HAPPY END(7)◆ANI2to4ndE




「……あ、危なかった」
「き、ききき……危機一髪でしたね……」

現れたカグツチを前に戦意を滾らせているチミルフとは対照的に、舞衣とゆたかは何とか一命を取り留めた事実に安堵していた。

もう、完全にダメなんじゃないか……あの時、ゆたかは思ったのだ。
だが、舞衣のカグツチとエレメントのバリア能力で瓦礫の雪崩をモロに浴びることだけは回避出来た。
召喚すればビルが倒壊してしまうことは分かっていたため、土壇場まで実行には移せなかったそうだが……。
まさに九死に一生を拾うシチュエーションと言える。

先を走っていたスパイク達は上手く脱出出来ているだろうか。
瓦礫の山に押し潰されて死ぬ、という事柄に彼女はトラウマがあった。

大怪球フォーグラー、そして――明智健悟の最期。

ゆたか自身の暴走が引き金となって起こった大惨事も似た状況だった。

「……ゆたか」
「え?」
「皆のことを心配する気持ちは私もよく分かるわ。
 でも、今は……目の前のアイツ。あのロボットを何とかしなくちゃ」

ゆたかを両手で抱き抱えた――俗に言う〝お姫様だっこ〟という奴だ――舞衣が強い口調で言った。
舞衣はバリアジャケットを展開しているため、全身の力が上昇している。
元々百三十八センチメートルしか身長のないゆたかをだっこするのは十分に可能だった。
豊満でいて柔らかく、そして暖かい舞衣の胸に抱かれてゆたかはちょっと幸せだった。

「分かって、います」
「……うん、ゴメンね。私、酷いこと言ってるよね。
 心配するな……それが、本当に残酷な台詞なのは……分かってる」

舞衣がしゅんとした表情になって顔を伏せた。

ゆたかはその悲痛な面持ちの原因が彼女自身にあることに気付いていた。
舞衣は必死に自分を庇おうとしてくれているのだ。
戦う力を持たない何の変哲もない少女が、この空気で心を見失ってしまわないように。
拭き荒む〝暴〟の雰囲気に飲み込まれてしまわないように。
きっと、舞衣は『自分がしっかりしないといけない』と思っているのだ。

だからこそ、

「そんなことありませんっ! 舞衣ちゃんの言ってることは何も間違っていません!」
「……ゆ、ゆたか?」

ゆたかは今ここで自分の意思を舞衣に伝えなければならないと思った。
そして、それ以上に――不安げな瞳でゆたかを見つめる〝同い年の少女〟を励ましたいと思った。

どうすればいいだろう。
どうすればこの人を元気付けてあげられるだろう。

ゆたかは一生懸命考えた。
必死に必死に、考えた。

明智や清麿のような明晰な頭脳をゆたかは持っていない。
ねねねのような強い心も持っていないし、Dボゥイのように誰かを命を賭けて守る力もない。
奈緒のように奔放な生き方も出来ないし、かがみのように最期に自分で自分の幕を引く度胸もない。
ギルガメッシュのように王道を突き進む意志も自我もないし、舞衣のように相手を包み込む包容力もない。
スパイクのように場を纏める力もないし、ジンのように機転が利く訳でもない。
スカーのように背中で全てを語るカッコよさもなければ、ガッシュのように最後まで諦めない強い心の力がある訳でもない。

じゃあ、わたしにはいったい何が出来るの?


「…………わたしがっ、」


そして――ついに答えは、出た。


「舞衣ちゃんの〝支え〟になりますっ!!」
「なっ……!」
「舞衣ちゃんが負けそうになったら頑張って応援します! 諦めそうになったら立ち直らせます!
 落ち込んだらわたしも一緒にその辛さを共有します! 
 それでも元気になれないんなら……ね、ねねね先生みたいにちょっと荒っぽい方法を使ってでも立ち上がらせて見せます!
 なぜならばっ!」

全ての始まりは、いつだったのだろう。
ゆたかが自分自身を責めて、無力感に苛まれ始めたきっかけは何?

