蛇姫は泣き虫の懇願に黙って首を縦に振る ◆ZJTBOvEGT.



出がらしのお茶をそそぎつつ、まずは安堵の静留であった。
先の放送の中に愛しい人の名前はなく、自分はおろか、同行しているジャグジーの知り合いの名前すら
その中には含まれていなかったことは、少なからず静留を安心させた。
眼にうっすらと涙をうかべ、貧乏ゆすりしながら放送を待っていたジャグジーも、
たった今尿意を思い出してお手洗いに駆け込んでいったところだ。
気持ちを落ち着けるためかどうかは知らないが、あれだけお茶を飲み続ければ当然だろう。
すすめる端から熱いのをずびずび飲み干していくので、面白くなって十数杯おかわりさせてしまった。
思えば、そんなことをしてしまったのも、自分とて気が気でなかったためだったのだろうか。
ともあれ、安全を確保しつつ、落ち着いて放送を聞くという目的は果たされたのだ。
なつきのことを思えばこんなところに長居は無用である。
朝食をすませ次第、この家からは出発。使えそうなものはすでに確保している…

「う、うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ?」

唐突に聞こえた悲鳴は、静留を一瞬で思索の世界から引き離した。
ジャグジーだ。彼が悲鳴をあげて、そして派手に転倒した音だった。
こんな閉所で薙刀、つまり自分のエレメントはかえって不利。
そのためにこの家から調達した包丁を片手に用心深く和室を出、
彼のいるであろうお手洗い前に視線を這わす。
…いた。身体をくの字にまげて倒れ伏している。
静留は眉をひそめた。
彼のズボンは、下りていた。
幸いにして見たのは彼の背中だったが、決して気分の良い光景でないのはむろんのこと。
この時点でなんとなくオチの読めた静留は包丁を下ろし、
いつも以上に朗らかな口調で、単刀直入に聞いた。

「なにしてはるん?」
「み、み、み、水、水がっ、便器から水がっ」
「お手洗いにお水が流れるんは当然ですやろ」
「ち、違うっ、い…いきなり、いきなりお尻をなめてきたんだ。
 誰もいないのに、誰かいるみたいに。
 う、あ、まさか、そんなはず…ここはもう、列車じゃないのに」
「なんの話どす」

突然、混乱に明確な恐怖がまじり始める様子に静留は不審を抱きつつも、聞いてみる。
それに後押しされたのか、疑惑が…少なくとも彼の頭の中では氷塊したのか。

「レイルトレーサーだ!」

確信に満ちた恐怖の眼で、ジャグジーは叫んだ。
いきおいよく立ち上がりながら。

「誰もいないのに、誰かいるんだ!
 やっぱりそうだ、狙われたら逃げられない…」

手中にエレメントを発現。
その長い柄を器用に使って、静留はジャグジーの後頭部を一発どついた。
彼が完全に、こちらを向く前に。









「で、なんです? レイルトレーサーいうんは、お手洗いでお尻なめるオバケですのん?」
「え、ああ、いや、違う、違います…多分」

落ち着いたジャグジーをちゃぶ台の向かいに座らせ、
静留はまたも急須にお湯を注いでいた。
お茶請けにはお煎餅を。これもまた、この家にあったものだ。
六枚しかなかったとはいえ、当座の朝食代わりとしては充分だろう。
手持ちの食料は温存する必要がありと見ていた。

「あそこにいたオバケの名前、知りたいどすか」
「うわああああっ、嫌だ、知りたくない。
 知ったら逃げられないとか必ず現れるとか、もうそんなのゴメンですぅ~」
「そうは言うてもねぇ…最近のお手洗いなら、どこででも見ますえ」
「そんな、どこででも見るなんて、あんな、あんな…」

