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愛に時間をⅢ - (2023/07/20 (木) 13:18:20) のソース
**愛に時間をⅢ ◆LXe12sNRSs ディープラブという言葉をご存知ですか? 島耕作のような、ねっちゃりしたアレです。 ラブの度合いが強すぎるあまりその人を監視しちゃったり、拘束しちゃったり、果てには飼っちゃったり、ってやりすぎだ! 絶望したッ! 愚直すぎるディープラブをヤンデレとかで一括りしてしまうオタク社会に絶望したッ!! ■語り――糸色望 ◇ ◇ ◇ ――闘争の唸りが、やむ。 獣の咆哮にも似た雷鳴の轟きは市街を劈き、一瞬で静寂へと至る。 騒音の原因でもあった巨大兵器は沈黙し、赤身の全形を爛れた黒へと変えていた。 煤塵舞う街路の端、黒こげになったグレンを足元から見上げる姿が二つ。 「木っ端微塵かとも思ったけれど、まるこげとはね。料理にも使える器用な技みたいだ」 「……炭になっては食えんがな」 役割を果たしたジンとスカーが、勝利者の余裕でもってグレンに対した。 横合いのビルから降りてきたねねねとガッシュも、二人に合流する。 「……ぶっ放した私が言うのもなんだけどさ。大丈夫なのか、これ?」 「ウヌ、心配するでない。バオウの雷は命までは奪わないのだ……たぶん」 破壊の雷光は戦局を閉ざす決定打となったが、グレンの内部がどれほどの被害に至っているかは不明瞭だ。 搭乗者の二人、ヴィラルとシャマルにまだ息はあるのか。彼らの所持品は燃え尽きていないかと、ねねねは心配していた。 「作戦会議の場ではああ言ったけど、オレとしても命を盗むような真似はしたくない。 パーティーの幕が閉じるまで永遠におねんねしてくれてるってのが、一番好ましいんだけどね。 これだけ痛めつけてまだ懲りないってんだったら……イシュヴァラの神も黙っちゃいないってとこかな?」 ジンの覚悟を促すような言葉に、スカーが拳を握り締める。 「万が一のときは……己れが手を汚そう」 中の二人がどんな行動に躍り出るか。それは箱を開けてみるまでわからない。 ただ不必要な死を招きたくないのは誰にとっても同じであり、等しい願いだ。 博愛主義では世の中は回らない、されど理想として胸に抱くことはやめない。 そう、愛は他者に向けてこそ。 グレンの操縦席に鎮座する彼女が、外の敵に目もくれないのは――ひとえに愛しいがゆえだ。 ジンたちがグレンの足元に駆けつける少し前から、シャマルの意識は覚醒していた―― ――バオウ・ザケルガの直撃による衝撃と振動、内部にまで届く電流が、一度は搭乗者たちの意識を閉ざした。 しかしシャマルだけは、ほんの一、二分で意識を回復させ、激痛の残る体に鞭を打つ。 「う……っ」 ぐらりぐらりと揺れる脳を、どうにか正常に保つ。 狭いコクピットに身を置きながら、先の衝撃だ。壁に頭でもぶつけたのだろう。 見ると、コクピット内部は散々な有り様だった。 両側面部のモニターはブラックアウトし、周囲の情景がまったく視認できない。 操縦桿や天井部からは火花が散り、どうやらショートしているようでもあった。 全身にも、微かな痺れが残っている。 あの金色の竜は、フェイト・T・ハラオウンが得意とする雷撃系の魔法にも似た攻撃だったのだろう。 体中が気だるく、節々が痛みもするが、それでも命に関わるほどの怪我ではない。 シートにも座っていなかったのによくも軽傷で済ませられたものだ、とシャマルは自らの幸運を鑑み、気づいた。 「あっ……!?」 軽傷の自分に反するように……操縦席に座っていた愛しい男の身からは、死の香りが漂っている。 「ヴィラルさん!」 シャマルは叫び、すぐさま回復魔法を行使した。 メインシートに席を置くヴィラルは操縦桿を握ったまま、深く目を閉ざしている。 頭部からは夥しい量の血が流れており、顔色も青く変色していた。 握られたままの操縦桿は、死しても戦い抜くという戦意の表れだとでもいうのだろうか。 「どうして……どうしてッ、こんな!」 ヴィラルの重傷と己の軽傷を照らし合わせて、その差はなにが原因であったのかと考え込む。 