失楽園(前編) ◆RwRVJyFBpg
暗い。真っ暗などこか。
そのどこかにシャマルは立っている。たった独り、何をするでもなく。
気がついたらここにいた。何でここにいるのか分からない。
見渡しても見えるのはただ闇、闇、闇。手を伸ばしてみても、掴むのは何も無い空間だけ。
そのどこかにシャマルは立っている。たった独り、何をするでもなく。
気がついたらここにいた。何でここにいるのか分からない。
見渡しても見えるのはただ闇、闇、闇。手を伸ばしてみても、掴むのは何も無い空間だけ。
ずる ずる
不意に後ろから異質な音が聞こえる。
湿った、何かを引きずるような音。
湿った、何かを引きずるような音。
「だ……誰?」
少し驚いた彼女は反射的に呼びかける。
彼女の声はまるで狭い浴場で大声を出したときのように不自然に響いた。
彼女の声はまるで狭い浴場で大声を出したときのように不自然に響いた。
ずる ずる
不快な反響が消えても返事は戻ってこない。
湿った音はどんどん大きくなってくる。
音の元が少しづつシャマルのもとへ近づいてきている。
湿った音はどんどん大きくなってくる。
音の元が少しづつシャマルのもとへ近づいてきている。
(敵……!?)
状況が読めない中、何とかまだまともそうな結論を強引に出して、彼女は身構える。
本当はそうじゃないと心のどこかでは知っているのに、それを理性で強引にねじ伏せて。
足が、震えているのを感じた。
本当はそうじゃないと心のどこかでは知っているのに、それを理性で強引にねじ伏せて。
足が、震えているのを感じた。
ずる ずる
……んぇぃ…… ………せぃ……
……んぇぃ…… ………せぃ……
「……何?」
湿った音がする方から、小さな、消えてしまいそうな声が聞こえる。
ささやくようなその声は、どうしてか分からないが、彼女を呼んでいるように思えた。
僅かすぎるその声をしっかりと聞き取るため、シャマルは耳をそばだてる。
ささやくようなその声は、どうしてか分からないが、彼女を呼んでいるように思えた。
僅かすぎるその声をしっかりと聞き取るため、シャマルは耳をそばだてる。
ずる ずる
……せんぇぃ…… ………シャマルせんせぃ……
……せんぇぃ…… ………シャマルせんせぃ……
やはりそうだった。
声は、確かに彼女の名前を呼んでいる。シャマルせんせい、シャマルせんせいと。
よく聞くと、その声は一人だけが出してるものではない。
男の子と女の子、二人の声がまるでハモるみたいに重なって聞こえていたのだ。
声は、確かに彼女の名前を呼んでいる。シャマルせんせい、シャマルせんせいと。
よく聞くと、その声は一人だけが出してるものではない。
男の子と女の子、二人の声がまるでハモるみたいに重なって聞こえていたのだ。
「エリオ?キャロ?……そこにいるのはエリオとキャロなの?」
彼女はまた、虚空に向かって名前を呼ぶ。
呼びかけていたその声に聞き覚えがあったから。
湿った音は止まり、目の前の暗闇に、薄ぼんやりと男の子の影が見えた。
呼びかけていたその声に聞き覚えがあったから。
湿った音は止まり、目の前の暗闇に、薄ぼんやりと男の子の影が見えた。
「エリオ!一体どうしたのこんな……」
姿が見えたことに安心し、シャマルはエリオに一歩近づく。
そのとき、彼女の足裏が何か柔らかいものを踏みつけた。
反射的にそこにあるモノに目を向けた彼女は
そのとき、彼女の足裏が何か柔らかいものを踏みつけた。
反射的にそこにあるモノに目を向けた彼女は
びち びち
踏んだものの正体を見て絶句した。
それは、子供の腕だった。
肩の付け根から無理矢理引き剥がされたのだろう。
断面から黒い血管や白い骨がだらしなく垂れ下がり、赤と透明の液をビュルビュルと吐き出している。
白く、綺麗だったのであろう肌にはカビ色の斑点が浮かび、その肉からはかすかに腐った臭いが漂ってくる。
なのに、その腕はなお、靴の下でもぞもぞと指を動かしていた。
まるで、彼女を撫でてみたいとでも言うように。
それは、子供の腕だった。
肩の付け根から無理矢理引き剥がされたのだろう。
断面から黒い血管や白い骨がだらしなく垂れ下がり、赤と透明の液をビュルビュルと吐き出している。
白く、綺麗だったのであろう肌にはカビ色の斑点が浮かび、その肉からはかすかに腐った臭いが漂ってくる。
なのに、その腕はなお、靴の下でもぞもぞと指を動かしていた。
まるで、彼女を撫でてみたいとでも言うように。
「ひっ……」
あまりのことにシャマルは後ずさり、思わずエリオの顔を見た。
しかし、本来あるべきところに、エリオの顔はなかった。
本来、エリオの顔があるはずの場所から少し下にキャロの顔があった。
頭の無いエリオが頭だけのキャロを抱えて立っていた。
しかし、本来あるべきところに、エリオの顔はなかった。
本来、エリオの顔があるはずの場所から少し下にキャロの顔があった。
頭の無いエリオが頭だけのキャロを抱えて立っていた。
「っっっっっっっっーーーーーーー!!!」
血の気が引く、とはまさにこのことに違いない。
悲鳴をあげようにも喉が痙攣して声にならない。
悲鳴をあげようにも喉が痙攣して声にならない。
エリオの首の切断面は、まるでノコギリか何かで切り取ったかのようにザラザラだった。
心臓がドクンドクンと脈打つたび、肉の中の血管がビクンビクンと反応して僅かな血潮を吹き出す。
その血が滲んで、垂れていく先の体もまた無事ではない。
右腕がなく、全身に酷い火傷を負っていた。
火傷は特に右半身が酷く、腕の付け根の辺りなどは、よく焼いたビーフステーキのような色をしている。
脛、もも、臀部、脇腹などは、ところどころが黒く焦げ、そうでないところはケロイド状に腫れて、膿んでいた。
いつも着ている黒いインナーは皮膚に食い込んで癒着している。
おそらく、剥がせばベタベタとした皮膚組織も一緒に剥がれ、下の血肉を露わにするだろう。
心臓がドクンドクンと脈打つたび、肉の中の血管がビクンビクンと反応して僅かな血潮を吹き出す。
その血が滲んで、垂れていく先の体もまた無事ではない。
右腕がなく、全身に酷い火傷を負っていた。
火傷は特に右半身が酷く、腕の付け根の辺りなどは、よく焼いたビーフステーキのような色をしている。
脛、もも、臀部、脇腹などは、ところどころが黒く焦げ、そうでないところはケロイド状に腫れて、膿んでいた。
いつも着ている黒いインナーは皮膚に食い込んで癒着している。
おそらく、剥がせばベタベタとした皮膚組織も一緒に剥がれ、下の血肉を露わにするだろう。
左腕に抱えられているキャロの頭も酷いものだった。
