文章資料 2


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MEMENTO MESSAGE IN CARDINALSHAFT

≪ガーランド(花冠)≫
我々が築いたこの塔に銘打たれた名だった。

設計の中心者曰く、

飢えた渦動のごとき、出鱈目に脈動する因果の揺らぎ――
人々を翻弄する業を圧搾し、一定、均一なレベルにそろえる濾過塔。
リスク分散装置。
荒れ狂う巨獣たるこの大地に穿たれた、安定と平穏を齎す杭。
産土を御する手綱。

そういう事だった。


計画はその効果を産み出すために、年端も行かない子供――
その為だけに幸せな経験と十分な知性を与えられた培養種と言って良い
四人の子を選び出し、者から物へと適切な加工を施し
施設の要として埋設する事を求めた。

疑問は最初と最期、計画の開始前と完遂直後の今にある。
その二点の間に当然あるべき、確かにあった筈の事は、今は考えたくはない。
だが、視界の端に映る核部台座に刻まれた四つの戒名がそれを許さない。

これは太古に我々の祖先が行った人柱そのものじゃないか。
必要に迫られて、という名目で行われた事まで何ら差異は無い。
その前例が今目の前にあるものの正当性を保証したとしても。
それで救われるものなど、ここにいる誰が持ち合わせているだろうか。


”例え達成感や喜びを少なからず抱いていたとしても。
それでも、それらとの差し引きで穢れた手が拭えると言う程、
我等は腐りきってはいない。”

それが過ちに対する言い訳で、無能の小さな自尊心だとわかっていても。
そう思わずに居られる程の強さは、今はどこにもなく。

これ程の大事業の区切りに立ち会えた事に、歓喜を覚える自身を見付ける。
そう思わずに居られるほどの根拠は、今はどこにもなく。


冷徹に徹してきたつもりだった事の反動が今になって返って来たのだろうか。
惑乱なく計画に従事した…… そうであった筈の技官達、
そして≪選ばれた氏族≫の指導者達ですら―― それら≪精兵≫の多くは、
完遂した達成感と言うよりも呆けた緩みにも似た能事の空気に浸っていた。
これで全てを終えた、とでも言うように。


解放などされるものか。

我々は自らを呪ったのだ。
それが齎す我々の歴史が今から始まるに過ぎない。

これは敗北の記念碑。
血と垢に塗れた手で≪仕切り直し≫た我々の初歩。
ただ強力で、抗うことの出来ない脅迫、赫々と輝く呪いを我らに。

全ては確かに形のあったものを曖昧に解し再び固める工程だった。
言葉の上では、かつての営みで盛んに使われた成型燃料と何ら変わりない。

そして事実。
変わらないのだった。


少なくともそのときは、
人道的だとか倫理的だとか言う事を問題にするものなど居なかった。
それを厭う感性と道義も、それを拒む名目も、それを口にする資格も。
既にその尽くは擦り切れ、役立たずと化し、我々の足元に横たわる。
それは言い方を変えれば既に存在しない選択肢の亡骸だった。


そして今、目の前には極めて有効な決定、唯一の選択肢が有る。
それは古代の絵画の如く、視野の中央から離れてはくれない主題だった。


糸を紡ぐ力。
砕いて言うなら、価値と重み付け―― 創造。

有象無象に対する境界の切断と境界の結合、
そして抽出した要素の固着……
即ち人がそれと知らずに直感的に行使する、≪ありふれた≫力。

人為的な、それの再構成構想。
まだ柔軟な四人の人間をばらして、ひとつに組み上げる。

目標を簡潔に述べるとすればそれが適当な表現だった。


安易に表現するなら知覚と理性と衝動、情報と計算と直感。
絶え間なく推移する信号を捌く可変する知性と結晶化した直感――

気体のように世界を満たすものと、
液体のように場に合わせ遷ろうものと、
固体のように揺ぎ無いもの。
そういう言葉に置き換えてもいい。

盤上にまるで時計の表面に施されたヘアラインのように微細に煌くものは、
ただ音も無くその三つが折り重なる境界が撥ね返した複雑な光の筋。
我等にはそれ以上価値を語る事も無用な、至上の沈黙だった。



