HAPPY END(6)◆ANI2to4ndE




わたしには、何が出来るだろう。
わたしは、何をしなければいけないのだろう。
わたしは、どうすればいいんだろう。

ずっと、ずっと、ずっと――霞のような不安を少女は完全に拭い去ることは出来ずにいた。

今出来ることをやればいい。
それは分かっている。それが答えだということも分かっている。

じゃあ、それは何? 
わたしはいったい何をすればいいの?

……分からない。ハッキリとした答えが出て来なかった。


コンコンコンと鳴るコンクリート地の床を靴が叩く音だけが喧しかった。
スパイクも、舞衣も言葉を発そうとはしない。
焦燥感を表すような湿った息遣いだけが角張った振動の世界に絡み付いていた。
小早川ゆたかは顔を上げる気力もなく、半ば作業的に螺旋造りの階段を踏みつける。
その時、

「やぁ、皆。まさかこんなにあっさり再会出来るなんて思ってなかったよ」
「よかったっ……お前らは無事か!」

階下から響いた聞き慣れた声にハッと小早川ゆたかは伏せていた視線を上げた。

「……ジンとねねねか。よく俺達を見つけられたな。ドモンは今表で……ああ、これは言うまでもないか」

現れた二人の人影を捉えて、スパイクが小さく口元を歪ませた。

「すっごいよね、あの戦いは。ああ実はね、ちょっとその辺で〝親切なお兄さん〟に会ったんだ」
「ギルガメッシュの奴を下で見かけたんだ。ただアイツ……私達には何も言わなくて。
 顎でこのビルを示しただけだったんだけどね」
「ったく、相変わらず不遜な王様だぜ……」

スパイクが髪の毛をグシャグシャと掻き乱しながら毒づいた。

ツンツン頭に引き摺りそうな黄色のロングコートを棚引かせ、快活な笑顔を浮かべる少年、ジン。
栗色の後ろ髪を大きく飛び跳ねさせ、無骨な男物の眼鏡越しに安堵に満ちた視線を投げ掛ける女、菫川ねねね。

どうやら一足先に廃ビルを後にしたギルガメッシュと会っていたおかげで、ジンとねねねはゆたか達を見つけることが出来たらしい。
大切な人達と再会出来た喜びにゆたかもホッと胸を撫で下ろした。隣の舞衣も笑顔だった。

笑ったのは久しぶりだったかもしれない、とゆたかは思った。
目の前で起こっていることは全てが現実だ。夢では、ないのだ。
状況が変わったことを知らされて、何かが一気に動き出したのは彼女も感じていた。
だからこそ、激しい水流のように氾濫する「流れ」に取り残されてしまうことが恐ろしかった。

「……ん? おい、ジン」

その時、スパイクが一瞬怪訝な眼差しでジンを見た。

「なんだい、スパイク」
「お前とねねねだけか? スカーとガッシュの野郎はどうした」
「……っ!」
「それは、」

ピシリ、と。
コンクリートの壁がその言葉につられて軋んだような気がした。

壊すのは簡単。
だけど、新しいモノを生み出すのはとてつもない労力が必要だ。
湧き上がった朗らかなムードはあっという間に粉塵へと還った。

ねねねがギリッと奥歯を噛み締め、血が出そうなほど強く拳を握り締めていた。
飄々とした雰囲気を崩さなかったジンが一瞬で表情を暗くし、「立て板に水」を体現するような舌が言葉を探していた。

気が付くとゆたかの両手は、勝手に叫びを発してしまいそうになった唇へと押し当てられていた。

笑顔の花が、消えた。
悟ってしまった。
理解してしまった。
人は皆沈黙に取り込まれ、ビルの外から聞こえる唸るような機械の音だけがおしゃべりだった。
ジン達の動作だけで、苦悶の表情だけで――

もう、二人が永遠に帰って来ない人になってしまったという事実を、ゆたかは認識してしまった。


「そ、んな……なんでっ……なんでよっ! 皆で……帰るって、約束したのに!」

最初に口を開いたのは舞衣だった。

「馬鹿、泣くんじゃねぇよ!」
「でも、だって……」
「ガッシュも、スカーも……すげぇカッコよかったんだ。だから、泣かないで、泣かないで……くれっ……!」

ねねねに叱責された舞衣が肩を震わせた。橙の色鮮やかな髪の毛が寂しげに揺れる。
あまりに色々なことがあったせいで、舞衣の心はきっと糸が張り詰めたような状態になってしまっているのだろう。
過去を清算し、割り切ることが出来た今となっても感傷的な部分が非常に大きいという点は否定出来ない。
だが、そんな舞衣の仕草よりもよりゆたかの印象に残ったのは強い口調で二人の名前を呼んだねねねについてだった。

