HAPPY END(4)◆ANI2to4ndE




 ドモン・カッシュが逃走し辿った方角は、西だった。
 あれだけ豪胆に挑発してきたのだから、単純な逃走ではないのだろう。
 おそらくは、仲間を逃がすための時間稼ぎか。
 ヴィラルは冷えてきた頭で、次なる対戦者を探し求めた。

「ヴィラルさん……やっぱり、あそこで全員しとめておくべきだったんじゃ?」
「言うなシャマル。おまえを愛するオレだからこそわかる。奴らがどんな想いで、最後の戦いに臨んでいるのかが」
「……彼らもまた、大切なもののために戦っている……」
「だが、淘汰しなければオレたちに明日はない。いいかシャマル。この戦い、勝者はオレたち二人だけだ!」
「ええ! あなたとなら、どこまでだって上っていける!」

 泰然と歩を進めるグレンラガン。その操縦者たる男女は、頭部と胸部の各コクピットから愛を確かめ合う。
 人としての愛を知ったヴィラル、八神家での自分を重ねたシャマル、二人揃って、スカーやガッシュの奮戦に感銘を受けた。
 ねねねの悲痛の姿にも、思うところはあった。だからといって、ヴィラルとシャマルの天を突く愛が歪むことはない。

 完全な形での愛の成就。
 天元突破した二人だからこそ、目指す舞台は天井を突き抜けた遥か宇宙の果て。
 敗北はない。ただ確かな勝利の感触を追い求め、戦う。
 それが、愛し合う二人の選び取った道だ。

 だが――その愛は、あまりに独り善がりだった。

 他を蔑ろし、愛する者のことだけを考え、愚直に吼える。
 そんなものはヒトの愛ではない、獣の生殖本能だ。
 幸福な未来を目指すならば、本当の愛を知れ、と――その男は語りかけたかったのだろう。

「いたわヴィラルさん! あの建物の傍に……」
「やはり、待ち構えていたか。あえて誘いに乗ってやったかいがあるというもの」

 そう、言葉ではなく態度で示す。
 とある施設の門前に仁王立ち、逃げず。
 明確な闘争心と敵愾心を肌に表し、空気に流す。

 ヴィラルはほくそ笑み、またシャマルに恐れはなかった。
 彼となら、彼女となら、どんな強敵にだって負けはしない。
 絶対の自信が、闘争意欲を駆り立て――対立する。


 赤い鉢巻きが風に靡く。
 着古したマントを風に流し、眼前の巨躯に視線をやった。
 眼光鋭く、射抜くように。臆せず、正面から。
 習癖として、固めた拳を開いてはまた固める。
 掌に滴る汗は、武者震いの表れとも見えた。

「待っていたぞヴィラル、そしてシャマル。改めて名乗ろう……俺の名前はドモン・カッシュ。キング・オブ・ハート、ドモン・カッシュだ」

 馳せ参じた好敵手、グレンラガン駆るヴィラルとシャマルに、自身が真名と称号を告げる。
 傷だらけの強張った顔つきは、まっすぐに。格闘家としての本命を自覚しているかのようだった。

「仲間を逃がすための時間稼ぎか? どの道、オレたちの道を阻む者は容赦なく捻じ伏せる。誰であってもだ!」
「フッ……その時間稼ぎに、真正面からつきあってくれたのはどこのどいつだ。そういう奴は嫌いじゃないがな」

 一騎打ちの誘いに賛同してくれた敵に、ドモンは微笑みと賛辞を与える。
 ヴィラルとシャマルが真に外道ならば、逃げるドモンを捨て置いて、足の遅いねねねとジンを先に葬る手もあった。
 だがそれをしなかったのは、罪悪感の名残――ではなく、ヴィラルにわずかながらでも戦士としての性が残っていたからだろう。

(ならば俺は、ガンダムファイターとしてそれに応えるまで!)

 強大な力を得た彼らは、虐殺ではなく闘争を選択した。
 その時点で、悪魔に魂を売り渡した外道とは違う。
 宿敵ではなく、好敵手たりえる存在なのだと――ドモンは身震いした。

「戦う前になんだが……ここで今一度問いたい。おまえたちの唱える愛は、はたして本物か?」

 戦意は固まった。体も温まっている。しかし今一度、言葉での確認が欲しかった。

「ふん、今さらなにを言うのやら……まあいい。何度だって言ってやる。オレは! シャマルを愛している!!」
「私も……私だって、ヴィラルさんを愛しているッ!!」

 羞恥を超越した想いの猛りが、ドモンへと突き刺さる。
 が、


「俺はレインが好きだぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 一蹴。
 ヴィラルとシャマルの愛の言霊を、ドモンは倍ほどの声量でもって掻き消した。


