泥棒の少女は知らず探偵に力を教える ◆d5V5t.thbI



金田一一は、先ほど眼前で起きた理不尽きわまる死に憤りを覚えながらも、一人立ち尽くしていた。
祖父から受け継いだ探偵としての宿命なのか、一はこれまで多くの事件現場に関わった経験がある。
そしてその中で、犯罪に手を染めてしまう沢山の加害者達の姿をも、彼は幾度となく目にしてきた。
殺人に暴行、強盗――。それらが決して赦される行為でないことはよくよく分かっている。
だがそれでも、彼が見てきた犯罪者達の心中には常に、何らかの悲しい理由が、行き場のない苦しみが存在していた筈だ。
恋人を無残に奪われた者、愛する我が子を救う為に必死だった者、母を亡くし復讐に生きた者――――。
彼らのやり方は、確かに間違っていたのだろう。どんな悲惨な理由であれ、人を殺すなどというのは最低最悪の罪悪だ。
けれど逃げられない苦悩の中に囚われ、最後の手段として殺人という禁忌を犯してしまった人々のことは、まだどこかで理解できる。
彼がそれ以上に許せないのは、何の切たる理由もなく他人を殺害して喜んでいるような相手だ。
先刻の男のように、人の命を自由に弄べる玩具か何かだと考えている人種、――それが彼には、何より許容し難かった。
先ほど、まるで喜劇のワンシーンのように呆気なく行われた唐突な死の瞬間を、思い出す。
笑いながら首輪を爆発させた男と、その結果周囲に血と脳漿を撒き散らして死んでいった青年のことを。
死体は、嫌になるほど見慣れている。人が死ぬ瞬間そのものですら、もう何度もすぐ側で目撃した経験がある。
けれどそれでも、人間が打ち上げ花火のように爆散しながら死亡する光景には、言い得ぬほどの恐怖を感じた。

……恐い、恐い、嫌だ、俺はあんなふうに死にたくない。

そう思えば思うほど、何度も何度もあの瞬間の映像が脳内でリピートされ、背筋が強張っていく。
ヤツの命令に反し正面から歯向かえば、今度は自分がああなるかもしれない。
そのことが一の精神に怯えと不安を与え、普段は豪快な筈の肝玉をぎゅうぎゅうと縮み上がらせていた。
あんな相手の言いなりになることなど、絶対にしたくはない。
だがだからと言って、ヤツに立ち向かうことが果たして自分に出来るのだろうか。
いくらこれまで、そこそこの修羅場を潜り抜けてきたとはいえ、自分は所詮平均的な高校生に過ぎない。
小龍のような中国拳法でも使えれば別かもしれないが、そんな技術も体力もどこを探したって出て来ないというのに。
自分の実力を再認識し、一はさらに怖気付きそうになる。
細く長い溜息をつきながら、数メートル先に建っていた灯台を見上げるようにして天を仰いだ。
瞬間、女性のものらしい小さな人影と、その人物の手にしているある『道具』が視界の端を横切る。

「ん……? って、おい!!」

ガラス窓の向こうに見え隠れするその人物が、規則正しい歩調で螺旋状の階段を上っていく。
おそらく最上階へと向かっているのであろうその相手が、これから何をするつもりなのか――、思い当たった一は驚愕に目を見開いた。
うじうじと考え込んでいた内容は、頭の中から一瞬にして霧のように消え去る。
ただ、焦る想いばかりを胸に、その場から灯台の根元へ向けて一直線に走り始める。
もっとよく状況を考えてから動くべきだ、そう頭の中が警鐘を鳴らしたのは、既に駆け出した後だった。
表面に赤錆の浮いた灯台の入り口を、蹴破るようにして内側へと押し開ける。
支給品のランタンを出すのも煩わしく、ろくに目の慣れない暗闇の中を手探りで進んだ。
上階へと繋がる無骨な階段が奥にあるのを発見し、慌ててそちらへ駆け上る。

罠かもしれない、と思う。
よほどの馬鹿でもない限り、『あの道具』をあんな安易に使用する人間はそういない筈だ。
それを考えれば、自分のしようとしている事はただの徒労かもしれないし、最悪、自殺行為の可能性すらある。
もしそうだったならば、自分は正義漢面した大馬鹿者として、朝基あたりに末代まで笑われ続けることだろう。
――けれどそれでも、じっちゃん譲りの探偵としての矜持が耳元で囁いているのだ。
殺人者かも知れないからと相手のことを勝手に恐れて、ここであのコを見捨ててしまっていいものなのか。
たとえそれで自分が惨劇を回避し生き残れたとしても、後悔せずにいられるのか、と。
そして一にとって、結局のところ答えなんてものは最初から決まりきっていて。

