- 01-281 :名無しさん@ピンキー:2009/05/10(日) 02:04:18 ID:4pomgSdd
- 天然でちょっとおっちょこちょい☆、しかも愛らしいロリ顔だったなら、モテない訳がないだろボケ。
「いたっ」
「え、南さん大丈夫?絆創膏いる?」
「だ、大丈夫…うぅ」
紙で指を切っただけだというのに、男はこうやってすぐ愚かにも愛くるしい私に関わりたがるし、私も涙目上目遣いなんかしちゃってそれ相応に答えてやってる。
こういう些細な事からコツコツやっていくのが、キャラ作りにおいて大事だからな。
「大丈夫?めいこちゃん、私絆創膏あるよ」
女友達Aが差し出してくれた絆創膏をありがとうっ!とアホの様な笑顔で受け取る。
そう私、南めいこはぶりっ子の域に入るにも関わらず、女にまで好印象を与えている。
徹底した裏表のないキャラ作りにより、『おばかでほっとけない子』という、女の集団の中では申し分ない地位を手に入れているのだ。
そう皆、私の手の内で踊らされている哀れな愚民共。支配者は私。
このカス共をいいように使ってモテまくり、贔屓されまくりの、人生の栄華を極める生活は、その頃の私には何不自由のない日々だった。
あの日の放課後、あの男と対面するまでは…。
- 01-283 :めいこと高坂:2009/05/10(日) 23:32:46
ID:4pomgSdd
-
その日の放課後、日直だった私は一人、教室を掃除していた。もう一人の日直はゴミ出しに出ている。
いつもなら何やかんやと芸術的なまでの手八丁口八丁で男に全部やらせるが、今日ばかりは違った。
高坂という男がもう一人の日直だっが、どうも前々から何考えてるか分からないようなネクラな奴なのだ。
大きな瞳にふわふわのロングヘアな愛くるしい私を前にしても動じないし、何かとやりにくい印象があり、実際やりにくかった。
それだけで万死に値する。
あんな無表情な奴、きっと現実の女に興味がないに違いない。
…など、詮無いことを考えてる内に掃除が終わり、私は箒とチリトリを片づけようと、用具入れに向かった。
と。
ガッ!
不意に足をすくわれるような感覚に襲われ、バランスを崩す。
「あ?」
箒の柄が足に絡んだのだと理解したのは、盛大に転げた後だった。
- 01-284 :めいこと高坂:2009/05/10(日) 23:34:37
ID:4pomgSdd
- ガラガシャン!
掃除したばかりの床を、埃が一面に舞った。
「………ッ!…いっ!」
自分で言おう、哀れだった。
前のめりに倒れて、とっさに側の机を掴んだ為に机は見事にひっくり返り、必死で手で体を支えた為に四つん這いのような体勢になり…
見なくても分かる、スカートはめくれあがっていた。
「………ッ」
痛みと共に言い知れようのない怒り、そして屈辱感が込み上げる。
「なん、でっ…」
何で私がこんな目に逢わなきゃならない?
いつもなら男にやらせる仕事を何で私が?
そう高坂、奴だ、あのネクラだ。
このまま叫び出したい欲望と必死で戦う。
ダメ、今ここで叫んで誰かに見られたらどうする?私の人生は終わりじゃないか、でも今は放課後、人気はもう無い……「……………」
「全部てめーのせいだあのカスがぁああ!ぶっ殺すぞ高坂!」
「何が?」
これが私の人生の転換期。
高坂はいつもの無表情で私を見つめていた。
- 01-285 :めいこと高坂:2009/05/10(日) 23:37:51
ID:4pomgSdd
- 「…高坂君☆」
「あ、ゴミ捨てたよ。もう鍵閉めて帰ろうか」
「高坂君☆?」
まるで何も見なかったかのように高坂は淡々と言い放つ…と思いきや
「南さんパンツ見えてるよ」
「ぐわっ!ぎゃ!」
パンツを丸出しだった事に付け、まるでおっさんのような悲鳴を上げてしまい、一気に頭に血が上る。
「ほら、大丈夫?」
高坂は涼しい顔で私に歩み寄り、手を差し出した。
「…あり、…がとう」
高坂は…何考えてるんだろう。
何で、何も言わないんだろう。
もしかしてちゃんと聞こえてなかったのかな。
「…」
怖いけど、逃げるのは私じゃないだろ。
勇気を振り絞って尋ねてみる。
「高坂君…さっきの聞いてた…?」
「ああいう時もあるよね」
さらっ と高坂はそう返した。
ああいう時って何だ?パンツ丸出しで絶叫してるのがか?只の変態だろ。
「いや、多分あまり無いと…」
「俺だってどうしようもなく嫌な事があって、誰かに八つ当たりしたくて、叫びたくなったりするよ」
…何か、凄く私の行動が美化されてる気がするんだけど。
- 01-286 :めいこと高坂:2009/05/10(日) 23:40:12
ID:4pomgSdd
- 「南さんもいつも元気に振る舞ってるけど、爆発して叫びたいって時だってあるってだけの事だろ?」
…まーそう思ってんなら好都合だけど。
むむ?何か勝手に勘違いしてんぞコイツ。いけんじゃね?
これはとりあえずパターンAで凌ごう。
顔を赤くしてグーにした手を口元にやり、高坂の目を見上げる。
「ははっ…何か高坂君に恥ずかしい所見せちゃったみたいだねっ///」
「いや、南さんにもそんな面白い部分があるんだなって新鮮だった」
ていうかどんだけポジティブ思考なんだよお前。
高坂は無表情のままだったけど、少しその表情が緩んでいる気がした。
無表情だけど、笑ってるようにみえた。
「もう遅いし、帰ろうか」
声を掛けられ、はっと我に返る。
「あ、うんっ」
それから、二人で日誌を出しに行って、正門まで一緒に歩いて、正反対方向に挨拶だけして、お互い何事もないように帰っていった。
意外だった。
高坂があーいう奴だなんて、思いもしなかった。
何かズレてて、でも多分良い奴で、感情が顔に出ないだけの典型的な損するタイプ。
…なかなか馬鹿で使えそうな奴じゃないか。
クラスの生徒リサーチに漏れがあった事を反省し、今後の対策を練りつつふと、高坂を少し羨ましく思った。
あいつは私なんかよりずっと、心が綺麗なんだな。
純粋に感心していた。
- 01-292 :めいこと高坂:2009/05/13(水) 01:40:54
ID:YKzR3FQs
- 高坂誠一、4人家族の長男で成績良好。
「…めいこ何してるの?」
「あ、奈々子ちゃん」
「ノートで顔隠しながら…何覗いてんの?」
「の、覗いてないようっ!」
ヤベェ、何かと鋭い奈々子に捕まってしまった。
本当に余計な事ばっかり気付きやがってこのアマ。
私がしていたのは、勿論高坂誠一に関するリサーチだった。
今後あんな事態が起きないように予習復習、あいつに関する情報を集め傾向と対策を練り、完全攻略するのだ。
思った通り友達もそんなに居ないし、モテなさそーだし喋りなタイプでもない。
私の正体がバラされるということは無さそうだ。
しかし油断してはならない、初めて私の本性が暴かれる危機にあるのだからそれ相応の
「うーん、この視線の先は?」
奈々子は私の目の前に人差し指を置き、「てん、てん、てん…」と指をズラして行く。
その指の先には…。
「あ、高さ」「きゃあああああああああああああああああ!!!!」
お前何言ってんだボケ!愚民の癖に無駄に当てんなよ!!
…という本音こそ漏れなかったものの、クラス中の視線は今や私一人のものであった。
「…めいちゃん?」
「南さんどうしたの…?」
突如奇声を発しながら立ち上がった私に、遠慮がちに掛けられる声。
イタい。イタすぎる。
「はわっご、ごめんなさいっ!いっ今、虫っ!そう何かモスラみたいな形の虫が飛んで来て…怖くってつい☆」
「何だ虫かよー」
「モスラだなんて、めいちゃんたら可愛いー」
一気に弛緩する空気の中、私は恐る恐る奈々子を見やる。
奈々子は…凄い笑顔で私を見ていた。
- 01-293 :めいこと高坂:2009/05/13(水) 01:45:07
ID:YKzR3FQs
- 授業が終わり、私と奈々子、そして共通の友達マユは、某ファーストフード店に居た。
席について早々、高めのポニーテールを揺らし、フライドポテトをかじるマユを尻目に奈々子はビシリと言い放った。
「めいこ、ずばりアンタ高坂の事が好きでしょ!」
「ち、違うもん!」
「……」
「……」
「じゃあ何で高坂見てたの」
「見てないもんっ」
「じゃあノート持って何してたの」
「べ、勉強…」
「マユ!めいこの鞄からノート出して!」
「ラジャー!」
「ああああちょっと何してるのこのクソア」
「くそあ?」
「あはははは」
「隊長!『高坂攻略ノート』とブツには書かれています!!」
「哀れな…クロだったようね」
「………」
会話文で顛末が終わる程あっさり、大いなる誤解は定着した。
ちょっと待て何だこいつら。
私があの高坂の事を好きだと?有り得ない、有り得ない上に失礼極まりない。
一刻も早くこの誤解を…!
…ん?解いた方がいいのか?
「しかしめいこが高坂をねー…まぁ分からないでもないか」
「高坂君モテますものね」
更に有り得ない情報が耳に飛び込んで来た。
- 01-294 :めいこと高坂:2009/05/13(水) 01:49:39
ID:YKzR3FQs
- 「え、マユ、どういう事?高坂…君ってモテるの?」
「ええ~っ恋する乙女がそんな事も知らないんですかぁ?」
丸メガネの奥の目を見張り、大袈裟にマユは反応する。
滅茶苦茶ウザい。が、ここは我慢だ。
「え、だって高坂君ってちょっと無愛想だし、あんま喋らないから…」
「そこが萌えポインツ!」
ビシイィ!
いきなり二人は身を乗り出して、私に指を突きつける。
「こんなフツーの一介の公立高校で真にモテるのは、ギャアギャア五月蝿いチャラ男でもモロ体育会系でも望み高な爽やか超イケメンでもない!」
「適度にイケメンでちょっと無愛想だけど話すと楽しい等身大な男!!」
ドーン!はい来た!
奈津子は妙なテンションで手を叩いた。
人事だと思って物凄く楽しそうだなこの野郎…。
で、なんだって?
「そ、そういうのがモテるんだ…ていうか、高坂君って話したら楽しい人なんだね」
楽しいというか、やたら見方が好意的というか、純粋な奴だなとは思ったけれど。
「ほら、高坂君って無表情は無表情だけど、ちょっと安心出来るようなオーラを出しているんですね」
「うんうん癒やし系ね」
何がオーラだ、お前は江原か。
マユの後に奈々子が続ける。
「それでちょっと話し掛けたら、本当に親切だし、ネガティブな話でもいい方向に視点を変えてくれたりするような子な訳」
あら紳士、とマユの合いの手。
さぁて、モテない訳がないわよね。
にやり。挑戦的に奈々子は私に笑いかけた。
「なっ何で私を見るのようぅ~///」
手足をバタバタさせながら、口を尖らせる。
- 01-295 :めいこと高坂:2009/05/13(水) 01:52:50
ID:YKzR3FQs
- 表向きはお決まりのパターンBで凌いだが、内心は何故か、変にぐっと詰まるものがあった。
今二人が話した内容は、私が昨日から高坂に抱き出していたイメージと一致するものがあった。
だからこそ、何だか変な…何故かがっかりした様な気持ちになった。
あの時見せた一面は、別に特別だった訳でも、私だけに見せたものでは無かったのだ。
何だか拍子抜けしてしまったが、すぐに憤りと警戒心が再燃する。
何が紳士だ私のパンツ見やがって。紳士と書いて変態と読むんだろうがお前の場合はよ。大体よく考えたらよくもまああの状態で涼しい顔なんかしてくれやがって私のパンツは売ったら5億は下らねえぞ見ただけで5000万だそれを「めいこ、決まりよ」「は?」
私が呪いの言葉を脳内に刻みつけている間に、当事者不在で何かが決まったらしい。
やたら目をキラキラさせる二人にウンザリしながら…それでも問い掛けてやる。
「何が?」
「緑会委員、一緒にやるのよ」
一気に目の前が暗くなった。
このボケ共。
- 01-299 :めいこと高坂:2009/05/14(木) 22:46:27
ID:uxeHn7X3
- よく見たらわりとイケメンかもしれない。
それ以上でも以下でもなく、高坂の顔に対する評価は定まった。
しかしこの程度の顔で真のモテ男だ持ち上げんのはどーかと思うぞ。
あの低脳達が私が高坂を好きだとか勘違いしたままなのは、もう放置する事にした。
否定するのも面倒だし、むしろ高坂完全攻略の為には交流を持たなきゃなのは必要不可欠なんだから、奴らのお節介が逆に関わる言い訳にもなる。
そしてその目論見は見事達成された。
達成された。
が。
「俺はアメリカン、南さんは」
「あ、私はロイヤルミルクティーでお願いします」
「かしこまりましたー」
なんで私はこんな駅前の喫茶店で高坂と向かい合ってるんだ?!