 叫びの中心にはレイン・ミカムラという生涯の伴侶への想いを乗せて。
 ここにはいない愛する女性、彼女の待つ家、そのための勝利を願って。

「おまえたち同様、俺にもかけがえのない人がいる! その人のためにも、この地で出会った戦友のためにも、負けるわけにはいかん!」

 誰かのために戦っているのは、ヴィラルとシャマルだけではない。
 スカーも、ガッシュも、決して自己満足のためだけに殉じたのではないのだ。
 ねねねやジン、スパイクに舞衣にゆたかとて、ひとつの目標の上に助け合っている。
 愛を知る先達として、仲間を重んじる一員として、ドモン・カッシュは改めて告げる。

「ヴィラルとシャマル……おまえたち二人に、ガンダムファイトを申し込むッ!!」

 突きつけた人差し指に、グレンラガンの巨躯がわずかたじろいだ。
 しかし、すぐに体勢を整える。操縦者は、牙を向き出しにして笑っていた。

「……おもしろいッ!」

 ドモンの熱意に感化され、かなぐり捨てたはずの獣性、戦士としての誇りを一時だけ取り戻す。

「……私たちは、勝ってみせる!」

 シャマルは戦士でこそないが、ドモンには負けたくない、と心の底から思った。

「……いくぞ!」

 その場に、一陣の風が吹く。
 吹き荒ぶ嵐は決戦の予兆として、何度もこの地を訪れていた合図。
 これで終いとするためにも、全力全開での衝突を――。

「俺のこの手が真っ赤に燃えるゥ! 勝利を掴めと……轟き叫ぶゥ!!」

 ドモンの右手の甲が、赤く燃える。
 火線が刻むのは、トランプの刻印。
 愛情表現の形として多用される印。
 格闘家が至高たる王のエンブレム。

 ドモンの激情に同調してそれは、赤く、赤く、どこまでも紅く、炎のように輝いた。
 塩を摘むような指先が、天蓋を突かん勢いで頭上高く持ち上がる。

「出ろおおおお! アルティメット……ガンダァァァァム!!」 

 パチンッ、と。
 先んじてこの地で進めていた下準備、例のシステムを起動させる。
 弾かれた指の奏でる音と、なによりもドモンの叫びが、神の像起動の条件と化す。

 ドモンの後方にある博物館が、音を立てて倒壊した。
 その中から、元の建物を遥かに凌駕する大きさの物体が一つ、弾かれるように顕現する。
 隠し財宝として死蔵されるかと思われた機体の、出番が回ってきたのだ。

 悪魔の機体と外観を同じくする、しかし破壊の権化とは正反対の意味を持つそれ。
 グレンラガンと同等の体躯を持ち、人型。蠢く脚部がわずかばかり人外を模している。
 かつてはこの機体を怨敵と定め、人生を狂わされもしたが、今となっては切り札同然だ。
 ヴィラルとシャマルに愛を叩き込み、勝利するためには――『ガンダム』の力を借りなければならない。

「お、音声認識による遠隔操作!? あんなものが隠されていたなんて……!」
「うろたえるなシャマル! 愛の試練には相応しい相手だ。二人で乗り越えるぞ!!」

 立ち塞がる強敵を前にして、ヴィラルとシャマルはなおも臨戦。
 そうでなくては、とドモンは大地を蹴り、ガンダムのコクピット目掛けて跳んだ。
 操縦席に入り、モビルトレースシステムを作動。ガンダムを最強たる武闘家の手足とする。

 今ここに、決戦の準備が整った。
 一対一、正真正銘のガンダムファイトの条件が適合され、そして。
 ガンダムファイターの頂点に君臨する男――キング・オブ・ハート、ドモン・カッシュが宣言する。

「行くぞぉっ! ガンダムファイト、レディィィィィゴォォォォォ!」

 操る機体は、愛機ではない。

 クライマックスを想定して用意された決戦兵器――人呼んで、究極。

 ドモンの父、ライゾウ・カッシュが追い求めた完成形……アルティメットガンダム。


 それは、うらぶれたコンクリートに転がる二つの首輪に起因する。

「どういうこった、こりゃ?」

 廃ビルに響いた疑問の声は、スパイク・スピーゲルの口から出たものだった。
 だが、その疑問はスパイク・スピーゲルだけのものではなく、すぐ傍にいた小早川ゆたかと鴇羽舞衣も同じ疑問を抱いていた。

