蝶 ◆tu4bghlMIw
【サブタイトル――蝶】
「きゃああああああああああああっ!」
自分の悲鳴で飛び起きる、なんて事があってもいいのだろうか。
高良みゆきは未だ激しい鼓動で身体を揺さ振る心臓にパジャマの上からそっと触れた。
高良みゆきは未だ激しい鼓動で身体を揺さ振る心臓にパジャマの上からそっと触れた。
ドクン――揺れて、ドクン――また揺れて。
悪夢だった……のでしょうか。
よくよく考えてみると確証が持てない。
少なくとも悲鳴を上げて自分が目覚めた以上、最高に素晴らしい出来栄えのハッピーエンドではないのだろう。
不思議とそれがどんな夢だったのか、みゆきはとても気になった。
普段ならば覚えているにしろ、忘れてしまうにしろ、こんな気持ちには絶対にならないのに。
少なくとも悲鳴を上げて自分が目覚めた以上、最高に素晴らしい出来栄えのハッピーエンドではないのだろう。
不思議とそれがどんな夢だったのか、みゆきはとても気になった。
普段ならば覚えているにしろ、忘れてしまうにしろ、こんな気持ちには絶対にならないのに。
握り締めた手の感覚ははっきりと。
熱も空気も光も、何もかもが正常だ。
余計に頭を働かせる必要もないし、視界も正じょ――あれ?
熱も空気も光も、何もかもが正常だ。
余計に頭を働かせる必要もないし、視界も正じょ――あれ?
「え、あれ……私、眼鏡を…………掛けたまま眠ってしまったのでしょうか」
指先で確かめたフレームの感触はまやかしではなかった。
そう、今まさに自分は起きたばかりなのに、眼鏡を掛けていたのである。
明らかにコレはおかしい――はずなのだが。
やはり昨日眼鏡をしっかり外して寝た記憶、というモノが見当たらなかった。
そう、今まさに自分は起きたばかりなのに、眼鏡を掛けていたのである。
明らかにコレはおかしい――はずなのだが。
やはり昨日眼鏡をしっかり外して寝た記憶、というモノが見当たらなかった。
ベッドから這い出し、指先がカーペットを踏み締める感触がスッと身体に染み込んで行くようだった。
今、確かにみゆきは覚醒しているというのに、まるで夢から覚めたようだった。
今、確かにみゆきは覚醒しているというのに、まるで夢から覚めたようだった。
――待って。
それ以前に、私は何かとてつもなく大事な事を忘れているのでは……。
むしろ逆に何も忘れていないのに不思議な喪失感に取り付かれて、何かを亡くした気になっている、ような気さえします。
曖昧模糊な感覚に丸呑みにされてしまったみたいです。
酷く不安で、心細くて、行く先の見えない……。
むしろ逆に何も忘れていないのに不思議な喪失感に取り付かれて、何かを亡くした気になっている、ような気さえします。
曖昧模糊な感覚に丸呑みにされてしまったみたいです。
酷く不安で、心細くて、行く先の見えない……。
「みゆきーっ! みなみちゃんが来てるわよー! ちょっと話したい事があるんだってー!」
しかし、神さまはみゆきに思考する時間を与えはてくれなかった。
部屋の外から響いたのはみゆきの母、高良ゆかりの声だ。
部屋の外から響いたのはみゆきの母、高良ゆかりの声だ。
「え……は、はいっ! 今行きます!」
すかさず、みゆきは母の呼び掛けに応えた。
しかし返事をしてからまだ自分が起き抜けの格好である事に気付き、小さく赤面した。
しかし返事をしてからまだ自分が起き抜けの格好である事に気付き、小さく赤面した。
「みなみ」というのはみゆきの幼馴染である岩崎みなみの事だ。
彼女はみゆきの親友である泉こなたの従妹、小早川ゆたかと非常に仲がいい。
だが、みなみは一体今日は何をしに来たのだろうか。
約束があった……覚えはない。
彼女はみゆきの親友である泉こなたの従妹、小早川ゆたかと非常に仲がいい。
だが、みなみは一体今日は何をしに来たのだろうか。
約束があった……覚えはない。
何か、大変な事でも起こったのだろうか。記憶があやふやだ。まるで判断が付かない。
むしろ、この今のほほんとしている自分自身が夢を見ているのではないか、そんな気がする。
むしろ、この今のほほんとしている自分自身が夢を見ているのではないか、そんな気がする。
つまり――〝胡蝶の夢〟
蝶となり百年を花上で遊んだ夢を見て荘子が目覚めたけれど、
自分が夢で蝶になったのか蝶が夢見て今自分になっているのか分からなかったという。
蝶となり百年を花上で遊んだ夢を見て荘子が目覚めたけれど、
自分が夢で蝶になったのか蝶が夢見て今自分になっているのか分からなかったという。
現実と夢のはざまは何処にあるのだろう。
境界は、ボーダーラインは何処に?