おそらく、どこかに強く擦られたのだろう右の額は、髪の毛ごと皮が剥がれてずるりと抜け落ち、黄色い頭蓋を晒している。
左の眼球は醜く潰れ、その透明な中身が涙のように眼窩から零れていた。
右の顎から頬にかけての皮は捲れ上がっており、皮下の繊維と歯の骨とがだぶついた皮膚の下に見え隠れする。
そんな状況にあってなお、残った右目はシャマルの方を虚ろに睨み、擦り切れた唇はシャマルの名を囁く。
キャロが口を動かすたびに、首の付け根から伸びた脊椎が、生きた魚のようにびちびち跳ねた。
おそらく、どこかに強く擦られたのだろう右の額は、髪の毛ごと皮が剥がれてずるりと抜け落ち、黄色い頭蓋を晒している。
左の眼球は醜く潰れ、その透明な中身が涙のように眼窩から零れていた。
右の顎から頬にかけての皮は捲れ上がっており、皮下の繊維と歯の骨とがだぶついた皮膚の下に見え隠れする。
そんな状況にあってなお、残った右目はシャマルの方を虚ろに睨み、擦り切れた唇はシャマルの名を囁く。
キャロが口を動かすたびに、首の付け根から伸びた脊椎が、生きた魚のようにびちびち跳ねた。
「シャマル先生ぃー」
「せんせーい」
シャマルはそのあまりの光景に吐き気を覚え、思わず膝をつく。
地面に触れた手が、何かべたべたするものに触れた。
地面に触れた手が、何かべたべたするものに触れた。
「!!?」
彼女が正体を確かめようと手を見ると、そこには赤黒い血糊がべったりと付いていた。
見渡してみれば、そこは一面の血と肉のプールだった。
人間のパーツだったものらしき肉塊がそこかしこに散乱し、赤い飛沫を黒い空間に振りまいている。
おぞましいことに、肉片達は既に原型を留めないほどバラバラにされているにもかかわらず、
そのどれもが独立した生き物のように蠢き、這い、こちらへと向かってきていた。
ずるずる、ずるずると湿った音を立てながら。まるでシャマルを求めるように。
肉に張り付いたわずかな布だけが、その正体を示している。
それは、キャロの身体だった。
せりあがってきたものを我慢することができず、シャマルはその場に嘔吐した。
見渡してみれば、そこは一面の血と肉のプールだった。
人間のパーツだったものらしき肉塊がそこかしこに散乱し、赤い飛沫を黒い空間に振りまいている。
おぞましいことに、肉片達は既に原型を留めないほどバラバラにされているにもかかわらず、
そのどれもが独立した生き物のように蠢き、這い、こちらへと向かってきていた。
ずるずる、ずるずると湿った音を立てながら。まるでシャマルを求めるように。
肉に張り付いたわずかな布だけが、その正体を示している。
それは、キャロの身体だった。
せりあがってきたものを我慢することができず、シャマルはその場に嘔吐した。
「シャマル先生ぃー」
「せんせーい」
「せんせい、わたしたちの幸運とったんですか?」
「せんせーい」
「せんせい、わたしたちの幸運とったんですか?」
「え……?」
キャロがいつも通りのかわいらしい声で問いかけてくる。
シャマルには意味が理解できない。
悪夢じみた空気に呑まれて、まともに頭が回らない。
シャマルには意味が理解できない。
悪夢じみた空気に呑まれて、まともに頭が回らない。
「とったんですね?」
答えに窮しているうちに、エリオが確認してくる。
エリオとキャロの幸運を、とった。その言葉の意味を噛み締める。
エリオとキャロの幸運を、とった。その言葉の意味を噛み締める。
(エリオとキャロは死んでしまった……こんなひどい姿になって、惨たらしく殺されてしまった。
それに比べて私は……?まだ傷ひとつ負わずに、酷い目にも遭わず生きている私は……)
それに比べて私は……?まだ傷ひとつ負わずに、酷い目にも遭わず生きている私は……)
とったかもしれない。
その考えが頭をよぎった瞬間、視界が赤く染まった。
その考えが頭をよぎった瞬間、視界が赤く染まった。
「かえしてー」
「かえしてくださいー」
「かえしてくださいー」
エリオとキャロと、肉片が飛び掛ってきていた。
エリオは残った左手で白衣を強く引っ張り、キャロの首は蹲った背中の上でぴょンぴょン跳ねた。
キャロの身体だった肉片は、服の隙間から入り込み、そのおぞましい感触はシャマルの肢体を犯す。
エリオは残った左手で白衣を強く引っ張り、キャロの首は蹲った背中の上でぴょンぴょン跳ねた。
キャロの身体だった肉片は、服の隙間から入り込み、そのおぞましい感触はシャマルの肢体を犯す。
「かえしてー」
「かえしてー」
「ぃぃいやぁっ!!」
「かえしてー」
「ぃぃいやぁっ!!」
虚ろに呟く子供達を半狂乱で振りほどき、シャマルは逃げ出した。
彼らが来たのとは反対の方向へ。
よろめきながら体勢を立て直し、さらに速く走り出そうとしたそのとき
彼らが来たのとは反対の方向へ。
よろめきながら体勢を立て直し、さらに速く走り出そうとしたそのとき
「あっ……」
何かにぶつかった。
顔を上げると、そこにはまた見知った顔。
鎖骨から下の無いスバルがシャマルを見下ろしていた。
スバルはやっぱり虚ろな目をこちらに向けると、冷たい声で言った。
顔を上げると、そこにはまた見知った顔。
鎖骨から下の無いスバルがシャマルを見下ろしていた。
スバルはやっぱり虚ろな目をこちらに向けると、冷たい声で言った。
「かえして」
と。
「いやああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーー!!!!」
絶叫が闇を切り裂く。
けれど悪夢は消えてくれない。
けれど悪夢は消えてくれない。
「かえしてー」
「かえしてー」
「かえしてー」
「かえしてー」
「かえしてー」
「あぁ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ……」
シャマルはただ蹲る。
耳を塞ぎ、目を塞いで蹲る。
目の前の恐怖と、罪悪感の前では、彼女にはそれしかできない。
耳を塞ぎ、目を塞いで蹲る。
目の前の恐怖と、罪悪感の前では、彼女にはそれしかできない。
「せんせい、わたし銃で胸を撃たれて死んじゃったんです。
そのあと、死んだ私のところに怖いお兄さんがやってきてわたしのことを爆弾でバラバラに……」
「せんせい、僕は身体をいきなり燃やされて、死ぬほど痛い思いをしました。
炎が僕の身体をこんがり焼いて、いつまで経っても痛みが治まらなくて。
それで、そのあと病院に行ってやっと助かったと思ったら胸に大きな剣を捻じ込まれて……」
「先生、私が死んでどうなったかは知ってますよね?
