No Man's Land -はるか時の彼方- ◆jIHhwnBJfg



――――風、強うなってきとんな。

鈍色の空、朧に霞む日の下に帰還すれば、そこに打ち付けるは冬の前に吹く風にも似たそれ。
建造物に当たる度にびょう、と旋風を掻き鳴らし、窓のガラスはがたがた揺れる。
箱庭世界の均衡は崩れ、既に崩壊は差し迫りつつある。
最早気候などに構う余裕はないのか否か。

そんな事を知る由もなく、黒に身を包む牧師が至るのは一つの感情のみ。

……ああ、鬱陶しいわ。

周りを見据える。
対岸には瓦礫の如き卸売り市場が夢の跡。

……そう、夢の跡だ。
あそこで夢は朽ち果てて、友は蜻蛉と散り爆ぜ消えた。

何故そうならねばならなかったのか。
何故そこに辿り着いたのか。

想い。
重い。
思いを――――馳せる。

刻々と近づく滅びの時。
亡びに放浪尾、彷徨いの終わりと宛てたのは誰だったか。
果ての果てに至るまで、誰彼の辿った軌跡を描き出そう。
人の夢は儚い。
……その、着きの尽きる場所へと足を運ぶ道中に。
まどろみの中で見た光景の残滓に付き合おうじゃないか。

血に濡れ地に伏せ恥に塗れ、それでもただただ世界を神を見放さんとする一人の旅路を今此処に。

――――何処からか、ガサガサと。
歩みを進めるたびに幾つもの塵屑が目の前を通り過ぎ、時として牧師のその体にぶつかっては在らぬ所へ飛んでゆく。飛んでゆく。
進むは埠頭、海と陸との狭間の脇を。

潮の臭いは生臭く生温く、潮騒は絶え間なく。
黒々とした水面の上、ぷかぷか浮かぶ白い泡が不快感を催させる。


死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね

ハジマリは年端も行かぬ物言わぬ少女。
肉の楯と散じた彼女は、どこか彼の知る孤児院の誰かを思い出させた。

死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね

次いでこの地にて彼は初めて手を汚す事になる。
シモンという黒い髪の少年も、今は既に屍と。
……彼にも友や慕うべき先導者がいたのだろう。
牧師に懐いていた少年少女が親しげに『ニコ兄』と呼ぶように、きっときっとアニキと呼んだであろう存在が。
ニアとかヨーコとかいう名前の相手はませた子供に相応な女友達だろうか。
放送によれば後者の方は死んでいる筈ではあるが。
……何にせよ、シモンの知り合いの誰と出会おうと自分は外道を貫くだけだ。

そう言えば、あの時殺し損ねたのはマイ、だったか。
名前が呼ばれていない以上は、きっと生き足掻いているのだろう。
あの時は生返事したが、そう言えばスパイクの探している人間がナントカ舞衣だったような気もする。
……怪獣に乗っているとヴァッシュが言っていた女ときっと同一人物だろう。
ああ、本当に面倒臭い。
恨みを買うのは当然で、あの時の目線も自分に向けられたものだというのに。
……いつも通りのその風景が、実に胸糞悪かった。
怪獣に奇襲される危険を考えると余計にそれは増加してしまう。

死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね

まあ、その後に出会った女は殺せたのでよしとする。
奇妙な銃を使う上に訳の分からない犬コロがけったいとしか言いようがなかったが、あんなお人好しなら死んで当然だ。
……相方の正義の味方気取りの糞餓鬼も、どうせどこかで野垂れ死んでいるに違いない。
巡り巡って後々デカブツを操る蛇使いを相手取る事になったのは面倒極まりなく、シズルとかいうけったいな蛇女をこれからどういなすかという事を考えるだけで頭が痛い。
これ以上は連中の関係者に目を付けられたくはない、流石にあんなの相手は疲れてしまう。

死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね

……で、問題なのがその直後。
くたばったらしいとは言えアルベルトとかいうおっさんと、因縁というにもいささか気の乗らない不死身の柊かがみに出会ってしまったのは本当に不幸だった。
不死身な以上また出会う可能性は低くはなく、どうしたものかと素直に思う。
いやまあ、死ななくても殺すに違いはないのだが。

