罪歌 阿鼻叫喚の狂った舞台(前編) ◆wYjszMXgAo




――――――――――KILL! KILL! KILL! KILL! KILL!
KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL!
KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL!
KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL!
KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL! KILL!
KILL! KILL! KILL! KILL―――――――――――――!


「う、くぅ……っ!」

――――頭の中に響き続ける殺意のオーケストラ。
柊かがみがそれに耐えかねて呻きを洩らしたのは放送の直後だった。
もちろん原因はたったの一つ。

……ラッド・ルッソの記憶が、殺意の上昇を抑えきれなくなったからだ。

もちろんかがみに殺人嗜好などないし、理解はできない。
……だが、『食った』となれば話は別だ。
不死者を『食う』とは、相手の全てを身の内に取り込むということなのである。
記憶も、経験も、知識も、知恵も、趣味も、思考も、――――人格の情報でさえも。
それが理解できるか理解できないかはまた別の問題なのだ。

ある不死者の男は、
『自身に催眠術をかけておけば、たとえ誰かに食われたとしても、
 何らかのきっかけで食った人間と食われた人間の人格を交代できるかもしれない』
という可能性に思い当たった。
ある日突然、食ったはずの人間に体を乗っ取られると言うわけである。

『食う』事のリスクはそれだけに留まらない。
エニスは『食った』事により人間らしい感情を得て、同時に善悪を判ずる意識に悩まされることになった。
フィーロ・プロシェンツォは『食った』事により自我の境界に疑問を持ち、自身の存在に不安を抱いた。
チェスワフ・メイエルは『食った』事により、人からの感情を信じられなくなった為にあらゆる人間を道具とみなし。
――――そして、この度再度『食う』事により、自身の罪深さに苦しむようになった。
セラード・クェーツでさえも、感情のベクトルは真逆とはいえ、その行為に心動かされたのは事実なのである。

『食う』事は、確実に食った人間に影響をもたらすのだ。

尤も、その記憶に踏み込まなければそこまで悩まされるわけではないのだが――――、
しかし、かがみは放送とラッドの記憶を照合して情報を得るために、敢えて彼の記憶を遡っていたのだ。

彼の記憶の殺意のゲージを一瞬で極限まで引き上げた要因は、二つの名前がそこに存在しないことにあった。


Dボゥイ。
鴇羽舞衣。

彼らの生存が確定したことで――――ラッド・ルッソの殺意はかがみに押さえきれない所まで上昇したのである。

――――それを食い止めたのは、一つの声。

「……どうした? 不死身の」

衝撃のアルベルトの、こちらを気遣うような声。
それがかがみを殺意の大波から引き戻す。

「……ん、なんでもないわ。それよりこれからの方針についてなんだけど」

彼の顔に似合わない声色に苦笑しながら、かがみはとりあえず話を進めることにする。
――――ギルガメッシュの生存などについて、アルベルトがそれを洩らさなかったことにかがみは不満を感じてはいた。
が、いざ文句を言おうとするとどんな言葉を選べばいいのか分からないので、それに関しては黙っておくことにする。
今は文句を言うより先にアルベルトに有益な情報を渡しておかねばならない。

「……ラッドの仲間については言ったわよね?
 そいつ等が調べたところによると、“螺旋力”とかいうものがこの“実験”の鍵になってるみたい」

――――螺旋力。
幾度となく聞き覚えのある言葉だ、とアルベルトは記憶のダイブに取り掛かる。
文字通り螺旋王が幾度となく告げた言葉だ。
成程、と納得する。
実験と称していたかの王の言葉は真実だったのだろう。
心当たりはある。
先刻のかがみの発した緑色の光。
あの輝きは間違いなく、個人の能力を引き上げるものだ。
それ以外にも何か秘密があるかもしれない。
……つまりは。