翳した手はヴィラルの患部に集中し、魔力を放出したまま、シャマルは子供のように泣きじゃくった。 『……ヴィラルは、あなたを庇ったんですよ』 ふとして齎された声に、シャマルが視線を落とす。 懐にあったカード型デバイス、クロスミラージュの機械的な音声が語りかけていた。 「あなたは無事だったのね、クロスミラージュ……」 『ええ。本来ならこの機動兵器の計器ごと大破していてもおかしくはなかったのですが、幸運でした。 先ほどの竜――ガッシュ・ベルのバオウ・ザケルガは我々の知る魔法とも別系統の力であるようでして。 術者の意志に呼応して、破壊力の調整を図れるようです。彼らが本気なら、今頃はあなた諸共木っ端微塵でした」 「けど、ヴィラルさんは――! そうだ、私を庇ったって、いったい……」 シャマルは涙声のまま、体裁も気にせずクロスミラージュに問う。 クロスミラージュは、表情を持たぬ機械として、厳格に事実を告げた。 『バオウ・ザケルガの直撃を受ける寸前、ヴィラルは操縦席から身を離し、傍らのあなたに覆い被さったのです。 衝撃を和らげる緩衝材になろうと、本能で動いたのでしょうね。私としても、彼の行動は予想外でした。 その後はあなたと共に意識を失い、しかしあなたよりも先に目覚め、再び操縦席に着きましたよ。 操縦桿を握り、戦闘本能の赴くがままに過ちを繰り返そうとして――またすぐ意識を閉ざしましたがね』 クロスミラージュの恬淡とした報告を受けて、シャマルは愕然とする。 後悔遡るのは、ガッシュらとの戦闘に至るずっと前。出撃のときにはもう、道を間違えていたのかもしれない。 チミルフが死に、残る参加者がわずかとなり、禁止エリアの追い討ちとリミットの告知が、戦士の自尊心に焦りを与えた。 シャマルは、そんなヴィラルの焦燥感に気づき、諌めるべきだったのだ。 それを、クロスミラージュへの反骨精神もあったせいか、跳ね除けてしまった。 ヴィラルを信じての結果的な盲従は、軽佻浮薄だったと認めざるをえない。 だが、今さらの後悔に酔いしれている場合ではないのも事実。 シャマルは余計なことを考えず、敵の存在すら忘却して、ヴィラルの回復に当たった。 そんなシャマルの盲目的な様を見て、クロスミラージュが口を挟む。 『まだこんなことを続けるというのですか? これ以上過ちを重ねて、なにがあなたを幸せにするというんです』 「……」 シャマルは言葉を返さず、黙して治癒を続行する。 『ヴィラルが、あなたにとっての大切な拠り所であることはわかります。彼を救いたいと願うなら、なおさら虚勢を張るべきではないでしょう』 「……」 クロスミラージュの言葉は、騒音にしかならない。 集中力を欠いては、ヴィラルの命に関わってしまう。 『今すぐガッシュ・ベルたちの下に降り、投降してください! 皆で協力すれば、あなたの望む幸せとて――』 「……勝手なこと、言わないでッ!」 ――つい、感情が抑えきれず、シャマルは声を荒げてしまう。 しかし、回復魔法の行使には手を抜かない。 声だけで、シャマルはクロスミラージュを恫喝する。 「クロスミラージュ……あなたは言ったわね。愛はもっと、幸せに満ちた感情だって。 なら訊くけど、あなたは誰かを愛したことがあるの? 愛しいという想いを、片時でも胸にしたことがあるの!?」 涙は止まらず、感情に支配された悲痛な主張を、シャマルは喚き続けた。 クロスミラージュは言い返せず、聞き手に回ってしまう。 「誰にも、私たち二人の世界を侵す権限なんてない。私たちの愛を、愛じゃないなんて言う資格はっ、ないッ!!」 雄叫びのようにシャマルが吼え――それに呼応するかのように、暗転していたモニターが復帰を果たす。 外界の映像によって明るくなったコクピット内で、シャマルはそれでも愛を叫び続ける。 グレンのすぐ足元に、ヴィラルをこんな風にした元凶がいようとも。 グレンに搭載された拡声器がオンのまま、言葉は全て、外に筒抜けになろうとも。 構わず、シャマルは訴え続けた。 「私は……ヴィラルさんが好き! 大好き! 愛してる! この世の誰よりも! 