あの時――――、柊かがみの友達とやらを殺しておいたのは失敗だったのかもしれない。
七面倒臭い事を背負い込むきっかけになったのも、あのやけにきっちりした少女を殺して目をつけられたからだろう。
やれやれ、と、牧師は眉間に皺を寄せるも即座に表情を切り替える。

死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね

そして思い出したくもないのは神父の一団だ。
恐らく全ての原因はあの男に違いない。

『……成程、君がそう思うのも仕方ないようだ。
 ――――君は、自身の行動で自分が“彼”ではない事を証明し続けているのだから』

『君は二度目の生を下らないと考えているようで、その実死にたくないと思っている。
 その歪さは、間違いなく劣等感から来るものだ。
 自身が憧れた在り方がありながら、しかし君はその人物と同じ事を為すことが叶わない。
 それを認めたくないからこそ、自身の命の価値を――――』

じゃかましいわ。
……そう思えど、いまだその言葉は碇のように心の奥底に沈み込んで捨て去る事も出来はしない。
だからその上に蓋をして、しかし今もなお碇は心に食い込み続けている。

しかも、残りの餓鬼二匹がこれまた食わせ物だった。
片方はさっさと片付けたが、スパイクとか言う賞金稼ぎへの恨みを買ってしまった。
奴は前のパニッシャーの仇でもあるビシャスを殺してくれたのはいいとしても、どう考えても割に合わない実力の持ち主だ。

そして、もう片方のシータとか言う自称お姫様。
……考えるのを、止める。
浮かび上がるのは――――、自分を友と言い切った、金の髪の誰かの表情だけだ。
確かに殴り合った。どつきあった。
イライラの原因で、どうしようもなく疎ましく感じたのも確かだ。

だけど。
それでも。
それでも――――。

死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね



不意に、風に吹き飛ばされてきた一枚の紙切れが牧師の顔に纏わりついた。
チッ、と舌打ちをしながらそれを引き剥がしてみれば、そこには満面の笑顔が映し出されている。
……よくよく見知ったその顔は、写真の下半分に記載された膨大な賞金などとは全く縁がなさそうに見えるくらい――――、嬉しそうだった。

牧師の顔が歪む。
眉を下げ、目尻を細め、口をぽかんと開けて、今にも震え出しそうなその顔で、手に持つそれを、人間台風の手配書をクシャクシャに丸める。
そのまま海に向かって投げ飛ばそうとして――――、

……だが、体はそれ以上動いてくれなかった。
何も言わずに振りかぶった手をゆっくりゆっくり下ろし、丁寧に皺を伸ばしながらその紙を広げていく。
奇跡的に、一日以上の間も水に入り込む事なく飛ばされ続けてきた手配書。
そこに映し出された顔と睨みあい、少しだけ泣き笑いを、そして怒ったような表情を順次に浮かべる牧師。
あらためて四つ折りにした後胸ポケットに紙を納め、何事もなかったかのように牧師は歩みを再開した。


『メリルとミリィたちがさ、地下水掘ってるんだ』
『……何やっとんねん、ホンマに』
『ひょっとしたら、もう掘り当ててるかもね』


――――そんな馬鹿馬鹿しい会話を、まさしく服の中の紙と同じ表情であの男は紡ぎだしていたのだ。
あの砂漠の土地で。あの不毛の世界で。
No Man's Landと呼ばれた星で。
愛しい人たちが、未来を生きるために精一杯頑張っているという幻想を。

その、綺麗な未来に自分は手は届かない。届かせられない。
それを悟っているからこそ見据えられず、そしてまた手放せない。

かつて傍らにいた女性の虚像を振り返らず、ただただ心の中にしっかりと留め置く。

過去に縛られても何の意味もない。
思考を向けるはただ一つ、未来の為だけだ。
その為にも――――、彼は今までの道すがらの全てを振り返っていく。


とは言え、これから警戒すべき連中、思い返すべきその情報ももう残り少ない。
直接面識がある中で恨みを買っているのは舞衣、不死身の柊かがみ、スパイク、シータ、藤乃静留。
……目視しただけとはいえ危険人物らしいのは、あの傷の男もそうか。

そして、自分の殺したシモン、なつき、きっちり女、エドの関係者。
……シズルとかスパイク以外にそんな連中がいない事を祈る。

伝聞情報で伝わっている限りで危険なのは、ギルガメッシュと東方不敗。

図書館で見かけてすぐ消えたあの能天気な3人組は放っておいてもいいだろう。

いずれにせよ、こんな所だろうか。
皆殺しが最終目的とはいえ、危険な人物は潰し合わせた方が後々楽な事を考えると、情報を得ることが無意味という訳ではないのだ。
先に考えた連中と接触するのは後々でいいだろう。
出会ってしまった場合は別としても。

