立つ鳥後を濁さず ◆AZWNjKqIBQ



その舞台に被験者達が放り込まれ、最悪の実験が開始されたと同時に彼女は目覚めた。

時刻はきっちりと――0時丁度。

睡眠から覚醒。それをON/OFFのスイッチを切り替えるように一足飛びにすると、
彼女はかけられていた布団を持ち上げ、上半身を起こす。
そして、彼女特有の神経質さでその異変に気付いた。

目の前に壁に開けた薄いガラスの窓。そこから暗い夜空に真丸なお月様が見える。
つまりはまだ夜だ。布団の脇に置かれた目覚まし時計を見れば、まだ0時過ぎ。
彼女の中のルールでは、就寝時間は夜8時から朝6時までと決まっている。
なので、彼女は再び身体を横たえ眠りの中に入ろうとして――気付いた。

「私、制服のまま寝ているじゃない!?」

今の彼女の身を包んでいるのは、彼女が通う学校の指定制服であるセーラー服。
こんなものを着たまま寝ていてはシワになってしまう。
それでなくとも、寝る時にきっちりと寝巻きを着ていないのは許せない。
そして、布団を跳ね除け改めて身を起こした時――やっと、彼女は気がついた。

「……ここはどこかしら?」

自身の中のルールには抵触するが、知らない場所で眠り続けるというのも気持ちが悪い。
木津千里は布団の上に立ち上がると部屋の中を見渡した。
どうやら、古いアパートの一室らしいと分かる。まったく知らない場所だ。

「さっきのは夢じゃなかった……の?」

白く細い指先が自身の首へとのびる。
そこには先刻、螺旋王と名乗る人物から説明をうけた首輪がきっちりと嵌っていた。
つまりは……夢ではなかった。


にわかに青褪める彼女の名前は木津千里。
人よりも、はっきりしないことが苦手なだけの、少し神経質で几帳面な女の子だ。

 ◆ ◆ ◆

木津千里が目覚めてより1時間。つまりは丁度午前1時。
その時、彼女は目覚めた部屋の掃除をしていた。……その汚さが我慢ならなかったからだ。

床に散らばっていたゴミともそうとも解らぬ物を片っ端からゴミ袋に放り込み、
本棚の中に乱暴に詰め込まれたコミックスを巻数を揃えて並べなおすと、
今度は壁に貼られたポスターをきっちりと角度を調整して貼りなおし、
続いて布団とテーブルを仕舞おうとした所で、押入れの中に乱雑に物が詰め込まれているのを発見し、
そこから押入れの中の整理整頓に発展。
彼女の額に汗が浮かぶ頃にやっとそれは終わり、さぁ雑巾掛けをしようという所でキッチンの惨状に気付く。

ここまでに丁度1時間。
しかし、まだ彼女の孤独な戦いは終わらない。

食べたままに食器が放り込まれ、浮かんだ油が固まっているシンクを丁寧に洗い。
そこで改めて溜まっていた食器を洗浄する。
さらに、紙パックやビニール、発泡トレイも綺麗にした上で、リサイクルに出せるよう分別する。
さらにさらに、油落としを使ってコンロの周りの掃除に取り掛かり、
長年放ったらかしになったままで真っ黒な換気扇の油汚れもきっちりと落とす。
食器棚も冷蔵庫の中も綺麗に整頓し終わる頃には、よい汗が流れていた。
ピカピカのキッチンに満足すると、雑巾を片手に床磨きへと戻る。

この時点で彼女は、自分の置かれている状況を半ば忘れていた。
しかし、まだまだ彼女の孤独な戦いは続く……。

長らく陽に当たっていなかった白い畳を丁寧に磨き上げると、
ついでにばかりと窓枠にも手をかけ、窓掃除を始める。
椅子の上にのって埃を被って灰色だった電灯も真っ白に磨き上げ、次は洗面所へと向かった。
汚れがこびり付き、いやな色のクラデーションを見せていた洗面台を時間をかけて磨き、
毛先の広がったハブラシをゴミ袋に放り込み、仕舞われたままの真新しい石鹸を卸す。
一緒に取り出した新品のハブラシを拝借して、朝の歯みがきを済ませると次はバスルームへと向かった。
濡れないように脱いだ制服と下着を籠の中に放り込むと、生まれたままの姿でユニットバスの中に入り
角に転がっていたブラシを取って、便器から磨き始める。

彼女の長く続いた孤独な戦いが終わったのは、目覚めてより3時間。つまりは丁度午前3時のことだった。

 ◆ ◆ ◆

シャワーの暖かいお湯で、汗と埃を流し終えると木津千里はバスルームの扉を潜り、
あらかじめ用意しておいた真っ白なバスタオルで、身体の上を滑り落ちる水滴を拭き取る。
彼女が後にしたバスルームは、まるで施工された直後のように綺麗で、残った水滴がキラキラと光を跳ね返していた。

身体をきっちりと拭き終わると、先程磨き上げたばかりで曇りのない鏡の前に立ち髪を乾かし始めた。
彼女はそのことをほとんど口外しないが、本当はすごい天然パーマで普段の美しい黒髪ストレートは
毎朝の努力の賜物なのである。そして、彼女はその努力をここでも繰り返した。

きっちりと伸ばしきった黒髪を、最後にこれも綺麗にセンター分けに整えると
彼女は脱いでおいた下着と制服に改めて身体を通し、自分が起きた場所へと戻った。

……もう4時だった。そう、部屋の片隅に収まっている目覚まし時計が訴えていた。


 ◆ ◆ ◆


そして、ようやく彼女はゲームのスタートラインへと辿り着いた。

蛍光灯の白い光の下、黒いデイバックの前にきっちりとした正座の姿勢で座り、彼女は考える。
互いに殺し合わせ、生き残る者を探し出す実験……そう聞いたときっちり記憶している。
その記憶の鮮明さが、改めてあれが夢ではなかったことを確信させた。

どうしたものか? ……とりあえずは目の前のバックを改めてみる。
開いた口の中に手を差し込んで一番最初に出てきたのは、地図とコンパスだ。
物事は何でも一つ一つきっちりと……。木津千里は窓際により、目立った建物がないか探してみる。
ボロアパートの2階の角部屋1ルーム。トイレバス付き家賃は不明。唯一の窓は南向き。
そこから見えたのは高速道路と、その先に月光を跳ね返す静かな海面。
そして、目を凝らせば南東の方に観覧車としか言いようのない円形のシルエット。
それらを総合して考えるに、自分のいる場所は地図上でA-1とされる所だと彼女は判断する。
……A-1。Aの1。最初のアルファベットと最初の数字。少なくとも彼女のストレスになるものではなかった。

次に出てきたのは複数の色違いのペンと、分厚いメモ帳だ。
とりあえずは試し書きにとメモ帳の表紙に自分の名前を書き込み、
きっちり所有権の表明とペンが使用できることの確認を併せて済ます。

その次に取り出されたのは、一つの時計だった。
飾り気のない簡素なデザインで、デジタル表示にて時刻を表している。
体内時計はきっちりしているが、時間がきっちりと表されることはよいこと。
木津千里はそれを左の手首に巻いた。

そして、さらに取り出されたのはランタンと、大きなカレーの缶詰に水の入ったペットボトル。
畳の上に並べると非常用品のように見える。
ランタンは液体燃料を内蔵するタイプで、火力つまみとシャッターで明かりを調整できた。
カレーの缶詰は業務用だろうか、1つの缶詰で1キログラムもあり、それが3つ入っていた。
幸いにことにプルトップ式で、缶切りは必要としない。
しかし、カレーのルーばかりでライスがないというのはバランスが悪く、きっちりしてるとは言えない。
炊かれたお米が必要だがこの部屋にないことは、今現在この部屋を一番知る彼女には解っている。
どこかでお米を調達しないといけない。そう考えると彼女はペットボトルを手に取った。
これも大きい。カレー缶の倍、1本2リットルのペットボトルが3本入っていた。
はっきりはしているが、どうにも味気ない。籠の中の実験動物にはこれが適当という判断だろうか?
いずれは栄養バランスもきっちりしないといけない。そう考えて、木津千里は再びバックに手を伸ばした。

次に取り出されたのは、ある意味最も重要な支給品――名簿だった。
一枚の紙の上に並べられた名前の羅列。その上に木津千里は目を走らせる。
そして、最後まで目を通して彼女は感嘆した。
……きっちり、あいうえお順で名前が並んでいる。あのおじさんとは気が合うかもしれない。
そしてもう一つ気付いたのは、名簿の中に知っている名前があること。
「糸色望」と「風浦可符香」の二人。
風浦可符香の方がペンネームであったことが気に掛かったが、他にもとても本名とは思えない名前が
多数並んでいたので、おそらくはそういうものだと判断した。
そもそも自分も彼女のことを本名で呼ぶことは滅多にない。

――ともかく、少し驚き、また他の誰もがいないことに少し安堵した。
生と死――危機的状況――吊橋効果――既成事実――願ってもない好機かも知れない。
風浦可符香さえうまく排除できれば、遂に糸色望との関係をきっちりしたものにできる。
しかし生き残れるのは一人だけ、そうだったと思い出す。
最後の二人……ではなく、最後の一人ときっちりと決まっているのだ。
これには彼女も困った。そして、この実験の趣旨が殺し合いであることを意識する。

どちらが生き残るか?
それを脳内の天秤で量りながら、最後の支給品を取りにバックへと手を伸ばす。
最後に出てきた物。生き残るために必要な武器。それは――、

「……ムラサーミャ? ……コチーテ?」

――二振りの日本刀だった。くっついていたメモにはその名前――ムラサーミャ、コチーテが書かれている。
日本刀につけるには珍妙な名前に木津千里はいぶかしむが、すぐに気付くとペンを取り出した。
そして、メモに書かれていた名前の上に二本の線を引き、「村雨」「虎徹」と訂正した。
物事がきっちりしたことに少しうっとりすると、彼女は鞘から刀身を抜き出し――、

「これはよく斬れそうね……」

――と、またうっとりした。

何故、女子高生である彼女が刀を見ただけでその切れ味を判断できるのか、それは誰にもわからない。
何故、下着の中にアサシンナイフを仕込んでいたりするのか?
何故、人を殺める事に厭いがないのか?
何故、革命や粛清、戦争やゲリラ戦という言葉に明るいのか?
それは誰にもわからない――わかりたくもない――わかってはいけない。


 ◆ ◆ ◆


チンという音を立てて刀を鞘に収めると、それを畳の上に置き他の支給品と合わせて見てみる。
と、そこで彼女のきっちりレーダーが反応した。
「……? おかしいわね?」
明らかに取り出した物の容量がバックの容量を超過している。
特に二本の刀の長さが明らかにバックの全長を超えていた。
どうにもおかしいが、入っていた事は事実。とりあえずは再び支給品をバックに戻してみる。
「………………」
普通に入ってしまった。明らかにオーバーしているはずなのに綺麗に入ってしまった。
「………………」
また取り出す。そして入れなおす。
「………………」
意を決してバックの中を覗き込んでみる。
「………………エッシャー?」

バックの中には綺麗に整頓されて支給品が並んでいる……が、何かがおかしい。
目には不自然に映らないが、物のスケールがおかしいと脳内の理屈が訴えている。
まるで騙し絵のようなそれに木津千里の頭がグラグラと揺れ始めた。

バックの中に大きさを無視して物が入る事は理解した。
しかしそれが気持ち悪く、彼女には我慢ならない。
入るのか入らないのか。入るけど入らないのか。入らないけど入るのか……。


そろそろ白け始めてきた広い空に、
「うな――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
という奇声が鳴り渡り、電線の上で休む鳥たちを一斉に追い払った。


 ◆ ◆ ◆


東の向こう、山の尾根からのぞく朝日に向かって木津千里は道を真っ直ぐに歩いていた。
広いおでこで光を跳ね返す彼女の腰の左右には二本の刀が佩かれている。
西部のガンマンが使うガンホルダー、その刀版とも言える物が刀と一緒にあったのだ。

そして、彼女の背負っているのは支給されたデイバックではない。
あれは彼女がこのゲームが始まって一番最初に斬ったものとなった。
その成れの果ては彼女が左右の手に握るゴミ袋の中。

ゴミ捨て場に着くとそこに黒いゴミ袋を捨て、再び東へと真っ直ぐに進む。

「……全部、きっちりすればいいのよ」

それが四角い目をした彼女の、この実験に対する結論だった。
曖昧なものをはっきりさせ、きっちりとした結論を出す。
誰だってそうする。だから、私もそうするのだ……。

二本の刀が彼女の歩みに合わせてきっちり規則正しく揺れる。
まずはきっちりと実験場を踏破するため、彼女はA-1からA-8に向けて進む。

人と出会えば――「きっちり」――する。

そして、最後まできっちりできればあの王様に「正しい世界」を作ってもらおう。



きっちりきっちりと歩みを重ねる彼女の名前は木津千里。
人よりも、はっきりしないことが苦手なだけの、少し神経質で几帳面な女の子だ。


 【A-1/市街地/1日目-早朝】

 【木津千里@さよなら絶望先生】
 [状態]:健康
 [装備]:ムラサーミャ&コチーテ@BACCANO バッカーノ!
 [道具]:普通のデイバッグ、支給品一式(食料-[1kg.のカレー、3缶][2リットルの水、3本])
 [思考]:
  基本:きっちりと実験(バトルロワイアル)を終了させる。
  1.きっちりと端から端まで舞台を捜索する。
  2.糸色望先生と出会ったら、彼との関係もきっちりとする。
  3.食事(カレー)をする前に、どこかでお米を調達したい。


 ※支給品について

 【ムラサャーミャ&コチーテ@BACCANO バッカーノ!】

 ガンドールの用心棒マリアが愛用する二振りの日本刀。
 名前の由来は村雨と虎徹だが、村雨は実在する刀ではないので
 おそらくはマリアが勝手に名づけたものだと思われる。


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木津千里 067:Vanishing One





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