先生、見ましたもんね……あの人と一緒に」
そのあと、死んだ私のところに怖いお兄さんがやってきてわたしのことを爆弾でバラバラに……」
「せんせい、僕は身体をいきなり燃やされて、死ぬほど痛い思いをしました。
炎が僕の身体をこんがり焼いて、いつまで経っても痛みが治まらなくて。
それで、そのあと病院に行ってやっと助かったと思ったら胸に大きな剣を捻じ込まれて……」
「先生、私が死んでどうなったかは知ってますよね?
先生、見ましたもんね……あの人と一緒に」
スバルが抑揚の無い声でそう言い放ったとき、何故か心臓が一際大きく脈打った。
嫌な、予感がした。
嫌な、予感がした。
「ねぇ、先生?私達が苦しい思いをしてる間、先生は一体、何をしていたの?」
心臓を掴まれた思いがする。
急に息が苦しくなる。
急に息が苦しくなる。
「男か」
「ちがっ……!」
「ちがっ……!」
弁解をしようと、目を開けたシャマルの視界に別の見知った顔が飛び込んでくる。
傷だらけの三人はいつの間にか消え去り、そこには悠久の昔から生を共にしてきた仲間達が立っていた。
傷だらけの三人はいつの間にか消え去り、そこには悠久の昔から生を共にしてきた仲間達が立っていた。
「シグナム、ヴィータ、ザフィーラ……」
「見損なったぞシャマル。敵の男にうつつを抜かしている間におめおめと仲間を死なすとはな……」
「見損なったぞシャマル。敵の男にうつつを抜かしている間におめおめと仲間を死なすとはな……」
蒼い毛を持つ狼、ザフィーラが吐き捨てるように言う。
「違うっ!違うわっ!私はっ、私はみんなを助けようと……だから、あの男を利用して……」
「黙れ痴れ者がっ!」
「黙れ痴れ者がっ!」
赤みがかった髪を後ろで束ねた凛とした女性、シグナムに一喝され、シャマルは二の句を告げなくなる。
彼女を睨みつけるシグナムの目には、燃えるような怒りが宿っていた。
彼女を睨みつけるシグナムの目には、燃えるような怒りが宿っていた。
「……利用だと?戯言もいいかげんにするのだな。
敵の傷を癒し、甲斐甲斐しく手料理まで振る舞い、服のはだけた身体を見ては頬を赤らめる……
あれが利用などと……本気で言っているのか貴様はッ!?」
敵の傷を癒し、甲斐甲斐しく手料理まで振る舞い、服のはだけた身体を見ては頬を赤らめる……
あれが利用などと……本気で言っているのか貴様はッ!?」
仲間の、普段では考えられない激しい言葉に晒されて、彼女は動揺することしかできない。
ただ、顔を青くし、まるで鉢に閉じ込められた金魚のように口をぱくぱくさせる。
そんなシャマルを見て、黒い帽子を被った少女、ヴィータは溜め息をつく。
ただ、顔を青くし、まるで鉢に閉じ込められた金魚のように口をぱくぱくさせる。
そんなシャマルを見て、黒い帽子を被った少女、ヴィータは溜め息をつく。
「……それでよぅシャマル、てめーはその男とやらを利用して、誰か助けられたのかよ?」
さっき見た三人の姿がシャマルの頭にフラッシュバックする。
爆弾で肉片と化したキャロ、焼かれた末串刺しにされたエリオ、頭と手首と、足首だけを残して消えてしまったスバル……
爆弾で肉片と化したキャロ、焼かれた末串刺しにされたエリオ、頭と手首と、足首だけを残して消えてしまったスバル……
「え?どうなんだよシャマル?
お前があのヴィラルとかいう男と仲良くすることで、キャロを危機から救えたのか?
あいつと人間狩りなんて馬鹿なことをやってれば、エリオは半身を焼かれずに済むと思ったのか?
こんなクソッタレな殺し合いを始めた奴の部下に取り入って、それでスバルは元の世界に帰れんのかよ?
ええっ!?どうした……答えろよ?」
お前があのヴィラルとかいう男と仲良くすることで、キャロを危機から救えたのか?
あいつと人間狩りなんて馬鹿なことをやってれば、エリオは半身を焼かれずに済むと思ったのか?
こんなクソッタレな殺し合いを始めた奴の部下に取り入って、それでスバルは元の世界に帰れんのかよ?
ええっ!?どうした……答えろよ?」
「わたし……わたし……は」
シャマルには返す言葉が見つからなかった。
彼女はこの右も左も分からない殺し合いの空間の中で、精一杯やってきたつもりだった。
みんなを助けられるように、危険のある他の人たちを排除したり、慣れない交渉ごとに臨んだり……
しかし、結果は知ってのとおり。
キャロも、エリオも、スバルも死んでしまった。
シャマルの打った手が果たして何番目に良い手だったのか、それは分からない。
けれど、それはこんな悲惨な結果が出た後では、論じる意味のないことだ。
彼女はこの右も左も分からない殺し合いの空間の中で、精一杯やってきたつもりだった。
みんなを助けられるように、危険のある他の人たちを排除したり、慣れない交渉ごとに臨んだり……
しかし、結果は知ってのとおり。
キャロも、エリオも、スバルも死んでしまった。
シャマルの打った手が果たして何番目に良い手だったのか、それは分からない。
けれど、それはこんな悲惨な結果が出た後では、論じる意味のないことだ。
「わたし……は、はやて、ちゃんを」
ぐちゃぐちゃに混乱した頭から、やっと出た一言がそれだった。
そうだ。いくら酷い結果になっていたとしても、ここで立ち止まるわけにはいかない。
シャマルには八神はやてを守るという重要な使命があるのだから。
そう、全てはそれを成し遂げるためだ。
敵と手を組んだのも、素性を知らない人を殺したのも。
そうだ。いくら酷い結果になっていたとしても、ここで立ち止まるわけにはいかない。
シャマルには八神はやてを守るという重要な使命があるのだから。
そう、全てはそれを成し遂げるためだ。
敵と手を組んだのも、素性を知らない人を殺したのも。
「だから、わたしは――」
「……ああ、そうだな」
「……ああ、そうだな」
胸のうちを吐き出そうとしたシャマルの言葉は、ザフィーラの横槍によって遮られる。
「お前は、主、はやてを守るべきだった」
「何者にも換えられぬ我らが主を、どんな手段を使っても守り通すべきだった」
「てめーもこのふざけた殺し合いが始まった時に、そう誓ったはずだった」
「この残酷な世界には盾の守護獣も」
「烈火の将も」
「鉄槌の騎士もいねーんだから」
「お前が」
「湖の騎士シャマルが」
「やるしかなかった」
「何者にも換えられぬ我らが主を、どんな手段を使っても守り通すべきだった」
「てめーもこのふざけた殺し合いが始まった時に、そう誓ったはずだった」
「この残酷な世界には盾の守護獣も」
「烈火の将も」
「鉄槌の騎士もいねーんだから」
「お前が」
「湖の騎士シャマルが」
「やるしかなかった」
彼女は困惑する。
仲間の言ってることが彼女には分からない。
「だった」?それはどういうことだ?