「……その力。持ち帰るに値する力ではあるやもしれんな」

顎に手を当て思考に沈むアルベルトに、かがみも頷き返して続きを述べる。

「……まだ、詳しいところは分かっていないみたい。
 だけど……」

一息。

「……刑務所の面子は、相当頭の切れる人間ばかりみたい。
 ラッドの記憶もあることだし、協力関係を築いて損はないと思う」

怯えも躊躇いもなくまっすぐにアルベルトを見据えるかがみ。
その心根に満足しながら、アルベルトはそれを肯定することにする。

「……うむ。手駒も欲しい所ではあるし、螺旋の王に立ち向かうには数が必要だ。
 いくらワシが十傑集とはいえ、体は一つしかないのだからな。
 そ奴らとの利害の一致もありえるだろうし……、と、どうした? 不死身の」


見れば、かがみは自身の体を抱くように両腕を互いに掴み、ぎゅうっと縮こまっている。
まるで自身の体が動き出すのを怖れ、どうにか押さえ込んでいるかのように。
アルベルトの言葉で生じた、猛烈な衝動をかろうじて制しているかのように。

アルベルトの脳裏に一つの言葉が蘇る。


『――――梯子は足りているのか?』


言峰と名乗った神父。
その真意は測りかねたものの、敵対するどころかむしろ友好関係にあると言っていいだろう。
ならばその言葉が意味するものは、忠告なのか。
不安が心中の何処とも知れない場所から染み出て止まらない。
まるで、楔を穿たれたかのように……どこかに穴があるような気がしてやまないのだ。

らしくない、とアルベルトは思う。
不安に思うことなどない。
自分は十傑集であり、目の前にいるのは信頼できる協力者なのだから。
天をも貫く梯子。互いの背を預けながら、そこをひたすら進めばよい。
否、進む先にあるものは梯子などではなく、雄とした泰山なのだ。
それを強く強く信じ込み、――――霧靄を払うかのように不敵な笑みを浮かべてみせる。

「食らった事により何か体調に異常でも感じたのではあるまいな?
 いずれ螺旋の王を食らう時の為にも、貴様に不調があっては困るのだぞ?」

――――だが、彼は気付いている。
このような台詞を向けることこそ、言峰の言葉に強く囚われているのだという事を。
気付きながらも、それを払いのけようと気遣いの言葉を重ねれば重ねるほど強く強く、更に強く纏わりついてくるその言葉。
完全なる底無しの沼に浸かっていることを知りながら――――、
今のアルベルトには、柄にも合わない言葉を吐く事しかできなかった。

「う、うん……。大丈夫、アルベルトが心配する程の事じゃないわ。
 ……私の、内面の問題だから。……うん」

気丈な言葉を気弱な表情で告げるかがみ。
が、それではいけないと思ったのか。
不意にプルプルと首を振り、話題を変えようと周囲を見渡すことにする。
と、都合のいい物を見つけたので、とりあえずそちらに向かって駆けていくことにした。

「……さて、あっさり気絶しちゃったけど。
 こいつをどうにかしないとね」

目線の先にある物は結城奈緒。
恐怖に引きつった顔で気絶したその姿を見て、自分に持たれているイメージに複雑な想いを抱くも、
とりあえず気にしないことにして意識を切り替える。
まあ、まずやる事は一つだ。
……目覚める前に、身包みを剥いでおくことにする。

以前遭遇した時にあらかた持ち物は没収していたはずなのだが、いつの間にか新たな装備を手に入れていたのだ。
その衣装はラッド式本気の全力全壊パンチを繰り出した時に砕け散ったとはいえ、まだ何か持っているかもしれない。
デイパックを取り上げ、奈緒の体を調べるとその手に指輪が嵌っているのに気がついた。
見覚えがなかったのでこれも新しく手に入れたアイテムなのだろう。


「はい、ボッシュート」

クイズ番組の口調を真似て指輪を外し、自分の指に嵌めたまさにその時。

「う、んん……」

――――声とも言えない声を漏らしながら、結城奈緒が眼を覚ました。
指輪を外した時に体を動かしたせいか、自分が起こしたのと同じかもしれない。
そう言えば、よくよく放送を聞き逃す子だと苦笑する。
自分のせいばかりとはいえ気絶ばかりしている印象を奈緒に抱いてしまっていた。