ぼんやりとした頭のまま、みゆきは急いで来客用の衣服に袖を通す。
境界は、ボーダーラインは何処に?
ぼんやりとした頭のまま、みゆきは急いで来客用の衣服に袖を通す。
「……あれ? こんな所に、本が……?」
ようやく着替え終わった頃、ソレがみゆきの机の上に置かれている事に気付いた。
真っ黒な装丁に血のようなロゴ。とても、悪趣味だ。
みゆきも読書は好きだが、少なくともこんな血生臭そうなジャンルにあまり関心はなかった。
思わず手に取る。表紙。白と赤の文字。特徴的な書体。
真っ黒な装丁に血のようなロゴ。とても、悪趣味だ。
みゆきも読書は好きだが、少なくともこんな血生臭そうなジャンルにあまり関心はなかった。
思わず手に取る。表紙。白と赤の文字。特徴的な書体。
――――アニメキャラ・バトルロワイアル 2nd
と、書かれている。
『2nd』の部分がまるで血の色のようだった。
窓から差し込む光をツルリとしたフォントの細工が反射する。
しっとりとした肌触りの黒色のカバーを撫でる。
指先を擽る感触が妙に不気味だった。
窓から差し込む光をツルリとしたフォントの細工が反射する。
しっとりとした肌触りの黒色のカバーを撫でる。
指先を擽る感触が妙に不気味だった。
……中身を、見てしまってもいいのでしょうか。
心臓がドクドクと高鳴る音が聞こえる。
緊張して震える指先。なぞるページ。
ソッと今、その表紙が開かれ――――
緊張して震える指先。なぞるページ。
ソッと今、その表紙が開かれ――――
「みーゆーきー! まだー? みなみちゃん待ちくたびれちゃうわよー?」
「――あ……も、もうすぐですっ!」
「――あ……も、もうすぐですっ!」
母の声に、みゆきの肩がビクッと震えた。
慌てて本を机の上に置く。
慌てて本を机の上に置く。
タイミングを、逃した。
次にこの部屋へ帰って来た時、この本は消えてしまっているような気がする。
何故か、そんな風に思うのだ。
特に理由もなく、ただ漠然とした曖昧な感慨ではあるのだけど。
そんな、気がする。不思議な気持ちだった。
何故か、そんな風に思うのだ。
特に理由もなく、ただ漠然とした曖昧な感慨ではあるのだけど。
そんな、気がする。不思議な気持ちだった。
「…………しっかりしないといけませんね」
夢の内容は思い出せない。
思い出せない――けれど。
思い出せない――けれど。
それはきっと、哀しくて辛い夢だった。
永遠の灰色の中で一瞬の虹色を探していく旅だ。
ほんの僅かなキラメキを見つけるために、全てを賭けて戦う、そんな、夢。
永遠の灰色の中で一瞬の虹色を探していく旅だ。
ほんの僅かなキラメキを見つけるために、全てを賭けて戦う、そんな、夢。
自分には、自分達には全く縁のない話だ。
きっと、そうだ。
心の底から、そう思う。
きっと、そうだ。
心の底から、そう思う。
でも、もし――いつかそんな機会が来たとしたら。
自分には何が出来るだろう。
何を考えて、何をしようとするんだろう。
自分には何が出来るだろう。
何を考えて、何をしようとするんだろう。
「……お母さん、今行きますっ」
眠気と悪夢に捉われた心では、その答えを導き出す事が出来なかった。
▽
【サブタイトル――ことみアフター~It's a Wonderful Battle Royale~】
【参加者インタビュー⑬】
●言峰綺礼(第四次聖杯戦争 敗北者 兼 第五次聖杯戦争 監督者/神父・推定年齢三十歳以上)
●言峰綺礼(第四次聖杯戦争 敗北者 兼 第五次聖杯戦争 監督者/神父・推定年齢三十歳以上)
――疲れたの……。
そうだろうな。だが、戯れが過ぎたようにも思えるが。
私としては中々、意外な結末だったよ。相方の少女は帰宅したのかね?
私としては中々、意外な結末だったよ。相方の少女は帰宅したのかね?
――杏ちゃんは……お家に帰ったの。今、ここにいるのはわたしだけ……。
そうか。随分と君は気ままに楽しんでいたようだがね。
悲壮な感情も憐憫を誘う眼差しも内向的な性格も全てを置いて、だ。
ククク――少々お喋りが過ぎたのではないかな?