……当然と言えば当然だが、どうせ自分に仲間はいない。後はない。頼れるものは己が体一つのみ。
そう、故に狙うのは自分を警戒している顔の知れた人間ではなく――――、


「On your mark……」


例えば、市場の近くを悠々と闊歩しているあの巨人のような、実に都合のいい的なんかが相応しい。
大きさはシズルとやらの乗っていた蛇に比べれば可愛い物だ。
パニッシャーもようやく戻ってきた以上、もはや臆する必要はない。
あのグレイ・ザ・ナインライブズも仕留めた相棒にかかれば、大きさなど些細な要素だ。


「――――Get set」


手に馴染む心強い感触。
嗚呼、なんて頼もしいのだろうか。
こいつとならば、いける。どんな敵でも斃してみせる。
此処であのロボットを仕留める。
……何があろうとも、問答無用だ。
殺し尽くすと決意した。ならば、相手がどれだけ強大だろうとただ道を進むだけ。

……そう。
これは、単にニコラス・ザ・パニッシャーの帰還を知らしめる儀式だ。
これは敵討ちなどではない、断じてそのような事はない。

……忌々しい金髪のトンガリ男。
あの男を殺したであろうロボットへの復讐心とは違うのだ。
ほら見ろ、あそこにいるのは姿も形も色も全然違う。
共通するのは機械仕掛けで動く人形だというだけだ。


だから、ロボットを目の仇にしている訳では、決してない。
きっと。
きっときっと、そんな事は欠片も思ってはいないはずだ。


「……Fire!」


髑髏型の引き鉄を、強く強く押し込みゆく。
ロケットランチャーは一心不乱に死地へと向かい、開幕の鐘を響かせる。
白金の躯持つ、地を駆ける虎の化身。
その胸板の真中に艶やかなる華を咲かせる為に。

頭に二発、心臓に二発。
まずはその血流を断ち切るために、臓腑に一発くれてやる――――!


◇ ◇ ◇


黒い星、闇色の輝きの真球。
彼の太陽が堕ちたのは何処だったか。
見届けるは西南西。
その似姿に違う事無く日とはそちらへ沈むもの。
故に向かうは陸の果て、海の際。

白虎は震え駆け抜ける。
己が命の輝きは、まさに今此処に在ると知らしめるかのように、歓喜と共に。

――――王より賜った知識によれば、既に南には殆どニンゲンは存在しない。
集うは北の地、映画館。
馬鹿騒ぎは収まれど、その周囲には今だ多々なるヒトの影。

黒の太陽に向かうニンゲンを仕留めると決めた以上、その周辺を捜索するのが理に適う。
だからそうしたまでだ。

怒涛の二つ名を捨て去った一人の戦士は、初めての生の感触に滾る気力を解き放つ。
敗残者故の油断無きその双眸の、見据える先は砕けしヒトの『日常』の。
かつて市場だった場所は、無残にも跡形もあるはずもなく。

……戦の痕は彼の地を廃墟と成り果たさせた。
ニンゲンは、まだ其処に居るだろうか?
否。
誰一人として生きとし生けるものの臭いはしない。

……だが、調べる価値はある。
ニンゲンがあの破壊をもたらしたならば、それを知る事は即ち封じ込めるのと同じ事。
自分は獣ではなく、知性持つ獣人なのだ。
だからそうするに躊躇いはない。戸惑いもない。

……崩壊のその流れを推し量りながら、かつての四天王は過ぎし時代を思い起こす。
虚飾に彩られた誇りに支えられた日々は、最早今の彼にはセピア色にすら映らない。
唯一色の残るは流麗のと呼ばれた同僚と過ごした時間だが、今見据えるべきは闘争の刻のみだ。