そう、そもそも「緑会」だった。
正式名称は「地球の緑が危ない!環境について考えよう!行動しよう!実行しよう!委員会」。
この高校が環境だエコだのと数年前から騒ぎ出した、お題目だけの厄介行事。
内容はいたってシンプルで、各クラス男女一名ずつ委員を選出し、クラス内で「環境を改善するには何をしたらいいか」だとか、いい加減議論尽くされた内容を掘り返して学校集会で代表者が発表して終わる。
ちなみに毎年その時期は、テスト期間中と被る。
だからそもそも「じゃあ一緒に緑会委員やって距離を縮めちゃいなよ☆」「それいい考えですよめいこさんー」
とか軽々しく言われて引き受けるには余りにも面倒なのだ。
毎年クラスで役の擦り付けあいになるような委員なのに。
しかし。
- 01-300 :めいこと高坂:2009/05/14(木) 22:50:00
ID:uxeHn7X3
- 「はい、今年の緑会委員ですがなんと!南めいこさんと高坂誠一君が自ら!進んで立候補されました!」
飯島奈々子は学級委員長だった。
殺れるなら喉元からそのポニーテールで絞め殺している所だ。
オオオー!というどよめきから拍手まで聞こえ出す。こいつらそこまでやりたくないか。
案の定さすがの高坂も「は?」と言うような表情で脂汗をかいている。
やっっぱりノーアポかよアイツ!
「ちょ、飯島さ」「高坂君は言ってくれました…『俺はテスト余裕だから委員位やってやるよここは任せろ!』と」
「……」
再び上がる大歓声。
誰も高坂がそんな事言い出したとは思ってない。自分が役を免れた事への歓声だ。
いい加減自分の性格は最悪だと思っている私だが、…こいつらは悪魔じゃないのか。
「めいこは素晴らしい志を持って参加の意を表してくれました、南さんどうぞ!」
「へっ?」
それでいきなり私には丸投げかよ!
仕方なく涙目、切なげな表情等々を作り、か細い声で訴えてみる。
「え、えっと…地球さんはお花とか葉っぱが無くなったらすごく悲しいと思います…だから私達で少しでも助けてあげたいんですっっ!」
「素晴らしい!お花さんとか葉っぱさんは大切という共存共栄の心ですね!」
「めいこちゃん偉いなー」
「南さんは優しいな…まるで天使だよ」
緑なんか知るか死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
「さて二人は『皆の意見は聞かずとも私達は理解できる…よって話し合いは必要ない』と言ってますのでこれより後は自習時間とさせていただきます」
お前も死ね。
今日一番の歓声の中、高坂は既に諦めモードで天を仰いでいる。
そして奈々子は今回の作戦のキモであろう事項を付け加えた。
「二人は後日、早速フィールドワークに行ってくる予定だそうなので、次のHRで発表を期待しましょう!」
…後日?
フィールドワーク?
このクサレ[ピーーーー]
気が付けば高坂がこちらを向いていて、「同志よ…」というような沈痛な面持ちで頷いていた。
思わず私も頷いてウンザリした表情を作る。
「……」
いつもの私の顔はこんな表情してたっけ?
なんて思ったのは結局チャイムが鳴った頃で。
ひとまず話し合わなきゃならないだろと、私は高坂の下に向かった。
- 01-301 :めいこと高坂:2009/05/14(木) 22:54:53
ID:uxeHn7X3
- つまり、フィールドワークと言えば聞こえがいいが、要するに街中を二人で歩いて、身近な環境問題を見つけようという話である。
…つまりほぼ、デートである。
その事実を反復しながら、運ばれてきたロイヤルミルクティーを口に運ぶ。
「砂糖入れないの?」
「あ」
忘れてたあっなんて言いつつ砂糖をぶっかける。
マズいな。変に緊張しているせいで、キャラ作りにブレが出てきてる。
実を言うと甘いモノはそんなに好きじゃない。
外ではキャラの為に積極的に食べる様にしてるけど、本当はケーキなんて1個食べたら十分過ぎる程で、紅茶党だけど砂糖は滅多に入れない。
人工的な甘さにこっそり顔をしかめつつ、高坂に話を振る。
「…で、とりあえず集合してみたけど…どうしよっか?」
「いきなりだったもんな…今日になったのも強制的に飯島さんに指定されたからだし」
「えっと…一応この辺の地図、ネットで出してきたよ~。見に行った方がいい場所にはチェックしてる。時間は結構掛かると思うけど、午前中から始めたらいい時間になると思うし」
高坂は珍しく表情を揺らし、私を見つめた。
「南さん凄いな。俺地元だからってそんなキッチリ調べてなんて来なかった」
「いやっ私もネットで見ただけだよっ、チェックしたとこも『河』とか『山』なの///」
生活排水が流れ込んでいる河、最近住宅建設で伐採が進んでいるこの辺で一番身近な山、区役所近くの市民会館では、市の環境問題について常設展示があった筈。
キャラの都合上表立って仕切る事は無いが、私はこういうのに意外と燃える。
「じゃあ南さんが調べてきた所を廻って、街中を歩いてる中で気付いた事や、掘り下げて調べた方が良いこととかをメモして行こうか」
「うん!頑張ろうねぇ~♪」
- 01-302 :めいこと高坂:2009/05/14(木) 22:58:43
ID:uxeHn7X3
- 事務的に話し合いをした為に気まずい空気を作らずに済んだが、実際の所、高坂と二人で長時間話すというのは非常に…何というかビビる。
あんなこの私と話すにも値しないようないかにも平民に対して、過剰反応もイイトコなのだが。
やはり「あの雄叫び」を聞かれただけに、またその話を振られまいかとドギマギする。
昨日はお陰で緊張し過ぎてロクに眠れなかったし、服だってなかなか決まらなかった。
「あ、店出る前にお手洗い良いかなっ?」
「うん、いってらっしゃい」
高坂は今日も殆ど無表情だけど、何だか良い感じだ。
…何が良いのかは分かんないけど…これがマユの言ってた「癒し」なのか?
「…………」
つらつら考えながら歩いていると、妙に見覚えのある尻尾を見つけた。
尻尾どころかメガネも見える。
それどころか…。
「奈々子ちゃん達ったら、そんなベッタリソファにくっ付いて何してるのかなあ?」
「頬ずりしてます!」
「メガネ拭いてます~」
「…霊視?」
何故時間と場所指定が行われたのか…今になって理解出来た。
三人のクソアマ達は仲良く私達の後ろの席で聞き耳を立てていた。
「きょ、今日1日尾けるつもりでしょっ!!(泣)」
「正解ぴょ~ん」
「しかも何で香織まで?!」
「…楽しそうだったから」
相田香織は、ちょっと無口で私の愛らしさには及ばないがなかなかの黒髪美少女だ。
奈々子とマユは高校で出来た友達だが、香織は小学校からの付き合いで、よくつるんではいるものの、こんな下世話な所まで付いてくるとは思わなかった。
「アイアイが行きたがってたんだからいーじゃ~ん」
「めーちゃんが好きな人…興味ある…」
「あらあら相田さんたら、高坂君にヤキモチ焼いてますわ~」
三人が何を言っているのか全く意味が分からなかったが、時間も無いことだし釘だけは刺さないと。
「とにかく!絶対表に出て来ちゃダメだよっ」
「「「は~い!」」」
今日1日、高坂に付けてこいつらまで相手に過ごさなきゃならんのか…。
馬鹿なのか?こいつらは馬鹿なのか?
大いなる不安を抱え、緑会委員会活動は始まった…。
- 01-307 :めいこと高坂:2009/05/16(土) 22:25:00
ID:i1R3Bt4w
- 「高坂君メモとれた?」
「うん、そっちは?」
「さっき職員の人から話聞けたよ。河の浄化活動をしてる市民グループがあるらしくて、今度代表者の方を紹介してくれるって」
「じゃあやっぱり今回のテーマは河だな」
「来週の日曜日も空いてるよね?その日で聞いてみるねっ」
キャラを辛うじて保ちつつ、久しぶりに私は充実感を覚えていた。
引っ付いてきた野次馬共は物凄くつまらなさそうだが知ったこっちゃない。
目的の為に自分の頭で行動するっていうのはやっぱり面白い。
まあ元々私はそういう人間だけど。
市民会館を出る頃、とっくに日は傾き始めていた。
「しかし大分時間経ったな…もう4時か」
「ホントいっぱい廻ったね~」
今日は本当に1日歩き通しだった。
二人でヘトヘトになった頃には、ショッピングモールの地下でソフトクリームを食べたりした。
高坂の食べるスピードが遅すぎて、コーンの先からボトボトクリームが溢れ出していて、それを無表情で必死に拭き続ける様子に何回も吹き出しそうになった。
歩く時は、いつもはネタで軽く1、2回つまづいてみせて「きゃぅっ!はう~…(泣)」なんてサービスする所だが、そいいえば今日ばかりは、疲れ過ぎてガチコケしてしまった。
その時の声が前回から進歩なく「ぎゃわっ!うげ」だったんだから情けなさ過ぎる…。
でもあの時の高坂は、今にも笑い出しそうな顔で手を伸ばしてくれて、内心ガッツポーズを取ってしまった。
いつの間にか私の中で「高坂の笑った顔が見たい」という気持ちが膨らんでいた。
- 01-308 :めいこと高坂:2009/05/16(土) 22:28:22
ID:i1R3Bt4w
- ……まるでデート、みたいな内容だったのは確かだが、断じてデートじゃない。
これは奈々子の策略で、私は高坂攻略の為に一口乗ってやっただけなのだ。
「そうだ」
ふと歩みを止めた高坂は、時計を見やってから提案した。
「最後にもう一回、河川敷まで行ってみる?」
「あ、うん」
高坂に誘われて、私達はまた河川敷の方へ向かった。
「こーやって見ると綺麗なんだけどな~」
夕日が乱反射して、キラキラと視界を彩る。
アスファルトの階段に座り込んで、私達はボンヤリと河を眺めていた。
「この河から自転車とか出て来た事あるらしいよ」
「タバコの吸い殻もよく見たら大分落ちてるしな」
あぶねぇなんて言いながら、高坂は吸い殻をゴミ箱に放り込んだ。
石が転げ落ちたのか水面が揺れて、小さな波紋を作った。
「……」
「…意外に真面目にやっちゃったねー」
高坂なんかとこんな場所で、こんな事してるなんてすごく変だ。
でも今の私は何故か、まだこうして居たいような気がしていた。
高坂は水面を見つめたまま答えた。
「でも俺は、南さんは最初からマジでやるつもりなんだと思ってた」
「あ、あの『地球が~』って話かな?あれは奈々子ちゃんが…」
「南さんって、本当はもっと芯のあるハキハキした子な気がするな」
「え」
心が不意にザワつく。
危機感が頭をもたげる。
…何を言いだしてる?