世界で一番愛してる!!」 守護騎士としての永久に近い人生、ここまで感情を表に出したことはなかったかもしれない。 かけがえのない家族にも、守るべき主にも、ぶつけたことはない未知の激情。 たった一人の女の子として、抱いて当然の感情を吐露する。 「初めて会ったときから、ううん、それからだんだんと、どんどん、言い表せないほど好きになった! この人を好きと思う気持ちは、ヴィータやシグナムやザフィーラやリィン、はやてちゃんに向けてきたものよりよっぽど強い! 馬鹿げてる、って言われるのはわかってる! プログラムにすぎない私がって……けど、けどけどけど、けど!」 張り上げる声は、徐々に強く。出会いと過程を思い出しながら。 ――『き、きゃあああ!?』 ――『怯える必要はない、少々確かめていただけだ』 出会い頭に裸を見られ、羞恥心を押し殺し、利用し合う関係を築き上げた。 思えばそれが転落の始まりか、しかし落ちた先が奈落だとは思えない。 ――『あの……箸は使わないの? フォークが無かったから箸にしたのだけれど……』 ――『“ハシ”……この棒のことか? すまんが……俺はこの道具を使ったことがない』 殺し合いという環境に身を置きながら、随分とゆとりの持てた生活を送っていたとも思う。 彼と過ごす時間には確かな安らぎがあり、それは比しても八神家での団欒には劣るはずだった。 ――『私は獣人ではありません。もし仮に私達が運良く生き残れたとしても……』 ――『安心しろ。お前のことは三日三晩喰らいついてでも螺旋王に認めさせてやる』 なのに、彼への想いは膨れ上がり――八神はやてが死亡してからも、その波が止まることはなかった。 絶望した自分を叱咤し、生きる意味を与えてくれた、縋るべき拠り所。 ――『オレの明日がお前の明日だ』 ――『目合うのなら……慰めあうよりも、愛しあう方がずっと良い』 ――『お前の仲間は全員死んでしまったが、オレだけは最後までお前のそばにいる』 ――『だから頑張れシャマル、頑張れ』 縋るべき、拠り所。 クロスミラージュに難色を示されても仕方がない関係は、しかし肥大化して、愛に至ったのだ。 今さらこの感情に異を唱えるなど、自身を否定していることに相成らない。 この衝動は正しく愛であり、八神家を恋しいと思う気持ちよりも強く、そして――無敵だ。 「わたしは――ヴィラルさんがっ、だいすきだぁああああああああああああ!!」 人目憚らない愛の告白が、殺戮の舞台に木霊する。 オーディエンスが唖然とするのも構わず、シャマルは思いの丈を主張し続けた。 眠れる男の覚醒を願って。 ◇ ◇ ◇ 好きなものは好きって、隠さず公言しなきゃ。やっぱ人生損だよね~。 趣味や性癖なんて人それぞれなんだからさっ、やまないやまない。 大切なのは愛だよ! あいあいあいあいあいあいあいあいあいあア~イ、愛! ■語り――泉こなた ◇ ◇ ◇ ――〝螺旋力とは、遺伝子の力だ。遠い宇宙に住む螺旋族から端を発し、この惑星の移り住んだ人間に伝来したものでもある〟 宵闇のような意識の狭間で、懐かしい声が胸を打つ。 彼の人物の言葉は、いったいどれだけ昔に授かったものか。 思い出すにも億劫なのは、この身を蝕む激痛のせいだろうか。 ――〝螺旋力は、人間の生理的な欲望に強く呼応する。テンションと言ってしまってもいいがな〟 獣人をやめた、否、やめさせられた、あの屈辱の日。 睡眠時間の枷を外す儀式の間際、王が零した言か。 それを、なぜ今さら。 ――〝そういう理屈では、本能に従順な獣こそ、より純度の高い螺旋力を得ることが可能なのかもしれん〟 獣。 気高き獣。 武と智を兼ね揃えた獣人。 ――〝仮説にすぎんが……もし、獣人が人間と同様に螺旋遺伝子を持つことができるのならば〟 そんな肩書きが、今さらなんだというのか。 今の自身は、獣でも獣人でも、ましてや人間でもない。 都合のいいように改造を施された、できそこないだ。 ――〝赤子のように無垢で、獣のように従順で、遺伝子が欲する感情に心を委ね……凄まじい螺旋力を発揮するのであろうな〟 それを今さら卑下するつもりもない。 この身は戦える。 