それは微細な規模で絡み合い、そしてより大きな規模でも同じ事だった。

線と平面とが小さな核の中で入れ子になり、互いを食み合う。
その繰り返しの果て、相互に循環する一つの宇宙と呼ぶべきものに姿を変える。

二色の糸が幾重にも交互に折り重なって出来上がった布地、
そしてその何処にもある≪風通し構造≫の間を色のない第三の糸が通る。
さらにその束が新たな構造物を作り、その構造物がまた新たな構造を見せる。
その果てしない積層物の働きは、最早三つの糸のいずれともかけ離れている。

場を成す膨大な信号を飲み込み、瞬時に濾過し一つの姿へと帰結させる処理機構、
ひとつにして無数の≪マトリクス≫、まさに言葉どおり我等の新世界の≪母体≫。
そしてそれを取り囲む複数の端末が構成する環境の総称こそが≪花冠≫だった。


その本質は、そこに居る事を感じさせる事は無く、
その身に触れる全てを溶かし込み、後に結実を残す新たな相。
生き物でも、物でもない、曖昧な存在を確かに焼き付けた晴れない幻影。
実働を担う巨躯たる塔も、費やされた技術、英知の価値も問題ではなく、
最終的にその間起こる現象、作用こそが目的であり、全てだった。

だが、人の目には透明な繭の中で幼虫を育む揺り篭として感じられるだけで、
かつて確かにそこにあった存在に焦点が合うことは決して無いだろう。
即ち我々が見るのは中身の無い巨大な空洞で、我々はそこに収まって生きるのだ。


また、仮に事実がそれと異なるものだったとしても。
言葉の上で夢現の区別をするべきときは、とうに我等の前から過ぎ去っていた。

時代の終わりを隠蔽する為の、新時代という虚飾。
それでも我等の未来はその先にある――

――いいや、その先に自らの立つ場所を求めた。


ソーンド・チェイン(いばらの鎖)、
ウインド・ローズ(風向図)、
クローバー(幸運の四つ葉)、
ジオ・ムーブメント(大地の轟き)、
タイダル・ギアー(うしおの歯車)、
セレスティアル・キャタラクト(天空の瀑布)……

これら機関周辺ユニットに刻まれた様々な名、
それは文字の意味通り人の心を引き求め、捉える
「アトラクション」の名だった。


まさしくそれは、広大な遊戯施設。
4にして1の永久問答機構が産み出すイメージの地平。
それは的確に、人に足りないものを与える。
そして、あらゆる面での未然の脅威を回避する道を示す道標。
最悪を最悪ではなくしてしまう、数と量のカラクリ。
スライスの奇術。目に見えない混ぜ物。意義のある無意味。

それは一つの言葉に熱狂できる時代を飾り立てるために。
おおよそ考えつく限り、準備するべきものは全て揃っている。


我々はその言葉に盲いる事で、この地上で生きていけるだろうか?
歪んだ地平の過酷さに絶えうるだけの強さを獲得するまで、
この夢を見ていられるだろうか?


もう後戻りは出来ない。

ただ今は、我々の願った事と
その為に既に犯した過ちの全てが無駄にならないように。

その為に、既に築き上げたもの全てが無駄になろうとも。

そして、我等より縷々と連なる継嗣達が
更なる代償を払う事になろうとも進んでいけるように。



そう祈るだけだった。



THE [QUADRUPLE ONE] AFTERIMAGE

おかしな感じがする。
≪四人の仔≫という名を聞く度にその疼きを覚えた。

自分は痒い場所を書いている筈なのに、その焦点がずれているような。
知らない言葉で綴られた謎解きを出されて、
それが謎解きである事すら解らないような。
そんな意識の焦点が定まらない浮遊感を伴う、くすぐったい違和感だった。