「――――金……ぴか……」

自分でもなにを言っているのか分からないのだろう、呆けたままの奈緒を尻目にアルベルトの方を向けば、彼は無言で腕を組むだけだ。

……何を彼が望んでいるのか。
察し、かがみも無言であらためて奈緒に向き直る。
座り込んだままの彼女が次第に覚醒していくのと同時。

――――かがみも、自身のスイッチを入れていく。
頭蓋の横に指を当て、それを確認するかのようにあえて行動しながら口ずさむ。

「……パチリ」

指を弾きながら、呟く。
何度も。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

「パチリ。パチリ。パチリパチリパチリパチリパチパチパチパチリパチリパチパチパチ
 パチパチパチリパチパチパチリパチパチパチパチパチパチリパチパチパチパチリパチ
 パチパチパチパチパチチパチパチパチパパチパパパパパパパパパパパパパパパパパパ」

ラッド・ルッソの記憶にある通り。
殺意のスイッチを入れていく。
一個の。五個の。十個の。百個の。千個の。一万個の。十万個の。
――――何百万個の! 何千万個の! それ以上の数のスイッチを!

「ヒャ、ハ……ヒャハハハハハハ、ヒャァハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!
 ハァハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ヒャハハハハハハハハハハハッ!!」

――――ラッド・ルッソの戦闘スタイル……いや、殺人スタイルは独特だ。
トークで昂り、テンションを極限まで上げ、殺戮の悦楽に浸れば浸るほどその動きは切れ味を増し、力は増加してゆく。
『柊かがみ』なら、そんな事は理解しえないし、いざ戦いに臨んでも彼の記憶を活かしきる事はできはしない。
『不死身の柊かがみ』でも、殺人嗜好はないし、ラッド・ルッソほどテンションを高める事もできはしない。
今までのかがみのままでは、ラッドの力を完全に運用するのは無理なのである。

だが、ラッド・ルッソを食らった今なら可能だ。
不死者を『食う』とは、相手の全てを身の内に取り込むということなのである。
記憶も、経験も、知識も、知恵も、趣味も、思考も、――――人格の情報でさえも。

一つスイッチを入れるたびに、『柊かがみ』と『ラッド・ルッソ』を切り替えていく。
記憶を、経験を、知識を、知恵を、趣味を、思考を、――――人格を。
単なる物真似ではない。自らのうちにあるデータを表に引っ張ってくるだけだ。
それ故に――――、それはもはや再現などというレベルにすら留まらない。

柊かがみの『意思』で、ラッド・ルッソという『人格』を行使する。
まるでデスクトップの壁紙を変えるかのように、表に見える人格を切り替える。
中に納まった『意思』というデータに変更はないままだ。

とある男は言った。
信じる心があればテンションはどこまでも上げられる。
そして、自らが出来ると信じたことに限り、あらゆる出来事は実現すると。
不死身の柊かがみはラッド・ルッソという人格を行使できることを信じた。

それだけの話だ。

「……え、あ……? ちょ、なんなの? ……なんなのよぉっ!!」

――――目が覚めるなり、怯えに満ち満ちた表情を見せる結城奈緒。
いきなりただでさえトラウマを持っている相手が、恐ろしい恐ろしい殺人鬼の笑みを浮かべているのだ、当然だろう。
……この子には実に悪いけど、と上り続けるテンションの裏で冷静さの残るかがみは思う。
――――ラッド・ルッソの力を使いこなす、叩き台になってもらう。

問題は、ラッド・ルッソが奈緒に殺意を抱いていないこと『だった』。
……だが。

「……よう、お目覚めかいナオちゃんよぉ! 気分はどうだい?
 最高かい? 最低かい? 生きたいかい? 死にたいかい? 安心したかい? 不安かい?
 そこんとこどうなのよ、ギルちゃんが生きていることを知ってよぉ!!」

――――ラッドは、知らなかった。
衝撃のアルベルトによりギルガメッシュと奈緒が引き離されたその過程も、彼らの絆も。
戦場の中で、ただただ何となく感づいた程度のものでしかなかった。
だから勇敢にも自分に立ち向かってきた奈緒への殺意は薄まり、関心がなくなったのだ。

――――だが、かがみは知っている。
彼らの間柄を、ギルガメッシュがいなくなった後の奈緒の表情を。
そして、ギルガメッシュの奈緒への関心を。

――――殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
殺す!!