……地を這う他愛ないモノを叩き潰すだけの、起伏の無い数百年。
思えば。
……ただの掃除に誇りを見出す事の、何と空虚な事か。

己が全生命を賭け身を曝すに相応の価値を持つ戦いとは、今まさにこの場にある。
主の望みを果たす為、同胞の意義を証明する為。

之が、此処が、此の時こそが。
この――――、自分の初陣なのだ。

猛る気概と逸る歓びに咽び震える。

嗚呼、そうだ。
あの老人を思い出せ。
真の敵とは、自分が打ち倒すべき“敵”に相応しいニンゲンとは、彼の古強者のようなものどもだ。
そして砕くがいい、あの紅き光の担い手を。
偽りの矜持を砕いたが故に、感謝を向けるべき誰彼。
彼の存在をば蹂躙してこそまことの矜持を得られるのだから。

自らの武を持って信念を示すがいい。
そして同胞に見せ付けてやるのだ。
例え異なる世界の出自であろうと、自らの部下に向ける背中は常に正しく在らねばならない。
……酷な返答を迫る事になろうと、誑かされているのか否か見極める必要もある。
できればその様な事を行ないたくないとどこかで思いながらも、しかし自分を曲げる事は許されないのだから。

だからこそ誓いを果たそう。
彼の部下が尊するに足った、何処かの自分よりなお示すべき姿を見せ付けて。


そして、崩落した屋根天蓋を前にして、屈み込もうとしたその時に。



「……ご……ッ!!」


振動が。
衝撃が。
爆炎が。
轟音が。
硝煙が。

ありとあらゆる戦火が、彼を包み込んだ。

――――この時。
彼の、本当の戦いはようやく重い重い幕を開けた。


強かに打ち付けた頭は何かで切った様で、赤い汁が流れ出している。
たらりたらりと、額を、頬を何がが伝う。
鉄錆の匂いが生臭い。

だが、それだけだ。
機体の破損状況――――、コクピットハッチの強度低下のみ、出力に問題一切合財なし。
自分の肉体――――、頭部に僅かに裂傷、表皮が切れたのみ。
自分の精神――――、問題なし。否、闘争心が昂りに昂っている。

戦闘続行に何ら問題なし。
それどころか、今は。


「……負ける気は毛頭ない。勝つぞ、ニンゲン……ッ」

ニィ、と。
凄絶且つ、心の底からの歓喜の表現を両立させた笑みが、ゆっくりと浮かべられた。


◇ ◇ ◇


銃声が鳴る。
剣戟が届く。
爆発が轟く。
震脚が響く。

攻守の切り替わりは一瞬に。

偉大なる猛虎は躊躇いもなく距離を取り、一息。
踏み込みは強く強く、大地を疾駆。

「――――アルカイドグレイヴ!」

貫けよ風を地面をニンゲンを!
中てるべき影は小さくこちらは大きく。
引きちぎるは言葉にするよりなお容易。

相手が、ニンゲンならばだが。


「……見えとるわ」

一騎当千の魔人にしてみれば掻い潜るは呼吸に等しく。
背を縮め、片足のみで前へ前へ右へ跳躍。
距離にして僅かの2歩分。
それだけの間隔のみを挟んで光槍の突撃を避けきりなお進む。
大きな十字架を指運のみで反転。
狙うは脚部関節、装甲に覆われていない一点。
先のロケットランチャーの一撃を受けても小破程度に留まった堅牢さは折り紙つきだ。
ならば防ぎようのない稼動部を精密に確実に一寸のズレもなく狙えばいいだけの話。
それを叶える技術が自分にはある。
足を止めればただの的、中に引き篭もる誰彼を引きずり出すのも朝飯前――――!

しかし今だ足は止まっていない。

「……ちぃッ!」

パニッシャーを握らぬ方の手を始点に側転。
重心が頂点に達する直前に、凝縮した運動エネルギーを開放。
……片手の屈伸運動のみで滞空する。その高さは実に数米。

そのまま、薙ぎ払われた刃を跳び越える。
単純な話で、突きで伸ばしきられた腕を横に払えば、そのまま薙ぎになる。
白虎はそれを忠実に実行しただけだ。
だが、行なうには相手が避けて直ぐの刹那に動きを切り替えねば間に合わない。
避ける方も、それ以上の精密性且つ即座の判断を要求される。

いずれもがニンゲンの限界を超えているからこそ可能な攻防だ。


牧師は地面を頭上とする体勢のまま、銃機関銃での射撃を行なう。
だが、流石に不安定な姿勢はほんの少しだけ狙いを定めるのを遅れさせた。
……白虎に、何処を狙っているのか悟らせるには充分だ。

それでも動き始めるよりはこちらの方が早い。
撃った。
穿つ、貫く、破砕する――――!

