヒルのような顔をした子供が、呆然と立ち尽くしていた。

「なんだったら、この力でおまえを王にしてやってもいいんだぞ。ものはついでだしな」
「ううん。やっぱりいいや。なんだかズルしてるみたいだし、僕のパートナーはフォルゴレだけだもの」

 黄色の本を持つ仮初のパートナーに、やんわりと断りを入れる。その表情はどこか、悲しみに暮れているようでもあった。
 このアヒル顔の少年の名は、キャンチョメ。
 パルコ・フォルゴレというパートナーと魔界の王を決める戦いを駆け抜けた、王候補の一角である。

「これでもう、魔界にいるすべての魔物を消しちゃおうなんて考えてる悪い奴はいないんだろう?
 だったら、王様にはティオかウマゴンかブラゴがなってくれるよ。ガッシュも、もういないことだしね」

 俯きながら呟くキャンチョメ。
 金髪の男から教えられた事実と、それに伴う喪失感は、幼いキャンチョメには受容しがたいものだったのだ。

 魔界の王を決める戦いとはまた別の闘争で、ガッシュ・ベルと高嶺清麿、そしてパルコ・フォルゴレが亡くなったらしい。
 あの一件……リオウがファウードを解放し、しかしすぐにゼオンが主導権を奪い、かと思えばどこぞに消え去った事件の直後のことだった。
 パートナーと自分の本を失ったキャンチョメは、ナゾナゾ博士と協力して捜索に勤しむも成果を得られず、そこにこの金髪の男が現れたのだ。
 金髪の男はすべての事情を知っていた。荒唐無稽な御伽噺のような内容だったが、不思議と疑う気にはなれなかった。

 アフターサービスだ。そう告げて、金髪の男はフォルゴレの代わりを務めると言い出した。
 本来ならガッシュと清麿が倒すはずだった巨悪を、キャンチョメの力を借りて倒すと言うのだ。
 キャンチョメには当初、なにがなんだかわけがわからなかった。
 わからないままクリアと相対し、金髪の男はパートナーでないにも関わらず魔本の内容を読み取り、
 ミリアラル・ポルク、シン・ポルク、といったキャンチョメも知らない術まで使い、あっさりクリアを倒してのけた。

 なんにせよ、これで魔界に平和が訪れた、ということらしい。
 世界を救ったなどという達成感は微塵も湧かず、キャンチョメは流されるがままにたそがれた。

「では、おまえは魔界の王を決める戦いからリタイアすると言うんだな?」
「うん。そうす……る?」

 問いに対してキャンチョメが首肯すると同時、金髪の男が持つ本の端に火が点った。
 本が燃えていくにつれて、キャンチョメの体が採光に包まれる。

「え、えええええ!? なんで燃やしちゃうのさ! パートナーは自分で自分の本を燃やすことはできないはずだろう!?」
「そうだったのか? まあいい。俺はおまえの本来のパートナーでもないしな。できるものはできるのだから仕様がない」

 絶対のルールすら破ってみせるその不条理さに、キャンチョメは怒る気にもなれず、疲れたため息を零した。
 そうこうしている内に、キャンチョメの体が消えていく。戦いから脱落したと見なされ、魔界に帰るのだ。

「ティオやウマゴンにお別れを言ってから帰ろうと思ったのになぁ」
「魔界でまた会えるんだから、別にいいだろう」
「でも、ナゾナゾ博士や恵にはもう会えないよ。フォルゴレやガッシュとも、もう……」
「そう気を落とすな。人なんてものはいずれ死ぬ。人間であっても魔物であっても、な」

 その言葉を最後、耳に残して。
 キャンチョメは人間界から姿を消した。

「……さて、仕事も終わったな。酒泥棒を追いかけていたらいつの間にか世界を一つ救ってしまったが、まあいい」

 金髪の男は一人呟き、家路につく。


 ◇ ◇ ◇


 ―― アメリカ 闇酒場『蜂の巣』 ――


 ――誰もが寝静まる深夜。家路についたロニー・スキアートは、酒場のカウンター席に見慣れぬ影を捉えた。
 ――ぼうっとした不鮮明な輪郭は、明らかに人の姿ではない。自分と同種の存在と見て取れる。
 ――無視してしまってもよかったが、相手がなにやら話したがっていたので、語らいを始めることにする。


 珍しい客だな。ファミリーに……いや、俺になにか用か?


