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「カサブタだらけの情熱を忘れたくない」(2022/08/16 (火) 23:34:24) の最新版変更点
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**カサブタだらけの情熱を忘れたくない ◆LXe12sNRSs
先端に鋭さを秘めたシャープなフォルムが、水を切りながら爆音を撒き散らす。
時刻は、一般大衆が通学や出勤に出向く頃。ライトを灯さずとも、前方の様子は楽に把握できた。
水上を駆ける男二人乗りのオートバイ。その運転手が、横目にチラッと視線をやる。
自身が乗る水上バイクなどとは、比べものにもならないほどの巨大な船体――あれが、運転手たちの目的地である豪華客船だろう。
陸地が近づいてくると、水上バイクは徐々にスピードを緩め、適当な桟橋を見つけてそこに停車する。
水上バイクは運転手の付き添いが背負っていた四次元デイパックに収納され、二人は改めて側に聳える巨大船を見やる。
庶民なら誰もが憧れるであろう豪華絢爛な全景。清潔感を漂わせる純白のフォルムは、直視もしがたいほど。
殺し合いという前提を考えれば、臆病者が隠れ家とするのに適しているようにも思える。
逆に、狡猾な殺人者が身を潜める居住区としても使えそうだ。
その巨大すぎる船体からは、人の気配が感じられない。
だが、運転手の男は特別躊躇する様を見せることもなく、豪華客船内へと足を伸ばした。
すっかり明るくなった外とは違い、内部の通路は微かに薄暗い。
何者かが意図的に暗くしているのか、それとも元々この程度の光量なのか。
どちらにせよ、目的の部屋を目指すには十分な照明だった……その目的の部屋が、そもそもどこにあるのかわからないのだが。
二人の男は虱潰しに船内を徘徊し、程なくして食堂室に辿り着いた。
入り口を潜ってみると、そこは今まで通ってきた通路とは違い、眩しいほどに明るい部屋だった。
室内には大きめのテーブルが複数台置かれており、片隅にはバーカウンターまでもが設置されていた。
正に、豪華客船の食堂を名乗るに相応しい広さと言えよう。
見ると、片隅にあるバーカウンターのさらに端っこに、背広の男が一人座っている。
半透明な液体の注がれたワイングラス。両脇には複数のナイフとフォーク。
食堂内に残っていた食材を使って調理したのだろう、食べかけの料理が盛られた銀食器も確認できた。
そして肝心の男はというと、食休みでもしていたのか、手にイタリア語表記のハードカバー小説を携えている。
男は二人の闖入者の存在に気付くと、静かな動作で本を閉じ、立ち上がった。
「なにやら騒がしい声がすると思えば……」
突然の無礼な来客ではあったが、男は礼節の成った作法でそれを歓迎する。
「最初の来訪者があなたとは……いや、些か驚きですよ。剣持警部」
食堂室で対峙する、警察と犯罪者。
犯罪芸術家を自称する『地獄の傀儡師』高遠遙一。
警視庁刑事部捜査一課の警部、剣持勇。
そして彼に同行してここまで来た、ガッシュ・ベル。
異様な空気に包まれる食堂室。
犬猿の関係にある二者の再会は、どのような展開を見せるのか――
◇ ◇ ◇
「さて」
場所は変わらず、食堂室。
ややサイズの余るテーブルを挟み、剣持とガッシュ、高遠の三人は、二体一の形で向かい合っていた。
「さて、じゃねぇ! これはいったいどういうことなのか……説明してもらおうか、高遠遙一ィッ!」
テーブルを叩くと同時に口火を切ったのは、剣持勇だった。
「どういうこと……とはまた、質問の意図が飲み込めませんね。何か疑問点でも?」
「どうもこうも、ガッシュたちを使ってここに人を集めようとしたこと、
俺たちに一時休戦なんつーメッセージを残したこと、その他諸々全部だ!」
テーブルを乗り越えんばかりの勢いで、剣持は高遠に肉薄する。
その迫力たるや、数々の凶悪犯を検挙してきたベテラン刑事ならではの凄みがあったが、高遠もその程度で気圧されたりはしない。
直接的、もしくは間接的に殺人を繰り返し、幾度逮捕されようとすぐに脱獄を果たす、奇術師のような犯罪者。それが高遠遙一だ。
客観的に見れば、豪華客船の食堂室。見方を少し変えれば、殺し合いの一空間。
場の状況を考えるならば、この二通りの答えが出せるだろう。
だが、この二人が一対一となっている今の構図は、実のところ警察署の取調室となんら変わりない。
犯罪を実行する者と、それを暴き裁く者。
正義と悪の関係を明確にするため、刑事である剣持は犯罪者である高遠に詰め寄る。
「私の考えは、そこにいるガッシュ君たちに全てお伝えしたはずですが。
いえ、それでも納得できない。信用などもってのほか。剣持警部、あなたはつまりそう言いたいのでしょう?」
「ああ、そうだ。幻想魔術団の左近寺殺し、その後の脱獄、その他諸々、おまえにゃ罪状が山ほどあるんだ。
いくら今が一大事だからってなぁ、危険な殺人者を野放しにしておくほど、俺も耄碌しちゃいねぇんだよ!」
片や猛剣幕で、片や不敵なほど冷静に、敵同士の間柄にある二人は、口論を続ける。
付き添いでやってきたガッシュは、剣持の態度の変貌ぶりに目を白黒させ、話についていけない様子だった。
そもそもガッシュは、高遠が前科持ちの犯罪者であるという事実すら、今の今まで知らなかったのだ。
お互いの共通認識を元にした会話に、まだ子供のガッシュは、小まめに目配りしながら静聴することしかできない。
「ところで、つかぬことをお聞きしますが……ずいぶんと服が汚れているようですね。なにかあったのですか?」
終着の見えない口論を続ける中、ふと、高遠が剣持の身の汚れを指摘した。
見ると、剣持が普段着としている背広は煤と土に汚れ、少々乱れた頭髪も相まって、どこか草臥れた印象が感じられる。
これは、剣持にとって忘れがたい例の一件――枢木スザクとヴィラルを巻き込んだ紛争、そのときの副産物だ。
その外見は傍から見たらやや汚らしく、街を歩くのも恥ずかしく思えるほど。だが、それがいったいなんだというのか。
「いえ、答えずとも私にはわかりますよ。剣持警部、あなたは既に知っているんじゃないですか? この殺し合いの、実状を」
長く瞬きをしながら、高遠はゆっくりと、そう問いかけた。
「……なにが言いたい?」
「警察という立場からして、現状、最も危険視するべき人物はいったい誰か。その、答えはなにかという話です」
服の汚れを指摘し、そのままの流れから、高遠は含みのある問いを促した。
これがいったいなにを意味するというのか。“いつものように”第三者の立場であったならば、すぐには理解できなかったかもしれない。
だが剣持は、自分の身がどうして汚れたのか、その根底にどんな人物のどのような思惑があったのかを思い出し、言葉を詰まらせた。
声には出さずとも、相手を蔑むような冷笑で剣持を見つめる高遠。
剣持はそんな高遠相手に、普段の覇気ある反論を出せないまま、奥歯を強く噛み締めた。
両者ともにそのまま黙りこくり、しばし睨み合う。
隣で冷や汗を浮かべながら唸るガッシュの声だけが、音として存在した。
「……チッ」
均衡を破るかのように、剣持が舌打ちをした。
テーブルを拳骨で一回殴りつけると、それに驚いたガッシュを促して、椅子から立ち上がる。
「おや、どこへ行かれるのですか?」
「おまえみたいなやつと、一分一秒も同じ空間にいられるか。俺とガッシュは帰る」
高遠とはろくに視線も合わせず、剣持は背を向けて食堂出入り口へと歩を進める。
「まさか、あなたともあろう方が職務放棄ですか?