もちろん奈緒自身にそこまでの殺意を抱いているわけではない。
……だが。

「ク、ククク、ヒャァハハハハハハハハハハハッ!!
 ……どう思う? どう思うよナオちゃんよぉ! 
 私がテメエをじっくりじっくり嬲り殺して! ギルちゃんに伝えてやったその時!
 あのクソ王様ぶった金ピカ野郎がどんな顔をするのかってなあ!!」

それを想像するだけで今のかがみは歓喜に包まれる。
ラッド・ルッソの嗜好が、確かにかがみの中に存在している。
それを空恐ろしく思いながらも、しかしかがみは敢えてそれを否定しない。
……たとえ異常者のものとはいえ、力は、たしかにここにあるのだから。

目の前にいるのはあのギルガメッシュが入れ込んでいる人間だ。
そこから引き出されるギルガメッシュへの殺意。
そしてDボゥイと鴇羽舞衣の生存の際に滾り溢れ抑えきれない程に膨れ上がった行き場のない殺意をミックスし、束ねあげる。
膨れ上がった殺意のとりあえずのぶつけ所として、結城奈緒に貧乏籤を引いてもらうのだ。
ついでに約束を破ったという事もあるし、全くもって都合がいい。

どこまでも、どこまでも。どんな状況でも。
理不尽な災禍は。殺意という名の暴力の塊は。
――――たとえ食らわれようとも一切合切混じりけなく、ラッド・ルッソがここにいた証として。
その誰にも止められない力の渦は遥かな高みまで到達し、天元を突破する。

ラッドでもあるかがみの体に緑色の光が渦巻き始める。
――――螺旋の力に覚醒した、ラッドの力。
たとえ相手が線路の影をなぞるものであろうと英雄王であろうと、変わらず自身であらんとするその力。
殺意とテンションが上がれば上がるほど、それは強く強く煌めきを増していく。

そして、それだけではない。
あまりにも純粋で巨大な暴力を制し、やはり自身であらんとする少女の意思もそこにいる。
その力を自らのうちに納めながらなお、螺旋王を食らい前に進まんとする少女の力。
殺意が膨れ上がるたびにそれに呑まれまいと抗う、少女自身の輝きもまた存在するのだ。

二つの螺旋の力が鬩ぎ合い、癒合しあい……、やがてそれは莫大なる二重螺旋となる。
あまりにも眩いその力は、アルベルトを以ってさえ感嘆の息を洩らさせた。

「おいおいおいおいおいおいおいおいマジかよおいおいおいおい!!
 すげえ、すげえなオイ!! これが私かよ、なんなんだよこれはよ! これが螺旋力ってやつか!?
 テンションあがってきたぜ! ようし殺す! ぶち殺す!
 この力の実験台になってもらうぜナオちゃんよぉ、グチャグチャになるまでなあ!
 んでそいつをギルちゃんに真心込めてプレゼント! かぁっ、最高だよオイ!
 ヒャハ、ヒャハハハハハハハハハハハハ、ヒャァハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

高まり、高まり、高まる。
螺旋の力はとどまる事を知らない。
やがて、その力は少女の指に嵌った指輪にも注ぎ込まれていく。

――――Dボゥイが勝利すべき黄金の剣に己が螺旋力を注ぎ込んだように。
クラールヴィントに注ぎ込まれた螺旋の力は――――かがみを核として、一つの姿を形作っていく。

青く、薄い服。
何の特徴も面白みもない簡素すぎる服はしかし、それ故に異常なほどの威圧感を醸し出していた。
それも当然である。
何故ならその服は――――囚人服だったのだから。

凶悪犯罪者の中でも選りすぐり、イカれた人間の中でも特にキレた連中が集う史上最大の刑務所、アルカトラズ。
脱獄不可能と呼ばれた刑務所の囚人服を、かがみはその身に纏っていた。
――――幾つも存在する多元世界。
その中の、ラッド・ルッソという存在そのものに刻まれた属性。
『ここ』のラッドに記憶がなくても、確かにそれはこうして顕現した。
彼を食らった柊かがみの――――バリアジャケットとして。