それは、きっとこの言葉だ。
大怪球フォーグラーが目覚める少し前、刑務所でねねねに言われた一言――


『いつまでも出来ないままでいちゃいけないんだ。
 あんたも、私もね。こんな私たちにだって、出来ることはある。
 今までの自分を振り返ってみな。自分の出来ること、必ずあるはずだ』


あの時のゆたかは、この台詞に押し潰されてしまった。
ぶつけられる真摯な想いを受け取れなかったのだ。
「ねねね先生は凄い人だからそんなことが言えるんだ」って斜に構えてまともに噛み砕くことが出来なかったのだ。

でも、ようやく分かった。
気負う必要がないことも、周りの人と自分を比べて落ち込む必要がないことも全部理解出来たのだ。

……明智さん。


『何故こんなことをしたのか』と尋ねた明智の顔がふとゆたかの頭を過ぎった。

暴走した自暴自棄と破滅願望は、殺戮にいたる病となって大好きな人を殺めてしまった。
ゆたかの小さな掌に〝殺し〟の感触は染み付いてはいないけれど、
醜悪な澱として心の底辺から「小早川ゆたか」という存在を獄の世界へと引き摺り込もうと手招きをしていた。


……ごめんなさい、明智さん。でも、本当に……ありがとうございました。


心の中で呟くだけで、少しだけ楽になれるような気がした。
犯してしまった罪を清算することは出来なくても、相手の意思を背負って罪を償って行くことは出来ると思うのだ。
言い逃れをするつもりも、逃げ隠れするつもりもない。
「明智は心の中に生きている」なんて綺麗事を言うつもりもない。

でも、今だけはゆたかの背中をトンと軽く押して欲しかった。
励まして欲しかった。眼を瞑るな、逃げるんじゃないって叱って欲しかった。
今、こうして……少しだけ頼ってしまうけれど……。
完全にちっぽけな自分を捨て去ることなんて出来ないけれど……。
それでも、この想いを言葉にするゆたかを見守って貰いたかった。

大きく、息を吸い込む。
そして、心の底からの叫びをゆたかは肺の奥から吐き出した。


「わたしはっ、舞衣ちゃんが好きだからですっ!! 大好きだからですっ!!」


カーッと舞衣の頬にイチゴのような赤色が差した。
もちろん、ゆたか自身の顔だって真っ赤に染まっているはずだ。
身体の温度が在り得ないくらい上昇しているのが手に取るように分かる。

「は、はぃいい!? え、え、え!?」

舞衣は飛び上がりそうなくらい大声を出して、困惑の表情を浮かべた。
…………覚悟はしていたけれど、やっぱり恥かしかった。

そりゃあ、そうだろう。
こんなことを堂々と言ってのけるなんて、あのロボットに乗っている恥ずかしい
人達みたいだ。
……違う。別に少しくらい恥ずかしくたっていいんだ!
今大事なことは舞衣ちゃんにわたしの、小早川ゆたかの決意を伝えることなんだからっ!


「何度でも言いますっ! 舞衣ちゃん、わたしは舞衣ちゃんが大好き!」


一度言ってしまえば、スルリと次の言葉は生まれ出でて来る。

ずっとずっとゆたかは「何かしなければいけない」という強迫観念に捉われていた。
確かにそれは一つの真実なのだと思う。
だって、何もせずに置物でいるのは辛いことなのだ。切なくて、哀しくて、無力で……。

でも――だけど同時に「何もしない」ことが正解になる場合もある。

側にいるだけで、隣で笑っていることこそが、何よりも相手のためになる場合だってある。
そして、きっとそれが明智がゆたかに求めた「役割(ロール)」だったんじゃないか、
そんな風に今となっては思えるのだ。

たくさんの出会いを経て、
たくさんの想いを受け取って、
たくさん悩んで、
たくさん落ち込んで、
たくさん足掻いて――

たくさんの大人の暖かい気持ちに触れて、少しだけゆたかは、大人になれた。
守られているだけじゃない。
みんなのために、ゆたかだって頑張れるのだ。


「そうですっ、舞衣ちゃんだけじゃなくて……。
 Dボゥイさんが、明智さんが、高嶺君が……ねねね先生が……みんながっ、大好きなんですっ!
 だからみんなが悲しんでいるのを見るのは嫌なんです!
 わたしはちっぽけで、臆病で、無力で……だけど、そんなわたしでも側にいてみんなを励ますことは出来ますっ!
 助けられているだけじゃない! わたし〝が〟みんなを支えてあげられることだってあるはずなんですっ!」

すぅっと更に息を吸い込む。
思考がそのまま動作へと変わって行く。
勝手に口がゆたかの思っていることをぶちまけてしまう。
でもそれは決して嫌な気分じゃなかった。吐き出せ、全部全部全部っ!