地獄の傀儡師を前にして、手錠を嵌めるでもなく、武器を奪うでもなく、ただ見逃すと?」
「見逃す? ふざけたことぬかすな。今逮捕しても意味がない、そう考えただけだ」
「なるほど。決着は法が裁きを下せる世界にて……ということですか」
ふふっ、と。今度は声に出しての冷笑。いや、もしくは嘲笑。
剣持はそれに対抗心を燃やしたのか、一度だけ振り向くと、
「勘違いするなよ。おまえがここに立て篭もっている以上、俺はおまえから目を離さん。
逃げようとしたり、怪しい動きを見せようもんなら、力ずくで止めてやる。
なにを企んでるかは知らんがな、これからおまえがやらかすこと、全部俺が見張ってやる。
そこんとこ、肝に銘じとけ!」
そう甲高く言い切ってみせ、顔を赤くしながら再び出入り口へと進み出した。
高遠はその様子を見てやれやれと首を振り、剣持とガッシュが出入り口を潜るか潜らないかというところで、再び、
「ああ、そうそうガッシュ君。そういえば、他のお二人はどうしたのですか?」
と質問し、根が素直なガッシュは、足を止めそれに返答した。
「ウヌウ、アレンビーとキールなら、今は別行動中なのだ。二人とも、今頃は清麿たちを見つけておるかもしれぬ」
「そうですか。では――金田一君や明智君がここに訪れるのも、時間の問題かもしれませんね」
ガッシュの回答にそう返した高遠。その語り口には、確かな含みがあった。
されども、剣持は足を止めない。なにも聞かなかったかのように、足早に食堂室を離れていく。
そのペースに慌てたガッシュも、早足で剣持を追いかけていった。そして、食堂室には高遠一人が残される。
「…………ふぅ」
高遠は深く、呆れた風に溜め息をついた。だが、顔は微かに笑っている。
そのまま立ち上がると、すっかり冷めてしまった朝食を生ゴミに捨て、食器類は適当に流し場に放り込む。
船長室の本棚から持ち出した本はバーカウンターに放置し、そのまま食堂室を出ていく。
その足取りは軽快で、天敵との衝突など微塵も意に介していないようだった。
薄暗い通路を一人歩く高遠の胸中に、どのような思惑が渦巻いていたかはわからない。
確かな事実として、剣持という刑事――脱獄囚の身である高遠にとって最も警戒すべき人物の来訪は、彼になんの変化も与えていなかった。
◇ ◇ ◇
金田一、明智、剣持――高遠を犯罪者であると知る三人が、いつかここを訪れるであろうことは予期していた。
特に、警察であるがため市民の信頼を得やすいであろう明智と剣持の存在は、高遠にとって疎ましいことこの上ない。
が……それも最初期の悩みであり、休戦メッセージを伝えた今となっては、特別慌てることでもなかった。
犯罪者。だがしかし、この世界においては脱出派――高遠が演じている配役がそれだ。
先ほどの剣持のように、自らの職を矛にして無理矢理高遠を処断しようとしても、他者がそれに同調するとは限らない。
剣持に付き添っていたガッシュがいい例だ。
彼は高遠が犯罪者であると知ってなお、最後まで高遠自身に敵意を向けることはなかった。
剣持の証言だけでは、脱出派を自称する高遠を敵と見なすことができなかったのだ。
今の高遠は、言ってみれば『心を入れ替えた元犯罪者』。
個人的な因縁や恨みがあるならともかく、そのような人物を貶めようなど、高遠の犯歴を知らぬ第三者ならまず思わない。
それでもあの剣持は高遠を悪だと断定し、周囲にもそのイメージを植えつけようとするかもしれないが、彼にそこまでの発言能力があるとは思えない。
でも今は悪いことしないって言ってるんだし、ここは信用してあげてもいいんじゃない?――それが良識人として当然の反応だ。
また、そういった力に任せた善悪の断定は、集団の調和を崩しかねず、最悪疑心暗鬼を引き起こす恐れすらある。
さすがの剣持とて、そこまで愚かではないだろう。混乱を防ぐため、高遠の正体を語るかどうか一考するはずだ。
そして恐らく、金田一や明智なら休戦メッセージを聞いた途端に高遠の思惑に気付き、彼の正体を広めることをやめるだろう。
この、誰が敵で誰が味方か、明確な図がない実験場。言葉一つでは、善悪を決定付けることなどできはしない。
警察であろうと、探偵であろうと。
天敵を前にした高遠、彼が成すべきは、慌てふためいて目の前の障害を排除することではない。
あくまでも、善良な高遠遙一として、第三者たちの信頼を築く。金田一、明智、剣持たち以上に。
それが達成できれば、いざ殺人が起こったとしても、高遠が無闇に疑われることはないはずだ。
「……とはいえ、初の来訪者が彼とは、私も運が悪い」
剣持は金田一や明智ほど聡明というわけではないが、正義感だけは人一倍強い。
刑事という職務に誇りを持っている彼だ、金田一たちの言があるならまだしも、単独である限りは高遠を疑い続けるだろう。
彼と行動を共にするらしいガッシュもまた、純真そうな子供であるがゆえに、剣持に肩入れする可能性は高い。
瑣末な勢力には違いないが、後々の障害と成りうるなら、小さな芽の内に葬っておくのも一つの手か。
「と考えたところで、手元にはこの玩具とナイフのみ……リスクや手間、あらゆる面から見ても、それは無茶無謀無駄というものですか」
一頻り考え抜いて――高遠はもといた情報管制室の椅子に腰を下ろす。
監視カメラの映像に人影はなし。剣持とガッシュは、既に船の外に出たらしい。
彼らが今後どうアクションを起こすかはわからないが……どう転んだとしても、それは高遠の思慮の範疇だろう。
この実験の参加者全員が、剣持のような愚直な正義感を持った者でもない限り、高遠の優位は崩れない。
だからこうして、待ちに徹する。剣持の来訪も、結局は些事でしかない。
「……いっそ、金田一君や明智君との正面切っての前面対決というのもおもしろいかもしれませんね」
高遠がフッと微笑んだ――そのときだった。
「――っ!?」
不意に、体が揺れた。体だけではなく、椅子が、床が、天井が、船体自体が揺れている。
(地震? いや――)
ほどなくして揺れは収まった。すぐさま監視カメラで船内を見渡してみるが、特に変わった様子はない。
(外でなにかが起きた――? まさか、あの二人がなにか思慮外のアクションを起こしたというのか?)
