HAPPY END(10)◆ANI2to4ndE




――しばし、舞台は一段高みへと移る。



ゴクリという大きな音が自分の喉から発せられたものであると最初シトマンドラは気付くことができなかった。
慌てて額に浮かぶ大粒の汗を拭う。息をすることも忘れていたのか呼吸ははぁはぁと荒らかった。
身震いする程の破壊と殺戮。何と恐ろしい暴虐の嵐であろうか。
玉座の間である。先頃天元突破の瞬間を映し出したのと同じモニターがシトマンドラ達の前に広がっている。

「……無茶くちゃやな」
「ああ、色々な意味でな」

真なる螺旋力とやらの影響か映像は不鮮明であり、砂嵐などが混じるせいで細かい状況は全く掴むことができない。
だがそれでも"中"がどれだけの混沌に包まれているかは容易に知ることができた。

「どないすんねん、もやしっ子」
「さて、どうしたものやら。正直、奴らがここまで身勝手だとは思わなかった」

二人の人間が冷静に言葉を交わす。動揺を漏らすまいと黙り込むだけが精一杯のシトマンドラとは対称的だ。
裏切り、暗躍、そして敗北。螺旋の力に阻まれた断片的な情報は、ルルーシュの魔神の如き知謀の前に容易く全体像を曝した。
同志として誓いを交わしたはずの者達は早々に馬脚を現し、いずれも夢叶わず散っていった。
かつて7人の視線を受け止めたモニターも、今となってはたった三人分のそれに耐えるのみだ。三人が逝き、残る流麗のアディーネは居所が知れない。
ついに限界がきたのかモニターが白一色に染まり、すぐに砂嵐しか映さなくなった。

「これで中の様子を知る手段も無くなったか……」
「ど、どうするのだルルーシュよ!?これでは我らの悲願など到底叶わんではないか!?」

声が裏返っていた。さらに一歩悪くなった状況がシトマンドラの恐怖を煽る。
暴れ回るガンメンを見たとき事はすぐに終わると思った。
人間など容易く駆逐し、チミルフの申し出に従い速やかに任務を完了すると。
笑みすら浮かべそれを見守るる余裕があっただけに、突き付けられた現実が若き獣人の肩により重くのし掛かり、理性を蝕んでいく。

「そう慌てるなよシトマンドラ。できることをやっていくしかないだろう」
「叫んだかて一文の特にもならへん、ちゅーこっちゃ」
「まったくだ……こちらとしてはヴィラルの確保が急務であることに代わりはない。次の手立てとしては、そうだな……俺を回収するのに使った装置があっただろう。
 激しく動かれていたときには無理だったが敗北し気を失っているとすれば試してみる価値はある。
 それに賭けるしかないだろうな。奴らの生存まで含めて、分は悪いと言わざるを得んが」
「な、何故そこまで……」

冷静でいられるのだと恐怖に押し潰されそうになっている身では言い切ることができなかった。
シトマンドラにとって状況は悪い、などと一言で言ってしまえるようなものではない。
既にほぼ完全に詰みであり、頭の中は迫りくる人間達への恐怖とどのようにして逃げるかという弱腰の算段が渦巻いている。
この期に及んで次の策を練るなど到底理解の及ぶ所ではない。馬鹿だ。大馬鹿だ。
だと言うのに。

「……諦める訳にはいかないからだ。どれだけ追い詰められようと、俺には生きて妹のもとへ帰る義務がある」

なぜ、自分と背も体格も程変わらない少年がこれ程大きく見えるのだろうか。
真っ直ぐにシトマンドラを射抜く視線の、何と確かで力強いことか。
ルルーシュがマントの中に顔を伏せる。俄に憂いを滲ませる表情をシトマンドラは黙って見つめることしかできない。

「……怖いのは俺だって同じさ。逃げられるものなら逃げてしまいたい。だけどあれだけの大見得を切ったんだ。
 ここで負けたら、俺は正真正銘ただのもやしっ子さ」

ふっと笑う。そこには確かに弱さもあったが、それ以上に決して膝をつかないという強い決意が見てとれた。
強がるばかりではない。ときには怯えもし、しかし決してそれから逃げようとはしない。
真に王たる器とは、このような人物を言うのではないだろうか。
仕えるべき人を、追うべき者を自分は間違えていたのではないか。
シトマンドラは本気でそう思った。恐慌に支配された頭に光明が差した気がした。