変化はそれにとどまらない。
かがみの左手に、更なる螺旋の力が纏わりつく。
極限まで圧縮された緑色は、やがて物質化するほどの密度を蓄え実体化していく。
鋼鉄の義手。
――――正確には篭手ではあるのだが、義手といったほうがずっとしっくりくるだろう。
指もまともに動かないそれはしかし、フック船長の鉤爪を幾分マシにしただけの代物なのだ。

緑の螺旋に包まれる中、フック船長の鉤爪をした時計ワニが夜空に笑う。
遠くまで、遠くまで、声を響かせて。
肉食獣のそれより更に凶悪で理性的な、殺人鬼の歓喜の表情を浮かばせながら。


「ん? おうおうナオちゃんよぉ、どうしたよ、私と殺りあうつもりかよ」

――――笑いを収め、かがみは奈緒に向き直る。
気がつけば奈緒は冷静さを取り戻し、既に両腕を構えていた。
記憶にあるエレメントの行使。それに間違いないと判断し、かがみは笑みながら悠然と歩み寄る。
最早それが虚勢なのか、ラッドの人格に呑まれているのかすら判然としない。
ただ言えるのは、今の彼女は確かに殺人に悦楽を感じているということだけだ。

「……あんた、いったいどうしたっての? まるで……」

ごくりと唾を飲み込み、震える体を奮い立たせるもかがみの接近に後ずさるを得ない奈緒。
その両手には既にエレメントが顕現していた。
いつでも襲い掛かられてもいいように即座に糸を発生させられる態勢の彼女に、かがみは両手を体の横に突き出し、笑みを濃くする。
尤も、鋼鉄の義手のついた左手はだらりと垂れ下がったままだったが。

「知りたいかい? 知りたいのかい? そうだよなあ、私が!
 体はともかく精神的には平凡だったはずの、この私が!
 突然『俺』みたいに豹変したんだからよお! ハハハハハハハハッ!!」

ずい、と身を乗り出すかがみ。
エレメントを出しても全く怯えないその様は、単に不死者だからというだけではない。
……明らかに、あのラッドの立ち振る舞いと同じだった。
おそらく、という言葉がつくが、奈緒には大体のところが既に予測がついている。
……だが、

「じゃあ教えてやるよ! 耳の穴かっぽじってようく聞け!
 まずは不死者についての説明だ、不死者ってのは文字通り死なな」

――――奈緒の顔面に右ストレートが突き刺さった。
鼻がひしゃげ、木っ端のようにいとも簡単に民家、コンクリートの壁に叩き付けられる。

「――――!?」

「ヒャァハハハハハハハッ!! 説明の間は手を出さないと思ったか?
 おいおいおいおい油断しすぎだぜナオちゃんよぉ!
 んじゃまあ、説明続けてやるよ、ぶん殴りながらだがなあッ!!」

一気に10メートル弱離された間合いを、かがみはボクシングのフットワークを用いながら砲弾のように突っ込んでくる。
右手にはいつの間にか剣が握られており、凶器が狂気を加速させていた。
本来ならば女子高生のかがみではありえない動き。
――――それを可能とするのは、ラッド・ルッソ同様、テンションを上げながらの彼の記憶の行使。
そして、異常なほどの密度を誇る螺旋力の産物によるものだ。

「くぅ……っ!!」

鼻血を噴き出しながらも奈緒は即座に位置取りを変更し、両掌のエレメントから糸を周囲に展開。
対象を捉える為の弾幕を張る。触れるだけでかがみは捕らわれ、動けなくなることだろう。
奈緒とて何も考えなかったわけではないのだ。

――――これが二度目の対峙なのだから。

相手が不死身なのは分かっている。
もしかしたら、倒しきる事はできないかもしれない。
……だが。
殺せはしなくとも、相手を捕らえる事はできる。
以前の戦闘では糸による切断を攻撃の軸に据えていたからこそ遅れを取った。
冷静に考えてみれば、瞬間的に再生する相手に切断攻撃なんて相性が悪すぎるのだ。
だから、今度は捕縛に徹する。
切断は牽制、フェイントに。最初に一発当てて、次の攻撃も切断だと誤認させる。
不死身の体を持っているのだから、二段構えなら同じ攻撃の連発だと錯覚して受け止めるだろう。
それからどうするかは未定だが、捕らえさえすればどうにかなる。
アルベルトと交渉してとりあえずこの場を離れさえできればいいのだから。

