第1章
01-709 :腹黒ビッチ(前) 1/4 :09/03/13 23:41:57 ID:TwHx7SL8
「ねえ、何読んでるの?」
 初めて彼女に声をかけられた日のことを、俺はいつまでたっても
忘れられない。
 暗くてダサくて取りえなんて何もなく、声を出さない日もザラにあ
るような、いわゆる典型的なオタク君だった俺。明るくてオシャレで
頭が良くて、いつだって友達に囲まれて笑っているような、クラスの
中心にいる彼女―――斎藤有華(さいとうありか)。
 いつもはクラスの隅で、そんな奴らを鼻で笑っているはずの俺は、
すっかり混乱してあわあわと答えを考えた。
「あ、ぅ、変身っていう……」
「変身……ああ、世界史で習ったアレ?スゴイね、そんなの読むん
だ」
「そんなことない……」
 あまりの恥ずかしさに、体と語尾が縮んでしまう。スゴイ、という言
葉は確かに嬉しい。だけど有華の言うような「スゴイ」というような自
覚は自分にもあったのだ。小難しい本を読んでみたい、ロシア文学
なんてものを読んでる自分カッコイイ、陰で笑われてるようなラノベ
だけじゃないんだぞ、というような明らかに他人を意識した自意識が
働いて、この興味もクソもないものを読んでいたのだ。だって実際
読んでみて、確かにスゴイ文学性を感じたけど、惹きこまれるほど
の強い興味なんてなかったのだ。
 それくらいならむしろ―――目の前にいる有華のほうに、ずっとず
っと惹かれる。
「一宮君、顔が真っ赤。かわいー」

01-710 :腹黒ビッチ(前) 2/4 :09/03/13 23:43:50 ID:TwHx7SL8
 馬鹿にするでもなく、指を口元にあててくすくすと笑う様はあまり
に可愛らしかった。有華が言ったように、頭に血が上っていたんだろ
う。脳みそが火になって、何も考えられなかった俺は、思ったことを
素直に言ってしまった。
「斎藤さんの方が、ずっと可愛いよ」
 有華は目を丸くした。「えっ」と予想外のことを言われたらしく、思わ
ずついて出た声がこれまた可愛い。いい匂いがする。ずっと後に教
えてもらったが、それは彼女の愛用するハンドクリームの香りだっ
た。砂糖菓子のように甘くて上品な香りは、教室での彼女の明るくて
屈託ない性格に、少しだけ合っていなかった。頭が細胞以外のものに
なってたその時の俺には、深く考えることはできなかったけれど。

 誰が見たって不釣り合いだった。そんなことは俺だって分かってい
た。なのに女子と話したことなんてない俺は、俺だけに向けられた可
愛らしいソプラノボイスに舞い上がったその瞬間、俺は実にオートマ
ティックに恋をした。我ながら、単純だ。でも女と話したことがない男
だったら、誰だって勘違いする。そうだろう?

01-711 :腹黒ビッチ(前) 3/4 :09/03/13 23:44:57 ID:TwHx7SL8
 その日から、有華は俺に毎日話しかけるようになった。俺の会話の
内容なんて、ネットで得た情報と本の話。だけど有華はうんうんと頷
いてくれる。面白くもない俺のうんちくを、さも楽しそうに聞いてく
れる。そして時々、俺の話題にも口を出してくる。その作家の本面白
いよねとか、物理なんて全然興味がなかったけど面白いんだねとか。
思えば、そんなつまらないことによく合わせられたものだと思う。し
かし当時の有華曰く、
「せっかく近くの席に座ってるのに、話さないの勿体ないと思って」
 そう言って、有華はにっこり笑った。なんと心の広いことだろう。
女の子に笑いかけられるのなんて、何年振りだろう。中学生の妹でさ
え、俺のことは気味悪がって話しかけてこない。出来のいい兄には馬
鹿にされているし、有名私立に幼稚舎からエスカレーターで上がって
行った兄と、幼稚舎も中等部も高等部も落ち続けた俺とは、親の期待
のかけ方も天と地の差。もしかしなくても、俺がまともに会話するの
は有華だけだった。オンラインですら、便所の落書きにアンカー付き
でレスが来たら狂喜するレベルのコミュ力だ。
 相手にしてもらっただけで恋をするなんて、なんて安っぽい男なん
だろう。そして頭良し、器量良し、性格良しの有華は、なんて高嶺の
花だろう。
 恋に落ちた瞬間に、こんな自分に落ち込みもした。
 背がそこそこ高いせいで逆に目立ってしまう貧相な体型と、それを
さらに悪化させる猫背。寝癖どころかカットすらおっくうで伸ばしっ
ぱなしの髪。二十年前でも通りそうなダサい眼鏡。成長期に買い替え
ないままだった制服は、さらに貧相さを増している。高校に入ってか
ら投げやりになってそのまま暴投しっぱなしの成績。そして何より、
誰一人として自分に近づかないという現状。
 他人の陰口なんて気にしないように、他人の視線をかいくぐって地
味に、地味に、と自分の世界にこもりきっていた俺は、自分自身の情
けなさにようやく気付いた。

01-712 :腹黒ビッチ(前) 4/4 :09/03/13 23:47:42 ID:TwHx7SL8
「俺に近づかない方がいいよ」
と、何度か有華に言ったことがある。すると決まって、有華は悲しそ
うに目を伏せる。
「私、何か悪いことした?悪いことがあったら、直すよ。だからそん
なこと言わないで」
 うるうるとした大きい目で見上げられると、そんなことを有華に言
わせてしまった自分の方が情けなく思えてしまう。
「俺が悪いんだ、こんな地味で気持ち悪い男、嫌だろ?」
「そんなことないよ!一宮君は色んなこと知ってて、話しているとす
っごく楽しいの」
「いつも本かネットの話題ばっかじゃないか……」
「いいじゃない。私、一宮君のおかげで、読書が趣味になっちゃった
んだよ?いろんな本を教えてもらえて、嬉しいの」
 そうして、何も無かったかのように、最近読んだ本について語り始
める有華。無邪気に笑いながら俺の目をまっすぐ見つめる有華は、い
つだって俺にはまるで天使のように見える。そしてそれ以上、強いこ
とは俺には言えないのだ。
 有華に恋をするなんて、おこがましい。席替えを間近に控えた頃に
なって、ようやくそれに気付いた。有華との会話が無くなるのは身が
切られるほどの苦痛だった。しかし恋が実ることが無いことは、その
身の芯まで知っている。
 だから誰にも、有華にも気づかれないように、フェードアウトして
いくつもりだった。有華は誰にでも優しいし、友達ならいくらでもい
る。有華も気にしないで、いつの間にか俺のことも忘れていくだろう
。そう思って、席替えの日を待った。

