hukukiri

 切服     ♂
 座・武士   ♂
 ナレーション (誰でも可)



1 ナレ「世に有名な武士は数あれど、ひときわ異彩を放つ武士が一人!」     ナレ、ここから前口上として、声は大きく。

2 ナレ「世は天下太平。華の大江戸、城下町!」

3 ナレ「月に見放され、闇点(アンテン)に一星(イチボシ)が輝く頃!」

4 ナレ「ただ一人、セップクと称された武士がゆく!」



5 ナレ「さらすな帖 第一夜 セップク あっ! 御鑑賞。あれぇ!」      ナレ、ここまで前口上として、声は大きく。



6 座「お前が、セップクか」

7 切「・・・・・・私は、そのような名を認めた覚えは、ない」

8 座「だがその言葉こそ、貴様がセップクであるとの言! そして、その腰に帯びた二本の太刀! まさに市井(しせい)が噂する姿その者ではないか!」

9 切「どうしたというのだ、それが」

10 ナレ「二人の男。新月の夜に、一歩の距離ですら相手の顔が見えなくなる丑三つ時(うしみつどき)、一人は目的を持って、一人はただの偶然に出会う」

11 座「ここで会うとは、お前は運が無い。拙者、江戸にて道場を構える柳生草影流(やぎゅう そうえい りゅう)の師範代! 名を(時任 新左右衛門(ときとう しんざえもん)と申す!)」

12 切「興味などない。人には、興味などない」    座の名乗りに被せて、強めに、否定するように。

13 座「お前は、名をなんと心得る! 我が口上、さえぎるばかりか興味がないと申すか!」

14 切「おぬしも、古い武士か。今生には、もはや武士の戦なぞありはしない」

15 座「それを、セップクと名付けられる程に人を切ってきたお前がぬかすか!」

16 切「先も言ったが、その名に興味はない。人にも興味がない」

17 座「ゆえに人ではなく、服を切る、と?」

18 切「違う。私は何を切りたいわけではない。境地、無断(むだん)という境地にたどり着きたいだけなのだ」        無断は、"む"にアクセントを置いてください

19 座「無断、だと?」

20 切「なにも断たない太刀筋。刀は通れど、過ぎた後には一片の痕跡すらのこさぬ太刀筋。これこそ、私が望む道の先」

21 座「その境地、今だ到達できぬよう。おぬし、目方を間違えているのだろう。服しか切らぬらしいではないか」

22 切「これまでを見ていないおぬしが、何を語る」

23 座「だからこそ、見せてみろというのだよ、セップク。市井を騒がす貴様の姿、横たえ鳥についばませてみせようぞ」

24 ナレ「抜けば溢れる、玉チル刃。新月の夜ですら、三日月を携え鞘から抜かれる。先に獲物を見せたのは、今まさに飛びかからんとする柳生草影流の男」

25 切「それを見せられて、私の刃を見せぬわけにはいかぬ」

26 ナレ「誰も気づけぬ抜刀速度。二刀のうち一刀を、頭上に構えるはセップクと呼ばれた男」

27 座「それがお前の構えか」

28 切「私が――我が境地たる無断に構えはあらず! 言葉は要らぬ、おぬしの体にとくと刻みつけるが、武士の礼儀!」

29 座「よく言い切った! 拙者の太刀、お前の無断なんぞという太刀筋くぐり抜け、見事に断ってみせようぞ!」

30 ナレ「男が二人、銀月を背負い立つ。動かぬ、動かぬ、動かぬ。風吹き、柳揺れ、しかし動かず、動かず、動かず」

31 座(なんという視線。目方が狂っておる? 否、断じて否! この男、もはや拙者を見ておらぬ。心の臓、ただ一点のみか)        心理描写

32 ナレ「時がどれだけ過ぎたか。動かぬ二人は、しかし柳生草影流の男の額に玉のような汗が浮かんでしまった瞬間!」

33 切「――でぃりゃ!」

34 座「な、なんだ――」

35 ナレ「見えない太刀筋。すでにセップクの刃は柳生草影流の男を縦に切り裂いていた! しかぁし!」

36 座「――ッハァ! ・・・・・・はっ、はっ・・・・・・ぁあ。な、なんだ、お前の、太刀筋は。今確かに、拙者の体を切り刻んだはず!」     最初のほうは息のみで。な、なんだの手前辺り

37 切「――失敗、したか」

38 座「なに?」

39 ナレ「セップクの声は、レッパクの気合いを閻魔に抜かれたかのように弱々しい。しかしその真意を悟る前、柳生草影流の男に変化が現れる」

40 座「な、なぜだ。服がっ!」

41 切「太刀は通した。おぬしの体を滑りゆく感触が、私の手に残っている。一切の邪魔のない、滑らかな感触だった」

42 座「ならばなぜ、拙者の体は切れておらぬ!」

43 切「ある程度の速度を超えると、人体は断たれても断たれぬ。これが、人体に対する無断の境地、無断の極致(きょくち)」

44 座「ならばなぜ、拙者の服のみが断たれるか」

45 切「判らぬ。判らぬこと、それが、人体以外に対する無断の境地、無断の極致。岩も、服に同じ。大樹のみが、人体に対する極致が通用する」

46 ナレ「静かに収められる銀月。セップクは佇まいを直し、柳生草影流の男に背を向ける」

47 切「我が境地、いまだ至れぬ、か」

48 ナレ「華の大江戸を騒がす一人の武士が、今日も一人の服を切る。セップクと称されし男、今も夜にただたださぶら!」

 終






最終更新:2010年01月22日 00:25