……泣きたいのは、ねねね先生の方なんだ。

スカーも、ガッシュも、舞衣とゆたかにとってはつい先程顔を合わせたばかりの相手だ。
二日間にも及ぶ殺し合いの中でもほとんど縁はなかったと訳だし、言葉を交わした経験も少ない。
だが、ねねねにとって二人は長い時間を一緒に過ごした気の置けない仲間だったはずだ。
ゆたか達よりもずっとずっと、悲しみが大きいことは簡単に分かる。

ゆたかよりも背の低い、金色の髪をした元気のいい男の子――ガッシュ・ベル。
顔に物凄い傷跡のある褐色の肌の大男――スカー。

一緒に居た時間は確かに少ない。
でも、ここまで生き残った〝仲間〟であるという感覚の糸はしっかりと結ばれていたのだと思う。

『一人も欠かさずに、絶対に生きて帰る!』と誰かが口にしたのはいつの事だっただろう。
気が付けば、ゆたかの大好きな人達は一人、また一人と彼女の前から消えて行った。
Dボゥイ、ニア、奈緒、かがみ、スカー、ガッシュ……。

――わたしには、何が出来るのだろう?

考えても、何も出て来ない。
戦うことも他の人を導くこともゆたかには出来ない。
とにかく、邪魔にならないように――って、本当にそれだけでいいのだろうか?

もう、ゆたかは無力感に苛まれて涙を流したりはしない。
確かに自分自身の非力さには気が滅入るけれど、それで潰れてしまったりはしない。
少しは強くなれたのだ。ベソっ掻きで臆病な性格も少しはマシになった。
でも、やっぱり、何も出来ないのは……辛いのだ。哀しいのだ。苦しいのだ。

「うっ……」

漏れる、嗚咽。
皆の辛そうな顔を眺めているだけでゆたかも哀しくなってしまう。

「……ゆたかも……泣くなよ……あたしまで……悲しくなんだろ……っ」

ねねねが先ほどよりも、もっとキツそうな顔付きで言った。
でも、その言葉から伝わって来る「苦しさ」がゆたかを更に泣き虫にしてしまう。

わたしは、こんなにも涙脆い女の子だっただろうか。
ぼんやりと現実と理想の距離感がいまいち上手く掴めない頭でゆたかは思った。



「――チッ、あの傷野郎は死んだのか。俺の手でアイツには止めを刺してやりたかったんだがねぇ」

訃報を知らされてから、ずっと無言だったスパイクが憎々しげに呟いた。

「……おい……お前、何言ってんだよ」

顔面を蒼白に染めたねねねが拳をふるふると震わせながら尋ねた。
ゆたかも舞衣も、スパイクの辛辣な台詞に驚いてどちらも顔を上げた。
スパイクが冗談を言っているような口調でもムードでもなかったからだ。

「あん? 何ももクソもねぇ。
 あの場は納得した〝振り〟をしたが、そもそも俺はアイツが読子を殺したことを許し――」

スパイクの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
ゴッ、という大きくて鈍いがビルの中に木霊した。
平手、ですらなかった。
容赦遠慮のないねねねの右ストレートがスパイクの右頬に炸裂したのだ。

「なんで……アイツがどれだけ頑張ったか、分からないんだよっ!」

哀しみと自責の念で潰れそうな表情を浮かべていたねねねが怒気に満ちた眼でスパイクを睨みつける。
少しだけ赤く腫れたねねねの右手はずっと握り締められたままだった。
掌の皮が切れてしまうのではないかと思うほど、その拳は固さを増して行く。

「……痛ぇ」

ぼそりと呟いたスパイクが口元を拭った。
そして、その緩慢な動作がねねねの更に逆鱗に触れたようだった。

「何で分からないんだよっ、アイツがどんな覚悟で……どんな想いで自分を犠牲にして……私達を守ってくれたのかっ!
 謝れっ、謝れよっ!」

喚くようにねねねが仰け反ったスパイクの襟元を掴んでガクガクと揺さ振る。
相手と自分との身長差をまるで考えない突発的な動作だった。

一触即発とはきっとこういうことを言うのだ。
カッチリと纏まっていたはずの絆も壊れてしまう時は本当にすぐなのかもしれない。
作るのは大変。でも壊すのはとっても簡単なのだ。

