「全竜交渉(前編)」(2022/11/27 (日) 23:37:28) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
**全竜交渉(前編) ◆wYjszMXgAo
「どうだ、見つかったか?」
「……ち、無駄だたぁ思ったが、やっぱ誰もいやしねえな」
C-7、倒壊した家屋のすぐ近くの路上。
先刻、清麿たちと別れたその場所には、当然の事ながら誰もいない。
家が一軒倒壊しているのを気付いたには気付いたが、しかし、ここは戦場だ。
そんな事は大したことではないとラッドは気にも留めない。
彼の殺害対象である東方不敗の行動の産物という事はラッドには知る由もないからだ。
一応、辺りを探索してみたものの、めぼしい物といえば死体が一つ、あっただけ。
ヨーコ。
短い間ではあったが仲間であったモノに対し、ラッドは軽く目をつぶり、すぐに身を翻す。
誰かの死を恐れる女だったテメエが真っ先に死ねて良かったじゃねぇか。
そんな事を思いながらも、ついでに冥福を祈ってやることにする。
ラッド・ルッソは殺人狂だ。それは明らかな事実ではあるが、しかし殺戮機械ではない。
感情に欠けているのではなく――――、むしろ、感情に満ち溢れた人間ゆえに、人間を殺すことを快楽とする。
歪みきった人格ではあるが、仲間の死に対して何も思わないような人間ではない。
それが彼の美点であるのか、むしろ異常さを際立たせているのかは定かではないが。
「……そうか。じゃあ、どうするんだ? 当てか何かあったらいいんだけどな」
フラップターの整備をしながら、衛宮士郎は問う。
元々機械いじりの得意な彼の本領発揮といったところだ。
とはいっても、ろくな工具もないここではせいぜい点検くらいしか出来はしない。
幸いなことに、これといった異常は見つからなかった。
途中よく分からない鋼糸を見つけたが、構造的にも直接関係はないようだ。
何となく取り外してポケットに押し込みながらも、士郎の頭の中には先刻の光景が渦巻いている。
ラッドの言うことも分かるが、彼としては出来る限り鴇羽舞衣の凶行を止めたいのだ。
「ああ、厄介だよなあ。面倒臭ェ、本当面倒臭ェよなあオイ! まったくよぉー」
口調とは裏腹に、ラッド・ルッソは苛立っているようには見えない。
確実に、何らかの収穫を手に入れたようだ。
異常にテンションの高い人間ではあるが、衛宮士郎にも彼の機嫌の状態はある程度つかめるようになってきていた。
「そっか。で、これからどうする?」
「ああ、ちと大回りになるがな、とりあえず病院に行く」
そう言いながらラッドの見せたものは、衛宮士郎にとっては理解できない意味不明な文章だった。
『コックを待たせる客に疲れました 「耳」寄りな話があったので転職します HO! HO! HO!「予定通り」の王ドロボウ』
「……なんだ、コレ?」
全く緊張感のない声で返事をしてみれば、ラッドは耳をほじりながら言葉通り面倒臭そうに呟く。
「まあ、上手い事やったもんだ。これなら他の連中には分かりゃしねえだろうしな」
小指に息を吹きかけつつラッドが説明するには、どうやら高嶺清麿という人物の怪我に関連があるらしい。
その怪我を治療する為、病院に向かったのだろうと言うことだ。
なるほど、と士郎は思う。
中々機転の利く人間がラッドの仲間、即ち主催者に対抗する面子にいるのはありがたい。
しかし士郎がそれ以上に驚いたのは――――、
「お前、結構頭良かったんだな……」
「ハッ、俺はマフィアの連中ども相手に計算高く、叔父貴の組の連中が処理できる程度に、だが、
俺の快楽を満たせる程度に、まさにそのギリギリのラインで殺して殺して殺して殺しまくってきたのさあ!
この程度、頭を使ったうちに入るかってぇの」
そう、一見欲望に忠実に見えるラッド・ルッソと言う男の危険性は、その計算高さにあるのだ。
ただ、それを上回るほどの殺人衝動が彼の内に潜んでいるだけなのである。
ラッドに感心すると同時に、衛宮士郎はラッドに対する警戒を密かに強める。
しかし、現状では彼に背中を預けるしかないのも事実だ。
……せめて、出来ることだけはしたい。
可能な限り内心を隠しながら、士郎はラッドに己の考えを告げることにする。
それを聞いたラッドは、悟りきったような呆れ顔で頷いただけだった。
「なあ、実際に対面するのは戦力が整ってからでいいんだけどさ、ちょっと鴇羽の様子を偵察させてくれないか?」
相見えるのは無理にしても、せめて彼女がどうしているかを知りたいと。
◇ ◇ ◇
「……どうやら、戻ってきたようですね」
戦場には似合わない、ラブロマンスでも映していそうな映画館の観客席。
