- 01-743 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/15 22:26:22 ID:8nVkcwqE
- <国見クンの初恋>・1
「カズはやっぱドーテー?」
「ああっと……そんなわけないでしょ」
どう答えようか迷ったあげく、一番垢抜けない答え方をしてしまった。
いかにも焦った、振った側が悪意がなければリアクションに困る答え。
とっさの切り返しは、いまだに苦手だ。
まわりの皆が、生ぬるい笑いを浮かべる。
――この辺は、学生時代より、まだマシか。
サークルの飲み会では、ここでやんやとはやしたてるバカがいて、
結局、一年生の後期から飲み会と言うものには出席しなくなった。
おかげで、アルコールに慣れなくて、社会人になってからちょっと苦労した。
でも、まあ、会社のそれは――。
「アッ君は、マジそれっぽいからねー!
アタシがドーテー切ってやろうかあ?」
「ちょ、……桑名さん、それは勘弁してください!!
僕にも選ぶ権利というものが……」
「なんだとー!?」
「ひええ!!」
「国見。桑名係長がお怒りだぞ。水割り係り交代な」
「アタシ、焼酎梅割り、濃い目ね」
もっと大きい声で言って、笑い話にしてくれるオバちゃん上司がいて、それを機に、話題が変わる。
……明日も普通に仕事するチームで禍根を残すのは得策ではない。
サラリーマンは、自己保身が何よりも大切で、
そして、皆も、僕――国見一志(くにみ・かずし)も、
そんな処世術は、うんざりするくらいに身についていた。
たとえ、僕が、三十過ぎて、セックス経験どころか、
デートも片想いの恋愛さえもしたことがない人間だとしても、
これくらい生きていれば、まあなんとか、やっていける。
上っ面を飾りながら。
- 01-744 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/15 22:26:56 ID:8nVkcwqE
- 三月。
送迎会の季節。
親会社から天下ってきて、また戻っていくお偉いさんを見送る飲み会。
意に反していじられキャラになっている僕をからかう、いくつかのネタ。
大学時代のように、決定的に滑ったり、傷ついたりしないで済む。
部長決裁の社内交際費。
飲み放題付四千円(2年前から比べると千円減額)、会社負担。
だけど、あまり気が進まない。
本当はパスしたい。
でも逃げられない。
――二時間の社会人の義務。
駅前で、二次会に行く連中と別れ、
皆とは逆方向のガラガラの電車に一人で乗るまでの、
いつもの、「耐えられないわけではない」時間。
今日も、それで終わるはずだった。
「しゅ~にん!」
突然、声をかけられるまでは。
「櫛田さん……か」
「やだ、気付いてなかったんですか?」
大声でケラケラ笑ったのは、櫛田寿々歌(くしだ・すずか)さん。
同じ課の、僕の後輩。
……じゃないな。
部下だ。
年齢(とし)が六つも違えば、世間じゃ先輩後輩の間柄じゃないらしい。
だけど、入社以来の不況で、長年「一番下っ端」の地位に慣れていた僕は、
去年の十月の移動で他のフロアから来た大卒三年目の女の子を、
いまだに「部下」として認識できないでいる。
さん付けで呼んでしまうのも、多分、そのせいだ。
- 01-745 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/15 22:27:26 ID:8nVkcwqE
- 「まったく、さっきから隣にいたのにひどいですよー」
櫛田さんは、眼鏡をちょっとズラして「めっ!」とばかりに軽く睨んだ。
黒い、縁(ふち)が太くてレンズも大きい眼鏡は、
いかにも真面目で明るい彼女の雰囲気に良く似合う。
セミロングの黒髪と、白のブラウスが、さらにそれを引き立てている気もする。
人見知りをするタイプの僕でも、結構会話ができるのは、
こういうふうに、向こうから気軽に声をかけてきてくれるからだ。
「ああっと……。櫛田さん、こっちのほうだったっけ?」
とは言うものの、二人きりで電車に乗ると、なんだか焦る。
ベッドタウンの駅へは逆方向で、この時間はガラガラなのも、僕をあたふたさせる。
「んー。うふふ、ちがうですよー。今日はちょっとこっちに用事が」
櫛田さんは、くすくすと笑った。
ほんのりとピンクに染まった頬が、どきりとするほど綺麗だ。
(こんな娘を嫁さんにしたら、幸せだろうな)
よく気配りが利いた彼女の仕事ぶりを思い出しながら、僕はぼんやりと考えた。
彼女が、僕に身を寄せ、それをささやくまでは。
「国見主任。ホントにドーテーなんですかあ?」
「……え?」
櫛田さんの口から、思いもかけない単語を聞いた僕は、ことばを失った。
今、彼女はなんて言ったんだ?
アルコールが入った脳みそは判断力を失い、
僕は呆けたように六つ年下の女性を見詰めた。
「うふふ。図星みたいですね!」
櫛田さんは、笑い声を大きくし、不意にそれをやめた。
そして――。
「……!?」
いきなりの、キス。
「それじゃ、――私がドーテー捨てさせてあげましょうかあ?」
- 01-746 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/15 22:27:57 ID:8nVkcwqE
- 「え……?」
唇に残る、柔らかな感触と、いい匂い。
耳の残る、ありえない言葉の声音。
僕は、……そうだ、酔って寝てしまって、夢でも見て――。
「あはっ、混乱してる、混乱してる。主任、かわいー」
櫛田さんが、ケラケラと笑った。
ああ、これは現実か。
じゃあ……。
「じょ、冗談はよしなさい。酔っ払いすぎだぞ」
そう。
櫛田さんも、酔い過ぎてるのだ。
こういうのって、なんていうんだっけ。
ワイ談上戸?