 なに、『おまえはいったい何者なのか』、だと?


 おもしろい質問を寄越すな。おまえなら、俺の正体くらい知っているだろう。

 俺は悪魔――ああ、そのあたりは知っているのか。じゃあなにが聞きたいんだ?


 ……『おまえはどの宇宙のロニー・スキアートだ』だって?


 やっぱりおもしろいことを訊くんだな。次におまえがする質問を予想してやろうか?


 そうだな……『どうやってあの戦争を生き延びた』、こんなところだろう。


 まあいい。わかりやすく答えてやるとだな、俺はあんなくだらん戦争になぞ関与していない。

 そもそも、俺はしがないカモッラの一員でしかないわけだ。宇宙を跨いで戦争なぞ、するはずもないだろう。


 じゃあ『あそこにいたロニー・スキアートは誰か』、だと?


 知るか。それこそ多元宇宙なりなんなりで適当に解釈すべき疑問だろう。


 なに、『魔界の王を決める戦いに関与した目的は』、だって?


 質問の多い奴だな。まあいい。答えてやろう。

 俺はカモッラの一員であると同時に、悪魔でもある。あの魔界が消えるとなると、少々不便なことになるんでな。

 それに、ガッシュに話しかけた手前、あのまま放っておくのも人が悪いと……なに、また質問か?


 ふむ……『ガッシュとカミナに語りかけたロニー・スキアートが戦争を引き起こしたのではないか』、か。


 それこそ知るか、だ。酒泥棒を追いかける途中で、あの実験場の存在を知りはしたがな。その後のことは知らん。

 俺の知らないところで、俺に似た誰かがそういう馬鹿なことをやっていた可能性はあるがな……まあいい。

 そもそも、おまえは覚えてはいないのか? 時空管理局の仕事ぶりを眺めた後、俺は一度ここに帰ってきたじゃないか。

 そのとき、ここではフィーロたちがドミノ倒しをやっていた。そのときに俺はこう発言したはずだぞ。


 ――『……それでも「この世界は」回る……か。ふっ、まあいい』。


 わかるだろう? 俺はここで「まあいい」と言っているんだ。それ以後、酒泥棒を追いかけるような真似はしちゃいない。

 ドミノ倒しが一段落して、暇ができたからあの魔界を救ってやっただけだ。

 渋い顔をするな。俺という存在が理解できないか? 別におまえに理解されようなどとも思っちゃいないがな。

 これで質問は終わりか? 遠くからはるばる、ご足労なことだ。

 ん、最後に一つだけ、だと? 本当に最後だろうな? まあいい、答えてやる。


 ……『世界を創ることは可能か』、だって?


 今までで一番馬鹿な質問だな。おまえは既に、自分の中で答えを出していたんじゃないのか?

 その世界というのが、後ろ向きな思想で作り出せる箱庭のことを指しているのかどうかが謎だがな。

 おっと、世界を創造できるか? だったな。まあいい。答えてやろう。


 回答は――『できる』、だ。


 そう怖い顔をするな。世界の創造なんてのは、誰にでも可能な芸当だ。

 螺旋力になんぞ頼らなくてもな。貴様が危険視するほどのことでもない。

 創造と創作は紙一重だ。表裏一体とも言えるかもしれんな。

 物語を創るということは、世界を創ることと同義とも言える。


 ……『言ってる意味がわからない』、だと?