 が、席替えの前日。
 珍しく俺に話しかけない有華が、HR間近になってから耳元でこそり
と「放課後、裏庭で待ってるね」と呟いた。裏庭というのは、保健室
の裏の温室とその周辺で、ほとんど誰も訪れないような場所だ。だけ
ど秘かに、告白スポットとして人気を集めていた。俺はまさかと淡い
期待を持ちながら、だけど内心、そんなことありえないと思いながら
裏庭に向かった。
「一宮君のことが、好きなの!つ、……つ、付き合ってください!」

 まさかの逆転サヨナラ満塁ホームラン。

 目をぎゅっと閉じている有華は、手を握りしめてうつむいていた。
うそだろ、ウソだろ、嘘だろ、とそんなことばっかり頭を駆け抜けた
。これは何かの罠だ。だけど罠でもいい。こんな嬉しいことって無い
よ。
「は、い」
 情けない声だった。有華に届いたのかすら分からないような、小さ
くて、どもった、俺らしい声。だけど、有華はぱっと頭を上げて、俺
の呆然とした顔を見つめて、ぱぁっとその顔を満面の笑みに変えた。
「ほんとに!?」
「う、うん」
「私と、付き合ってくれるの?」
「うん、お願いします」
「ありがとう、一宮君!」
 ぱっと俺の手とり、有華はぎゅーっと握りしめ、そしてぶんぶんと
振った。ひとしきり感情の爆発をしたらしき後、落ち着いて、へにゃ
っと体の力を抜く有華の姿の、何もかもが愛おしい。体の力が抜け
て、口元が緩んだ有華は、にへらと笑う。
「うれしぃよぅ」
 その時の安心しきった有華の顔を、俺は今も忘れられない。この顔
を、ずっと守っていってあげたい。俺はその時、確かにそう思った。

01-715 :腹黒ビッチ(後) 1 :09/03/14 06:01:48 ID:isbQ7kqO
 有華と俺が付き合い始めたことは、当初は誰にも秘密にしていた。
俺が頼み込んでのことだ。
「私は、そのまんまの克哉君が好きなんだよ?何も気にすることなん
てないのに」
 有華は悲しそうにしていたけれど、結局俺の意をくんでくれた。本当
に、俺には勿体くらい出来た彼女だと思う。だけどだからこそ、堂々と
「俺達付き合ってます」と言うのははばかられた。こんな暗くてダサく
て気持ち悪い男と、明るくて可愛くてモテる有華が付き合ってるなんて、
みんなに知られたら有華が可哀想だ。せめて、俺が誰の前に出しても
嫌悪感をもたれない男になるまで、内緒にしておくべきだと思った。
「俺、有華に釣り合うような男になるよ。だから、待ってて?」
「……うん」
 有華は、はにかむように笑った。がんばってね、と言う様に、俺の頬に
キスをした。そのまま雰囲気が良くなって、自然と唇が重なった。それ
が、俺のファーストキスだ。

01-716 :腹黒ビッチ(後) 2 :09/03/14 06:04:00 ID:isbQ7kqO
 可愛い彼女がいると、俄然やる気が出るものだ。まず気にしたのは
、何より外見。モサいダサいと言われ続けた俺の人生だ、それを直す
のは大変なように思えた。
 初めに気にしたのは、ひょろい体型だった。今まで運動部になんて
入ったこと無い俺は、何をしていいかも分からない。ジョギングと腹
筋を始めたけど、元々脂肪すらないからつくものもつかない。とりあ
えず飯をひたすら食った。スポーツショップに初めて行って、ジャー
ジとダンベルとハンドグリップを買ってきた。そうしてトレーニング
を始めたのだが、
「私も一緒に走っていい?」
と有華が聞いてきたのは嬉しい誤算だった。秘密で付き合っているか
ら登下校は一緒じゃないし、デートだって遠くに行かなきゃいけない
から月に二三度くらい。平日に会おうとしたって、有華はアルバイト
もしていて、いつも忙しかったのだ。
「だって、克哉君が頑張ってるところ、間近で見たいんだもん。それ
に克哉君と、もっと一緒にいたいの。ね、ダメ?」
「いや、嬉しいよ!」
「やったぁ!えへへ、私も嬉しいな」
 とろけるような声に、携帯の向こうで俺の方がとろけそうだったっ
ていうか溶けた。有華への恋心で、もうでろんでろんだ。
 それから毎日、有華とジョギングをするようになった。女の子だし
途中で辞めてもいいくらいに考えていたけれど、有華は毎日必ず俺の
家の前に立っていた。それが二か月経った頃には、俺の体は多少なり
ともがっちりとし始め、疲れると曲がり始める猫背を有華が注意して
くれるから、体格も良く見えるようになってきた。
「克哉君、最近すごくイイ体になってきたねえ」
 なんて、有華が首を傾けてしみじみ呟く。俺は嬉しくて、有華の手
を握る。最近は照れずにそういうこともできるようになってきた。骨
と皮だけで貧相な手のひらも、ハンドグリップのおかげでがっちりし
てきた。有華を、守れるように。そんな手に、少しでも近づけるよう
にと頑張ってきた成果だ。
「有華も体が引き締まってきたな」
「そうなのー!前はぷにぷにだったでしょ?克哉君の隣にいると、ち
ょっと太く見えないか、ひやひやしてたんだぁ」
「有華は元々すっごく細かったよ。いつだって有華は可愛い」
「う!……うー、ありがとー」
 有華は「可愛い」と素直に褒めると、すごく照れる。クラスの男子
にだっていくらでも「可愛い」と言われたことがあるくせに、俺が言
う時だけは本当にもじもじと照れて顔を真っ赤にする。そんな有華が
可愛くて、俺はなおさら有華を褒めてしまう。
 頭が良くて性格も良くて、お小遣いは自分で稼ぎたいのなんてしっ
かりしている頑張り屋で、そして照れ屋で、人間としてもなんて素晴
らしい子なんだ。感動した俺は、なおさら自分を変えなければと奮起
することになった。