- 01-309 :めいこと高坂:2009/05/16(土) 22:31:29
ID:i1R3Bt4w
-
「今日1日一緒にやってみて思ったんだ。今日の南さんは実行力があって元気でハキハキしてた。いつものふわふわしてるイメージもあるけど、やっぱりそういう所が目に付いたんだ」
高坂は、顔を向けて私の目を見ていた。
夕日が高坂の顔を照らして、睫毛や毛先がキラキラ光っている。
顔が強張っていくのを感じる。
止めて。
赤信号が頭の中で点滅する。
「この前も凄い大声で自分の思いを口にしてたし、いつもはそういうトコ、見せてないけど」
止めてってば。
「そういう面も南さんらしいと思った」
危機感が加速する。
信号が赤なのに渡ったら駄目。
死んじゃうから、
「だからさ」
止めろ。
「余計なこと言わないで」
「え」
口が止まらない、歯止めが聞かない。
「私は『コレ』でいい。『コレ』がいいの。アンタに指図されるいわれはない」
私は高坂を睨みつけていた。
強い拒絶感が体の中で爆発していた。
「でも」
「分かったら先帰って」
「南さん…ごめ」
「早く帰って!!」
「…ごめんな」
高坂は立ち上がって、歩き出した。
私は動かない。
足音が聞こえなくなった頃に、噛み殺していた嗚咽が押さえきれなくなって、変な声が出てきた。
奈々子達がどこで見ていたのか駆け寄ってきたけど、涙で何も見えなかった。
私は最低だ。
- 01-315 :めいこと高坂:2009/05/19(火) 17:37:15
ID:BjZoOe4x
- 私以外の人間は皆、私より馬鹿だとしか思えない。
可愛い顔してちょっと優しくしてやれば、皆コロッと騙される。
キャアキャアいちいち騒ぐ女はアホにしか見えないし、男の視線はいつだって下世話だ。
それが自意識過剰であろうがなんであろうが、ぬくぬくとした立場の中、笑顔の下で毒づくのが私の生き方だ。
それは歪められてはいけない。
誰にも侵されてはいけない私の支えだ。
「おねえ」
「…」
「めいねえ」
「なによ」
「晩ご飯だってさ」
いい加減フテてないで、下降りてきなよ。
と、真以子は言いたい事だけ言って、リビングに向かった。
「………めんど」
ダルい体を無理やり起こし、階段を降りてゆく。
着過ぎて袖がだるだるになったダボダボのスウェットが、ますます歩みを鈍くする。
「あ、めいこ起きた?今日お父さん飲み会だからもう食べるわよ」
「……カボチャ」
「ほら、一個は絶対食べなさい。後は真以子にあげてもいいから」
母親はそれでも大きめの煮付けを私の皿に乗せていた。
「おっしゃいただきます!」
甘いモノに目が無い真以子は、早々とカボチャを口に放り込んでいる。
ぱくりと、嫌いなモノから片付けたい私もカボチャをかじってみる。
クソ甘かったけど、疲れているせいか妙に体に染み渡る感じがした。
「真以子箸どけて」
「あっ何で真以子のカボチャ取るの?!」
「あれ、珍しいわね」
「ていうか私のだし。たまにはいいじゃん」
些末でささやかな会話が流れる。
こんな風に食卓を囲むのも、今年で5年目になろうとしていた。
- 01-316 :めいこと高坂:2009/05/19(火) 17:40:51
ID:BjZoOe4x
- 夕食を食べ終えて、ごろりと自分のベッドに体を投げ出す。まるで牛だ。
髪はクシャクシャで、スーパーで売ってそうなスウェットでゴロついてる私を皆が見たら、開いた口が塞がらないだろう。
お部屋は全部ピンク色とぬいぐるみさんで統一してるの☆とかいつも言ってるしな。
…想像したらキモすぎる部屋だな…。
「…ていうか明日のことだ」
どうしよう。
奈々子達はとにかく振り切って逃げたし、会話も殆ど聞こえてなかったみたいだからなんとかなるだろう。
問題は高坂だ。
気まずい所じゃない、どう考えても不条理で私の一方的な逆ギレだ。
あの時怒り出さなかった高坂を、改めて凄い奴だと思う。私なら…
「…」
今の私ならどうしてるんだろう。
いや、そんな事より明日だ。
今回は「南さんにもそういう部分が~」とかで誤魔化せないような域の爆発をしてしまっている。
高坂が私の禁忌に触れたから。
…とにかく。
……。
………。
「あああああダメだ!」
高坂の出方なんか分かる訳がない。あんな純粋な奴が何考えてるかなんか分かるかボケ!
もう明日当たって砕けよう。正体なんかどうせ最初の方でバレてるようなもんなんだから実力行使で黙らせて縄とガムテープが要るな屋上でとりあえずフルボッコにして生殺与奪の権利を得てから吊して
「あああああもう!!」
「おねえうっさい!!」
こうして私の夜は悶々と更けてゆき、問題の朝を迎えたのであった…。
- 01-322 :めいこと高坂:2009/05/21(木) 22:18:05
ID:YS5kcw51
- こんなに朝を、学校を、恐ろしいと思った事はないかもしれない。
扉を開ける瞬間、クラス内での南めいこ神話崩壊を覚悟したが、高坂が皆に話したような様子は無かった。
まあ、そもそも高坂はそういう事をやる奴じゃない。
ひきつる笑顔を必死で保ちつつ、「おはようっ皆おはよう!!」と愛想を景気対策並にバラまきながら席に着く。
着いた途端に案の定、奈々子達が飛ぶようにやって来た。
「めいこ昨日はどうしたの?!」
「大丈夫でした!?」
「高坂に犯られたなら…ちゃんと殺してくるよ」
「大丈夫だってばぁ~っ、ていうか香織は怖い事言わない」
「…」
「な、何?本当に何もされてないよっ?」
「…」
香織はしばし私を見つめた後、無表情を崩さないままコクリと頷き…
「高坂君ちょっと」
「ちょ、香織?!」
「ちょっと来て」
「え?あ、ああ」
高坂は訝しげに僅かに眉をしかめながら立ち上がり、二人はあっという間に教室から消えてしまった。
予想外過ぎる展開に頭がショートして火花を散らす。
あ、あいつ…何やってんだ?
「あああ~ついに香織さんの嫉妬の炎が…」
「よし尾けるぞ!ほらめいこ!」
「へっ?ふにぁあっ!何するのっ」
襟元をひっつかまれ強制連行が執行される中、疑問だけが渦巻く。
香織は何が目的なんだ?
- 01-323 :めいこと高坂:2009/05/21(木) 22:21:25
ID:YS5kcw51
- 相田さんに呼び出されたが、全く事情が分からない。
俺は彼女に何かしたんだろうか。
……いや、彼女じゃない。
きっと南さんの話だ。
相田さんは当然のように屋上の鍵を持っていて、開錠後「入って」と手まねきした。
一歩外に出た途端、空が視界一面に広がり、頭がぽかっと空いたような開放感がわく。
体を風が通り抜ける感覚が襲い、思わず目を細めた。
「相田さん、俺に何か?」
風に長い黒髪がバサバサとかき乱されるのと対照に、相田さんの表情は湖面のように静かだった。
口だけがそっと動いた。
「高坂君はめーちゃんの事が好きなの?」
「…………は?」
思いがけなさすぎる問い掛けに、思わず頭がパニックになりかける。
「答えて」
予断を許さず相田さんは追求してくる。
「早く、今すぐ、3・2・1」「好きだよ」
一拍置いて、相田さんは口を開く。
「それはlike?love?」
「そりゃ…後者だよ」
「どっちなの」
「…loveだよ」
相田さんはいとも簡単に、隠し続けていた俺の気持ちを吐き出させた。
…まるで犯罪者になったような気分だ。
俺は、南さんがずっと好きだ。
そんなのうちのクラスの半分以上の男がきっとそうだし、望みが無いなんて分かりきってる。
だから今回、一緒に緑会委員を出来たのは、凄くラッキーな事だったんだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、相田さんは「分かった」と頷いた。
「…相田さんは何が言いたいんだ?」
相田さんは急に、見るモノ全てを凍てつかせる様な冷たい視線を俺にぶつける。
「高坂君…めーちゃんを泣かせた、傷付けた」
「それは本当に申し訳ないと…」
「高坂君は本当に好き?どんなめーちゃんでも好き?」
「…えっと」
「すぐ答えられないようなら、覚悟がないなら、めーちゃんに関わらないで」
一気に切り捨てられた。
相田さんは俺に南さんは無理だと、迷惑だから消えろと、そう言いたいのだろうか。
それなら…最初から分かっていたのに。
「分かってるよ。…これ以上俺なんかが、彼女に立ち入っちゃいけないよな」
「…」
「本当にごめん」
自分が情けなくていたたまれず、とにかく謝って、その場から立ち去ろうとした時、相田さんの口がまた開いた。
「…高坂君は」
………。
- 01-324 :めいこと高坂:2009/05/21(木) 22:24:11
ID:YS5kcw51
- ガチャリ。
やっと施錠が解かれる。
「あっ!アイアイ!何してたんだよ!」
「密室に二人…危険な香りなのですね」
「よ、良かった…!」
高坂のどこにも、外傷も縛られた跡も拷問に遭った様子もない。
私が恐れていた事態には発展しなかったようだ…。
「南さん、何でこんな所に?」
高坂は本当に不思議そうな顔をして尋ねてくる。
こんな所も何もお前を心配してやってたんだよ脳みそあんのかお前。
「いや、急に香織に連れていかれたからびっくりしちゃってっっ」
とは言わない私は、やっぱり天使の様に優しいだろ常識的に考えて。
「? 大丈夫だよ。あ、そうだ。あのさ、授業終わったらちょっと付き合ってくれないか?緑会の事で」
「え?わ、分かった」
高坂は言いたい事だけ言って、教室へ戻って行ってしまった。
その後香織は、当然奈々子達によって尋問に掛けられたが、結局口を割らず、うやむやに事態は収束した。
すごすご席に戻っていく二人の後ろ姿を眺めながら、香織に問いかける。
「香織…アンタ何言ったの」
「めーちゃんが心配するような事は言ってない…大丈夫」
「信用出来ない。いいよ、直接本人に聞くから」
「…久しぶりにめーちゃんだ」
今になって気付いた。
香織の機嫌がいい。
無言で睨み付けるが堪えた様子もなく、香織はすました顔で授業の支度を始めている。
ムカつくが、まぁいい。どうせもうすぐ分かるんだから。
「…ったく」
いい加減準備を始める為に、シャーペンを手に取る。
不必要に可愛らしいキャラクタがぶら下がった、不便なシャーペン。
その陽気に笑う姿が自分みたいで、酷くいびつに見えた。
- 01-325 :めいこと高坂:2009/05/21(木) 22:26:58
ID:YS5kcw51
- 本当に何言ったんだあのアマ。
「…え、高坂君?も、もう一回言ってくれないかなぁっ?☆」
「河の清掃活動をしてるグループの代表の人から俺に連絡が来たから、今週の日曜日…」
「その後その後っ♪」
「…の前日の土曜日に、話し合いついでに一緒にテスト勉強しないか?」
俺の家で。
「はあ?」
「いや、都合が悪いなら構わないけど」
「………」
…あ~~ダメだ高坂がいつもの無表情だから何考えて言ってんのか分からん!!
何?!何言ってんの?!
家?何を言い出してんだコイツ?