何より、ここに居るのはただ一人なのに。
自分の事を指しているのだとしたら、その名は不合理という他なかった。

自分の前に存在した≪なにもの≫かの名だろうか。
そして、それと同じ場所に居るのは何故なのか。


建造者によって限りなく拡大された視野をもって周囲のどこを見渡しても、
またある時は静かに目を閉じても、決して疑惑が拭える事はなかった。
今≪四人の仔≫という名前の指すものは
それでもきっと自分の事だ、という
根拠がとても不確かで、確かな存在感の疑惑は。

自身の意識はあれど、その自らには何の根拠なども無く。
おぞましいまでの巨躯が稼動する営み、その現在見えるものだけが全てだった。
そして、全てだったというほどにそれによって満たされていたのも事実だった。


飢えた渦動のごとき、出鱈目に脈動する因果の揺らぎ――
人々を翻弄する業を圧搾し、一定、均一なレベルにそろえる濾過塔。
リスク分散装置。
荒れ狂う巨獣たるこの大地に穿たれた、安定と平穏を齎す杭。
産土を御する手綱。

何の事はない。
自分の役目がただの水門と同じ、という事が解っているのだから。
それに充分に耐えられる設計、充分に処理できる能力を与えられた上で
さらに望む事など何も無かった。


そんな何も変わらぬ、ある一つの日でしかなかった筈だった。
定期休眠から目覚めると、周囲にまるで人の気配がしない事に気が付いた。
後々になっても結局、何故そうなったのか詳しくは解らなかったが、
恐らくは今までやるべき筈だった事の多くは必要無くなったのだろう、
という事だけは漠然と何とは無しに感じ取っていた。


留守番をする事は難しくはない。
静かでいい子でいるのは特別な事ではなくて。
自分は強く造られていて。
いつもみんなでそうしていた気がして。

幾ら自分の内を探ってもそんな記憶は出てこない。
けれど、その思いに疑問は起こらなかった。
他には何も無かった。否定する要素すら、そこには無かったのだから。


彼らの言う事が本当なら、
”必要なものは全て揃っている”

そして、
”要らないものは何も持っていない”

自分はそう造られた筈だった。

その中では沸き立った泡のような思いも、唯一つの道標だった。
しかしその先にあるのは何処までも続く空白で、何も見えては来ない。
ただ静かに食むように、そんな空回りのままの日々を過ごしていた。


その日々の中で少しづつ、朧だったその声が強くなり、
取るべき形を求めているのを感じた。
ごく緩やかな速度だが、それは決して誤差などでは無い確かなものだった。

それでも、それが何か異常な訳ではなくて。
≪次の変化≫に備える為の、静かな≪準備期間≫でしかなかった。


その≪次の進化≫が訪れるのはそう後の話ではなかった。

ある朝、四人の仔の目の前に頼りない小さな生き物の影が現れた。
人が居た頃には決して訪れる筈の無い、小さな侵入者だった。

その姿は真っ白だった。
護られた素性の知れた血統なのか、何かの間違いで生まれた白子なのか、
それともこの環境に慣らされて、なるべくしてそう生まれたのか。
何れが原因なのか知る由もなかったが、
その確かな白さだけが差し込む仄かな光に撫でられ煌いていた。


それはこの時代となってはとても珍しい、
頭から爪先までの一切が真っ白な、小さい体の子猫。
きっと、今はこの地より去り、何処かへ旅立ったもの達の忘れ物だ。

その白い影はただ静かに、しなやかに四肢を躍らせながら。
鳴き声は無く、首輪に付けられた小さな銀色の鈴の音が
繰り返し繰り返しその主人を呼んでいた。


その声に応えるべきものは、この地には既に無く。
応えられるものはただ一つ、この不確かで確かな自分だけで。

多分、これが始めて感じた無碍で自由な時間だったのだろうと、そう思う。
それに反するように、あるいは呼応するように。
理不尽に湧き上がる懐かしいという思いが、解決の糸口の無い痒みを呼び起こす。