照明に照らされて映画は見られないものの、男女の2人組が一つのモニターを覗き込んでいる。
画面はカプセル型の機械の側面部についており、そこには一つの影が映し出されていた。
「……良く見えないな。距離が離れてるみたいだけど」
「飛行手段、ですか。成程、たしかに支給品リストにはありましたね」
菫川ねねねと明智健吾が眉をしかめているのは、ガジェットドローンの映し出した映像だ。
映画館周辺の索敵に出していたそれが携えて戻ってきたのは、空に浮かぶ謎の物体のシルエットだった。
考えうる可能性はいくつかある。
フラップターなどの機械や、もしくは生身での飛行手段を保有する者達。
シルエットから言えば、おそらく前者。
仮に仲間に出来たのなら、明智たちには心強い味方になるのは間違いない。
索敵に逃走に、あるいは奇襲に。航空機の有用性は歴史が証明している。
基本的に、地に伏せるものは空の王者に無力なのだ。
……だが。
「くそ、輪郭は分かるんだけどな。多分、二人組みだと思うんだが……」
そう、なにぶん距離が離れていて誰が乗っているのか掴みづらいのだ。
確かに参加者の誰かではあるのだろうが、このままでは判別しづらい。
およそ1km近くは離れているだろうか。
「むー……、ねえアケチ、この映画館の施設使って、コレに映し出せないの?」
「……成程。確かに、試してみる価値はありそうです」
イリヤが指すのは映画館のスクリーンだ。
解像度の低い簡易モニターでは無理でも、この大画面でなら確かに誰が乗っているかわかるかもしれない。
ガジェットドローンのアームケーブルを映像機器に接続すれば、他の媒体への出力が可能となると言う説明を明智はしっかり記憶している。
「ではすみません、少し映写室の方へ行ってみます」
「ああ。……出来れば、吉報であればいいんだけどな」
劇場から明智がガジェットドローンを連れて出て行って数分のち。
イリヤとねねねが何かをするには短すぎる時間を経て、照明が消えスクリーンの幕が上がった。
「どうにかうまくいったみたいね……」
「うん。あ、ネネネ、映り始めたよ」
暗い劇場内に、徐々に映し出された飛行機械。
その背に映し出された二つの人影の内一つに、ねねねは息を呑んだ。
――――ヤバイ。こいつには関わっちゃいけない!
ラッド・ルッソ。
彼女の持つ詳細名簿、そこから作った警戒者リストの中でもブッチギリの異常者だ。
直接の面識はないが、その行動は凄惨にして余りある。
危なかった、うかつに外をウロウロしていたら自分が犠牲者になってもおかしくない。
そう安堵の息を漏らした彼女に届いた呟きは、しかし、つい今しがたの緊張をはるかに上回って彼女を戦慄させた。
「――――シロウ」
◇
明智健吾は、映写室の高みからそれを見守ることしか出来なかった。
いや、側にいたねねねすら何も出来なかったのだ。たとえ自分が下にいたとしても、何も出来なかったろう。
……そう、それは本当に一瞬の事だったのだ。
映写機器にガジェットドローンを接続し、スクリーンに画像が映し出されたのを確認して二人の姿を見つめなおしたその瞬間。
突然観客席からイリヤが立ち上がるなり、一心不乱に劇場の外へと駆け出したのだ。
「バカな! 何を――――」
言いかけ、明智はすぐに平常心を取り戻す。
「――――く、」
無駄口を叩く暇はない。
即座に明智は映写室を飛び出し、階下、入り口を目指す。
と、
「あんたも気付いたか! はやく、あの子を追わないと!」
「菫川先生! 彼女は一体、」
「ああもう、時間が惜しいな!
あの子の家族がいたんだよ、あの機械に。
でもヤバイ、そいつの連れがあまりにもやばすぎる相手なんだ!
あんたにも見せたろ、警戒者リスト!
そん中の殺人鬼――――ラッド・ルッソだ!」
殺人鬼。
その言葉を聞き、明智は事態を即座に理解する。
同時、警視庁の刑事として、即座になすべき事を見出した。
犯罪者を捕らえる。
幾度となく逃した相手、高遠遙一の顔が脳裏に浮かぶ。
犯罪芸術家を自称する悪魔。
そういう連中の毒牙に、イリヤスフィールをかけるわけにはいかないのだ。
普段の冷静さからは想像も出来ないほどの正義感が、明智を昂らせる。
だが――――
「急ぐぞ、イリヤを止めなきゃ!」
興奮したねねね。その息遣いが逆に明智を冷静にさせた。
映画館の外に走りながらも、思考をフル回転させる。
――――イリヤの探し人については、彼女自身から情報を手に入れた。
どう考えても殺戮には走らない、非常に正義感の強い人物であったはずだ。
ねねねや自分の持つリストもそれを裏付ける。
特に、自分のリストには『自称正義の味方』などという蔑称なのだか尊称なのだかよく分からない二つ名までついていた。
そんな人物が、危険な殺人鬼と共に行動するだろうか?