「くそっ……、間に合えよ!」

吐き捨てるようにそう呟いたところで、上体のバランスを崩して前方へとつんのめった。
前へ踏み出しかけていた右足が幅狭な階段上を右往左往し、今にも転倒しそうになる。
無理やり身体を捻って何とかしようとするものの、変に大きな動きを取ったのが逆によくなかったらしい。
そのまま顔面からコンクリートの階段へダイブし、鼻先を盛大に擦り剥かせる。
それでも痛いなどと文句を言っている余裕はなく、一はすぐさま立ち上がって歩を再開する。
予想以上に長い階段の全長に、両足の付け根ががくがくと小刻みに震え出し普段の運動不足を大いに痛感させる。
息が切れ切れになり、呼吸が荒く乱れているのがよく分かったが、足を止めるわけには行かなかった。
何とか最上階までの階段を上り切り、金属製の扉を力任せに横へとスライドさせる。
半分転がるようにして足を踏み入れた灯台の最上部には屋根がなく、代わりに一面の星空が頭上を覆っていた。
広がる星屑の海は息を呑むほどの美しさだと言えなくもなかったものの、そんなことに気を取られている余裕はない。
視線を左右へ泳がせ、先ほど確かに地上から見かけた筈の、人影の残滓を探す。

どこだ!? どこにいる?
いくらなんでもアレはまずい。あんなものを使ったら自分がどうなるか、あのコは分かってないのか!?

薄暗い灯台内を見回していた一が、柱の影に背を凭れさせた少女の姿を目に留める。
その少女が今にも、例の道具を使用せんとしているのに気付き、大急ぎで駆け寄った。
けれど一瞬遅く、彼女は大振りのラッパを思わせるその機械を手に、大声で叫び始める。

『アイザック、どこー!? わた……』

静寂の満ちる夜の闇の中に、場違いなほど拡大された声が大きく響き渡る。
選挙演説にでも使うような拡声器――、それを掲げた少女の声が、虚空へ向けて盛大に広がっていく。
数秒後、漸く彼女の背後まで辿り着いた一が、引っ手繰るようにして少女の腕から無理やりその機械を引き離した。
大急ぎで手元のスイッチを切ると、そのまま空いた左手で彼女の掌を取り、今来たばかりの階段へ向けて一目散に走り出す。
戸惑ったような顔で恐々と自分を見上げる相手に、首だけ後ろへ捻って慌てた声で叫ぶ。

「おい、逃げるぞ!」
「へ?」
「いいから早く!」

何が何だか分からないと言いたげな少女を引っ張って、殆ど強制的に長い階段を駆け下りる。
恐らくここだけ見れば、誘拐犯が幼女を連れて逃げ回ってでもいるかのように周囲には映る事だろう。
とはいえ、周りからどう見られるかなんて構っている余裕はこちらにはない。
いや、むしろ誰かにこの光景を見られていたら、それだけでマズイことになるかもしれないのだ。
急ぎ足で開け開いたままだった入り口から外へ出て、周囲にあった小さな東屋のような家屋へと身を隠す。
殆ど使用されていないのか、中は殆ど廃屋に近く、ひどく埃っぽかったが、贅沢は言っていられない。
肺に入り込んだ砂埃にゴホゴホと咳き込みながら、床に座り込んでから、漸く目の前の少女に話しかける。

「アンタ、何やってんだよ!?」
「だって、アイザックを探そうと思って……」
「アイザック……?」

そう聞き返してから、それが先ほど彼女の口にしていた名前だと分かった。
どうやら彼女は本当に、ただ純粋に知人を探そうとしていただけらしい。
そのことに軽く安堵を覚えながらも、同時にひどく脱力する。
いくらあの場から逃げてきたとは言え、放送を耳にした危険人物がこの界隈へやってくる可能性も皆無ではないというのに。

「あのなぁ、馬鹿言うなよ。
 こんなもの使ったら、自分から、居場所を殺人者に教えるようなものじゃねーか」

呆れたように告げた一の言葉に、少女は不思議そうに首をこくんと斜めに傾げる。
次の瞬間、彼女は両目を目一杯に見開くと、驚愕したように高い声を上げて手を前へ伸ばした。
そうして一の両手を握り締め、フォークダンスでも踊るかのようにぶんぶんと上下に振り下ろす。
尊敬する人物を目の前にしたかのようなきらきらと輝く瞳で一を見上げ、嬉しそうに彼女は告げた。

「本当だ! すごいね、あなたホウムズみたい! 名探偵になれるよ!!」
「名探偵って……、いや、そのくらい誰でも分かるだろ……?」

その言葉に、千切れないか心配になるほど激しく頭を左右に振って、少女は嬉しそうに返す。

「そんなことないよ! だって、私があそこに居るのを見てすぐ、何をしようとしてるのか分かったんでしょ!?
 エラリィだって、ブラウン神父だって、きっとそんなにすぐには見抜けないよ! 
 知ってる? だってあの人たち、お話が最後になるころじゃないと全然答えが分からないんだもの。ダメダメだよね。
 それなのにあなたは、見てすぐ分かったんだもん! それってすっごぉぉいことでしょ!?」