無意味。

その全てが、無意味。


「……当たらな――――!?」

何故なら、不死身の柊かがみの動きがあまりに以前と違いすぎるからだ。
不死身の体に頼りきって攻撃回避を全く考えていなかったあの時とはまさしく別人。

最小の反応で糸を見極め。
最小の時間で行動を決定し。
最小の動きで弾幕を回避し。
最小の隙で次の糸に意識を移す。

明らかに不死の体などには全く頼っておらず、自身の思考と反応のみを信じているかがみ。
更に言うならバリアジャケットを展開しているのに、それすらも全く楯にしていない。
それはどう考えても、『死を意識し、向こう見ずな行動を取らない人間』の動きだった。
不死者でありながら、奈緒の一挙手一投足全てから匂う死の可能性を意識し油断しない。

奈緒の放つ糸の全てを掻い潜りながら――――。
名前に矛盾しているはずの行動を取りながら――――。
不死身の柊かがみは、笑う。
ただ、笑う。

奈緒の左側面に深く沈みこんだかがみの振るう剣の峰が、両手に叩き込まれていた。
一瞬でエレメントが破砕し、只の一撃にしては異常なほどの体力の喪失が訪れる。
――――剣の名前は、ヴァルセーレの剣。
力を吸い取りその刀身に蓄える、魔物アースの剣だ。
エレメントの力を吸収されて、奈緒は完全に力が抜ける。
当たったのは峰とはいえ、ダメージは大きい。
右手はまだ動きそうだが、左手はしばらく使い物にならないだろう。
おそらく骨が折れているのは間違いない。

「……不死者と言ってもよぉ、会場内なら死ぬかもしれねえんだわこれが」

片手で振るわれたその剣はすっぽ抜けてあらぬ方向へ落ちていったが、
しかしラッド……いや、かがみのの戦闘スタイルに大して影響はない。
即座に右手を振り上げ、片腕だけの歪なボクシングスタイルを取る。
左手の鋼鉄の腕はやはりだらりとぶら下がったままだ。

「これは嬉しいことだよな、そうだよなあ!?
 螺旋王サマはよ、不死身の人間でもぶっ殺せる機会を与えてくれた訳だ!!」

――――つい先刻のラッドの動きを、かがみはほぼ完全にトレースする。

ジャブ。ジャブ。ジャブ。小刻みな右拳の連打。女の細腕でかがみは拳を刻む。
鼻血が流れる瞬間の、ワサビを食べた時にも似たツンとする感覚。そして、直後に溢れる血の感覚。
痛みもそうだが、それよりも思いっきり鼻をかみたくなるようなその感触がいやだなぁ……と、奈緒は思う。

「そしてそいつには私も該当する! 少なくとも、だ! この会場にいる限りは私は死ぬかも知れねえワケだ!」

ショートストレート。モーションを最小限にした射る様な拳。ジャブからのコンビネーションでそれを打つ。
バシッという小気味よい音と共に頬肉が腫れ上がり、頭の中にミシリという音がはっきりと響き渡る。
耳を脳も頭蓋骨の中にあるからか、顔面への打撃は思いのほかよく響く……と、奈緒は思う。

「だからよぉ! とりあえずしばらくはテメエ自身については考えないことにした!」

右フック。反射的にあがったガードを迂回するように拳を叩き込み、逆の頬を打つ。
柔らかい頬に拳がぶち当たって口の中が圧迫され、拳と口内の歯に挟まれた内頬が鋭い痛みとともに切れる。
しかし、それより勘弁して欲しいのは歯医者から出てきた直後の様な奥歯の鈍い痛みだ……と、奈緒は思う。

「ギルちゃんやらタカヤ君やらを殺しやすくなったのは不幸中の幸いってトコか!」

ボディアッパー。続けて、がら空きのボディへと右のストマックブローをめり込ませる。
ポンプの様に潰された胃から、食道を通じて酸味の強い液体が逆流し舌と鼻の粘膜に嫌な刺激を与える。
気持ち悪さにすら全く慣れない。それ以上に、胴を持ち上げられて足をピンと伸ばしている格好が恥ずかしい……と、奈緒は思う。