01-717 :腹黒ビッチ(後) 3 :09/03/14 06:06:10 ID:isbQ7kqO
 肉体改造を進めているのと同時期に、俺は勉強も始めた。俺も有華
も文系だけど、理科の選択が別れているので、来年は違うクラスにな
るのは確実だ。しかも、有華は成績がいい。俺達の高校は、三年にな
ると文理一クラスずつだけ特別クラスを作るのだ。トップ5に名を連
ねる有華は、このままだと特別クラス入りは確実だった。
 それに比べて、俺はゲームやラノベにかまけて、平均点に届くのが
せいぜいだった。有華と同じクラスに入りたい、その一心で勉強を始
めた。特進クラスの編成は、三学期の外部テストと期末試験で決まる。
有華と会えない平日の夜、俺は一心不乱に勉強した。今まで心血を
注いでいたゲームとラノベは、勉強の息抜きにとってかわった。すぐ
に成績が上がったとはお世辞にも言えなかったが、それでも、じわじ
わと成績は上がって行った。点数が上がるたびに、有華は「すごいね」
と喜んでくれた。
 ある日、初めて訪れたのは、兄オススメの美容室だ。彼女ができた
からと頼み込んで教えてもらった。兄には散々バカにされ、どうせ彼
女だってそんなに可愛くないだろうと言われて、さすがの俺もブチ切
れかけた。が、そうして兄の機嫌をそこねてはいかん。「有華はテメ
ェの今までの彼女より数倍可愛いんだよ!」という言葉をどうにか呑
み込んで、「お兄様、どうかこのダサい俺をお兄様のようなイケメン
にしてください」というキラめく装飾を施した賛辞にメタモルフォー
ゼさせた。
「くそっ俺の取っておきなんだぞ」と渋々兄が教えてくれた美容室は
、今まで半年に一回程度行っていた床屋とは雰囲気が全然違う。女の
美容師(本人はスタイリストと言っていた)が俺を見て鼻で笑ったよ
うな気もしたけど、本当のことだから我慢した。有華と初めて行った
ゲーセンで撮ったプリクラを見せて、この子に似合う様な髪形にして
くださいと頼んだ。クラスメイト?友達?この子可愛いねー、という
美容師の言葉に、やっぱり決して彼女には思われないんだなぁと軽く
落ち込んだ。
 染めるかは迷ったけど、有華が黒髪を綺麗に伸ばして巻いているの
を思い出して辞めた。黒髪の可愛い女の子の隣に、ダサい茶髪が一緒
に歩いても気味悪いだけだろう。何調子に乗ってんだと笑われるのが
オチだ。
 初めて行った美容室は、兄が勧めるだけあって腕がいいみたいだっ
た。俺のようなダサい男でも、それなりに清潔感があるように見える。
「君、さすが健介君の弟よねー。そうしてるとカッコいいよー、服と
メガネ変えちゃったらいいんじゃないかな?すぐ隣がメガネ屋だよ」
 最初とは態度が変わった美容師と、千円床屋の七倍の値段にビビり
ながら、とりあえず礼を言って、そのままメガネ屋に直行した。

01-718 :腹黒ビッチ(後) 5 :09/03/14 06:08:11 ID:isbQ7kqO
「克哉君、かっこよくなったね」
 髪を切ったのは春休みに入ったこともあって、有華は驚いたようだ。
春休みになれば、俺も有華も時間があった。電車を乗り継いで来たの
は九十九里浜。海に行きたいと言う有華に、どうせなら今までの
ような汚い海じゃなく、綺麗な海を見せてあげたいと思ったのだ。
「有華にそう言ってもらえると嬉しい」
「うん、かっこいいよ。私の彼氏ですって、みんなに自慢したいくら
いかっこいい!」
「あはは、そこまで言わなくても」
「本当だよ?私には、克哉君が一番かっこいい」
「……ありがと」
「前だって今だって、私にとっては克哉君は変わらないもん」
 かぁっと、顔に熱が上って行くのが分かる。有華は、俺が可愛いと
言うとこんな気持ちになるんだろうか。海は寒いからって、ミドル丈
のボアのコートを着ている有華は、文句なしに可愛い。寒いけど頑張
っちゃったと、俺の前でミニスカートを翻して見せる。ええ、可愛い
です。食べちゃいたいです。スケベ心を隠すように、手で口元を覆っ
た。
「もう、半年経ったんだねえ」
 何を、とはわざわざ聞き返さない。俺だって指折り数えてるからす
ぐに分かってしまう。
「俺、有華と付き合えて、本当に幸せだよ」
 呟くように言った。俺は、幸せだ。それは、胃にしみるように広が
っていく。独り言のような俺の言葉を、有華は俺の手を握って答えた。
その指先は、海風のせいで冷えていた。
「なんかあったかいもの飲もうか。有華冷えてる」
「いいねいいねー」
 砂に沈む足を二人で動かして、駐車場近くの自販機を目指す。有華
は途中で足をとられて、一回転びそうになった。つないだ手と反対の
手で、なんとかそれを受け止める。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがとー」
 俺の手は、少しは有華を守れるようになってきた。ダサ男じゃなく
て、せめて無害な男になれているといいんだけど。そう思うと、この
メガネがいきなり気になってくる。いわゆるオシャレメガネというや
つだ。枠は普通の黒縁だけど、耳かけが違う色になっている。他にも
三個ほど衝動買いしてしまった。有華はどれを見てもかっこいいと言
うけど、「何この勘違いしてる奴」みたいに思われないことを祈る。
 自販機に辿りついて、俺の方は缶コーヒーとすぐに決めたけど、有
華は迷っているようだった。その姿の、また可愛いこと。有華は何を
しても可愛くて困ってしまう。迷っているうちに俺の方は先にコーヒ
ーを取り出し、自分の財布を取って、有華の分の金も入れてしまう。
「ほら、早くしないと金落ちてくるだろ」
「うーんうーんうううーん」
 そうしているうちに、ちゃりーんちゃりーんと空しい音。
「ほらなー」
「もうちょっと待ってー」
 買い物をする時だって有華はそうやっていつも迷っている。有華に
は、最早硬貨を手渡して、コーヒー缶で手を温めながら有華を待った。
あ、と有華が突然に俺を振り返る。
「三年も、同じクラスになれるといいね」
 忘れようとしていた現実に、俺はうっと言葉に詰まる。
「私、信じてるから」
 にこっと有華は笑って、紅茶のボタンを押した。

