先輩たちが卒業してから、数週間が経ちました。
新学年になると共に新学期も始まり、周囲では部活の勧誘に勤しんでいる姿が見受けられます。
私もその一人として軽音部への新入部員を勧誘しているのですが、なかなか上手く行きません。
「梓ちゃん、今日も部活?」
放課後、帰りのホームルームが終わると、廊下で待機していたであろう憂が私の教室に入り、そう声を掛けてきました。
三年になり憂や純とはクラスが別々になってしまい、一緒に帰るときはこうして、
どちらかの教室の前の廊下で待っていることが多くなりました。
「うん、ごめんね憂。また今度一緒に帰ろう」
「気にしないでいいよ。それよりも梓ちゃん、あまり無理しないでね?」
「うん、ありがとう憂」
そう言って私は軽音部の部室へと足を運びました。
桜高軽音部は先輩四人が抜けたため、今は私一人となり、あと三人の部員を集めないと廃部になってしまいます。
そして今日から勧誘のためのポスターを作り、それを掲示板に貼るとともに、
コピーし、ビラとして配布しようと考えています。
新学期早々にポスターやビラ配りは行ってきたのですが、廃部になるという恐れから急いで作ったそのポスターは、
文字が並んでいるだけの簡素なものに仕上がってしまいました。
そこでもう一度、今度は人を惹きつけるようなポスターを一から作り直すことにしたのです。
(うーん、どう書けばいいのかな……)
数ヶ月前までは皆でお茶をしていた、今では広くなったその机に画用紙を置き、
カラーのマジックを手に持ちながら紙と睨めっこする。
(やっぱり難しい……)
頭の中で色々とレイアウトを思案してみるも、絵心のない私には中々の難題です。
そこから暫く鉛筆で下書きしつつ、色々と試してみたものの会心の出来だと自負できるようなものは生まれません。
(ちょっと休もう……)
そう思い、お茶を入れようと席を立つと、ふと視界の隅にホワイトボードが映りました。
今では真っ白なそのホワイトボードも、数ヶ月前までは落書きでいっぱいでした。
(先輩たちなら、どう描くかのな……)
そう考えると、なんとなく頭の中にイメージが浮かんできました。
そこからは一心不乱に、とにかく先輩たちになりきって、ペンを進めていきました。
(やっとできた……)
数時間後、完成したそのポスターを見て、私は達成感でいっぱいでした。
これで部員も入ってくる、廃部を逃れられる、そう思うと心が弾みます。
翌日から早速、そのポスターをコピーしてもらい、校内の掲示板に貼る共にビラとしての配布も始めました。
「軽音部への入部、よろしくお願いします!」
校門の前で登下校する生徒に対して、毎日そう声を掛けて配り続けました。
ビラを受け取ってくれる生徒を見る限り、手応えはそれなりにありました。
それに加え、時々、憂や純が手伝ってくれた事もあり、
軽音部を廃部にしたくないという思いが、より一層、強くなった気がします。
しかし、ビラ配りを終えてから数日、部室を訪れてくれる人はいるものの、
部員が一人の所為か、いつ廃部になるか分からない部活に入部しようと思う物好きな人は中々現れませんでした。
「はあ……」
悔しさとも虚しさとも取れるような溜め息が部室内に響くと、いつからそこにいたのか、さわ子先生が声を掛けてきました。
「梓ちゃん、新歓ライブに出てくれないかしら?」
「……えっと、どういうことですか?」
「そのままの意味よ。ライブで格好良い梓ちゃんを見て、入部してくれる子もいるかもしれないわよ」
「でも、私一人ですよ?」
「去年、皆で演奏して録音した曲を使えばいいじゃない。その辺は大丈夫よ、私が何とかしてあげる」
「……分かりました」
このままだともうすぐ廃部になるというのに悩んでいる暇はありませんでした。
そして、この新歓ライブで三人集まらなかったら廃部、そんな不安が私の頭の中をどんどん侵食し始めます。
しかし、そんな不安を払拭しようと、新歓ライブを成功させようと、ギターの練習に没頭するのです。
新歓ライブ当日、私は今、舞台裏で出番を待っています。あと数分で私の出番です。
(憂や純が手伝ってくれたり、そして何より、先輩たちとの思い出を培ってきたこの軽音部を潰すわけにはいかないよね)
そう考えると、緊張や不安も少し和らぎます。
とにかく自分の最大の演奏を聴いてもらう、それだけなんだと心の中で反芻する。
ここに立つのは去年の学園祭ぶり、その時は五人での演奏でした。
そしてこんな時に思い出すのは、決まってあの人のこと。軽音部に入るきっかけだって、新歓ライブでの
あの人の姿だったんだ──
あの人なら、緊張なんかしないよね
それに、不安なんかも絶対に感じない
とにかく前を向いていて、今を全力で生きていて
私もいつか、そうなれるかな──
練習しないでお茶ばかりして、ダメダメなところもあったけど
二年前のあのときから
私はあなたしか見えなくて
私がずっと追いかけてきたその背中
私がずっと憧れてきたその姿
私が軽音部へ入るきっかけとなったその演奏
そして今度は私の番──
追いかけられる背中へと
憧れられる姿へと
心を響かせるような演奏を
やってやるんだ──
あの人と同じ場所で
あの人と同じ立場で
自信を持って演奏するんだ──
そしていつかは
あの人と、同じ高みへ──
- ただひたすら応援したい。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 08:08:14
最終更新:2010年11月21日 20:52