紙魚 [shimi]   ◆P2vcbk2T1w



私は

たぶん、今目覺めた。

此處は、何處だらう。
私は何をしてゐるのだらう。

私は生暖かい液體に浸ってゐる。

私は目を閉ぢてゐるのだらうか。
目を開けてゐるのだらうか。
暗い。
そして靜かだ。

私は躰を丸くして、液體に浸ってゐる。

聲が聞こえる。
何を怒ってゐるのだらう。
いや、悲しんでゐるのだらうか。

私の気持ちは、とても安らかである。

私は親指を握り締めてゐる。
私の臟は外に開いてゐる。
私の臟は何処に繋がってゐるのか、

どうも少し、
寒いやうだ。

私は

目覺めてゐるのだらうか。

「母樣」


(京極夏彦「姑獲鳥の夏」冒頭より。一部漢字改変)


 @ @ @ @ @ @ @


俺は躊躇することなく跳んだ。
相手が誰であれ、その戦術がどうであれ、自分の戦法は変わらない。
近接格闘からの一撃必殺。基本的にはそれが全てだ。
だが、その一手で過不足は無い。
それで全ての事が足りるよう、十二分に鍛錬は積んでいる。

だが、女も黙って死を受け入れるつもりは無いようだ。
俺が跳ぶのとほぼ同時に回避運動を開始する。
女は、滑らかな動作で後方の壁へとバックステップを……
いや、違う。
そう見紛うのも無理は無い。だが、移動したのは彼女の体ではなかった。

動いたのは、壁だ。
女の後方の壁が、女に向かって迫って来ていたのだ。
それが、まるで女が動いたかのような錯覚を俺に抱かせていたのだ。
そして、俺がそうと気付いた次の瞬間には、
女の体は、迫り来る白い壁に飲み込まれていた。
そう、まるで液体に沈み込むように、女の体は壁の中に染み込んでいった。

光源の無い薄暗い部屋には、俺独りが残される。
いつの間にか、先ほどの男の死体も消えていた。
運び去ったのは、奴の能力だろう。

こういった場合に、先ずとるべき行動は一つ。


「チッ……」
舌打ち。一種の逃避的精神運動である。

逃げられた……か?



静寂が、その場に降りて来た。

此処は、何処かの入浴施設内……の筈である。
俺――名前などどうでも良い――は、再度この場所に舞い戻って来た。
目的はただ一つ。
他者の殺害だ。
当初の目論見――否、予感通り、この場には一人の人間が残っていた。
だから、攻撃に転じた。ただそれだけだ。
だが、不覚にもその姿は、既に俺の目の届かない場所に隠れてしまっていた。
そこで、改めて周囲の状況を窺う。
あくまで慎重に、注意深く。まだ戦闘が終わった訳では無い。
前を、左右を、後ろを、上下を、素早く見渡した。

白い。
白い壁が、文字通り四方を囲んでいる。
薄暗い光源は、おそらく日光が紙を透けているのだろう。
だが、しっかりと眼で見る限り、その白い壁以外には、何もない。
この室内……いや、この白い匣には、それ自身を提議する白壁以外の一切が欠如していた。
明かりも、家具も、そして、出口さえも。
そう、この室内は密室。ネズミ一匹入り込む余地さえ見当たらない。
俺は、この白い室内に、完全に密封されてしまっていた。

先ほどまでは何の変哲も無い民家の一室だったこの場所も、今や異様な空間へと変質してしまっていた。
一瞬の間にこれだけの物を作り出すその能力は、確かに脅威ではある。
そのスピードと前動作の無さは、これまでに見えた錬金術師達の中でも抜きん出ている。
だが、ただそれだけだ。
鋼の錬金術師も、この程度の練成ならば瞬時にやってのけていた。
しかし。
解せない。
これは、一体どういう意図なのだろうか? 
あの女は何を企んでいるのだろうか?
何も無い密室に閉じ込める……だけなのか?
さしずめ、自分をこの密室に幽閉し、これ以上凶行を重ねることを阻止したい……と言ったところだろうか?
だが、もしそうなのだとしたら、生ぬるい事この上ない。
この期に及んで、自らの手を汚すことを拒むような輩であるならば。


その楽観が、当たっていれば良かったのだが。


突如として、足元が揺らぐ。
いや、足元だけではない。この白い匣全体が揺れている。
そして、眼前の床が浅く盛り上がったかと思うと――
「ちぃッ!!」
次の瞬間には、獣の爪を思わせる鋭利な棘が、眼前に聳え立っていた。
すんでのところでそれを躱したものの、今度は左方の壁から新たな棘が伸びる。
さらに、前後の壁から、地面から、天井から、
突き出した無数の棘が、文字通り俺に牙を剥く……!