みるみる血の気の引いていく彼の表情を堪能しつつ、静留は教えた。
たっぷりと勿体ぶった溜めを経て。彼を恐れさせたものの正体を。

「アレのことを…ウォシュレット、言います」
「うわあああああああああああああああああああああっ」

そこまでして聞きたくないのか?
畳の上に伏せったジャグジーは、両手で両耳を押さえて頭をぶんぶん左右に振っている。
さすがの静留も、こればかりはたまらなかった。
ぷっ、と吹き出してしまったのを、あわてて右手で押さえていた。
…この男、面白すぎる。
が、これ以上、時間の無駄遣いをしているわけにもいくまい。

「アレは文明の利器どす」
「…へ?」
「トイレットペーパーのかわりに、お水、吹き付ける機械どす。
 最近のお手洗いにはよくついてますさかい、今度から慌てたらあきません」
「…………」

なんとも形容のしがたい顔で黙りこくったジャグジーに、
静留は、見通しが甘かったかな、と思わなくもない。
ここに来るまでに互いの素性を確認してみたところ、
驚くべし、この男は禁酒法時代のニューヨークからやってきたというのだ。
同様に、自分が二十一世紀の日本からこの場に呼ばれたことを伝えたときには、
ちょうど今と同じような顔をして、もう一度聞き返してきたのである。
信じられないものは最初の部屋で嫌というほど見せられた二人であったから、
ここで嘘を言うのも無益であれば、信じないのも無益であると互いに理解。
この殺し合いの舞台は、二十一世紀の日本の町並み…静留の時代の文化圏がモデルとなっているのは明らかだったので、
わからないことで取り乱すことのないように、道すがらできるだけのことは教えてはいたものの、
トイレに盛り込まれた地味な未来技術のことは意識の端にすら上っていなかったのだ。
何も知らない身からしてみれば、悲鳴を上げるのも当然だったろう。
これから先もこういうことを繰り返されては足を引っ張る事態につながる可能性もあるが、
さりとて全幅の信用がおける協力者を見放すのもまた論外だ。
聞く限りではこの男の家族兄弟、恋人、親友に類する人間はこの殺し合いに参加させられていない。
アイザックとミリアの二人は、旅先で偶然出会った知り合い程度にすぎないようだ。
つまり、誰かが殺された拍子に態度を豹変させる可能性はほぼゼロということ…自分と違って。
最初に出会った人間が彼であったのは大当たりと考えるべきだろう。
どうせなら、なつきとすぐに会いたかったのは言わずもがなだが、
殺し合いを破綻させるのに協力者が一人いるといないとでは大違いであることに変わりない。
もっとも、度を超した馬鹿者や臆病者に一緒に来られてはたまらないので、
引き込む仲間は選ばなければならないが。

「人数が多くなればなるほど、寝首かかれる可能性も高くなりますなぁ」
「え? あ…ですけど、それじゃあ。もう、九人も…」

唐突な切り出しに、ジャグジーは表情を変えて乗ってきた。
放送前にしていた話の続きである。
豪華客船を拠点に主催に対抗しようという人物のことを触れ回る他、
自分達は生き残るため、ひいては脱出のため、どのように行動していくべきか。
その中でひとつだけ、意見を異にする部分があったのである。

「ジャグジーはんの言うてることもわかります。
 せやけど、これは現実的な問題どす。
 九人や十人の集団になったら、全員の様子に眼を配るだけでも骨やわ」

仮に大人数との合流がなったとして、静留のもっとも警戒するところは、影にいて枝を折る者の存在。
その何者かが仕掛けた扇動で、集団は修復不能なまでに引き裂かれ、互いが互いを殺し合うこととなる。
そうなれば情報が錯綜し、対主催全体の生存率を引き下げることにさえなりかねない。
それよりは、四人以下の少人数で濃密な意思疎通を図り、殺し合いを最速で破壊することのみを考えて活動する方が、
必然、つけいられる隙を与えずに済む。
これが静留の持論であった。

「うちかて、何もできなくて怯えているのを放っておいたりするんは心苦しゅう思いますけど、
 早く済めば済むほど、そういう人達が死なずに済みますさかいに…わかりますやろ」