悲壮な感情も憐憫を誘う眼差しも内向的な性格も全てを置いて、だ。
ククク――少々お喋りが過ぎたのではないかな?
――そんなわたしもいるのがこの世界。
アニ1st的に言えば……異時間同位体、正確には異世界同位体とでも言うべき……なの。
そしてアニ2nd的には……多元宇宙。
ドッペルゲンガー。わたしがふたつ、わたしがみっつ、わたしがよっつ、えとせとら。それもぜんぶ、ことみちゃん。
でも、楽しかったの。楽しいことは……いいことなの。……みんな笑顔、なの。
アニ1st的に言えば……異時間同位体、正確には異世界同位体とでも言うべき……なの。
そしてアニ2nd的には……多元宇宙。
ドッペルゲンガー。わたしがふたつ、わたしがみっつ、わたしがよっつ、えとせとら。それもぜんぶ、ことみちゃん。
でも、楽しかったの。楽しいことは……いいことなの。……みんな笑顔、なの。
ほう。では――席次から漏れた少女の胸中で蠢く疑念をどう考える?
――ソレは私の関係する所ではないの。
提示されたのは可能性だけ。説明した通りなの。
すべては『あったかもしれない』『あるかもしれない』『あってほしい』の詰め合わせ。
どう分岐するかは、まだ確定されていないの……。
提示されたのは可能性だけ。説明した通りなの。
すべては『あったかもしれない』『あるかもしれない』『あってほしい』の詰め合わせ。
どう分岐するかは、まだ確定されていないの……。
そうか。ソレが君の判断ならば亡者たる私に語る舌はなかろう。
しかし私には合わない催しだったよ。何、君達は色々考えていたとは思うがね。
しかし私には合わない催しだったよ。何、君達は色々考えていたとは思うがね。
楽しませる、などという思索自体が元来、私には不向きな行為なのだよ。
レクリエーションでの道化役にはもっと適任がいる。
レクリエーションでの道化役にはもっと適任がいる。
――……やっぱり、主催者がやりたかったの?
そもそも、この世界における監督役はロージェノム、そしてルルーシュ・ランペルージ。彼らに限定されていてね。
螺旋王の創り出したこの地に聖杯はなく、存在するのはその心臓だけ。
澱も淀みも、暗躍する悪鬼も遊戯を終了するための公式もありはしない。
螺旋王の創り出したこの地に聖杯はなく、存在するのはその心臓だけ。
澱も淀みも、暗躍する悪鬼も遊戯を終了するための公式もありはしない。
ならば、あそこでの私は〝参加者〟としての役割を演ずるまでさ。
観察者としての愉悦は最期に味わった分で事足りる。菓子を強請る子供ではないのだから。
その祈りは――そうだな、違う世界の〝私〟に捧げて貰うとしよう。
観察者としての愉悦は最期に味わった分で事足りる。菓子を強請る子供ではないのだから。
その祈りは――そうだな、違う世界の〝私〟に捧げて貰うとしよう。
――違う世界の言峰さん……ううん、もう私から語ることではなかったの。
派生した世界では私が『いたかもしれない』未来は既に消滅したの。
有り得るのは所謂〝挿話〟的な可能性だけ。……触らない方がいいの。
派生した世界では私が『いたかもしれない』未来は既に消滅したの。
有り得るのは所謂〝挿話〟的な可能性だけ。……触らない方がいいの。
なるほど。なれば君も語る舌は持たない、と?
もっとも、私にはまだまだ為すべき仕事が残されているようだがね。
もっとも、私にはまだまだ為すべき仕事が残されているようだがね。
――なの。本来、一ノ瀬ことみはもっと寡黙であるべき……。
これもいくつもの分岐が遍在している多元宇宙だからこそ成せること。
これもいくつもの分岐が遍在している多元宇宙だからこそ成せること。
そうか。では私も原典に還って見るべきなのかもしれんな。
――どちらにしろ、もうすぐ、すべての決着は付くの。
結末を――述べるつもりかね。
君は何もかも知っているのだろう。
君は何もかも知っているのだろう。
――まさか。これは……あくまで総集〝片〟なの。
所詮、欠片……砕け落ちたフラグメント。結局、ほんの一部でしかない。
その本質を完全に語ることなんて出来る訳がないの。
ましてや未来なんて…………おこがましいにも程があるの。
所詮、欠片……砕け落ちたフラグメント。結局、ほんの一部でしかない。
その本質を完全に語ることなんて出来る訳がないの。
ましてや未来なんて…………おこがましいにも程があるの。
ククッ――そうか。
多弁とはいえ、そこまで饒舌な訳でもない、と!
多弁とはいえ、そこまで饒舌な訳でもない、と!