まあ、そんなもんだろう。
キスされたのは――ラッキーだ。
「えー。ビールしか飲んでませんよ」
櫛田さんは、まだくすくす笑っている。
眼鏡の奥の、笑顔で細まった目を、ゆっくり開く。
その目は――。
「冗談じゃないです。私、国見主任とセックスしてもいいなーって思ってます」
……かなり、冷静だった。
「――私、けっこう遊んでるんですよ?」
「――中学校の頃から、しまくってましたし」
「――ウチの課の男の人、主任以外とは、もう全員とセックスしちゃいましたよ」
「――気がつきませんでした? 主任、ニブいから……」
電車から降りて、入ったバーで、そんな会話をした気がする。
いや、一方的に彼女が喋り、笑っただけの気もするが。
時折、僕の手を取って、意外に大きな胸に押し付けたり、
バーテンダーの目を盗んで、キスをしたり――。
- 01-747 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/15 22:28:28 ID:8nVkcwqE
- 僕は、どこから酔っていたのだろうか。
彼女は、僕が全然知らない人間だった。
「――と、言うわけで……。
私、意外と、おち×ちんなら誰のでもいけちゃう方なんです。
主任のドーテーも美味しく「いただきまぁす!」してあげちゃいますよ?」
いつの間にかバーも出ていて、公園のベンチで櫛田さんは僕にささやいていた。
キス。
また、キス。
「うふふ、でも、今日はもう、主任のほうが頭バクハツ、しちゃいそうですね」
すっ、と離れる。
「じゃ、今度の土曜。気が向いたら、セックスしましょ。
場所はケータイに、メール入れときますから、
……ドーテー捨てたければ来てくださいね!」
僕より六歳年下の娘は、そう言って離れていった。
彼女が視界から消えるまで、僕は呆けたようにそれを見送り、
そして、ガタガタと震えた。
何か、僕の知らない世界が、突然牙を剥き、僕を飲み込もうとするように思えたからだ。
そして、多分、それが、すべての始まりだった。
ここまで
- 01-768 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/19 06:56:23 ID:PBWLJGHP
- <国見クンの初恋>・2
「えへへ。やっぱり、来ましたね!」
昨日の夕方に来たメールどおりに、櫛田さんは駅前のカフェで待っていた。
カウンターの上には、ミルクティーと、カバー付の文庫本。
白いブラウスは、会社で着ているのとはちがうけれど、簡素で清潔なのは変わらない。
それは、紺色のスカートと、おとなしめのアクセサリーやバッグといっしょに、
「櫛田さんらしい」格好だった。
……「櫛田さんらしい」?
僕は、自分の頭の中に浮かんだ言葉に、自分で詰った。
──何が、どんなことが、「櫛田さんらしい」ということなのだろう。
火曜日の夜にあんなことがあって、三日間、
櫛田さんは、いつもの櫛田さんだった。
真面目で、明るくて、気配りが利いて──。
僕と目が会うと、何の邪気もない笑顔で会釈をする櫛田さんに、
(あの夜のことは、きっと酔っ払った僕の妄想だ)
金曜日の午後には、そう確信することが出来るくらいに、
櫛田さんは、いつもの櫛田さんだった。
──午後五時に、メールが来るまでは。
「明日の土曜日、午前10時。
××駅前の<カフェ・ファンタスティックス>で待ってます。
P.S.今晩はオ○ニーは控えてくださいね!」
最後の行を目にした僕は、火曜日のあれは、夢ではなく、
──悪夢だったことを思い知った。
- 01-769 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/19 06:56:53 ID:PBWLJGHP
- 「じゃ、行きましょうか」
櫛田さんは、にっこりと笑って立ち上がった。
「あ、いや。来たばっかりだし……」
店に入ったけど、まだ注文もしていない。
さっき「いらっしゃいませ」の声をかけた店員が、
こっちのほうを見ているような気がして、僕はあたふたした。
こんな時なのに、いや、こんな時だからだろうか、
なぜかどうでもいいことが気になる。
それは、きっと、物事を先延ばしにしたいという本能だろう。
小さなややこしいことにかまける振りをして、
もっと厄介で大きなことから目を背ける──。
それは、僕の悪い癖。
分かっている。
分かっているけど──。
「……大丈夫ですよ。そんなこと気にしなくても。
時間ももったいないですし」
櫛田さんが、くすりと笑ってそれを吹き飛ばす。
こんな時でなければ、それは嬉しいことなのだろうが、
僕はそれを、そう捉えることもできず、馬鹿のように立ち尽くした。
「……うふふ」
櫛田さんは、目を細めてまた笑い、
そして立ち上がって僕の手を取った。
「行きましょ、主任」
「えっ……あっ……ええっ?!」
ぎゅっ。
僕の手を取った動作のそのまま、櫛田さんは、それを自分にひきつけ、
ブラウスを大きく盛り上げている胸のふくらみに押し当てた。
柔らかさと、弾力と、体温と。
それを感じると同時に、僕は、櫛田さんに操られるように
彼女に歩調を合わせて歩き出していた。
- 01-770 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/19 06:57:39 ID:PBWLJGHP
- 「んー。こっちです、こっち」
駅前から、三分の路地。
繁華街と風俗街を併せ持つ街は、そこにラブホテル通りを持っていた。
僕と同じか、もっと若い男女が横をすれ違い、
いかにも風俗嬢といった感じの女性が携帯を片手に足早に追い越して行く。
「ちょうど、今の時間が部屋の入れ替え時なんですよねー。
お泊りカップルが帰って、部屋のお掃除が終わるんです。
あ、ここにしましょう!」
櫛田さんは、腕ごと抱え込んだ僕の手に、さらに大きな胸を押し付け、
身体ごと押すようにして、僕をラブホテルの一軒に誘った。
入り口。
「んー。狭い部屋しか開いてないなー。まあ、いっか。安いし!」
ちょっと残念そうにつぶやいてから慣れた手つきでパネルを押して部屋を決める。
「あ、ワリカンでいいですか?」
曇りガラスで目隠しされている窓口の前で振り返る。
「あ、いや。出すよ」
慌てて財布を取り出す。
「いえ、半分だけでいいです」
もたつきながら紙幣を取り出した僕の指先から五千円札だけを抜き取り、
代わりに二千円と四百円を握らせる。
「あ、ちょ……」
返そうとする間もなく、窓口で支払いを済ませた櫛田さんは、
僕の腕に抱きつくと、エレベータの前まで引っ張っていった。
「く、くし……」
「しーっ。こんなトコで名前呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしいです」
「あ……」
僕は、自分の失敗を悟って、真っ赤になった。
「ご、ごめ……」
「いいです。あ、エレベーター来ましたね。203号室だから2階です」
そして、僕は、彼女に謝る暇もなく、エレベーターに乗り込んだ。
- 01-771 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/19 06:58:10 ID:PBWLJGHP
- 「やっぱり狭いですねー」
「そ、そうなの……か?」
はじめて入るラブホテルの部屋。
僕にとって広いか狭いかの判断は付かない。
「んー。ここ、高いお部屋はとってもいいんですけど、
安いお部屋だと狭くて不便なんですよー。水周りはいいんですけど」
「ほ、他の部屋に入ったこと……あるの?」
「ありますよー」
あっさりと答えられる。
「だ……」
誰と? と聞こうとして、さすがに思いとどまった。
「んふふー。気になりますか?」
「え……」
櫛田さんが、眼鏡の縁を持って直しながら、こっちを見詰めていた。
「そ、そりゃ……」
「んんー。ここは、全室制覇したかな?
大学のときによく通いました。
その頃、奥さんいる人ともお付き合いしてたので」
「それって……」
不倫? という単語が頭をかすめる。
「あ、学校に彼氏はちゃんと居ましたよ?
既彼のことバレて別れちゃいましたけど」
あっけらかんと続ける。
キカレってなんだ?