「ジンさ――」

ゆたかは助けを求めるようにジンの名前を呼んだ。
彼はスーパーマンのような人だ。
気配り上手で、場の空気が読めて、皆が見落としてしまうようなことにも気付くことが出来る。
喧嘩の仲裁なんて、まさに彼の絶好の得意分野だろう。

「………………」

だが、ジンは腕を組み、静かな瞳で揉み合うスパイクとねねねの姿を眺めているだけだった。

「えっ……」

どうして何もしないの?
だって、彼にはこの場を何とかする力があるはずなのに。
ゆたかは彼が何を考えているのかまるで分からなかった。


「……おい、ねねね」

散々頭を揺さ振られたスパイクが苦しげに呻いた。
口元には赤い液体。
どうやらねねねの一撃で口の中が切れていたらしい。
が、小さく口の片端を釣り上げると、消えてしまいそうな声で呟いた。

「元気、出たじゃねぇか」
「……は?」

間の抜けた、声が響いた。

スパイクのワイシャツを掴んでいた手が緩められる。
顔と顔が数センチほどの差がないほど接近していた二人の身体がパッと離れた。

「……にしても、グーはねぇだろグーは。普通、ここはパーだ。
 女が手を上げる時は大体そんなもんだと相場が決まってるはずだ。……ったく、なんでこうなるかねぇ」

ぶつくさと文句を言いながら乱れた襟元を隻腕で正し、スパイクが上着のポケットをゴソゴソとまさぐった。
が、目的の品は見つからなかったのだろう。
彼は不満そうに口元を「へ」の字に歪める。だが、

「スパイク」
「っと、と……」
「お探しの品は〝ソレ〟だろ?」

暴れるねねねを止めようともスパイクの暴言を戒めようともせずに静観を貫いていた男がいた。
ニィッと盛大な笑みを浮かべたジンが、何かをスパイクの胸元へと放り投げた。

そして、呆然としていたゆたかに向けて無言でウインク。
だがゆたかにはジンが何を言いたいのか、何となくだけど分かったような気がした。

――何もしないのが最善、って場合もあるってこと。

「……はっ。ま、結局コイツが一番ってこった」

美味そうにスパイクがジンから受け取ったシガレットケースから葉巻を一本取り出し、ライターで火を付けた。
カチッという無機質な音と炎の燈るおぼろげな音が灰色の建物の中に響き渡った。

「スパイク……お前、まさか……」
「……何でもねぇよ。表じゃドモンの奴が必死に戦ってる……泣き喚くのはもうちょい後だ。
 それに、よ。考えてもみろよ。
 スカーの野郎が自分を犠牲にしたのはお前らに泣いて貰いたかったからじゃねぇ。お前らを生かしたかったからだ」

口から煙を吐き出しながら、スパイクが言った。
灰色で階段の中が一杯になる。ゆたかの鼻にも煙草のツンとした臭いが飛び込んで来た。
普段なら顔をしかめてしまうはずなのに、今だけは何故かスパイクの気遣いが伝わって来るようであまり不快ではなかった。

罪滅ぼし、なのだろうか。

スパイクとスカーとねねね、そして焦点となっている人物。
彼らの関係をゆたかはよく知らない。
特にスカーという人に関する記憶は少ない。
無口で、大きくて、怖そうで……そんな印象だけが残っていた。

なんで、どうして、ねねね先生を守るためにスカーさんは犠牲になったんだろう?

居なくなってしまった人はそれ以上の言葉を紡ぐことは出来ない。
だから彼の真意は誰にも分からないはずだ。
でも、この時だけはスパイクの言った台詞が真実だったんじゃないか、そんな風にゆたかは思いたかった。

「そういえば、な」
「……何だよ」
「そっくりだったぜ、ねねね。キレたおっかねぇ顔付きなんて本当に瓜二つだ」
「は?」

再度咥えた葉巻を唇から離しつつ、スパイクが少しだけ遠い眼をした。
それは何かを懐かしむような郷愁に満ちた輝きだった。


「お前と、どっかのセンセーが、だよ」

燻らせた紫煙がコンクリートの匣の中でゆっくり空気に溶け込んで行った。

大きいはずのスパイクの背中が、泣いているように見えたのはゆたかの気のせいだったのだろうか。
誰よりも怒り、悲しみを露にしたかったのは彼だったのではないだろうか。
彼は、きっとゆたか以上に己の無力さに歯痒い思いをしているのではないだろうか。

――わたしには、何が出来るだろう?