 なら、おまえに正面から文句を言いつけた女がいただろう。あいつにでも聞いてみろ。

 彼女は作家だからな。創作とはなんなのか、創造とはなんなのか、俺以上によく知っているはずだ。

 まあいい。面倒だと言うんなら、俺なりの言葉で助言を呈してやるとしよう。


 ――『本を読め』。


 ◇ ◇ ◇


 ―― 日本 熱海 ――


 海が一望できるホテルの上階。大して広くもない部屋の机で、私は一心不乱にキーを打っていた。
 一台のノートパソコンを使って、テキストエディタを開いて、ただひたすらに本を書いている。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


 日常が戻ったっていう確かな証明だった。ここでは命を狙われる心配もない。楽な気持ちで本が書ける。
 読仙者の野望だとか、大英図書館の陰謀だとか、螺旋王の馬鹿な妄想なんかとも、きっぱり縁切りした。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


 私――菫川ねねねは、自分の意思で本を書いている。書きたいと思った本を、こうやって自由気ままに。
 誰に急かされているわけでもない。もうちょっとゆっくり書いてもよかったんだけど、創作意欲は待っちゃくれなかった。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


 次を書け、と衝動が私の心に訴えかけてくる。これを書き終わったら、次はなにを書こうか。
 ああ、とりあえずこの本を出版した後の世の反応が気になるところでもある。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


 ありのままを表現したらさすがにマズイから……だいぶ改稿しちゃいるけどね。
 それにしたって、菫川ねねねという作家が今まで書いてきたものに比べれば、随分な異色作だと我ながら思う。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ――――――、ダッ!


 今、最後の一文を――『HAPPY END』と打ち終った。
 現実はハッピーなんて言えるような終わり方じゃなかったけどね。
 この物語の中では、誰もが認める完全無欠のハッピーエンドだ。


 タイトルは――『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ』。


 ありのままだ。あそこで、ルルーシュにパクられた私の作品そのまま。タイトルは変えちゃいけないと思った。
 私がこの世界に帰還してからの第一稿。とりあえず書いてみた。今度集英社から出す約束も取りつけている。

「……長いようで短かったな」

 机の席から立ち、私はテラスに出た。時刻は夕方で、ここから見える海はオレンジ色に輝いている。
 帰ってきてからすぐ、私は旅に出た。特に意味はないけど。
 この作品は、部屋に篭って書くより、旅をしながら書きたいと思ったんだ。


 プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル......


 眺めが良そうだからってだけの理由で借りたこの部屋も……電話? 私にか?
 ホテル側からなんか苦情だろうか。まさかキーボード打つ音がうるさいだなんて言わないだろうな。
 私は海に向けていた視線を部屋の中に戻し、正直面倒くさかったので、緩慢な動作で受話器を取った。

「はい、もしも……」
『せんせぇ~い! 菫川先生ですよね!? もぉ~、今どこにいるんですか!!』

 受話器の向こうから叫びつけられて、耳がきーんとした。
 感覚的には久しぶり、日数を思うとそうでもない懐かしい声が、私を叱りつけるように言う。

『いきなり旅に出る~、なんて書き置きだけ残して! マギーちゃんなんて特に心配したんですからね!!』
「……ミシェール。あんた、なんで私が泊まってる部屋の番号なんて知ってんだよ」

 通話相手の名前はミシェール・チャン。香港で知り合った三姉妹の長女で……紙使いだ。
 いろいろあって、今は一緒に日本で暮らしている。帰ってきてからは、ろくに顔を合わさず旅に出たんだよな。

『紙姉妹探偵社の情報網をあまく見ないでください! それより、どうして急に旅に出るだなんて……』
「執筆旅行。いま新作書いてる。もうすぐ完成」
『えぇ~!? ほ、ほほほ本当ですかぁ!? すごく楽しみです~!』

 この蔵書狂は衣食住を捨て置いてでも本を取るような無類の本好きであり、私のファンでもある。
 新作書いてるだなんて情報与えれば、そりゃ手の平返して態度もコロッと変えるって寸法だ。

『出版はいつになりますか? なんなら下読みしますよ? 執筆はPCですよね、データを送ってくだされば……』
「本になるまで待て、このバカチン。ったく相変わらずだな……ああ、そうそう。アニタ……元気?」

 私は、やや声のトーンを落として訊いてみた。

『アニタちゃんですか? 元気ですよ。日に日に私やマギーちゃんの読書量を超えていってるのが怖くもあるんですけどねぇ』
「末恐ろしいな。あの元本嫌いが。さすが、紙使い三姉妹の末っ子だ」