大集団を作ることの危険性はジャグジーも認めているようだ。
だが、自衛すらままならない人物に遭遇しても情報交換のみにとどめ、
その場に放置していく方針にはどうも乗り気になれないらしい。
今もその眼は難色を示すかのように微量の涙を浮かべてはいたが、

「わかりました」

と、ついに承諾の言葉を聞かせてくれた。
それもどこまで当てにできるかはわからない。
仮に片足を失った参加者に出会えば、たとえ足手まといになろうが
連れて行こうと食い下がるだろう。この男が持つ心の強さは、そういう強さだと静留は見ていた。
そこはその都度、最大限の落とし所を見つけていくしかないだろう。
それでも駄目なら…その時こそが、別離のときだ。
なつきと再会するまでは、誰かをかばって移動する余裕などありはしないのだから。
なにせ、もう、九人も死んでいるのだ!

「そうと決まれば、善は急げ、やわ」
「は、はいっ」

立ち上がった静留に続いてジャグジーも立つ。
その口に、ジャパニーズ・クラッカーを慌てて突っ込みながら。

(本当は家の中、土足で上がるんはあきませんえ?)

なつきを守り抜き、螺旋王を打倒したあかつきには、
この男にそれを教えてやるのもいいだろう。
とりとめもなくそんなことを考えて、静留は廊下に土足を踏み出した。
もとより作法など、守っている場合ではない…










(まだ九人か)

それが放送後の、ヴィラルの率直な印象だった。
あのクルクル、そしてケンモチと交戦したことからわかるように、今回、螺旋王が企図したこの実験、
ただ黙って殺されるような貧弱どもが集められているわけでは決してないようだ。
自分自身、人間に近い状態への改造を賜っている以上、能力にまかせて圧倒できると考えるのは虫が良すぎるというもの。
最初、螺旋王におろかな攻撃をしかけた人間も、ガンメン並の攻撃力を繰り出していたことを忘れてはならなかった。
もしかしたら人間同士にしてみても、互いに攻めあぐねているのかもしれない…
だが、だとしたら。今まで自分が追跡してきた、あの二人組は。
睡眠から目覚めた直後に発見したあの二人の話に聞き耳を立てていたところ、
どうやら他の仲間を集める算段を立てているようであった。
しかも片方、男の方は何を言っても聞いてもメソメソしている始末。
女の方も終始のほほんとしくさって、物腰から危機感がまるで感じられない。
すぐにでも襲撃をかけようかとは思ったが、支給品とともに時計を失っていたため正確な時間がわからず、
第一回放送を待たざるを得なかったのだ。
その第一回放送を、近場の住居に隠れてこそこそと聞いていたあの二人は、果たして人類の強者か?
まあ、隠れるという動作をとった以上、危険を推測するだけの能力は持ち合わせているのだろうが…

(だがな…それは襲われることを恐れていると、自ら証明したに過ぎんぞ、人間!)

口元が獰猛な三日月をえがく。牙をむきだす獣の笑みだ。
男が上げた、わけのわからない悲鳴が聞こえた先ほどはさすがに警戒もしたが、
この状況下で考えられる原因は仲間割れくらいのもの。
そしてそれきり静かになったとなれば、あの中にいるのは、裸ザルのメス一匹。
自ら数の有利さえ殺してしまったというわけだ。
あとは出てきたところを奇襲、まっぷたつに斬り裂いてやるだけ…出てきた。
ここまでだ。死者の十人目か十一人目となれ!
今まで潜んでいた向かいの塀の影から一息に飛び出し、斬りかかる。
相手が玄関から出た瞬間を狙ったのだ。
ヴィラルにとっては行動の自由がいくらでもあり、逆に人間には逃げ場がない。
よしんば一発目を避けたとて、間髪入れずに突きかかれば対処できまい。
ましてや、奴は丸腰…

「どちらさんどすか?」

のはずだった。
必殺を期したヴィラルの突きは、なにか固いものに止められていた。
いつの間にか現れた、長柄の武器に。
理解不能だった。何の手品か検討もつかなかった。