 つい先刻、本当に唐突に、ゆたかとスパイクの首からカチリという音が聞こえたかと思うと、彼らの首輪が地面に転がり落ちたのだ。
 すでに首輪が外れている舞衣はさておき、他の者たちにとって最大の問題だと思われた首輪の解除だったが、あまりにもあっけない幕切れだった。
 それは、天元突破覚醒者が出現したことによる影響であるのだが、そんなことは彼らには知る由もない。
 だが、何か動いていると、彼らにそう思わせるには、十分な兆候だった。

「ま、いいさ考えたってしょうがねえ。
 爆発したってんならともかく外れたってんなら文句はねぇだろ」

 スパイクはひとまず素直にこれを受け入れることにした。
 原因はどうあれ、首輪が解除されたことは喜ばしいことに違いないのだから。
 事態はきっと好転しているのだろう。

「それよりも、だ」

 厳しい表情で壁際で外の様子を伺いながら、切り替えるような声でスパイクは言う。
 外では未だ激しい戦いが続いている。
 果たして今戦っている皆はどうなっているのか。
 戦いにの詳細がわからぬ彼らにはそれを知るすべもなく、無事を祈るほかにない。

 だが、スパイクの視線はその激戦とはまた別の方向へと向けられていた。

「どうしたんですか、スパイクさん?」

 その視線の先に何があるのか、疑問に思ったゆたかは小さな声で問いかけた。
 その問いに、スパイクは外へ向けた視線を外さずに答える。

「お客さんが来たみたいだぜ。
 ……あんまり歓迎できるお客さんじゃなさそうだけどな」

 そう言われ、そっと窓からスパイクの視線の先を追ったゆたかはこちらに迫り来る奇妙な物体を見た。

 その身を隠すように木々の間をすり抜けながら、這いずり回る無数の足。
 背に描かれた巨大な顔面。そこから伸びる長い触角。
 進むその姿は昆虫のようだった。
 それは、まるでこちらの居場所を端から知っているかのような迷いのなさで、彼等の潜むビルに向かって接近していた。

「ゆたか、舞衣。下がってろ」

 そう言いながら、スパイクは懐のジェリコ941改のグリップを握り締める。
 接近するそれが何であるかをスパイクは知らない。
 だが、知らないということが知れていれば、判断するには十分だった。
 すでに生き残ってる面子は全て把握している。
 知らない輩が現れたということはつまり、それは螺旋王の手のモノに他ならない。

「待ってスパイクさん、私も戦うわ」

 言って、一歩前へと踏み出た舞衣の両手足に、勾玉を配した宝輪のエレメントが具現化する。
 ガンメンのような巨大兵器に対抗するには、片手を失ったスパイクでは荷が重い。
 いやむしろ、ああいった手合いを相手取るのは、最強のチャイルド、カグツチを操る舞衣の方が適任だろう。
 口にこそしないものの、舞衣はそれを理解していた。
 そして同時に、いざとなれば自らが戦う覚悟も完了している。

「……わかった、援護を頼むぞ舞衣。
 ただし無理はするなよ、いざとなったらゆたかをつれて逃げろ、わかったな?」

 言わずともその覚悟が理解できたのか、スパイクは無茶はしないよう釘を刺しながらも舞衣に背中を預けることを良しとした。

 その間にも敵は廃ビルの目前まで迫っていた。
 進みくる虫型。
 だが、それは森を抜けた先、ビルの入り口付近に差し掛かったところでその移動を止めた。

 何事かと様子を伺う三人の前で、動きを止めた虫型が変形する。
 虫型から人型へ。
 おそらくはそれがその相手の戦闘形態なのだろう。
 それを確認した、スパイクは身を窓から乗り出し、愛銃を懐から取り出す。

 対峙する一名と一機。
 一触即発の緊張が走る。
 おそらく次にどちらかが動いた瞬間、それが戦闘開始の合図となるだろう。

「ほっほっ、そう慌てるでない。
 こちらに戦闘の意思はない」

 だが、目の前のヒト型から響いたのは休戦の声。
 と同時にコクピットが開かれ、その内部が露になる。
 その行動を訝しみながらも、スパイクは黙って開かれたコクピットに銃口を向ける。
 照準越しに覗くコクピットから現れたのは、甲羅を背負ったアルマジロ。
 現れた獣人はキセルを咥えた口元を吊り上げ、舐めるような目付きで舞衣とゆたかを見つめた。

「誰だ、お前」

 その視線を遮るようにスパイクはジェリコ941改の銃口を音を鳴らして突きつける。
 対する獣人はあわてるでもなく、飄々とした態度でスパイク視線を受け流す。

「名乗りが遅れたか? こりゃあすまんの。
 儂は、螺旋王四天王の一人、不動のグアーム」
「四天王、だと…………!?」

 それは間違いなく、スパイクたちとは相成れないモノの名だった。

 先に投入された怒涛のチミルフと同じ称号。
 螺旋王の側近中の側近の称号である。
 その名を聞いて明らかに警戒心を強めたスパイクたちの様子を見て、グアームは大きくため息をつく。