たしかにラッド・ルッソは危険な人物ではあるだろう。
だがしかし、現時点において、会った瞬間に危害を加えられる可能性はあるだろうか。
……答えは否とは言えないにしても、低い。
何故ならば、イリヤの探し人――――衛宮士郎の人格を考えれば明らかだ。
正義の味方を名乗るような人間が、殺戮を許しはしないだろう。
にも関わらず同行しているという事は、無差別な殺人をしている訳ではない可能性が高い。
あくまでも、ねねねの持つリストは所業や能力のみを記したものであり、その人物がどんな人となりをしているかまでは分からないのだ。
むしろ、自分の持つリストの方が性格に関しては深く書かれているかもしれない。
ラッド・ルッソの項に書かれていた記述を思い出す。
“自身を死なないと思っている人間を殺すのが何よりも楽しい”
――――確か、そんな事を書かれていたはずだ。
あの高遠遙一とは違う異常性。
だが――――
「……話が通じない人間ではなさそうです」
話し合いの余地がある。
それだけでも十分、仲間にする、少なくともそれを試みる価値はあるだろう。
殺人鬼というと無差別に殺戮を繰り返す暴力の塊と思われがちだが、実際は非常に高度な知能を持っている場合が多い。
明智の友人、金田一一と同じくIQ180と言われたテッド・バンディ、天才株式投機家ゲイリー・ハイドニックらシリアルキラー。
彼らが大量に殺人を犯せるのは、むしろその頭脳があったからこそ。
警察機構の発達した近代以降においてなお、その網をすり抜けられる程の知性の賜物なのである。
衛宮士郎と行動しているなら、この殺人ゲームに乗った可能性は高くはない。
少なくとも、彼自身は殺す対象を入念に選ぶタイプであるはずだ。
もちろん明智の信念に反する行為ではある。
刑事として、殺人を容認する訳には行かないのだ。
だが、それでも――――
「……背に腹は変えられませんね」
このバトルロワイアルと言う状況下が既に異常なのだ。
掴める物なら藁でも掴んだ方がいい。
少なくとも、衛宮士郎は敵にはならないだろう。
飛行機械も持つ彼らは、戦力としても是非仲間に加えたい。
……だがしかし、これらはあくまでも
『衛宮士郎とラッド・ルッソが共に行動している』
と言う状況証拠からの推測に過ぎないのだ。
仮に衛宮士郎が、何らかの手段で洗脳され、ラッドに付き従っているとしたらどうだろう。
その場合、ラッドが主催者に乗っている可能性は捨てきれない。
不安要素は他にもいくらでもある。
だがそれでも、明智はリスクよりもリターンを得ることを選択した。
それ以上に昂るのは、彼の自尊心、否、義憤だ。
あの小さな子一人守れないようで、何が刑事だろうか!
このゲームから脱出するために、一つでも可能性を減らさない為に。
たとえ殺人鬼であろうとも、同胞として御しきってみせようと。
……この決断が何をもたらすのかは、まだ誰も知ることはない。
走り出してどれだけ経ったろうか。
ようやくイリヤの背を見つけた、その先にいたのは映像通りの姿の二人であり――――
◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
フラップターを駆り、先刻の死地の上空に向かって数十分。
ロイドから預かった支給品一式をラッドから渡され、傷の手当と食事を取った士郎は、ラッドと市街地跡に向かっていた。
悟られないようにする為に未だに煙の立ち込める中央部に直接向かうことはぜず、
あえて北側から回り込むことで行きと違う道程を選んだ彼らは、鴇羽舞衣を遠目から偵察する予定だった。
鴇羽舞衣はすぐ見つかった。見つかった事は見つかったのだが。
「おいおいおいおい、やべえ。やべえな。
やばい、ヤバイよヤバイヤバイヤバイヤバイ。
なになにまだまだ殺しあってんの? すげえ体力だなおい、って、よく見りゃあれはあの糞ジジィじゃねえか!
舞衣ちゃんも揃ってなんつーメインディッシュだよオイ!
よし決めた、殺す。すぐ殺す。
丁度いいじゃねえか、あそこで殺しあってる3人は、俺に殺される事は全く想定してないだろうなあ!
楽しいだろな、楽しいだろうなあ!
目の前しか見えてない連中が、自分がちぃーーーーーーーーっとも考えてない方向から、
思ってもない人間から殺されるってのはよぉ!
自分を殺すとしたら今戦ってる相手だ、そう思い込んでるんだろうなあ奴らは!
そいつらにとって、予期しない死因ってのはどう感じるものなんだろうな、まあ俺な訳だが。
ヒャァハハハハハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハッハハハハハッ!!」
彼らが見たものは、東方不敗と舞衣、そしてDボゥイの戦闘だった。
その中の二人、舞衣と東方不敗に因縁のあるラッドはその姿を目に入れた瞬間、いきなりテンションを最大値まで上げたのだ。
先刻までの頭脳明晰さとの落差。
そこに、得体の知れない感情を抱きながらも、衛宮士郎は怯まない。
「くそ、オイ、落ち着けラッド。
戦力が集まるまで仕掛けないって言ったのはお前じゃないかよ、さすがに分が悪い!」
ここは、先ほどのままだ。
ついさっきまで生きていた人間が死に、そして二度と戻らない。
破壊の限りを尽くされた建物と同じく、朽ちて滅ぶだけだ。
自分を助けてくれた命は確かにあったというのに、それすらも忘れられていく。
衛宮士郎の脳裏にロイドの最後の言葉が浮かぶ。
“君の理想は立派だ。だがそれは、現実を受け入れず駄々捏ねるだけで掴める理想なのかい?”