剣持とガッシュが船を出て行ってから、そう時間は経っていない。
今の揺れが人為的なものだとしたら、関わっているのは十中八九あの二人に違いない。
(外に出て確かめてみるか……それとも、次の来訪者が訪れるまで待ちに徹するか)
乱れた着衣を整えつつ、高遠は次なるアクションを想定する――
◇ ◇ ◇
豪華客船の停泊する埠頭、その岸壁に腰を下ろし、剣持は煙草を吸いながら海を眺めていた。
吸引した煙を空に吐き捨て、憂鬱顔で波濤の伸び縮みする様を観察している。
その背中にはどこか哀愁が漂っており、背後に立つガッシュが声をかけるのを躊躇うほどだった。
「……なぁにやってんのかねぇ、俺は」
視線を海に向けたまま、剣持が悔いるように呟く。
その様子に黙っていられなくなったガッシュは、躊躇いがちに言葉を投げかける。
「ウヌ……剣持よ、これからいったいどうするのだ? やはり、高遠の言うように他の者を集めるのか? それとも……」
「……正直言うと、まだ悩んでる。刑事として、高遠と仲良しこよしするわけにゃいかんし……
かといって、このまま高遠の正体を悪戯に広めるのも、周りが混乱するだけだ。
だからといって、あいつがなにかやらかすのを黙って見ているわけにもいかん」
「ウヌウ、ならばどうするのだ?」
ガッシュが問いかけると、剣持はまだ火の点いた煙草を地面で消し、立ち上がり際に答える。
「見張る。やつがなにを企んでいようが関係ない。それが実行に移しづらくなるよう、ここで見張り続ける。
俺からことを荒立てる気はないさ。しばらくは、な。……それに、こりゃ情けないことなんだがな。
ここで待ってりゃ、いつか金田一たちもやってくるんじゃないか、あいつらと一緒ならどうにかなるんじゃないか。
そう思うんだよ……そう、相手があの地獄の傀儡師、高遠遙一でも、ってな」
スッと立ち上がった剣持の瞳には、確かな決意の色が浮かんでいた。
正義感に奮い立つ男の佇まい。それは、三十代後半の草臥れた様相を微塵も感じさせない。
金田一や明智のような明晰な頭脳は持ち合わせていない。だが、彼とてノンキャリアで警部の座まで上り詰めた実績を持つ。
その最大の要因が、市民を守りたいという正義感だ。この正義感だけは、誰にも負けない。
出会った頃とはまるで違う印象を肌で感じ、ガッシュはその高い体躯を見上げながら言う。
「私は、高遠のことはよく知らないのだ。だが、どんなに根が悪い者でも、懸命に説得すればわかってくれると思うのだ。
パティやビョンコがそうであったように……だから、剣持が必死に説得すれば、きっと高遠も」
「つまりガッシュ、おまえは高遠を信用したいってわけか?」
「ウヌ……だが、ゾフィスのようにどうしようもなく悪い者もおるのだ……ひょっとしたら、高遠も……」
「おいおい、どっちなんだよ」
言いたいことはわかる。ガッシュも剣持と同じで、高遠については計りかねているのだ。
信じるべきか、疑うべきか。答えが出せないから、こうやって側で見張ることしかできない。
清麿や金田一ならもっとベストな選択ができたのだろうが、この二人ではこれが限界だった。
「なぁガッシュ。おまえ、将来の夢ってなんだ?」
剣持は、申し訳なさそうな顔で立つガッシュに失笑し、こんな質問を投げかける。
「ウヌ? 夢……それならあるぞ! 私の夢は、優しい王様になることなのだ!」
「優しい……王様ぁ~!? くく……くはははは、なんだそりゃ!」
「ヌゥ~! 笑うなんてひどいのだぁ!」
「はははははっ、はっ、いや、すまん。いい夢じゃねぇか、優しい王様、ね」
子供ならではの夢らしい夢、幼稚園児などがよく憧れる「ウルトラマンになりたい!」なんていうのと同程度のものだと思っているのだろう。
魔界の王を決める戦いなどという異世界の抗争は、剣持が知るよしもない話だ。
だが、笑うことなどできはしない。ガッシュにとっては大真面目な『夢』であり、その夢は今も実現に向かっている。
もちろん、剣持とてわざわざ爆笑するためにこのような質問をしたわけではないだろう。
含み笑いの裏に、年の功を感じさせる優しげな眼差しが窺えた。
「ガッシュ。刑事ってのはな、おまえみたいな子供の夢を守るのが仕事なんだよ」
「ヌ?」
剣持の大きな手が、ガッシュの小さな頭を優しく包み込む。
「そりゃ、善悪がはっきり分かれる世界だ。きれいごとだけじゃやっていけないし、汚ねぇ現場もたくさんあった。
だけどな、そういうのは全部、市民の平和と安全を守るためにやってることだ。少なくとも、俺はそのつもりで続けてきた。
けど……俺はここにきていきなり、前途ある若者を死なせちまった。守ってやることができなかったんだ。
クルクル君を殺した野郎のことを考えりゃ、高遠なんかに構ってる暇はないのかもしれない。
……でも、ま、ウダウダ考えても始まんないしな! 俺は俺の職務を全力で全うするだけだ!