「これこれ、そうあからさまに警戒するでない。
 わざわざゲンバーから降りて、姿を現してやったんじゃ話くらいは聞け」

 そういってグアームはパチンと指を鳴らす。
 それを合図に、スパイクたちのいるビルに向かってゲンバーの触角が伸びた。
 攻撃かとスパイクたちは身構えるが、触覚は彼らにではなくビルの壁に突き刺さる。
 彼らがあっけにとられている間に、グアームは堂々とした態度でそれを渡り、彼らのいるビルへと移動した。
 それを見て、我に返ったスパイクはジェリコ941改をグアームのこめかみに突きつける。

「動くなよ。次に妙な動きしたら撃つぞ」
「なんじゃ、物騒な話じゃのぅ。
 先ほども言ったが、儂にはもう貴様らと敵対する意思はない。
 いや、それどころかむしろ、儂はお前さんたちを救いにきたんじゃからな」
「……………………ぁん?」

 グアームの口から飛び出した、あまりにも予想外なフレーズに、スパイクは思わず間の抜けた声を上げた。

「すくうってのぁ……そらいったいどういう意味だ?」
「どうもこうもありゃせんよ。そのまま意味じゃ。
 この儂がお前さんたちを、この会場から救い出し、元の世界に戻してやろうといっておるのじゃよ。
 わかったんならその物騒なものを下げてくれんか?」

 そう言ってグアームはチョンチョンと短い指でスパイクの突きつけるジェリコ941改を指す。

「何考えてやがる。なにが狙いだ」

 だが当然スパイクはその要求にこたえず、更に厳しい表情をグアームに向け事の真意を追求する。
 無償の厚意ほど疑わしいものはない。
 まして、それがこれまで敵対関係にあったものの言葉であればなおさらだろう。

「疑わしいか? まぁ当然の反応じゃな。
 ならば仕方あるまい、信用してもらうためにも、こちらも手の内を明かすとするかの」

 そう言って、グアームはキセルを吸い、煙を吐き出した。
 もったいぶるようなその態度にイラつきながらも、一先ずスパイクはこちらに近づいた裏を知るためグアームの言葉に耳を傾ける。

「我ら四天王は螺旋王とは手を切った。既に儂らに奴に従う意思はない」

 そう告げるグアーム。
 正確には手を切ったのは螺旋王の方であるのだが、それはいい。
 グアームの意図としては、螺旋王との繋がりが切れたことが提示できればそれでいい。

「それで? それとこれとどう関係があるってんだ?」

 確かにそれはスパイクにとってそれは意外な事実であったが、螺旋王に対する裏切りと、参加者を助けることはイコールではない。
 裏切りのついでに螺旋王の思惑を滅茶苦茶にしてやろうというのならこの行為は正しいだろうが。
 たかが腹いせのためにワザワザ戦場に出向いて自らの身を危険にさらすのはリスクが高すぎる。
 彼らの立場からすれば螺旋王と共に参加者たちも見捨てるのが普通だろう。

「まぁそう焦るでない。
 あくまでこの実験はロージェノムの悲願であり儂らの悲願ではない。
 ロージェノムと手を切った時点でここに執着する理由もないのでな。
 儂らは奴とともにこの実験に見切りをつけて、早々にこの会場を脱出することにした」

(…………脱出?)

 その言い回しに多少ひっかっかるモノを感じながらもスパイクはそれには触れず、言葉の続きに耳を傾ける。

「したんじゃが……、一つ問題があってのう」

 そこにきてグアームは言葉を濁すように言い澱む。
 ワザとらしい態度ではあったが、それゆえに、それがグアームが接触してきた理由なのだろうと、スパイクは直感する。

「それで、その問題ってのは何なんだ?」
「それがの、脱出の手はずは整っているのじゃが。
 用意した脱出艦――カテドラル・テラ――の転移装置を動かすための、エネルギーが足りんのじゃよ」
「…………エネルギー?」

 エネルギー不足。
 相手の目的を口の中で反復して、スパイクは思い至った。
 グアームが危険を犯してまでこちらに接触した、その理由に。

「まさか、テメェ。”俺達”を使うつもりだな?」

 スパイクの出した回答にグアームは口の端を三日月のように吊り上げ答えた。

「その通りじゃ、まぁ正確にはお前さん以外の螺旋力に覚醒したそこの小娘二人じゃがな」

 螺旋界認識転移システムの起動に必要な動力は当然ながら螺旋力である。
 だが、アンチ=スパイラルに感知されぬよう螺旋力をもたぬよう創られた獣人にはそれがない。
 故に、完全なる逃避のためにはその螺旋力を補えるだけのモノを用意する必要があった。
 グアームが目をつけたのは、この地で初めて螺旋力に覚醒した少女、小早川ゆたか及び、愛の進化により真っ先に首輪の呪縛から解き放たれた鴇羽舞衣の二人である。
 この二人の螺旋力を利用すれば、十分にシステムの起動は可能であるとグアームは考える。