確かに、自分はあの戦闘を止めたい。今すぐにでも飛び込んで行きたい。
だがしかし、今の自分達の戦力でどうにかできるとは思えない。
特にあの老人は――――桁が違う。
鴇羽舞衣一人なら、まだ説得できると思った。相手も消耗しているからだ。
だが戦闘中に割り込む危険性はその比ではない。
ラッドと二人で相対しても勝てるかも分からない老人に、その上更に二人を相手取る余裕はない。
“君は軍人ではないし、彼とも違う。だけど君が正義の側に立とうとするなら――生きて、理想を貫くことだ”
ラッドが異常にハイになっている分、自分がしっかりしなくてはいけない。
……人を殺す歓喜。そんなものは分からないし、分かりたくもない。
けど、他に分かることがある。ここであそこに向かえばラッドの命すらも危ない。
たとえこんな狂った人間であっても、衛宮士郎は死なせたくないと思う。
正義の味方になる、それを捨てるわけではない。絶対にこの殺し合いを止め、被害者を出させない。
その気持ちに偽りはなく、ラッドだって舞衣だって救いたい。
だが、しかし――――
“わかったら行きなさい。行って、君が信じるべきことをやればいい。あと、もう一つ”
それでも、だからこそ、今自分がここで倒れてはいけないのだ。
ロイドの想いを受け取り、それでいて犬死にしたら一体彼は何の為に死んだのか。
確かに自分の命よりも誰かを救えないのは嫌だ。
ならば、ロイドに、そして、いつかのあの大災害で誰かに救ってもらった命は、どのように使うべきなのか。
気付く。ラッドはある意味、自分と同じだ。
死なないと思っている人を殺すという信念の為なら、自分の事など惜しくはない。
内実の違いはどうあれ、そのスタンスは自分とそっくりだ。
――――自分と良く似た狂人を見ることで、初めて衛宮士郎はその事実に愕然とする。
救うべき命が、現状を全く見ずに死地へと向かう。
こんな事を見過ごさせるためにロイドは命を落としたというのだろうか?
“命を捨てて理想を貫くなんて、そんな矛盾は抱えちゃいけない。矛盾は君を殺すよ。ふふふ……だから、行きなさい”
救ってもらった命の無駄遣いは、救ってくれた人への冒涜だ。
……だから、衛宮士郎は現実を受け止める。
理想を捨てはせず、しかし振り回されることなく。
現実を足場とし、輝くソレに手を届かせる為に。
「……今は、退こうラッド。まずは体勢を整えてから……だ」
震える手で、しかし力を込めてラッドの肩を掴む。
敢えて、衛宮士郎はここを離脱することを選んだのだ。
今は届かなくとも、いずれ誰も彼をも救えるようになるために。
ロイドの言葉は衛宮士郎の信念を揺るがすには至らなかった。
彼は相変わらず理想に準じ、その為ならば自分の命など計算に入れないだろう。
だが、その姿勢を変える事はできたのだ。
現実を踏みしめ、何をすれば誰かを救えるのか。
足下を調べ、どのように進むべきか、それを衛宮士郎は知った。
勿論悔恨は残る。
ここで彼らを放っておいたらどうなるのか、ソレを考えるだけで心が張り裂けそうになる。
だが、力なき正義は無力だ。
先刻ラッドとの会話で述べたように、ラッドの仲間と合流してから。
どういう行動をするにせよ、そちらの方が明らかに勝算は高い。
現実を受け入れず、駄々を捏ねるのはこれで終わりだ。
ロイドは言った。
命を捨てて理想に準ずるのではなく、生きて理想を貫けと。
ゼロに等しい自殺行為よりも、より多くの人を助けられる可能性を。
故に――――
自分の命の為ではなく、いつかの自分が助けられる数多くの人たちのために。
疲労困憊な自分達は、ここで戦いに行っても無意味なのだと、その判断を刃として。
今にも戦いの最中に飛び込んでいきそうな体に理屈と判断を無理矢理刻み込む。
「……市街地中心を迂回できるか? あの戦場には突っ込まないように」
(――――変わった?)
士郎の台詞に何となく違和感を感じて振り返ったラッドは、テンションを急降下させる。
そこに居たのは紛れもなく衛宮士郎だ。だが、先刻までの彼とは何かが違う。
その顔に浮かぶ決意はなんなのか。
ラッドにその心中を知る術はないが、ロイドの死を踏まえた上で、再度戦場に訪れたことで何かを得たのだろうと推察は出来る。
ここは、どうしようもない現実なのだと。無慈悲な殺戮が横行する場所であるのだと。
何にせよ、目の前が見えていない甘ちゃんよりは現実に即した判断の出来る理想家の方が頼りにはなる。
連中を殺す気満々ではいたものの、冷めたテンションで考えてみれば今突っ込んでもロクな結果にはならないだろう。
即座に判断を切り替えられるのが彼の強みだ。
地図を取り出し、進路と目的地の位置を確認、ルートを算出する。
現在位置はC-6北部。C-7北東部、ヨーコの遺体が残され、清麿たちと別れた場所から真西に来たところだ。
目的の総合病院は南南西に存在する。
まっすぐ進めば戦場にぶち当たる為、そこを迂回するには現在の進路からしてC-5経由で進むのがいいだろう。
「……わーった、わーったよ。まあ、元々頭数揃えてからっつー話だったしな。
OK、いったんあっちの映画館の方回りこんでから病院行くが、構わねぇよな」
「……ああ。仲間を連れて、戻ってくるんだ。……必ず」
――――そして、この決意が一つの奇跡を呼び寄せる。
数多くいる参加者の内の、ただ一人のちっぽけな変化。
ソレを祝福するかのように、小さな小さな、しかし彼らにとっては何より大きな再会を。
*時系列順で読む
Back:[[拳で語る、漢の美学]] Next:[[全竜交渉(後編)]]
*投下順で読む
Back:[[Clann As Dog]] Next:[[全竜交渉(後編)]]
|169:[[CrazyBoys]]|衛宮士郎|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|169:[[CrazyBoys]]|ラッド・ルッソ|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|175:[[幼年期の終わり]]|イリヤスフィール・フォン・アインツベルン|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|175:[[幼年期の終わり]]|明智健悟|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|175:[[幼年期の終わり]]|菫川ねねね|203:[[全竜交渉(後編)]]|
**全竜交渉(前編) ◆wYjszMXgAo
「どうだ、見つかったか?」