ガッシュ……おまえみたいな夢を持った子供を、こんなところで死なせやしない。俺の命に代えてもだ!」
なんという、直向な正義。悪の組織と戦うヒーローなどではない。あくまでも、一人の刑事として。
スザクのときのような悔しい思いをしないためにも、剣持は今ここで、ガッシュに己の職務を果たすことを誓うのだった。
「剣持……」
ガッシュのくりくりとした大きめの瞳が、爛々と輝く。
それは、剣持に対する尊敬の眼差しであるようにも思えた。
「私も……私も! 我が身に変えてでも剣持を守るのだ!」
「見くびるなよ? 俺は子供なんぞに守ってもらわにゃならんほど弱くねぇやい」
「ウヌウ! 私だって、普通の人間よりはずっと丈夫なのだ! いざというときは、剣持の盾にだってなろうぞ!」
ガッシュの人知れぬ決意を他所に、剣持は声に出して呵呵大笑する。
ガッシュが人よりもずっと頑丈な魔物であるなど、やはり剣持は知らない。
その実は人間と魔物だが、剣持にとってはどこまでいっても大人と子供なのだろう。
互いに立場の相違はあれど、信頼する心には変わりない。
剣持はガッシュを、ガッシュは剣持を、ともに共通の信念を燃やす存在だと、認めていた。
「あーその剣持っての、できたらやめてくれないか? 呼び捨てにされるのはまぁ別にいいんだが、子供に苗字を呼び捨てられるってのはなぁ」
「ならば、なんと呼べばいいのだ?」
「剣持さん。もしくは剣持警部」
「ウヌ……長くて呼びにくいのだ」
「ははっ、そうかい。なら下の名前、勇って呼べ。これなら問題ないだろ?」
「ウヌ! では、これからは剣持のことを勇と呼ぶのだ! よろしく頼むぞ勇!」
ガッシュの元気のいい返事を褒めるかのように、剣持は彼の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
異変に気付いたのは、そんなときだった。
「ん? ガッシュ、なんかおまえの背中、光ってるぞ?」
「ウ、ウヌ?」
剣持に指摘され、ガッシュは背負っていたデイパックを下ろす。
その様子は、誰が見てもわかるほどに強く、そして眩しく変貌していた。
「これはどうしたことなのだ……ま、まさか!」
ハッとなにかに気付いたガッシュは、慌てながらもデイパックの口を開き、中から一冊の本を取り出した。
表紙は赤く、裏表紙も赤く、だが眩く発光する本。
懐中電灯のような人工的な光ではなく、線香花火のような幻想的な輝き。
得体の知れぬ光に剣持は首を傾げ、ガッシュは驚きから脱せずにいた。
「光る本とは、またけったいなもんがあるんだなぁ。こいつはガッシュの支給品か?」
「そうだが……なぜ、私の本が輝いているのだ? まさか、近くに清麿が――!?」
本の突然の発光が、パートナーである高嶺清麿の存在を感知したと思ったらしいガッシュは、付近を忙しなく探し回る。
一方の剣持は、不可解な現象にただただ唖然とするばかりだ。
とりあえず、発光の源である赤い本を手に取り、観察してみる。
「豆電球でもくっついてんのか? にしても、難しそうな文字が書かれてんなぁ。何語だこれ?」
表紙を艶かしく見回し、次いでペラペラと中を捲ってみる。
その間際、ガッシュは海に向かって「清麿ォー!」などと叫んでいた。
その声を背景音に、剣持はなおもページを捲る。
すると、あるページに差し掛かったところで、ふと手が止まった。
それまでと同じで、珍妙な文字列が綴られた一頁。だが、そこには剣持が手を止めるだけの理由があった。
「なんだこりゃ……ここだけ読めるぞ? えーと……第一の術……ザケル?」
と、口にした瞬間。
剣持の背後、緩やかな波が漂うだけの水面から、轟音が鳴った。
即座に振り向くと、空中を目視できるほどの強力な電撃が奔り、それが水面に衝突して、巨大な水柱を上げる。
舞い上がった飛沫は雨となって剣持に降り注ぎ、豪華客船は衝撃の余波を受けたのか、微かに揺れていた。
そして剣持はその光景と合わさって、もう一つの衝撃映像も目にしてしまった。
水面を叩いた突然の電撃、それが、岸壁に立つガッシュの口元から放たれたところを。
「……え?」
「……ウヌウ」
開いたままの本を持ち、呆然と立ち尽くす剣持。
電撃を放った反動で、僅かの間気を失っていたガッシュ。
二者が視線を合わせ、それでも状況が飲み込めない。
語るべき事実はただ一つ。
両者が持つ共通観念、正義の心に呼応した赤い魔本が、不思議な力を齎した。
その結果として、清麿にしか読めないはずの本を、剣持が読んでしまった。
つまり、そういうことだ。
【E-3/豪華客船内・情報管制室/1日目/午前】
【高遠遙一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:スペツナズナイフ@現実x6
[道具]:デイバッグ、支給品一式、バルカン300@金色のガッシュベル!!、豪華客船のメインキーと船に関する資料
[思考]
基本行動方針:心の弱いものを殺人者に仕立て上げる。
0:善良な高遠遙一を装う。
1:外の騒ぎを確認しに行くか、ここに留まるか考える。
2:しばらくは客船に近寄ってくる人間に"希望の船"の情報を流し、船へ誘う。状況によって事件を起こす。
3:殺人教唆。自らの手による殺人は足がつかない事を前提。
4:剣持とガッシュのことを気に留めておく。今のところは特に問題ないと判断し、保留。
5:剣持と明智は優先的に死んでもらう。
6:ただし5に拘泥する気はなく、もっと面白そうなことを思いついたらそちらを優先
[備考]
※【希望の船】
高遠が豪華客船に人を集める為に作り上げた嘘。
主な内容としては
・対主催グループの拠点を築く
・船の鍵を探す(実際には高遠が所持)
・金田一達へのメッセージ
で構成されています。
※船の起動に螺旋力が関わっている可能性あり。また他の道具を使って起動できる可能性も。
【E-3/埠頭/1日目/午前】
【剣持勇@金田一少年の事件簿】
[状態]:背中を強く打撲、刑事としての使命感、ヴィラルに対する憎悪、高遠遙一への疑念
[装備]:ガッシュの魔本@金色のガッシュベル!!、巨大ハサミを分解した片方の刃@王ドロボウJING、
スパイクの煙草(マルボロの赤)(18/20)@カウボーイビバップ
[道具]:ドミノのバック×2@カウボーイビバップ
[思考]
基本:殺し合いを止める
1:……え?
2:豪華客船付近に留まり、高遠が行動を起こさないか見張る。
3:高遠の言葉に乗って集まってきた人物の対処をどうするか考える。
4:殺し合いに乗っている者を無力化・確保する。
5:殺し合いに乗っていない弱者を保護する。
6:情報を収集する。
[備考]
※高遠揺一の存在を知っているどこかから参戦しています。
※スザクの知り合い、その関係について知りました。(一応真実だとして受け止めています)
※ヴィラルがどうなったのかを知りません。
※ガッシュ、アレンビー、キールと情報交換済み
※高遠を信用すべきか疑うべきか、計りかねています。
※ガッシュの持っていた名簿から、金田一、明智、高遠が参加していることを把握しました。
※ビシャスの日本刀は、持ち運びにくいためガッシュのデイパックに移しました。
【ガッシュ・ベル@金色のガッシュベル!!】
[状態]:健康、おでこに少々擦り傷
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ウォンのチョコ詰め合わせ@機動武闘伝Gガンダム、ビシャスの日本刀@カウボーイビバップ、水上オートバイ
[思考]
基本:螺旋王を見つけ出してバオウ・ザケルガ!!