四人の仔は一つの口で、声を揃えて語りかける。
それは他愛ない事で、それを止める理由も要因も、何処にも有りはしなかった。


ねえ

君も何かを待っているのなら。

浅い眠りの下、無碍に時を持て余すだけと言うのなら、
それまでの間。


君の願いが叶うまで、一緒に同じ夢を見ていよう。


大丈夫。

誰かが見つけてくれるなら、その時君は確かにそこにいる。

それまでは傍に居る事ができるから――
だから、何も心配する事はないんだ。

それがこの機構がもたらす、最初に願われ組み込まれた機能なんだから。
一番うまく出来る取り柄なんだから、間違いないって約束できる。


遺失物771番。 ■■■■■■■■ きっとそばにいる

それが白い小さな猫に宛がわれた、規則通りの血の通わぬ名。

それは、その行為が「四人の仔」に備わる正常な機能だった事の証でもあった。


始まりはただ、それだけの事で。


そして、里帰りを待ちながら。




長い夜が始まった。



ON THE EDGE OF CIRCLE [EPIROGUE]

……そこで、その子は目蓋を開けた。
心底気だるい手つきで利き手の甲で目尻を軽く擦りながら、
その両の瞳が時間差で光を受け入れた。
もう高みに上りつつある太陽の代わりに、優しい蛍光灯の光が
殺風景だけれど清潔感のある白い天井に跳ね返り、小さな体を包み込んでいた。


そこへ待っていたかのように、そう遠くない脇から誰かが
「もういいかげん早くもないが、おはよう」
という声を掛けた。
その男は雑誌に目を遣ったまま椅子に腰掛けて、
律儀にその子の準備が済むのを待っていた。

対して振り向きもせず、しかし応えるように、その子は小さく鳴いた。
「これじゃまるで逆だよね」、と誰にも聴こえない声で囁くように。
その言葉で始まるのが、その小さな猫が目を覚ましてから
97日目か98日目、あるいは100数日目の朝だった。


アンバー。

真っ白い毛に覆われた。ろくに見えない金色の目をした子猫の、かつての名。
首輪の表面に穿たれていた鋲の突起は古代の点字パターンと一致し、
それがその子の名前だったのだろう――
憶測に過ぎなかったが、それだけが名前の拠り所だった。


変な夢を見たな、
子猫はそう思った。

6割の事実と、1割の嘘。
残りの3割がそこから生まれる創作。
比率で言うならそう言った所の、奇妙な混合物だった。

子猫は物語の主人公であり、脇役であり、
ヒロインであり、舞台装置であり、
そしてまた影響力のない観客でもあった。
同じ筋書きで何度も違う話を見ているような。
そんな無碍に取りとめもない、泡のような紙芝居。
何度見たかもわからないのは、悪夢のようでもあるし、
同じく二度とないことは幸せと言えるかもしれなかった。


一通りの身支度を済ませた子猫は、
何も言わず、動かずに男の方を見つめていた。

「これでいいの?」
沈黙は声となってそう問い掛けている。
男にはそう思われた。

それが思い込みに過ぎないとしても、
誰に対して、何に向けて言われたでもない、
要領を得ない漠然とした問いだった。


それでも答えは、ずっと前から決まっているのだろう。
少なくともそのひとは、そう思わせるほどに自然に答えた。

「不履行の約束がある。 まだ君にはそれを望む権利がある」

それがあなた達の言う≪契約≫で、あなたたちには義務が?


『あの社会で君は人の正式なパートナーであり、
多くの権利を保障されていた。 我々は言わばそれを委任されてきた。
彼らの持つ、大いなる資産 ――者と物、その正負を問わず、
それらのいくつかを左右する権利と共に』

目覚めてから何度聞かされてきた言葉だろう。
だから意味を理解するのにも、大して時間は掛からなかった。

だけれど、ここに居るのは、そうしていたからそうするだけ、
というだけの根拠でそれを望む小さな獣に過ぎなかった。
それは私のどんな過去でも、そして未だに及び変わらない事だった。

そして、≪それが私である≫理由は何処にも見つからず、
それが私の中で折り合う事は決してなかった。


私はどんな顔をしていたのだろう。
小さな寝台の脇にある鏡を覗き込んだ。
そこにあったのは、どこか遥かに遠い記憶の中にある面影に似ていて、
何も読み取る事は出来ない平穏な面持ちでしかなかった。