「あの頃はちょっとローテきつかったかなー?
彼氏がけっこう敏感で、アパートで他の男の子とできなかったし」
ローテ?
ローテーションのことかな?
不意に「あなたの知らない世界」に突き落とされて、僕は戸惑った。
そんな僕を見て、櫛田さんがまた笑う。
- 01-772 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/19 06:58:40 ID:PBWLJGHP
- 「うふふ。――じゃ、はじめちゃいましょうか。
主任の、童貞クン、ソーシツ!」
「え、ちょっ……!!」
「えーい、世界を取った胴タックル~!」
かわいい声とともに、櫛田さんが僕のお腹の辺りに抱きついてきた。
いきなりのことにバランスを崩した僕は、
後ろのベッドに櫛田さんごと倒れこんだ。
「……!」
胸元に、櫛田さんの顔がある。
甘い、爽やかな匂い。
髪の匂い。
薄いお化粧の匂い。
デオドラントの匂い。
こんな間近でかいだことのない、女の人の匂い。
肺の中が、未知の、そしてかぐわしい空気でいっぱいになる。
それは、酸素に溶け込んで、僕の頭の中をくらくらさせた。
喘ぐように深呼吸をしようとすると――。
「んふふ。ドーテーくさぁ~い」
櫛田さんが、先に深呼吸して、言った。
「え……」
「主任、男の子の匂い、ぷんぷんですよぉ~」
「え、あ……」
頭と頬に、猛烈な勢いで血が上り、世界記録モノのスピードで僕は真っ赤になった。
「私、けっこう鼻が利くんです。
前から、主任のこと、ドーテーくさいなーって思ってました」
「……い、いや、ちょ……。そ、そんな匂いなんてあるの、か?」
「ありますよ~。夕方なんか、男の子の匂いが、もうぷんぷんっ。
私、くらくらきちゃうくらいです」
「……」
「えへ。でも、これ、けっこう好きな匂いです」
- 01-773 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/19 06:59:11 ID:PBWLJGHP
- 予想もしなかった会話に、僕が半ば呆然している間に、
櫛田さんは、手早く僕のシャツのボタンを外し始めていた。
「ちょ、ちょっと待って。シャワーを……」
そうだ。
こういう時は、シャワーを浴びる。
ラブホテルにはそういう施設もちゃんとあって、
カップルは、セックスの前にお風呂に入って身を清めるのだ。
本とTVドラマとインターネットで得た知識が、
匂いのことが話題に上ったことで記憶の淵から蘇ってきた。
「んん? このままでいいですよ?」
「だ、だって……」
「うふふ、主任、朝、お風呂に入ってきたんでしょ?」
「え……、あ、うん」
昨日の夜から、風呂と歯磨きは一時間置きだ。
「じゃあ、大丈夫です。私も出がけにシャワー浴びてきましたから。
このまま、セックスしちゃって、全然大丈夫。
――主任の匂い、嫌いじゃないですから。むしろ好きなほう、かな?」
「え……」
これも想像の範疇を超えることば。
どきりとしたのは、不意打ちのせいだけじゃない。
「うふふ、じゃ、主任のおち×ちん、見せてくださいね」
あっ、と言う間もない。
ズボンとパンツを一緒に脱がされて──。
「わあ~! やっぱり、主任、仮性さんだあ~!」
櫛田さんの、はしゃいだような大きな笑い声。
「えっ、あっ……」
恥ずかしい、という気持ちは、どうしてこんなに素早く頭と心臓を締め付けるんだろう。
目を逸らそうとする。
その僕の顔の上に、櫛田さんの顔が迫って、キスされた。
- 01-774 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/19 06:59:44 ID:PBWLJGHP
- 「うふふ、恥ずかしがることないですよ~。
仮性包茎の男の人、けっこう多いですから」
「そ、そんな……」
「うん、私の知ってる人の半分以上、おち×ちんが包茎かな?」
何かを思い出すように小首を傾げる仕草をした櫛田さんは、
やっぱりあっけらんかんと言った。
何か、ぞわぞわするものが僕の背骨のあたりを這いずり回る。
それは、嫌悪?
気後れ?
それとも──。
「あはっ、主任のおち×ちん、すごいヤル気満々ですね!」
僕のその強張りを手にした櫛田さんは、目を細めた。
黒縁の眼鏡の奥の瞳がキラキラする。
「そ、そんなこと……ないよ……」
なんでそう言ったのか、よくわからない。
「嘘ですねー。だって、主任、――あの夜からオ○ニーしてないでしょ?」
「えっ……」
「うふふ、図星ですね! だって、お風呂に入ってきたのに、主任のここ、
先走りのおつゆがもう垂れてます。精子の匂いがダダ漏れですよ~」
「う、うそ……」
自慰をしていないのは、当りだった。
今朝なんか、身体の中に精液が溜まって血液の代わりに流れているんじゃないかと思うくらいだった。
でも、それを相手から指摘されると──。
「うふふ、主任、「今日、童貞捨てられる!」って、期待してきたんでしょ? わっかりやすいなあ」
「!!」
「そりゃ、はじめてのセックスですもん、
せっかくだから思いっきりザーメン溜めて出したいですよね?