「改めて約束しよう。お前の王には必ず会わせてやる。だから今は耐えてくれシトマンドラ。そして……俺を助け」
「い、いえ!私が仕えるべき王は、あなたにございます!」

そしてシトマンドラは頭を下げた。腰を折り、本心からの誠意を示す。ルルーシュが面食らうのを気配で感じた。
だが構わない。これまで微かに抱いてきた懸念の正体はこれだとばかりに、尚も力を込める。

「な、何を言っているシトマンドラ。お前はあれ程ロージェノムに……」
「確かに螺旋王には問い質したいことが多くございます!
 ですがそれはそれ、真に王たるに相応しいのはあなたであるとこの神速のシトマンドラ、確信致しました!」
「……ああ、ワイもう行ってええか?そろそろ準備も要りそうやからな」
「あ、ああ、頼む……。そうだ、アディーネに会ったら状況を」

りょーかいと、気だるげな声が立ち去っていくのを頭越しに感じる。
ああ、奴も尊敬すべき心の強さを持っているのだろう。獣人だ何だと言うことに
こだわり本当の意味で相手を見ようとしなかった自分が嫌になる。
何という了見の狭さ。何たる愚かしさか。

「……顔を上げてくれ、シトマンドラ。そのままでいられると俺が困る」
「はっ!しかし……」
「言ったろう?俺たちは対等だ。お互いに助け合いこそすれ、頭を下げる言われなんかないのさ」

そうまで言われ、やっとシトマンドラはそろそろと顔を上げた。
恐る恐ると言った様子でいつの間にか瞑っていたらしい両目を開ける。
対等という言葉を証明するかのように、同じ高さから手を差し伸べるルルーシュがそこに居た。
静かに、どれだけ真心を込められているか不安がるような口調で新たな王が告げる。

「だがその気持ちはありがたく受け取らせて貰う。本当のところを言えば、仮にとは言え仲間となった連中にあれだけあっさり裏切られて少し堪えていたんだ」
「私は……!私だけは決してそのような……!」

抱き抱えるように強く握り返す。
この手こそが自分を地獄から救う蜘蛛の糸であり、未来へと導く先触れとなるのだ。
そうシトマンドラは強く思った。

「ああ分かっている。信頼するぞ。……俺を助けてくれ」

一命を賭して――かつてない程の決意を込めてシトマンドラは叫んだ。
それは今までの権威にすがり他者を見下してきた愚かな自分との決別の宣言だ。
宣誓は王の前で。決して偽れない感情にシトマンドラの身が焦がれる。
安堵とも歓喜とも付かない激情に体を支え切れない。シトマンドラはその場に崩れ落ちた。
そのまま顔もあげず、何度も何度も阿呆のように同じ言葉を繰り返した。

だから。


「――非常に助かるよ、シトマンドラ」

そう言ったルルーシュの表情を、シトマンドラは見ることができなかった。



真っ直ぐに伸ばされた青色の髪に押し付けた銃はごとりと予想外に重たい音を鳴らした。

「全部聞いとったやろ」

ウルフウッドは平坦な声で告げる。
四天王が一人、流麗のアディーネの後頭部に容赦なくデザートイーグルを突き付けていた。
獣人の女は何も言おうとはしない。肩の高さで固定された細い指の先端だけが小さな震えを見せていた。

「……いきなり随分なご挨拶じゃないか」

ようやっと開かれた口から出た言葉にも、かすかな揺らぎがあった。

「とぼけても、あかんで」

虚勢を聞く耳は持たない。
それ程強く言ったつもりはないのだが、アディーネはあたかもも激しい叱咤を受けた幼子のように息を呑んだ。
先程の会談、陰でこの女が聞き耳を立てていたことに気付いたのはウルフウッドだけだろう。

「下手な隠れ方しよってからに、分かりやすすぎるわ。
 しかも、やばい言うことが分かった途端トンズラ決め込むんやさかいな。誰でも怪しいと思うやないか」
「う……!」

およそ味方の取る態度とは思えなかった。何かあると、玉座の間を早々に辞してみれば、案内されたのは見も知らぬ怪しげな一区画。
更に、謎の巨大兵器ときたものだ。
まるで隠してますと言わんばかりのそれらの不可解な行動は意味深に過ぎた。