 まあ、答えなんて訊いてみるまでもなくわかりきってたんだけどね。
 螺旋王の実験に参加させられていたアニタ・キングは、間違いなくあの場所で死んだ。
 けど、私が帰ってきた世界ではアニタはちゃんと生存していた。螺旋王の存在すら知らないことだろう。

 ……つまり、これが多元宇宙ってこと。
 あの実験場にいたアニタは、私がいる宇宙に住んでいるアニタじゃなかった。
 時間軸が縦で、平行世界が横の関係にあるとしたら、多元宇宙ってのは斜めなのかな、とにかくまったくの別物らしい。
 SFは解釈の幅が広いからあんまり得意じゃないんだけど、本嫌いを克服したアニタは、今もこの世界で幸せに暮らしている。

 それは、スカーに殺された読子・リードマン……センセーについても言えることだった。
 あの放浪癖を持ったぐうたらの無職は、今インドのあたりをふらついているらしい。
 監視役である私が二日ほど拉致られていた間に、またふらふら~っと旅に出てしまったんだそうだ。
 無事の証として、つい最近私のアドレスにメールが届いた。古本市でたいそう買い込んだとかって内容だった。

 アニタやセンセーが死んで、悲しんでいるだろう私はどこかの宇宙に絶対いる。
 でもここにいる……螺旋王の実験から生きて帰ってきた菫川ねねねは、二人の生存を素直に喜んでいる。

 本当に、あの殺し合いはなんだったんだろうな。
 アンチ=スパイラルの言っていたことを真に受けるわけじゃないけど、そう思わざるをえない心境だった。

『この前なんか、神保町のブラックリストに挙げられたりなんかして……』
「ねぇ。あんた、『フルメタル・パニック!』って本、読んだことある?」
『ふるめたるぱにっく……? いいえ、たぶん読んだことないと思います。どこから出ている本ですか?』
「富士見書房」
『聞いたこともない出版社です……く、詳しく聞かせてくださいっ!』

 ビブリオマニアでも知らない本がある、とはねぇ……。
 イタリアの俳優のサインが入ったあの本は、あそこを発つときにルルーシュに返してもらった。
 ここではフォルゴレなんてスター、誰も知らないんだろうけど。
 存在しない本に存在しない人物のサイン、これぞ多元宇宙の産物ってカンジだな。

「まあ、そういうのは帰ってからね。センセーが戻ってきたら、一度連絡よこせって言っておいて」
『お帰りはもうすぐなんですか?』
「う~ん、どうしようかな……ま、気が向いたら帰るよ」
『帰るときには連絡くださいよ! アニタちゃんとマギーちゃんと私と、み~んなで迎えに行きますから!』
「あー、はいはい。いい加減切るぞ」

 ガチャン、と受話器を戻す。ったく、こそばゆいったらありゃしない。
 でも、ま……これが日常っていうか、幸せっていうか、ハッピーエンドの後ってことなんだろうな。

 今頃、他の奴らはどうしてるのかね。
 ゆたかや舞衣は元気にやっているだろうか。元気でいるといいな。
 ギルガメッシュとジンは考えるだけ無駄だし……スパイクやルルーシュは割とどうでもいい。

 ……貴様には俺たちを長期的、かつ特殊な刺激の少ない場所に移す義務がある。

 ルルーシュの要求を呑んだアンチ=スパイラルは、ご丁寧にも私たちを元の世界に帰して下さった。
 モルモットとしての未来を選んだ、っていう意味でなら、この宇宙も奴らの監視下なんだろうけどさ。
 今も上から見てんのかな、あの性格悪いヨダレ魔人。まあ、気にしても仕様がないけど。

 ジェントルメン復活計画だとか、螺旋王による新世界創造計画だとか、そういうのはもう簡便願いたい。
 好きな本書いて、好きな本読んで、それで余生をすごす……これ以上のハッピーエンドってないでしょ。