しかし、『壊しきる』より相手の動きが早いとは限らないのだ。
踏み込む! 踏み込む! 踏み込む!
ほんの少しだけ煙を上げる脚部を即座に前へ前へ。
白虎は、牧師の狙いを定めさせない。
そのまま、

「……通すッ!」

右を踏み込み、

「……ふ、」

左で“蹴り飛ばす”!

牧師の眼前に迫るは動く壁だ。

「ざけんな、ボケぇッ!!」

咄嗟の判断で、十字架の上部を天へ宙へ。
ロケットランチャーを虚空へ撃ち放ち、その反動で強制的に方向転換、姿勢を制御する。
足を、壁と垂直に。

接触。
足の裏の圧力は確かに暴力の存在を教えてくれている。
だから、それにあわせて膝を足首を曲げていく。

身体の全てのバネを用いて、あらゆる衝撃を凝縮させる。

溜める。
溜める。
溜める――――!

……解放。

そのまま、キック真っ最中の巨大な爪先を足場として。
相手の攻撃すら運動エネルギーと変えて、牧師は自ら跳躍した――――。

だが息は止まる。
体が圧迫される。
飛んだ。飛んだ。吹き飛んだ。

「――――!」

……空を仰ぎ見ながら、ダメージを判断。
大した事はない。
歴戦の経験から、体の僅かな挙動だけで受けた衝撃を逃がしきる。
相手の蹴りなど所詮はあまりに大雑把すぎるその場凌ぎの一撃でしかない。
骨一本たりとて折れては――――いない!

ニコラス・D・ウルフウッドの真価とは。
パニッシャーの火力でも。
パニッシャーを扱い得る身体能力でも。
パニッシャーとまさしく一体となる連携でもない。

類稀なる戦闘センス――――、比肩し得るもののない闘争の才能こそが、彼を彼足らしめるのだ!

そして――――、


「……失策やな、距離、稼がせてもろうたで……!」

遠距離において、パニッシャーに勝る個人武装などこの世には存在しない。
――――そう。
この構図は即ち、確定された勝利の具現である。
空を翔びながら、ロケットランチャーの戦端を白虎に向け直す。
……今の相手の体制は、横に薙ぎ払いきった光槍を背後に、蹴りを終えた左脚を前に。
今にも地面に脚を着かんとしながら、完全に無防備な腹をそこに曝け出している。

つまり。
つまりは。

「……いくらロボットでも、胴体に2発ぶちこまれりゃ耐えられへんやろ?」

コクピットのハッチに再度の爆炎をプレゼント。
それだけで駆逐は完了する。
指先を回し、十字架を肩に担ぐ。
狙うは当然、胸の悪趣味な顔面模様のど真ん中だ。

「……供養はワイがしといたるわ。安心して神様の所へ行って、ワイの悪行でも報告しとき。
 そっちに行くことになったら天国でもう一度ぶちのめしたるけどな」

……ついでに、あの阿呆に出くわしたんならな……。

そう口にしようとして、しかし牧師は言葉を飲み込み、言い直す。

「……それじゃサヨナラ、グッバイやどっかの誰かさん」

引き鉄を押し込もうとして――――、


急激に白虎が沈み込み、視界の中心からから消え失せた。


「……ッ!!」

刹那の間だけ目を見開き、動揺を瞬くよりなお短い間に押さえ込む。
よくよく見れば、相手の体勢は殆ど変わっていない。
……ただ、やけに前傾姿勢になっている為に、胸の中心をこちらに見せていないのだ。
これではロケットランチャーを繰り出しても有効打にすらなりはすまい。

だが何故だ。
蹴りを終えた直後という体勢上、あれ以上の起動は不可能なはずなのに。

舌打ちとともに視線をゆっくりとその巨体の下方へと移していく。
そこにある光景は何が起こったのかを雄弁に語っていた。

地面に孔が穿たれ、そこに片脚をわざと踏み込ませていたのだ。
自らの姿勢を変えられないならば、足場をわざと崩せばいい。
必然、そこに踏み込むだけで前かがみの姿勢を取ることになる。


ウルフウッドには知る由もない。
その孔がビャコウの飛び道具――――コンデムブレイズによるものであることを。
薙ぎ払いが終わった直後、手首をビャコウは回転させて石突を体の外側に、刃を内側に。
そのまま足先目掛けてコンデモブレイズを発射、踏み込むべき場所に孔を作り出していた。

完全にタイミングを外されたウルフウッドには、着地するその時まで出来る事は何もない。
そして、チミルフにも体勢を立て直す時間は必要だ。


僅か数秒にも満たないインターミッション。
それぞれがそれぞれの思考で以って、次に取るべき行動を決定する――――!