1:……ウヌウ。
2:なんとしてでも高嶺清麿と再会する。
3:剣持と行動。剣持を守る。
4:ジンとドモンと金田一と明智を捜す。
[備考]
※高遠を信用すべきか疑うべきか、計りかねています。
※剣持、アレンビー、キールと情報交換済み
※聞き逃した第一放送の内容を剣持から聞きました。
*時系列順で読む
Back:[[賽は投げられた]] Next:[[POROROCCANO! -ポロロッカーノ-]]
*投下順で読む
Back:[[賽は投げられた]] Next:[[来るなら来い! 復讐のイシュヴァール人!]]
|085:[[希望の船、絶望の城]]|高遠遙一|157:[[疑う剣持]]|
|107:[[剣持警部は忠実に職務を遂行する]]|剣持勇|157:[[疑う剣持]]|
|107:[[剣持警部は忠実に職務を遂行する]]|ガッシュ・ベル|157:[[疑う剣持]]|
**カサブタだらけの情熱を忘れたくない ◆LXe12sNRSs
先端に鋭さを秘めたシャープなフォルムが、水を切りながら爆音を撒き散らす。
時刻は、一般大衆が通学や出勤に出向く頃。ライトを灯さずとも、前方の様子は楽に把握できた。
水上を駆ける男二人乗りのオートバイ。その運転手が、横目にチラッと視線をやる。
自身が乗る水上バイクなどとは、比べものにもならないほどの巨大な船体――あれが、運転手たちの目的地である豪華客船だろう。
陸地が近づいてくると、水上バイクは徐々にスピードを緩め、適当な桟橋を見つけてそこに停車する。
水上バイクは運転手の付き添いが背負っていた四次元デイパックに収納され、二人は改めて側に聳える巨大船を見やる。
庶民なら誰もが憧れるであろう豪華絢爛な全景。清潔感を漂わせる純白のフォルムは、直視もしがたいほど。
殺し合いという前提を考えれば、臆病者が隠れ家とするのに適しているようにも思える。
逆に、狡猾な殺人者が身を潜める居住区としても使えそうだ。
その巨大すぎる船体からは、人の気配が感じられない。
だが、運転手の男は特別躊躇する様を見せることもなく、豪華客船内へと足を伸ばした。
すっかり明るくなった外とは違い、内部の通路は微かに薄暗い。
何者かが意図的に暗くしているのか、それとも元々この程度の光量なのか。
どちらにせよ、目的の部屋を目指すには十分な照明だった……その目的の部屋が、そもそもどこにあるのかわからないのだが。
二人の男は虱潰しに船内を徘徊し、程なくして食堂室に辿り着いた。
入り口を潜ってみると、そこは今まで通ってきた通路とは違い、眩しいほどに明るい部屋だった。
室内には大きめのテーブルが複数台置かれており、片隅にはバーカウンターまでもが設置されていた。
正に、豪華客船の食堂を名乗るに相応しい広さと言えよう。
見ると、片隅にあるバーカウンターのさらに端っこに、背広の男が一人座っている。
半透明な液体の注がれたワイングラス。両脇には複数のナイフとフォーク。
食堂内に残っていた食材を使って調理したのだろう、食べかけの料理が盛られた銀食器も確認できた。
そして肝心の男はというと、食休みでもしていたのか、手にイタリア語表記のハードカバー小説を携えている。
男は二人の闖入者の存在に気付くと、静かな動作で本を閉じ、立ち上がった。
「なにやら騒がしい声がすると思えば……」
突然の無礼な来客ではあったが、男は礼節の成った作法でそれを歓迎する。
「最初の来訪者があなたとは……いや、些か驚きですよ。剣持警部」
食堂室で対峙する、警察と犯罪者。
犯罪芸術家を自称する『地獄の傀儡師』高遠遙一。
警視庁刑事部捜査一課の警部、剣持勇。
そして彼に同行してここまで来た、ガッシュ・ベル。
異様な空気に包まれる食堂室。
犬猿の関係にある二者の再会は、どのような展開を見せるのか――
◇ ◇ ◇
「さて」
場所は変わらず、食堂室。
ややサイズの余るテーブルを挟み、剣持とガッシュ、高遠の三人は、二体一の形で向かい合っていた。
「さて、じゃねぇ! これはいったいどういうことなのか……説明してもらおうか、高遠遙一ィッ!」
テーブルを叩くと同時に口火を切ったのは、剣持勇だった。
「どういうこと……とはまた、質問の意図が飲み込めませんね。何か疑問点でも?」
「どうもこうも、ガッシュたちを使ってここに人を集めようとしたこと、
俺たちに一時休戦なんつーメッセージを残したこと、その他諸々全部だ!」
テーブルを乗り越えんばかりの勢いで、剣持は高遠に肉薄する。
その迫力たるや、数々の凶悪犯を検挙してきたベテラン刑事ならではの凄みがあったが、高遠もその程度で気圧されたりはしない。
直接的、もしくは間接的に殺人を繰り返し、幾度逮捕されようとすぐに脱獄を果たす、奇術師のような犯罪者。それが高遠遙一だ。
客観的に見れば、豪華客船の食堂室。見方を少し変えれば、殺し合いの一空間。
場の状況を考えるならば、この二通りの答えが出せるだろう。
だが、この二人が一対一となっている今の構図は、実のところ警察署の取調室となんら変わりない。
犯罪を実行する者と、それを暴き裁く者。
正義と悪の関係を明確にするため、刑事である剣持は犯罪者である高遠に詰め寄る。
「私の考えは、そこにいるガッシュ君たちに全てお伝えしたはずですが。
いえ、それでも納得できない。信用などもってのほか。剣持警部、あなたはつまりそう言いたいのでしょう?」
「ああ、そうだ。幻想魔術団の左近寺殺し、その後の脱獄、その他諸々、おまえにゃ罪状が山ほどあるんだ。
いくら今が一大事だからってなぁ、危険な殺人者を野放しにしておくほど、俺も耄碌しちゃいねぇんだよ!」
片や猛剣幕で、片や不敵なほど冷静に、敵同士の間柄にある二人は、口論を続ける。
付き添いでやってきたガッシュは、剣持の態度の変貌ぶりに目を白黒させ、話についていけない様子だった。
そもそもガッシュは、高遠が前科持ちの犯罪者であるという事実すら、今の今まで知らなかったのだ。
お互いの共通認識を元にした会話に、まだ子供のガッシュは、小まめに目配りしながら静聴することしかできない。
「ところで、つかぬことをお聞きしますが……ずいぶんと服が汚れているようですね。なにかあったのですか?」
終着の見えない口論を続ける中、ふと、高遠が剣持の身の汚れを指摘した。
見ると、剣持が普段着としている背広は煤と土に汚れ、少々乱れた頭髪も相まって、どこか草臥れた印象が感じられる。
これは、剣持にとって忘れがたい例の一件――枢木スザクとヴィラルを巻き込んだ紛争、そのときの副産物だ。
その外見は傍から見たらやや汚らしく、街を歩くのも恥ずかしく思えるほど。だが、それがいったいなんだというのか。
「いえ、答えずとも私にはわかりますよ。剣持警部、あなたは既に知っているんじゃないですか? この殺し合いの、実状を」
長く瞬きをしながら、高遠はゆっくりと、そう問いかけた。
「……なにが言いたい?」
「警察という立場からして、現状、最も危険視するべき人物はいったい誰か。その、答えはなにかという話です」
服の汚れを指摘し、そのままの流れから、高遠は含みのある問いを促した。
これがいったいなにを意味するというのか。“いつものように”第三者の立場であったならば、すぐには理解できなかったかもしれない。
だが剣持は、自分の身がどうして汚れたのか、その根底にどんな人物のどのような思惑があったのかを思い出し、言葉を詰まらせた。
声には出さずとも、相手を蔑むような冷笑で剣持を見つめる高遠。
剣持はそんな高遠相手に、普段の覇気ある反論を出せないまま、奥歯を強く噛み締めた。
両者ともにそのまま黙りこくり、しばし睨み合う。
隣で冷や汗を浮かべながら唸るガッシュの声だけが、音として存在した。
「……チッ」
均衡を破るかのように、剣持が舌打ちをした。
テーブルを拳骨で一回殴りつけると、それに驚いたガッシュを促して、椅子から立ち上がる。
「おや、どこへ行かれるのですか?」
「おまえみたいなやつと、一分一秒も同じ空間にいられるか。俺とガッシュは帰る」
高遠とはろくに視線も合わせず、剣持は背を向けて食堂出入り口へと歩を進める。
「まさか、あなたともあろう方が職務放棄ですか?