改めて認識する。
ここは、魔女の胎の中。
俺は、既に飲み込まれ、胃袋の中で消化を待つだけの存在でしか無いのだと。

全方位から、絶え間なく襲い来る攻撃。
恐らく、奴はこちらの位置や動きを把握してはいまい。
だが、そんなことは無関係と言わんばかりに、
残酷な斬撃が、部屋中を所狭しと、雨霰の如く降り注ぐ。

しかも、だ。
こちらの逃げ場を無くさんとばかりに、
徐々に、だが確実に、
部屋が狭くなってきているという事実に気付いてしまった。

――あの女、見かけによらずに陰湿な……

口元に浮かんだ笑みは、余裕の表れでは決して無い。
寧ろ、その逆だろう。

だが、無慈悲な刃は、躊躇無く獲物へと迫り来る。
その殺意のうねりに、一切の死角は無い。


 @ @ @ @ @ @ @


襲撃者を閉じ込めた白い匣を前にして、
読子・リードマンは、険しい表情のまま、直立していた。
怒り、激情、そういったシンプルな感情が読子の中を渦巻いている。
だがその一方で、彼我の戦力を正確に分析し、それを冷静な判断のもとに戦法にフィードバックできている。
そう読子は自負していた。

思えば、余りにも予想外の出来事が、息つく間も無く次から次へと起こっていた。
突然見覚えの無い場所に運ばれ、
謎の男ロージェノム率いる組織の統べる町で、
その圧制に健気にに立ち向かう少年少女と出会い、
そしてその勢力を脅かす謎の催眠術師少年が現れ、
更には新たな殺人者が乱入してきて……
正に風雲急の展開だ。
現実は小説より奇なり、とは良く言ったものである。

だが、読子は慌てない。
自分はこれでも、この道のプロ。
それらにキチンと対応し、事態の解決の為の最善の策を打つのだ――
そう、読子は考えていた。
そして眼前の白い匣が、その判断の結果である。

男の攻撃を数回見ただけだったが、読子は確信していた。
あの男は、手から何かしらの衝撃波とか発剄とか破壊光線とかかめ○め波とか……
そういった、謎の攻撃手段を繰り出す事が出来るのだ。
攻撃時にバチバチ光ってたので、都合上「シャイニングフィンガー」とでも名付けておこう。
そのSF(=シャイニングフィンガー)の効果によって、
温泉は破壊され、紙は破られ、マスクマンの命は奪われたのだ。

だが、これまでを見る限り、あの攻撃は射程が短い。
これは勘なのだが、多分あれは直接触らないとダメージを与えられないような攻撃なのだろう。
ならば、自ずと対応法も見えてくる。
相手の手の届かない場所から、相手が捌き切れない量の攻撃を浴びせれば、彼に対応する術は無い。

つまりは、既に自身の勝利が決まっているのだと読子は考えている訳だ。

あの男の体捌きはたしかに凄い。
でも、それだって常識の範囲内だ。分身したり、変わり身の術が出来るわけではない。
閉鎖空間に閉じ込めて、全方位からの攻撃を受ければ、無傷でいられる訳が無い。
もしSFでどうにかしようとしたって無駄だ。
読子の紙の強度は、言っちゃあ何だが折り紙付きだ。
少しぐらい穴が開いたって、直ぐに塞いでしまえば良い。
そして、その間も攻撃が止む訳では無い。そもそも、攻撃するだけの余裕が有るのかどうか。
さらに、念には念を入れ、匣を小さくして逃げ場を無くす。
これで、磐石のはず。
後はあの男が力尽きるのを待つばかり……