「舞衣ちゃんもわたしを頼ってくれていいんです!
 わたしが頼りないのは分かります。でも、だったらねねね先生やスパイクさんがいます! みんながいるんです!
 舞衣ちゃん! わたしも……一緒に戦わせてください。戦い……たいんです!」

こんなに力強く喋り続けたのは初めてかもしれない、とゆたかは思った。
お姫様だっこをされた体勢で、しかも目の前には大きなロボットが武器を向けているの……。

「……っ」

舞衣の瞳が大きく見開かれる。
ゆたかも少しだけ気恥ずかしい気持ちはあったけど、頑張ってクッと視線を合わせた。

「……危ない、かもしれないよ」
「そんなの、へっちゃらですっ」

困ったことを言ってしまったのではないか、そんな不安が少しだけゆたかの胸の内に顔を覗かせる。

実際、ゆたかがあのロボットを倒せる力がある、という訳ではないのだ。
せいぜい舞衣の邪魔にならないようカグツチにしがみ付いていることが精一杯。
いや、それさえ難しいかもしれない。

そして、

「…………じゃあさ、こうしよう」

何かを決意したような顔付きで、舞衣が言った。
一瞬の空白。ゆたかはごくりと息を呑んだ。

「…………」

ここまで言ってしまったのに、断られてしまったらどうしよう。
でも普通に考えたら、嫌がるに決まっているのだ。
だって、ゆたかと一緒に戦うと負担は確実に増える。
舞衣を支えたいと思うゆたかの気持ちは本物だ。でもコレがわがままな思いであることも理解していた。

だけど、

「ありがとう、ゆたか」

そんな不安は、太陽のような笑顔を舞衣が浮かべた瞬間に吹き飛んでしまった。


「ま、舞衣……ちゃん」
「私が……ううん、私〝も〟ゆたかを守る。だから、ゆたか〝も〟私を守ってくれる?」


全てを包み込む輝きにゆたかの胸の奥は、真夏の陽射しに照らされたように明るくなった。
ゆたかの中で最後まで〝しこり〟となって残っていた『黒い太陽』がパリンッと
音を立てて真っ二つに割れた。

全てを割り切ることは出来ないけれど、
罪の意識と一生戦っていかなければならないのは分かっているけれど。

それでも、この想いは紛い物なんかじゃない!
ゆたかは――本当のゆたかを見つけることが出来たのだ。


「はいっ!!」

そして、ゆたかも自分に出来る最大の笑顔でその言葉に応えた。


花咲く想いはゆっくりゆっくりと進んで、小さな花を咲かせた。
まだ華爛漫には程遠いちっぽけな蕾ではあるけれど、それでも少女は毎日成長している。

背だって伸びるだろう。
頭も良くなるし、立派になれるはずだ。
胸だってもっと大きくなると思う…………たぶん。

〝みにまむテンポで歩いて

 つきあってくれる友達がいます

 みにまむリズムが流れる生活は

 ほらほらのんびりで 笑われてますか?〟

ふわり、ふわりと……彼女自身のような……みにまむテンポではあるけれど……。

それでも、ゆたかは少しずつ大人になっていく。
何でもできる大胆さを持った人に憧れながら、
時々躓いて涙ぐんでしまうことがあったとしても!


「行こう、舞衣ちゃんっ! 戦って……勝って……絶対にみんなで生きて帰ろう!」


この時、ゆたかは、自分の意志でビクビク怯えてた弱虫の自分を――投げ捨てたのだから。



自己再生、自己増殖、自己進化。俗にデビルガンダム三大理論などと言う不名誉な呼び名を与えられた超技術である。
悪魔の象徴としてドモン達シャッフル同盟の前に立ち塞がり様々な悲劇の温床となったが、今は本来の姿を取り戻しドモンのために働いている。
流石に自己増殖や自己進化の機能は抑制されているようだが、それは螺旋王がこの技術を完全に管理下に置いていることを示しているのだろう。
身に余るものとしてドモンもそれらに頼るつもりはなかったが、父と兄の理想にこのような形で再会するとは冷静になってみれば奇妙に思えた。

