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続・浴衣デート

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匿名ユーザー

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タクシーは、町灯もまばらな海沿いの細い道路を走っていく。
私がこの町にいた頃、この先には海しかなかった。
一体どこに連れて行かれるんだろう。少し不安になって、隣に座る男を見上げる。

「どうした?」

「…なんでもないです。」

「怒ってんのか?」

「…怒ってなんかないです。」

いつものように唇の端を上げると、男は私の髪を軽く撫でた。

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ほどなくタクシーが止まる。
着いたのは、小さな割烹旅館だった。
そういえば前に父から、海沿いにいい割烹旅館ができたと聞いたことをふと思い出す。

「部屋はこっちだ。」

鼻息荒く飛んでこようとしている女将を手で制して、浩市が私を促す。
案内された先は東向きの二面が海に面した和室だった。

「腹減ってない?」

「ちょっと…。」

「なんか食うか?」

「食べたいけど、なんか…。」

緊張で、食欲はとっくの昔に遥か彼方だ。
ついてきたのは自分の意志のはずなのに、実際二人きりになってしまうとどうしていいかわからない。

「じゃあ、風呂でも入るか。」

「えっ!?」

「何、期待してんだよw」

浩市は私を抱き寄せると、そっとおでこをくっつけて、私の眼を覗き込んだ。

「混浴がよかったか?(ニヤリ」

「ちょ、なっ…!」

「ゆっくり入ってこい、今夜は貸し切りだ。」

他愛もなくうろたえてしまった私の背中をポンポンと2度ほど叩くと、
浩市は「後でな(ニヤリ」と部屋を出て行った。

*****************************

浴場には、浩市の言葉通り私以外に誰もいなかった。
あまり広くないとは言え、ひとりには十分すぎる広さに思わず挙動不審になる。

「本当に貸し切りなわけ、ないよね…。」

湯船につかって、今日のことを思い出す。
浩市と待ち合わせをして、お祭りに行った。
浴衣が浴衣が似合うと褒めてくれた。
浩市が、小さな金魚を欲しいと言った。
神社にふたりでお参りした。
足が痛かった。
秘密基地でキスをした。

そして、これから…。

想像しただけで耐えられなくなって、思わず湯船に頭から潜ってしまった。
お湯から顔を出すと、自然と大きなため息が出た。
これから…浩市と私はどうなるんだろう。
当たり前だけど、一つのことしか思い浮かばない。

「割烹旅館だし、お魚美味しいんだろうなー。」

浮かんだ考えを振り払うように、大きく伸びをしながらわざと口に出してみる。

「おう、美味いぞー。」

突然浩市の声が聞こえて、お湯の中なのに思わず身体を隠してしまう。

「何慌ててるんだよ、隣だよ。」

どうやら隣に男湯があるらしい。

「ため息ばかりついてると、幸せが逃げるぞ。」

…聞かれてた。

**********************

備え付けの浴衣に着替えて、脱衣所の鏡を見つめる。
湯上りなら、少しは色っぽいだろうか。
スッピンは恥ずかしいけど化粧をするのも変な気がして、悩んだ末に淡い色の口紅をひと塗りした。
軽く乾かした髪をまとめて、部屋に向かう。

部屋に戻ると、浩市は部屋の窓を開けて海を眺めていた。
かすかに潮の香りと波の音がする。

「波の音って、なんか落ち着きますね。」

直接声をかけてはいけないような気がして、背中を向けたまま呟いた。

「…真っ暗な海って、なんか変な感じだな。」

「田舎の海ってどこもこうですよ。
 真っ暗な海って引き込まれそうでちょっと怖いけど、私は好きです。」

「俺は街の灯りが映った海しか知らないからな。」

振り返ると、浩市が私を見つめていた。

「でも、真っ暗な海も好きになりそうだ。」

笑って浩市は、窓を閉めた。
障子を閉める音が、体の奥に響いた気がした。

**********************

向かい合うと、やっぱり恥ずかしくなって顔をそらしてしまう。
同じ浴衣姿なのに、さっきまでの浴衣姿とは全く違う。

「こっち向けよ。」

ちらりと目線をやって、また下を向いてしまう。まともに顔が見れない。
私はこんなに純情だっただろうか?

「なんでそんなに恥ずかしがるんだよ。」

「そんなこと言ったって、恥ずかしいものは恥ずかしいです。」

「さっきは平気だったのに?(ニヤリ」

思わず振り上げた腕は、あっさりつかまれてしまった。

「お転婆もいいけど、こういう時くらい大人しくしろよ。」

至近距離からじっと見つめられると、耐えられずに自然に目を閉じてしまう。
浩市の指が、私の髪に触る。
髪から耳、耳から頬…流れるように触れる浩市の指が、くすぐったいけど気持ちいい。
顎の先まで指が来ると、その指が私の顎を軽く跳ね上げた。
目を開ける前に、軽く唇が重なった。
応えようとすると、焦らすように離れていく。
離れたかと思うと、また重なる。上下の唇が順に柔らかく挟まれる。

「…あ…。」

声にならない吐息が漏れる。
いつの間にか、何かを待つように唇が半開きになっている。
頬をもうひと撫ですると、浩市の親指が唇に重なった。
私が欲しいのは、こんなものじゃない。
それでも少しでもたくさん彼を感じようと、舌が指を追う。

と、突然布団の上に放り出された。
乱れた浴衣を整えながら、浩市の顔色を窺う。

「私、何か変なことしましたか?」

「…いや。」

「じゃあなんで…。」

背中を向けていた浩市が、顔だけこちらに向き直った。

「…お前、結構いやらしいな。」

「何それ…!!」

「思ったよりずっと、いやらしくていい女だ(ニヤリ」

腕を引かれて浩市の胸に体を預けると、待ち焦がれていた唇が、ようやく満たされる。

「『なんでやめるんですか』って言ってみろよ(ニヤリ」

首筋から胸元に唇を這わせながら、からかうように浩市が言う。

「…嫌です。」

「さっき、『じゃあなんで…』って言ったろ?」
「やめてほしくなかったから、そう言ったんじゃないのか?」

「そんなことない…。」

「じゃあもうやめるかな。いいよな?」

「…」

「着替えるか?浴衣着せてやるよ。」

「…嫌。」

「嫌か。なんで?」

「だって…。」

「だってじゃ分からない。」

ちらりと私の顔を見ると、浩市は浴衣の袷に手を滑り込ませた。
敏感な部分を突然摘まれて、身体が反り返る。

「…いい反応だ(ニヤリ」

焦らすように、浩市の舌が膨らみを撫でる。
さっきとは違って、肝心な部分は避けるように。

「ほら、言えよ。どうしてほしいんだよ。」

「…ゃ、やめないでください…。」

蚊の鳴くような声で呟いて、あまりの恥ずかしさに浩市の胸に顔を伏せた。
顔が見えなくても、彼が嬉しそうに唇の端を上げるのがわかる。
人には「こういう時くらい大人しくしろ」と言っておいて、自分はどうなんだ。

「ほら、顔上げろよ。」

恐る恐る顔を上げると、子供みたいな小さなキスが降ってきた。
肩すかしをくらったようで驚いて目を開けると、浩市は私から目をそらして呟いた。

「…俺だって、少しは緊張してるんだよ。」

天下の佐藤浩市が私ごときに緊張するなんて。
噴きだしそうになるのをこらえていると、突然押し倒された。

「なにがおかしいんだよ。」

拗ねた子供みたいな顔が、なんだか可愛い。

「だって、佐藤浩市なのに私なんかに緊張って…。」

「…佐藤浩市だって、ただの男なんだよ。」

申し訳程度に浴衣を合わせていた細い帯が、あっという間にほどかれた。
慣れた手つきで、肩があらわにされる。
あらわになった肩先に優しくキスをすると、浩市は私の眼を見てつぶやいた。

「もう、『やめて』って言っても止まらないぞ?」

強く抱きしめられると、まるで感触を確かめるように浩市の指が私の身体を滑っていく。
今夜は、長い夜になりそうだ。

**********************

目を開けると、見たことのない天井が見えた。
やけに糊のきいたシーツが体を包んでいる。
ここはどこだろう?なんでこんなところにいるんだろう?
少し考えて、思いだした。

…夢じゃなかったんだ。
その証拠の痕が、身体に赤く咲いている。

昨夜のことが本当のことだと確認してしまうと、突然今の状況が恥ずかしくなって、
慌てて蒲団の中から手を出して、適当にその辺にあったものを体に巻きつける。
隣室へのふすまを開けると、浩市は窓辺の椅子に腰を下ろし、煙草を吸いながら海を眺めていた。

「…起こしたか?」

浩市の言葉に応えずに窓に近づくと、大きく窓を開けた。
潮の香りと少しの煙草の香り、そして静かな波の音が全身を包む。

「見ろよ、朝日だ。」

浩市の声に海に目を遣る。
漆黒から藍色に変わり始めた空に、海の真ん中から太陽が昇ってきた。
陽が昇るにつれて色づいていく空は、まるで夢の中の光景のようで
ここでこうしていることが嘘のように思えてくる。

「ここからこの景色を、見せたかったんだ。」

驚いて浩市を振り返った。

「本当だよ。」

少しはにかんで浩市は微笑むと、私をそっと後ろから抱きしめた。

「…すごくきれい。」

「いい所で育ったんだな。」

「うん、今日初めてそう思った。」

「そうか…。」

抱きしめる腕に、きゅっと力がこもった。
浩市が背中から私の耳元でささやく。

「いつか、雪を見に行こう。」

「…え?」

「京都か長野、北海道…フィンランドでも、アラスカでも。
 どこでもいいから、静かに降り積もる雪をお前に見せたい。」

「…うん。」

後ろから回された腕に、そっと手を重ねた。

「約束だね。」

「ああ、約束だ。」

つぶやくと、浩市は私の頬に優しくキスをした。

「それはそうとしてさ。」

いきなり正面を向かされる。
そういえば、素肌にその辺の物を巻きつけただけの格好だったことを思い出した。
昨日最初に会った時のように、浩市は私を上から下まで眺めてこう言った。

「やっぱり浴衣、似合うな。色っぽいよ(ニヤリ」

どうやら布団の中で巻きつけたものは、旅館備え付けの浴衣だったようだ。

「チェックアウトまではまだ時間あるな…どうする?(ニヤリ」

私の答えを待つより先に、唇が、肩先に触れた。

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