この身は、たった一人の女を愛しいと思える。 ――〝……そんな前例は、羨望の対象たる世界でもなかったことだ。だが、もしおまえが人間として新生するのならば〟 多元宇宙のどこかで、己が戦士として殉じようとも。 螺旋力を巡る闘争に加わり、人間たちと列を並べようとも。 この地では……己が欲望に従う。 ――〝あるいは、そんな奇跡も起こるやもしれん。私は、それに賭けたりしないがな〟 それがオレの生き方だ。 他の宇宙の誰でもない。 シャマルを愛した、ヴィラルの生き方だ。 獣、獣人、人間、螺旋力……知ったことか! オレは、オレは―― ――ゆっくりと、閉じていた瞼を開ける。 頬を雫が伝い落ちていき、視界には泣きじゃくる女の顔があった。 酷い形相だった。目頭を赤くし、鼻水を垂らし、女の誇りを捨てている。 だが、そんな一面がまた、どうしようもなく可愛い。 せめて涙を拭ってやるのが、男の務めだと思った。 「ヒクッ……ヴィラ、ル、さん……っ?」 指で目元を拭ってやると、シャマルが鼻を啜りながら反応してみせた。 赤子のように弱々しい仕草は、保護欲をそそられる。 悲しみの表情は可愛くもあるが、笑って欲しいとも思う。 彼女にはやはり、笑顔のほうが似合っているだろうから。 「シャマル……おまえの想い、確かに受け取ったぞ」 頭がズキズキと痛む。酷い傷を負っているようだ。 シャマルは泣きながら、治癒を施していてくれたのだろうか。 そう考えると、痛みなぞどこかへ吹き飛んでしまう。 なんて献身的な女だろう。また愛しくなった。 「ヴィラルさん……ヴィラルさん、ヴィラルさん、ヴィラルさん……ッ!」 シャマルは咽び泣き、ヴィラルの身に覆い被さるようにして、また泣く。 ああ、このままギュッと抱きしめてやりたい。 肌の温もりを、鼓動の高鳴りを、彼女に伝えてやりたい。 だが今は、もっと単純な愛を送ってやりたい。 「シャマル」 一言、愛する女の名を呼び、ヴィラルはシャマルに口づけをする。 涙のせいか、唇から感じ取れる味はほのかにしょっぱかった。 一秒か二秒の間、唇を合わせ、そっと離す。 貪りたい欲求はあるが、それは後の楽しみに取っておこう。 「今度は、オレがおまえの愛に応える番だ。ついてきてくれるな、シャマル?」 ヴィラルが問うと、 「はいっ……はい、はい! はい!」 シャマルはまた泣いて、何度も何度も、深く頷いて見せた。 泣くな、笑え、とぶっきら棒にシャマルの頭を撫で、ヴィラルは操縦席から立ち上がる。 ふらつく足取りを気合で持ちなおし、そのままグレンの外へ出た。 寒風吹き荒ぶ中、ヴィラルは額の辺りから流れる血を鬱陶しく思い、しかし止まらない。 眼下には忌々しい人間たちが複数存在していたが、今は交わす言葉もない。 グレンの装甲をよじ登り、頭上へ。 最も高く、最も声の届きやすい場に躍り出て、宣誓を果たすために。 (……ああ) グレンの頂に立ち、初めて下方の敵に目を向ける。 黄色いコートの少年、傷の男、童子、女――相対した面々は、戦意迸る視線の矛先を、ヴィラルへと傾けている。 それでこそ――と、ヴィラルは鮫のような牙をむき出しにして笑った。 「ウヌウ……ヴィラル! そんな体で、まだ戦うというのか!?」 ガッシュはヴィラルの見るからに重傷な様を見て、そんな戯言を向けてくる。 失笑ものだ。もとより、この戦いには殉死する覚悟で臨んできたというのに。 「ヴィラル……? 違うな。今のオレはただのヴィラルじゃあない…… 戦士としてのプライドも、もういらん。立場も存在意義も、全てかなぐり捨てる。 今のオレは、おまえらが知っているヴィラルではない。そう、今のオレは……オレは……」 都の戦士としての誇りも、螺旋王への忠誠心も、捨てるに安い。 今、この身はたった一つの感情さえあれば戦える。 戦って、生きることを目指せる。 だから、男は愛を唱えるのだ――! 「オレは……シャマルの! 旦那だァァァァァ――ッッ!!」 拡声器もなしに、ヴィラルは声帯を潰しかねん声量で雄叫びを上げた。 その迫力に気圧され、ガッシュが、ねねねが、ジンが、スカーでさえもが一歩退いた。 