どうもこの所勘が冴えている。
勝因は、冷静な“洞察力”だな。
それは、読子がそう考えた矢先だった。

朱い稲光が、白い紙の向うで瞬いた。
それも、今までよりも遥かに大きく、眩く。
「な、何!? で、でもちょっとぐらいの反撃ぐらいじゃ……!」
そう。ちょっとぐらい壁が綻んだ程度では、あの匣の中から逃れられはしないはず。
ちょっとぐらいの穴ならば……


読子の眼前の白壁に、僅かな焦げ目が、穴が穿いた。
それが見えた次の瞬間には、
その穴から四方に延びた光が、
紙の壁を、
砕き、
千切り、
焼き、
溶かし、
灰燼その物へと変えていった。

「そ、そんな!? あれだけの紙が一瞬で!?!? い、一体どうやって……!?」
その光景は、読子の理解を超えていた。
鉄壁の紙壁が、一瞬で瓦解した。
あの包囲網は完璧だった筈だ。
なのに何故?
あの男に、ここまでの破壊力を持った攻撃手段が有ったのか?
それならば、何故今まで使わずに?
実は、コレが命と引き換えの、最後の一撃だったとか……?

そんな楽観を一蹴するが如く、
立ち込めた紙塵の向うに、薄っすらと影が揺らめく。
自らの血に濡れた巨体。
その紅い目が、こちらを睨む。

やばい……!
満身創痍だなんてとんでもない!
あの男はまだ――殺る気だ!!

男が跳ぶ。
まるでスローモーションのように、その動きがゆっくりと見えた。
でも、私を取り巻く空気は重く、粘着質で、私の体に纏わり付く。

咄嗟に、懐にしまっておいたメモ用紙を投げつける。
刃物同様の高度を持ったそれらの紙片はしかし、男の勢いを削ぐのには不十分だ。
狙いの甘い紙のナイフ達は、男の体を掠っただけで、男の後方へと飛散する。

後が無い。
温存とか、そういうことを気にしている場合では無いと気付く。
今、この一瞬を逃れなければ、その後などもう、無い。

無我夢中に残りの紙束すべてを掴むと、それを男に向かって投げつける。
それらは、先ほどの匣の壁とは比べ物にならない分厚さの防壁へと姿を変える。
「くどいッ!」
だが、それらも男の手によって、一瞬の内に霧散してしまう。
この壁をも物ともしないなんて、やはり何かしらのトリックの種がある筈だ。
だが、その種明かしは後回し。
今は、距離をとることだけを考える。
今の紙壁は、もう十分に役割を果たしたのだから。

「ぐッ!?」
予期せぬ痛みに、男の声が漏れる。
その脚には、一枚の紙――否、一本の剣が刺さっている。
それは、先ほど男の脚を抉ったものと同じ場所。
そう、今の紙壁はただのフェイク。目隠しだ。
紙壁で目を眩ませて、脚を奪う。
これで、私が逃げる隙が――――


「ぐぉぉぉぉおおおおおおおッッッ!!!」
「う、嘘……っ!?」
私の甘い考えを吹き飛ばす咆哮が空気を震撼させた。
深々と開いた脚の傷穴から鮮血を迸らせながら、
それでも男は止まらなかった。
もう、距離が無い。
迎撃しようにもネタ切れだ。
死神の右腕が、私の顔へと伸びてくる。

ガクン

だが、その手は私の鼻先数cmで止まる。

男の膝が崩れている。
流石に気力だけでは、もう立っているのもやっとなのだろう。
助かった……?

そのまま、その右手は私の胸元をかすめる。

このまま、逃げられ……る……?

そして、延び切った右手が、僅かに私の腹部に触れた。

「ぱしん」と、静電気が走る音がする。
一呼吸置いて、「ぷちゅっ」と、ビニール袋が破れたような音がした。

ブックドラフト。
自宅で度々襲われたような、大量の本の、雪崩のような崩壊。
それを彷彿とさせる勢いで、黄色い物が、滑り出した。



小腸だ。


私……の……?

