文章資料


ラスボス以降の文章資料は文章資料-2に。

TOWARD SEGMENT 5

水路を抜けて暫くは、一様にタイルに覆われた通路が続いた。
道道幾つかの堅牢な隔壁に阻まれたが、これらは何ら問題にはならなかった。
唯ひとつ、元々ある構造物ではない厄介な膜の除去に手間取っただけだ。
恐らくは何処かの組織が競合相手の足止めをしようと敷設したものだろう。

時間稼ぎとしては結構な事だが、長期的な足止めをするには陳腐なものだ。
恐らくその彼ら、≪先客達≫は余程焦っていたのだろう。
そして今回に至っては、何に焦っていたのかについて推察する必要が無かった。

それを生きた脳で考える代わりに、物言わぬ躯の山達が事細かに語り出す。
冷たい床に耽い、あるいは折り重なり事切れた彼らの≪言葉≫が示すことは一つ。
ここは≪竜≫から逃げ、進退窮まった者達の墓地と言って良かった。


標無き墓地の間を掻き分けて進むこと暫く。 やがて見えたのは、
金属ともガラス質ともつかない一様に滑らかで異様な光沢を放つ壁面。
誘われるように一歩踏み出せば、既にそれが織り成す歪な迷路の只中にあった。

幾度と無く滅ぼされた彼らを幾度と無く再生する輪廻機関。
この塔の根本に位置する、最もPRAYER達の手が入った区画。
即ち、途半ばにして既に彼らの本拠と言って良い場所。
今まさにその抹消、指の先、構造の些細な片鱗に辿り着いたのだ。


人ではないものの成果物が作り上げる奇妙な秩序の中で
体を巡る血液に乗った昂ぶりが、ごく緩やかに
聞こえない音を立てながら摩減していく。
それは幽かでいて、疑いようも無いほどに詳らかに感じる≪空気の変化≫だった。

その奥に在るものが刻む、均一にして不同なる律動。
それが齎す奇妙な安らぎに飲み込まれ、気が惑う。
我々とは異なる物質と組成とで成立する、言わば異質な生命の胎内。
眼前には、訪れる者を阻むとも迎えるともつかない、拗くれた奇妙な路。
およそ我々の理解を離れ、なお揺ぎ無く錯雑と佇むこの客体は
さながら虫の築いた複雑怪奇な巣の様で、我々はまさしく侵入者であった。

そして今、侵入者達が核心を目指し遡っていく――



TOWARD SEGMENT 6

大時計は沈黙した。
それに呼応する様に、的 ―PRAYER― の気配は遠退いた。
あの抑揚の無いフルートのような囀りも、ここではもう聴こえない。
呆気ないほどの静けさの中ただ淡々と進むだけだった。

だが、それに反して先に待ち受けるであろう≪残されたもの≫達、
それら残存勢力に対する予感は肥大していく。
静寂がその厚みを増すほどに、単純に比例していくかのように。

どのような都合があってあのような位置に≪大時計≫が捉えられていたのか、
それに関しては幾らでも根拠らしきものを探ることが出来る。
そう、出来る…… が、しかし、
もしや、彼らにとっても母胎を潰されるのは必然――
何か窺い知れない巡らせの過程だったのではないか。


――或いは、罠。

この時、その疑念を覚える根拠がニ、三あった。


一つは、ここに至るまでの誂えられたかの如き、出来すぎとも言える進行経路。
捻くれてはいるものの脇道というものは殆ど無く、実際のところは一本道になる。

度重なる分析と推論の結果と同じく≪この道は彼らにとっての産道≫で、それが
≪我々が敗北の中から勝ち取った回答≫と見る限りは、黙殺される疑問だった。

しかし二つ目の根拠が、些細な疑念を裏付けるように働いた。


その二つ目とは、再生機関という要衝にありながら的の勢力配置が
あまりにも手応えの無い希薄な布陣だったと言う事だ。
壁らしい壁は、機関本体の持つ自衛シーケンスのみだった。

「そうでなければならなかった理由」は幾つか考え付く。
「それでも構わない理由」も、幾つか候補を挙げられる。

しばしば≪決定的な決着≫を齎す≪何か≫と呼ばれる処に達しない限り、
彼らは不変、不動、あるいは不滅――の存在といって差し支えない。
形の上で彼等の母堂≪大時計≫を潰しただけでは根本的な解決にはならない。