うふふ、童貞クンって、みんな同じですねー」
屈託のない笑顔。
また、背筋にぞわりとくる、感覚。
「あの……」
「はい?」
僕の性器を手にする櫛田さん。
清楚なブラウスは、もうはだけられていて、
中の薄いグリーンのブラジャーさえ見える。
非日常的な光景。
それがあまりにも僕にとって非現実的な眺めだったから、
僕は、そんなことが言えたのかもしれない。
「なんで、こんなに簡単にセックスするの?」
「え……。んー。好きだからかな。――セックスが」
問いは、簡単に、本当に簡単に返事された。
そして、僕は、反射的にもがいて、ベッドの上から開放された。
「あ……主任?」
「ごめんっ! 本当にごめんっ!!」
何に謝るのかわからないまま、僕はズボンを履き、
そして、驚いてこっちを見詰めているだけの櫛田さんを残して、
──部屋から逃げ出した。
ここまで
- 01-784 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/21 02:08:30 ID:fXkGRDo+
- <国見クンの初恋>・3
一週間。
僕の睡眠時間は、このところ、普段の半分だった。
仕事が忙しい――わけではない。
四月に入って、昨年度の事務を〆て整理するのと、
新年度はじめの色々をやるのは、それはそれで忙しいけど、
今年は自分が異動するのではないので、まあ、別に大したことはない。
にも関わらず、僕の目の下のくまが色濃くなったのは、
やっぱり、この間の土曜の、あれ、だ。
櫛田さん。
斜め向いの席の女性を、目の端で追ってしまう。
そのくせ、それが視界に入ろうものなら、
強い光を見たときのような痛みを覚えて、あわてて目を逸らす。
櫛田さんとは、あれから、仕事以外の会話をしていない。
朝晩の挨拶を含めて、一日に五回も事務的な指示をすれば、
彼女とはそれ以上触れないで済む。
――もともと、彼女とはそんな関係だったのだ。
そう言い聞かせて、僕は、お茶をがぶ飲みしようとして、
カップが空っぽなことに気がついた。
「はい」
不意に缶コーヒーが渡される。
「え?」
「部長から。3時のおやつ代わりだそうです」
修羅場の時期は、たまに上司がそんなことをする職場だ。
夕方に牛丼でも差し入れてくれたほうがありがたいが、
このご時勢、そんな企業文化を持ってるだけでも上等なのかもしれない。
僕は、我ながらギクシャクしながらそれを受け取った。
- 01-785 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/21 02:09:01 ID:fXkGRDo+
- 「――あのさ」
「あ?」
「いや、なんでもない……」
「そうか。――で、な。最近はやっぱり地下メシだな。
昭和からあるようなデカいビルあるだろ。ああいうとこの地下のメシ屋が安くて旨い」
「それって年取ったんじゃないの?」
「胃袋は若いぞ。こないだポンドステーキを2枚食べた」
「それは……すごいな」
ぼんやりと受け答えする。
相手は、同期の渡来(わたらい)だ。
同い年の中でも不思議と気が合い、会社の中で僕がタメ口を叩ける数少ない相手。
帰りがけに、玄関ホールで会ったついでに久しぶりに夕飯を食べることになった。
というよりも、渡来のほうから強引に誘われた。
うまい店を見つけたから行こうぜ、だ。
たしかにこいつのお奨めの店は、安くて旨い。
味付けがこってり系で量が多いのが難点だけど。
「あのさ――」
「なんだよ」
「いや……」
何度も言いかけて、何度も途中でやめる。
言いたいのは、聞きたいのは――櫛田さんの話。
渡会は、入社当時の櫛田さんといっしょの部署に居たことがあるはずだ。
その後、僕の部署に来る前にもう一つ移ったけど、
<人事マフィア>を自認する渡来は色んな事を知っているはずだ。
僕が、寝不足でもたれている胃袋を抱えて、
99センチソーセージとか、フライパン丸ごと餃子とかが名物の
無国籍居酒屋についてきたのは、それを期待してのことだ。
――多分。
……あるいは、そうじゃないのかも。
- 01-786 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/21 02:09:32 ID:fXkGRDo+
- 「ひょっとして、あれだ。――櫛田女史のことか?」
99センチソーセージを70センチくらい平らげてから、渡会が言った。
図星。
いや、誰でもわかるか。
「ん。ああ、そう……だね」
「やめとけ。もう寝ちまったか?」
ジンジャーエールをがぶりとやっての、あっさりとした忠告。
毎回思うんだけど、辛口の瓶入りのやつをがぶ飲みできるのは一種の才能だ。
「いや……」
「彼女、不思議と問題は起こしてないが、あいさつ代わりにアレしちゃう系だぞ」
「有名なのか?」
「ん。だな。同じ部署の男はたいてい喰っちまうらしい」
「……お前もか?」
「まさか。仕事仲間とそういう関係になれる感覚がわからないねえ。
会社は金を稼ぐところだぜ。それ以外のものを期待するところじゃないんじゃないの?
しがらみ多いとがんじがらめになるぜ?」
「僕とこうして飲んでるのは、しがらみじゃないのか?」
「――旨い店に付き合ってくれる奴は、しがらみじゃないな」
人事畑一本の総務男は、フライパンにぎっしり詰って出てくる福島餃子をあらかた胃に収めてから返答した。
中身は野菜オンリーとは言え、すさまじい。
「まあ、なんだ。誘われてるなら、断っておけ。
――お前が好きになれそうなタイプとは違うんじゃないかね」
「そうか」
「結構、そういうところ潔癖だろ、お前?」
「……だよね」
「セックスの価値観が違ったら、やっていけないぜ、普通」
「……だ、よね」
「お前のところの親御さんだって、許さないだろ。――ああいう娘は」
「……だ、よ…ね……」
突然、忘れかけていたものを指摘されて、僕はあわててコーラをがぶ飲みして、むせた。
- 01-787 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/21 02:10:17 ID:fXkGRDo+
- ――虫の予感とでも言うのだろうか。
半年ぶりに、自分の実家のことを思いだしたとたんに、連絡が入った。
おおよそ、最悪の形で。
「――兄貴が……?」
取り乱した母からの連絡と、電話を変わった、小憎らしいまでに冷静な父からの連絡。
家を継ぐ予定の兄の死を、僕は、渡会と別れて五分後に知った。
「即死だそうです」
「まだ若いのに――」
「奥さんと子供を残して……」
弔問客はひっきりなしに続いた。
県会議員の家は、そんなもんだ。
大学に入って上京してから、こっち、
あまり戻っていなかった家は、やっぱりどこか落ち着かない。
次の選挙では兄貴は父から地盤を譲ることがすでに決まっていた。
僕は、その十年も前から、それを知っていたし、
次男の、それもかなりできの悪い次男の気楽さで、
離れれば、もう無縁の場所だと思い込んでいた。
だけど、「近所でも評判の息子」が、酔っ払い運転のトラックに追突されて、
この世から消え失せてしまうと、今まで気にもしなかった血の呪縛は、
恐ろしいほどの勢いで僕を縛り始めた。
「――お前に、家を継いでもらうぞ」
こけた頬をした父は、僕を睨んだ。
とりあえず、四十九日が終わるまで、会社は休職。
そんな非常識なわがままが通ったのは、入社自体が、父のコネだったからだ。
結論をなるべく先延ばしにしながら、色々な人に会わされる。
兄貴のときもそうだったけど、父はそれを当然のことだと思っているらしい。
そして、流される僕も、どこかでそう思っていたのかも知れない。
- 01-788 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/21 02:10:49 ID:fXkGRDo+
- 「……結婚?」
「明和(あきかず)の喪が明けたらな。何にせよ、お前に嫁さんは必要だ」
「選挙のために?」
「それもある。が、色々とな」
四十九日の手配を終えて、明日を待つばかりになった夜、父はそう切り出した。
馬鹿馬鹿しくて、返事もせずに僕はそっぽを向いた。
「お前には悪いと思っている。
が、ウチも田巻(たまき)と離れるわけにはいかんのだ。
それに、明和の財産をただで渡すわけにもいかんし」
僕はちょっと嫌な顔をした。
田巻は、明和兄貴の奥さん――多喜(たき)さんの実家だ。
地元の有力者で、父の後援会の幹部でもある。
兄貴の死で、兄貴名義の財産は、法的には多喜さんに渡る。
代替わりを見据えて、かなりの物を兄貴に相続させていたそれを
普通に渡してしまったら、かなりの痛手だ。
父は田巻と何度か話し合い、話をつけたのだろう。
おそらくは――。
「田巻の親族から、お前の嫁さんを迎える。
代わりに多喜さんには明和の財産を、相応分、相続放棄してもらう」
……そんなところだろう。
トータル的には、双方とも何も変わらない。
そう、何も。
ただ、兄貴の位置に僕が代入されただけ。
だから、僕は、ぼうっとして父のことばを聞いていた。
父が、その相手を言い出すまでは。
「田巻の弟のほうの家から、美園(みその)を出してもいいと言われてる」
「ちょっと……。美園ちゃんは、まだ高校に入ったばかりのはずですよ?!」
「もうすぐ十六だ。弟の家のほうは乗り気でな。
その分、本家のほうが、多喜さんの相続のほうで強く言ってくるかも知れん」
多喜さんは、田巻の本家のほうの出だ。
内部で何かと張り合っている田巻の兄弟の噂話を僕は少しだけ思い出した。
「田巻の本家のほうの顔を立てるとすれば、――いっそ、多喜さんか。
それなら、財産は全部放棄すると言ってきては、いる」
「……え?」
兄貴の嫁さん?