仲間の言ってることが彼女には分からない。
「だった」?それはどういうことだ?
「螺旋王の手下と手を組んでも」
「敵の男とよしみを結ぼうとも」
「最後にははやてを守ってくれる。あたしたちはそう信じていた」
「キャロが死に」
「エリオが息絶え」
「スバルがこの世から消えても」
「最後には我が主の命を救ってくれると、我々は確信していた」
「だが」
「お前は」
「シャマル……」
「敵の男とよしみを結ぼうとも」
「最後にははやてを守ってくれる。あたしたちはそう信じていた」
「キャロが死に」
「エリオが息絶え」
「スバルがこの世から消えても」
「最後には我が主の命を救ってくれると、我々は確信していた」
「だが」
「お前は」
「シャマル……」
体全体が震えていた。
シャマルはだんだんと分かりかけていた。
いや、本当は最初から分かっていたのかもしれない。
何故、こんな悪夢を見るのか。
何故、自分は今こんな思いをしているのか。
そうだ、それは――
シャマルはだんだんと分かりかけていた。
いや、本当は最初から分かっていたのかもしれない。
何故、こんな悪夢を見るのか。
何故、自分は今こんな思いをしているのか。
そうだ、それは――
「八神はやて」
螺旋王の非情な声がその名前を呼ぶ。
「主、はやてを死なせた」
「何の手も打つことができず、ただ、死なせた」
「おめーしかいなかったのに、死なせた」
「何の手も打つことができず、ただ、死なせた」
「おめーしかいなかったのに、死なせた」
『 オ マ エ ハ ハ ヤ テ ヲ コ ロ シ タ ノ ダ 』
彼女は全てを思い出し、もう一度絶叫した。
◆
布団を跳ね除け、シャマルは目覚めた。
全身に粘ついた汗を感じる。体がべたついて気持ちが悪い。
今まで眠っていたとは思えないほどの疲労が肩にのしかかり、呼吸は、荒い。
全身に粘ついた汗を感じる。体がべたついて気持ちが悪い。
今まで眠っていたとは思えないほどの疲労が肩にのしかかり、呼吸は、荒い。
(ここは……どこ?)
見渡せば、そこは和室。
萌黄色の畳が敷き詰められた六畳の部屋。
四方は白いふすまと押入れ、アルミサッシの引き戸で区切られている。
自分の寝ていた布団と部屋の角に置かれている二つのデイパックの他には何もない、ガランとした部屋だった。
萌黄色の畳が敷き詰められた六畳の部屋。
四方は白いふすまと押入れ、アルミサッシの引き戸で区切られている。
自分の寝ていた布団と部屋の角に置かれている二つのデイパックの他には何もない、ガランとした部屋だった。
まだ半ば夢見心地の頭で記憶の糸を手繰り寄せる。
中心部への移動、スバルの遺体の発見、謎の男の襲撃、赤マントの男に助けられて……
そこから先は覚えが無い。
自分の置かれている状況に少し困惑していると、突然、庭の方からドスッという音がして、何かが屋根から下りてきた。
驚いて目を向けると、そこには見慣れた顔がいた。
中心部への移動、スバルの遺体の発見、謎の男の襲撃、赤マントの男に助けられて……
そこから先は覚えが無い。
自分の置かれている状況に少し困惑していると、突然、庭の方からドスッという音がして、何かが屋根から下りてきた。
驚いて目を向けると、そこには見慣れた顔がいた。
「気がついたか」
引き戸を開けて、ヴィラルが入ってくる。
ああ……足に土つけたままあがっちゃだめですよなどと、ずれた考えがぼんやりと浮かぶ。
彼女の言いたいことはそんなことではないというのに。
かける言葉の定まらぬまま、焦点の合わぬ目で見つめていると、ヴィラルは心配したのか、む、眉根を寄せる。
ああ……足に土つけたままあがっちゃだめですよなどと、ずれた考えがぼんやりと浮かぶ。
彼女の言いたいことはそんなことではないというのに。
かける言葉の定まらぬまま、焦点の合わぬ目で見つめていると、ヴィラルは心配したのか、む、眉根を寄せる。
「大丈夫か?俺のことが分かるか?」
「ヴィラルさん……」
「ヴィラルさん……」
弱弱しくもそう呟き返したシャマルを見てとりあえず安心したのか、ヴィラルは大きく溜め息をつきこれまでの経緯を話し始めた。
「俺達を襲った忌々しいジジイのことは覚えているな?