地獄の傀儡師を前にして、手錠を嵌めるでもなく、武器を奪うでもなく、ただ見逃すと?」
「見逃す? ふざけたことぬかすな。今逮捕しても意味がない、そう考えただけだ」
「なるほど。決着は法が裁きを下せる世界にて……ということですか」
ふふっ、と。今度は声に出しての冷笑。いや、もしくは嘲笑。
剣持はそれに対抗心を燃やしたのか、一度だけ振り向くと、
「勘違いするなよ。おまえがここに立て篭もっている以上、俺はおまえから目を離さん。
逃げようとしたり、怪しい動きを見せようもんなら、力ずくで止めてやる。
なにを企んでるかは知らんがな、これからおまえがやらかすこと、全部俺が見張ってやる。
そこんとこ、肝に銘じとけ!」
そう甲高く言い切ってみせ、顔を赤くしながら再び出入り口へと進み出した。
高遠はその様子を見てやれやれと首を振り、剣持とガッシュが出入り口を潜るか潜らないかというところで、再び、
「ああ、そうそうガッシュ君。そういえば、他のお二人はどうしたのですか?」
と質問し、根が素直なガッシュは、足を止めそれに返答した。
「ウヌウ、アレンビーとキールなら、今は別行動中なのだ。二人とも、今頃は清麿たちを見つけておるかもしれぬ」
「そうですか。では――金田一君や明智君がここに訪れるのも、時間の問題かもしれませんね」
ガッシュの回答にそう返した高遠。その語り口には、確かな含みがあった。
されども、剣持は足を止めない。なにも聞かなかったかのように、足早に食堂室を離れていく。
そのペースに慌てたガッシュも、早足で剣持を追いかけていった。そして、食堂室には高遠一人が残される。
「…………ふぅ」
高遠は深く、呆れた風に溜め息をついた。だが、顔は微かに笑っている。
そのまま立ち上がると、すっかり冷めてしまった朝食を生ゴミに捨て、食器類は適当に流し場に放り込む。
船長室の本棚から持ち出した本はバーカウンターに放置し、そのまま食堂室を出ていく。
その足取りは軽快で、天敵との衝突など微塵も意に介していないようだった。
薄暗い通路を一人歩く高遠の胸中に、どのような思惑が渦巻いていたかはわからない。
確かな事実として、剣持という刑事――脱獄囚の身である高遠にとって最も警戒すべき人物の来訪は、彼になんの変化も与えていなかった。
◇ ◇ ◇
金田一、明智、剣持――高遠を犯罪者であると知る三人が、いつかここを訪れるであろうことは予期していた。
特に、警察であるがため市民の信頼を得やすいであろう明智と剣持の存在は、高遠にとって疎ましいことこの上ない。
が……それも最初期の悩みであり、休戦メッセージを伝えた今となっては、特別慌てることでもなかった。
犯罪者。だがしかし、この世界においては脱出派――高遠が演じている配役がそれだ。
先ほどの剣持のように、自らの職を矛にして無理矢理高遠を処断しようとしても、他者がそれに同調するとは限らない。
剣持に付き添っていたガッシュがいい例だ。
彼は高遠が犯罪者であると知ってなお、最後まで高遠自身に敵意を向けることはなかった。
剣持の証言だけでは、脱出派を自称する高遠を敵と見なすことができなかったのだ。
今の高遠は、言ってみれば『心を入れ替えた元犯罪者』。
個人的な因縁や恨みがあるならともかく、そのような人物を貶めようなど、高遠の犯歴を知らぬ第三者ならまず思わない。
それでもあの剣持は高遠を悪だと断定し、周囲にもそのイメージを植えつけようとするかもしれないが、彼にそこまでの発言能力があるとは思えない。
でも今は悪いことしないって言ってるんだし、ここは信用してあげてもいいんじゃない?――それが良識人として当然の反応だ。
また、そういった力に任せた善悪の断定は、集団の調和を崩しかねず、最悪疑心暗鬼を引き起こす恐れすらある。
さすがの剣持とて、そこまで愚かではないだろう。混乱を防ぐため、高遠の正体を語るかどうか一考するはずだ。
そして恐らく、金田一や明智なら休戦メッセージを聞いた途端に高遠の思惑に気付き、彼の正体を広めることをやめるだろう。
この、誰が敵で誰が味方か、明確な図がない実験場。言葉一つでは、善悪を決定付けることなどできはしない。
警察であろうと、探偵であろうと。
天敵を前にした高遠、彼が成すべきは、慌てふためいて目の前の障害を排除することではない。
あくまでも、善良な高遠遙一として、第三者たちの信頼を築く。金田一、明智、剣持たち以上に。
それが達成できれば、いざ殺人が起こったとしても、高遠が無闇に疑われることはないはずだ。
「……とはいえ、初の来訪者が彼とは、私も運が悪い」
剣持は金田一や明智ほど聡明というわけではないが、正義感だけは人一倍強い。
刑事という職務に誇りを持っている彼だ、金田一たちの言があるならまだしも、単独である限りは高遠を疑い続けるだろう。
彼と行動を共にするらしいガッシュもまた、純真そうな子供であるがゆえに、剣持に肩入れする可能性は高い。
瑣末な勢力には違いないが、後々の障害と成りうるなら、小さな芽の内に葬っておくのも一つの手か。
「と考えたところで、手元にはこの玩具とナイフのみ……リスクや手間、あらゆる面から見ても、それは無茶無謀無駄というものですか」
一頻り考え抜いて――高遠はもといた情報管制室の椅子に腰を下ろす。
監視カメラの映像に人影はなし。剣持とガッシュは、既に船の外に出たらしい。
彼らが今後どうアクションを起こすかはわからないが……どう転んだとしても、それは高遠の思慮の範疇だろう。
この実験の参加者全員が、剣持のような愚直な正義感を持った者でもない限り、高遠の優位は崩れない。
だからこうして、待ちに徹する。剣持の来訪も、結局は些事でしかない。
「……いっそ、金田一君や明智君との正面切っての前面対決というのもおもしろいかもしれませんね」
高遠がフッと微笑んだ――そのときだった。
「――っ!?」
不意に、体が揺れた。体だけではなく、椅子が、床が、天井が、船体自体が揺れている。
(地震? いや――)
ほどなくして揺れは収まった。すぐさま監視カメラで船内を見渡してみるが、特に変わった様子はない。
(外でなにかが起きた――? まさか、あの二人がなにか思慮外のアクションを起こしたというのか?)
剣持とガッシュが船を出て行ってから、そう時間は経っていない。
今の揺れが人為的なものだとしたら、関わっているのは十中八九あの二人に違いない。
(外に出て確かめてみるか……それとも、次の来訪者が訪れるまで待ちに徹するか)
乱れた着衣を整えつつ、高遠は次なるアクションを想定する――
◇ ◇ ◇
豪華客船の停泊する埠頭、その岸壁に腰を下ろし、剣持は煙草を吸いながら海を眺めていた。
吸引した煙を空に吐き捨て、憂鬱顔で波濤の伸び縮みする様を観察している。
その背中にはどこか哀愁が漂っており、背後に立つガッシュが声をかけるのを躊躇うほどだった。
「……なぁにやってんのかねぇ、俺は」
視線を海に向けたまま、剣持が悔いるように呟く。
その様子に黙っていられなくなったガッシュは、躊躇いがちに言葉を投げかける。
「ウヌ……剣持よ、これからいったいどうするのだ? やはり、高遠の言うように他の者を集めるのか? それとも……」
「……正直言うと、まだ悩んでる。刑事として、高遠と仲良しこよしするわけにゃいかんし……
かといって、このまま高遠の正体を悪戯に広めるのも、周りが混乱するだけだ。
だからといって、あいつがなにかやらかすのを黙って見ているわけにもいかん」
「ウヌウ、ならばどうするのだ?」
ガッシュが問いかけると、剣持はまだ火の点いた煙草を地面で消し、立ち上がり際に答える。
「見張る。やつがなにを企んでいようが関係ない。それが実行に移しづらくなるよう、ここで見張り続ける。
俺からことを荒立てる気はないさ。しばらくは、な。……それに、こりゃ情けないことなんだがな。
ここで待ってりゃ、いつか金田一たちもやってくるんじゃないか、あいつらと一緒ならどうにかなるんじゃないか。
そう思うんだよ……そう、相手があの地獄の傀儡師、高遠遙一でも、ってな」
スッと立ち上がった剣持の瞳には、確かな決意の色が浮かんでいた。
正義感に奮い立つ男の佇まい。それは、三十代後半の草臥れた様相を微塵も感じさせない。
金田一や明智のような明晰な頭脳は持ち合わせていない。だが、彼とてノンキャリアで警部の座まで上り詰めた実績を持つ。
その最大の要因が、市民を守りたいという正義感だ。この正義感だけは、誰にも負けない。
出会った頃とはまるで違う印象を肌で感じ、ガッシュはその高い体躯を見上げながら言う。
「私は、高遠のことはよく知らないのだ。だが、どんなに根が悪い者でも、懸命に説得すればわかってくれると思うのだ。
パティやビョンコがそうであったように……だから、剣持が必死に説得すれば、きっと高遠も」
「つまりガッシュ、おまえは高遠を信用したいってわけか?」
「ウヌ……だが、ゾフィスのようにどうしようもなく悪い者もおるのだ……ひょっとしたら、高遠も……」
「おいおい、どっちなんだよ」
言いたいことはわかる。ガッシュも剣持と同じで、高遠については計りかねているのだ。
信じるべきか、疑うべきか。答えが出せないから、こうやって側で見張ることしかできない。
清麿や金田一ならもっとベストな選択ができたのだろうが、この二人ではこれが限界だった。
「なぁガッシュ。おまえ、将来の夢ってなんだ?」
剣持は、申し訳なさそうな顔で立つガッシュに失笑し、こんな質問を投げかける。
「ウヌ? 夢……それならあるぞ! 私の夢は、優しい王様になることなのだ!」
「優しい……王様ぁ~!? くく……くはははは、なんだそりゃ!」
「ヌゥ~! 笑うなんてひどいのだぁ!」
「はははははっ、はっ、いや、すまん。いい夢じゃねぇか、優しい王様、ね」
子供ならではの夢らしい夢、幼稚園児などがよく憧れる「ウルトラマンになりたい!」なんていうのと同程度のものだと思っているのだろう。
魔界の王を決める戦いなどという異世界の抗争は、剣持が知るよしもない話だ。
だが、笑うことなどできはしない。ガッシュにとっては大真面目な『夢』であり、その夢は今も実現に向かっている。
もちろん、剣持とてわざわざ爆笑するためにこのような質問をしたわけではないだろう。
含み笑いの裏に、年の功を感じさせる優しげな眼差しが窺えた。
「ガッシュ。刑事ってのはな、おまえみたいな子供の夢を守るのが仕事なんだよ」
「ヌ?」
剣持の大きな手が、ガッシュの小さな頭を優しく包み込む。
「そりゃ、善悪がはっきり分かれる世界だ。きれいごとだけじゃやっていけないし、汚ねぇ現場もたくさんあった。
だけどな、そういうのは全部、市民の平和と安全を守るためにやってることだ。少なくとも、俺はそのつもりで続けてきた。
けど……俺はここにきていきなり、前途ある若者を死なせちまった。守ってやることができなかったんだ。
クルクル君を殺した野郎のことを考えりゃ、高遠なんかに構ってる暇はないのかもしれない。
……でも、ま、ウダウダ考えても始まんないしな! 俺は俺の職務を全力で全うするだけだ!