――そのとおり……もうこの場で提示しなければならない言葉はないの。
後はぜんぶ、本当の物語が語ってくれるの。
私も……そろそろお家に帰るの。
後はぜんぶ、本当の物語が語ってくれるの。
私も……そろそろお家に帰るの。
そうか。君もまた――物悲しい存在だな。
さて、今日は愉しませて貰ったよ。ともあれ、素晴らしい体験だったと言うべきかな。
それではこの辺りで私も〝参加者〟に戻らせて頂くとしよう。
さて、今日は愉しませて貰ったよ。ともあれ、素晴らしい体験だったと言うべきかな。
それではこの辺りで私も〝参加者〟に戻らせて頂くとしよう。
――さようならなの……また、いつか…………。
ああ。最後の饗宴の刻を共に過ごせないのは残念だがね。
何、黄泉の国へと下る前も後も、実に有意義だった。
何、黄泉の国へと下る前も後も、実に有意義だった。
……………………………………。
………………………………。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
「総集片はこれでおしまい。ご静聴ありがとうございました……なの」
にっこりと微笑むことみ。
服装は周り回って、光坂高校のクリーム色のブレザーに戻っている。
そしてスルスルと天井から降りて来る幕。
そう、閉演の時間である。
服装は周り回って、光坂高校のクリーム色のブレザーに戻っている。
そしてスルスルと天井から降りて来る幕。
そう、閉演の時間である。
「でも……これで終わりじゃないの。まだまだクライマックスは始まったばかり。
つまり、これは、明日のための小休止」
つまり、これは、明日のための小休止」
こくこく、と自分自身にも言い聞かせるように。
「〝始まりは終わりの始まり〟でもあるけれど〝終わりは始まりの終わり〟でもあるの。
だから今は少しだけ休んで、本当の終わりに備えるの……ことみちゃんとの約束」
だから今は少しだけ休んで、本当の終わりに備えるの……ことみちゃんとの約束」
口元の微笑が更に濃くなる。
アイスクリームのようにじんわりと笑顔が溶けて行くようだ。
バニラ色の制服がことみの表情と合わさって、幸せな空気を作り出していた。
アイスクリームのようにじんわりと笑顔が溶けて行くようだ。
バニラ色の制服がことみの表情と合わさって、幸せな空気を作り出していた。
「そういえば……散々、影響はない……なんて言ってたけど、案外そうでもないかもしれないの。
バタフライエフェクトという言葉もあるくらい。……真相は闇の中なの。
それじゃあ、また……みんなと……違う宇宙でも会える事を……祈ってるの」
バタフライエフェクトという言葉もあるくらい。……真相は闇の中なの。
それじゃあ、また……みんなと……違う宇宙でも会える事を……祈ってるの」
最後にそれだけ言うと、ことみは客席に向けて小さく手を振った。
バイバイ。バイバイ、と。
バイバイ。バイバイ、と。
そして始まった時と同じく、馬鹿丁寧にぺこり、と一礼する。
スポットライトは消え、世界から光が消えた。
ざわめく観客達もピタリ、と喋るのを止め、幕が下がっていく音だけに耳を傾ける。
拍手も歓声も存在しなかった。
なぜなら、その劇場に足を運んでいた者達はまだ何も終わっていない、と悟っていたからだ。
ざわめく観客達もピタリ、と喋るのを止め、幕が下がっていく音だけに耳を傾ける。
拍手も歓声も存在しなかった。
なぜなら、その劇場に足を運んでいた者達はまだ何も終わっていない、と悟っていたからだ。
ソレは、始まりでもなく終わりでもない。
ソレは、所詮、始まりの始まりに過ぎない。
ソレは、所詮、始まりの始まりに過ぎない。
――――幕が下りる。
果てし無き流れの果てには、何があるのだろう。
暁は光と闇のわかれめ。
落ちる陽と昇る陽とが、この醜くも美しい世界を煌びやかに飾り立てる。
暁は光と闇のわかれめ。
落ちる陽と昇る陽とが、この醜くも美しい世界を煌びやかに飾り立てる。
劇場の再開演はもうすぐそこ。
誰もが本当の終焉を待ち望み、幕が上る瞬間を待つ。
慌てる心配などない。
終幕へのスタートは、今、この瞬間に切られたのだから。
誰もが本当の終焉を待ち望み、幕が上る瞬間を待つ。
慌てる心配などない。
終幕へのスタートは、今、この瞬間に切られたのだから。
そして願わくばこの天と光と星の物語が、かけがえのないあなたの人生の物語にならんことを。
【アニメキャラ・バトルロワイアル 2nd――〝TRUE END〟 Comming Soon!】
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