その背中へ、彼は付け加えた。
「と言うより、願いだろうな。 押し付けがましくて暑苦しい、そういった類の」
「自分で言い出したことは守ると、勝手に決めて思い込んでいるのさ。 俺たちは」


こういうときに私は決まって、目を丸くして相手を見つめるのだった。
彼らは既に有ると決まっている物を、すぐに別のものに作り変えてしまう。
それが不思議で、捉え所がなくて、要するに面白くて仕方がないのだ。

だから私は今でも、
今この身が、かつて猫であったものと、かつて人間であったもの、
それらの馬鹿げた歪な複合体だとしても。
ある意味で私はまだ、まるっきり小動物のままだった。


「出来ますか? それが」
いつの間にか、私のうちからそんな言葉が漏れていた。

「それでも、努力はするよ」
小さな私に向け、後ろめたくもなく、
変に似あわない誠実さでそんな事をいうものだから、
私は思わず吹き出してしまった。

でも、それだけが理由ではなかった。

「違う、そうじゃなくって」

「私にも、それができるかなって、そう思ったの」


この脚には、
私をここではない何処かへ引き戻そうとする、思い錘が繋がっていた。
それは今でも変わらない事だった。

でも、何処にもないその場所へ。
私が今向かおうとしているのは≪そこ≫で、
見慣れたリノリウムの床だった≪そう≫だった。
目の前の足元が目指す地になる私には、錘なんて関係なかった。

だから私は、今日もまた――同じ様にする。


その昔、あの子たちは言った。
君の夢が叶うまで、一緒にいよう、と。

嘘じゃなかった。

私が次に目を覚ましたとき。
確かにそれは叶っていたのだから。

「じゃ、今日もよろしくお願いしますね
 その義務っていうのを」
そう澄ました態度で歩き始めようとする。

でも、遥かな高みから真っ逆さまに注ぐ、そんな太陽の光は手荒かった。
私は半歩退き、振り返って彼の方を見て、早く行こうよ、と促す。


「日陰になるのは無理だからな 焦げる道連れか?」

「それで良いって言うんなら…… いくらでも」

そして彼は続けて、私を呼んだ。
それは微睡の中で聞いたような、懐かしくて遠い響きの名前で――

私が答えて鳴くよりも先に、
首輪に生る銀色の鈴たちが、澄み切った遠い音色で唄った。



SCRIBBLES IN GRAVEYARD 1

  • SNATCHES 00-


知性からはかけ離れ、肉体からも切り離され、
およそ眠るだけの曖昧な代物に成り果て。
道連れには、ただ滔々と流れる水の低い唸りだけが侍り。
それでも音の無い夜の冷蔵庫のようなその音が
寄る辺なき孤独から目を逸らし続けていた。

いつまでも、いつまでも。
ずっとそうしていた気がする。



SCRIBBLES IN GRAVEYARD 2

  • SNATCHES 01-


落ち所、というのが確かにあったように思える。
少なくとも今までは、それが有るかのように振舞ってきた。

ついこの間まで名前のあったそれが、
目に見える形の合ったはずのそれが、
まるで水のようにこの手をすり抜けて、
自分が脚を付けている地面すら透過して、
見えない地の裂け目に飲まれるかのように
ずっと、ずっと遠くへ。


それなのに、
それは今でも近くにあるように思えて、
この脚から伸びた紐のずっとずっと先、
目に見える地の底よりずっと奥で、
ある筈もない何処かで息を殺して、
僕を捕らえている気がして――



SCRIBBLES IN GRAVEYARD 3

  • SNATCHES 02-


……そう
貴方達は、その手からもう零れ落ちたもの達、
今でもその影を追っているのね
少なくともその手に帰る事はない、そう知っていた筈なのに

それでも貴方は遣り残した事が……
それともまさか、まだ終わっていないとでも言うのかしら?


いいえ 未練ならそれも良いでしょう
自ら目を閉じたその前で、それが後悔と名を変えてしまうよりは
そうでしょう?