先に動いたのはチミルフだ。

「コンデム……ブレイズッ!」

貫き飛ばし突き通す。
眼前に在るもの全て、全て全てを穿って穿って穿って砕く!

奥の奥の手の飛び道具。
それを、行き着く暇なく撃ち眼前を埋め尽くす。
今ここでこの場で使わぬ道理はない。
飛び道具がないと認識していたであろう相手の最大の虚を突き、勝利を掴み取る。
先程使ったのを見られたか見られなかったかは関係ない。
その判断を下す前に、全力で以って完全に抹消すればいいだけだ。

先手は取った。
後は容赦も慈悲も躊躇もなく、ただひたすらに攻めて攻めて攻めてごり押しでも勝利を掴み取れよ獣闘士……!

「コンデムブレイズ、コンデムブレイズ、コンデムブレイズ、コンデムブレイズ……ッ!」

連射。連射。連射。連射。
連射。連射。連射。連射。
連射。連射。連射。連射。
連射。連射。連射。連射。
連射。連射。連射。連射。
連射。連射。連射。連射。
連射。連射。連射。連射。
連射。連射。連射。連射。

弾幕は止む事無く、雨と化してヒトに降る。
一滴一滴が触れた全てを砕いて潰すなら、その天候が齎すのは潰した塵芥すら残らぬ絶対の無。


だが、それがどうした?

当たらなければいいだけだ。避けきればいいだけだ。
降りしきる雨のその一滴の間隙を見極め身を躍らせなお前へ進め人の子よ。
さすれば道は開かれん。


……甘い、とウルフウッドは考える。
弾幕の密集のさせ方が甘い。
タイミングが甘い。
動きの先読みが甘い。
狙いそのものが甘い。

ありとあらゆる経験と知識と判断を以って、十戒の主の如く牧師は道を切り開く――――!

そう。
こと射撃において。
攻防いずれに際しても、武人は練り上げられた真の達人に及びはしないのだ。

一撃を避けるのは非常に容易。
全てを掻い潜り、足運びは常に最適解を。

飛来する全てを紙二重三重の余裕を持って往なし続け、狙う先は変わらず一点。

コクピットハッチに向かって、逃げ様のない一撃を叩き込む……!

だがそれでも。
それでも今は届かない。

狙いを定めて撃ち込むには。
この無数の光の壁は邪魔というにも程がある。

そして、着実に確実に、いつかはきっと訪れるだろう。

どれ程の技量を得ようと。
どれ程の判断力を駆使しようと。
どれ程の火力を許されようと。

個人という壁には、物量差というどうしようもない壁が存在する。

「流石にこれだけの連射は……、いつまでも対応しきれんか、くそったれがぁッ……!」

例え稚拙な射撃であろうとも、一撃なら赤子の手を捻ることより簡単に避けられようとも。
これだけの連撃、どれだけの間避け続けられることだろうか。

ジリ貧だ。
接近戦を挑もうにも、機械の巨人の挙動はあまりに強く、速過ぎる。
所詮、人の身で近づくには能わない。

さらばと遠距離からぶち込もうとしても、相手の射撃はそれを妨害するに余りある。

……ならば。
ならば、打開せねばなるまい。

人として、人の作り上げた錬鉄の兵装と、人の高め極めた技術で以って。
獣が如き炎の雨を縫い仕留めきる。

精密にして正確無比なる照準とタイミングで。
この弾雨の中を越えてあの白虎に届く一撃を。

リスクもコストも振り払い、ただ己を信じて吠える、咆える、吼える――――!


「破、ァアアァァァアアアァァァアアアアアアァァアアアアッ!」

集中せよ。
集中せよ。
集中せよ。

光の雨より更に白く、視界の全ては染まっていく。

そう、ロケットランチャーを撃ち込むべき一点は、今も目の前に近づきつつある。
それ以外に合わせるべき照準など、他にない。

単純で、シンプルで、愚直な弾道が、一直線に突き進む――――。

だから。
だからチミルフにはそれが読める。

武人故に、彼は弾幕を張ってからの流れに対して無意識のうちにシミュレートを全て終えている。
その磨き抜かれた直感という名の行動予測は、いとも容易く――――、

「……アルカイドグレイヴッ!!」

ロケットランチャーを弾き飛ばすことを可能とする……!