僕は、とんでもないことを言い出した父を呆然と眺めた。
「どちらか、選んでおけ。――財産のことは、あまり気にすることはないぞ」
「ちょっ、どちらも――」
返事を待たず、父は部屋の外に出ていった。
そして、僕は途方にくれた。
ここまで
- 01-796 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/23 00:12:55 ID:7PlbUMT4
- <国見クンの初恋>・4
「――それでは、美園をよろしく」
アクの深そうな顔が、軽く上下する。
お辞儀のつもりなのだろうが、これじゃまるで会釈だ。
「こちらこそ」
父も、軽く頭を下げただけだ。
コメツキバッタのように頭を下げた僕がまるで馬鹿のようだが、
まあ、この場合、そうするほうが当然だろう。
何しろ――。
「……よろしくお願いします」
硬い表情で頭を下げた美園ちゃんは、まだ十五歳。
僕の、きっかり半分の年齢だ。
他人が聞いたら、まちがいなく犯罪だ、と断定するような婚姻。
「美園、そんなに緊張することもない。一志君との結婚は、お前が高校を出てからだ」
「そうですな。せっかく入ったばかりの高校だ、楽しんでおいてください」
「……はい」
喪中。
しかも相手は、先日、本当に二ヶ月前に高校生になったばかりの女の子だ。
さすがに、結納も何もないけど、今日、この場の打ち合わせが、事実上の婚約だった。
僕と、美園ちゃん──田巻美園(たまき・みその)――との。
田巻家は、僕の地元の名家だ。
地場産業の会社をいくつか持ち、父の有力な後援者のひとつなんだけど、
今の本家とその弟の家は、仲があまりよくない。
羽振りのほうは、最近弟のほうが良くて、
まあ、向こうでいろいろとあったんだろうけど、
国見の跡目に対しては、弟のほうが手を出すことになったらしい。
「兄貴のほうは、心配せんでいいからな。わしのほうから、よく言っておく」
田巻氏は大声で笑った。
- 01-797 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/23 00:13:26 ID:7PlbUMT4
- ここまで、僕の意思は何一つ尊重されず、
また、それを知っている僕もほとんど声をあげなかったために、
「父の跡継ぎ」の話と、それに付随してくる結婚話は、どんどん進んでいった。
兄貴の死。
かわりに僕が家を継ぐこと。
父の地盤を引き継ぐこと。
次の選挙で県会議員に出馬すること。
田巻から嫁を迎えること。
──それは、将棋やチェスの定石のようにワンセットであって、動かせない。
変更すること、変えることは、そのまま失敗――人生を終わらせるのと同意味の大失敗につながる。
それは、10年も離れていたとはいえ、
そういう家に生まれ育った僕にはよくわかっていた。
僕に許される自由は、せいぜいが、その相手を選ぶこと。
──差し出しれた、二枚のカードの中から。
「だいたい、一志君に明和君のお下がりをあてがう、というのも失敬な話だしな。
まあ、兄貴も色々言ってきたようだが……」
「とりあえず、多喜さんと、美恵(みえ)が暮らせるようにはします。
美恵は、私の孫でもありますからね」
「そうしてくれるとありがたい。
まあ、私にとっても多喜はかわいい姪だし、美恵ちゃんはその娘だ」
父の言葉に、田巻氏は上機嫌でそう言い、また笑った。
僕の胸は、少し痛んだ。
結婚相手の候補の片方──美園ちゃんじゃないほう──は、兄貴の奥さんだった人。
嫂(あによめ)には、もちろん何度も会っているし、
兄貴の葬儀では、ずっといっしょだった。
六歳になる娘の美恵ちゃん、僕にとっては姪っ子と悲しみにくれる姿を見るのは悲しかったし、
そして、その彼女と再婚するのは、もっと心が痛む。
人のすることでは、ない。
たとえ、兄の遺産が何百万、何千万かの単位で彼女と、その娘に渡っても、
それは、法的にも正しいことであり、とにかく、僕が家のために彼女と結婚するのは絶対に間違っていた。
- 01-798 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/23 00:13:56 ID:7PlbUMT4
- だから、僕は、多喜さんとの結婚話は拒絶し、
そしてその結果、もう一人の候補者が僕の結婚相手になることになった。
「……」
父と田巻氏の長々としたか会話を聞きながら、僕は、その相手を見た。
「……」
県一番のお嬢様学校のブレザーを着た少女が、その視線に気付いた。
ぺこりと頭を下げる。
黒い直ぐい髪が、綺麗に揺れ、また元に戻る。
僕は、視線を逸らした。
「お、どうした美園」
「……いえ、なんでもありません」
「わはは、まあ、この子は大人しくてな。
一志君も、かわいがってやってくれ」
「……はあ……」
愛人が何人もいるという噂の田巻氏は、屈託のない、
だけど脂ぎった感じの笑い声をあげた。
「ま、その辺はおいおいでいいだろ。
そうだ、一志君、美園を家に送っていってくれんか。
わしは、このまま本家に顔を出してくる」
「え……」
「これでも箱入り娘でな、一人で帰すのも心配だ。
送り狼も、未来の旦那なら、まちがいが起きても間違いではないからな。
うん、我ながら名案だな」
自分の冗談に大笑いしながら、田巻氏は手を叩いた。
話は決まり、ということらしい。――強引な人だ。
「と言っても、在学中に美園を孕まされても困るぞ。
──その辺は、ほどほどにうまくやるように」
にやりと笑う田巻氏から、僕は思わず目を逸らした。
そして、多分、美園ちゃんも。
- 01-799 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/23 00:14:27 ID:7PlbUMT4
- 「……大変なことになっちゃったね」
車を運転しながら、僕は、後ろの座席の女子高生に声をかけた。
田巻氏が見ていたら、なんて言われるか分からなかったけど、
まだ、隣に座らせる度胸なんて、ない。
すまない、という気持ちはある。
彼女の家が了承してのこととは言え、
仕方のなかったこととは言え、
僕の選択で、彼女の人生が変わってしまったのだから。
──たとえ、それが、消極的な選択の結果だとしても。
……あるいは、消極的な選択の結果だから、なおさらに。
「……」
美園ちゃんは、黙って、窓の外を見ている。
父の後援者の娘として、彼女とは何度か会っている。
彼女がもっと小さくて、僕が学生だった頃、
うちの家が主催のパーティ会場で、子守のように世話したこともある。