自然の守護者として与えられた巨大な昆虫を思わせるフォルム。不釣り合いに付け足された人間の胴体部分の中でドモンは郷愁に顔を伏せる。
たとえそれが螺旋王の手による悪趣味な再現だとしても、数々の友と最愛の家族を思い出させてくれるものには違いなかった。

「このあたりで良いだろう……おあつらえ向きの場所だ」

先行していたヴィラルの乗るロボットが立ち止まった。言葉通りドモンが立っている少し先からまるで超大型の整地機械でも通った後のように建物が根こそぎ消し飛んでいる。リングとしてはうってつけだ。

「良かろう。では……第2ラウンドだ」

素早く呼吸を整える。エネルギーはまだしばらくは大丈夫だ。
ファイトの勝利条件は単純にして明快。どうやら囚われの身にあるらしい、カミナと共にあった機械を奪還し、敵の戦力も奪う。
積み重なった疲労に体が軋む。全身が悲鳴をあげるが敗北の二文字は存在しない。
志を同じくする仲間、拳を高め合った友、支え合う愛する家族。
その全てが、キングオブハートを支えているのだから。

決戦を前に、グレンラガンの中でも一時の語らいの時間が訪れていた。

「ここで決着をつける……だが無理はするんじゃないぞ、シャマル」
「あら、私だってか弱いばかりじゃないんですよ?……存分に戦ってください。悔いのないように」

愛する者の頼もしい言葉にふっとヴィラルの頬が緩む。
戦場において仲間をからかう余裕を見せるのはシャマルが真に優秀な戦士である証拠だ。
負けるつもりは微塵もない。それは二人にしても同じことだった。

(ハダカザルが……全く忌々しい。だが、シャマルの体を休める事ができたのは幸いか)

戦士として最高の舞台を邪魔されたことに腸が煮えたぎる思いが止むことはない。しかし指揮官としての視点に立てば仲間に休息を与えられたのは喜ばしいことだと言えた。
血沸き肉踊るという言葉を体現するかのような戦い。全力を傾ける必要があるが、これで終わりではないのだ。
二人の幸せへの道は依然果てしなく険しい。

「元より後に残すものがあって勝てる相手ではない。サポートは任せたぞ、シャマル」

操縦桿を握り直し、元々鋭かった目がより一層鋭角に吊り上げられる。

「はい。……あの、ヴィラルさん」
「ん……?」
「勝てます、よね?私たち」

ここで何を弱気なと怒鳴りつける程ヴィラルは無神経な男ではなかった。
確かに敵は恐ろしく強い。仲間が怯んだのなら掛けるべきは叱咤ではなく激励の言葉だ。

「勝てるさ。勝ってみせる。お前が愛した俺を信じろ」
「……はい」
「俺もお前を信じる。だから今まで通り、背中はお前が支えてくれ」
「わかり、ました……ふふ。ヴィラルさんってば私がいないと無茶ばかりするんですもの」
「おっと……そんなつもりはないんだがな」

すぐに元気を取り戻すシャマルが誇らしく、そして愛しい。
憂うことなどなにもない。

「あはは……。勝ちましょう。勝って、私達の幸せを手に入れましょう」
「ああ……!」
「ヴィラルさんに私の料理をおいしいって言ってもらいたいですし」
「あん?」

そのとき微妙にシャマルの声の調子が変わった。

「だって……!だって、食えたものではないって……!それもあんな大勢の前であんなにはっきり言うだなんて……!」
「い、いや……あれはつい勢いでだな。その……シャマル?」

そう言えばどさくさに紛れてそんなことを口走ってしまった気もする。
いや、実はあんまり覚えてないのだが何故だかそれを言うのは余計にまずい気がした。

「だから私決めたんです!お料理を勉強し直して絶対ヴィラルさんを見返してやるんです!」
「あ、ああ……楽しみにしている……む?」

言い知れぬプレッシャーに冷や汗をかくヴィラルを救おうと言うわけでもないだろうが、むやみに張り詰めた空気を一変させる情報が飛び込んできた。

「炎の……化け物」
「まだあんなものを残していると言うのか……!」

ヴィラル達がまさにぶつかり合おうとする廃墟の遥か北、銀白の怪物が空に踊っていた。
相当の距離を隔てているというのにはっきりとその姿を確認できるのは、全身を鮮やかに彩る焦がれる程に赤い炎のためだ。
鳥のようでいてヴィラルの知るどの生物とも似つかないその姿はいっそ神々しささえ感じられた。
しかし、目に映ったのはそれだけではない。