「殺し合いに乗るつもりは今のところあらしまへんけど」

振り下ろしたハサミが、きりきり音をたてて伏せられる。
そして、裸ザルのメスは、のほほんとした調子で笑ってみせた。
…いや、ヴィラルにとっては、鎌首をもたげて獲物にせまる蛇のそれに見えたのだが。

「襲ってくるなら、話は別どすなぁ?」
「こ、こいつ…」

直感的にまずいと思った。
ヴィラルは急いで、かつ冷静に、前方に向かって退避した。
後ろに下がれば一瞬で切り伏せられる未来が見えていた。
無理矢理にでも奥へ奥へと押し込まなければ、得物の長さで勝ち目がなくなる。
突きかかってきたところをなんとか回避、そのまま飛びかかって押さえ込む。
勝ったと思った。確かにヴィラルは賭けに勝っていた。
この一瞬の攻防自体が絶体絶命そのものだった。
押し倒し、のしかかってしまえば、長柄の武器が一体、何の役に立つ。

「では、死ねっ」

馬乗りの体勢から、ハサミの片刃を胸に向かって振り下ろす。
それで決着のはずだったが、直後、にぶい衝撃が脇腹に走った。
続いて、その部分から途方もない熱を感じた。
何が…何が起こったというのか?

「死ぬのは、あんたや」

メスが、不敵に笑った。
その着衣が、みるみる赤く染まっていく。
まだ、ハサミは振り下ろされてもいないのに。
――ああ、なるほど。
これは、おれの血か!
一度理解してしまえば、あとは実に早かった。

「ぐふっ」

血を吐いた。
メスは、小型の武器を事前に隠し持っていたのだ。
こういう風に組み付かれることをすでに想定し、
そして今、ヴィラルの脇腹にその刃を突き立てた。

「へ、蛇女がぁぁっ…」
「逝きよし」
「キサマが死ねえ」

これしきの苦痛で武器を手放す獣人に、人類掃討部隊長は務まらない。
あとはハサミを振り下ろすだけで終わりであることに変わりはない。
メスに腹をかっさばかれるよりも先に、生命の根本を断ってくれよう。
ヴィラルは渾身の力でその手のハサミを予定通り振り下ろそうとし、

「うああああああああっ」
「な…ぐおおっ?」

伏兵のために、それも果たせずに終わった。
死んだかと思われたもう一人が、ヴィラルを思い切り蹴り飛ばしたのだ。
こうまでなっては勝ち目がない。
玄関の天井を見上げながらそう直感し、すぐさまそれに従った。
入ってきた玄関からまろび出て、飛ぶように逃げていく。
止血しなければ死んでしまう。
偶然、眼についた家に飛び込み、カーテンを引き裂いた。
気が遠くなりそうだった。何も食べていないのに吐き気もした。

「終わらせん、このままでは終わらせんぞ、人間…」

そして、屈辱に打ち震える。
止血が終わっても、彼には休憩をとる気すらなかった。










「服があってよかったわぁ」

着物の袖を振りながら、静留はころころと笑った。
血に染まった着衣は放棄し、あの家の中のタンスをあさって発掘したのがこの和服。
成人式にでも着たものだろうか。新品同様のしろものであった。

「どうどす、ジャグジーはん?」

後ろをとぼとぼ歩いている彼にも話をふってみる。
さっきから不景気な顔をして、黙りこくっているものだから。
まあ、なんとなくこの男の言いそうなことの予想はついていて。

「ごめんなさい」
「はぁ、残念やわ、似合うてないんやね」
「ち、ち、ち、違いますっ。服は似合ってます。
 そっちの話じゃなくて…」
「ん?」
「結局、藤乃さんを戦わせてしまって…ごめんなさい、すみません」