「そうそう不死者の説明だったなあ! んで、不死者には死なねえって事以外にもう1つ能力がある!」

ショートアッパー。落ちてきた無防備な顎を拾うように半径の狭いアッパーカット。
ガチンという音と共に半開きだった口が無理やりに噛みあわされ、上下それぞれの歯の付け根にじんわりとした痛みが発生する。
それに加えて、突き抜けた力が額に得もいえぬ感触を残す。それを、カキ氷を急いで食べた時みたいだ……と、奈緒は思う。

「他の不死者を……食えるんだよ! そいつの記憶も趣味も思考も人格も何もかもなあぁッ!!」

右フック。頭の真横。耳の上を叩き、そしてそのまま振りぬいて顔の向きを90度以上変える。
耳の中で圧縮された空気が反響を起こし、頭蓋の中を駆け巡り脳を――思考を揺らす。
ブレブレに見える視界に一瞬思考を奪われ、ああ、こういうのはいけないな……と、奈緒は思う。

「おいおい聞いてんのか? テメエが聞きてぇっつったんだろナオちゃんよぉええオイ!?」

ボディブロー。頭を揺らされふらつき無防備なところへ再度のボディ。今度の狙いはレバーだった。
突然、身体の中に鉄の錘が出現したんじゃないかと思うような感触。決して外に逃げ出してゆくようなものではない痛み。
あまりの違和感に四肢が痺れ身体が砕けそうになる。今のところ、これが一番クる……と、奈緒は思う。

「つーわけで、説明終わり! よし、理解したら死ね!」

ストレート。一時的な不明の状態へと落し込んだところで、渾身の右ストレート!
ついさっきの様に、再び鉄拳――いや狂拳が、音を立て骨という面をきしませ頭の表面を吹き飛ばしてく。
目が眼窩の奥へと押し込まれそうな感覚に、背筋が凍る。一応は女の力と解っていても目や指は怖い……と、奈緒は思う。


殴られながら、奈緒は次第に壁際へと追い詰められていく。
最早恐怖の感情すら麻痺してまともに頭が動かない。
ただ、死になくても死ねないなあ、という事だけを思っていた。
目の前の少女はこんなのよりも凄い攻撃に耐えていたのかと感心すら湧き上がってくる。
……不意にこつり、と背中が壁にぶち当たる。

その瞬間、不死身の柊かがみはニィ、といっそう笑みを深くした。
ゆっくり、ゆっくりとかがみの全身が動いていく。
それを見てすぐに奈緒はこれから起こることを悟った。
……ああ、止めをさすつもりなんだな、と。
色々なものが脳裏に浮かんでいく。

舞衣やなつき、静留といったHiMEの面々。
自身のチャイルドであるジュリア。
強盗に殺された家族。
唯一そこから生き延びた母。
……そして。

「――――金、ぴか」

いつの間にかその名詞が漏れていた。
名前で呼ぶような親しさはなく、部下と上司なんてのもお断り。
ただ、不思議な信頼関係を築いた男を指す自分だけの呼び方を、口にする。

すでにかがみはソレを振りかぶり終えていた。
これまで一度も使わなかった左手。
無慈悲な無慈悲なフック船長の鉤爪を、時計ワニが暴力に変えていく。

普段ならただだらりと垂れ下がるだけの重たいそれは、全身のあらゆる筋肉を行使して砲弾よりもなお力強く撃ち出されていく。
あたかも普通のパンチのように。
しかし、断じて普通などではない。
かがみは、全身のあらゆる箇所の筋と血管を断裂させ、血飛沫を撒き散らしているのだから。

ゆっくりとゆっくりと迫り来る柊かがみの鋼鉄の拳という光景を最後に――――、
結城奈緒の意識は閉じられた。


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238:ディナータイムの時間だよ(食後) 結城奈緒 242:罪歌 阿鼻叫喚の狂った舞台(後編)
238:ディナータイムの時間だよ(食後) 柊かがみ 242:罪歌 阿鼻叫喚の狂った舞台(後編)
238:ディナータイムの時間だよ(食後) 衝撃のアルベルト 242:罪歌 阿鼻叫喚の狂った舞台(後編)












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