「え? ええ? これ、え? どう、ちょ、ちょっと、えっ?」

思ったよりも小さな穴から、だらりと腸管が伸びている。
私のお腹から。
不思議と、痛みは無い。
でも、ただ、灼ける様に、熱い。
「そ、そんな、え? ま、戻って、待って、ああ、えっと」
零れ落ちた腸を、お腹の中に戻さないといけないと思った。
でも、つるりと滑り出した私の腸は、戻そうとしてもなかなか上手く戻らない。

それでも何とか戻そうともがく私を、男が静かに見下ろしていた。

「無駄な足掻きをしなければ静かに逝けたものを……
 過ちを悔いろ。紙の魔女よ」
過ち? 何の? 私が何を間違えたって?
私は間違ってなんか……

「紙を鋼に練成しているのかとも思ったが、そうでもない。
 あくまで『紙』という属性を保ったまま、その性質を変化させる術……
 これが錬金術の類かどうか、終に確証は持てなかったが……
 万物の理に反する術、野放しにするには捨て置けん」
男が血の滴る脚を引きずりながら、ゆっくりとこちらに歩み寄る。

「あの紙箱は悪手だ。
 すべての紙を『一つ』に連続させてしまったのだから。
 小さく纏まりつつあるその一塊の紙の分解、容易いことだ。」
ぼそり、ぼそりと、独り言とも、語りかけとも付かない言葉が聞えてくる。
この男の人は何を言っているのだろう。
分解? 悪手?

「特定の物質に偏重した戦法、組み易し。
 それで尚向かってくるとは、私の力を読み誤ったか。
 冷静に観察すれば看破できそうなものを……予断が過ぎたな」
……それって、つまりは。
私の……判断ミスって……こと?

男の手が、私の額を優しく撫でる。

「神に祈る時間をやろう」

え? 祈る? 何を? 
神様? 紙? え?

何……?


目の前が赤く染まる。



 @ @ @ @ @ @



薄暗い部屋の中に一人、私は横たわっていた。
自分から流れ出た血と体液に浸りながら、
それでも尚、私の中から、色々な物が流れ出すのを感じていた。
私は思う。
あの男の人は、何をあんなに怒っていたのだろうか。
それとも、悲しんでいたのだろうか。
スパイクさん達は無事だろうか。
ねねね先生はどうしているだろうか。
私はこのまま死ぬんだろうか。
ああ、死ぬんだろうなあ。
そんなことを、まるで他人事の様に考えていた。

こういう時には、走馬灯が巡るものなのだろうか。
でも私の場合、巡って行くのは、私の人生ではなくて、
私がこれまでに読んできた、数多の本の内容だった。

好きだったあの本。
何度も読んだあの本。
ああ、そういえばあんな本もあったな。
あれ、あの本の結末はどうだったっけ?

そして、気付く。
思い出せない。
あの話の結末を、あのストーリーを、あの登場人物の名前を。
私が貪欲に貪った数々の大切なものが、血や体液と一緒に流れ出てしまう。
ああ、だめだ。流れていかないで。
止めて。
誰か、私が散乱してしまうのを止めて。
どうか、私を。
願わくば、私という物語をどうか、繋ぎ止めて。
私を書き留めて。
このまま流れて消えてしまうのは嫌だ。
誰か……お願い、誰か……
私を、連れて行って。
物語の中に……


ああ、そういえば、こんなシチュエーションの物語が有ったような気もする。
何ていうタイトルだったっけ?


私の台詞は、なんだっけ?


【読子・リードマン@R.O.D(シリーズ)  死亡 】


【H-6/温泉施設/一日目/日中】
【スカー(傷の男)@鋼の錬金術師】
 [状態]:疲労(大)、全身に裂傷、右太腿に刺し傷(要治療)
 [装備]:なし
 [道具]:デイバック、支給品一式@読子(メモは無い)、飛行石@天空の城ラピュタ、不明支給品(0~2個)
 [思考]
  基本:参加者全員の皆殺し、元の世界に戻って国家錬金術師の殲滅
  1:傷の手当及び休息

[備考]:
※会場端のワープを認識しました。

※糸色、読子の死体は温泉施設内に放置されています。



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投下順で読む


171:絶望の器 スカー(傷の男) 200:Trip of Death
171:絶望の器 読子・リードマン





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