もう一度、自分自身に問い掛けてみてもやっぱり答えは出なかった。
だけど、一つだけさっきとは違うことに気付いた。

きっと皆、悩んでいるんだ。だって、悩みのない人なんていないのだから。
誰も彼もが自分の居場所を見つけようと必死になっている。
何が正解で何が間違っているかなんて、全て終わってみなければ分からないんだ。

――やれることを、小早川ゆたかが精一杯頑張れることをやろう。

そんな風に心へと誓うだけで、ゆたかは少しだけ自分が強くなれるような気がした。


何ができるか何を成せるかどんな役割を担うべきか、そんなものカミナにとっては考えるに値しないものだった。
一顧だにする価値すらない。カミナにとって重要なことは分かりやすくもただ一つ。
自分が何をしたいか、それだけである。
本能の如く力強く刻み込まれた理念に突き動かされ、カミナは硝煙弾雨の中を駆け抜ける。

『どうした、動きが鈍くなっているぞ。ファイトの途中で気でも抜いたか』
『こちらの都合だ、気にするな。あまり一方的に攻めるばかりでは悪いと思ったのでな』
『ふ、面白いっ!』

「はぁ、はぁ……へ、全くでけぇ声でぎゃあぎゃあ暴れやがってよ」

降りかかる瓦礫にしかめっ面をして、耳を叩く騒音に対し毒づく。
初めは砂塵のような小さなものが主だった石くれにも無視できない大きさのものも混じりだし、戦場の中心部が近づいてきたことを教えていた。
肌に感じる熱はカミナが走り通しだったことだけが原因ではないだろう。

『ヴィラルさん今です!』
『ああ!うおおおおお!』
『ぐぅ!やるな、だがまだ!』

外部スピーカーから垂れ流される音を頼りに知ることしかできなかった激戦の様子が、この距離になると肉眼ではっきりと見える。
殴りあい、破壊しあっては再生を繰り返しまた殴りあうという狂気じみた戦いに、当然のことながらカミナのことなどまるで無視である。
そう、荒ぶる神の如く相争う二体の巨神にしてみればカミナなど居ないも同じ。
卑小な一人の人間に過ぎない男が血眼になって足を動かしたところで、できることは何もないのである。
東方不敗のような鍛えぬかれた武芸者が見ずともカミナの無力は明白。犬死には必定である。

仮にその道理に従わぬ者がいるとすればそれは次のいずれかであろう。
一つは豪傑。巨大兵器ともまともに渡り合う武勇を秘めし豪の者。
一つは狂人。危険を知りながらそれに魅了され自ら死地に飛び込む愚か者。
あるいは、もう一つ。


馬鹿。


「おうおうおうおうおうっ!!このカミナ様を差し置いて派手にやり合おうたぁ、いい度胸してんじゃねぇかっ!」

天の高きを知らずして天に挑まんとする身の程知らず。


激震は唐突にやって来る。


「……な!?」

異変が起こったのは合流した五人が廃ビルを後にしようとした、その時だった。
彼らがいたのはビルを真っ直ぐと貫く螺旋状の階段だ。
エレベーターも中には備わっていたのだが、急に電力の供給がストップする可能性も考えられたため歩いて降りる途中だったのだ。

「……揺れてる?」

ビルが、揺れる?

若干結合の悪い単語の組み合わせに鴇羽舞衣は首を傾げた。
日本人である彼女にとって地震は慣れっこの災害であるが、ここで重要なのは他の要素に関する分析である。
つまり――他にこのような大規模な振動をもたらす要因としてどのようなモノが挙げられるか、ということ。

答えは一瞬で舞衣の脳裏に浮上した。
そしておそらく彼女よりも数秒早くスパイクやジン、ねねねは同じ結論に到達しているはずだ。

「きゃっ!」
「ゆたか、大丈夫!!?」
「は、はい……え、と……こ、これはいったい……?」

だから、唯一気付いていないのはこの子――小早川ゆたか――だけだった。
ゆたかは本来ならば、こんな「殺し合い」なんて舞台に呼ばれるべき人間ではない。
彼女の周りには物騒な能力も、命を掛けた戦いも、運命や宿命といったファンタジーめいた因縁も存在しないのだ。