これで詰み。
これで終局。
これで最期だ。

後は頼みのロケットランチャーを撃ち放った無防備な体躯を串刺しにすればそれでいい。

チミルフの顔が一色に染まる。

……歓喜ではなく、驚愕に。

「な……ッ!」


……シミュレートの全てを、覆されたことで。

弾き飛ばされたのは、弾丸でなく自分の光槍。

何故か?
答えは実に分かりやすい。
ロケットランチャーの弾が、今まさに槍にて撃墜されんとする直前に爆発したからだ。
ガンメン本体にダメージを通すことすら可能な一撃、取り落とさなかっただけでも僥倖だろう。

――――着弾もしていないのに、何故爆発を?

いやいや、しっかりと着弾は起こっている。

思い返してみよう。

『ウルフウッドは、蹴り飛ばされたときの姿勢制御をどのように行なった?』

……そう。

先刻虚空に撃ち放ったロケットランチャーの残り火が、ようやく地上に帰還したのだ。
その落下の全てを読みきり、精密にして正確無比なる照準とタイミングで成すべきことを成したというだけ。

落下してくるロケットランチャーの弾を、新たにロケットランチャーで狙い撃つ。

そんな、ただの神業を事も無げに実行し成し遂げたに過ぎない。


引き起こされる結果は二重の衝撃と二倍の爆炎。
ガンメンの視界すら防ぎきる紅色の壁が、ビャコウの前面を埋め尽くす。

姿勢が、崩れた。
圧の一字に押し押され、ぐらりと巨体は尻餅をつきかける。

倒れながらそれでも、ぎり、とチミルフは歯を食いしばり、明瞭なる光景を得ようと光槍を一閃。
熱と焔の幕を斬り飛ばす。

……と。


とん、と、槍の先から静かな衝撃が伝わった。

「……!?」

炎は斬り裂いた。
だが、煙は今だ立ち込め、数秒の間とはいえ何が起こったのか知る事は叶わない。

ととととと……、と、槍の先から何かの音がこちらに近づいてくる。

いぶかしむ本当に僅かな一瞬。
……それが、あまりに大きな過失と成り果てた。


炎を煙を抜け、現れる影が一つ。
霞の中より次第に姿を露にしていく。
槍の上を腕の上を駆け抜けて肘の辺りで一息に跳ぶ。
勢いに任せ大きな大きな十字架を胸の口へと突き立てたのは――――、

死神よりなお怖ろしい恐ろしい黒衣の牧師。

「――――!」

何という身体能力。
あの威風吹き荒れる猛炎の中を抜けて、あまつさえ姿勢すら微動だにする事無く細い槍の柄を足場にするとは。

何という判断力。
このタイミングより早ければ業火は確実にその身を焼き尽くしていただろう。
このタイミングより遅れればチミルフは確実に立ち直っていただろう。

そして、何という豪胆さ。
蛮勇ではない。無謀ではない。勇気ですらない。
冷静な判断の下に、為せることを為しただけ。
だが、それを行ない得るのは歴戦の覇者のみ。

かちゃり、と十字架をならし、その砲口を破砕した装甲の隙間へと捻じ込んでいく。

「……銃機関銃の零距離射撃。これなら逃げられへんし、威力も十二分や。
 遠目から狙ったならともかく、密着状態ならこの程度の装甲容易くブチ破るで。
 ……覚悟は出来たか?」

頭に二発、心臓に二発。
鉄の壁越しに撃ち散らす。

……死を告げるは処刑人の名を冠する十字の担い手。
ここに、白虎と牧師の決着は刻み込まれた。
然るに残るは後始末。
中に潜む誰彼の息の根を止めてハイ終わり。



それだけだ。


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265:TRIP OF 『D』/死を運ぶ黒き風 ニコラス・D・ウルフウッド 267:No Man's Land -まだ見ぬ 遠き場所で-
263:箱庭の隅っこで愛を叫んだケモノ チミルフ 267:No Man's Land -まだ見ぬ 遠き場所で-





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