01-719 :腹黒ビッチ(後) 7 :09/03/14 06:12:25 ID:isbQ7kqO
 そして、春。
 生徒玄関に、多くの生徒が集まり、ざわめいている。いつもの登校
時間よりも早く着いた俺は、心臓をバクバクさせながら掲示板に向か
っていた。
 ―――行けるかどうかは、五分五分。外部テストは四十二位だった。
でも期末は十五位。枠は四十人。二学期までが酷かったから、それを
考慮されて落とされてるかもしれない。
 不安だった。もし、有華と違うクラスだったらどうしよう。有華は
絶対大丈夫だと言ってくれた。外部テストでギリギリ駄目だった時は、
本当に落ち込んだ。だけど、有華が応援してくれたから、なんとかこ
こまでやってこれた。
 あまりの緊張に、胸が苦しい。学ランのボタンを一個開けて、少し
息をつく。近づいてくる掲示板。人が多く群がっている。
 一宮 克哉。あ行だから、どのクラスになったってすぐに見つかる。
俺は人よりは少し背も高いし、掲示板にそれほど近づかなくても見つ
かるだろう。遠巻きに、掲示板を見た。人の名前は十分判別できる距
離だ。特別クラスは十組。三年十組の表を、見つけた。

 三年十組 担任 田中成知
1.浅田義之
2.一宮克哉

「いよっしゃあああああ!!」

 後ろから歓びの叫びが聞こえて驚いてか、数人が俺を振り返る。そ
れは嫌悪感より、ただの驚きのようだ。しかしガッツポーズでそれら
をいなした。確認する必要もないと思ったが、一応有華の名前も探す。
「32.斎藤有華」あまりの感動にもう一回俺は吠え、そして踵を返し
た。
 有華はもう学校にいるだろうか。と、急いで教室に向かおうと掲示
板を離れようとしたが、有華は丁度、友達数人とこちらに歩いてきて
いた。
「有華っ!」
 本当は少しだけ、有華を呼ぶのをためらった。いくら頑張ったって、
まだ俺は成長途中のオタク君なのだ。だけど、この間のホワイトデー
から、有華と二人で決めていた。
 もし、同じクラスだったら、付き合ってることを隠さないようにし
ようと。
「おはよう、克哉君」
 いつもと同じように、有華はにっこりと天使のように笑う。落ち着
いたその姿に、少しでも俺のこの興奮を分けたいと、有華の手を掴ん
だ。
「有華、同じクラス、十組だ!」
「え、本当!?」
「また一年間よろしくな!!」
「すごい、すごいよ、克哉君。よかったねー!」
 有華の友人たちは、びっくりしたように俺達を見ていた。

01-720 :腹黒ビッチ(後) 8 :09/03/14 06:14:32 ID:isbQ7kqO

「え、有華、それって一宮?」
 おずおずと、茶髪の女が俺を指差す。
「うん、一宮克哉君でっす」
 俺とつないだ手を、有華が見せつけるように上げる。三人の女がぽ
かんと俺達を見る様に、俺は我に帰った。やっぱり、俺、かっこ悪い
よなー。有華に、釣り合うわけないよなー。と、秘密にするのを辞め
ることを、後悔し始める。俯きかけた俺を、有華が下からのぞきこむ
。落ち込みかけた俺と、にっこり笑いかける有華の視線が絡む。大丈
夫だよ、と彼女の眼が告げる。
 有華は再び友人たちの方に向かうと、あっさり言った。
「ごめん、克哉君と先に行ってるね。いこ、克哉君」
「あ、うん」
 棒立ちしている女三人をそのままに、有華は歩き始める。つないだ
ままの手にひっぱられるように、俺も有華の隣に立った。
「……ふふ、気分いー」
 上機嫌の有華が、聞き取れるかどうかの大きさで呟く。
「何が?」
「ん?ふふ、克哉君をみんなに見せびらかせられて、嬉しいの」
 なんだ、そうか。俺は少しがっかりした。てっきり、同じクラスに
なれたのが嬉しかったのかと思ったからだ。俺はそれで気持ちがいっ
ぱいだったのに。だけど有華はそんな俺の気持ちを察知したのか、す
ぐに目線を上げた。
「また、同じクラスだね」
 177cmの俺と、160cmの有華とは、目線の高さが少し違う。だから有
華の顔は、いつも上目遣いで可愛い。俺は沈んだ気持ちをすぐに霧散
させてしまった。我ながらやっぱりお手軽な奴だ。
「ごはん、一緒に食べようね」
「ああ」
「毎日一緒に学校行こうね」
「うん、楽しみだな」
「でもって、毎日えっちしようね」
「うn……ってコラ有華、ここで言うことじゃないだろ」
「あれ?克哉君、エッチ嫌い?」
 初めてのセックスは、二月だった。学外テストの結果が悪くて落ち
込んでいた俺に、心配した有華がバレンタインチョコと一緒にくれた
のだ。期末テストの結果が良かったら、またしよーねと言われて、乗
せられた俺は、ああ、至極単純に脳みそができているようだ。
「……」
「嫌い?じゃあ、もうしないでおこうか?」
「……大好きです」
「エッチだけ?」
「有華のことが、もちろん一番大好きです」
「んふふ、よろしーい」



 新学期が始まってからというもの、俺の生活はバラ色だった。
 有華とは、朝はジョギング、昼食、登下校と、学校ではほぼずっと
一緒にいた。土日はデートだが、最近はカミングアウトしたというの
もあって、堂々と都内を出歩いていた。有華は「嬉しい」と言って笑
う。

01-721 :腹黒ビッチ(後) 9 :09/03/14 06:18:48 ID:isbQ7kqO

 だが、変化はそう言った些細なことだけではなかった。クラス替え
をして、俺は高校に入って初めて、友人と言うものができた。それも、
いわゆるイケメングループだ。特進クラスとはいえ、ガリ勉ばかり
じゃなくて、顔よし運動神経よし頭よしというような奴らも一定数い
る。そいつらとなぜか仲良くなってしまったのだ。今までだったら完
全に委縮するような奴らで、最初は気後れしたけれどそのうち慣れた。
それに、なぜかイケメンは大抵いい奴らばっかだったのだ。ゲーム
だってするしマンガだって読むし、最初はなんだこのパーフェクト人
間たちはと思った。だけど有華を見ていれば、そういう人間もいるも
んだと納得がいく。有華も含めて、決まってそういうのは「要領がい
い」のだ。
 有華に釣り合うように、と頑張ったおかげで俺も人並程度に、……
いや、人並以上になれた。春の体力測定で驚いたのは、1500m走と握
力測定が学年トップ10に入ったことだ。地道な運動が実を結んだ結果
だ。成績だって、今は十位以内で安定している。有華にはさすがに及
ばないが、俺も一目置かれるようになった。
 充実した学校生活に、可愛い彼女。友人には羨ましがられる。これ
までの経緯を語って聞かせれば、「斎藤アゲマン説」が公然と流れる
始末。下品だからやめろと一応言ったが、俺も内心事実だと思ってし
まったから説得力はない。有華は、俺の幸運の天使だと、くさいこと
も思っていた。
 後にして思えば、これが俺の幸せの絶頂だった。