「まーアレやな。あの三人があんだけ好き放題に勝手なこと企んどったんやさかい、あんたも何か考え取るわな。
 あのもやしっ子の言うこと頭から信じとるんは、もう鳥頭のにーちゃんだけなんちゃうか?」

シトマンドラは本気でルルーシュに惚れ込んでしまったようだ。本人にすれば感動のシーンだろうが傍目には茶番以外の何者でもない。
まぁ、あれはあれで幸せなのだろうからどうこう言うつもりはない。好きにしたら良いと思う。
どの道、ウルフウッドには自分たちが長生きできるとは思えなかった。

「ご、誤解さ。あたしはアンチ=スパイラルの監視を仰せつかってるんだ。すぐ任務に戻ろうとしたっておかしくないだろう」
「逃げ出す算段、ちゅうとこかいな?」

苦しい言い訳を一々相手するのも面倒臭くなってウルフウッドは単刀直入に聞いた。
指先の震えさえもぴたりと止め、完全にアディーネが沈黙する。

「……だったらどうだって言うんだい」

観念した、というのではない。返ってきたのは押し潰されたような怒りの声だった。

「ああ、逃げようとしたさ。だから何だって言うのさ。
 アンタにあたしらの気持ちが分かるかい?螺旋王にさっさと見捨てられて、生意気なニンゲンの子供に頼るしかなかったあたしらの気持ちがさぁ!?」

建前を取っ払った先にあったのは進むべき道を失った女の慟哭だった。
仲間を失い、人生を狂わされたのは何も人間だけではない。
そういうことだ。

「あたしにこいつを起動するよう言ったグアームも死んだ、シトマンドラの奴はもうルルーシュのお人形さ。
 チミルフは……チミルフはあいつに頭ん中ぐちゃぐちゃにされて、そのせいで死んだようなもんなのに、そんなこと考えもしない。
 あたしらはもうバラバラだ。皆狂ってるよ。螺旋王もそうだがルルーシュが来てからもっとおかしくなっちまった。
 いや、むしろとっとと逃げ出した分螺旋王はまだまともさ。
 あたしだって、こんなとこにはもう一秒だって居たくない。
 アンチ=スパイラルなんて化物と関わるのはゴメンだね!アンタ達で勝手にどうにかしておくれ!」

敵が怖い。死ぬのが怖い。己が傷付くのが怖い。
主が主なら部下も部下、などと言うつもりはない。
恐怖から逃げ出したくなるのは、羨ましいくらいに自然なことだ。

「なぁ」

アディーネの両手はもう下ろされていた。言いたいことを全部ぶち撒けて気が大きくなったのか、力も抜けている。
呼吸だけが荒かった。

「……なんだい」

獣人と呼ばれた女は、しかし誰よりも人間らしい感情に身を任せていた。

ウルフウッドは少しばかり目を背けたくなる。
弱くとも自然体なその在り方に憧れるのか。
意地など張らずに逃げ出してしまえる奔放さに惹かれたのか。
それとも。
女が可哀想だとでも言うのだろうか。

「もう、休めや」

ウルフウッドは言った。
言うと同時に引き金を引き、デザートイーグルから放たれた大口径の弾丸がアディーネの頭部を粉みじんに吹き飛ばした。
少し遅れて胴体がどちゃりという汚い音を立てて崩れ落ちる。
どくどくと絶え間なく広がっていく血溜まりを真っ黒な瞳で見下ろしながら、ウルフウッドは銃を仕舞う。

「……すまんな」

逃がすのではなく殺すという選択肢を選んだ理由は自分でも分からなかった。
口にしたのは形だけの謝罪。
いつからこうなってしまったのか。そう思いはするが、今更引き返す気もない。

「文句は死んでからゆっくり……ちゅうやつや。何なら、化けて出てくれてもええで。
 どうせ生き残ったってすることないしな。祟り殺される言うんもお似合いやろ。
 でもま……その前に一つだけ、な」

遠からず訪れる決着の時を待つためにウルフウッドは歩き出す。
考えることは特にない。
ただ、頭に浮かぶ馬鹿みたいなやけ顔を早く消し去りたいと、そう思うだけだ。
ウルフウッドは格納庫を後にした。手にかけたの女のことはすぐに頭から消した。



――そして、舞台は再び儀式の籠の中へと舞い戻る。




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