「……ち、無駄だたぁ思ったが、やっぱ誰もいやしねえな」
C-7、倒壊した家屋のすぐ近くの路上。
先刻、清麿たちと別れたその場所には、当然の事ながら誰もいない。
家が一軒倒壊しているのに気付いたには気付いたが、しかし、ここは戦場だ。
そんな事は大したことではないとラッドは気にも留めない。
彼の殺害対象である東方不敗の行動の産物という事はラッドには知る由もないからだ。
一応、辺りを探索してみたものの、めぼしい物といえば死体が一つ、あっただけ。
ヨーコ。
短い間ではあったが仲間であったモノに対し、ラッドは軽く目をつぶり、すぐに身を翻す。
誰かの死を恐れる女だったテメエが真っ先に死ねて良かったじゃねぇか。
そんな事を思いながらも、ついでに冥福を祈ってやることにする。
ラッド・ルッソは殺人狂だ。それは明らかな事実ではあるが、しかし殺戮機械ではない。
感情に欠けているのではなく――――むしろ、感情に満ち溢れた人間ゆえに、人間を殺すことを快楽とする。
歪みきった人格ではあるが、仲間の死に対して何も思わないような人間ではない。
それが彼の美点であるのか、むしろ異常さを際立たせているのかは定かではないが。
「……そうか。じゃあ、どうするんだ? 当てか何かあったらいいんだけどな」
フラップターの整備をしながら、衛宮士郎は問う。
元々機械いじりの得意な彼の本領発揮といったところだ。
とはいっても、ろくな工具もないここではせいぜい点検くらいしか出来はしない。
幸いなことに、これといった異常は見つからなかった。
途中よく分からない鋼糸を見つけたが、構造的にも直接関係はないようだ。
何となく取り外してポケットに押し込みながらも、士郎の頭の中には先刻の光景が渦巻いている。
ラッドの言うことも分かるが、彼としては出来る限り鴇羽舞衣の凶行を止めたいのだ。
「ああ、厄介だよなあ。面倒臭ェ、本当面倒臭ェよなあオイ! まったくよぉー」
口調とは裏腹に、ラッド・ルッソは苛立っているようには見えない。
確実に、何らかの収穫を手に入れたようだ。
異常にテンションの高い人間ではあるが、衛宮士郎にも彼の機嫌の状態はある程度つかめるようになってきていた。
「そっか。で、これからどうする?」
「ああ、ちと大回りになるがな、とりあえず病院に行く」
そう言いながらラッドの見せたものは、衛宮士郎にとっては理解できない意味不明な文章だった。
『コックを待たせる客に疲れました 「耳」寄りな話があったので転職します HO! HO! HO!「予定通り」の王ドロボウ』
「……なんだ、コレ?」
全く緊張感のない声で返事をしてみれば、ラッドは耳をほじりながら言葉通り面倒臭そうに呟く。
「まあ、上手い事やったもんだ。これなら他の連中には分かりゃしねえだろうしな」
小指に息を吹きかけつつラッドが説明するには、どうやら高嶺清麿という人物の怪我に関連があるらしい。
その怪我を治療する為、病院に向かったのだろうということだ。
なるほど、と士郎は思う。
中々機転の利く人間がラッドの仲間、即ち主催者に対抗する面子にいるのはありがたい。
しかし士郎がそれ以上に驚いたのは――――
「お前、結構頭良かったんだな……」
「ハッ、俺はマフィアの連中ども相手に計算高く、叔父貴の組の連中が処理できる程度に、だが、
俺の快楽を満たせる程度に、まさにそのギリギリのラインで殺して殺して殺して殺しまくってきたのさあ!
この程度、頭を使ったうちに入るかってぇの」
そう、一見欲望に忠実に見えるラッド・ルッソという男の危険性は、その計算高さにあるのだ。
ただ、それを上回るほどの殺人衝動が彼の内に潜んでいるだけなのである。
ラッドに感心すると同時に、衛宮士郎はラッドに対する警戒を密かに強める。
しかし、現状では彼に背中を預けるしかないのも事実だ。
……せめて、出来ることだけはしたい。
可能な限り内心を隠しながら、士郎はラッドに己の考えを告げることにする。
それを聞いたラッドは、悟りきったような呆れ顔で頷いただけだった。
「なあ、実際に対面するのは戦力が整ってからでいいんだけどさ、ちょっと鴇羽の様子を偵察させてくれないか?」
相見えるのは無理にしても、せめて彼女がどうしているかを知りたいと。
◇ ◇ ◇
「……どうやら、戻ってきたようですね」
戦場には似合わない、ラブロマンスでも映していそうな映画館の観客席。
照明に照らされて映画は見られないものの、男女の2人組が一つのモニターを覗き込んでいる。
画面はカプセル型の機械の側面部についており、そこには一つの影が映し出されていた。
「……良く見えないな。距離が離れてるみたいだけど」
「飛行手段、ですか。成程、たしかに支給品リストにはありましたね」
菫川ねねねと明智健吾が眉をしかめているのは、ガジェットドローンの映し出した映像だ。
映画館周辺の索敵に出していたそれが携えて戻ってきたのは、空に浮かぶ謎の物体のシルエットだった。
考えうる可能性はいくつかある。
フラップターなどの機械や、もしくは生身での飛行手段を保有する者達。
シルエットから言えば、おそらく前者。
仮に仲間に出来たのなら、明智たちには心強い味方になるのは間違いない。
索敵に逃走に、あるいは奇襲に。航空機の有用性は歴史が証明している。
基本的に、地に伏せるものは空の王者に無力なのだ。
……だが。
「くそ、輪郭は分かるんだけどな。多分、二人組みだと思うんだが……」
そう、なにぶん距離が離れていて誰が乗っているのか掴みづらいのだ。
確かに参加者の誰かではあるのだろうが、このままでは判別しづらい。
およそ1km近くは離れているだろうか。
「むー……ねえアケチ、この映画館の施設使って、コレに映し出せないの?」
「……成程。確かに、試してみる価値はありそうです」
イリヤが指すのは映画館のスクリーンだ。
解像度の低い簡易モニターでは無理でも、この大画面でなら確かに誰が乗っているかわかるかもしれない。
ガジェットドローンのアームケーブルを映像機器に接続すれば、他の媒体への出力が可能となるという説明を明智はしっかり記憶している。
「ではすみません、少し映写室の方へ行ってみます」
「ああ……出来れば、吉報であればいいんだけどな」
劇場から明智がガジェットドローンを連れて出て行って数分のち。
イリヤとねねねが何かをするには短すぎる時間を経て、照明が消えスクリーンの幕が上がった。
「どうにかうまくいったみたいね……」
「うん。あ、ネネネ、映り始めたよ」
暗い劇場内に、徐々に映し出された飛行機械。
その背に映し出された二つの人影の内一つに、ねねねは息を呑んだ。
――――ヤバイ。こいつには関わっちゃいけない!