畳み掛けるように、ヴィラルはシャマルへの想いを放歌高吟する。 「ああ、オレはシャマルが好きだ。好きなどという言葉では生温い。愛している! ゾッコンだ!! 顔も性格も容姿も声も全て素晴らしいがなにより匂いがたまらん! オレの嗅覚を抉るあの匂いはなんだ! あれが女の持つ神秘だというのなら、いいやあの匂いはシャマルだからこそ、唯一無二のオレだけのものだ! 誰にも渡しはしない。あのすべすべとした肌のぬくもりも、時折見せる愛嬌ある微笑みも、儚げな瞳も全て! 作る料理は正直食うに堪えられたものではないが、そこもまた可愛げの一つとして受け入れよう! オレはシャマルのためならなんだってやる! 戦士としての看板すらドブに捨ててやる! それだけの愛! 全部ひっくるめて愛なんだ! この感情は愛以外に例えることができん! 愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛あ~いッ!! いいか、何度だって言ってやる! 貴様ら耳の穴かっぽじってよぉぉぉく聞きやがれぇええええええええ!!!」 既にねねねやガッシュは耳を塞いでいる中、ヴィラルはさらに声を張り上げ、叫ぶ。 「オレは――シャマルがっ、だいすきだぁああああああああああああ!!」 ――耳を塞いだとて、無意味だった。 羽虫のざわめき、狼の遠吠え、猛禽の威嚇、獅子の咆哮、どれとも形容しがたい愛の叫びが、大気を奮わせる。 人間に近しく改造された獣人は声域をも強化されているのか、はたまたこれも愛の成せる業か。 「……なんっ、な!? 馬鹿じゃないのかアイツ……つーか馬鹿だろ!? 恥ずかしい馬鹿だろアイツ!?」 「落ち着きなっておねーさん。オレも動揺しまくりだけどさ……キールといい勝負ってとこかな。はは……」 「……若さ、か」 「ウ、ウヌウ……」 ねねねやジンはたじろぎ、仰天しながらもヴィラルを注視し続ける。 スカーとガッシュも驚きこそすれど、完全に警戒を解くには至っていない。 バオウ・ザケルガで撃破したと思われた敵は健在であり、戦いはまだ終わっていないという現実を、各々胸に受け止める。 戦意絶やさぬ戦士たちの様――ヴィラルはそんな眼下の連中を、一笑してまた叫んだ。 「オレはァアアア! シャマルと添い遂げるッッ!!」 空気を劈く大声が、直下に浴びせられる。 この愛の咆哮に耐えられぬ者など、もはや敵ではない。 荒ぶる激情を糧とすれば、困難などなにもないと――ヴィラルは心に刻み、動いた。 肩に提げたデイパックに手を突っ込み、無造作に掴み取った物体を引き上げる。 それはデイパックに収まるにしては無理な質量で、尚且つ武骨だった。 男らしい顔つきは彫刻か否か、洗濯機ほどの大きさを持つ丸い物体は、ねねねたちにとっても縁ある品だ。 殺戮のクライマックスを想定し、会場に配備されていたスペシャル・ガンメン――螺巌(らがん)。 他のガンメンとは異なる性能を秘めるそれに、ヴィラルは己が信じる愛を託すと決めた。 操縦席となっているラガンの頭部へと乗り込み、懐から起動キーを取り出す。 掌にすっぽりと収まる程度の、小さなドリル。 ヴィラルはそれを、操縦席中央部の鍵穴へと差し込んだ。 コアドリル――ラガン起動の核となるアイテムに、力を注ぎ込む。 螺旋力という名の、進化の力を。 「あのときの輝きを……もう一度、オレに見せてみろぉおおおおおお!!」 ぎゅるり、と差し込んだコアドリルを捻る。 途端、鍵穴を起点として照明が弧を描き、螺旋を成した。 ラガンの小さな全形が揺れる。口が開き、声なく猛る。 ヴィラルの螺旋力を動力源とし、火が灯る。 瞬間、むき出しになっていたラガンのコクピットが隔壁に閉ざされた。 ヴィラルの姿を覆い隠し、バーニアが点火、鞠のように空へと跳ね上がる。 一同の視線を買う中、ラガンの脚部が突起物へと変じ、全形がドリルを模した。 そして、突起物が回る。ぎゅいいいん、というけたたましい音を奏でて、それこそ本物のドリルのように。 いや、違う。 それはもう、紛れもなくドリルなのだ。 ラガンである以前に、一つのドリルであったのだ! 「――オレのドリルがァアアアアア!!」 ドリルと化したラガンの内部より、ヴィラルの叫び声が響く。 それは外にも漏れ、ドリルの回転音にも負けず、皆の耳に届いた。 空中で停止していたラガンが、回転を強めながら降下する。 「――シャマルを貫きィイイイイイ!!」 まっすぐ、直下のグレンへと突き刺さる。 グレンの頭頂部を穿ち、貫通して、一心同体となる。 「――合体するッ!!」 異なるガンメンにドリルで接続し、その機体のコントロールシステムを掌握する。 ラガンにのみ搭載された特殊機能によって、今、グレンとラガンが一つになった。 ドリルはグレンの頭頂部を通して、シャマルが席を置くコクピットまで届く。 両機体の操縦席がドリルで繋がり、またそのドリルを管として、ヴィラルは螺旋力を流し込んだ。 グレンの全機械系等に、そしてシャマル自身に。 黒こげだったグレンの全姿は、注がれた螺旋力を洗浄剤として、一瞬の内に赤を取り戻した。 装甲の損傷すら掻き消し、まったく新しい姿へと生まれ変わる。 力と力が合わさる様。 機械と機械が見せる芸術。 愛と愛の結晶。 広大なる多元宇宙の果て、男と女はロマンに乗せて、こう叫ぶ。 「「 愛 情 合 体 ッ ! 天元突破グレンラガン!! 」」 ……ヴィラルとシャマルの掛け声が重なり、会場全域に轟いた。 ラガンは頭部として、グレンの首に収まっている。 グレン背部に収納されていた飾兜が、ラガンに被さった。 顔面兵器などではない、真っ当な人型を成す合体メカは、巨人として聳え立つ。 ガッシュが、ねねねが、ジンが、スカーがそれを見上げていた。 ヴィラルは彼らを視界の端に収め、しかし意識は股下の愛しき女へ向ける。 シャマルもまた、頭上の愛しい男を想い、グレンの操縦桿を握り締めていた。 「感じる……ヴィラルさんを。ヴィラルさんの愛が、体中に伝わってくる!」 「これがオレの答えだ、シャマル。そして求める。おまえもオレに答えてくれ!」 「はい!」 モニターで互いの火照った顔を見つめ合いながら、ヴィラルとシャマルは激しく、愛をぶつけ合った。 壮絶すぎる愛情の顕現に、クロスミラージュはかける言葉を失った。沈黙に浸り、シャマルの手元で明滅する。 「螺旋王……あなたには感謝しています。オレは人間に改造されたからこそ、愛を知ることができた」 此度の実験が開始する直前、あるいはその頃から始まっていた変革を、ヴィラルは運命だと思う。 王が下した采配は天恵ともいえ、獣人のままではシャマルに恋情を抱くことなどなかったとも思う。 己は戦士としては不運だった。しかし一人の男としては幸運だったと――シャマルを想いながら、また強く思う。 そして――合体を果たしたヴィラルとシャマル、二人の愛の結晶たる〝グレンラガン〟が、始動する。 「勇気だの誇りだの、そんなものはちっぽけだ。愛こそ至高。愛こそ……天下だぁあああああああ!!」 全身から碧色の――いや、碧混じりの〝桃色〟の輝きが、天に向かって迸る。 天壌を埋め尽くす螺旋の奔流。大気を巻き込み捻れを成すほどの、逆流。 螺旋力の渦巻き、それ自体が巨大なドリルとなって、空間を穿つ。 空を、天を、大気圏を、月まで届く勢いで、宇宙を制す。 ――ある者が座して待っていた瞬間が、訪れた。 &color(pink){【ヴィラル@天元突破グレンラガン 螺旋力覚醒――〝天元突破〟】} ◇ ◇ ◇ **時系列順に読む Back:[[十人十色(状態表)]] Next:[[愛に時間をⅣ]] **投下順に読む Back:[[十人十色(状態表)]] Next:[[愛に時間をⅣ]] |282:[[愛に時間をⅡ]]|ヴィラル|282:[[愛に時間をⅣ]]| |282:[[愛に時間をⅡ]]|シャマル|282:[[愛に時間をⅣ]]| |282:[[愛に時間をⅡ]]|ジン|282:[[愛に時間をⅣ]]| |282:[[愛に時間をⅡ]]|ガッシュ・ベル|282:[[愛に時間をⅣ]]| |282:[[愛に時間をⅡ]]|菫川ねねね|282:[[愛に時間をⅣ]]| |282:[[愛に時間をⅡ]]|スカー(傷の男)|282:[[愛に時間をⅣ]]| ----