マシンガンの弾丸もかくやという超ハイテンションでそこまで一息に口にされて、対する一は目を丸くする。
どうにも言っていることが掴み辛いが、一応は感謝されているらしい。
それは嬉しいのだが――、いくらなんでも彼女は無用心すぎやしないだろうか。
先ほどの放送は勿論、今の状況だって客観的に見れば非常に危なく映ることだろう。
薄暗く人気の無いあばら家で二人っきり……、仮に一がよからぬ考えを持っている相手だとしたら一瞬でお陀仏だ。
なのにどうして、彼女はこんなにも平気な顔をして笑っていられるのだろうか。
それが、一にはすごく不思議に感じられた。

「なぁ、君は恐くないのか?」
「え?」
「あんな……人が死ぬ瞬間を見せられてさ、しかも殺し合えだなんて言われたんだぜ。
 普通、もっと恐がったり、人を疑ったりするもんだろ? なのに、どうして……」

そう問いかけた一に、少女は一瞬だけ考え込むように指先を顎に当てると、すぐに笑顔になった。
その表情にあまりにも邪気が無かったので、一は何故か、妙に居たたまれない気持ちになる。
長い金髪の少女はこちらの瞳を真っ直ぐに見返すと、事も無げに一へ返答する。

「でも、あなたはいい人だったよ?」

口にした彼女には、一切の衒いも恥じらいも無い。ただ淡々と、それでも弾ける様なリズムで告げる。
心底当然のことだとでも言うように、少女は一へ向けて言葉を続けた。

「私の姿を見て、無視してもよかったのに、わざわざ上まで上ってきて危ないことだって教えてくれた。
 一番最初に会えたのが、こんなにいい人なんだもん。きっと、悪い人なんてそんなたくさん居るはずないよ」
「それは……」

それは違う。自分だって、ついさっきまでひたすらに怯えていた。
自分一人があの男に反抗したところで何が出来るだろうと、恐がり、諦めかけていた。
彼女を助けようとしたのは確かに正義感がゆえだけれど、それだって恐怖心でずっと固まっていた。
心に巣食う自分の弱さを思い、頭を抱えたくなった一は、けれど次に彼女が発した言葉に驚いて顔を上げた。

「それに、前にアイザックが言ってたよ。ホウムズにはすっごく強い力があるんだって!
 だからホウムズ以上の名探偵のあなたなら、恐がることなんてなんにもないと思うの!!」
「力……?」
「そう!」

笑顔でそう言う彼女の言葉に、どこか心癒されるものを感じる。
そしてそ同時に、一は己の腹の奥底に熱い炎が音を立てて点火したことに気付いた。
それは、理不尽な殺し合いの主催者に対する怒りと憎しみ。
そして、自分が持っていた確かな『力』へのしっかとした自信だ。
――そうだ、確かに、体育の成績ですら人並み以下な自分に、まともな戦闘能力などありっこないさ。
けど、俺にはあったじゃないか。誰にも負けない『力』、じっちゃん譲りのこの頭と推理力が。
何が出来るかは分からない。けれど、きっと何か出来る。

金田一一は、心に決める。
この殺し合いを、必ず止めてみようと。
自分が誰より尊敬する人物――名探偵と呼ばれたじっちゃんから受け継いだその『力』で。

     *     *     *

「ところであなた、名前は? 何て言うの?」
「あっ、そう言えばまだ言ってなかたっけ。俺は……」

――名探偵の名を継ぐ少年と、名泥棒の片割れを担う少女は、夜深い闇の中でこうして出会った。
我知らず人々に幸福を齎す少女は一人の少年に勇気を与え、彼に己の持つ力を気付かせる。
けれどこれが何かの引き金になり得る行為なのか、答えが出るのは未だ先のこと。
なにせゲームは、まだまだ始まったばかりなのだから。


【D-2/灯台周辺の東屋/1日目-深夜】

【金田一一@金田一少年の事件簿】
 [状態]: 健康
 [装備]:
 [道具]:デイバッグ、支給品一式(ランダムアイテム1~3つ) 
 [思考]
  基本:殺し合いを止める
  1:ミリアと情報交換
  2:ミリアの放送を聞いて集まってくるやつが居ないか心配

【ミリア・ハーヴェント@BACCANO バッカーノ!】
 [状態]:健康。
 [装備]:拡声器
 [道具]:デイバッグ、支給品一式(ランダムアイテム0~2つ)
 [思考]
  基本:アイザック達を探す
  1:金田一と情報交換
  2:金田一と一緒にいる?

[備考]:D-2の灯台周辺から周囲1マス程度に、ミリアの放送が流れました。 
但し、途中で金田一に遮られたせいで実際に流れた内容はごく僅かなものです。


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金田一一 077:そして夜が明ける
ミリア・ハーヴェント 077:そして夜が明ける





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