「あれは、ビャコウ……!チミルフ様、あなたも戦っておられるのですね……!」

僅かにしか見えなかったが、空を駆ける化け物へ仕掛けられた攻撃は確かにビャコウの武装だった。
敬愛していた上官が何も言わず手を貸してくれていたことを知り、ヴィラルの心にかすかに残っていたチミルフへの疑心が一気に消滅する。

「ヴィラルさん!」
「ああ!チミルフ様ありがとうございます!シャマル、俺たちも……!」
「ええ!あの、一つだけ良いですか……?」
「ん?」

まだ何かあるのかと勢いづきかけたヴィラルの手が止まる。
だがシャマルの口から続けられたのは後押しのための言葉。

「……ありがとうございます」

一瞬何のことか分からず呆けたようになったヴィラルの表情が、次の瞬間限界まで張り詰められる。
細胞の一個に至るまで溢れんばかりに力が満ちた。
もう負ける可能性など存在しない。

「……ぃ行くぞぉ!!」

ヴィラルは叫んだ。絶対の確信を糧にして。


北に舞踊るは綺羅星の如く美しく夜空を駆ける天の業火。
南に荒れ狂うは愛に溺れし獣達の破壊と破壊による狂気の舞闘。

「そうだ。それで良い。貴様らの死力、とくと我に見せてみよ」

絶大なる暴力の蹂躙、二つの圧倒的規模の戦いを同時に眺め、王の中の王は一人呟く。
ギルガメッシュが立つのはタワー型にそそり立つ搭の先端部。残存する建物の中で最も天に近い場所である。

「どの道そのような者どもに踏みにじられるようでは貴様等に勝機はない」

闇夜にはっきりと存在を誇示する金の王気を振り撒きながら、することと言えばただ腕を組むのみ。
そして、全てを見下すかのように口の端で笑うことのみである。

「敵も味方もあるものか。そんなもの、王の前では等しく道化に過ぎん。良い、足掻くことを許す――」

具足は最早語る言葉を無くしたか、あるいは王の狂気に恐れをなしたのか、ただ武具としての任を果たしている。
王の満足は未だ得ること叶わず。
王の体は未だ玉座に在り続ける。

「――ここが正念場ぞ、雑種ども?」

王は、ただ座して笑う。


「コンデムブレイズッ!」
「きゃっ……!」
「カグツチっ!」

地上から迫るビームをカグツチは炎の鱗片を撒き散らしながら回避する。
蛍のように光る燐光の弾丸が夜の闇の中で煌いているようだった。
見方を変えれば美しい光景、なのかもしれない。
しかし、戦いの当事者である舞衣はそんなセンチメンタルに浸っている余裕はなかった。

――強い。

一発でも当たればそれだけ状況は不利になる。
ある種生物に近いチャイルドと完全な機械であるガンメンでは攻撃に対する耐性に大きな違いがあるのだ。


「――GYAOOOOOOOOOOOOO000OOOOOOOO!」
「頑張って、カグツチ!」

構図は空対陸という極めて基本的な形である。
戦闘開始と同時に、カグツチはビャコウの槍の届かない大空へと高く飛翔した訳だ。
後は山をも削り、岩石をも溶解させる破壊力を秘めたブレスによって敵を焼き尽くせば良かった。
だが、それはビャコウに遠距離戦用の武装が装備されていなければ、の話だ。

コンデムブレイズ――ビャコウの基本装備である十字槍に発生させたビーム刃を切っ先から発射する遠隔武装である。

ビャコウはゴリラの獣人であるチミルフとは対照的なスマートな外見のカスタムガンメンだ。
その名の通り、頭部と胴体部分が一体化したようなフォルムにシャープな手足。
搭載されている武装は十字槍一本だけと、決闘用に特化したかのような機体である。

確かに、ビャコウに飛行能力はないため十字槍を用いた直接攻撃は出来ない。
だが二本の足でもって大地を駆け抜ける高い機動性能を持ったビャコウは明らかにカグツチより小回りが利く。
加えてランスから打ち出す一撃は一発の破壊力こそさほど高くないものの、優秀な連射力を誇っていた。