 ああ、うん。そうだな。『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ』を書いて、つくづく思う。


 みんな、本が好きなんだ。


 私も、これ読む奴らも。


 ◇ ◇ ◇


 執筆疲れで爆睡……といきたかったんだけれど、どうにも気持ちが高ぶってて、ベッドに沈む気にはなれなかった。
 夕暮れ時。私は散歩に出てみることにした。普段は歩かない海沿いの道が、なんとも新鮮で心地いい。

 ……次、なに書こうかな。

 こうやって散歩している間でも、私はそんなことばっかり考えている。
 作家の創作意欲ってやつは、留まることを知らない。それはプロだろうがアマだろうが同じ。
 センセーに会う前、作家になる以前からこうだった。作家、菫川ねねね先生はいつだって全盛期だ。

 本を書きたい。本を読んでもらいたい。
 物語を、世界を、お話を創りたい。

 これから先の未来、私はどれだけの作品を残せるだろうか。
 明確な数なんて考えても出てこないだろうけど、たぶん膨大な数になるだろう。
 想像したら、なんだかうずうずしてきた。頭の中が構想で広がっていく。

 次回作の主人公は……傲岸不遜で、気丈な、王子様みたいな奴にしよう。
 ガッシュとギルガメッシュを足して二で割ったような奴。
 今思えば、あそこで出会った奴らはみんなキャラ立ってたな。
 小説から抜け出たような、キャラクターのモデルにぴったりの個性派揃いだった。
 いい刺激になったよなぁ、あれ。閉鎖された空間だからこそ、創作意欲も湧き立つってもんだ。

 やっぱ、ちょっと懐かしい。
 あんなのは二度とゴメンだけど。
 あいつらにもう一度会える機会があるとしたら――


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン


 ――私が物思いにふけながら、海沿いを歩いていたときのことだ。
 すぐ傍の海岸が突如として爆音を上げ、濛々と白煙を見せている。

「おいおいおい、なんだってんだいきなり?」

 季節はずれの花火、なんて規模じゃない。
 紛れもない、あの世界では日常茶飯事だった爆発が、戻ってきた日常でも目の前に。
 そんなまさか、という思いを胸に抱きながらも、私は興味本位で近づいてしまった。

 爆心地の傍まで歩み寄って、晴れていく情景を見やる。
 と、白煙の中から小さな影が飛び出してきた。
 私の足元まで転がり込んでくると、その人影は幼い声で、

「クッ……忌々しい奴らめ! 雑種の分際で我の命を狙おうなどとは、身の程知らずも大概よ!」

 ――頭の中のイメージ、次回作の主人公候補と、目の前の少年が合致した。
 この、金色の鎧を着込んだ、金髪の生意気そうなガキんちょ。誰かと被る。
 そう、ギルガメッシュだ。私の新作をいち早く読了した、ファン第一号。
 そのギルガメッシュをまんま子供にしたような、ガッシュと合体させたような少年がそこにいた。

「……おい。こんなところでなにしてやがる英雄王」
「ウヌウ!? 女、貴様いつからそこにいた! 我の背後を取るとは、雑種にしてはなかなか……む!?」

 ガッシュと被るのはその見た目よりもまず、こいつが大事そうに抱えている本が原因だ。
 色は赤ではなく金色。メッキでも貼り付けたような目に悪そうな金ぴかだ。装丁だけでいくらかかるんだろうか。
 その金ぴかの本が、よりにもよって輝いている。金色が、というわけではなく、光を放っているんだ。
 よりにもよって……この菫川ねねねに反応するかのように。

「雑種よ! 我の本を拝読することを許す! 内容が理解できるかどうかだけ聞かせろ!」

 ギルガメッシュもどきから本を渡され、私はページを開いていく。
 ……読めるし。ザケルとか書いてるし。思わず、笑いたくなった。
 いや、無理。我慢できるかこんなもん。私は静かに爆笑した。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「ウヌウ、なにを呆けているのだ雑種!? 読めるのならば、貴様が選ばれし存在ということなのだぞ!?」