 九月。有華と付き合い始めて一年を迎えようとしたある日、俺は女子
に呼び止められた。彼女には見覚えがある。二年の時に、同じ委員会
だった女の子だ。放課後の裏庭に連れていかれ、その思いつめた表情
で、なんとなく気付く。告白だ。
 自己改造が上手く行ってから、俺はたびたび女の子に告白されるよ
うになった。最初はなんで俺なんかと思ったが、どうやら、有華のおか
げで俺は外見だけいい男になっていたみたいだ。だけど体の隅々まで
有華に惚れぬいている俺は、告白を全て丁重にお断りしている。案の
定、彼女のそれも告白だった。
「悪いんだけど、俺、彼女いるから」
 と、お決まりのセリフを言い、さっさとその場を去ろうとする。だけど彼
女は、引き下がらなかった。
「諦められないの。だって、私、去年からずっと一宮君のことが好きだ
ったの」
「……さすがにそれは嘘じゃない?」
「ほ、本当だよ!」
「いや、君、俺のこと無視してただろ。話しかけても答えてくれなかった
の、しっかり覚えてるから」
 はーっと呆れを含んだため息を吐く。
「俺は、有華のことを大事に思ってる。だから、絶対君とは無理。俺の外
見しか見てないような子なんて、特にね」
 ちらっと彼女の顔を見る。これで諦めてくれるかと思った俺は、彼女の
なぜか勝ち誇った顔に違和感を覚える。
「斎藤さんだって、一宮君のこと外見しか見てないじゃない」
「は?」
「斎藤さんは、一宮君のこと利用してるのよ」
「……有華のことを馬鹿にするな」
 有華のことを悪く言うような女となんてこれ以上話したくない。踵を返し、
裏庭を出ていこうとしたその時、女は叫んだ。

01-722 :腹黒ビッチ(後) 10 :09/03/14 06:21:30 ID:isbQ7kqO
「斎藤さんは、一宮君の家の財産を狙ってるのよ。友達に話している
のを、一年前に聞いたもん!」
 ―――は?
 とんでもない内容に、思わず歩みが止まる。そんな俺を見て、彼女
はさらに言葉をつづけた。
「図書室にいるのは当番の私だけだからって、大声で話してたわ、あ
の人たち。最初は一宮君の悪口だったけど、誰かが言いだしたの。一
宮君の家が代々広崎財閥の顧問弁護士で、大金持ちだって。そしたら、
最初はあなたのこと馬鹿にしてた斎藤さんが、一番食い付いたの」

『へぇー、じゃあ私、一宮クン狙おっかなー。女慣れしてないじゃん?
ちょっと優しくすれば食いつくでしょ』

「私、一宮君のこと可哀想だと思ったの。だから、それから気になり
始めたわ。……それで、これ以上、見てられないと思ったの」
「……うそだ」
「本当よ。司書の先生だって覚えてる」
「……うそ、だ」
「嘘はついてないわ」

 その後のことは、あまり覚えていない。

 気がつけば俺は、家で電気もつけずにベッドに横たわっていた。ふ
と横を見れば、カバンがあった。有華と一緒に買った高校生仕様の普
通のカバン。有華がふざけてつけたストラップがある。デートで行っ
た渋谷のゲーセンでとった。そういえば金は俺が出した。
 チカチカと、携帯が着信を示している。夏休みに有華とお揃いにし
た機種。金は俺が出した。有華は一応遠慮していて、だけど嬉しそう
にしていた。惰性で携帯を取る。着信五件、メールが二十通。どれも
六時以前。それからはぷつりと切れている。有華はバイトに行ってい
るはずだ。最初の頃はデート代は自分で出すと言っていたが、俺がさ
せなかった。それでも有華がバイトを続けている理由は、大学の進学
費用のためだった。そう、聞いている。でも、それも怪しいものだ。
 俺が喜んで出していたはずの金、全部合わせたらきっとすごいこと
になっているはずだ。映画好きの有華のために毎週のように新宿に行
ったし、ショッピングモールやデパートに行くたびに有華の服を買っ
た。似合う?と有華がくるりと回れば、まるでそれは有華のものでな
ければいけないように思えてくるのだ。飲食代だって俺が出した。親
からは小遣いを有り余るほど貰っていた。俺はそれに疑問を持ったこ
とはなかった。なのに今になって、自分が馬鹿みたいに思えてきた。
 その時、丁度着信が入った。時計を見ると、十時半。バイトが終わ
ったんだろう。連絡もなく帰った彼氏に、電話をかけているんだろう。
 彼氏?本当にそう思っているんだろうか。男心をくすぐる仕草、男
を惑わせる言葉、男をその気にさせる態度。
 有華の着信を知らせるメロディが、延々と流れ続ける。ループして
いくうちに、だんだんと脳内のもやが薄れていく。
 そうか、俺って金づるか。

01-723 :腹黒ビッチ(後) 11 :09/03/14 06:24:32 ID:isbQ7kqO
「ああああああああああああああああああ!!!!!」
 携帯を壁に投げつける。バキッと嫌な音がした。投げたその手がう
ざったくて、そのままの勢いで本棚を倒す。数が減った小説、その代
わりに増えた参考書。買ったばかりの赤本が目に入る。有華が行きた
いと言うから、選んだ大学の名前。見たくなくて、ベッドの布団を乱
暴に引きずり下ろした。布団。ベッド。
 ああ、ここで何度も有華を抱いた。何度も、何度も。最初は二人と
も手探りだった。初めての時、俺はうっかりアナルに入れそうになっ
て、有華を泣かせた。有華も初めてで、固まっていた。
 そうだ、有華は、処女だった。そのことは間違いない。血が出てい
たし、物凄く痛がって、俺の腕まで傷つけた。
 金のために、処女まで差し出すのか。
 気違いみたいに叫びながら、シーツを破った。ついでに布団も破っ
ていた。綿が少しこぼれる。なんだか癪に触って、それをずたずたに
引きちぎり始める。勢い余って、後ろに倒れこむ。見えたのは鏡。
 俺が。俺なんかが。そう思っていた、一年前の俺。
 大丈夫だよ、ダサくたっていい。有華が必要としていたのは、金の
ある俺だ。容姿なんてどうでもいい。
 才色兼備の有華に釣り合おうと、必死に努力した。同じクラスにな
りたくて、同じ大学に行きたくて、今だって努力してる。でもそんな
のいらない。俺さえいればそれでいい。金のある俺さえいれば。
 金さえあれば、完璧な有華には釣り合うのだ。
 ガシャン。
 すぐ向こうの俺が、粉々に砕けた。こちら側の俺の拳は、血にまみ
れている。有華を守るために作った手の平。有華の、小さな手。バイ
トで荒れやすいからって、バラの香りのハンドクリームにいつも包ま
れている、か弱い手。守らなきゃいけない、なんて、勝手に俺が思っ
て。
「っ、く、……」
 唇を噛みしめてなんとかこらえようと思っていたものが、あふれる。
「う……うっく」
『ねえ、何読んでるの?』
 俺は、本当に嬉しかったんだ。有華と二人になって、初めて俺は自
分が寂しかったんだと分かったんだ。話をして、誰かが真剣に返事を
してくれる、君にとっては些細なことだろうけど、俺は幸せだったん
だ。幸せ、だったんだ。
 一年前の、有華と出会わなかった頃の自分に戻って、俺は泣いた。