ううううああああああああ
(この間2秒)
「あああうう!」
「へ?」
「いやいや今のはちょっとバグが出ただけだから気にしないでねっ☆」
「あ、ああ」
「家っ家よねっわかた!行くよ!」
「本当に大丈夫か?何か大丈夫じゃなさそうだけど…」
「全然平気だよ!!」
「じゃあ土曜12時に正門前で…」
「うんっわかりましたっ!ではでは~っ☆」
はい嘘です。
よく考えなくても、OKする事なんて無かった。断れば良かったのに。
いつもなら「この愚民身分違いにも何を言い出してるんださてどう料理してやろう」ってなもんなのに。
アイツがいきなり言い出したもんだから混乱して、正常な判断が…。
だから…。
……。
いや、違う。
薄々感じていた自らの意識に、否が応でも向き合わされたのを感じる。
苦々しい気持ちが湧き上がってくる。
いつの間にか私にとって高坂は、それがどんな存在であれ。
他とは違う、特別な存在になっていた。
- 01-326 :めいこと高坂:2009/05/21(木) 22:29:48
ID:YS5kcw51
- 「…はぁー」
顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。多分真っ赤になってるだろう。
とんでもない誘いをしてしまった…。
何であんな事を言ってしまったんだろう。
あの時の…相田さんとの会話を思い出す。
『高坂君はめーちゃんを、「傷付けても」一緒に居たい?』
『いや。俺はもう彼女に嫌われてるから…』
『居たいならめーちゃんを誘ってみて』
『俺は』
『誘いなさい』
『……何にだよ』
『家に誘ってみて』
『家?!そんなの』
『誘って』
めーちゃんは絶対に、OKする。
確信を持って、相田さんはそう言った。
正直、迫力に押されて鵜呑みにする形になったのは間違いない。
大体相田さんは何なんだ?…牽制してるのか協力しようとしてるのか、訳が分からない。
実際OKされても実感がわかないし、本当に迷惑でなかったか不安で仕方ない。
というか…親が居るにしろ、男女が一つの部屋で…
……。
………。
ダメだ、そんなの良くない。
耐えきれなくなった俺は、即座にその場を後にした。
「あんた、高坂に何言ったの」
「内緒…」
「何でさっき高坂が凄い勢いで来て、『相田さんも良かったら一緒に勉強しよう』って言って帰っていったの」
「知らない…行くけど…」
「あーこのクソ女…もう何でもいいわ…とりあえずありがと」
香織は、私と高坂の先日からの気まずさだけは払拭してくれていた。
クソ女は珍しくニコリと、悪魔みたいに微笑んだ。
- 01-331 :めいこと高坂:2009/05/24(日) 23:10:10
ID:O6F5OzmS
- 土曜日までの私の、輝かしいまでの愛らしさは略すとして。
「汚いけど良かったら」
「「「はーい」」」
いや、はーいじゃねーだろお前ら。
何というか、予定通りというか、滞りなく、事態は香織のいいようになっていた。
ほら見ろ小市民代表みたいな顔した高坂の母親が、女4人も連れて来るもんだから滅茶苦茶びびってんじゃねーか。
仕方ないから挨拶位してやろう。
「高坂君のお母様、今日はお招きいただいてありがとうございますっ/// 騒がしくするかとは思いますがご容赦くださいっ」(ペコッ)
可愛く頭を下げ菓子折りの一つでも渡せばちょろいもんだ。
「まぁまぁ!ありがとうねー」
案の定母親は、私が持ってきたどら焼きの箱詰めを見て、口を綻ばした。
まあそんな哀れな人間にも情けを掛けてやるのが、私の素晴らしい所だな。
「南さんも良かったら入って」
「あ、はいっ」
高坂に促され、私達は高坂の部屋に初めて足を踏み入れた。
部屋はイメージ通りシンプル、簡素、そんな言葉が似合いそうな整頓具合だった。
「何かエロ本なさそうな部屋だね」
「奈々子!!」
「去年の成績表見つけましたわ~」
「マユ!!」
どうしようもなくアホな子供を持った親の気持ちが今分かる……。
「高坂君ごめんねっその、二人には悪気はなくて…その、ちょっと馬鹿なだけなのっ!」
「いやいいよ。別に見られて困るものもないし」
「…めーちゃんキャラ補正」
香織につつかれハッと口を押さえる。
しまった…奈々子を呼び捨てにしたり馬鹿とか口走ってしまった…。
青ざめる私を気にした様子もなく、4人はさっさと各々の座布団を敷いて勉強道具を持ち出す。
ていうか…このメンツで勉強が成立するんだろうか。
- 01-332 :めいこと高坂:2009/05/24(日) 23:11:25
ID:O6F5OzmS
- 「これー…答え3だよね」
「また間違ってますよ~奈々子さん」
「それは先に代入してから解かないと」
「…頭悪い」
「はっ!?アイアイ今何を」
「ねえねえ」
高坂は何というか、下手に素直なだけに押され弱い所があるようだ。
今回だって、1人追加で誘った筈が、うやむやに女4人も家に呼ぶハメになってるし。
とろとろと意味もなく1時間位経って一段落ついた頃、私は「高坂君、そろそろ緑会の方の話し合いしよう」と言い出した。
奈々子が「あらっじゃあ私達ここに居るから別室でどうぞどうぞ!!」と自分の家でもない癖に壮絶な気を利かせた時も、あいつはあえて何も言わなかった。
正直、私の腹は最初から決まっていた。
香織のフォローと高坂の優しさで、私の失態をなあなあに見逃してもらうつもりはない。
自分の事は自分の力で収拾する。付き合いの長い香織も、それは分かってるだろう。
大体、私は謝ってもいないんだ。
- 01-333 :めいこと高坂:2009/05/24(日) 23:13:56
ID:O6F5OzmS
- 「半分物置みたいな部屋だけど、ここで良かったら」
「ていうか、話し合いする私達が追い出されるってかなりおかしいね…」
「まあ、同じ部屋で違う事喋ってたら相田さん達の邪魔になるしな」
いや、お前家主だろ。どこまで人が良いんだ…。
高坂の母親が運んできた私のどら焼きをパクつきながら、さっきより一回り小さな机に地図と数枚の資料を乗せる。
「連絡取れた後に、活動概要の書いたファイルをメールで送ってくれて、あとHPも教えてもらったんだけど」
「あ、HP見た見たっ。何か凄いよね、お花見とか」
HPにはゴミ拾いだけでなく、周辺に植わってる桜が満開になる時期には屋台を出して地域振興を図ったり、植林活動をしたりと、とにかく幅広く活動内容が報告されていた。
「それで明日のインタビューの質問なんだけど…」
「ああ、言われた通りいくつか考えてきた」
「見せて~。…あ、やっぱり何個か被ってる(笑)」
「これとこれは押さえた方が…」
な ん て 。
余裕ぶって話してる訳だけど、実際は心臓のバクバクが止まらない。
頭に血がじりじりと昇って目が眩むのを感じる。
何でこんなにこの部屋狭いの?
50センチもない距離で頭をつき合わせて同じ空間に居るなんて、緊張して目が回ってくる。
何がこんな部屋のスペースを取ってんだと高坂の背後を見やったら、大量の布団が丸めて寄せられていた。
…ますます目眩がする。
「南さん?」
「あ、ごめんっ。うんそれでいいと思うよ」
慌てて高坂の呼びかけに我に返る。
…駄目だ。
最近の私は自分のペースを狂わせ過ぎてる。
今までの私ならこんな事、一度だって無かった。
皆の前で良い顔して、香織の前でたまに毒づいてれば、それでバランスは保たれていた筈なのに。
全部、こいつ。高坂が現れたせいだ。
「じゃあそろそろ向こうに戻ろうか」
「あ、ちょっと待って!」
立ち上がりかけた高坂の服の裾を思わず掴む。
視線がぶつかった。
- 01-334 :めいこと高坂:2009/05/24(日) 23:16:49
ID:O6F5OzmS
- 最初に目を逸らしたのは高坂だった。
「えっと…」
「あっ…の」
言え、言うんだ私。
「「この前はごめん!」」
言った瞬間、とてつもない脱力感と共に違和感が襲う。
…あれ?声がだぶった?
「…高坂、くん?」
高坂は膝をついて、深々と頭を下げていた。
さてコイツは、今度は何の勘違いをしてるんだ?
「この前は本当に…デリカシーない事言って本当にごめん」
「いや、あの、え?」
「南さんの事知ったような口きいて、ずけずけ人の心に入って行くなんて…人間として最低だ」
「高坂クン?」
どうもおかしい。本来謝るのは私の筈なのに、どうして高坂が平謝りしてるんだ?
いまや彼の中で、高坂誠一という男は今世紀至上最悪の男となっていた。
「こんな事で許して貰えるとは思ってないけど、」
「ちょっと待ってよ高坂君!高坂君は全然悪くないよ!」
きょとんとまばたきをして、高坂は私を見上げた。
私は言い含める様に、ゆっくり、きっちり、目を見ながら話す。
「高坂君は悪くない。私が勝手にキレて、高坂君に迷惑を掛けただけ」
「でも、俺が余計な事を言ったのは確かだ…」
「じゃあおあいこでいいじゃない。どっちも悪かったんだよ」
どう考えても私の方に非はあるが、こうでも言わなきゃ高坂は延々自分を責め続けるだろう。
気を張っていた自分が馬鹿みたいで、体の力が抜けるのが分かる。
やっとこれで一段落…。
「待って。そういえば高坂君、屋上で香織に何言われたの」
途端に、高坂の表情が今まで見たことのないモノに豹変した。
「…高坂君?(笑)」
「……」
一段落はまだ、つかないようだ…。
- 01-340 :めいこと高坂:2009/05/27(水) 01:02:06
ID:IONt/W1e
- 「相田さんには、その、怒られたよ…」
「香織が何高坂君に怒る事あんのよ」
「そりゃ南さんに酷い事言ったから…傷付けるなら関わるなって釘刺されたよ」
「あいつ…」
あの馬鹿女…ホントに余計な事ばっかり言いやがって。
私の思いとは裏腹に、高坂は何やら感心したようだ。
「相田さん…本当に南さんの事が大切なんだな」
「そうかな」
「あんなに自分の事を想ってくれてる友達が居るって、なんかいいと思うよ」
「香織は…私に借りがあると思ってるから」
「え?」
つい口を滑らせてしまったが時既に遅く、高坂はすっかり続きを聞く体勢だ。
「えっと」
耳に入れたくない話だが、仕方無く口を開く。
出来るだけ浅く小さく手短に。
「香織は小学校からの付き合いで、中学も一緒に上がったんだけど…1年の頃に少しイジめられてたの」
「あの相田さんが?」
今でこそ図太く強かになった香織だが、当時は純粋無垢な弱い子だった。
「それで私があの子の手助けをして、すぐにいじめは収まったの」
たったそれだけなのに、香織はまだ私に恩義を感じてるみたいで。と軽く笑って続けたが、事実はそうじゃない。
あれは地獄だった。
香織はいつ殺されてもおかしくなかった。
庇った私は更に無限地獄に陥って、親の都合で転校になるまで、その連鎖を完全に断ち切る事は出来なかった。
まあ香織はそんな私に引っ付いて来た訳だけど。
- 01-341 :めいこと高坂:2009/05/27(水) 01:05:19
ID:IONt/W1e
- 「何にせよ、相田さんみたいな友達が居るって良いことだと思うよ」
「いやー高坂君にノシ付けてあげちゃうよ」
恐らく香織にボロカス言われた筈なのだが、高坂の中で奴は素晴らしい人間になってるようだった。
ふと気付くと、高坂はまた私を見つめていた。
「…南さん」
「っ」
変に真剣な眼差しを受けて、急にまた心臓がバクバクし始める。
う、うう、静まれ心臓!大丈夫、あれだけ謝られたんだから、もうヤツは変な事言い出さない筈!
…よし、返事だ!
「何かなっ?」
「南さんは、そういう風にしてるのが1番かわいいと思う」
まごうことなくクリティカルヒット。
「………」
「今みたいに元気に喋ってる方が俺は凄く楽しい」
「…」
「あれ、南さん?」
「……」
天然だ…。
あれだけ謝っておいてこの発言…。
この男は…天然だ…。
ハッと今更ながらに高坂は慌て出した。
「どうしたの南さん、顔が赤くなってるけど部屋暑い?」
部、屋、じゃ、ねーーよっ!!
「だっ大丈夫大丈夫大丈夫!」
かっ顔!顔近いから!
一刻も早くこの部屋から出ないと…!