あの後俺達は……あの場から撤退した。突然割り込んできたあの赤マントの言うとおりにな……
奴らから十分な距離をとったとき……螺旋王の三回目の放送が始まった。
逃げることも忘れ、聞き入っていたお前は放送の途中で、ある名前が呼ばれた途端、意識を失い、倒れた。
お前が寝ていたのはそのせいだ」
あの後俺達は……あの場から撤退した。突然割り込んできたあの赤マントの言うとおりにな……
奴らから十分な距離をとったとき……螺旋王の三回目の放送が始まった。
逃げることも忘れ、聞き入っていたお前は放送の途中で、ある名前が呼ばれた途端、意識を失い、倒れた。
お前が寝ていたのはそのせいだ」
「放送……」
霞がかっていたシャマルの意識が静かに、しかし急速に覚醒する。
その名を呼ぶ螺旋王の声が彼女のなかで唐突に甦り、リフレインした。
その名を呼ぶ螺旋王の声が彼女のなかで唐突に甦り、リフレインした。
「はやてちゃん……」
知らず知らず口から名前が漏れ、瞳からは涙が流れる。
ぽたりぽたりと垂れる雫は、白い布団に染みを刻んだ。
ぽたりぽたりと垂れる雫は、白い布団に染みを刻んだ。
「……仲間の中でも、大切なヤツだったんだな、そいつは」
「…………」
「…………」
沈黙が流れた。
まるで自分の大切な人が死んだときのように、重く、苦しい調子で発せられた問いに、答えは返らない。
しかし、ただ涙を流し続けるシャマルの姿が、何よりの答えだった。
何か言わなくちゃ、とシャマルは必死で頭を働かす。
しかし、何かを言おうとすればするほど、感情が胸に詰まって、言葉にならない。
言葉がないから返せないのではなく、言葉が多すぎて返せない。
それほどまでに、シャマルにとっての八神はやては大きな人物だった。
まるで自分の大切な人が死んだときのように、重く、苦しい調子で発せられた問いに、答えは返らない。
しかし、ただ涙を流し続けるシャマルの姿が、何よりの答えだった。
何か言わなくちゃ、とシャマルは必死で頭を働かす。
しかし、何かを言おうとすればするほど、感情が胸に詰まって、言葉にならない。
言葉がないから返せないのではなく、言葉が多すぎて返せない。
それほどまでに、シャマルにとっての八神はやては大きな人物だった。
「…………」
「…………」
「…………」
シャマルが持っている楽しい記憶のほとんどは、はやてのくれた記憶だった。
闇の書を守る騎士としてひたすらその主に仕え続けてきた半生。
それは言い換えれば血と戦いの半生であった。
知識を蒐集するためリンカーコアを集め、主の敵を屠り、闇の書に害を為すものたちを排除する。
敵を探し、殺すための指示を出し、また、自ら手を下す。
シャマルの人生の前半はそんな記憶ばかりだった。
楽しいとか嬉しいとか、辛いとか切ないとか、そんなことを考える暇も、余裕も、きっかけも与えられない。
機械のような灰色の人生。
そんな道を歩き続け、戦って、戦って、最後に擦り切れて灰になる。
本来ならシャマルは、他の守護騎士たちは皆一様にそんな人生を生きるはずだった。
それは言い換えれば血と戦いの半生であった。
知識を蒐集するためリンカーコアを集め、主の敵を屠り、闇の書に害を為すものたちを排除する。
敵を探し、殺すための指示を出し、また、自ら手を下す。
シャマルの人生の前半はそんな記憶ばかりだった。
楽しいとか嬉しいとか、辛いとか切ないとか、そんなことを考える暇も、余裕も、きっかけも与えられない。
機械のような灰色の人生。
そんな道を歩き続け、戦って、戦って、最後に擦り切れて灰になる。
本来ならシャマルは、他の守護騎士たちは皆一様にそんな人生を生きるはずだった。
しかし、現実はそうはならなかった。
何故なら、八神はやてが彼女の主になったから。
はやてはシャマルに、守護騎士たちに人間としての喜びを教えてくれた。
家族を持つ喜び、友を得る喜び、共に暮らし、笑い合う喜び、
人の怪我を治して「ありがとう」を言われる喜び、お料理を作る喜び、ドジなミスをして人に笑われる喜び……
これらの喜びは全て、はやてがいなければ知るはずのなかったはずのものだ。
シャマルにとってはやては、主であり、母であり、妹であり、人間としての自分を生み出した救世主でもあった。
それら全てを同時に失ったとき、神ならぬ人に一体何が言えるというのだろう?
何故なら、八神はやてが彼女の主になったから。
はやてはシャマルに、守護騎士たちに人間としての喜びを教えてくれた。
家族を持つ喜び、友を得る喜び、共に暮らし、笑い合う喜び、
人の怪我を治して「ありがとう」を言われる喜び、お料理を作る喜び、ドジなミスをして人に笑われる喜び……
これらの喜びは全て、はやてがいなければ知るはずのなかったはずのものだ。
シャマルにとってはやては、主であり、母であり、妹であり、人間としての自分を生み出した救世主でもあった。
それら全てを同時に失ったとき、神ならぬ人に一体何が言えるというのだろう?
「……シャマル」
長い沈黙の末、やっとヴィラルが口を開く。
「……お前はここで隠れていろ」
少し唐突な言葉に、シャマルは一瞬だけ泣くのを忘れ、ヴィラルの方を見る。
「灯りを消してじっと動かずにいれば、まず見つからんはずだ。
その間に俺が全ての敵を叩き伏せ、この実験を終わらせてやる」
その間に俺が全ての敵を叩き伏せ、この実験を終わらせてやる」
一人で?終わらせる?この殺し合いを?
彼は何を言っているのだろう。
先ほども、おさげの老人にこれでもかというほど実力の差を見せつけられたばかりではないか。
彼女は混乱する。
シャマルにはヴィラルの意図が掴めない。
彼は何を言っているのだろう。
先ほども、おさげの老人にこれでもかというほど実力の差を見せつけられたばかりではないか。
彼女は混乱する。
シャマルにはヴィラルの意図が掴めない。
視線から困惑が伝わったのだろうか。
彼は改めてシャマルの方を向き直すと、ひどく真面目な顔になり言った。
彼は改めてシャマルの方を向き直すと、ひどく真面目な顔になり言った。
「……お前はこの戦いで仲間を失いすぎた。
キドウロッカの仲間達がお前にとってどれ程大切だったのか、よく分かった。
お前の心は最早傷だらけだ。そんな気持ちではこれ以上戦いを続けることはできん」
キドウロッカの仲間達がお前にとってどれ程大切だったのか、よく分かった。
お前の心は最早傷だらけだ。そんな気持ちではこれ以上戦いを続けることはできん」
ヴィラルはシャマルの肩を掴むと、まるで幼子に言い聞かせるように穏やかに、しかし決然と語る。
「俺は生憎不器用でな。お前の心をどうこうする術などまるで持ち合わせていない。
だが、俺は戦士だ。戦うことに関しては人一倍の自負がある。
ここからは俺がお前の代わりに戦おう。
お前の仲間を殺した奴らを八つ裂きにし、
残ったお前の仲間、ティアナ・ランスターをどんな手を使ってでもここへ連れてきてやる。
だから、シャマル、もう休め。お前はよく頑張った……」
だが、俺は戦士だ。戦うことに関しては人一倍の自負がある。
ここからは俺がお前の代わりに戦おう。
お前の仲間を殺した奴らを八つ裂きにし、
残ったお前の仲間、ティアナ・ランスターをどんな手を使ってでもここへ連れてきてやる。
だから、シャマル、もう休め。お前はよく頑張った……」
(この人は――)
その優しい言葉を耳にした刹那、彼女には自分がとても醜い生き物のように思えた。
(馬鹿らしい。本当に馬鹿らしいわこんなこと……)
私は何のためにこの優しい男を騙したのだった?
仲間を、主はやてを救うための手駒にするためではなかったか?
もしそうならば、今も騙し続ける意味は何だ?
この真面目な獣人を誑かし、侍らせている私は一体何だ?
仲間を次々と死なせ、大事な主まで死なせてしまったというのに、
騙した敵に慰められながらのうのうと生き延びている私は一体何なのだ?
仲間を、主はやてを救うための手駒にするためではなかったか?
もしそうならば、今も騙し続ける意味は何だ?
この真面目な獣人を誑かし、侍らせている私は一体何だ?
仲間を次々と死なせ、大事な主まで死なせてしまったというのに、
騙した敵に慰められながらのうのうと生き延びている私は一体何なのだ?