01-724 :腹黒ビッチ(後) 12 :09/03/14 06:27:35 ID:isbQ7kqO
 破壊衝動が収まり、暗闇の中でぼんやりと座りこんでいた。その暗
闇の世界が、唐突に破れる。かちゃりとドアが開き、廊下の電気が入
り込む。
「克哉君?」
 ソプラノボイスが奏でる俺の名前。愛おしくてたまらなかった――
―そんないつもの感情が、ぴくりとも反応しない。
「どうしたの?今日、勝手に帰っちゃったでしょ。すごく心配したんだよ」
 と、さも気遣わしげに中に入ってくる。どうやら、有華を気に入る母
親に入れてもらったらしい。電気がついていないのを不審に思った
らしい。
「真っ暗だよ、電気つけるね」
 ぱちりと、軽快なスイッチが四角い空間に鳴り響き、そして次の瞬
間、有華の「ひっ」という押し殺した悲鳴で満たされる。
「なっ……なに、これ?」
 そして有華は、部屋の真ん中にいる俺を見つける。
「どうしたの、克哉君。何か、あったの?」
 有華は、うつろな俺の顔をのぞきこむ。
「具合、悪いの?」
 俺のおでこを触ろうと、有華の手が差し出される。白くて、綺麗で
、小さくて、俺が、守るための、手。ふわりとバラの香りがする。バ
イト後でハンドクリームを塗り直したんだろう。可愛くて柔らかい有
華には、上品すぎて似合わないと思っていた香り。だけど、今は似合
うと心から思う。
 この、したたかで、狡猾な女には、とても。

「きゃあっ!」
 乱暴に腕を掴むと、床に引きずり落とした。非力な有華は、ろくな
抵抗も出来ずに引き倒される。
「な、なに?どうしたの、克哉君」
 無垢な目をして、俺をまっすぐに見つめるその目が、今は癪に触っ
て仕方ない。
「どうしたの?変だよ、何かあったの、かつ」
「お前さぁ」
 誰にも向けたことのないような、凶悪な声が出た。それは確かに俺
の声帯から、俺の声音で、正しく紡がれた。
「俺と付き合ってたの、金目当てだったんだってな」
 一瞬、何を言っているのか分からないという様に、有華は黙った。
言葉の意味が、理解できないらしい。もう一度言ってやろうかと考え
たその時、有華がはっとして、目を見開いて、息をのんだ。
「やっぱそうなんだな」
「な、んで、」
「なんで知ったかなんてどうでもいいだろうが。事実は変わらないん
だから」
「ちがっ、私!」
「『女慣れしてないじゃん?ちょっと優しくすれば食いつくでしょ』」
「―――っっっ!!」
「だっけ?」
 馬鹿にしたように見下ろしてやると、顔面を蒼白にしている有華が
そこにはいた。そうして、俺の残りかすのような最後の期待が、音も
なく消えていった。くっくっと、腹の底から笑いがこみ上げる。くだ
らない。そんなものにまだしがみついていた自分に、心底呆れてしま
う。
「違う、私、ほんとに克哉君のことが」
「うるせえんだよ!!」

01-725 :腹黒ビッチ(後) 13 :09/03/14 06:29:44 ID:isbQ7kqO
 バシッと、有華の頬と俺の手のひらとはあまりに大きく音を立てた。
乾いたそれを、俺は冷静に聞いていた。叩かれた勢いで横を向いた
有華の顔は、俺を見ない。叩かれた左の頬は、俺の血で少し汚れた。
「お前は金で俺と付き合うんだろ。金で俺に抱かれるんだよな。だっ
たら、援交でいいじゃねえか」
 言いながら、制服のセーターを押し上げ、シャツを引きちぎる。ボ
タンがぶつぶつと飛んでいくのを見てか、有華が我に帰る。
「違う、最初は、お金目当てだったけど、違うの。違う、違う……」
「最初が金なら最後まで金だろ。なぁ?」
 馬鹿な女だ、と思った。本当に信じてほしいなら、一言だって「金
目当て」だと認めてはいけなかった。そうすれば、俺はまた期待した
だろうに。そう思いながら、慣れた動作でブラジャーのホックを外す。
完璧な有華の唯一の欠点、膨らみの薄い胸があらわになった。
「や、やめ……ねえ、違うの、違う」
 その顔が、くしゃくしゃになっていく。大きな目が、涙を浮かべ始
めた。有華が泣くのを見たのは、これが三度目だった。一度目は、誕
生日にプラチナの指輪を贈ったとき。二度目は、小さな喧嘩をしてし
まったとき。二度目は、悲しそうにぽろりとこぼした涙に、俺は本当
に後悔して、その後平謝りしたのだった。そのどちらとも、この涙は
違った。ああ、やっぱり今までのは演技か。妙に冷静な自分がいた。
この女は、今、男に初めて乱暴されている。本気で泣いている。これ
までの涙は、本物じゃなかったのだと結論付けた。
「違う、違う、違」
「壊れたみたいに同じことばっか繰り返して、馬鹿じゃない?いい加
減やめないと、また殴るよ?」
「ちが、ひっく、……ひう、あぁあ」
「大人しくしてろよ。すぐ終わるんだから」
 何度も触った有華の乳首は、胸の大きさの割に敏感だ。つまみ上げ
れば、鳴き声の中に甘い響きが混ざる。舌でもなぶろうかと考えたが、
そこまでする必要がないと思ってやめた。手だけで十分だ。薄いけれ
ど一応ある胸を、寄せ集めて揉みほぐす。
「うあ、あう……んんーっ!」
「そうだね、感じてる方がいいんじゃない?その方がお前も楽だし」
 揉みがいはないけれど、でも見た目よりもずっと有華の胸は柔らか
い。最初はしこりがあって固かったのも、一年かけて柔らかくしたの
だ。それも俺の成果だった。
「あ、あ、いやあぁぁ」
 乳首を刺激すれば、すぐに反応は帰ってきた。いつもは楽しむそれ
も、今は不快感とまぜこぜだ。左手で胸を揉みほぐしながら、手をす
るするとスカートにおろしていく。顔は有華の首筋に。息を吹きかけ
ながらこうすると、有華は面白いほど良く反応する。耳の裏で呼吸を
すれば、有華は身を震わせた。
「ふああぁぁ!」
 本当に分かりやすくて、嫌になる。何度飽きもせずに同じことをや
っても、有華の体は慣れていないような反応を繰り返した。それが愛
おしくてしょうがなかったのは、以前の自分だ。ちりちりと脳髄が焼
け切るような怒りにまかせて、下着を無理やりおろした。有華が悲鳴
のような喘ぎを上げる。

01-726 :腹黒ビッチ(後) 14 :09/03/14 06:32:25 ID:isbQ7kqO
「なんだ、濡れてるな。そんなに金が欲しいんだ?」
 ははっと、笑いながら言い捨てる。有華の喘ぎの中の、泣き声が強
くなった。
「やぁー……ひっく・・うえ、ごめ・ごめんなさい、ごめ・・・・・うああぁー」
「相変わらずモノ欲しそうにしてるよな、こんなにエロいのに、本当
に俺だけだったの?」
「かつやくん、としか、ひっく・・してない、っ」
「どうだかね。まあ、もうどうでもいいんだけどさ」
「っつ……う、うあああ!!」
「うるさい。だまって感じとけよ」
 スカートの中に突っ込んだ血まみれの手を、有華の秘部に押し当て
る。既に立っているクリトリスを中指で撫でてやる。有華はなぜか、
中指でしかクリトリスで感じることができないのだ。中指と同じよう
な大きさのおもちゃでもダメだった。そのことを、『有華は俺専用だ
ね』と、からかったこともある。
「うぁん!あっあっ、あぁぁああ!」
「やらしいね、有華」
「ふうぅぅ、ん、んっんっんっ」
「強姦されてるのに、感じるんだな。ああ、金のためだからか」
 わざと有華を刺激する言葉を使っているのに、腕で口を押さえる有
華には聞こえていないらしい。首を振って、快楽に抗っている。イキ
そうなんだろう。
「ほら、イっちゃえば?ほら、ほら」
「あっあっ……っああー!!ああー!!んぅ―――っ!!」
 足の先までつっぱって、背筋をしならせ、有華はイってしまった。
恐ろしく劣情を誘う有華の姿に、俺の腰が熱くなるのが分かった。膣
から流れ出す愛液を、指にからめ取る。固まっていた血が溶け込み、
愛液が赤く染まって行った。ちょうど転がっていた布団で指をぬぐう
と、血は消えて元の肌色が見えた。指を膣に差し入れて、具合を確か
める。いつも通りの、あたたかでぬるぬるの有華がそこにあった。
 かちゃかちゃとベルトを外す。そこでやっと、自分も制服だという
ことに気付いた。煩わしく思いながらそこをくつろげると、腰下まで
降ろし、すっかり準備できた俺自身をこすりつけた。はぁはぁと荒々
しい息を続けながら自分のことに必死な有華を、笑みすら浮かべて見
下ろす。クリトリスでイったばかりの膣が、ひくひくとわなないて俺
を誘う。亀頭をはめ込んで、その誘いを受けることにした。
「っ、や・・・・・だ、め……ぁっっっ―――!!」
 強引につき入れるのにふさわしい場面ではあった。が、俺はわざと
その身に分からせるようにゆっくりと貫いていった。有華がそれを好
いていたからだ。ゆっくりと、感じる場所を撫でていく。
「んぁっ、あっ・あは………ぅううん」
 ゆっくり、ゆっくり、奥に向かっていく。限界まで進んで、そうし
て子宮口にぴとりと当ててやると、有華はぶるりと体を震わせた。
「は…ん……ぁん・…」
 控え目なあえぎ声と一緒に、少しずつきゅうぅっと根元が締め付け
られる。そこに肉棒があるだけで、有華は感じてしまうのだ。有華は、
中はゆったりと俺を包み込む癖に、袋に近い入口をどうしようもな
く強く締め付けるのだ。そして、さらに奥に行けばいくほど、また強
く締め付けていく。包み込むような柔らかさと、強烈な締め付けを同
時に楽しめる。それからかすかに、ぱくぱくと子宮口も精液を求めて
口を開け始めた。

01-727 :腹黒ビッチ(後) 15 :09/03/14 06:34:51 ID:isbQ7kqO
「ひん……っ」
 自身の蠢きがいいところにこすりつけられるらしく、放っておいて
も有華は感じてしまう。それを延々と眺めていて、有華に怒られたこ
ともある。そのことを思い出して、また怒りが再燃して、俺は猛然と
突きこみを始めた。
「あん、っ、んっ、んあぁっ」
 十分にほぐれた膣壁を、亀頭でさらに突きほぐす。すぶ、ぶちゅ、
と音を立てて。彼女の弱い手前のポイントだけ、しばらく鈴口でこす
り続ける。
「あはぁ、ああぅ、あっ、んー、んふ」
 その度に有華の奥は、さらにしまっていく。ここを突き入れてほし
い、ほじくり返してほしいと、体が訴える。それでもこすこすと、確
かにGスポットだからそこも気持ちいいのだけれど、有華が本当に求
める部分の愛撫を避けてしまう。入口を押し広げるように出し入れす
れば、くちくちと鳴いていたそこはだんだんとぐちっぐちっと本気の
音を出し始めた。
「んっんっんっ、ぅ、…うあっ……あぁー」
「ん?奥に入れてほしいのか?」
「あ、ああ、・っ、あう、うんっ」
「へえ、奥、ねえ」
「やあっつ、だめ、あう・ぁっ……」
「でもここでも十分イッちゃうだろ、有華は」
 俺の言葉を肯定するように、有華はぶんぶんとまた顔を左右に振り
始めた。それは否定じゃなく、有華が感じている証拠なのだ。
「ほら、イッちゃえよ。イカせてやるよ」
 強く、細やかにそこを衝く。ぐちゅり、ぐりゅ、と少しその部分を滑っ
てしまうのは仕方ない。有華はぶちゅぶちゅと愛液を吹き出し続け
ているのだから。
「あああっ、あっあっあっ、…………あぁあー!!んんー!!」
 ガクガクガクガク。壊れてしまうくらい、有華は震えた。そして一
瞬体を硬直させて、そしてまた床に降りてきた。その間、俺はずっと
動きを止めて、眉根を寄せてそれに耐えた。イッた瞬間に、有華は中
の包み込むような部分まで、ぎゅうっと万力で締め付けるように力を
入れるのだ。最初のころは、それに耐えられなかった。今となっては、
腰に力を入れて、それを堪える耐性ができていたが。
「っは、はぁっ、はぁっ……ぐ、ぅ」
「……っ、は」
 荒い息を吐きだし、途中で唾を飲み込むのに失敗して、口の端から
それを垂れ落とした。ようやく力を緩める膣内に、俺も止めていた息
を吐き出す。そろそろ動くぞという合図のように、黙って軽く二三度
腰を引く。とろりと結合部から愛液が滑り落ちて行った。カーペット
はもう既に濃い色に変わっている。膣内に残っている愛液で、ずるず
るの内部は、さらに滑りよく奥へと俺をいざなう。そうか、それなら。
「あぐっ!」
 勢いよく中に押し入れる。子宮に響くほど、強く。ぱくぱくと有華の
口が酸素を求めた。なんとかとどまっていた唾液が、こぼれおちて
行った。