ヅル。
「あ」
重ねて不運な事に。
焦り過ぎて立ち上がった弾みに、どら焼きの包み紙に足を滑らせて…。
「わっ!」
「ぎゃっ」
前のめりに倒れるが高坂に支えられ、何とか姿勢を保つ。
保てたが…。
「……」
「…き」
高坂は私の胸を思いっきり掴んでいた。
硬直する高坂。
一瞬の空白、そして。
「きやああああああああああ!!!!!」
悲鳴と同時にスパーーン!と襖が開き、香織が突如現れる。
香織は様子を見るなり私の手を掴み、ずるりと高坂から引き剥がした。
「では私達はこれで」
『殺』…そんな漢字が浮き上がってきそうな表情を高坂に向けつつ、香織は私の手を引き帰り支度を始める。
私は全く、とにかく、それどころでなくて。
胸だの香織だのの前に、自分の事でいっぱいいっぱいだった。
心臓が、痛い。
どうしよう。
私、高坂の事好きだ。
- 01-342 :めいこと高坂:2009/05/27(水) 01:10:03
ID:IONt/W1e
- 「香織、本当は怒ってないでしょ」
「めーちゃん、高坂君の事好きでしょ…」
「それを気付かせる為に家に呼ばせたわね…」
「知らない…」
観念する事にした。
本当言うと、顔だってカッコいいかもって、ちょっと思ってた。
私と違って純粋で馬鹿みたいに素直で、私の事も受け入れてくれた。
あいつと居ると馬鹿女の自分と、最低女の自分との境目がなくなって、只の私として向き合えていた気がしてたんだ。
「ねーめいこ、いつまでアイアイにおんぶして貰ってんの」
菜々子の突っ込みに、はたと自分の立場に気が付く。
そうだった。
度重なるショックでマトモに反応しない私に業を煮やした香織は、なんと私をおぶってまでして高坂家を後にしたのだ。
香織の身長は165センチ、私は154センチ…極端な体格差が成せる技だった。
「めいこー、好きな人に胸揉まれた位いいじゃんよー」
「本望じゃないですかぁ~。逆に襲っちゃえば良かったんですよ☆」
「マユ自重…」
「ううう~っ」
三人に言われたい放題でも、今はもう返す言葉さえ見つからない。
また頭がぐらぐら沸騰し出す。
「…めーちゃんまた顔赤いよ」
「あっ涙目!また泣いてる!」
「菜々子さん、いじめっ子じゃないんですから落ち着きましょうねー」
顔を香織の肩に押し付けて必死で隠す。
「……恥ずかしいよー…」
「めーちゃんふぁいと…」
もう私はボロボロで、毎回完敗なのに、それなのに。
…それなのに、明日も高坂に会うんだ。
- 01-347 :めいこと高坂:2009/05/30(土) 16:47:12
ID:G56R+pYw
- 「おはよう高坂君!」
「お、おは…」
「昨日は急に帰っちゃってごめんね!あっ胸の事なら気にしてないから大丈夫!」
「南さん?」
「なにかなっ?」
「何でお面被ってんの?」
諸事情で。
「それ…屋台の500円位する高いやつだよな」
「香織に貰ったから大丈夫!香織滅茶苦茶お金持ちだから!」
…何て通じる訳がないか。
観念してセーラー○ーンのお面を取る。
恥ずかしくて顔を合わせられないと言ったら香織がくれたお面だったが…。
やっぱり冗談だったんだろうか。ていうか冗談すら判別出来ない今の私って何なんだろう…。
いや!でも!一番言いたかった事はとりあえず言えたぞ!
インタビューの待ち合わせ場所に指定している河川敷の方に歩き出しながら、高坂はやっぱり申し訳なさそうな顔で切り出した。
「いやでも南さん…昨日はマジでごめ」
「はいっ『ごめん』は今日はナシだよ」
「え?」
「私達、よく考えたらいっつもどっちもどっちみたいな事してると思わない?」
「そ、そうかな」
「だから私達の間で『ゴメン』って言う時は、二人共謝る事にしよ」
納得してないような高坂の様子だが、何も言わないよりはマシだろう。
必死で平静を保ちながら、やっと河川敷に辿り着く。
代表者の方は既に到着していた。
- 01-348 :めいこと高坂:2009/05/30(土) 16:49:51
ID:G56R+pYw
- 妹尾純。
…という名前だったからてっきりおじさんを想像していたのだが。
「ここ!デジカメで取って!ほら!」
「はいっ!」
新米カメラマンのようにコキ使われる高坂を後目に、私はせっせとゴミ拾いに勤しんでいた。
高坂はゴミが捨てられている様子や、煙草の吸い殻などをかつてない真剣さで激写している。
妹尾純は女で、しかも若くて、しかも結構美人だった。
開口一番彼女はこう言った。
「カメラ持ってる方は記録係、残りはゴミ拾え」
………あのアマ殺す殺す殺す殺す殺す殺す絶対殺す。
ぶちっとうっかり雑草ごと引き抜く所を見られ、「何してんだそこ!」と怒鳴られる。
「はぁいっごめんなさぁいっ!」
何で待ち合わせ時間が朝8時からだったのか…今更ながらに理解した。
「この河は…昔から馴染みのある、大好きな場所の一つだったんだ」
写真を撮って、ゴミを拾い、生え過ぎた草を刈り、ゴミ収集所までそれら全てを運び終えてから、やっとインタビューが始まった。
時刻は12時を過ぎようとしていた…。
ジュルジュルと飲み尽くしたオレンジジュースの底をストローで吸う。
その横でメモを取る高坂だが、度重なる酷使で握力に限界が来て、ミミズみたいな字になっている。
「最初は私の恋人と二人で始めたんだがもう奴は今は…」
「え…まさかお亡くなりに」
「活動メンバーの中の可愛い女とデキて以来、二人共目にする事はなくなった」
「そうですか…」
人格はともかく、妹尾純の志は尊敬に値するものがあった。
実際に活動実績を上げているというのが凄い。
会社勤めをする傍ら、こういった活動に精力的参加出来るというのは、情熱が無ければ出来ない事だ。
私にこんな打ち込める事なんてあっただろうか。
「まあ…最近は仕事との折り合いが難しくなってきて、代表を違う人間に譲ろうと思ってるんだけどな」
困った様な笑い顔で、妹尾さんは最後にそう付け加えた。
- 01-349 :めいこと高坂:2009/05/30(土) 16:55:29
ID:G56R+pYw
- インタビューを終え、私達は歩き慣れた道を帰っていた。
「…ちょっと寂しいね」
「若い人はやっぱり集まらないそうだしね。うちの高校も漠然とやらせるんじゃなく、ああいう活動に実際取り組むべきだよな」
教科書的お手本発言をする私達だが。
実際私達自身が経験しなければ、どれだけの事を考えられたというのだろう。
私なんて、基本的に慈善活動なんてやってられるかってなもんだ。
だけど、高坂は違う。きっと最初から真剣に取り組んでいたんだろう。
…そういう所が私は全然だめだ。
顔とか態度で私は高坂の事を見下していたけれど、本当に見下されるべきなのは私だったんだ。
それが今更になって理解出来る。
「南さんどうしたの?」
「何もないよ、大丈夫」
「南さん」
不意に高坂の声のトーンが変わった。
「はい?」
「南さんは俺に『ごめん』って言うなって言ったけど、じゃあ南さんは『大丈夫』って言っちゃだめだ」
「高坂君?」
「南さんは優しいから平気なふりしてたりするけど、そんなの体に良くない。大丈夫じゃない時は大丈夫じゃないって言わなきゃダメだよ」
高坂の目はいつも通り純真で、真摯だった。
また何をバカな事を言い出してるんだ。
私が大丈夫って言う時は、大抵何かを誤魔化す時か、関わってくんなっていうのを遠回しに伝えてるだけなんだ。
だからお前のそんな言葉は完全に間の抜けたバカ丸出しのアドバイスなんだよ。
だから私はそんな事、今まで一度だって言われた事が無い。
「わっ!南さん?また俺何か悪い事」
「…目にゴミが入ったの」
「ゴミ?!大変だ、あの喫茶店でトイレ貸して貰おう!」
こすっちゃダメだ、菌が入るから!とか大真面目に言ってる高坂はやっはりバカだ。
ぽつりと落ちた涙は、すぐアスファルトに吸い込まれていった。
- 01-350 :めいこと高坂:2009/05/30(土) 16:57:32
ID:G56R+pYw
- 本当にトイレで目を洗う羽目になるとは思わなかった。
某チェーンの喫茶店の女子トイレでパシャパシャと軽く目をすすぐと、化粧のすっかり取れた顔が現れた。
カッコ悪い。けど仕方ない。
目の赤みが引いているのを確認して、出口のノブを回す。
途端に喧騒がボリュームを上げて耳に飛び込んでくる。
高坂はどこだとキョロキョロと見回すが、見当たらなかった。
「外かな」
そして出口へ歩き出そうとした時、それは聞こえてきた。
「あの子が良くしてもらってるみたいで」
「今年で高二になりますね」
あ。
一言その声を聴いただけで、その断片がめまぐるしくフラッシュバックする。
甘いキャラメルみたいな声。ふわふわの巻き毛にクスクス笑いが絡み付く。
『ママはめいこちゃんが要らないの』
凄く綺麗で可愛かった。
『かわいくないから要らないの』
「あら、もしかしてあの子」
私を指したその指は、ベビーピンクのマニキュアが塗られていた。
「めいこ…」
母親は私を見て、驚いたように眉をしかめた。
「ほら、やっぱりめいこちゃん」
元母親は、私を見てニッコリ微笑んだ。
私にそっくりな顔をしたそいつは、残酷な程愛らしい。
- 01-354 :めいこと高坂:2009/06/01(月) 02:45:54
ID:Ks7gWrpZ
- 「南さん?」
「めいこお友達?」
外で待っていたらしい高坂が様子見に戻って来てしまった。
変な誤解を与える前にすかさず付け加える。
「緑会委員で一緒に活動してるの。今日インタビューしに行くって言ってたでしょ」
ああ、と母親が納得している横で、そいつはまたニッコリと微笑んでいた。
そしてさも当然かのように、それを提案した。
「じゃあよろしければ、貴方達もこちらに座られません?」「いや俺は」
「一緒にお話しましょうよ」
久しぶりにお話したいわ。と山下結衣子は囁くように言った。
南さんがいつまで経っても出て来ず、心配になって来てみれば…何だかマズいシーンに出くわしてしまったようだった。
なかば強制的に促され、状況把握出来ないままイスに腰を下ろす。
座っていた二人の内一人は、南さんにそっくりだった。
南さんを大人にしたら、きっとこうなるんだろう。
「…」
「ふふ」
「………」
「えっと」
いつまで経っても始まる様子の無い会話に恐れをなし、恐る恐る声を掛けてみた。
「南さんのお母さんですか?」
「いいえ、こっちの方がめいこちゃんのお母さんよ」
途端に南さんの気配が変わるのが分かった。
「親離婚してるから。他人」
そしてブツ切れの言葉だけが返ってきた。
……いつになく南さんの様子が怖過ぎる。
という事は、俺の向かいに居る女の人が、今の南さんのお母さんなのだろうか。
今のお母さん?と思われる人は俺と同じく、何とも形容しがたい、複雑な表情で苦笑いをしていた。
- 01-355 :めいこと高坂:2009/06/01(月) 02:47:13
ID:Ks7gWrpZ
- 「山下さん、この子はいつぶりでしたっけ。大分経つんじゃないですか」
「最後に見たのは中3位じゃないかしら、母の葬儀の時だから…」
「お母さん、何で山下さんとこんな所で喋ってるの」
主婦らしいたわいない会話は、南さんの低い声に両断され、『山下さん』という人は南さんみたいにニッコリと微笑み。
「これ返して貰ったの」
フライパンを取り出した。
「…は?」
「この前すっごく久しぶりにホットケーキ作ろうとしたらうまくいかなくって」
昔のフライパンならうまくいったのにーっ!て思ってたらねぇ、めいこちゃんのパパの家に置きっ放しにして来たの思い出したのよ。
「連絡を受けて押入探したら、まだ家にあったの。だからお返ししてたのよ」
…俺は所詮外野だから何も言えないけど。
そういう事って普通するんだろうか。
何年も前に別れた相手の家に電話して、忘れ物を持って来させて平然としてるのは…ちょっとおかしいんじゃないだろうか。
「そう」
南さんは無表情だった。
- 01-356 :めいこと高坂:2009/06/01(月) 02:50:21
ID:Ks7gWrpZ
- よく聞くと、山下さんの発言は妙に違和感のあるものばかりだった。
「ふふ、それにしてもめいこちゃんも大きくなったわね。彼氏は居ないの?」
実の母親だというのに、語り口もどこかおかしい。
まるで親戚か近所の人かといった様な…形容しがたい『軽さ』をその振る舞いに感じる。
何が違和感なんだろう。この人の何が足りないんだろう。
「居ないです」
「皐月さん、めいこちゃんも言ってる間にすぐ出来るわよ」
「まだまだ早い気もしますけれどね。そういえば山下さんお時間は大丈夫ですか?」