(私は最悪の女だ……)
そう結論づけた途端、彼女の中で何かが切れた。
もう、全て終わってしまった。
この後、自分がどれだけ足掻こうが、何も変わることはない。
私は今ある最悪をなされるがままに受け入れるしかないのだ。
そんな絶望と虚無感が後から後から湧いてきて、シャマルの心を塗りつぶしていく。
この後、自分がどれだけ足掻こうが、何も変わることはない。
私は今ある最悪をなされるがままに受け入れるしかないのだ。
そんな絶望と虚無感が後から後から湧いてきて、シャマルの心を塗りつぶしていく。
「放送までには一度戻る。それまでここで大人しくしていろ」
「……はい、分かりました」
「……はい、分かりました」
消え入りそうな返事を聞いて、ヴィラルは少し心配そうな顔をしたが、すぐに向き直ると引き戸を開けて出て行った。
シャマルは彼がいなくなった後もしばらくはぼんやりと外を見つめて泣いていたが、
やがて、腕でごしごしと涙を拭き、よろよろ立ち上がった。
その様は、さながら甦った死人か、幽鬼のようであった。
シャマルは彼がいなくなった後もしばらくはぼんやりと外を見つめて泣いていたが、
やがて、腕でごしごしと涙を拭き、よろよろ立ち上がった。
その様は、さながら甦った死人か、幽鬼のようであった。
「……もう、疲れちゃったわ」
うわごとのように呟くと、シャマルはのろのろと外へと向かった。
やつれ果てた彼女の体が夜の闇へと溶け込んでいく。
やつれ果てた彼女の体が夜の闇へと溶け込んでいく。
◆
「おいおいおいおいキヨマロぉ~お前も案外聞き分けねぇ~のな」
「いや、聞き分けとかそういう問題じゃないだろ!」
「いや、聞き分けとかそういう問題じゃないだろ!」
病院のロビーで、清麿はラッドと言い争っていた。
彼はあれからいくらも経たないうちに、プラン1の採用、即ちラッドと共に即時映画館へ向かうことを決めていた。
ジンの件をラッドに相談してみたところ、映画館にはレーダーがあることが判明したためだ。
ジンの位置を逐一把握することが可能ならば、合流の心配をすることもない。
しかし、今後の方針が決まったにもかかわらず彼らは一向に病院を出発しようとしない。
何故か。
彼はあれからいくらも経たないうちに、プラン1の採用、即ちラッドと共に即時映画館へ向かうことを決めていた。
ジンの件をラッドに相談してみたところ、映画館にはレーダーがあることが判明したためだ。
ジンの位置を逐一把握することが可能ならば、合流の心配をすることもない。
しかし、今後の方針が決まったにもかかわらず彼らは一向に病院を出発しようとしない。
何故か。
「別にいーじゃーん、置いてったってよう!何も殺そうって言ってるわけじゃねえんだしさあ!
ま、別に俺としちゃ殺したっていいんだけどよ!
あんなガキちょびっと首を捻ってやりゃ、絞められたニワトリみてえにイチコロだろうしな。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーーーーッッッッ!!!」
「馬鹿野郎っ!縁起でもないこと言うんじゃねえ!」
「あ、もしかしてキヨマロ?お前アレか?ロリコンってやつなのか?」
「バッ、ちが、そんなわけないだろ!……ってか、別にオレの齢から考えればあの子が相手でもおかしくなくないか?」
「いやあっー!!やっぱそうかそうだったのかキヨマロォ!!ごめんなー、俺様気がきかねえからさあ!!」
「だから違うって言ってるだろォォォォォォーーーーー!!!!」
「でもよう、いくらお前がロリコンでもよ?残念ながら連れてくワケにはいかねーんだわ。
あのフラップターとかいう機械二人乗りなんだよ。つまり、あいつを乗せると重量オーバーなんだな、これが」
ま、別に俺としちゃ殺したっていいんだけどよ!
あんなガキちょびっと首を捻ってやりゃ、絞められたニワトリみてえにイチコロだろうしな。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーーーーッッッッ!!!」
「馬鹿野郎っ!縁起でもないこと言うんじゃねえ!」
「あ、もしかしてキヨマロ?お前アレか?ロリコンってやつなのか?」
「バッ、ちが、そんなわけないだろ!……ってか、別にオレの齢から考えればあの子が相手でもおかしくなくないか?」
「いやあっー!!やっぱそうかそうだったのかキヨマロォ!!ごめんなー、俺様気がきかねえからさあ!!」
「だから違うって言ってるだろォォォォォォーーーーー!!!!」
「でもよう、いくらお前がロリコンでもよ?残念ながら連れてくワケにはいかねーんだわ。
あのフラップターとかいう機械二人乗りなんだよ。つまり、あいつを乗せると重量オーバーなんだな、これが」
彼らが揉めている原因、それはラッドが殺した相羽シンヤの忘れ形見、小早川ゆたかの処遇だった。
ラッドがゆたかの同行を頑なに拒否している一方、清麿はゆたかの同行を強硬に主張。
主張は平行線のまま、お互い一歩も譲らず
結果、二人はロビーのソファに寝かせたゆたかを挟んで喧々諤々の議論をする羽目になっているのである。
ラッドがゆたかの同行を頑なに拒否している一方、清麿はゆたかの同行を強硬に主張。
主張は平行線のまま、お互い一歩も譲らず
結果、二人はロビーのソファに寝かせたゆたかを挟んで喧々諤々の議論をする羽目になっているのである。
「だからって置いていくわけにはいかないだろ!?
ここは戦場のド真ん中なんだぞ!?
そんなとこに、ただの女の子を放置するなんて、そんな危ない真似ができるか!!」
ここは戦場のド真ん中なんだぞ!?
そんなとこに、ただの女の子を放置するなんて、そんな危ない真似ができるか!!」
清麿は口から唾を飛ばしながら叫ぶ。
彼がここまで強くゆたか同行を主張するのには、口に出している以上のワケがある。
彼がここまで強くゆたか同行を主張するのには、口に出している以上のワケがある。
清麿は相羽シンヤの死に対して重い責任を感じていた。
確かに、シンヤは自分を危うく殺しかけた相手である。
しかし、だからといって死んで当然の人間だったかと言えば、そうではない。
だが、彼の仲間であるところの殺人鬼、ラッド・ルッソはシンヤの心を弄んだ挙句、無惨に殺してしまった。
この会場に呼ばれて以来、常にラッドの殺人を抑制することを頭に入れて動いてきた清麿にとってこの事実は重い。
たとえ相手が殺し合いに積極的な人間だったとはいえ、もう少し何とかする余地があったのではないか。
そんなことを考えずにはいられない。
確かに、シンヤは自分を危うく殺しかけた相手である。
しかし、だからといって死んで当然の人間だったかと言えば、そうではない。
だが、彼の仲間であるところの殺人鬼、ラッド・ルッソはシンヤの心を弄んだ挙句、無惨に殺してしまった。
この会場に呼ばれて以来、常にラッドの殺人を抑制することを頭に入れて動いてきた清麿にとってこの事実は重い。
たとえ相手が殺し合いに積極的な人間だったとはいえ、もう少し何とかする余地があったのではないか。
そんなことを考えずにはいられない。
だから、その思いが長じて、彼がゆたかに対して罪悪感を覚えてしまうのもまた無理からぬことと言えよう。
清麿は実際に目覚めたゆたかに対し、きちんと真正面から話をし、シンヤの死について告げることを望んでいた。
そのためには、是が非でもゆたかには同行してもらわねばならない。
清麿は実際に目覚めたゆたかに対し、きちんと真正面から話をし、シンヤの死について告げることを望んでいた。
そのためには、是が非でもゆたかには同行してもらわねばならない。
「おい、俺ァがっかりだぜキヨマロォ?お前ここに来て、今まで何を見てきたんだぁ?アアァン!?