「……っ! やべぇぞ、こりゃあ……! 急げ、早くこのビルから出るぞ!」
「スパイク駄目だ、足じゃあ間に合わないっ!」

駆け出そうとしたスパイクをジンが大声で呼び止めた。
そう、『階段を駆け下りていては間に合うかどうか分からない』のだ。
振動の原因はおそらく〝アレ〟である。
ならば、強烈な暴風がもうすぐ舞衣達を襲うだろう。そうなってからでは遅いのだ。

「それでもここで突っ立てるよかマシだ!」
「……そりゃそうだね。王ドロボウともあろうものが汗水垂らして身体を動かすことを忘れる所だったよ」
「舞衣、ゆたか、急げっ!」

スパイクの言葉を受けて、ジンとねねねも大股で階段を駆け下りて行く。
戸惑って足を止めてしまうよりも、随分上等な解決案だ。

「分かってますっ、行くわよゆたか!」
「う、うんっ!」

舞衣もゆたかの小さくて柔らかい手を絶対に離さないようにキュッと握り締めて走り出した。

この子だけは……私が守ってみせる。

強い決心と「Dボゥイ」という共通の相手に庇護を受けた縁が彼女達を結んでいた。
いや、今となってはそれだけではないのかもしれない。
ゆたかは小柄な身なりをしているが舞衣と同じ高校一年生だ。
舞衣がゆたかに覚えている感情を一言で表すのはとても難しい。
親愛や友情といった気恥ずかしい単語が大分近い位置にあるとは思うのだが一致する、という訳でもないように思える。
……何なのだろう、いったい?

先ほどまでコンコンコンと音を鳴らしていた階段を足早に駆け下りる。
コッコッコッ、と革靴とコンクリートが奏でる音が後ろから舞衣に噛み付いて来そうだった。

「あっ――!」

あともう少しで出口――という時、後ろからゆたかの声が響いた。
そして同時に握り締めた掌に掛かる大きな力。これは……まさか!
思わず舞衣は後ろを振り返る。

「ゆたか!」

想像通り、ゆたかが階段に足を取られて転倒しそうになったようだった。
舞衣がしっかりと手を握り締めていたため、大事には至らなかったが大きく体勢を崩してしまったことは確かだ。
しゃがみ込んでしまったゆたかに舞衣は心配そうに声を掛ける。


「大丈夫、ゆたか!」
「す、すいませんっ、大丈夫です。急ぎましょう、舞衣さ――」

その時、二人を包み込んだのは何かが崩れる音だったのだろうか。
突如襲来した〝暴風〟がちっぽけなビルに突き刺さった。
白の瓦礫が方々へと飛び散り、中にいる人間を押し潰そうと迫る。
力の氾濫に生身の人間はあまりに無力で、立ち向かうことなど出来る訳もなかった。

コンクリートの雪崩が舞衣達の頭上に迫っていた。

世界は黒く染まり、言葉を発する隙間もなかった。
逃げ遅れた二人の少女に鉄の雨が無情な煌きを示した。


まさに狂気の沙汰と言う他なかった。天地鳴動の様相を呈する戦場にいきなり半裸の男が割り込みいきなり威勢よく啖呵を切ったのだ。

「カ、カミナ!?一体何をやっているのですかあなたは!?」

驚嘆すべき馬鹿野郎の正体にいち早く気付いたのはグレンの操縦席内、依然シャマルの懐に抱かれたままのクロスミラージュだった。
仲間が次々と蹴散らされる地獄絵図に噛み締める歯も持たず、沈黙をせめてもの抵抗とするしかなかったクロスミラージュが事ここに至ってついに声を荒げる。

「カミナ、だと……な、馬鹿な!?」

グレンラガンのスピーカーから漏れ出た耳慣れぬ合成音声はドモンにもその男の存在に気付かせた。モビルファイター独特の全方位表示のモニターの一部が四角く切り取られ、場違いに見栄を切る男をクローズアップする。
戦いに全く無関係な方向から突如入った横槍は練り上げられた達人の集中を僅かに乱した。