「心配せずとも何も取って食おうというわけではない、役目を果たせば元の世界に送り届けることを約束しよう。
 儂がほしいのはその二人だけなんじゃが。そうじゃの、スパイク・スピーゲルなんなら、お前さんもついでに助けてやってもいいぞ?」

 そういいながら、グアームはいやらしい笑みを浮かべる。
 スパイクたちは脱出を望んでおり。
 グアームの脱出計画に彼女達は必要不可欠な要素だ。
 利害は完璧なまでに一致している。
 取引において利害の一致ほど信用できるものないだろう。
 この手の取引に慣れているがゆえか、スパイクにはそれがわかってしまった。
 返す言葉もなくスパイクは押し黙る。

「……それじゃあ、いま戦ってる人たちはどうなるの?」

 押し黙るスパイクを継ぐように、後方から問いを投げたのは舞衣だった。
 もし仮に自分達がその計画に乗ったとして、今、未来をつかむためにこの地で必死に戦っている彼らはどうなるのかと。
 彼女はそう獣人に問いかけた。

 その質問を聞いた、グアームはふむと考えるように頷きながらも内心でほくそ笑む。
 なぜなら、脱出に伴う不具合を危惧するその問い自体が、彼女達の頭に脱出を示唆する可能性が出てきた証拠なのだから。

「悪いが儂が連れて行けるのはここに居るモノだけじゃ。
 向こうで派手に戦ってるやつらはいわば囮じゃな、奴らが目をひきつける間に儂らはこの会場を脱出する」
「そんな…………!」

 それは舞衣たちにとって受け入れがたい事実だ。
 彼女達が望むのは完全無欠のハッピーエンド。
 誰かを見捨てて得られる幸福など受け入れられるはずがない。

「なんじゃ、仲間を見捨てては置けぬか?
 数千年連れ添った同士を見捨てる奴もおるというのに、なんとも感動的な話じゃのう」

 だが、その価値観をあざ笑うように、あるいはどこか羨むようにグアームは呟く。

「じゃがな、考えてもみろ。
 仲間といっても、お前等のつながりなど所詮ここで生まれた一時的なモノに過ぎん。
 そんなモノにしがみ付いて命を落としてもしかたあるまい?
 わかっておるのか、死んでしまえば元の日常には帰れぬのだぞ?
 元の世界に戻って本当の仲間と再会したくはないのか?
 長年連れ添った友人に会いたくはないのか?
 帰りを待つ家族の下へ戻りたいとは思わんのか?」

 畳み掛けるようにグアームは問いかける。
 その問いには誰も答えられない。
 当然だろう。帰りたくないはずがない。
 会いたいに決まっている。
 だけど、

「答えられぬか、まぁよい。
 なんにせよ、儂の話に乗ればお前さんたちは助かるし儂も助かる。
 どうじゃ、互いにとって悪い話ではなかろう?」

 グアームは三人の答えを待たず矢継ぎ早に話を進める。
 深く考えさせず、思考を誘導するように。

「……ああ、そうだな悪い話じゃない。
 ただし、その話が本当だってんならな」

 スパイクの返答に、心外だといわんばかりの態度でグアームは肩をすくめた。

「まだ、信用できぬと?」
「当たり前だろ、その話が罠じゃないって保障は何処にもないしな」
「ほぉ。ならば逆に問うが、このまま放っておけば確実に死ぬお前たちを、なぜワザワザ罠にかける必要があるというんじゃ?」
「死にゃしねえさ。
 ドモンたちはあの野郎に勝つし、俺たちも螺旋王なんかに負けはしねえよ」

 スパイクの言葉にグアームは呆れたようにかぶりを振った。
 根拠のない希望を語ることにではない。
 語る内容の余りの無知にだ。

「……わかっておらんのぅ」

 深い絶望と畏怖を込めて誰にでもなくグアームは呟く。
 ロージェノムなど、ましてあのヴィラルなど問題ではない。
 この会場を去ったロージェノムを除き、唯一アンチ・スパイラルと対峙したことがあるグアームは知っている。
 アンチ・スパイラルが動き出したが最後、そこにはもう希望などもう欠片も残らないことを。
 会場は破壊され、参加者たちは皆殺しにされ、それを管理するルルーシュたちも死ぬ。
 例外はない。全て滅ぶ。全滅だ。
 故に、生き延びたくば奴らが本格的に動き出す前にこの場を脱しなければならない。