ラッド・ルッソ。
彼女の持つ詳細名簿、そこから作った警戒者リストの中でもブッチギリの異常者だ。
直接の面識はないが、その行動は凄惨にして余りある。
危なかった、うかつに外をウロウロしていたら自分が犠牲者になってもおかしくない。
そう安堵の息を漏らした彼女に届いた呟きは、しかし、つい今しがたの緊張をはるかに上回って彼女を戦慄させた。
「――――シロウ」
◇
明智健吾は、映写室の高みからそれを見守ることしか出来なかった。
いや、側にいたねねねすら何も出来なかったのだ。たとえ自分が下にいたとしても、何も出来なかったろう。
……そう、それは本当に一瞬の事だったのだ。
映写機器にガジェットドローンを接続し、スクリーンに画像が映し出されたのを確認して二人の姿を見つめなおしたその瞬間。
突然観客席からイリヤが立ち上がるなり、一心不乱に劇場の外へと駆け出したのだ。
「バカな! 何を――――」
言いかけ、明智はすぐに平常心を取り戻す。
「――――く、」
無駄口を叩く暇はない。
即座に明智は映写室を飛び出し、階下、入り口を目指す。
と、
「あんたも気付いたか! はやく、あの子を追わないと!」
「菫川先生! 彼女は一体、」
「ああもう、時間が惜しいな!
あの子の家族がいたんだよ、あの機械に。
でもヤバイ、そいつの連れがあまりにもやばすぎる相手なんだ!
あんたにも見せたろ、警戒者リスト!
そん中の殺人鬼――――ラッド・ルッソだ!」
殺人鬼。
その言葉を聞き、明智は事態を即座に理解する。
同時、警視庁の刑事として、即座になすべき事を見出した。
犯罪者を捕らえる。
幾度となく逃した相手、高遠遙一の顔が脳裏に浮かぶ。
犯罪芸術家を自称する悪魔。
そういう連中の毒牙に、イリヤスフィールをかけるわけにはいかないのだ。
普段の冷静さからは想像も出来ないほどの正義感が、明智を昂らせる。
だが――――
「急ぐぞ、イリヤを止めなきゃ!」
興奮したねねね。その息遣いが逆に明智を冷静にさせた。
映画館の外に走りながらも、思考をフル回転させる。
――――イリヤの探し人については、彼女自身から情報を手に入れた。
どう考えても殺戮には走らない、非常に正義感の強い人物であったはずだ。
ねねねや自分の持つリストもそれを裏付ける。
特に、自分のリストには『自称正義の味方』などという蔑称なのだか尊称なのだかよく分からない二つ名までついていた。
そんな人物が、危険な殺人鬼と共に行動するだろうか?