案の定の台詞を言ってしょんぼりする様子は、実にほほえましいものだった。
彼と出会えたのは、正真正銘の大当たりであると静留は思った。

「そないなこと、言わんで欲しいわ。
 ジャグジーはんがいなければ、うちは死んでた思います」

これは誇張無しの事実だった。
時間にして二十秒前後にすぎなかった、あの一瞬の戦いは、
彼がいなければよくて相打ちだったのだ。
とっさの正しい判断に自分は救われ、あまつさえ無傷でいられている。
人を見る眼は、どうやら曇っていなかったらしい。

「そのときにできることをすればええんどす。
 さっきは、うちが前に立っていたからそのまま戦っただけやし。
 もっと自信持たんと、ニューヨークのお仲間にそれこそ申し訳ないと違いますか」
「…です、か」
「です、の」

この男は、信頼をしてやればやるほど応えてくれるのだろう。
他人を傷つけることをけしかけでもしない限り、裏切ることもないだろう。
だったらいくらでも信頼しよう。
もちろん、自分とて信頼される努力はおこたらない。
この男には、それだけの投資をする価値があると見た。

「ほな、さっき話した通り、大きな道にそって駅、目指しましょか」
「ううっ、駅かぁ」
「レイルトレーサー、どすか?」
「ううわあああっ、その話はもういやだあっ」

からかいつつも歩き出す。
…考えたくもないが、なつきが死んだりしたときには、
この男にはやはり一番最初に死んでもらうことになる。
自分の詳細を知っている人間は一人でも少ない方がいいに決まっているし、
この男に対しても、それこそが嘘をつかない誠実な態度と言うべきだった。
そんなことには当然、ならない方がいい。
だから急ぐのだ。いつ、先ほどのような殺人者が現れるか…
もうすでに、戦闘から三十分は経過していた。
静留もジャグジーも、再度の来襲を警戒して歩いてはいたが、
そろそろそれもないと判断したところで無理もない頃合いだ。
その上、この入り組んだ住宅街の中、二人の警戒は必然、物陰や屋根の上に向かっていた。

襲撃者の判断は、その上を行ったことになる。
襲撃者はどぶ川のへりに捕まってその身を潜め、ずっとそこで待っていたのだ。
音もなく、気配もなく、膂力だけで陰から飛び出し標的を斬り殺すべく。
そして、それに静留が気づいたときには、なんの手の打ちようも…

「藤乃さ…」

突き飛ばされた静留が次に見たのは、
どぶ川から飛び上がってきた先の襲撃者に袈裟斬りにされたジャグジー。
しぶく血潮はさながらスプリンクラーのよう。
エレメントを発現させて襲撃者に斬りつけたのは、ほとんど反射的な行動だった。
ハサミを紅くきらめかせてそのまま襲ってきたそいつを一瞬早くはじき飛ばすことに成功する。

「ちぃっ」

舌打ちなどをしているようだが、生かしておくつもりなどない。
エレメントを蛇腹状にのばし、からめ取ってみじん切りにしてやろう。
初見の相手にこれを予期することは不可能だ。
実際、その通りだった。
いきなり射程外から飛んできた一撃を襲撃者はハサミの片刃で受け止めはしたが、
からめ取られた武器をどうにもできずに手放すしかなくなっていた。
だがしくじった。本来なら捕らえるのは武器ではなく、襲撃者その人のはずだったのに。
不利を悟ったかの敵はジャグジーのデイパックを奪い、先ほど同様、飛ぶように去っていく。
傷を受けているとは思えない素早さだった。
すぐ追跡して仕留めようとは思ったが、静留はジャグジーに駆け寄ることを優先する。
当たり所によっては、手当さえ早くすれば回復の見込みもあると思った。
結果は、数秒と経たずにその考えが甘いと悟ることとなったわけだが。

「ジャグジーはん…」

血溜まりに沈んだ彼は、しかし安心したような眼で静留を見ていた。
ついさっきまで泣いて怯えてついてきていたというのに、
今の表情はまったくおだやかなものだった。
…あっけなさすぎる。
静留は、ややうつむき気味に、たずねてみた。