01-728 :腹黒ビッチ(後) 16 :09/03/14 06:37:06 ID:isbQ7kqO
「い、やだぁ・・や、、やぁっ」
 痛みを感じるほどだろう、と分かってはいる。そのままぐりぐりと
奥に押し付けてるなど、鬼畜の所業だろう。でも有華はこれで感じる
のだ。腰を引き、押し込む。それを何度もつづけた。何度も、何度も。
あんあんと喘ぐのも疲れたらしい有華は、ふぅふぅとか細く息を吐
き出す。
「おかしく、なるぅ」
 目を白黒させて、有華は呟いた。
「元々腐ってるだろ、有華は」
 耳元で囁いてやると、ほとんど正気じゃないはずの有華は、俺の言
葉に意識を遠くさせ、ぼろりと涙を落した。
 その目をまっすぐに見下ろしながら、ひりひりする亀頭をはめこん
で、細かく腰を動かし始めた。その度にまた大きくなった喘ぎが耳に
ささやきかける。
「あ・あ・あ・あ…あああっ、あ」
「あー、うっ、イくぞ、イく」
「んあーっ、あああーっ!あ・あ・はぁあん、ぁああああ!!」
 最後の激しい律動に、有華が鳴いた。それを心地よく、そして心地
悪く耳に響かせながら、最後に奥まで突い上げた。同時に、どくんと
根元を精液が駆け上がって行った。
「あっ、ああ……あぁぁ……」
「…っ、ぉう……・っう」
 いつもなら。いつもなら、二人で抱きしめあいながら、最期を迎えて
いるはずだった。背中の後ろまで、有華の腕を感じているはずだった。
なのに、こんなに、今は寒い。接しているのはお互いの下半身だけだ。
「っ・・・・さ」
 精子を出し切るのに一生懸命で、有華が何かをつぶやいているのに
気付かなかった。汗だくのまま、朦朧としながら、有華の紡ぐ何事か
に耳を傾ける。
「なさい……ごめんなさい……ごめんなさい、…ひっく、……ごめん
なさ」
 虚ろな目で謝罪を続ける有華に、急激に熱が冷めて行く。

 今日、あの女が俺に告白なんてしなければ、こんなに最低のセック
スをすることはなかっただろう。そもそも、いつも通りに有華と帰れた。
冗談を言いながら、どうでもいいような話を楽しみながら。受験前だけ
ど、一周年記念にどこか旅行にでも行こうかなんて話しながら。
 あの瞬間まで、俺は金なんてどうでもよかった。俺を何よりも幸せ
にしてくれる有華を、幸せにしてあげたかっただけだ。有華にとって
はその対価が俺自身じゃなくて、金だっただけなのだ。
 だったら、何も知りたくなかった。何も知らないまま、幸せなまま
でいたかった。何も知らないままなら、有華はただ俺と一緒にいてく
れたのに。

01-729 :腹黒ビッチ(後) 17 :09/03/14 06:40:30 ID:isbQ7kqO
「……帰れよ」
 勝手にそれを引き抜くと、寝ころんで泣いて謝罪を続ける有華に、
冷たく言い捨てる。荒れ放題のベッドからカバンを探すと、財布を取
り出す。夏休み明けのテストの結果が良かったおかげで、母に渡され
たばかりの万札があった。適当にひっつかんで有華にばらまく。四枚
が、はらはらと落ちて行った。一枚は、涙でぼろぼろの頬に張り付い
た。呆然としていた有華は、それでよろよろと起きだした。
 金を取る有華を見たくなくて、綿がむき出しでボロボロのベッドに
横たわり、目を閉じた。ごそごそと音が聞こえた。服を着ているんだ
ろう。それからしばらくして、がちゃりとドアが開く音がした。俺を気に
したのか、閉じる音は、本当に小さな小さな音だった。電気をつけた
まま、俺は強制的に意識を無くした。何も考えたくなかった。
 その日の夢には、有華が笑う顔と泣く顔が交互に出てきた、気がす
る。



 朝。目覚ましがなくても勝手に目は覚める。五時。有華とジョギン
グに行く時間。外を見たが、有華はいない。当然のことだった。結局
学ランを着たまま寝ていたらしい。下にベルトがないのを見て、昨日
のことは夢じゃないんだとまざまざと思い知った。
 朝日の下で、改めて部屋は酷い惨状だった。本棚は本やCDやゲーム
類をすっかり吐き出してしまって、かろうじて勉強机の支えがあって
斜めにとどまっている。が、そのおかげでデスクランプが完全に割れ
ていた。
 床も酷いものだった。カーペットはめくれあがり、ローテーブルが
ひっくり返っている。ソファは重いからか無事だが、位置は多少ずれ
ている。
 ふと、ベッドを見る。酷くした自覚はあったが、あっちにもこっちにも
綿が飛んでいる。制服にもついていた。顔にも。頭にもついているか
と、鏡を見た。割れていてほとんど見えなかった。手は、ところど
ころ血が残ってはいたが、傷口は固まったようだ。
 金はなかった。昨日、有華に投げたそれら。全部そのまま、有華の
頬に張り付いていたのも、そこになかった。
 やっぱり金が目当てだったんだな。声にはしないで、ここにいない
有華に言う。
 ここまで荒れた部屋の中で、ぼんやりと、これを母親に見せるわけ
にはいかないなと冷静なことを考えた。だったら、いつも通りに学校
に行かなければ。俺は、風呂に入ろうと立ち上がった。

  --> 第2章



最終更新:2010年10月15日 09:22