 こっから先は聞かなくてもだいたいわかる。

「貴様は光栄なことに、我のパートナーに選ばれたのだ! 人間と魔物が組んでの戦いの儀!
 即ち……千年に一度開かれる、魔界の王を決める戦いの! それも優勝候補たる我のパートナーにな!」

 予想どおりだ。すがすがしいくらいにお約束だ。
 私の世界とはまったく関係ないことだと思ってたんだけどね……ハハハ、スゲーな、多元宇宙。

「む――本を構えろ雑種! 奴らが再び仕掛けてくるようだぞ!」

 ギルガメッシュもどきが警戒を訴え、それでも私は笑うことをやめられなかった。
 白煙の晴れた向こう側から、海岸を爆破しギルガメッシュもどきを追い詰めただろう二人組が姿を現す。
 もちろん、人間と魔物のタッグだ。片方は小柄で、片方は長身の人間。手には本を持っていた。

「ふん。ここまでがんばって逃げてきたようだが、そろそろ観念するのだな。トドメを刺すぞマロキヨ」
「おう。魔物の王を決める戦い、俺とおまえの初勝利を飾るとしようじゃないか。いくぜシュガッ」

 まんま顔を不細工にしただけのニセ清麿とニセガッシュじゃん。一昔前のロボアニメかっつーの。

 ああ、つまりあれだ。私の宇宙でも、魔界の王を決める戦いだかが人知れず始まるってわけね。
 んで、私もそれに巻き込まれる。紙使い騒動の次は螺旋力騒動、そんでもって魔物かよ。

 こっからなんだ、ブリタニアが日本を占領でもするのか?
 それとも巨大隕石を返すために蝕の祭なんてのが始まったり?
 錬金術師に恨み持った馬鹿が軍に喧嘩売るって展開は?
 ガンダムファイターやカウボーイが助けに来ても歓迎しねーぞ。

 いや、待てよ……そういやそもそも、私はどういう条件でここに帰されたんだっけ?
 条件出したのがルルーシュで、それを承諾したのがアンチ=スパイラルだったよな。
 つーことは、この展開は二人が運んできた災厄とも解釈できるわけだ。
 ちょっと思い出してみるぞ……。


『―― 貴様には俺たちを長期的、かつ特殊な刺激の少ない場所に移す義務がある!! ――』
『―― 自らモルモットの道を選ぶとはね。期待はしないが、せいぜい長い目で見させてもらうことにするよ ――』


 長期的かつ特殊な刺激の少ない場所、ねぇ……。
 期待はしないが、せいぜい長い目で見させてもらう、ねぇ……。


 おい、話が違うぞタコすけ。


「さあ雑種! 我のパートナーとして、その務めを果たせ!」

「ふ、ざ、け、ん、なぁあああああああああああああああああああああ!!」


 私は、力の限り叫んだ。
 私は、力の限り本を遠くに投げ飛ばした。
 私は、力の限りハッピーエンドを星に願った。


 おいアンチ=スパイラル! やっぱあんたみたいなのじゃダメだ!


 この菫川ねねねに筆を貸せ! 特別にあんたのためだけに執筆してやる!


 本当のハッピーエンドってのがなんなのか、教えてやるからそこに正座すれ!!


 ◇ ◇ ◇


 ―― アメリカ 闇酒場『蜂の巣』 ――


 おい、また来たのかおまえ。

 なに? 作家は世界を創ることを放棄しただと?

 なになに……なるほど。いや、それはあたりまえだろう。

 彼女は他人から与えられた物語をただ綴るだけの機械じゃない。

 創作家の中にはそういったことをする奴もいるがな。彼女は違う。

 彼女は自分の意思で世界を、物語を創造する作家、というだけの話だ。

 創作活動とは、おまえのような部外者にせがまれてやるものじゃない。

 創作と創造は表裏一体とは言ったがな、なんというか……。

 ……というより、わざわざ試しにいったのか?

 ひょっとしておまえ、暇なのか?

 ああ、そうか。

 まあいい。


【アニメキャラ・バトルロワイアル2nd R.O.D(シリーズ)――――HAPPY END?】


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外伝:SPIRAL ALIVE ロニー・スキアート 290:宴の始末







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