美園ちゃん、と呼ぶのもその頃の名残だ。
だけど、それがこんな風になるとは──。
「……ごめん」
思わず、そんな言葉が出る。
「……そうですね。まあ、謝られてもどうにもなりませんけど」
美園ちゃんは、窓の外を眺めたまま、そう返事をした。
「……」
どう答えていいのか、わからないまま、僕は沈黙した。
沈黙は、十秒だろうか、二十秒だったろうか。
「まあ、いつかは誰かとこんな風に結婚させられるとは思っていましたけど。
ちょっと早すぎますよね」
美園ちゃんの声は、昔聞いたものと随分イメージが違って聞こえた。
まあ、当然だろうか。
親しく話した頃からは何年も経っているし、
結局のところ、僕は彼女を本当の意味ではまったく知らない、と言っていい。
- 01-800 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/23 00:14:58 ID:7PlbUMT4
- そもそも僕は、自分自体のことすら──分かっているのだろうか。
「……ごめん」
もう一度、そんな言葉が口を突いて出てきた。
「そう思っているなら、多喜さんを選んでくれればよかったのに」
不意に、思いもかけなかった返事を聞き、僕は愕然とした。
ハンドルを握っていることを思い出し、スピードを緩める。
……美園ちゃんには、そう言う権利がある。
僕の選択が、結果的にこの事態を招いた。
多喜さんには罪がない。
でも、それ以上に美園ちゃんに罪はない。
「ごめん。本当にごめん。でも──」
「多喜さんにとっては、別に明和さんでも、一志さんでも変わりはないのに?」
「え……」
今度こそ、不意をつかれて、僕はあわててハンドルを切り、路肩に車を停めた。
「危ないです。運転、苦手なんですか?」
冷静な声にも、僕は気を使っている余裕がなかった。
「なんて事を言うんだ、美園ちゃん……!」
「別に……? 事実ですよ。
多喜さんは、自分と美恵ちゃんの生活が保てれば、旦那さんは誰でもいいんです。
──それは私も同じですけど」
「……え?」
美園ちゃんは、くすくすと笑い出した。
──さっきまで、父親の隣で無言無表情で目を伏せていた女の子。
それは、今、僕の車の後部座席に座っている娘と同一人物なのだろうか。
ひょっとして、僕は、何かの手違いで違う子を乗せてきてしまったのではないか。
「一志さんも、アレなんですねえ。
今時、政略結婚なんかするような家の娘が、他に何を旦那さんに求めると思ってるんですか?」
「……」
「最初に言っておきます。一生安泰な暮らしの玉の輿と、リョーサイケンボの取引。
それが、私と一志さんとの結婚の契約条件で、――それ以上は求めないでください」
- 01-801 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/23 00:15:57 ID:7PlbUMT4
- 「え……」
何を言っているのか、分からなかった。
最初は。
だけど──、
「別に、好きだの嫌いだの、そういうのは私たちの間に意味なんてないと思いませんか?」
「……」
「結局、一志さんに期待されてるのは、親の跡を継ぐこと、だけ。
私に期待されてるのは、誰かに嫁いで子供作って家を結び付けていくこと、だけ」
「……それは……」
「それ以外ないことくらい、わかってます。
全部を台無しにすることはありません。
でも、――だったら、それ以外のことは楽しみたいな、って思ってます」
「……美園ちゃん……?」
「高校卒業したら、私、一志さんと結婚します。一志さんの子供産みます。
上手に育てて、国見を切り盛りして、田巻ともうまく行くようにします。
──それ以上は、保障しませんし、求めないでくださいね」
「……」
「私、高校では彼氏作りますよ。家とか、国見の人にもわからないようにして。
中学の時もいたけど、面倒なので卒業のとき振りました。
だから、新しい彼氏。誰にするか、まだ決めてませんけど」
「……」
「たぶん、――結婚しても、そういう相手、作ると思います」
「……」
「あ、当面、セックスは一志さんとしかしないつもりですから安心してください。
疑われるのも面倒なので、一応、バージンから、子供が出来るくらいまでは。
気になるなら、DNA判定もしてもいいですから──その辺は約束ですから、誠心誠意守ります」
「……」
「――だから、そういう夫婦で、そういう生き方でやりましょう。
後は干渉しない──割り切ったほうが、お互い楽、です」
- 01-802 名前:ゲーパロ専用
◆0q9CaywhJ6 :09/03/23 00:16:28 ID:7PlbUMT4
- 「美園ちゃ……」
何を言っているんだ?
何を言われているんだ?
混乱が、僕を襲う。
「明和さんと、多喜さんだって、そういう夫婦だったんですもん。
私たちも、きっとうまく行きますよ。
あ、でも多喜さんはツバメさんがいたようだから、私よりフマジメ、かな?」
ミラー越しに微笑む15歳の女の子は、
無邪気に、本当に無邪気にそう言い切った。
「馬鹿な……兄貴が……」
「まあ、明和さんもアイジンさんがいたみたいですし、お相子ですね。
一志さんも、破目を外さなければ、別にそういうの、してていいですよ」
「……な……」
「あ、お互い生活はちゃんと守りましょう。
──どうせ、一志さんも私も、家から離れたらこんな暮らしできないんですから」
美園ちゃんは、今乗っている、車のシートをわざとらしい仕草で叩いた。
父から足代わりに与えられた、ベンツ。
東京では乗ったこともない車。
「……」
「……田舎名士の家なんて、そんなもんですよ。特に、ウチは。
私、贅沢するつもりはないですけど、
多分、お金がないのも、使用人がいないのも耐えられない人だと自分で思ってます」
「……」
「だから、中学に入るときに、決めました。
誰と結婚することになっても、そうやって生きていこうと。
──一志さんとは、その辺、上手くやっていけそうな気がします。
好きにはなれそうにもないですけど」
そう言って、美園ちゃんは、にっこりと笑った。
その笑顔に、僕は震えた。
――そして、なぜか、僕は、その時、別の女の子の笑顔のことを思い出していた。
ここまで
- 02-111 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:04:33 ID:wBdTo16J
- <国見クンの初恋>・5
「――あはっ、やっぱり主任、一週間オナニーしてこなかったんだ」
あれ、なんだろう?
「――ほら、主任、こんなにおち×ちんビンビン!」
どこかで覚えがある記憶。
「――主任、今日、童貞捨てられるって、期待してきたんでしょ? わっかりやすいなあ!」
でも、……どこか覚えているのとは違う。
「あ……はい。……じゃ、お願いします」
こくりと頷く、男の人。
見覚えのあるその姿は、だけど、影になってはっきりとは見えない。
なにより、聞き覚えのあるその声で言われた言葉は、
――私が言われたことがないもの。
その人は、ここから先を、拒否した。
それは、はっきりしている。
あれ?
だったら、これって――。
「まかせてください! 国見主任のドーテー、私がしっかり筆下ろしさせてあげちゃいます!」
そうだ。
夢。
そうか……。
……だったら、――楽しんじゃえ!
- 02-112 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:05:09 ID:wBdTo16J
- ちゅぷ、ちゃぷ。
あはっ、主任のおち×ちん、おいしー。
こんなにビクンビクンして、
こんなに先っぽから先走りのおツユ流して、
そんなに、セックスしたかったんですかー?
そうですよねー。
主任、ドーテー君でしたもんねー。
うっわー、見事な仮性ホーケー!
今時、小学生でもズルムケなのに、恥ずかしくないんですかー?
あ、恥ずかしかったから、今までドーテーだったんですよねっ!
でも、大丈夫です。
私が、ちゃんと筆下ろししてあげますから!
ほら、こうしてお皮をムいて……。
こうしてシゴいて……。
まだですよー。
まだ出しちゃダメですよー。
出すときはー、この中ですからねっ?
え?
コンドーム?
使いますかー?
うふふ、ナマでしたい……でしょ?
いいですよー。
筆下ろしのときくらい、記念にナマでしてみてください。
ガマンできなかったら、中に出しちゃってもいいですよ?
私、今日、大丈夫な日ですから。
ほら、じゃあ、行きますよ。
それっ!
あはっ、気持ちいいですか、主任?
まったく、「本当」でも、こうしてれば良かったのに。
そうすれば、主任も、私もとっても気持ちよかったのに──。
- 02-113 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:05:40 ID:wBdTo16J
- 「――ダメだよ」
突然、声がした。
あれ。
あれれ。
主任が、いなくなる。
どうして。
あ、そっか。
これは夢だったんだもんね。
本当の主任は、なぜかあの後、逃げちゃった。
だから、私は、あの人とセックスしていない。
つまんないな。
だって、私、あの人のこと気に入ってたんだもん。
けっこう気に入ってたから──。
「ダメだよ、あの人と──しちゃ」
声。
また聞こえる。
あれは──。
私は、金縛りにあったように硬直した。
「なんでダメなの?」
私の声が聞く。
「だって、アッ君は、私のだもん」
幼いけど、冷静な、そして残酷な声が答えた。
- 02-114 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:06:12 ID:wBdTo16J
- おかっぱ頭の少女が、私をじっと見詰めている。
勝ち誇るまでもない、と言わんばかりのその表情は、
その年齢の少女の顔に浮かぶためには、
圧倒的な勝利の実感の裏付けが必要のはずだ。
「なんで? 私もアッ君のこと好きだよ!」
言い返す私の声は、幼い。
おかっぱ頭のその子と同じくらいに。
でも、私の声は、表情と同じく、年相応に感情的で、弱々しかった。
「だって、スズカは、テラダ君のこと好きだったじゃない」
突きつけられる、過去の現実。
「だって、だって、――あの時は、アッ君のこと知らなかったんだもん!」
そう、その時の私は、その人のことを知らなかった。
あんなにかっこよくて、魅力的な男の子のことを。
「でも、スズカはテラダ君とキスしたよね?」
だけど、その子の横にずっといた女の子は、
それがとても大きな罪である、と私に言う。
「――だって、そのときはテラダ君のことが一番好きだったんだもん!」
私は、必死に反論する。
- 02-115 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:06:43 ID:wBdTo16J
- 「アッ君のこと、知らなかったんだもん!
出会ってもいなかったんだもん!
だから、あのキスはなしだもん!
テラダ君が一番好きってことも、なしだもん!
今から、今からがホントなんだもん!!」
私の弁明を、彼女は、涼しげに受け流した。
そうして、言う。
「私は――京介君としかセックスしたことないよ?」
──え?
なんで? どうして?
キスの話じゃなかったの?
なんでセックスの話に──。
おかっぱ頭の少女は、いつの間にか、ポニーテールの娘になっていた。
「私、クッシーと違って、京介君のことしか好きになったことないよ?
京介君としかキスしたことないし、デートしたこともない。
──他の男の子とキスしたり、デートしたり、セックスしてるクッシーと、私。
どっちが京介君にふさわしいかな?」
厳しい目で私をみつめるその娘に、私は、また反論した。
「だって、私、京介君とは昨日知り合ったばかりなんだよ!
今まで、京介君のこと知らなかったんだよ!」
返事は、やっぱり勝ち誇った声。
「――私は、宮原としかセックスしたことないわ」
- 02-116 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:07:30 ID:wBdTo16J
- 気がつけば、ポニーテールの娘はもうそこにはおらず、
代わりにセミロングの落ち着いた感じの女の人がいた。
「宮原に処女をあげて、結婚して、子供を産んで──。
宮原がこうして貴女と火遊びをしても、
結局、あの人は私のもとに戻ってくるしかないの」
一言一言を、静かに、確かめるように言う女の人は、
色々なものを与え続け、そしてそれによって縛り上げたものの強さを確信していた。
「それは、……なぜです?」
思わず、質問してしまう。
答えは知っていて、聞きたくもないのに。
セミロングの女の人は、待ち構えたように勝利の言葉を口ずさむ。
「だって、私は、あの人のことしか好きにならなかったもの」
(私だって、同じ。あの人にあってからは、あの人だけを──)
そう言おうとしたけど、女の人は、もうそこにいなかった。
同じ場所にいる、おかっぱ頭の少女が、先回りして蔑んだように言う。
「嘘。スズカは、アッ君以外の人とキスしたでしょう?」
ポニーテールの少女が見下しながら、同じ事を言う。
「クッシーは、京介君以外の男の子とセックスしてるじゃん」
いつの間にか、セミロングの女の人も戻ってきて、言う。
「櫛田さんは、宮原以外にも恋人がたくさんいらっしゃるのでしょう?」
たくさんの少女。
たくさんの娘。
たくさんの女の人。
いつの間にか、私は、囲まれていた。
- 02-117 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:08:10 ID:wBdTo16J
- 男はね、弱いのよ。
うん、知ってるよ
男の子は、女の子より、ずっと弱いの。
そうね、そこが可愛いんだけど。
あと、ずるいよね。
ええ、とってもずるいわ。
それに図々しいの。
だって、自分以外の男を好きにならないでいてくれ、なんて言うんですもの。
でも、それがホンネよねえ。
そうですね。
男の子は、自分のことが好きな女の子のことが好きだよ!
自分のことだけが好きな女の子は、もっと大好きだよ?
僕だけを愛して欲しいなんて、とっても卑怯で弱いわ。
だけど、それができる女はもっと卑怯で、強いの。
私、アッ君だけとキスする!
じゃあ、私は京介君だけとセックスするわ。
ふふ、では私は宮原だけをずっと愛してあげましょう。
そうすれば、
男の子は弱いから、
男はずるいから
男の人は可愛いから、
──最後は必ず、私を選ぶ。
他の男とキスしたり、デートしたり、セックスしたりした女よりも。
今、この瞬間、貴女が自分を一番好きだということが真実だとしても、
「私の宮原はそれを信じないわ」
「だって、アッ君よりかっこいい子が来たら、スズカはそっちに行くんでしょう?」
「ホントはね、京介君だってわかってるの」
……貴女は、「一番大事にしてはいけない女」なの──。
- 02-118 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:08:41 ID:wBdTo16J
- 「やめて──!!」
悲鳴を上げて、飛び起きる。
汗ばんだ身体は、震えてさえいた。
月曜日の朝。
最悪の目覚めだ。
いつも見る夢。
一人で眠ると、隣に男の人が寝ていないと、いつも見てしまう悪夢。
ベッドの上で自分の身体を抱きしめる。
強く、強く。
震えが収まったら、火傷がしそうなくらいに熱いお湯と、
心臓が止まりそうなくらい冷たい水とを交互にシャワーで浴びる。
顔を洗い、髪を洗い、お化粧をして──鏡を見る。
うん。
今日も、私だ。
みんなに笑顔で接し、笑顔を返してもらう私。
真面目ないい娘に思われて、すごくエッチで積極的だから、
セックスする相手には困ったことがない女の子。
櫛田寿々歌。
「大丈夫、今日も大丈夫」
私は、清楚とコケティッシュの二つの笑顔を
バスルームの鏡の中に交互に浮かべながら、そうつぶやいた。
満足の行く笑顔を作れて、ほっとしながら鏡から離れようとして、
太ももの合わせ目から、汗とは違う生ぬるい粘液が流れ出していることに気がつき、
私は凍りついたように動きを止めた。
その生々しい、女が性を受け入れるときに分泌する汁を、
乱暴にシャワーで洗い流して、
私はもう一回ずつ熱湯と冷水を浴び直した。
- 02-119 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:09:12 ID:wBdTo16J
- 「――珍しいな。櫛田が俺を夕飯を誘うなんて」
「そうですかあ? 渡会さん、おいしいお店をいっぱい知ってるから、
結構、教えてもらいにご一緒してると思うんですけど?」
「ま、総務から離れて随分になるからな」
「あー。送別会のときはトテモトテモオ世話ニナリマシタ……」
「なんだ、今でも根に持ってるのか。あれはウチの伝統だぞ」
「送別会のご馳走がザリガニなんてひどすぎますぅ!」
「出て行く奴にロブスターなどもったいない。養殖ザリガニで十分だ」
「ううう、3年経った今でも、水っぽい食感と山椒で無理やりごまかした味を思い出せますよぉ……」
「日本であれを食える店はそう多くないんだ、感謝しろ」
「何でわざわざそーゆー店を探してくるんですかぁ!」
渡来先輩は、私が総務にいた頃に教育係で、
当時の私の「恋人」(の一人)と揉めかけた時に、色々お世話になった人だ。
私が性的なものを全然感じなくて済む、貴重な相手。
あれ以来、会社の中では少し気をつけるようになった。
あの時はその場の勢いで、あの人に、
今の部の男の人とも全員寝てるようなことを言っちゃったけど、
それだけはけっこう本当に気をつけている。
──そう正直に言ってたら、あの時、主任は帰らなかっただろうか。
でも、会社の中でセックスしたことがある相手がいることは確かだし、
私は──。
あれ。
なんで今、私、国見主任のことなんか考えているんだろう──。
「で、国見の連絡先でも知りたいのか?」
「は、はいっ……!」
ぼうっとしているところに、不意の質問。
考える間もない、即答。
言ってしまってから、私はきょとんとした。
- 02-120 :ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6:2009/04/19(日)
22:11:51 ID:wBdTo16J
- 渡来先輩は、苦い顔をしている。
それは私の返事のせいなのか、それとも、今食べたゴーヤのフリッターのせいなのか。
「え、あ。その……」
「電話でもメールでもなく、直接会いたい、か。――重症だな」
「い、いや、そーゆーわけじゃ……」
「……ここだ」
渡来先輩は、手帳からメモページを切り取って何かを書き写した。
それが、住所と電話番号だということに、私はまた驚いた。
「いやいやいや、これって……!」
「国見の実家だ。個人情報保護法は、俺に限っては遵守する必要がないから安心しろ」
「いやいやいや、私、そんなつもりじゃ」
清々しい顔で犯罪宣言をする総務部職員に、慌てて手を振った。
「そんなつもりも、どんなつもりも、どうでもいい。俺は──」
そう言って、渡来先輩はジンジャーエールの大ジョッキを飲み干した。
「お前さんが国見を連れ帰ってくる事を期待してるよ」
「え……」
「野郎、休職扱いから退職になったもんで、
どさくさにまぎれて送別会から逃げやがった。
──奴にザリガニを食わせるまでは、俺は悔しくて夕飯も喉を通らん」
「……それは、夕飯じゃないんですか?」
4人掛けのテーブルの隅から隅まで並んだ料理の皿を見ながら私は抗議した。
でも──。
「先に失礼するぞ」
メモと半分くらい手付かずの料理をテーブルに置いたまま、渡来先輩は立ち上がった。
有無を言わさず伝票をかっさらって出て行く。
声を掛けるタイミングさえ失って、私はテーブルの上の紙切れを凝視した。
手を伸ばしたのは、なぜだか分からない。
あの人をどうしたいの?
あの人とどうなりたいの?
わからないけど、私は、結局、そのメモをそっとバッグにしまった。
──M県M市。
遠いけど、遠くない。
少なくとも、あの人と、私の心の距離に比べれば。
ここまで
最終更新:2009年07月17日 13:44