「ハダカザルめぇ……!なぁにをやっているゥ!!」

ヴィラルはその隙を好機と捉えるような男ではなかった。むしろ技と技、力と力、意地と意地がぶつかりあい高まり合うこの大一番に水を差されたことへの怒りが勝り、叫びとなって表出する。
全く知らぬ顔ではないために、あの男が策も目算も持たずただ威勢だけによって割り込んできたことがヴィラルには分かる。それが余計に腹立たしい。
シャマルはと言えば、決死の戦いに割って入る無作法とそれをする男の思考を許容できず、言葉を失っていた。

それぞれの思考が混ざりあった帰結として、カミナの一声は地を割り天を裂く大戦をぴたりと静めるという結果をもたらした。
自分がどのように見られているかも知らず、カミナは巨大兵器の分厚い装甲越しに注がれる複数の視線に確かな手応えを両手に感じた。
ニヤリと口を歪ませる。
場の空気を一気にさらったことに気分を良くし、さらに己の存在を誇示しようと指を一本天へと掲げ。

『何をしにきたのですかあなたはっ!!いい加減にしてください!!』

叩きつけるように飛び込んできたクロスミラージュのがなり声に得意の口上を阻止された。

「なんでぇクロミラ!せっかく助けにきてやったってのに随分じゃねぇか!」
『考えなしに突っ込んできて助けにきたも何もありません!!あ、あなたという人は……馬鹿だとは思っていましたがまさかこれほどとは!!』
『クロミラだと……?あいつがあそこに居るのか……』
『コラっ!だまりなさいっ!』
『ぐぅぅぅ……!』

突然の乱入に困惑を示す声、自己主張を始めた合成音声を制御しようと逸る声、戦いの高揚を邪魔された怒りに震える声。
むせかえる程に張り詰められていた戦場の空気は完全に霧散し、代わりに訪れたのは茶番めいた混乱だった。
その元凶となった男にはもちろん自覚など、ない。

「へ、方法なんざ殴って奪う!これ以上に何がいるってんだよ!」
『しょ、正気ですかあなたは!本当にそんな程度の考えしか持たずにここまできたのですか!』

東方不敗に言い放ったような信念がカミナには確かにあるのだが、言葉足らずに怒鳴るだけでは伝わるはずもない。
ただ軽挙妄動の産物と見られるのみである。
思い通りに行かぬ焦りの上に理屈で押してくるクロスミラージュの弁舌を突き付けられ、元来堪え性のないカミナは理不尽な怒りを覚えはじめていた。

「正気も正気よ!このカミナ様がやるって言ってんだ!てめぇもグレン団の一員ならリーダーを信じてどしっとしてやがれぃ!」
『だからこそ、明らかな無謀を見過ごす訳には行きません!』
「無謀かどうかはまだわかんねぇだろうが!この先見てから判断しやがれ!」
『意味が分かりません!一歩間違えば即死ですよ!』
「んなもんどこに行ったって一緒だ!」
『そういう意味ではなく――!』

『いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

侃々諤々、やいのやいの。子供のように真っ赤になって繰り広げられる口喧嘩を切り裂いたのは声と同じく鋭い歯を剥き出しにする獣人にして武人、ヴィラルだった。

「キサマは……!キサマは!自分が一体何をしたのか……わぁかっているのかあああああ!!」
「ヴィラルか?へ、見てろよ今度こそ……」
「分かってないなら言ってやる!キサマは、神聖な武人同士の戦いを土足で踏みにじったんだよぉ!」

尚も埒のない言葉を並べようとするカミナを遮り、グレンラガンの武者鎧を思わせる無骨な腕を突き付けてヴィラルがさらに吠えた。
腹の底からの憤怒をぶつけられ、さすがのカミナも言葉を途切れさす。
カミナにはとっさにヴィラルの怒りの原因を察することができなかった。それでも、その言葉には一蹴することのできない何かを感じた。