そして南さんの母親は、明らかに引き際を探していた。
「まだ大丈夫よ。ねえめいこちゃん」
それを知ってか知らずか軽く質問をかわし、尚も南さんに尋ねる。
「何ですか」
「折角だからお小遣いあげようか」
ピシリ、と南さんの表情が凍った。
ああ。
「山下さんそんな申し訳ない」
「5000円位でいいかな?…あら万札しかないわ、ふふ、ラッキーねぇ~」
美味しいものでも食べてね、と一万円がぺらりと南さんの前に置かれた。
南さんは微動だにしない。
「…」
不意に。
分かった気がする。
この人には責任が無いんだ。
自分の子供だなんて、思ってないんだ。
「もう結構です」
私じゃない。
そう認識するのに数秒かかった。
立ち上がっていたのは高坂だった。
「もう結構ですから」
高坂はもう一度繰り返し、私を見た。
「南さん行こう」
「へ?あっ…」
何が何だか分からないまま手を取られ、ぐいぐいと引っ張られていく。
慌てて母親に目をやるが、驚きの余りか追おうとはしてこなかった。
そしてあの女は、やはり笑っていた。
- 01-357 :めいこと高坂:2009/06/01(月) 02:54:28
ID:Ks7gWrpZ
- 「高坂、君っ?」
「…」
「あの、大分歩いてない?ていうかペース早…っ」
「…」
「あの私、鞄置いて来ちゃ」
ピタリ。
店を出て以降、延々歩き続けていた高坂は、突然立ち止まった。
「高さ」「あああ~……」
奇声を上げ突如その場に座り込み…。
「俺は何て失礼な事を…!」
そして、明らかに手遅れな反省をし出した。
「高坂君、何であんな事したの?」
訊かずには居られなかった。
何であの温厚で冷静なこいつが、あんな風に怒って、荷物を持つ暇さえ与えずに私を連れ出してしまったのか。
「…失礼な人だと思ったんだ」
暫くしてぽつりと、高坂は呟いた。
「あの人は、南さんに対して凄く失礼だった」
それに我慢出来なかったと、高坂は俯きながら呟いた。
失礼ならお前も十分やっちゃった感あるよなと胸中で突っ込んでみるが、反面嬉しさがじわじわと沸き上がってきた。
「いいんだよ」
高坂は顔を起こし、私を見つめた。
「あの人は別にいいの、そういう人だから」
高坂と私は、近場の公園のベンチで並んで腰を下ろしていた。
高坂になら少し話してみよう。そう思えたからだ。
今までそんな風に思えた人間は居なかったし、作ろうともしなかった。
高坂だから初めて考えられた事だった。
踏み込まれる事への恐れを感じながらも、私は一言切り出した。
- 01-358 :めいこと高坂:2009/06/01(月) 02:59:27
ID:Ks7gWrpZ
- 「私は今の母親が本当の母親だと思う」
嫌いなモノは食べさせられるししょっちゅう怒られるし、真以子は五月蝿いけど。
「私に関わってくれてると思うから」
「…山下さんは昔からああいう風だったの」
「あの人は昔から自分にしか興味ないから。今思えば顔がそっくりだったっていうのも嫌だったんだろうな」
高坂は『理解出来ない』というような顔で眉をしかめた。
コイツには絶対理解出来ないんだろうな。
それが普通で、きっとあの女と私はもう異常なんだ。
少し話しているうちに、ふとあの言葉が頭をよぎった。
「そういえば昔、『かわいくない』って言われた事があるんだけど」
「え…南さんが?」
有り得ない、というような口調で聞き返す高坂だが、そもそも昔の私は、今みたいに可愛いと言われるような人間ではなかった。
性格はサバサバしていて、学級委員なども積極的にやって、友達も男の方が多かった。
特に小学校の頃は髪も短くて、日が暮れるまで外で遊んでばかりいたような子供だった。
言葉を続ける。
「何年か前までは私の姿や性格が、可愛くないから、うんざりして捨てたっていう意味だと思ってたの。でも、最近分かったんだ」
あの綺麗な笑顔が頭の片隅によぎる。
「あれは、自分の子供としてかわいく思わないっていう意味だったんだと思う」
何故、彼女が子供に対して異常なまでに愛情が沸かなかったのか。分からない。
昔の私は必死だった。
どうにか気に入られようと、希望を繋ごうと必死だった。
でもそれは無駄で、私が相手にされないのはどうしようもない事だった。
「だからもういいの。私は今に満足しているし、そんな事全部過去だもん」
無理にまとめ上げたが気持ちに偽りはない。
全て過去の事で、終わった事なんだ。
「……」
話し終えると、少し気持ちが落ち着いた気がした。
高坂は私が話し終わっても黙り込んでいて、いくらか経った頃、不意に呟いた。
- 01-359 :めいこと高坂:2009/06/01(月) 03:03:53
ID:Ks7gWrpZ
- 「南さんはいつも強いよな」
「はは、そんな事ないよ」
「いや、強いよ」
高坂は私の方に顔を傾け、じっと目を見つめていた。
「だから心配になるんだ」
「…大丈夫だよ」
禁止と言われてたのに、うっかり「大丈夫」という言葉を口に出してしまった。
しかし他に言う事なんて見つからなくて、更に言葉を重ねてしまう。
「大丈夫だったら」
「じゃあ」
高坂の様子は何だかおかしかった。
彼は今まで見た事ない様な思い詰めた顔で、私に尋ねた。
何でさっきあの人の前で震えてたんだ。
「っ」
ギクリと、勝手に体が反応する。
じわりと切迫感が押し寄せる。
高坂はかつてない程饒舌に私を追い詰め始めていた。
「だって南さんが自分の気持ちや現実に納得してるのは分かるけど、やっぱり辛い事には変わりはないんだろ?」
「いや、でも大丈夫だよ。大丈夫だから」
「そんな時位、誰かに甘えたって罰は当たらない筈じゃないか?」
「大丈夫だってば!」
ああ、一緒だ。
いつかのあの時と…一緒だ。
また私は私の中に入ってくる高坂を拒もうとしている。
私は高坂の事が好きなのに。好きな人にさえ私は。
高坂は。
「大丈夫じゃないよ!」
乱暴に私の両肩肩を掴み俯いた。
「気になるし心配だよ」
「俺は…南さんの事が好きだから…」
体中。
血が逆流したかのような感覚を覚える。
「…っ」
怖い。怖い。
私に入って来ないで。
私は。
気が付くと私は高坂の手を引き剥がし、全力で逃げ出していた。
心にある何もかもが、黒い沼に沈んでいく。
誰かが私の中でせせら笑っていた。
歪な私には何かを掴んだり、望んだりなんて、おこがましい事だったんだ。
- 01-363 :めいこと高坂:2009/06/02(火) 11:14:06
ID:ETzefAx3
- 「皆、おはよう~っ☆」
「あっめいこちゃん」
「おはよー!」
「南さんは今日もヤバいな…」
「ああ…あの愛らしさは世界遺産に登録すべきだな」
そして日常が始まった。
全ては以前と同じように、これからもそうであるように、退屈で歪んでいる。
「…めーちゃん」
「あっ香織おはよ~☆」
「…目が死んでる」
…本当に要らん事に気付く奴だな。
会話にお構いなしに、いつも通り菜々子とマユが割り込んでくる。
「何々昨日のデートはどうだったのよ~うらうら」
「楽しかったですかあ~?」
「え、デートじゃないよぅ?それ以前に私高坂君好きじゃないし☆」
一応可愛さMAXで切り返してみたのだが、ものの見事に二人は固まった。
「は?めいこ何言って…」
「も~勝手に決めつけるんだからっ。高坂君にも迷惑なんだからねっ///」
「え、いやいやいや」
「じゃ、私先生に呼ばれてるからいってくるねぇ~♪」
「ちょっめいこ?!」
二人の反応を待たずに席を立ち、声を聞かないように足早に教室から抜け出す。
「……」
この私が、逃げている。
変に惨めな気分になって、じわりと目の端に涙が滲んだ。
でもその涙は相変わらず、自分の為に流されてるんだ。
- 01-364 :めいこと高坂:2009/06/02(火) 11:17:17
ID:ETzefAx3
- 「多分めーちゃんはお母さんに言われた言葉が原因で、『かわいい』の意味をはき違えてあんな風になった」
彼女は淡々淡々と話す。
「…時期も悪かった。あの頃めーちゃんと私はいじめに遭っていて、めーちゃんの家庭も崩壊寸前だった」
「…相田さんは何でそんな事まで知ってるんだ?」
そして何故俺に、そんな事を話しているんだ?
またしても昼休み、俺は相田さんに屋上へ呼び出されていた。
『ちょっなにす、うわっ!』
『……来て』
…呼び出されたと言うより、連行されたに近いか。
相田さんに引きずり出された時、クラス中が注目していたけれど、やはり南さんは俺に見向きもしなかった。
でもそれも今となっては仕方ない。
俺は、南さんの信用を裏切ったんだ。
相も変わらず飄々とした面持ちで相田さんは答える。
「…前に詳しく調べさせたから」
「誰にだよ…」
「家の者…」
いやに空恐ろしい響きを持つ言葉を放つ。
そういや南さん、相田さんは金持ちだって言ってたような…。
「引っ越しが決まってからも私はめーちゃんが心配で、めーちゃんの引っ越し先に着いて行って、今まで一緒」
「着いて行くって…無理だろ普通」
「うちの家はそれ位は出来る…」
……どうやら洒落にならないレベルの金持ちらしい。
- 01-365 :めいこと高坂:2009/06/02(火) 11:18:40
ID:ETzefAx3
- 「…めーちゃんは滅茶苦茶うざがったけど、私は行く必要があった」
「なぁ、何でこんな話を俺にするんだ?」
相田さんと話している時の俺は、常に疑問と疑念でいっぱいだ。
相田さんはいつだって謎解きのように偏った情報だけ言って、他は何も語ろうとしない。
彼女は一見南さんの味方の様で、実は何か友達だからという理由以上の意図があるような気がしてならない。
「…どうせめーちゃんが怖がるような告白をして逃げられたんでしょ」
「なっなんで」
まさかあの日相田さんの監視が付いていたのか?いやでもまさかいや相田さんならやりかねない。
「そんなのめーちゃんの様子みたら分かる…」
「…そうか」
「高坂君に話すのは、高坂君なら今のめーちゃんを変えられると思ったから…」
私では出来ないから。と、相田さんはふと視線を落とす。
「だからまだ諦めないで…まだめーちゃんは高坂君を嫌いになんてなっていない…」
「そんな事言っても…俺はもう告白されてフラれてるんだぞ?」
「…めーちゃんは自分に好意を持ってくれてる人間を嫌いになんかならない」
相田さんの声の調子が急に強くなった。
「だからめーちゃんは昔の私を見捨てなかった。過去を知る私が隣に居続けてる今も…」
「相田さんは…」
何でそこまで南さんの為に一生懸命になるんだ?
俺の質問に、相田さんは一言答えた。
「贖罪」
めーちゃんの幸せが私の幸せだと、彼女は小さく笑った。
- 01-370 :めいこと高坂:2009/06/03(水) 15:29:36
ID:zEO4l4d2
- 高坂と関わらなくなった日々は、何もかもが色褪せてみえた。
幸いな事に緑会のクラス内発表は済ませた後で、後は後日行ったインタビューを付け加えれば完成と言ってもいい状態に仕上がっていた。
事務的な内容だけをメールで送り、出来るだけ接触を避け続ける日が続く。
全校集会での発表まで後数日、となってもその状態は続いた。
「さっきのアイツのにやけた顔見た?馬鹿みたいにまた騙されてやんの」
「……」
「でもアイツ押さえといたら学校でもやりやすくなるしね、ホント頭悪い奴ばっかで助かる」
「…めーちゃん」
「ん?」
気が付くと、香織は悲しそうな目で私を見ている。
「めーちゃんじゃない…」
「は?」
「…めーちゃんは高坂君と仲直りするべき」
「うるさい」
席を立ってそのまま教室を去るが、香織が追ってくる様な様子はなかった。
私は、助言してくれる友達まで失ってしまったようだった。
「バイバイめいこちゃん」
「うんっバイバイ~っ!」
反比例して、馬鹿女の演技ばかりが上手くなる。
最近はとうとう、私のファンクラブが出来たらしい。
どうでもいい、知ったこっちゃない。
私の利益になるようなら放っておくし、不利益になるなら潰すだけだ。
めーちゃんじゃないとか香織は抜かしていたが、私は昔からこうだったじゃないか。
人の事を見下すのが大好きな、裏も表も最悪な馬鹿女で上等。
それでいい。それを望んだのは他でもない私なんだ。
- 01-371 :めいこと高坂:2009/06/03(水) 15:32:27
ID:zEO4l4d2
- ―――――――――――――
〈宛先〉 高坂誠一
〈件名〉緑会について
〈本文〉
パソコンに送って貰った資料確認しました。
発表はこの前決めた流れ通りでいいよね?