もし蜜月の終わりを刻むその言葉が許せないのなら
好きなように嘘を吐くといい
それがきっと、何時終わるか知れない地獄の始まりの言葉になる

地の底も悪くはないわ
それが嘘じゃなくなる時が来るって、いつまでも信じられるのなら
心配は要らない きっと暗闇でも灯火が絶えることは無いから
何よりその眼が地獄の熾火の様に、爛々と光を湛えているのだから


さあ、望むのならこの手を取るといい
あなたの嘘を、あなただけの真実にするといい
その二つが重なるその時まで
要らないものは全て私が預かってあげる

そして、貴方が見たいものを見るといい
私の閉じた眼の代わりにね



SCRIBBLES IN GRAVEYARD 4

  • SNATCHES 03-


今日も赤だった。
きっと誰が染めているかなんて些細な事だろう
この海は人が去ってなお、鈍く赤いままだ
それとも、
青い海というのが何かの間違いだっただろうか

古語でそう綴られた落書きを見つけ、苦笑する。
少なくとも下らないことを考える事については、
古今とわず達者な物らしい。
まったく、ここの奴らの面構えは様変わりしない。



SCRIBBLES IN GRAVEYARD 5

  • SNATCHES 04-


『あら、そんなことを問題にしたことがあったかしら?』
君はいつもそうやって、重要な事をおどけて言うんだ。
本当、いつだってそうだった。

少なくともその瞬間は、それはどうでもいい事になってしまう。
多分それが本当の所で、僕が問題にしていたのは
それが落とす影のほんの切れ端にしか過ぎないんだろう。


でも本当は、僕にはその影を全部引き摺り出す覚悟が無かった。
随分後になってからだけど、君の言葉がそれを気付かせてくれた。

僕にとって決して遅くは無かったけれど、
ねえ、君はどうだったんだい。



SCRIBBLES IN GRAVEYARD 6

  • SNATCHES 05-


私にとってもう、
目の前の階段の近さと
頭上遥かに架かる月の遠さとが
同じ意味を持っていた。

私と私の体の齎す機能を、ここに焼き付けて。
そんな例えのつもりで今までやってきたけれど、
気が付けば事実、私と彼らの寄る辺であるこの場所には
私の行う事、行える事全ての残像が焼きついていた。


私はきっともう何処にでも居て、何処にも居ない。
私はきっともう此処に居て、此処には居ない。
事実がどちらであっても問題にはならなくて、同じように回っていける。
私の全てはもう、≪系≫として此処に結実している。
いつかそう思う日が来たとしても、何の悔いも無かった。

さりとて、
ロスタイムは私が思っていたより全然長かった。



SCRIBBLES IN GRAVEYARD 7

  • SNATCHES 06-


君はいつでも偉い顔をして、
……実際、大した立場だったと思うけれど。
君は古代の歌に詠われる鬼のように振る舞い、
……実際、大概なものだったと思うけれど、
僕は君というものが今に至ってもよく解っていない、
何よりもその事に今でも唖然とさせられるよ。

君は誰よりも先に立ち、誰よりも先に去った。
その様を明星と呼ぶには人騒がせが過ぎるし
君が言っていたように、ここはそんな瀟洒な舞台じゃあない。
だから僕等は未だ君に、あざなを付ける事もできないでいる。


いいや、何よりも先に、ここに寄る誰もが
かつて君というものが此処に居た事と、
もはや君というものが此処に居ない事の両方を
未だに疑っているからに違いなかった。
何時来て何時居なくなったのかも、もう良くは解らないんだ。
君はそれくらい現実味が無く、それで居て強烈な存在感を此処に、
冗談のまま名づけられた「墓場」に残していった。


そう、だから皆、こう思ってる。
君は何処に居て、何をしているんだろう、って――

≪物言わぬ塵≫達の様に、寂しさすら残さず消え失せて。
彼女はもう、払い様の無い厄介な幻となってしまった。


SCRIBBLES IN GRAVEYARD 8

  • SNATCHES 07-


誰もがただ、手応えが欲しいだけよ
自分が受け止められるだけのね

そぎ落として、削ぎ落として、殺ぎ落として
殆どそれだけしか残ってないのなら
きっと良く見える筈よ