「やった、梓に勝った!」
「う、嘘……期末で純に負けるなんて……」
「へっへ~ん!」
「うっ……勝ったっていっても、たった一点差じゃない!」
「一点差でも勝ちは勝ちだもん♪」
「うっ……」
「と、いうことでぇ……梓、約束どおり、罰ゲームを……」
「わ、わかってるわよ! ちゃんとやるもん!」

……純とのそんなやり取りがあったのは、
二学期の期末テスト後のことだった。
そして、それから二日後の日曜日、私は一人、
唯先輩の部屋で、唯先輩の帰りを待っていた。
できれば、帰ってきて欲しくないと思いながら……。

「う、うぅ……罰ゲームなんて約束しなければよかった……」

誰もいない部屋で一人立って、私は後悔のあまり唇を噛みしめた。
期末テスト前、疲れてやる気が出ないと言っていた純に
つい「いつもでしょ」と突っ込みをいれたら……
なぜかそこから期末の点数を競うことになってしまって。
その上負けた方は、罰ゲームを一つやることになってしまったのだ。
負けるわけないと私は気軽に頷いて、でもその油断がよくなかったのか……
私は期末テストの合計点で純に負けてしまい、
こうして罰ゲームをやる羽目に陥ってしまったのだった。

「唯先輩……お願いだから、なるべく遅く帰ってきて……」

天井を見つめながら、真剣に神様にお願いする。
どこかにお泊りしてくれたらもっといいのに、とも思う。
でも神様は、私のそんな願いを聞いてはくれなくて、

「たっだいまぁ~!」

玄関の戸が開く音と同時に、唯先輩の明るい声が部屋にまで聞こえてきた。
続いてすぐに、階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。
諦めのため息を吐く余裕もなく、部屋の扉が開いて、

「あ!? あずにゃ~ん!」

私の姿を認めるなり、唯先輩が私に抱きついてきた。
ほとんど飛びついてくるような勢いに、危うく私は倒れそうになってしまう。
普段の私なら、「危ないじゃないですか!」と
文句の一つも言っていたことだろう。
でも今日の私は、ぐっと唇を噛みしめて、
なにも言わずにその場に立っていた。
唯先輩に挨拶をすることすらなく。

「ん? あずにゃん?」

黙っている私を疑問に思ったのか、唯先輩が私から体を離した。
すぐ間近で首を傾げ、「どしたの、あずにゃん?」と聞いてくる。
そんな唯先輩を見つめながら、私は、

「わ、私はあずにゃんではありません」
「ほへ?」
「わ、私はあずにゃんではなく……唯先輩の専用ギター、ギーにゃです!」

言った瞬間、自分の頬が真っ赤になったのが、鏡を見なくてもわかった。
ひどく顔が熱い。恥ずかしさで死んでしまいそうだった。
これが純が決めた罰ゲーム。
ギー太をどかしてそのスタンドにところに立ち、
唯先輩に向かってギーにゃと名乗るという……

(うぅ……純めぇ……)

心の中で純を呪い、それでも約束は約束。
罰ゲームのために私は気をつけの姿勢で、唯先輩の反応を待った。
私の言葉に……でも唯先輩は、「ん?」と短い一言を発するだけだった。
傾けた首はそのままに、人差し指を唇に添えて。
浮かんでいる表情は、ちょっとだけ戸惑っているような、静かな微笑み。
いっそ大声で笑われた方が楽なのにと思いながら、
私は約束通りギーにゃとしての言葉を口にした。

「さ、さぁ唯先輩! ギー太は憂のところで一日お休みです!
で、ですから今日は、私ギーにゃが唯先輩のギターです!」

恥ずかしさに声が震えた。
頭がくらくらしてきて、もうこのまま倒れてしまいたかった。
きっと今の私の顔は、
リンゴと並べたらどっちがどっちだかわからなくなるぐらい真っ赤だろう。
そんな私の前で、唯先輩が首を反対側に傾ける。
それから「ん~」と言いながらなにか考えて、

「うん、わかったよぉ!」
「わかったんですか!?」

笑顔の唯先輩の言葉に、私はつい声を上げてしまっていた。

「わ、わかったって、唯先輩、いったいなにが……?」
「え? なにがって……あずにゃんが今はあずにゃんじゃなくて、
私のギーにゃだってことだよ?」
「え、で、でも……」
「もうっ、あずにゃ……じゃなくて、ギーにゃが言ったんじゃん♪」
「そ、それはそうですけど……」

唯先輩の言葉に、私は何も言えなかった。
これからどうすればいいのかもわからなくなってしまう。
ほんとなら唯先輩に笑われたりあきれられたりして、
それで私が恥ずかしい思いをして……
そこで罰ゲームは終わるはずだったのだから。
まさか「わかった」と受け入れられるなんて、
私も純も予想していなかったのだ。

(ど、どうするのよ……!)

隣の憂の部屋で聞き耳をたてている純に、心の中で文句を言う。
できればこっちに来て、唯先輩に事情を説明して欲しいと思いながら。
でも純はこっちに来てはくれなくて……
いや、ひょっとしたらこっちに来ようとしていたのかもしれないけれど、
それよりも唯先輩の行動の方が早かった。

「それじゃ、ギーにゃ! いつも通りスキンシップからね!」
「へ……?」
「ギーにゃぁぁぁ! むちゅちゅー!」

声を上げて私に抱きついてきた唯先輩は、勢いをそのままに……
私の顔に向かってちゅーをしてきた。
突然のことに止めることもできず、唯先輩の唇が私の頬に押し付けられる。
温かく柔らかい唯先輩の唇に、
限界まで赤くなったと思っていた私の頬が、更に熱を持った。

「にゃ!? ゆ、唯先輩!?」
「むちゅちゅー! ちゅー! むちゅー!」
「にゃぁ!?」

止める暇もなく、唯先輩の唇が繰り返し私の顔に触れた。
頬に押し付けられ、鼻を甘噛みされ、おでこにキスされて……
その度に、私は悲鳴を上げることしかできなかった。

「むちゅーーー!!」
「にゃぁーーー!!」

隣の部屋から憂と純が駆けつけてくるまで……
私は唯先輩にちゅーされ続けたのだった。

「今日一日ギーにゃのままでも良かったのになぁ」
「……私はいやです」
「一緒にベッドで寝て、たくさんちゅーできると思ったのになぁ」
「絶対いやです!」

憂に晩ご飯をご馳走になり、純をバス停に見送った後、
私は唯先輩に途中まで送られることになった。

「もうっ……純のせいでひどい目にあいました……」
「え~、あずにゃん、私にちゅーされるのいやなの?」
「い、いやですよっ、唯先輩のスキンシップはやりすぎです!」
「ぶー」
「ぶー、じゃないです!」

私の言葉に、唯先輩が頬を膨らませた。
本音を言えば……唯先輩にちゅーされるのは、
そんなにいやなわけではなかった。
でもやっぱり恥ずかしいし、
スキンシップで気軽にちゅーをされるのには、
なんかちょっと引っかかるものがあったりもして……

(あれ……?)

そう考えて、ふと気がつくことがあった。
私がギーにゃを名乗って、
唯先輩がギー太にするようにちゅーをしてきて……
でもそのとき、一度も私の唇にはちゅーをしなかったのを思い出したのだ。
あれだけちゅーをしてきて、唇に一度も触れないなんて、
偶然ではあり得ない。
だとすると、唯先輩は意識して、
私の唇にはちゅーを……キスをしなかったことになる。

「あずにゃん? どしたの?」

いつの間にか、私は足を止めてしまっていたらしい。
道に立つ私を、数歩先に行った唯先輩が振り返り、そう聞いてきた。

「いえ、その……」

唯先輩に聞かれても、私ははっきりとした返事をすることはできなかった。
まさか、「さっきはなんで唇にはキスしなかったんですか?」
なんて聞けるわけがない。
私は曖昧な呟きを口にしながら、どう言おうか悩んでいた。
でも、指は無意識のうちに動いて、自分の唇に触れてしまっていて……
そしてそれだけで、唯先輩には察せられてしまったようだった。

「あずにゃん」

柔らかい声音で私の名前を呼びながら、
唯先輩が一歩近づき、その手を伸ばしてくる。
その人差し指が、私の指を追うように私の唇に触れた。

「さっきのあずにゃんは、あずにゃんじゃなくてギーにゃだったからね……」
「え……」
「こっちへのちゅーは……あずにゃんのときにね……」

言って、笑みを浮かべる唯先輩。
街灯に照らされたその笑みは、
とても柔らかく、温かく、でも同時にどこか艶やかで……
私はただ頬を赤く染めることしかできなかった。

「行こ、あずにゃん?」

唯先輩の言葉に、こくりと頷く。
いつの間にか握られていた手に引かれ、夜の道を歩く。
空いたもう片手の指は、まだ自分の唇に触れたままで……
ここに唯先輩の唇が触れるのは、
きっとそう遠いことではないのだろうと……私は思っていた。


END


  • 唯先輩が心を読んだ!? -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 15:19:19
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最終更新:2010年09月16日 14:04