たしかにラッド・ルッソは危険な人物ではあるだろう。
だがしかし、現時点において、会った瞬間に危害を加えられる可能性はあるだろうか。
……答えは否とは言えないにしても、低い。
何故ならば、イリヤの探し人――――衛宮士郎の人格を考えれば明らかだ。
正義の味方を名乗るような人間が、殺戮を許しはしないだろう。
にも関わらず同行しているという事は、無差別な殺人をしている訳ではない可能性が高い。
あくまでも、ねねねの持つリストは所業や能力のみを記したものであり、その人物がどんな人となりをしているかまでは分からないのだ。
むしろ、自分の持つリストの方が性格に関しては深く書かれているかもしれない。
ラッド・ルッソの項に書かれていた記述を思い出す。
“自身を死なないと思っている人間を殺すのが何よりも楽しい”
――――確か、そんな事を書かれていたはずだ。
あの高遠遙一とは違う異常性。
だが――――
「……話が通じない人間ではなさそうです」
話し合いの余地がある。
それだけでも十分、仲間にする、少なくともそれを試みる価値はあるだろう。
殺人鬼というと無差別に殺戮を繰り返す暴力の塊と思われがちだが、実際は非常に高度な知能を持っている場合が多い。
明智の友人、金田一一と同じくIQ180と言われたテッド・バンディ、天才株式投機家ゲイリー・ハイドニックらシリアルキラー。
彼らが大量に殺人を犯せるのは、むしろその頭脳があったからこそ。
警察機構の発達した近代以降においてなお、その網をすり抜けられる程の知性の賜物なのである。
衛宮士郎と行動しているなら、この殺人ゲームに乗った可能性は高くはない。
少なくとも、彼自身は殺す対象を入念に選ぶタイプであるはずだ。
もちろん明智の信念に反する行為ではある。
刑事として、殺人を容認する訳には行かないのだ。
だが、それでも――――
「……背に腹は変えられませんね」
このバトルロワイアルという状況下が既に異常なのだ。
掴める物なら藁でも掴んだ方がいい。
少なくとも、衛宮士郎は敵にはならないだろう。
飛行機械も持つ彼らは、戦力としても是非仲間に加えたい。
……だがしかし、これらはあくまでも
『衛宮士郎とラッド・ルッソが共に行動している』
という状況証拠からの推測に過ぎないのだ。
仮に衛宮士郎が、何らかの手段で洗脳され、ラッドに付き従っているとしたらどうだろう。
その場合、ラッドが主催者に乗っている可能性は捨てきれない。
不安要素は他にもいくらでもある。
だがそれでも、明智はリスクよりもリターンを得ることを選択した。
それ以上に昂るのは、彼の自尊心、否、義憤だ。
あの小さな子一人守れないようで、何が刑事だろうか!
このゲームから脱出するために、一つでも可能性を減らさない為に。
たとえ殺人鬼であろうとも、同胞として御しきってみせようと。
……この決断が何をもたらすのかは、まだ誰も知ることはない。
走り出してどれだけ経ったろうか。
ようやくイリヤの背を見つけた、その先にいたのは映像通りの姿の二人であり――――
◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
フラップターを駆り、先刻の死地の上空に向かって数十分。
ロイドから預かった支給品一式をラッドから渡され、傷の手当と食事を取った士郎は、ラッドと市街地跡に向かっていた。
悟られないようにする為に未だに煙の立ち込める中央部に直接向かうことはせず、
あえて北側から回り込むことで行きと違う道程を選んだ彼らは、鴇羽舞衣を遠目から偵察する予定だった。
鴇羽舞衣はすぐ見つかった。見つかった事は見つかったのだが。
「おいおいおいおい、やべえ。やべえな。
やばい、ヤバイよヤバイヤバイヤバイヤバイ。
なになにまだまだ殺しあってんの? すげえ体力だなおい、って、よく見りゃあれはあの糞ジジィじゃねえか!
舞衣ちゃんも揃ってなんつーメインディッシュだよオイ!
よし決めた、殺す。すぐ殺す。
丁度いいじゃねえか、あそこで殺しあってる3人は、俺に殺される事は全く想定してないだろうなあ!
楽しいだろな、楽しいだろうなあ!
目の前しか見えてない連中が、自分がちぃーーーーーーーーっとも考えてない方向から、
思ってもない人間から殺されるってのはよぉ!
自分を殺すとしたら今戦ってる相手だ、そう思い込んでるんだろうなあ奴らは!
そいつらにとって、予期しない死因ってのはどう感じるものなんだろうな、まあ俺な訳だが。
ヒャァハハハハハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハッハハハハハッ!!」
彼らが見たものは、東方不敗と舞衣、そしてDボゥイの戦闘だった。
その中の二人、舞衣と東方不敗に因縁のあるラッドはその姿を目に入れた瞬間、いきなりテンションを最大値まで上げたのだ。
先刻までの頭脳明晰さとの落差。
そこに、得体の知れない感情を抱きながらも、衛宮士郎は怯まない。
「くそ、オイ、落ち着けラッド。
戦力が集まるまで仕掛けないって言ったのはお前じゃないかよ、さすがに分が悪い!」
ここは、先ほどのままだ。
ついさっきまで生きていた人間が死に、そして二度と戻らない。
破壊の限りを尽くされた建物と同じく、朽ちて滅ぶだけだ。
自分を助けてくれた命は確かにあったというのに、それすらも忘れられていく。
衛宮士郎の脳裏にロイドの最後の言葉が浮かぶ。
“君の理想は立派だ。だがそれは、現実を受け入れず駄々捏ねるだけで掴める理想なのかい?”