「武人……だぁ?何を言ってやがる」

自然、声からも力が抜ける。
それを吸いとるかのようにヴィラルの叫びは激しさを増して続けられた。

「俺はシャマルを愛している!そしてシャマルからもまた愛されている!だからこそ二人で生き残るためにこうして戦っているぅ!」

民衆を鼓舞するアジテーターのように、グレンラガンがアルティメットガンダムをその鋭いドリルで指し示す。

「この男もそうだ!散っていった仲間のため、まだ生きている友のため、そして故郷に残した愛する者のために立っている!」

口角泡を飛ばすヴィラルの拳に拠らぬ攻撃に、東方不敗にさえ反駁したカミナの口が重く縫い付けられてしまう。

「俺たちの道は決して並び立ち得ない!だからこそここで意地と誇りと信念の全てを賭けて拳を交わしているのだぁ!それをキサマときたら……!」

愛を知った獣人の心からの言葉に――気圧されている。

「自分のおもちゃをとられたのが悔しいから取り返しにきただと……」

ヴィラルの声が震えるのに合わせてグレンラガンが身を縮める。
攻撃準備にも見えるが、そうではない。

「ガキは……」

ヴィラルにとって背負うものを持たぬカミナなど、倒す価値すらないのだ。


「すっこんでいろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオ!!」


グレンラガンは吠えた。あらん限りの、全身全霊の感情を込めて魂の底から吠えた。

「ぐぅ……!」

力を持たぬはずの音波が確かな圧力を以てカミナの肌をビリビリと刺激する。
ちくしょう。分からねぇ。ちくしょう。
クロスミラージュ、あるいは東方不敗相手にあれだけ良く動いた口がなぜこんなに重いのか。
カミナにとって考えるまでもなくそこにあった自らの思考が、分からなかった。

「……悪いがそれに関しては俺も同意見だ」

別方向から静かに続けられた声がカミナに追い討ちをかける。
ドモンカッシュの操るアルティメットガンダムもまた悲しみに彩られていた。

「そいつの言う通り、俺たちはこの戦いに一命を賭している。正々堂々、正面からな。ガンダム同士でこそないが、これは最早ガンダムファイトと何ら変わらん」
ヴィラルのような激しさこそないがドモンの言葉もまた同じようにカミナの胸を刺激する。

「そしてそれとは別にこのファイト自体に心踊るものがあったのもまた事実だ。それを邪魔された悲しみも同じく……な」

二人の男からくれられる視線がさっきとは比べ物にならないくらいに重く感じられた。
訳の分からない焦燥感に胸を焼かれ……いや、理由など本当はとっくに分かっている。
分からないなどと吠えるのは、カミナの本能がそれを認めるのを頑なに拒ぶから。
よりにもよって男の喧嘩に水を差すなどという大愚を犯したのだ。
グレン団、不撓不屈の鬼リーダー。
カミナともあろう者が。

『場所を変えるぞ。仕切り直しだ』
『……ああ、いいだろう』
『カミナ……』
『シャマル、そのうるさい板切れは黙らせておけ』
『ええ、ヴィラルさん』
『カミ……!』

カミナの存在を無視するかのように頭上で淡々と言葉が交わされる。
相棒であるクロスミラージュが何かに押し込まれるように言葉を絶っても、意気を挫かれたカミナにはどうすることもできない。
ズシンズシンと言う地響きが南へと移動し、やがて静寂が戻ってもカミナはその場を動かなかった。
握り締められた拳は、丸められた背中は一体何を語るのか。
悔恨か。恥辱か。諦念か。あるいはぶつけられた信念の重さに耐えきれずにここで潰れてしまうのか。
自らの矮小さを知らしめられ、飛び散った瓦礫と同じく無様に朽ちてしまうのだろうか。

「……たら」

いや。
答えはそのどれでもない。
一度の失敗では学ばぬからこそ、人はその者を馬鹿と呼ぶのだ。

「だったらよぉ……」

カミナはゆっくりと立ち上がる。
何故なら。

「見届けさせてもらおうじゃねぇか。武人同士の戦いってやつをよぉ!」

カミナもまた、折れることを知らない一人の男なのだから。



「……ふん」

廃ビルに突き刺さったビャコウの十字槍に絶妙な手応えを感じ、チミルフは小さく嗤った。

「ニンゲン共よ……ヒトと獣人の力の差。そして、ガンメンと無力なヒトの差を思い知ったか?」

スパイク達が控えていた廃ビルを破壊したのは〝怒涛〟の二つ名を持つ烈将であるチミルフだった。
ヴィラルとシャマルの駆るグレンラガンの即時撤退勧告――を断られた彼は、己の方針を変更することを決意したのである。
つまり、ニンゲン狩りの再来である。

ヴィラル達も同様にこの舞台のニンゲンを殲滅することを目的として動いている。
アルティメットガンダムという強大な敵と拳を交えるグレンラガンを援護するべきかとも考えたが、こちらは却下した。