「死ぬの、怖ないんどすか?」

かすかに首を動かしたジャグジーは、直後、咳き込み、喉から血を吐き出した。
それに構わず、静留は言葉を待ち、耳を傾けてやる。
どうせすでに、せっかく着替えた着物もまた血まみれになっていた。
彼は苦しみつつも、懸命に言葉をつむいでいく。

「こわい、ですよ…すごく、こわい。
 もうダメだって、自分でわかるのは、こわい…けど」
「けど?」
「…ふだん、泣いて、ばかりですから。
 ホントにこわいときは、涙…もう、枯れてるんですよ」

静留は、何も言えなくなった。
人の末期に立ち会っているとはいえ、何を聞いてやればいいものかわからなくなってしまった。
ジャグジーの方が先に口を開く。もう残されている時間が少ないからか。

「助けたい人が…いるん、ですよね。藤乃さん」

言葉なく、静留はうなずく。

「助けて、あげてください。
 僕も、最後に、少しだけですけど…手伝えますから」

ジャグジーは、無理矢理に身体を起こした。
開いた傷口から、さらにおびただしい血が流れ出る。
そして、何を思ったか、先の襲撃者が置いていったハサミの片刃に手をかけ、
一息に自らの首筋にまで持って行く。

「何を…」
「こんなものがなければ、僕らは殺し合いをしないでもいい」

静留は瞬時に理解した。
彼が何を言わんとし、これから何をしようとしているのか。
誰かから奪わねばならないがゆえに、あえて今まで触れずにきた、脱出の最重要事項。
彼が言外に示しているのは、それだ。
首筋に刃を当てたまま塑像のように立ち尽くした彼は、
最後に静留の方に何かを懇願するような、だが強くひたむきな視線を向けて。

「だから…助けて、あげてください」

前に向かって、全力で倒れ込んだ。
おそらく、これで血は全部流れつくしただろう。
彼は殺し合いの軛から、自らを解放してみせたのだ。
彼が今とったような手段をとらずとも、それをなしうる可能性を静留に残して。
ジャグジー・スプロットは、首と胴体が泣き別れになって、死んだ。
泣かず怯えず、この世を去った。
最後にそっとつぶやいたのは、誰かの名前だったのだろうか…
静留には、ついにわからずじまいであった。




【ジャグジー・スプロット@BACCANO バッカーノ! 死亡】









「また、濡れねずみやな」

血に染まった着物を捨て、結局、静留は最初に着ていた
風華学園の制服姿に戻ることになった。
乾かす暇などなかったので、濡れたままなのが気持ち悪いが。
デイパックの中に、巨大ハサミの片刃と首輪を収める。
着替えのついでに、血を洗い落としてきたばかりだ。
ジャグジーの死体は葬っていない。
そのようなことをしている暇が惜しかったのだ。
胸の前で十字の印を切り、それでお別れとさせてもらった。
これから予定通り、大きな道に出て駅を目指すことになる。
とにかく、なつきだ。
なつきが死んでしまうようなことになれば、自分は殺人者側に回るしかなくなる。
遺された首輪もそのとき同時に、完全に無意味と化すことになる。
恋する心の前にはすべてが些末事なのだ。少なくとも彼女、藤乃静留にとっては。

彼は本当に、最後の最後まで力になってくれた。
助けたい人を助けてくれと、自身の首を切り落としてまで言ってくれた。
こんなところで死んで良い人間では断じてなかった。
だが静留は、なつきが大事だった。
それ以外がどうでもいいわけではないが、なつきがあまりに巨大すぎるのだ。
彼がそこを承知して死んだとまでは思えない。
きっと彼が心のどこかで望み、託そうとしていたであろう役割を果たしてやれるかどうかは微妙なところである。
どう逆立ちしたところで、ジャグジー・スプロットに対して、なつきに抱くほどの感情を持つことはできないのだから。
仮に彼が自分と同じ時代の生まれで、風華学園の生徒会に同じく席を並べていたとしても、そうなる可能性はゼロだ。
それでも、これだけは太鼓判付きで保証してやれる。

「ジャグジーはん、あんた…ほんま、ええ男でしたわ」

それが彼への手向けの言葉。
死者にかかずらうのはこれまで。
生者には生者の都合があり、今はことさらそれを優先せねばならない時だ。

「ほな、さいなら。ご冥福、祈っとりますえ」

静留は最後に、彼のいる方向に軽く手を振った。


【F-3/大きな道路沿い/1日目/朝】
【藤乃静留@舞-HiME】
[状態]:健康 、衣服が濡れている
[装備]:雷泥のローラースケート@トライガン
[道具]:支給品一式、マオのヘッドホン@コードギアス 反逆のルルーシュ、 巨大ハサミを分解した片方の刃@王ドロボウJING、
     ランダムアイテム1(本人確認済み)、ジャグジーの首輪、包丁
[思考]:
基本思考:なつきを守る。襲ってくる相手には容赦はしない。
1:2~5のため、ひとまずF-5の駅に移動
2:なつきを探す事を最優先する。
3:なつきの事を知っている人間を探す。
4:豪華客船にゲームに乗っていない人間を集める。
5:首輪を詳しく調べられる技術者を探す。
6:あまり多人数で行動するつもりはない。

【備考】
※「堪忍な~」の直後辺りから参戦。
※マオのヘッドホンから流れてくる声は風花真白、もしくは姫野二三の声であると認識。
(どちらもC.C.の声優と同じ CV:ゆかな)











「く、くそっ…蛇が、蛇女がぁぁっ…」

二度にわたって撃退されたヴィラルに、もはや余力は残されていなかった。
今、奴が現れたら何もできずに殺される。
デイパックの中から出てきた食糧をむさぼりながら、下水道の一角でひたすら息をひそめているしかない。
どこまで情けなく、みじめな気分を味わわなければならないというのか。
消耗しきった体力を回復しなければ、挽回のチャンスすら与えられはしない。
武器はいいものが手に入ったのだ。
性には合わないが、体力を奪われた今の自分にこの重量級の銃は頼りになるに違いなく、
瓶は、そのまま使っても鈍器になるし、割れば刺突用の武器にもなる。
中身は調味料…貴重な食糧なので、武器としての使用は後回しだが。
もうひとつ重たい何かが入っているのは、休んだ後で確認することにし、
下水の悪臭の中、ヴィラルはその場に伏せた。
誰かが来たら、逃げねばならない…はなはだ不本意な自らの状態を再確認し、怒りに肩をふるわせながら。


【F-3/下水道/1日目/朝】
【ヴィラル@天元突破グレンラガン】
[状態]:脇腹に刺し傷(応急処置済み)、極度の体力消耗、衣服が濡れている
[装備]:ワルサーWA2000(6/6)@現実
[道具]:支給品一式、バルサミコ酢の大瓶@らき☆すた、ワルサーWA2000用箱型弾倉x4、ランダムアイテム1(重いもの)
[思考]
基本:ゲームに乗る。人間は全員殺す。
1:今は休まねば…
2:蛇女(静留)に味わわされた屈辱を晴らしたい。
3:『クルクル』と『ケンモチ』との決着をつける。
4::螺旋王の目的とは? 
[備考]
螺旋王による改造を受けています。
①睡眠による細胞の蘇生システムは、場所と時間を問わない。
②身体能力はそのままだが、文字が読めるようにしてもらったので、名簿や地図の確認は可能。
…人間と同じように活動できるようになったのに、それが『人間に近づくこと』とは気づいていない。
 単純に『実験のために、獣人の欠点を克服させてくれた』としか認識してない。


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085:希望の船、絶望の城 ジャグジー・スプロット
085:希望の船、絶望の城 藤乃静留 120:テメェに何が分かるんだ
047:夜に起きてれば偉いのか? ヴィラル 120:テメェに何が分かるんだ




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