明日はよろしくお願いします。
めいこ
―――――――――――――
「こら!ご飯食べてる途中に携帯いじらない!」
「もう終わるって。緑会の事なの」
「緑会?」
「発表明日なの」
とうとう発表前日まで、まともに話をしないまま来てしまった。
夕食時、かに玉を前にメールを打つ私を窘めつつ、隙あらば姉の分まで食い尽くそうとする真以子の箸をしっかり押さえ、母親は「ああ、あの子!」と笑った。
「お母さんが面白いって言った子ね」
「面白いって…」
そういえば、この前高坂がキレてしまった件、あの時は母親に怒られるどころか「面白い」で済まされてしまっていたんだった。
「どこが面白いのよ、あんなのただのバカじゃん」
「バカでも言える割にはめいこ、あの人に何にも言えないじゃない」
じゃあおねえは大バカだね!と口周りを汚しまくった真以子にまでボロカス言われる。
「お母さんはああ言って貰って、すっとしたわよ?」
山下さん腹黒だからね、顔笑ってても絶対キレてるわよあれは。
何て爆笑しながら、母親はかに玉をよそって私に渡す際、一言添えた。
「あの子はいい子よ、あんたみたいな悪い子にはピッタリ」
お風呂を出て、いつも通りコロリとベッドに横たわる。
明日は発表なんだから、嫌でも高坂と話さなきゃならない。
…本当は、嫌という訳じゃない。
だって今回も悪いのは全部私だ。
高坂に告白されたのに、私はまた逃げ出して、それから今までずっと逃げ続けている。
私が高坂を好きな気持ちには変わりはない、でも…自信がない。
本当に好きになってもらう自信が。正面から向き合える自信が。
「…考えたってもう遅いか」
なんてひとりごちた時、それは唐突にやって来た。
ピリリリリ!
「はわっ?!」
携帯がけたたましく着信音を告げ、慌てて画面を開き、次の瞬間目を見開く。
〈高坂誠一〉
画面はそう告げていた。
- 01-372 :めいこと高坂:2009/06/03(水) 15:35:44
ID:zEO4l4d2
- きっと緑会の事だ。出なければ明日の発表に支障をきたす。出ないと…。
「…っ」
ピッ
逡巡する自分ごと断ち切る為に、意志と関係無く、ボタンを容赦なく押す。
『あ…あー南さん?』
聞こえてきたのは妙に懐かしい、高坂の声だった。
とにかく体裁を繕いがてら、挨拶をしてみる。
「う、うん。こんばんは」
『あ、こんばんは』
「……」
『……』
「…な、何かな」
『あっ!えっと』
電話だと更に埒があかない高坂だった。
『最近話せてなかったから言いそびれてて…でも当日までには言っておきたかったから』
「…何?」
それはよっぽどの事だろうと、自然身を固くして発言を待つ。
そして高坂は言った。
『明日頑張ろうな!』
「ぶっ」
………。
……こんな状況でさえ、高坂が天使に見えてきた。
『え、何?どうかした?』
高坂は、良い奴だ。
高坂には、私を無視したりなじったり問い詰めたりする権利がある筈だ。
なのにこいつは何も言わない。
それは馬鹿だからじゃない、高坂が優しいからだ。
ならば、私はそれに答えるべきだ。
「うん…明日、頑張ろう。これまで一生懸命二人でやって来たもんね」
『だよな』
嬉しそうに返事をした高坂だが、ふと思い出したようにまた切り出した。
『あ、そういや明日サプライズがあるから。楽しみにしといて』
「へ?」
『じゃあまた明日!おやすみー』
「え?あれこうさ」ツーッツーッツーッツーッ…
返事をする間もなく電話は切られ、暫し呆然とする。
「…は?」
今の電話は…結局何だったんだろう。
いくら考えたって、純真清らかに高坂が考えてる事が私に分かろう筈もなく。
結局その日は、また悶々とした夜を迎えたのであった。
- 01-376 :めいこと高坂:2009/06/04(木) 17:03:26
ID:+ru+vR6m
- 嫌味かと毒づきたくなるような大晴天の中。
全校生徒は体育館に引きこもり、10代の若者にとって最も関心が無いであろう議題について、ゴールの無い発表合戦を繰り広げていた。
「あ~南さん…!あと2人で回ってくるよ…!」
「お前男ならドンと構えろバカ!」
「二人共 静 か にして下さい」
サプライズはすぐに分かった。
正門で聞き覚えのある怒鳴り声を聴いた時は、目眩を感じたほどだ。
妹尾純は「どうしてもと言われ仕方なく」やって来たと説明したが、背後の高坂は必死で首を横に振っていた。
どうやら私達の発表がトリなのを良いことに、長々と喋りに来たらしい。
「めーちゃんもうるさいよ…」
「そーだそーだ」
「そうですねぇ」
「…何で発表者しか上がれない舞台裏に香織達まで居るのかなあ?」
香織はきっぱりと「保護者」と答えた。
頭痛がしてくる…。
妹尾純が勝手に来たのも、香織達が乱入してるのも、まあいい。
問題は肝心の緑会の様子だ。
一言で言うと、思わしくない。むしろ予想出来た事態だ。
1日潰して全クラスの発表をするのだから、途中でダレたり眠くなったりするのは大いに理解出来るが、一番耳に付くのが喋り声だった。
もし、私が緑会委員でなくて、また緑会委員でもマジメにやってなかったら諦めもついただろう。
だが、時間が経つにつれ大きくなってゆく声と、注意がおざなりになってきた教師を見るにつけ、何とも言えない腹立たしい気持ちが湧き上がって来る。
しかし、そんな自分を不思議にも思う。
以前の自分なら、絶対にこんな事で苛立ったりしなかった。むしろ喋る方の立場に居たのだから。
- 01-377 :めいこと高坂:2009/06/04(木) 17:11:21
ID:+ru+vR6m
- 高坂がうわずった声で手招きする。
「みっ南さん、来たよ順番!」
「よし、がんばろ!」
「おう頑張れ!」
「妹尾さんも出るんですよ…」
様々な問題を抱えつつも、こうして私達の発表が幕を開けた。
結論、南めいこファンクラブが一番うるさい。
…潰しておけば良かった。
発表自体は非常にうまく行っていた。
行っていたが、騒音の方も順調にボリュームを上げていた。
喋ってくれている高坂の声が隣の私にさえ聞き取れない所がある。
妹尾純に至っては、学生の問題は学生で始末しろとでも言わんばかりのシカト状態だ。
よく見れば、熱心に聴いてる生徒も、熱心ではないにせよ聴いている様子の生徒だっている。
それを凌ぐ騒音、時折聞こえてくる「めいこ様!」「今日も麗しい」とか言う声やシャッター音が、神経を逆撫でしていた。
「…」
何で私は、そんな奴らの前で、我慢したり笑顔を向けたりしなきゃならないんだろう。
そんな余計な感情を必死で押し殺し、私は高坂の補佐に回る。
高坂は一生懸命喋ってくれている。私も手助けしないと。
笑顔を向けつつ、写真をスクリーンに映す作業を再開する。
その時ふと、誰かの話し声が耳に流れ込んできた。
その言葉だけが妙にクリアに聞き取れた。
「こんなん真面目にやってバカじゃん?」
…バカ?
ブツン。
頭の何かが切れた音がした。
- 01-378 :めいこと高坂:2009/06/04(木) 17:16:37
ID:+ru+vR6m
- 南さんが突如マイクを奪い取り、俺を壇上から蹴り落とした時は頭が真っ白になったが。
「お前らいい加減にしろボケ!!!」
彼女の第一声を聞いて、気絶しそうになった。
体育館には、今まで訪れた事の無いような静けさと、薄ら寒さが漂っていた。
「わざわざ外から私達の為に来て貰ってる人が居るんだよ!恥ずかしいと思えよ!っていうかちゃんと聞け!!」
全くもって正論を、南さんは怒鳴っていた。
誰もが身動きを取れず、南さんを凝視している。
「どうでもいい話とか思わないで…ちゃんと聞いてみろ!」
南さんの声は、震えていた。
真っ赤な顔で彼女はそう言い捨て、ぷるぷると小刻みに震えた後、マイクを壇上に投げ捨てると同時にその場を走り去った。
「………」
『ガン!ゴッ』とマイクが衝撃音を拾い、その後はまた沈黙が支配する。
と。
「全くその通りだな」
背筋が凍る様な…笑いを含んだ声が上がる。
妹尾さんは世にも凶悪な笑顔でマイクを拾い上げていた。
「何ぼさっとしてんだ、早くあいつ追い掛けろ」
「え、あ、」
「走れっつってんだろ」
「ハイ」
1秒で迫力負けし、とりあえず南さんが出て行った方へ走り出す。
背後から「じゃあお姉さんが今からお前らに、大切な地球環境と人間としての礼儀について話してやるな」なんて空恐ろしい声が聞こえたが、聞かなかった事にする。
舞台裏の出口まで来た時、扉の前に見知った人物が立っている事に気付いた。
「相田さん」
「めーちゃんは屋上だよ…」
相田さんはいつもの無表情だったが、何故か妙に楽しそうに見えた。
色々聞きたい事はあったが、場所を聞くや俺は部屋を飛び出す。
走りながら、きっと相田さんは一人で笑ってるんだろな、なんて想像が頭の隅によぎった。
- 01-381 :めいこと高坂:2009/06/05(金) 10:32:02
ID:Le8E//ys
- おしまい。
もうオシマイだ。おしまい、おしまいだ。
頭の中で『南めいこ終了のお知らせ』が高らかに告げられる。
もうおしまいだ。
屋上の長い階段を無我夢中で登りながら、鍵を握りしめる。
鍵は飛び出した際「ここなら2時間は持つ」と香織に握らされたものだった。
他に行ける所なんてある筈もなく、震える手を抑えながら鍵穴に鍵を突っ込む。
鍵穴にガチガチと無意味に金属がぶつかり、ますます手を焦らせる。
ガチャリ。
やっとの事で開錠したと同時に「南さん!」と背後から声を掛けられ、更に血の気が引く。
「ちょっと待って!」
高坂は階段を登り、こちらに向かってきていた。
「こっ来ないで!!」
動揺の余り鍵を取り落とすが、拾う余裕すらなく扉に体当たりして中に逃げ込む。
ザアッ
瞬間、まるで雰囲気にそぐわない静けさが全身を覆った。
ビュンビュンと風が体を抜けてゆくのを感じる。
「きゃっ」
髪がバサバサと乱れるのも構わず、出来るだけ扉から遠くへ行こうと走るも、すぐに躓く。
「…南さん」
振り向いた先には、高坂が立ち尽くしていた。
- 01-382 :めいこと高坂:2009/06/05(金) 10:35:08
ID:Le8E//ys
- 「南さん」
「それ以上来ないで!」
もう失うモノなんて何も無かった。
高坂にも学校の皆にも、私の真っ黒な正体を露呈してしまった。
「…もう分かったでしょ?私はアンタが思ってるような純粋で可愛い女なんかじゃない、皆を見下しては笑ってる心の底から腹黒い奴なの」
破れかぶれで、高坂に言い散らす。
何もかもが…急速にどうでもよくなっていく。
流石の高坂も騙されたと怒っているだろういや、怒りを通り越して呆れてるかもしれない。
しかし何を言っても、高坂に反応は無かった。
そんな気まずさや恥ずかしさ、無気力感がどんどん私の口を回らせてゆく。
「大体最初から緑会委員なんて私はやりたくなかったのに。バカじゃないの、一人で頑張って」
「……」
「皆私なんかに騙されて、本当に馬鹿。馬鹿ばっかり」
「南さん訂正して」
ようやく高坂が口を開いたが、その声音は強い意志を帯びていた。
「…訂正?」
「『私なんか』、じゃない」
高坂は語調を強め、一歩私の方へ踏み出した。
「南さんはそのままの自分で十分なんだ」
「そのままの自分って何?…皆、他人に良いように思われたくて演技して暮らしてるじゃない。私がそうして何が悪いの」
「悪くないよ。それだって南さんなんだから」
「…?」
急に高坂が言ってる事が分からなくなった。
何が言いたいんだ?