ガッシュ……おまえみたいな夢を持った子供を、こんなところで死なせやしない。俺の命に代えてもだ!」
なんという、直向な正義。悪の組織と戦うヒーローなどではない。あくまでも、一人の刑事として。
スザクのときのような悔しい思いをしないためにも、剣持は今ここで、ガッシュに己の職務を果たすことを誓うのだった。
「剣持……」
ガッシュのくりくりとした大きめの瞳が、爛々と輝く。
それは、剣持に対する尊敬の眼差しであるようにも思えた。
「私も……私も! 我が身に変えてでも剣持を守るのだ!」
「見くびるなよ? 俺は子供なんぞに守ってもらわにゃならんほど弱くねぇやい」
「ウヌウ! 私だって、普通の人間よりはずっと丈夫なのだ! いざというときは、剣持の盾にだってなろうぞ!」
ガッシュの人知れぬ決意を他所に、剣持は声に出して呵呵大笑する。
ガッシュが人よりもずっと頑丈な魔物であるなど、やはり剣持は知らない。
その実は人間と魔物だが、剣持にとってはどこまでいっても大人と子供なのだろう。
互いに立場の相違はあれど、信頼する心には変わりない。
剣持はガッシュを、ガッシュは剣持を、ともに共通の信念を燃やす存在だと、認めていた。
「あーその剣持っての、できたらやめてくれないか? 呼び捨てにされるのはまぁ別にいいんだが、子供に苗字を呼び捨てられるってのはなぁ」
「ならば、なんと呼べばいいのだ?」
「剣持さん。もしくは剣持警部」
「ウヌ……長くて呼びにくいのだ」
「ははっ、そうかい。なら下の名前、勇って呼べ。これなら問題ないだろ?」
「ウヌ! では、これからは剣持のことを勇と呼ぶのだ! よろしく頼むぞ勇!」
ガッシュの元気のいい返事を褒めるかのように、剣持は彼の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
異変に気付いたのは、そんなときだった。
「ん? ガッシュ、なんかおまえの背中、光ってるぞ?」
「ウ、ウヌ?」
剣持に指摘され、ガッシュは背負っていたデイパックを下ろす。
その様子は、誰が見てもわかるほどに強く、そして眩しく変貌していた。
「これはどうしたことなのだ……ま、まさか!」
ハッとなにかに気付いたガッシュは、慌てながらもデイパックの口を開き、中から一冊の本を取り出した。
表紙は赤く、裏表紙も赤く、だが眩く発光する本。
懐中電灯のような人工的な光ではなく、線香花火のような幻想的な輝き。
得体の知れぬ光に剣持は首を傾げ、ガッシュは驚きから脱せずにいた。
「光る本とは、またけったいなもんがあるんだなぁ。こいつはガッシュの支給品か?」
「そうだが……なぜ、私の本が輝いているのだ? まさか、近くに清麿が――!?」
本の突然の発光が、パートナーである高嶺清麿の存在を感知したと思ったらしいガッシュは、付近を忙しなく探し回る。
一方の剣持は、不可解な現象にただただ唖然とするばかりだ。
とりあえず、発光の源である赤い本を手に取り、観察してみる。
「豆電球でもくっついてんのか? にしても、難しそうな文字が書かれてんなぁ。何語だこれ?」
表紙を艶かしく見回し、次いでペラペラと中を捲ってみる。
その間際、ガッシュは海に向かって「清麿ォー!」などと叫んでいた。
その声を背景音に、剣持はなおもページを捲る。
すると、あるページに差し掛かったところで、ふと手が止まった。
それまでと同じで、珍妙な文字列が綴られた一頁。だが、そこには剣持が手を止めるだけの理由があった。
「なんだこりゃ……ここだけ読めるぞ? えーと……第一の術……ザケル?」
と、口にした瞬間。
剣持の背後、緩やかな波が漂うだけの水面から、轟音が鳴った。
即座に振り向くと、空中を目視できるほどの強力な電撃が奔り、それが水面に衝突して、巨大な水柱を上げる。
舞い上がった飛沫は雨となって剣持に降り注ぎ、豪華客船は衝撃の余波を受けたのか、微かに揺れていた。
そして剣持はその光景と合わさって、もう一つの衝撃映像も目にしてしまった。
水面を叩いた突然の電撃、それが、岸壁に立つガッシュの口元から放たれたところを。
「……え?」
「……ウヌウ」
開いたままの本を持ち、呆然と立ち尽くす剣持。
電撃を放った反動で、僅かの間気を失っていたガッシュ。
二者が視線を合わせ、それでも状況が飲み込めない。
語るべき事実はただ一つ。
両者が持つ共通観念、正義の心に呼応した赤い魔本が、不思議な力を齎した。
その結果として、清麿にしか読めないはずの本を、剣持が読んでしまった。
つまり、そういうことだ。
【E-3/豪華客船内・情報管制室/1日目/午前】
【高遠遙一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:スペツナズナイフ@現実x6
[道具]:デイバッグ、支給品一式、バルカン300@金色のガッシュベル!!、豪華客船のメインキーと船に関する資料
[思考]
基本行動方針:心の弱いものを殺人者に仕立て上げる。
0:善良な高遠遙一を装う。
1:外の騒ぎを確認しに行くか、ここに留まるか考える。
2:しばらくは客船に近寄ってくる人間に"希望の船"の情報を流し、船へ誘う。状況によって事件を起こす。
3:殺人教唆。自らの手による殺人は足がつかない事を前提。
4:剣持とガッシュのことを気に留めておく。今のところは特に問題ないと判断し、保留。
5:剣持と明智は優先的に死んでもらう。
6:ただし5に拘泥する気はなく、もっと面白そうなことを思いついたらそちらを優先
[備考]
※【希望の船】
高遠が豪華客船に人を集める為に作り上げた嘘。
主な内容としては
・対主催グループの拠点を築く
・船の鍵を探す(実際には高遠が所持)
・金田一達へのメッセージ
で構成されています。
※船の起動に螺旋力が関わっている可能性あり。また他の道具を使って起動できる可能性も。
【E-3/埠頭/1日目/午前】
【剣持勇@金田一少年の事件簿】
[状態]:背中を強く打撲、刑事としての使命感、ヴィラルに対する憎悪、高遠遙一への疑念
[装備]:ガッシュの魔本@金色のガッシュベル!!、巨大ハサミを分解した片方の刃@王ドロボウJING
スパイクの煙草(マルボロの赤)(18/20)@カウボーイビバップ
[道具]:ドミノのバック×2@カウボーイビバップ
[思考]
基本:殺し合いを止める
1:……え?
2:豪華客船付近に留まり、高遠が行動を起こさないか見張る。
3:高遠の言葉に乗って集まってきた人物の対処をどうするか考える。
4:殺し合いに乗っている者を無力化・確保する。
5:殺し合いに乗っていない弱者を保護する。
6:情報を収集する。
[備考]
※高遠揺一の存在を知っているどこかから参戦しています。
※スザクの知り合い、その関係について知りました。(一応真実だとして受け止めています)
※ヴィラルがどうなったのかを知りません。
※ガッシュ、アレンビー、キールと情報交換済み
※高遠を信用すべきか疑うべきか、計りかねています。
※ガッシュの持っていた名簿から、金田一、明智、高遠が参加していることを把握しました。
※ビシャスの日本刀は、持ち運びにくいためガッシュのデイパックに移しました。
【ガッシュ・ベル@金色のガッシュベル!!】
[状態]:健康、おでこに少々擦り傷
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ウォンのチョコ詰め合わせ@機動武闘伝Gガンダム、ビシャスの日本刀@カウボーイビバップ、水上オートバイ
[思考]
基本:螺旋王を見つけ出してバオウ・ザケルガ!!
1:……ウヌウ。
2:なんとしてでも高嶺清麿と再会する。
3:剣持と行動。剣持を守る。
4:ジンとドモンと金田一と明智を捜す。
[備考]
※高遠を信用すべきか疑うべきか、計りかねています。
※剣持、アレンビー、キールと情報交換済み
※聞き逃した第一放送の内容を剣持から聞きました。
*時系列順で読む
Back:[[賽は投げられた]] Next:[[POROROCCANO! -ポロロッカーノ-]]
*投下順で読む
Back:[[賽は投げられた]] Next:[[来るなら来い! 復讐のイシュヴァール人!]]
|085:[[希望の船、絶望の城]]|高遠遙一|157:[[疑う剣持]]|
|107:[[剣持警部は忠実に職務を遂行する]]|剣持勇|157:[[疑う剣持]]|
|107:[[剣持警部は忠実に職務を遂行する]]|ガッシュ・ベル|157:[[疑う剣持]]|
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