あの力は自己すらも再生の対象とし、それは消極的ながら磐石の保証となる。

歩みに手間取れば、傷――退路は塞がり、≪大時計≫からの追手が迫るだろう。
≪体の中≫に閉じ込めた上の挟撃であれば侵入者の排除は時間の問題になる。

つまりは何も特別なことはせず、如何なる時も常の営みを固守する事こそが
結果的に最も隙を見せることなくこの体制を延々と維持する術だと言えた。

同時にその些細な緩みが我々という楔を深く打ち込むために僅かな隙でもあり、
≪大時計≫が蘇る前に≪決定的な決着≫を付けてしまう事こそが唯一の活路。
そう、それこそが≪辻褄≫で、この話の≪釣り合い≫の筈だった。


だが腑に落ちるに足りる≪都合のいい≫要因を幾ら並べても、
いや、並べるほどに余計に鼻につく不自然さ、違和感の根は深く、
ただ拭い辛くなるばかりに感じられた。

奴らは手に負えないほど厄介な相手ではなかったが、
決して楽にあしらえるような相手ではなかった筈だ。

それは我々が≪外≫で何度も味わってきた心身ともに染み付いた条理だった。
では、この≪中≫ではそれが違う、と言うだけなのだろうか。

ならば、果たして何が違うというのか。
≪何かが違うという違和感≫以上には、そこには何も残らなかった。


そして、もし三つ目に数えるなら。

PRAYERが、かつて人であった頃。
彼らが何を考え、何を思っていたか。
それを良く知るものが我々の中に居た筈だった。

PRAYER達は、自身の目的にとって必要なものを呼び寄せている。
正当なる後継者を標榜するもの、信奉者と自称するもの達、
そして、世相に沿った大儀を掲げる≪実体のないもの達≫……
そういった今日我々が呼ぶ≪贋作≫≪二番煎じ≫等の泡立ちめいた発生すら、
真に希求するものの目を引くアトラクションの彩りでしか無いのかも知れない。


そして恐らく彼らは≪何か≫を秘匿しつつ、端々でちらつかせるその片鱗を
来訪者が≪どういう事≫として捉え≪どうするのか≫を問いつづけている。
その≪何か≫の為に、自らが≪このようになる≫道を望んだのだろうか。

彼らの尽くが馬鹿げた姿を象り、そしてまた馬鹿げた効率で、
しかし確実にその役目を果たしている。
その姿こそは、かつて自身の持っていたものの名残り。
それは願望であり、欲求であり、妄執であり、拘りであり、そして――
――そう、柵。 彼らが人であった事の証、その顕れに相違なかった。

そして、我々が彼等について知る事はここまでだった。


あの≪竜≫の遺した言葉の指したように、その全てを捧げた彼らは殉教者に、
まさしくわれらが呼ぶような永久の≪祈り手 -PRAYER-≫となったのか。

永きの星霜に絶えうる躯を得た時から、彼らの感覚や価値観は大きく変容――
いや、それらを全くの問題外とし、感じることすらも無い≪もの≫へと変容し、
最早その行動規範の尽くは、およそ万人に理解できるものでは無くなっていた。
この塔を巣と呼ぶなら、彼らは蜂や蟻、或いは植物にすら良く似た存在だった。

果たしてPRAYERがこの塔を守護しているのか、逆にこの塔自身の持つ
何らかの意思が彼らを周囲に侍らせているのか。 そのいずれかが真実か。
いいや、主従を示すことは出来ない、一つの≪完成された系≫と呼ぶのが相応だ。

その中では一見したところの粗、この緩みにも相応の理由があるのではないか、
待ち受ける全てが目的の為の布陣ではないか――無言のうちにそう語っていた。


その下で、あたかも沈黙は言葉のように象られ。
その上に、集う全てがその振る舞いで告げる。

≪全てはその時に用意されている≫事を、
ここが舞台の下、目的を自動的に完了せんが為の機械装置――
即ち、奈落の一端であることを。

事実として彼らのもとへとたどり着くものは≪自動的に≫篩われ、限られていた。
この塔は大量の水分を吸い上げ、溶け込む成分を抽出する巨大な濾過層の様で。
あたかも永い時の末、それにより何らかの実りを得ようとする大樹にも見えた。


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……そう、この退屈を埋める≪惑い≫の種は、そういうものだった。
しかしそんな思索の尽くは所詮、推測と呼ぶには様々な点で足りずに、
ただ隙だらけの≪都合の良い結び付けをした≫妄想の塊でしかなく。
そしてどんなに長い静寂の時間も、その疑念と妄想が膨らみ続け
歪な確信に変容するにはとても足りはしなかった。

確信に至る手掛かりの全てはそれより早く訪れる。
目を廻すよりも、兎を追いかける速度の方が常にほんの少し勝っていた。

そう、最初から思索や惑い等は娯楽でしかなく、揺るがぬ事は決まっていた。
むしろ結論が先にあればこその無碍な逸楽かも知れなかった。

言ってみれば先への予感であり、別の言葉を選ぶなら≪期待≫をしているのだ。


≪そう。大体同じ事を知っているから、違いから目を背ける事は出来ないのよ≫
やがていつも通りにその言葉が脳裏を掠め、それが切り返しの合図になった。


感傷的な陶酔の残り香、言い換えれば名分仕立ての、浮ついた多幸感。
平易に言えば、もっともらしい道義。理由。言い訳。後ろ盾。≪共通の目的≫。

何時だって、そんなものは単純にギラつく灯の前では容易く消し飛ぶ。
内外どこにそれらの根があろうとも、それは常に変わらない事だった。

手足を鈍らせるだけのものなら、邪魔な塵埃を掃う名分に使えばいい。
些細な衝動で消し飛ぶ口実なら、鬱陶しい輩に喰らわす如何様にすればいい。
そして、それら≪余計なもの≫自体、線引きをより確かにする材料になる。
自己の感覚と重ねた錯覚を引き剥がし、濯ぐ≪境界線の引き直し≫――
きっとその儀式にも似た運動が、真の眠りを失った我々を紡ぎ直していた。

故に≪惑い≫とは、別段面白くもなく鬱陶しいこの作業の過程を≪ついで≫に
≪条件付き≫で≪理由付け≫しているに過ぎず、無碍な逸楽だと言う他無かった。



どこか遠くから、聞き慣れた抑揚の無い風切り音の鳴き声が響いてくる。



残党狩りが始まる。

懐かしいその声は、そう教えてくれた。



TOWARD SEGMENT 7

外殻間の空洞層を抜けた先には、塔の枢軸部へ繋がる隘路が待ち受けていた。
主軸を覆う第一外殻の周囲を取り囲む12の出入口――
――6つの入り口と6つの出口、それぞれ一対のみが稼動している。
それに関しての失望は無く、むしろ安堵を覚えた。
何故なら、前回に得られた情報と何ら変わらぬ状況のままだったからだ。
いくら苦難が予想されるとしてもあてが外れない事の方が余程重要だった。

我々の多くが束縛や支配を嫌っているというのは世間一般の見方で、
そう言われる時に屡伴う含みを別にしておけば、その言は大概正しかった。
そうは言っても、態々あての無い混乱を冀う趣味を持つものなど、そうは居ない。
大概こういった案件は、充分すぎる程にあてが無く非常識だ。
飽みたる日常を殊更に重ねて願うことなど無いだろう。
あるとすれば、そう、きっとそれから遠く離れてしまった時に。



今はまだ、その時ではなく。
そしてまた、その地は何処にも無く。

自身、あてが無く、そして触れる事の無いものの為に
その灯火を燃やし続けていた。



TOWARD SEGMENT 8

鞘堂のように何層もの外殻が覆う、その内部に達する。
まさにその中央、一本の太い芯が天地を貫くように立っている。

彼らが護持し、秘匿し続けてきた巨塔の核心。
恐らくは、この塔がかつて持っていた全てを握るもの――
それが鎮座する寝所が、すぐ先にある。

類稀な巨体をそのままに眠るこの塔も、かつては今と同じく
多くの者の眼差しを集め、あるいは庇護していたのだろうか。

だがそれも、今となっては無用のものという他ない。
役目を終えたはずのものを、無闇に呼び戻す声を上げる事はない。


人に造られ、役目を課せられながらも
その果たすべき対象を失い、
獏と広がる天地へと投げ出されてしまった遺物達。
もう決して帰っては来ない主人―― あるいは子を待ち続ける、
機械仕掛けの親鳥と雛鳥たち。
そんな数多の小さな世界、その最期を検分する事が我々の役目だった。

先人の過ちを晴らす義務などと、体の良い言い訳は必要無かった。
根では己の未練と執念とを拭い雪ぐ場所を探す為に、
落日を欺く偽りの火を灯し続けているのだから。

動機はそれだけで充分だった。


唯一つ、相応の幕切れを。
求めるものはそれだけだった。



THE [SHRINE OF FAREWELL] RISES

星を見た、等と言えば笑われるだろう。
だが、これを適切に表す言葉があるとすればそれだけだった。
ふと気付けば、いつのまにかそんな場所に居た。
いいかげん珍しくも無いが、馬鹿らしい話……
いや、化かされたような話だった。

周囲あらゆる方向を取り囲む、青白く不確かな星々。
闇の中で不規則に揺らめき、瞬き、見るものの距離感を麻痺させる光。
その眼前に縮小された全天は、往昔のプラネタリウムという施設を思わせる。


それは、不可思議な振る舞いを見せる微細な生命の粒子の灯火。

形ある意思を媒介する、不定形の泡沫。

遠く失われた因習の残した古語を借りて、我々が
≪霊≫や≪魂≫、≪精≫そして≪幽かな生物≫と呼んできたもの達、
言の欠片を紡いで意味を成し、それを顕す≪最も小さきもの達≫の灯だった。


所在なさげに、仄かに青白く光る小さな靄の塊。
それは波に震えながら、その灯の濃淡を揺らがせつつ、
しかし確実にその濃さを増していった。

やがて、≪幽かな生物≫の群れは大きな球状に纏まった。
するとその姿を目に焼き付ける間もなく、急激に一点へと縮み、
七つ八つ程の条となって弾けた。
相当に強い光量の筈だったが、不可思議なことに目にはまるで痛くなく、
光の帯が円周軌道を取り輪を形作る過程がはっきりと見てとれた。
見せ付けられる不愉快さを感じる前に、一種の恍惚が追い越していった。


それと気付かぬうちに、扉の前に立ち。
気が付けば、既に鍵を廻し終えていた――
例え話だが、そう言ったことは良く有るものだ。

ただ、この場合性質が悪いのは
薄々気が付いていても、やって来るのは決まって忘れた頃だという事。
滑らかな液体の様に、気にも留めない些細な隙間に滲み込んでくる事だった。

眠りに落ちるのと同じ位、それは違和感を感じさせずに進行し――
全くの無防備、無抵抗のままにそれを受ける他に術は無かった。


夜光虫。

≪幽かな生物≫の事を、夢を見せる虫だと言った男が居た。
その男の顔は覚えていないが、その言葉だけは未だ焼きついたままで。
何処かでその言に納得する所があったのかも知れない。

それは、
これまでに我々が棄てて来たもの、記憶から追い遣られようとするもの達、
それの築く山が堆く聳える墓所。その場所へ至る路。
場所ならぬ場所への門が口を開けた瞬間だった。



FALL OF THE SHRINE

最初に味わったのが泥の味だった。
そう喩えるぐらいに気分は良くなかった。

それに反して、身に受けた傷――
命を幾つにも別たれた身では目に見える事の無いものだったが、
嫌味のようにそれが癒されているのを感じた。

奇妙なものだった。

いや、それが感じなくなって久しい感覚というだけで、
きっと奇妙なのは今、自身が身を置く境遇の方に違いなかった。
例え、あれが濃い気に当てられた中毒のようなもので、
混濁する意識が拾い取った幻影に過ぎなかったとしても。


果たして、どれ程の間だっただろうか。
常にしているのと同じように、それを探ろうとする。
身に付けた一枚の薄い樹脂版が示す数値の差分は安堵をもたらしたが、
同時に困惑を与えるにも充分な程小さく、つまりは短いものだった。


緩やかに、緩やかに、儀式めいた深呼吸をして。
意識が何処かへ連れ去れていた暫時に、
自分が何を見ていたかを反芻しようとする。

だが、浮かび上がるのは取りとめも無い印象の渦ばかりで、
何ら確固たる形状を持って訴えかけるものの去来はなかった。

何か意味のあるものがあった気がする。
何か意味のある事を言っていた気がする。

しかし、今この手にそれを掴んではいない。
今もなおそれが零れていき、端から順に失われ、
意味が解らなくなっていく過程の只中にあるように思われた。


何を見ていたのかはもう解らない。
ただ、過ぎ去った後に残るこの高揚と、
理由も解らず何処か蟠りの晴れた心だけが残されて。

それは、かつて確かに感覚したものと同じに違いなく。
そして今はもう感覚することが無い筈の、遠い日の破片だった。


悪夢だっただろうか。
それを問う意味が無い事は解っていた筈だった。
例え、それがどちらであったとしても。
この今も等しく、その中には違いなかったから。
それが終わる前に問う、詮無い疑問に過ぎなかった。

この身に灯す偽りの生は、また、仮初めの死である眠りをも奪っていった。
夢はもう何処にも無くて、常に何処にでもあると言えた。
もう、そういった辻褄の合わない出鱈目な怪物に化けてしまっていた。
言葉の生み出した架空の存在と言えば、それで片付くものになっていた。


夜光虫。

≪幽かな生物≫の事を、夢を見せる虫だと言った男が居た。

その男の顔は覚えていないが、その言葉だけは未だ焼きついたままで。
何処かでその言に納得する所があったのかも知れない。