「俺は南さんが好きで…俺の最初知っていた南さんは可愛くて、色んな意味で良い子なんだなって思ってた」
でも南さんと関わるようになってから、南さんの色んな面が見えてきた。と高坂は言った。
「南さんは普段は自分から言い出さないけど、何かするってなったら、凄く力を発揮出来る人だった」
高坂は喋り続ける。
- 01-383 :めいこと高坂:2009/06/05(金) 10:38:54
ID:Le8E//ys
- 「活動的でテキパキしてて、本当はズバッと物を言う人だって気付いた。甘い物が苦手な事も」
甘いモノ…気付かれてたんだ。
あの喫茶店でそんな所まで見られていたなんて、思ってもみない事だった。
「そういうのに気付いた時、俺は本当の意味で南さんに惹かれた。南さんに引きつけられるようなパワーを感じたんだ」
だから、南さんはそもそも自分が思ってるような嫌な奴じゃない。
「私がどんな人間だって…見下したり騙したりしていた事に変わりない」
「南さんはその『役』をやってて楽しい?」
思いがけない質問を受けた。
楽しいだとか楽しくないだとか、考えた事もない事だった。
中学を転校して、すぐにこういうキャラを私は作り始めた。全部生きる為に。
親や同級生から自分を全否定された私に迷いは無かったし、新しい自分を得る事で、全く違う人生を歩み始めたような気分になったのを覚えている。
そう、文句や違和感を感じながらも私は現状にこれまで満足していた。
高坂が私の歪みを気付かせるまでは…。
「…あんたに会うまでは、嫌いじゃなかった」
「人を見下すのはいけない事だと思う。優越感に浸ったり、そういうのは意味のない事だから」
だけどと高坂はまた続ける。
「南さんは今はもうそれに気が付いている。じゃあ南さんが南さんで居るままの理由なんて、それで十分だろ?」
いい加減辟易してきた。
「…もうあんたの言ってる事、意味わかんない」
「まあ要約すると、南さんはどんな南さんでも可愛いって事」
「うぐ」
瞬間、かぁああっと頭に血がのぼり、また目眩がぐわんぐわんと押し寄せる。
- 01-384 :めいこと高坂:2009/06/05(金) 10:41:00
ID:Le8E//ys
- こ、この真剣な時に何を。
必死で反抗出来る言葉を探し、とにかく投げつける。
「どっどこが可愛いのよ…!もうおしまいよ!あんたのせいで全部ダメになっちゃったんだから!」
「うん」
ダメだ、全然理論的じゃない。私馬鹿みたいだ。
「あんたのせいで気付いちゃったんじゃない!あんたが馬鹿みたいだから、馬鹿みたいにいい奴だから」
ていうか私、馬鹿だ。
「俺は南さんが演じてると思ってるキャラも、アリだと思うんだ。自分を蔑んで変える必要は全くないと思う」
高坂はどこまでも、私を否定しなかった。
それは否定され続けた私にとって…初めての経験だった。
「それは相田さんだけじゃなくて、飯島さん達も分かってる事じゃないかな」
南さんだって本当は気付いてるんじゃないの、と高坂は私に問い掛けた。
「可愛くて天然なキャラも、毒があってキツいキャラも、全部紛れもなく本物の南さんの一部なんだ」
- 01-385 :めいこと高坂:2009/06/05(金) 10:47:13
ID:Le8E//ys
- 「何それ…あんた馬鹿じゃないの」
「うん、馬鹿だと思うよ」
「これ以上好きにさせてどうするのよ」
「うん…って、え?」
涙が勝手にぼろぼろと落ち始める。もう、限界だった。
「ちょっ南さん?大丈夫?!」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、高坂は慌てて私の元に掛け寄る。
「もしかしてさっき転けた時にどっか打ったの?!ほっ保健室、先生を…… !?」
私は膝を付いた香坂の体にきゅっと腕を回して、顔を押し付けた。
これ以上ぼろぼろな顔を見られたくなかった。
「み…南さん?」
「みるな」
「見るなって…」
「絶対だめ」
必死で言い含めて、顔をしっかりガードする。
心臓が早過ぎて、目眩がぐるぐると津波のように襲い掛かる。目が回る。
「…そうよ、そもそも全部アンタのせいじゃない」
「えっ俺?」
「アンタが優しくてカッコ良くて凄く良い奴なのが悪いんだ」
私は恨み言の様にぶつぶつと言葉を言い連ねる。
何か喋ってるうちに腹が立ってきた。
そうだ大体からしてコイツだ。全部の元凶だ。
「お陰で私は私じゃなくなった」
「…な、何か全然よく分からないけど…それも南さんだと思うから良いと思うよ」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってんの」
精一杯の虚勢を張るが、果たして通じているだろうか。
やっと涙が止まって、目元だけを高坂の胸から覗かせる。
高坂が居た。
「? 南さ」
「ん」
ちゅう。
口は恥ずかしいから頬にしてみたけど。
高坂の呆気に取られた顔を見て、自分の途方もない甘さに気が付く。
「…」
「…」
「…へ?あ、ちょ…えぇええ?!」
「ぎにゃあああああ!!」
やっぱダメだ、逃走するしかない!
必死でフェンスによじ登るが「南さんそっち地面ない!空気しかないから!」と呆気なく引きずり降ろされる。
「ぎゃっ」
「わ」
引きずり降ろされた勢いで体がバランスを失い、私達は思いっ切りアスファルトに倒れ込んだ。
図らずも、向き合った格好でお互いを見つめ合う事となった。
余りのことに、お互い絶句してその場を沈黙が支配する。
そのうち高坂が、ぽつりと漏らした。
「…何か、結局俺達二人とも馬鹿なんじゃないのか?」
「……そうだね」
何もかも全部、馬鹿馬鹿し過ぎる。
散々笑い転げた後、私達は真剣にこの後の対処を考え始めた。
私は馬鹿で腹黒くて弱いままだけど、当分このままでいいみたいだ。
- 01-391 :めいこと高坂:2009/06/06(土) 10:46:09
ID:/b2G/Krc
- 詰まるところ。
皆を誤魔化しきれたかといえば、まあ9割は成功した。
教室に戻った私の目は(意図的な)大粒の涙で溢れていた。
「皆…!ごめんね!」
「め、めいこちゃん…」
「さっきのは一体…?」
皆の疑惑の目の中、私は説明した。
「皆が喋ってる様子を見て、悲しくて『何で聞いてくれないの』ってどうしようもなくイライラしてきて…」
実際説明は間違ってない。
私は、『南めいこ』の中に怒りを隠す事を止めた。
皆が知ってる南めいこという人格を変えないままで、少しずつ殻から抜け出したい。そう思ったからだ。
「気が付いたらあんな事言ってて…何であんな事言ったのか分からないの」
本当にごめんなさいっ!!と私は体を曲げて頭を皆に下げた。
弾みにぽろりと涙がこぼれ落ち、皆は慌てて私を慰め出した。
「めいこちゃんそんな…気にしないで!」
「私も皆喋ってたのどうかと思ってたしっ」
「妹尾先生の話で人生観変わったよ!」
この短時間で既に『先生』呼ばわりされてるアイツが何をやらかしたかは知らないが…。
上辺だけでなく様子を見るに、どうやら私は本当に許されたようで、予想以上に驚いてしまった。
少しでも素を出せば皆に見向きもされなくなると、そう思い込んでいた自分は疑心暗鬼に捕らわれ過ぎていたらしい。
そう思ったらまた涙が視界を覆い、更に皆を慌てさせる事になった。
- 01-392 :めいこと高坂:2009/06/06(土) 10:48:41
ID:/b2G/Krc
- 9割成功したと前述したが、勿論残り1割にはがっつりバレた。
高坂には勿論だが、奈々子、マユ、妹尾純辺りは最初から私の本性を薄々感じていたらしく、大した驚きもなく受け入れられた。
「だって付き合い長いし」
「今更ですねー」
「…ああそう」
特に妹尾純に至っては「お前に草むしりを命じた瞬間、ドス黒いオーラをはっきり感じた」と切り捨てられた。
…あのアマいつか決着つけてやる。
さてその妹尾純だが。
誰に聞いても皆青ざめて首を振るばかりで、一向に何を喋ったのか謎のままなのはもう良いとして。
感銘(というか恐怖)を感じたらしい教師達が、妹尾純をアドバイザーに加えて来年度からの緑会活動の見直しを図るらしい。
あの女には『会社勤め』とだけ聞かされていたが、環境ビジネス主軸の企業に勤める、結構な地位の人間だったらしい。
アイツが絡むんだったら、来年から果てしなく草むしりやらゴミ拾いやら…とにかく現場の仕事になるのは間違いないだろう。
想像するだけでウンザリしてくるが、あの女がバリバリ全校生徒に檄を飛ばす様子を思うと、何故か楽しみに思えてきた。
ちなみに『自分を出していこうキャンペーン』の一貫として、調子に乗っている南めいこファンクラブを粛正する事にした。
『お前らちょっとこっち来いよ』
『え、めいこ様?ってぎゃああああっ』
『逃がさない…』
『え、相田さ、ぐわあああ!』
…そんな感じで。香織とタッグを組み、強力な体制が完成したと自負している。
「あっめいこ様!」
「お疲れ様です!」
今や奴らは私と香織を見る度、直立不動で敬礼する程だ。
- 01-393 :めいこと高坂:2009/06/06(土) 10:51:16
ID:/b2G/Krc
- まあ、そんな話は結局どうでもいい訳で。
現在。時計の針は4時を指している。
今の私は、バタバタと慌ただしく帰り支度をしていた。
「めいこ様!お帰りですか!」
「見たらわかるでしょっ」
「はいっすいませんでした!」
ファンクラブを適当にあしらい、とっとと荷物を詰め込む。
隣ではそんな騒がしさも全く意に介さないといった様子で、香織が何やら難しそうな本を捲っていた。
「…約束?」
無関心と思いきや、香織は活字から目を話さないまま私に問いかけてきた。
「うん4時に正門っ!」
「遅刻決定だね…」
「うっさい!じゃあお先ね!」
「いってらっしゃい、めーちゃん」
香織は本を見つめたまま、笑って私を見送った。
ダッシュで2分後。
正門が見えてくるのと同時に、お目当ての姿が瞳に映る。
「高坂君!」
「あ」
高坂がこちらに気付き、手を振って私を迎える。
「お、遅くなってごめんね」
「全然いいよ、走ってこなくても良かったのに…」
「ううん」
早く会いたかったから。というと、高坂は顔を少し赤らめて視線を逸らした。
出会った時は無表情ばかりだったのに、最近は沢山の表情を見せてくれるようになった。
そんな変化が嬉しくて、少し気恥ずかしい。
「じゃあ、そのラーメン屋さん行こうか」
「うんっ、あそこの激辛ラーメンは本当美味しいから!高坂君も絶対やみつきだよ!」
たわいもない話をしながら、私達は歩き出す。
そのうち高坂の手が私の手に触れ、そのまま手が繋がれた。
「…っ」
顔が赤くなるのを感じながら、ぎゅっと握り返して高坂を見上げる。
高坂は顔を真っ赤にして、私に笑いかけていた。
終
最終更新:2010年07月07日 10:57