なぜなら、一対一の戦いにヴィラルが拘る理由がチミルフには痛いほど理解出来たからだ。
そして同時に、真っ向勝負の最中に撤退することを命じた自身に多少の恥じらいを覚えた。
彼は自分の部下だったかもしれない男に向けて「敵へと背を向ける」よう命令したのだ。

高い戦力を保持するアルティメットガンダムはチミルフ達の逃亡を認めはしないだろう。
が、天元突破を果たしたグレンラガンが真の力を発揮すれば、あのような木偶の坊に敗北するとは考え難い。
ならばこちらはヴィラルに任せ、戦いに横槍を入れる可能性のある他のニンゲンを殲滅するのが適当ではないか。
そう、チミルフは考えたのだった。

そして、結果は上々。
複数のニンゲンの反応を受信した廃ビルへビャコウで一撃を見舞った。
眼下は粉塵によって現在の状態が確認出来ないが、少なくとも数人は葬れた可能性が高い。
後は逃げ果せた者を殲滅すればいい。

「む――?」

チミルフの片眉がピクリと動作した。
瓦礫の山と化したはずの廃ビルの深部から巨大な熱源反応をビャコウのセンサーが感じ取ったのである。
崩れた建物から火災が発生するのは当たり前の状態だ。
チミルフも最初はそれを見逃す所だった。しかし、

「な……に……? これはっ……!」

油断か、慢心か。もしくはそのどちらとも違う理由か。
もはや、それは単純な爆発や火事などが示す熱量では言い表せないレベルまで増加していた。
明らかな事態だ。
通常では考えられない異変――いや、参加者の中に一人だけ強大な〝炎〟を操る能力者がいたという事実をチミルフは思い出した。

まるで太陽だった。
煌々と輝く炎の塊がすぐ側に控えているかのような膨大な熱が爆発する。

「くっ――!?」

操縦桿を握り締め、すぐさま十字槍を廃ビルから引き抜く。
そして後方への急速な退避運動――ビャコウを戦域から離脱させるのにチミルフは一瞬遅れを取ってしまった。
『自身の上方』に覆い被さっていたであろうコンクリート片を一瞬で融解させながら、
強烈なビーム状の熱波が廃ビルの跡地からビャコウに向けて発射されたのだ。

「グウゥッ――!!」

咄嗟に機体を仰け反らせていなければ確実に『もっていかれて』いただろう。
紅蓮の輝きに満ちた帯状の炎がビャコウの右肩の鎧部分を一瞬で灰塵へと変えた。
密度の高い圧倒的過ぎる火炎だ。
おそらく、温度は軽く数千度――カスタムガンメンの強化装甲といえど直撃を受ければひとたまりもない。

「……なるほど、相手にとって不足はない……ッ!」

チミルフはコンソールを操作し、外部カメラを瓦礫から不死鳥のように現れた「炎の龍」へと合わせた。
同時に、テッペリンで頭に叩き込んで来た参加者に関する情報を自身の頭の中から引き出す。

現れたのは森羅万象を司る烈火の化身。

燃えさかる炎の翼は、蝶の鱗片のように火の粉を撒き散らしながら空を翔ける。
白亜の外皮はゴツゴツとした隆起を示し、色鮮やかな巨大な宝石のような部分さえ散見出来る。
金色の輝きを放つカギ爪は武力の象徴として闇夜の中でも煌々と瞬き、
頭部に突き刺さった剣――クサナギ――は紅の柄と月色の刀身でもって、荒ぶる王の口蓋を縦に貫いている。

古事記では〝火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)〟として崇められる神の名を冠す巨大獣。
最強の力を持つ劫火のチャイルド、その名は――カグツチ。

そして、龍の頭部には二人の少女の姿が。
太陽と桜花。
鮮やかな彼女達の色彩はチミルフの脳裏にパッとそんなイメージの花を咲かせた。

龍の頭の上で腕を組む少女が黄昏色のセミロングヘアーを風に棚引かせつつ、口元に不適な笑みを浮かべた。
二本の足は硬角質の皮膚を踏み締め、首元に巻き付けた赤いマフラーが生き物のように空を舞う。
そして、彼女の首には桃色の髪の少女が頬を赤らめ抱き付いていた。

猛き皇龍の王を使役する龍の巫女。
小さな身体に大いなる可能性を秘めた運命の少女。

「鴇羽……舞衣ッ……小早川ゆたか……!」

己の前に立ちはだかる相手の名を噛み締めるようにチミルフは呟いた。



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