“ただの”女だぁ!?そんなことどーして言えるよ?
この殺し合いに参加してる奴らがどういう奴らか忘れたのかァ?
物騒なビームを出すバケモンに、尋常じゃねえ身体能力のムラサキジジイ!!まさか忘れたなんて言うんじゃねえだろうなあ?
ましてやコイツはあのブラコン野郎と一緒にいたんだぜぇ?
ちったあ、疑ってかかるのが人の道ってモンじゃーねぇ~のぉ~?
一緒に映画館に連れてって大暴れ!なんてことになったらどう責任とるんだよォ?
ま、俺は楽しいからそれでもいいけどな。ヒャーーハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
“ただの”女だぁ!?そんなことどーして言えるよ?
この殺し合いに参加してる奴らがどういう奴らか忘れたのかァ?
物騒なビームを出すバケモンに、尋常じゃねえ身体能力のムラサキジジイ!!まさか忘れたなんて言うんじゃねえだろうなあ?
ましてやコイツはあのブラコン野郎と一緒にいたんだぜぇ?
ちったあ、疑ってかかるのが人の道ってモンじゃーねぇ~のぉ~?
一緒に映画館に連れてって大暴れ!なんてことになったらどう責任とるんだよォ?
ま、俺は楽しいからそれでもいいけどな。ヒャーーハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
食い下がってくる清麿に対し、ラッドはあくまで飄々と、自分のペースで受け流す。
彼もまた、表に出している事情以外に、腹にイチモツ隠し持ってモノを言っていた。
彼もまた、表に出している事情以外に、腹にイチモツ隠し持ってモノを言っていた。
実のところ、彼はゆたかが危険な能力を持っている可能性は低いと踏んでいた。
先ほどシンヤを出し抜いた際、ゆたかの身体に触ったが、特に鍛えている様子もなく、ごく普通だった。
ならば心配されるのはいわゆる特殊能力の類だが、これもまず無いといってよいだろう。
何故なら、ラッドは映画館で明智たちが携帯電話の入力作業をしている間に詳細名簿をチェックし、
ヤバそうな能力者の顔と名前をあらかじめ確認しておいたのだから。
ラッドは念のため、もう一度密かに頭の中の危険人物リストを総覧してみるが、そこに目の前の少女の顔はない。
つまり、ゆたかは特殊能力という面から見てもシロということだ。
先ほどシンヤを出し抜いた際、ゆたかの身体に触ったが、特に鍛えている様子もなく、ごく普通だった。
ならば心配されるのはいわゆる特殊能力の類だが、これもまず無いといってよいだろう。
何故なら、ラッドは映画館で明智たちが携帯電話の入力作業をしている間に詳細名簿をチェックし、
ヤバそうな能力者の顔と名前をあらかじめ確認しておいたのだから。
ラッドは念のため、もう一度密かに頭の中の危険人物リストを総覧してみるが、そこに目の前の少女の顔はない。
つまり、ゆたかは特殊能力という面から見てもシロということだ。
では、何故そこまで分かっていながら、彼はゆたかの同行を拒否するのだろうか。
実のところ、ラッドがゆたかを同行させたくない理由はその無害さにこそあった。
ラッド・ルッソの目的、それは『自分は死なないと思っている人間を殺して殺して殺しまくる』ことだ。
そして、その人間の中には当然、螺旋王も含まれている。
だからこそ、彼は螺旋王打倒を目指す清麿に賛同し、その計画を練る明智に協力している。
彼らの目論見が無事に達成され、自らの拳で螺旋王を嬲り殺すことができるようになるのはラッドにとってとても喜ばしいことである。
そして、それゆえに小早川ゆたかは邪魔になる存在なのだ。
実のところ、ラッドがゆたかを同行させたくない理由はその無害さにこそあった。
ラッド・ルッソの目的、それは『自分は死なないと思っている人間を殺して殺して殺しまくる』ことだ。
そして、その人間の中には当然、螺旋王も含まれている。
だからこそ、彼は螺旋王打倒を目指す清麿に賛同し、その計画を練る明智に協力している。
彼らの目論見が無事に達成され、自らの拳で螺旋王を嬲り殺すことができるようになるのはラッドにとってとても喜ばしいことである。
そして、それゆえに小早川ゆたかは邪魔になる存在なのだ。
(だってよ?小賢しいだけの羊の群れなんざ、狼に食い散らかされるのが関の山だもんなァ!)
無力な保護対象というのは、ただそこにいるだけで集団全体の機能性を著しく阻害する。
足手まといが増えていいことなど何もない。
ラッドは自らの欲望に忠実な男ではあるが、また同時に利を嗅ぎ分ける嗅覚も鋭い男なのである。
ゆえに、彼はゆたかの同行を望まない。
足手まといが増えていいことなど何もない。
ラッドは自らの欲望に忠実な男ではあるが、また同時に利を嗅ぎ分ける嗅覚も鋭い男なのである。
ゆえに、彼はゆたかの同行を望まない。
「確かにこの子が危険人物である可能性もある。それは認める。だが、そうでない可能性だって……」
「戦場で無駄なリスクを冒そうってのは感心しねぇなぁ、キヨマロォ?」
「そりゃ、確かにそうだが……だったら、万が一のためにシーツか何かで拘束しておけば」
「シーツぅ?おいおい、んなモンこいつがもしバケモンだったとしたらぜ~んぜん役に立たねえぜ?多分。
シーツくらいだったら俺でも破れるしな。バリッ!ってよ」
「戦場で無駄なリスクを冒そうってのは感心しねぇなぁ、キヨマロォ?」
「そりゃ、確かにそうだが……だったら、万が一のためにシーツか何かで拘束しておけば」
「シーツぅ?おいおい、んなモンこいつがもしバケモンだったとしたらぜ~んぜん役に立たねえぜ?多分。
シーツくらいだったら俺でも破れるしな。バリッ!ってよ」
会話は平行線のまま、夜は更けゆく。
◆
夜闇の中、街灯が照らす都市の街路をシャマルは一人行く。
ふわりふわりと、身体を覚束なく揺らし、その瞳には深い闇色を湛えて。
どこを見るでもなく顔を上げ、どこを目指すでもなく歩く。
その様は、まるで繰りの甘い人形のように不自然、不合理、不安定。
足をとられ転ぶこと数度。
ストッキングには丸い穴が開き、膝には擦り切れた傷がつく。
されど、彼女は気にすることなくゆっくりと往く。
あてども知れぬ、死に場所を探すために。
ふわりふわりと、身体を覚束なく揺らし、その瞳には深い闇色を湛えて。
どこを見るでもなく顔を上げ、どこを目指すでもなく歩く。
その様は、まるで繰りの甘い人形のように不自然、不合理、不安定。
足をとられ転ぶこと数度。
ストッキングには丸い穴が開き、膝には擦り切れた傷がつく。
されど、彼女は気にすることなくゆっくりと往く。
あてども知れぬ、死に場所を探すために。
家を出たとき、まず最初に浮かんだフレーズが『死のう』だった。
考えれば考えるほど、彼女にはその考えが最良のものに思えて仕方がなかった。
考えれば考えるほど、彼女にはその考えが最良のものに思えて仕方がなかった。
(私が生きてる意味なんて、もうどこにもありはしない。
キャロも、エリオも、スバルも死んでしまった。ティアの居場所もさっぱり分からない。
そして……何もできないうちにはやてちゃんを死なせてしまった……
いや、『死なせた』なんて言い方は逃げだわ。
殺したのよ。私が。はやてちゃんを殺したのよ。
私がもたもたしている間に、はやてちゃんはどこの誰かも分からない敵に殺されてしまった。
もし私があの『V』にやられて気絶しなければ、適当なところでヴィラルさんのもとを去ってはやてちゃんを探していれば、
はやてちゃんはまだ生きていたかもしれない。また元気に笑いかけてくれたかもしれない。
私が、私が無能だったから。
……シグナムや、ヴィータ、ザフィーラがこのことを聞いたらどう思うだろう?
きっとあの娘たちはすごく悲しむ。悲しんで、泣いて、私を責めるかもしれない。
どちらにしても私は守護騎士失格だ。
それに私は人を殺した。酷いことを言う人だったけど、何も悪いことをしてないジェレミアさんを串刺しにした。
私は人殺し。だから、もう、時空管理局には戻れない。
なのはちゃんやフェイトちゃんに見せる顔なんてない。
八神家にも時空管理局にもいられない私に生きる居場所なんてもうどこにもない。
生きる居場所がなければもう死ぬしかない。死ぬしかないんだわ。私は。
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない……)
キャロも、エリオも、スバルも死んでしまった。ティアの居場所もさっぱり分からない。
そして……何もできないうちにはやてちゃんを死なせてしまった……
いや、『死なせた』なんて言い方は逃げだわ。
殺したのよ。私が。はやてちゃんを殺したのよ。
私がもたもたしている間に、はやてちゃんはどこの誰かも分からない敵に殺されてしまった。
もし私があの『V』にやられて気絶しなければ、適当なところでヴィラルさんのもとを去ってはやてちゃんを探していれば、
はやてちゃんはまだ生きていたかもしれない。また元気に笑いかけてくれたかもしれない。
私が、私が無能だったから。
……シグナムや、ヴィータ、ザフィーラがこのことを聞いたらどう思うだろう?
きっとあの娘たちはすごく悲しむ。悲しんで、泣いて、私を責めるかもしれない。
どちらにしても私は守護騎士失格だ。
それに私は人を殺した。酷いことを言う人だったけど、何も悪いことをしてないジェレミアさんを串刺しにした。
私は人殺し。だから、もう、時空管理局には戻れない。
なのはちゃんやフェイトちゃんに見せる顔なんてない。
八神家にも時空管理局にもいられない私に生きる居場所なんてもうどこにもない。
生きる居場所がなければもう死ぬしかない。死ぬしかないんだわ。私は。
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、
死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない、死ぬしかない……)
シャマルの頭の中は今や死でいっぱいだった。
(いつ死のうかしら?いや、いつなんて悠長なことを言っている暇なんてないわ。
早く、一刻も早く死なないと。私みたいのがいつまでも生きていちゃいけない。早く死ななきゃ。
どこで死のうかしら?別にどこでもいいんだけど、そう言ってると、なかなか踏ん切りがつかないわ。
ちょうどいい場所があればいいんだけど。
どうやって死のうかしら?どう死んでもいいんだけど、痛そうなのはちょっと勇気がいるわよね。
刃物はないから使うのは銃かしら?私の魔法じゃ死ねないから銃を使うのがやっぱり確実かも。
でも、銃って何だか痛そうよね。でも、いざとなれば……薬なんかもいいかもしれないけどこんなところには……)
早く、一刻も早く死なないと。私みたいのがいつまでも生きていちゃいけない。早く死ななきゃ。
どこで死のうかしら?別にどこでもいいんだけど、そう言ってると、なかなか踏ん切りがつかないわ。
ちょうどいい場所があればいいんだけど。
どうやって死のうかしら?どう死んでもいいんだけど、痛そうなのはちょっと勇気がいるわよね。
刃物はないから使うのは銃かしら?私の魔法じゃ死ねないから銃を使うのがやっぱり確実かも。
でも、銃って何だか痛そうよね。でも、いざとなれば……薬なんかもいいかもしれないけどこんなところには……)
破滅的な感情が彼女の中を駆け巡る。
最早、正気の糸は切れ、思考は悲しみの濁流に押し流されてしまっていた。
自分の無価値を心から信じ、生の可能性を自らひき潰す、今のシャマルはそういう生き物だった。
ふらりふらりと、麻薬中毒者のように虚ろな目を揺らしながら、彼女は歩く。
そのくすんだ視線が、自らの正面に白い、一際白い建物を見出した。
理性の欠片を振り絞り、ピントをあわせた彼女に見えたそこは病院。
時空管理局に配属された彼女が一番多く過ごした場所。
人生を終わらせるには、最適なところに思えた。
最早、正気の糸は切れ、思考は悲しみの濁流に押し流されてしまっていた。
自分の無価値を心から信じ、生の可能性を自らひき潰す、今のシャマルはそういう生き物だった。
ふらりふらりと、麻薬中毒者のように虚ろな目を揺らしながら、彼女は歩く。
そのくすんだ視線が、自らの正面に白い、一際白い建物を見出した。
理性の欠片を振り絞り、ピントをあわせた彼女に見えたそこは病院。
時空管理局に配属された彼女が一番多く過ごした場所。
人生を終わらせるには、最適なところに思えた。
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