「ならばどうする。
 ワシを信用できぬというのならこの話は無かったことにするまでじゃが……?」

 断れるはずがないと確信しながら意地悪くグアームは嘯く。
 なにせ、本当にグアームはカテドラル・テラでの脱出以外にこの実験に関わった者の生き残る道ないと確信しているのだ。
 会場の内側で蠢く彼らに、それ以上の脱出方法など用意できるはずもない。
 地獄の底で生き延びたくば、例えそれがか細い蜘蛛の糸であろうとも、彼らは縋りつくしかないのだ。

 そんなグアームの思惑通り、乗るべきではない取引であるとわかっていても、スパイクはこの提案を簡単に切り捨てることができなかった。
 絶望的状況で、それを弱さと断ずるのは酷というものだろう。
 たとえそれがどれだけ疑わしくても、乗れば確実に脱出できるグアームの提案が魅力的であることは事実だ。
 だが、この地で命を賭して戦う仲間達を残しておくこともできない、それも本当だ。
 そして、乗らないにしても、グアームへの対処を考えねばならない。
 脱出への足がかりとして奴を利用しない手はないだろう。
 ただ、もしも。
 もしこの話が本当だとしたならば、せめてゆたかや舞衣だけでも無事帰還してもらいたい、そう思うのがスパイクの本音だ。

(……どうしたもんかね、ホント)

 スパイクは一人心中で思い悩む。
 煙草でも吸いたい気分だった。

 それぞれの思惑を抱え対峙する四人。
 そこに、ふと足音が響いた。
 足音は下階から、彼らのいるフロアへと続く階段から響いていた。

 おそらくはヴィラルと対峙し、逃げ帰ってきた誰かだろうとグアームは思い至る。
 生き残ったのは菫川ねねねか、ガッシュ・ベルかはたまたスカーか。
 いずれにせよ螺旋覚醒者であるならば、脱出計画の後押しになるのは間違いない。
 何より仲間の安否を気遣う彼らの説得も容易になるだろう。
 誰にしてもグアームにとっては行幸だった。
 足音の主が姿を現す。
 だが、そこにあったのは、そこに存在するはずのない金色の輝きだった。

「楽しそうだな雑種ども。何の相談だ?」

 放つ輝きは金色。
 宝石のような紅蓮の相貌。
 絶対的な存在感を身にまとう、彼の王の名は――――。

「――――英雄王、ギルガメッシュ。…………なぜ、ここに」

 この男の出現はそれほど意外だったのか、グアームは思わず疑問を声に出してしまった。
 その呟きにギルガメッシュはグアームの眼前まで歩を進めると、見下すような視線とともに答えた。

「なぜここに? わからぬか下郎。
 この下らん実験の”結果”が出たのだ。
 捕らえるなり殺すなり結果に対して、なんらかの動きがあると考えるのは当然であろう?
 そう思い、警戒してみればこの通りよ。貴様らは現れ、我はそれを発見した。それだけの話だ」

 さも当然のようにギルガメッシュは言ってのける。
 その内容は、奇しくも天元突破覚醒者を餌としてアンチ=スパイラルを釣り上げようとしたルルーシュと同系の策であった。
 もっとも、餌は同じでも狙う獲物に大きく差異があるのだが。
 釣り人が釣られたのでは笑い話にもならない。

 ――――つけられていたのか。
 グアームは動揺を悟られぬよう振る舞いながらも、心内で大きく舌を打つ。
 彼の言が本当ならば、チミルフ、東方不敗と共に会場に現れたあの時点で彼らはギルガメッシュに発見されていたということになる。
 果たして東方不敗とチミルフはその事実に気づいていたのだろうか?
 少なくともグアームは気づくことができなかった。
 だが、まだ疑問は残る。

「しかし、それなら、なぜ覚醒者の元に向かわなかったのだ?」

 あの場に現れた三人は、それぞれ別々の場所に向かったはずだ。
 そして、天元突破覚醒者の元へと向かうのならば、グアームではなくチミルフを追うのが道理だろう。
 だというのになぜギルガメッシュはここにいるのか。

「ふん。あの程度の些事に、この我が態々足を運ぶ必要はあるまい?
 あんなものは、他の雑種どもに任せておけばよい」

 ギルガメッシュがアンチ・スパイラルともルルーシュたちとも違う点はそこだ。
 彼は真の覚醒者になどに、一切の興味がない。
 あくまで餌は餌としてしか考えておらず、魚を釣り上げた以上もはやそこに微塵の興味も湧きはなしない。

 だが、仮にギルガメッシュの目的が主催側の人間との接触だったとして、あの中の誰でもよかったというのなら、偶然に自分が選ばれたその不運をグアームは嘆かずにはいられない。
 そんな、納得できないといった様子のグアームを、ギルガメッシュは鼻で笑った。

「ふん。まだわからぬか?
 生き残りが群がっている拠点はそう多くはないが、その中でも、ここは一番重要度が低い。
 にもかかわらず、貴様は結果に目もくれず、迷わずここに向かっていった。
 この状況でこんなところに向かう理由が、悪巧みのほかに何かあるか?」

 つまりはそういうことだった。
 ギルガメッシュが求めていたのは主催側の人間との接触ではなく、主催に反旗を翻そうとしている造反者との接触。
 それゆえ、グアームがギルガメッシュの眼鏡に適ったのは必然だったといえる。

「…………さすがじゃのぅ英雄王。
 よもやこの儂が読みで遅れをとろうとは。
 ここまで生き残ったのも頷ける強さじゃ」

 行動を読みきられ、最悪に掴まったグアームは開き直ったように語りかける。
 はっきり言って、グアームにとって螺旋力に覚醒していないギルガメッシュは、邪魔者以外の何者でもない。
 ありえないイレギュラー、完全なる計算外だ。
 だが、チミルフならいざ知らず、生身のグアームではこの男を排除するのは不可能だ。
 ゲンバーに乗り込むことができれば勝機もあろうが、それを許す相手でもないだろう。
 ならばどうするか。

「――――――どうじゃ、お主のような存在こそ、生き残るべきだと思わんかね?」

 そう、排除できのならば、この男を取り込むまでだ。

 計画に不要であれ、グアームは英雄王を脱出計画に誘い込むことに決めた。
 説得は不可能ではないはずだ。
 なぜなら、自ら以外を望まぬ唯我独尊の男であるからこそ、自身の生存を望むのは当然であり、他者を切り捨てることにも躊躇もないはずなのだから。

「ほぅ、それで?」

 グアームの言葉に気分を良くしたのか、ギルガメッシュは話の先を促した。
 その反応を良しと受け取り、グアームは脱出計画の全貌を語り始める。

「この会場は直に消滅する。施された仕掛けによってではなく外敵によってな。
 そうなれば会場におるものは全滅するじゃろう。
 じゃが心配はいらん、脱出の手はずはすでに儂が整えておる。
 転移装置の起動に多少の問題はあったが、それも時期に解決するところじゃ。なんの問題はない。
 それどころか転移装置を使えば多次元宇宙の航行も可能となり、 お主程の器ならば延いては渡り行く星々を支配するのも夢ではない。
 お主はここで消えていい存在ではない。お主の道は儂が作り出そう、儂とともに行こうではないか、英雄王!」

 芝居がかったグアームの演説が終わる。
 それを黙して聴いていたギルガメッシュはその口元に微笑を浮かべた。
 その心中で何を考えているのか、全くといっていいほど推し量れない。
 吟味するような沈黙の後、ギルガメッシュは口を開く。

「――――なるほど。
 確かに、導き手たるこの我が消えては世が迷うというもの。
 その点においては貴様の言い分は十分に正しかろう」

 英雄王の口より語られたのはかのような言葉だった。
 その言葉を肯定と受け取ったのか、グアームは安堵し歓喜した。

「、だがな」

 一転。
 血のように赤い眼が見開かれ、穏やかなその笑みが、凄惨なモノに変化した。

 反応する暇もなかった。
 その表情の変化にグアームが気づくよりも速く、金色の甲冑に身を包んだ右腕がグアームの喉に喰らい付いた。

「な、なにぉ…………ぐ、ガ………………ッ!」

 首を絞められ体ごと吊上げられる。
 グアームは必死に小さな体をバタつかせ抵抗を試みるが、ロックされた首元はビクともしない。
 それどころか、ミシミシと音を立てて指が喉元に食い込んでゆく。

「この我と共に行く? この我が進む道を作るだと?
 はっ。畜生風情が何を言うか。思い上がりも大概にせよ」

 そういって、英雄王は右腕でグアームを持ち上げたまま、左腕を虚空へと向けて突き出した。
 突き出された左腕の先端が消える。否。消えたのではない、その左腕は空間を超える門の中に差し入れられている。
 そして、空間より引き出された左腕には、ゆっくりと互い違いの方向に回転する円柱の剣――乖離剣エア――が握られていた。