戦いは始まったばかり。どちらもまだ決定打はなし。
しかし〝流れ〟や〝勢い〟と呼べる要素は明らかに敵側に分があった。

「うっ……何なの、あのスピード!?」
「こっちの攻撃が一発も当たらないなんて……」

ビャコウのビーム攻撃を回避しながらカグツチの頭部にしがみ付いていた舞衣達は思わず舌を巻いた。
こちらも無抵抗にやられている訳ではない。
既にカグツチの口から大火球がビャコウ目掛けて何発も放たれている。
だが、結果として未だに最初の不意打ちの一撃を除いて、一発もビャコウに攻撃を命中させることが出来ずにいた。

「あいつ……多分、凄く戦い慣れてる……!」

舞衣はやるせなさのあまりにギリッと唇を強く噛み締めた。

戦闘開始の際〝チミルフ〟と〝ビャコウ〟とわざわざ名乗った相手は俗に言う武人という奴なのだろうか。
つまり戦いを本業とする熟練者。
HiMEの力に目覚めてからさほどの期間が経過していない舞衣とは噛み合わせが悪い。

カグツチの弱点を挙げるとすれば、それは「あまりにも圧倒的過ぎる力」を持っていることだ。
最強のチャイルドであるカグツチに匹敵する能力を持つチャイルドは控えめに見ても藤乃静留の清姫のみ。
それにしても真っ向から戦ったらカグツチの勝利は揺るがないだろう。

故に舞衣とカグツチは己とほぼ同等の力を持った相手と戦った経験が皆無だった。
爆発的な攻撃力に匹敵するような機動力や耐久性を持ったチャイルド、
舞衣達に比肩し得るチャイルドとHiMEのコンビというものがそもそも存在しないのである。
(唯一、美袋命とそのチャイルド〝スサノオ〟だけがその可能性を秘めるが、
 この時点での鴇羽舞衣は彼女とのチャイルドを介した戦闘を経験していない)

ビャコウはむしろ、カグツチよりも清姫の方が組し易い相手であると言えるだろう。
一発でも当てればそれが致命傷になる、その意識が舞衣の攻撃に若干の隙を生じさせていた。
結果が、このビームと火球による弾幕合戦だ。

「負けないで舞衣ちゃん!」

紅蓮の翼を羽ばたかせながら、カグツチは夜空を旋回しつつ動き回るビャコウを焼き尽くさんと灼熱の炎を放つ。
カグツチのブレスは大きく分けて二種類。
殆ど〝タメ〟を必要としないファイヤーボール状の炎と、
岩盤や大地を抉り、真の力を発揮すれば数千キロの射程を発揮する高密度の熱光線である。

しかし、どれだけ高い攻撃力を持っていても当たらなければ何の意味もない訳だ。
相手の機動性を削ぐため――両者は牽制の意味合いを強く帯びた撃ち合いに終始しなければならない。

「当たってよっ……!」

次第にカグツチを操る舞衣の心にも焦燥感が芽生え始める。
『押して駄目なら引いてみろ』とはよく言われることだが、それは彼女の能力とは相性の悪い格言だった。


――――でも、なんだろう。この違和感は。


老獪な相手との戦いは舞衣も殺し合いの中で何度か経験していた。
東方不敗、ラッド・ルッソ、ニコラス・D・ウルフウッドといった「殺し」の熟練者達の顔が彼女の心の中に浮かび上がった。
しかし、彼らが放っていた鬼気迫るような迫力を機体越しとはいえ、まるで感じないのだ。

相手の動きこそは確実に一級一流。
乱れ撃ちするかのようでいて、しっかりと狙い済まされたビームの雨は確実に舞衣達を追い詰めつつある。

「ゆたかちゃん、何か……変じゃない?」
「変、ですか?」
「うん。何だろう、私も詳しくは分からないんだけど……!」
「……何か妙なモノは確かにわたしも感じます。だって、わたし達は殺し合いをしているはずなのに……」

舞衣の問い掛けにゆたかも言葉を濁しつつ答えた。
やはり、似たような疑問をゆたかも感じ取っていたらしい。

この土壇場の状況まで生き残った経験は無駄ではない。
直接的な戦闘能力を持っていないゆかたですら何度も死線を潜り抜けている。

それなのに。
相手は歴戦の戦士の筈なのに。

どうして、こんな……?
まるで、人形と戦っているみたいなのだろう。


「ビンゴ! ゆたかちゃんも一緒にいる。二人とも無事みたいだ!」
「……はぁ。ヒヤヒヤ……させるなよな、ったく」

その言葉を聞き、表にこそ出さないものの、スパイクもホッと胸を撫で下ろす。
その言葉に傍らのねねねが安堵のため息と共にへたり込んだ。

「ジン。舞衣はゆたかを降ろす素振りを見せていないのか?」
「……どうもそういう感じじゃないけれど。でも一度始まってしまえば後は戦いの波に流されるだけだよ。
 時間はあった、と思う。ただ、舞衣ちゃんはソレをしなかった。
 あの子達は馬鹿じゃない。もしかして……二人で戦うことに決めたんじゃないかな」

最後に付け加えるように「でも今となっては心変わりしても、敵さんの方が許してくれないだろうけど」と呟く。
三人が陣取っているのは、戦うビャコウとカグツチを一望可能な小高い丘だ。
先ほどと同じ失態を犯さぬように、十分な距離を取っている。

時間はあった、か。
確かにカグツチが出現してから、ビャコウとの戦闘が開始する前に多少の間があったような気がしないでもない。
アレは舞衣とゆたかが互いの意志を確認し合っていたということだろうか。
スパイクは口元に拳を近づけ、難解な表情を浮かべた。

「二人で……ねぇ」
「そうは言ってもスパイク。実際ね、共同作業をすることの出来る相棒がいるってのはいいものだよ。
 ケーキの入刀以外にも二人の人間が助け合える機会ってのは案外多いものさ」

双眼鏡を覗きながらの飄々とした背中でジンが呟いた。

「とはいえ、その例えを舞衣とゆたかに当て嵌めても、スッキリしないな」
「別にウェディングドレスが二着あっても問題はないと思うけど?」
「……いや、大有りだろ」
「ハハハ、言われてみればそうかもね」

ジンは時々こう、反応に困ることを言い出す奴だった。
もちろん本気で言っている訳がないことも分かっているとはいえ。
頭の中に浮かんだ純白のドレスを纏いバージンロードを歩く二人の少女の姿をすぐさま消去する。

実際、それは何とも歪な光景だった。
目の前に是非ともブーケでも貰って少し大人しくなった方がいいと思う女はいても、
空を舞う花束が「二つ」もあったら有り難味がなくなってしまうだろう。

「……なんだよ」
「……何でもねぇ」
「ったく、ハッキリしない言い方だな」

スパイクをねねねはギロリと睨みつける。
こちらが余計な想像を巡らせていることを察知したのか、少しだけ機嫌が悪かった。

スパイク、ジン、ねねねの三人はビャコウの襲撃から何とか無事に逃げ果せていた。

だが、その結果に自責の念を抱かないかと言えば嘘になる。
なにしろ本来ならば率先して二人の少女を守らなくてはならない年長者だけが脱出に成功するという体たらく。
もう片方の腕が健在だったならば状況に変化があっただろうか、スパイクはそんなことを考えた。

リュシータ・トエル・ウル・ラピュタの操っていたロボット兵士のレーザー攻撃で焼き切られた左腕。
身体を真っ二つにされたヴァッシュ・ザ・スタンピードの虚ろな生首。
そして、放送でその死亡を告げられた牧師、ニコラス・D・ウルフウッド。
爆炎の中に消えたラピュタの王女――シータ――と胸を張って逝った螺旋の王女――ニア――。
暴走する自身の生み出した別人格と共に死の道を往った柊かがみ。
最後まで戦い、血溜まりの中で冷たくなっていた結城奈緒。

死んで行く人間は子供や考えの合う人間ばかりだった。
気が付けばスパイクはのうのうと生き残っていて、こんな所で軽口を叩いてばかりいる。

「にしても、八方塞か。ギルガメッシュの馬鹿がグアームの野郎を殺しちまったせいで、脱出からまた一歩遠退いた」
「さっき言ってた〝転送装置〟って奴かい。螺旋力で動くワープ装置……ふぅん、大層なお宝だよねぇ」
「まだお前は〝宝〟なんて言ってるのかい」
「そりゃあ、当たり前さ! なにしろ、俺は世界中の財宝を盗み求める王ドロボウですから。
 何回か〝転職〟することにはなったけど〝天職〟を忘れた訳じゃあないんだぜ?」
「そうかい。ま、残念ながら俺達は螺旋力には覚醒してないし、そのお宝はガラクタ同然だな」

ジンの冗談に付き合いながらも、スパイクは『ギルガメッシュ』という言葉に幾許かの反応を示した。
もちろん、彼の心の水面に水滴を落としたのは先程のグアームを交えた邂逅である。

――俺は、あの時何をしようとした?

安全の保証が全く出来ない相手と取引に応じようとした少し前の自分。
ギルガメッシュの手によってスパイク達に螺旋四天王が一人、不動のグアームの死にて幕を閉じた。
この結果は好転に繋がるのか、それとも無為に可能性を潰しただけなのか。

考えても答えは出て来ない。

込み上げて来るのは不甲斐なさか、それとも情けなさか。
貶されて罵倒され、結滞な扱いをされるのは賞金稼ぎとしては決して珍しい出来事ではない。
だから、今こうして軋んでいるのは安っぽいプライドなどではなかった。


「そういえば、ジン。お前はヴィラル達の時みたく援護には行かないのか?
 あのライフルを使えば十分あのサイズの相手なら戦力になるだろう」
「んー、ねねねおねーさん。その意見はごもっともだけど……そうだな、何ていうかさ」

ジンがねねねの質問を聞いて、ポリポリと頬を掻いた。
ヨーコが愛用していた対ガンメン用の電導ライフルの破壊力は抜群だ。
通常のガンメンならば単体での制圧も可能だし、カスタムガンメン相手といえど高い有用性を誇るだろう。
だが、

「――無粋、だと思わない」

そして、一瞬の間をおいてジンの発した一言。
無粋。
彼女達の戦いを邪魔するべきではない、と言いたいのだろうか。
ねねねは訝しげな表情を浮かべ、自身の眼鏡の位置を直しながらオウム返しで聞き返す。

「……無粋?」
「そう。なんていうかさ、舞衣ちゃんもゆたかちゃんもここから見る限りやる気満々なんだ。
 『絶対に自分達だけで目の前の敵を倒してやる!』、『ここで負ける訳にはいかない!』ってね。
 それに……ああ、そうだ。スパイクなら分かるだろ?」

口元をニンマリと歪ませてジンが大げさな動作と共に双眼鏡から顔を離し、背後を振り返った。
黄色のコートがばさり、と小さな音を立てる。

二つの強大な力がぶつかり合っているせいか、周囲は音と振動に満ちていた。
舞い散る微細なコンクリート片と、舞衣の火球によって発生した陽炎のような異常な熱。
そして、王ドロボウは既に答えは決まったかのような顔つきで、スパイクに訊いた。 

「実際さ、このまま俺が手を出さなかったら――どっちが勝つと思う?」

それは小悪魔、いや仮面を付けた道化師のような一言だった。
ジンとねねね。二人から注がれる視線を気だるげな動作で受け流したスパイクは、
未だにぶつかり合う大空の龍と大地の機兵と向けた。

地上から放たれるビームと、散弾のように降り注ぐ火球が夜の闇を彩っていた。
戦闘の状況は、戦いが始まってから大地から対空射撃を続けるチミルフが明らかに主導権を握っている。
彼の動きに舞衣達は明らかに困窮し、カグツチの持つ圧倒的火力を上手く発揮出来ていないように見える。

だが――両者の動作を比較してみれば、戦況は容易く覆ることをスパイクは知っていた。

「そりゃあ、舞衣達だろうな」
「だろ。つまりね、俺がわざわざ手を出す必要なんてないのさ」

理由はいくつもある。
ねねねだけは二人の答えに対して腑に落ちない顔つきだ。

「ん、ねねねおねーさん、なんか納得いかない感じ?」
「そりゃあな。あたしは戦える人間じゃないから、戦術とかそういうのは分からないけど……舞衣達が不利にしか見えないよ」

ふむ、と小さく呟いたジンが顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。
しかし、すぐさま顔を上げると確信めいた笑顔で、

「だろうね。まぁ色々理由はあるんだけど……一番大きな原因は、」

トントンと自身の心臓の辺りを叩きながら、言った。


「チミルフは――〝一人〟、ってことかな?」



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