確かに、自分はあの戦闘を止めたい。今すぐにでも飛び込んで行きたい。
だがしかし、今の自分達の戦力でどうにかできるとは思えない。
特にあの老人は――――桁が違う。
鴇羽舞衣一人なら、まだ説得できると思った。相手も消耗しているからだ。
だが戦闘中に割り込む危険性はその比ではない。
ラッドと二人で相対しても勝てるかも分からない老人に、その上更に二人を相手取る余裕はない。
“君は軍人ではないし、彼とも違う。だけど君が正義の側に立とうとするなら――生きて、理想を貫くことだ”
ラッドが異常にハイになっている分、自分がしっかりしなくてはいけない。
……人を殺す歓喜。そんなものは分からないし、分かりたくもない。
けど、他に分かることがある。ここであそこに向かえばラッドの命すらも危ない。
たとえこんな狂った人間であっても、衛宮士郎は死なせたくないと思う。
正義の味方になる、それを捨てるわけではない。絶対にこの殺し合いを止め、被害者を出させない。
その気持ちに偽りはなく、ラッドだって舞衣だって救いたい。
だが、しかし――――
“わかったら行きなさい。行って、君が信じるべきことをやればいい。あと、もう一つ”
それでも、だからこそ、今自分がここで倒れてはいけないのだ。
ロイドの想いを受け取り、それでいて犬死にしたら一体彼は何の為に死んだのか。
確かに自分の命よりも誰かを救えないのは嫌だ。
ならば、ロイドに、そして、いつかのあの大災害で誰かに救ってもらった命は、どのように使うべきなのか。
気付く。ラッドはある意味、自分と同じだ。
死なないと思っている人を殺すという信念の為なら、自分の事など惜しくはない。
内実の違いはどうあれ、そのスタンスは自分とそっくりだ。
――――自分と良く似た狂人を見ることで、初めて衛宮士郎はその事実に愕然とする。
救うべき命が、現状を全く見ずに死地へと向かう。
こんな事を見過ごさせるためにロイドは命を落としたというのだろうか?
“命を捨てて理想を貫くなんて、そんな矛盾は抱えちゃいけない。矛盾は君を殺すよ。ふふふ……だから、行きなさい”
救ってもらった命の無駄遣いは、救ってくれた人への冒涜だ。
……だから、衛宮士郎は現実を受け止める。
理想を捨てはせず、しかし振り回されることなく。
現実を足場とし、輝くソレに手を届かせる為に。
「……今は、退こうラッド。まずは態勢を整えてから……だ」
震える手で、しかし力を込めてラッドの肩を掴む。
敢えて、衛宮士郎はここを離脱することを選んだのだ。
今は届かなくとも、いずれ誰も彼をも救えるようになるために。
ロイドの言葉は衛宮士郎の信念を揺るがすには至らなかった。
彼は相変わらず理想に準じ、その為ならば自分の命など計算に入れないだろう。
だが、その姿勢を変える事はできたのだ。
現実を踏みしめ、何をすれば誰かを救えるのか。
足下を調べ、どのように進むべきか、それを衛宮士郎は知った。
勿論悔恨は残る。
ここで彼らを放っておいたらどうなるのか、ソレを考えるだけで心が張り裂けそうになる。
だが、力なき正義は無力だ。
先刻ラッドとの会話で述べたように、ラッドの仲間と合流してから。
どういう行動をするにせよ、そちらの方が明らかに勝算は高い。
現実を受け入れず、駄々を捏ねるのはこれで終わりだ。
ロイドは言った。
命を捨てて理想に準ずるのではなく、生きて理想を貫けと。
ゼロに等しい自殺行為よりも、より多くの人を助けられる可能性を。
故に――――
自分の命の為ではなく、いつかの自分が助けられる数多くの人たちのために。
疲労困憊な自分達は、ここで戦いに行っても無意味なのだと、その判断を刃として。
今にも戦いの最中に飛び込んでいきそうな体に理屈と判断を無理矢理刻み込む。
「……市街地中心を迂回できるか? あの戦場には突っ込まないように」
(――――変わった?)
士郎の台詞に何となく違和感を感じて振り返ったラッドは、テンションを急降下させる。
そこに居たのは紛れもなく衛宮士郎だ。だが、先刻までの彼とは何かが違う。
その顔に浮かぶ決意はなんなのか。
ラッドにその心中を知る術はないが、ロイドの死を踏まえた上で、再度戦場に訪れたことで何かを得たのだろうと推察は出来る。
ここは、どうしようもない現実なのだと。無慈悲な殺戮が横行する場所であるのだと。
何にせよ、目の前が見えていない甘ちゃんよりは現実に即した判断の出来る理想家の方が頼りにはなる。
連中を殺す気満々ではいたものの、冷めたテンションで考えてみれば今突っ込んでもロクな結果にはならないだろう。
即座に判断を切り替えられるのが彼の強みだ。
地図を取り出し、進路と目的地の位置を確認、ルートを算出する。
現在位置はC-6北部。C-7北東部、ヨーコの遺体が残され、清麿たちと別れた場所から真西に来たところだ。
目的の総合病院は南南西に存在する。
まっすぐ進めば戦場にぶち当たる為、そこを迂回するには現在の進路からしてC-5経由で進むのがいいだろう。
「……わーった、わーったよ。まあ、元々頭数揃えてからっつー話だったしな。
OK、いったんあっちの映画館の方回りこんでから病院行くが、構わねぇよな」
「……ああ。仲間を連れて、戻ってくるんだ……必ず」
――――そして、この決意が一つの奇跡を呼び寄せる。
数多くいる参加者の内の、ただ一人のちっぽけな変化。
ソレを祝福するかのように、小さな小さな、しかし彼らにとっては何より大きな再会を。
*時系列順で読む
Back:[[拳で語る、漢の美学]] Next:[[全竜交渉(後編)]]
*投下順で読む
Back:[[Clann As Dog]] Next:[[全竜交渉(後編)]]
|169:[[CrazyBoys]]|衛宮士郎|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|169:[[CrazyBoys]]|ラッド・ルッソ|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|175:[[幼年期の終わり]]|イリヤスフィール・フォン・アインツベルン|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|175:[[幼年期の終わり]]|明智健悟|203:[[全竜交渉(後編)]]|
|175:[[幼年期の終わり]]|菫川ねねね|203:[[全竜交渉(後編)]]|
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: