ソング・フォー・スウィミング・バード ◆10fcvoEbko



ラフィング・ブルが言った。

「泳ぐ鳥よ、お前の体が何でできているか知っているか?」

俺は言った。

「知らねえよ。きっとどこにでも転がってる鳥のフンだろうさ」

ブルが言った。

「泳ぐ鳥よ、お前の魂は何でできているか知っているか?」

俺は言った。

「知らねえよ。きっとどこにでも転がっている綿ぼこりだろうさ」

ブルは言った。

「その答は間違っていて合っている。お前の体は宇宙の全てと繋がっていながら、お前にしかなり得ない。お前の魂は宇宙の全てを含んでいながら、お前でしか有り得ない。それはこの私も、そして誰しも」

「誰かが憎ければ、お前は自分を憎んでいる。誰かを愛していれば、お前は自分を愛している」

俺は言った。

「――――――――――――」



フェイ・バレンタインがヒバップ号の傷んだソファーにだらしなく身を預け無為な時間を過ごしていたとき、その男はいつかと同じようにふらりと戻ってきた。

「なんだ。お前まだいたのか」

長いこと放置されている捨て猫を見たときのような中途半端な興味の声だ。
ずっと忘れていて、見た瞬間になってようやくそう言えばそんなものもあったと思い出すような、程度の低い存在。
目を離せば、すぐにまた忘れられる。

「あら……幽霊かと思った」
「酒を隠したのを忘れたまんまじゃ死んでも死にきれなくてな」

スパイクが掲げてみせたのは確かに赤銅色に鈍く光る酒瓶だった。秘蔵にする程の上物とも思えなかったが、この男がそれを求めるためだけに戻ってきたのは本当らしい。
実際そんな用事でもなければこの場所を訪れることもないだろう。
廃棄寸前で打ち捨てられたのビバップ号は廃屋同然で、修理しようとする者もいない。
空調用のプロペラだけがからからと意味もなく回っている。幽霊と言ったが、それをただぼうっと見ていただけのフェイの方が余程幽霊らしかった。

「手、治ったんだ」

酒瓶はスパイクの右手にぶら下げられていた。

「てっきり義手にでもするのかと思った。ジェットみたく」
「あんな骨董品抱える方が珍しいんだよ、いまどき」

ひらひらと振られた手は再生手術に拠るものとは思えないくらい違和感なく馴染んでいるように見えた。
そう言えば前に会ったときにも義手にはしないと言っていたように思う。
何がどうなってそんな大怪我を負うに至ったのか、フェイは詳しいことを聞かされていない。
ただ、同じ事件に捲き込まれたジェットとエドは命を落としたとだけ聞かされた。それを初めて聞かされたときには面食らったものだが、流石に70日近く経ってもまだ引きずるような仲だったかと聞かれれば否定せざるを得ない。
それきりアインの姿が見えなくなったのが気がかりと言えば気がかりだった。
ともかくちょっとした集団失踪の後、帰ってきたのはやはり一番死にそうにない男一人だけだったという訳だ。

「腹でも減ったか?前は犬みてぇにきゃんきゃん突っ掛かってきたくせに」

それを適当にあしらって姿を消したのはどこの誰だ。何かあればすぐに食べ物に結び付ける。男って本当に馬鹿。
女はそうじゃない。更に大人の女ともなれば、人には言えないことも色々あるのだ。
いちいち、教えてなんてやらないけど。

「あたし、記憶戻ったの」

なのに、唇は勝手に言葉を紡いでいた。視線はいつの間にか反対側のソファーに座っていたスパイクのところにまで落ちている。

「でも、良いことなんて何にもなかった。帰る場所なんて、どこにもなかった。
ここしか帰る場所がなかった」

故郷はなく。家もなく。一方的な知り合いは居てもただ胸が詰まった。
唯一戻ることのできたこの場所も、もうすぐなくなろうとしている。
何も、なかった。

「こんな話を知ってるか」

だからと言って、何故スパイクなんかに話してしまったのだろう。
言葉が勝手に漏れた理由はよく分からなかった。
スパイクとフェイ。二人の何が変わったという訳でもない。

「あるトラ猫がいた。
その猫は世界中をあっちこっち転々としながら百万年生きた。
猫には寿命がなかった。そして何より、その猫は喧嘩が嫌いだった。
あちこちの騒ぎに首を突っ込んでは怒られ、怒られると猫は謝り倒して逃げた。
やがて月日が経ち、ほうぼうに迷惑ばかりかけた猫は事故に遭ってあっけなく死んだ。
最期の瞬間まで猫が考えていたことは、皆が幸せになれば良い、ただそれだけだった」
「……なにそれ」

幼稚というレベルなく、話として成り立ってさえいない。
感想など持てよう筈もない。そんな馬鹿猫の話に、一体何を思えと言うのだ。

「俺はこの話が嫌いだ」

少しだけ、妙な感じがした。
こんな風に、無駄話をするくらい。
落ち込んでいる相手と意味のない会話をするくらいに。
自分やこいつはお節介だっただろうか。

「俺は猫が嫌いだ」

そうして、今度こそスパイクはビバップ号を去った。もう戻ることもないだろう。
二度と、会うこともない。
本当に一人になってしまった。再び固いソファーにもたれ掛かる。

少しだけそのまま眠るようにしていたが、やがてフェイは小さいが良く通る声でぽつりと呟いた。

「……この船いくらで売れるかしら」

上を見るのを止め、取り敢えず煙草に一本火を付けることから始めた。



翼を繋ぐ拘束具から解き放たれたソードフィッシュが迷いなく火星の空を駆ける。
所々塗装の剥げた高速船は風を切るのを楽しむかのように舞う。
その速力を遺憾なく発揮した鳥はやがて小さな町に降り立った。
色の付いた晴天の町を進み、カラコロと鳴るドアベルの付いた一軒の家に入る。
オルゴールの音が止んだ部屋には、生きている女がいた。

「……ビシャスが居なくなったそうよ。長老派は大喜び」
「ああ、知ってる」

いつかと同じ、女にしては低めの、憂いを帯びた声。
墓地でさえない現実の場所でスパイクはジュリアと再会した。

「何故来たの?どうして……来たの」
「約束があったのを思い出した。どっかで自由に暮らそう、ってな」

いつ思い出したかは分からない。
あいつが死んだときか、あいつが命を散らしたときか。
それとも、奴の命を奪ったときか。

「夢でも、見るように……?」

ジュリアはスパイクの方に視線だけを向けていた。
何かを恐れるように、その唇が震える。

「いや」

狂乱があった。
馬鹿騒ぎは眠る男さえも叩き起こし、静かに続く覚めない夢を奪った。
そしていつしか、男は再び眠ることを忘れた。


「夢なんかじゃないさ」

色の違う二つの瞳が、真っ直ぐにただ前だけを見ていた


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285:HAPPY END(21) スパイク・スピーゲル







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