「グッ……ガ……ガァ……アア………ッ!」

 その剣を見て、これから起こる事態を察してグアームが絶望と恐怖に目を見開く。
 英雄王はその期待に応えるように笑い。
 釣り下げたグアームに向けて、手にした乖離剣を突き入れた。

「ァ………ァア…………ガッ………!」

 突き出されたエアの先端は、たいした抵抗もなく鱗甲板を突き破った。
 突き刺さった刃の回転は、グアームの内腑においてなおも止まらず、捩れた刃が臓腑を冒す。
 生きたまま内臓を侵される感覚。
 腹の中で臓腑が刻まれ混ざり合う感覚。
 刃がミキサーのように臓物をグチャグチャに掻き回してゆく。
 それは千を越える人生において、なお味わったことのない未知の激痛だった。
 そして、それよりも激しい不快感と嫌悪感。
 自らの腹の内をゆっくりとかき回される感覚は発狂しそうなほど怖ましい。
 地獄の苦しみに叫びを漏らそうにも、喉元を万力のように締め付けられ喘ぎのような声しか出せない。
 気道が完全にふさがれており呼吸はおろか、競り上がる血液を吐き出すことすら叶わなかった。

「我の行く道は我が決める。
 身の程を知れ雑種――――ッ!」

 ゴキリという何かが外れる鈍い音。
 窒息か、頚椎破壊による影響か、はたまた激痛によるショック死か、もはやその死因すら定かではない。
 だらんと手足をたれ下げたグアームはビクビクと痙攣し、そのまま永遠に動かなくなった。

「ふん」

 つまらなさ気にギルガメッシュは片手に垂れ下がるグアームの死体をゴミ屑のように投げ捨てた。
 投げ出された肉の塊は冷たい地面を転がり、中心に空いた穴からペースト状の臓物を零れ流した。

「…………うっ」
 ゆたかと舞衣は思わずその無残な亡骸から思わず目を背けた。
 息絶えたグアームの残骸は、口から泡を噴出し、あれほど雄弁だったその様は見る影もない。

「ギルガメッシュ……テメェ」
「どうした、何か不服でもあるのか?
 まさかこのような畜生の戯言に乗せられたとは言うまいな?」

 睨み付けるスパイクの視線を涼風のように受けがなしギルガメッシュは言ってのける。

 あれは乗るべきではない取引だったことくらいはスパイクだってわかる。
 だが、グアームの脱出案が希望の一つであったことに違いはない。
 あるいは、奴の脱出方法に従い、生き延びられるモノがいたかもしれない。
 あるいは、奴の脱出方法を奪い取って全員で逃げ出せたかもしれない。
 だが、それもこれもグアームが消えてしまっては意味がない。
 そこにたどり着く糸は完全に断ち切られてしまった。
 更に絶望的な状況でまた一つ希望の灯火が消えたことに、スパイクは歯噛みする。
 そんな打ちひしがれるスパイクには興味がないのか、ギルガメッシュは一人つまらなさ気に息を漏らす。

「しかし、獅子身中の虫を求めてくれば、現れたのは逃げることしか頭にない羽虫であったとは、とんだ無駄足だったか」

 やれやれと言った風に呟いて、ギルガメッシュは踵を返した。

「何処に行くってんだ」
「貴様に告げる必要はない。我は我のやりたいように動くまでだ」

 ギルガメシュは傲岸不遜。
 散々場をかき乱しておきながら、何一つ省みることをしない。
 この期に及んでもその態度に一切の妥協を見せない。
 ギルガメッシュは何の憂いもなく出口へ向けて歩き始めた。

「おい、」

 スパイクは去り行く背を引きとめようとして、その途中で言葉をとめた。
 何処までも自分勝手に振舞うギルガメッシュ。
 そんな奴に頼らねばならない自分、同時にあんな取引に一瞬でも傾きかけた自分に腹が立った。

「くそ…………ッ!」

 スパイクが苛立ちに地面を蹴る。
 乾いた音が廃ビルに響き渡った。


時系列順に読む


投下順に読む




285:HAPPY END(3) ヴィラル 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) シャマル 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) スカー(傷の男) 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) ガッシュ・ベル 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) 菫川ねねね 285:HAPPY END(5)
282:愛に時間をⅣ スパイク・スピーゲル 285:HAPPY END(5)
282:愛に時間をⅣ 鴇羽舞衣 285:HAPPY END(5)
282:愛に時間をⅣ 小早川ゆたか 285:HAPPY END(5)
282:愛に時間をⅣ ギルガメッシュ 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) ジン 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) ドモン・カッシュ 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) 東方不敗 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) チミルフ 285:HAPPY END(5)
285:HAPPY END(3) 不動のグアーム 285:HAPPY END(5)





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー