ガッシュと清麿 ◆LXe12sNRSs



 発見したのは悲劇であり希望ではなかったと、菫川ねねねは痛感した。
 最悪のパターンとして想定していた傷の男も、悲劇の結果を受容した。
 眠れる魔界の王子はただ一人、常世から離れ幻想の世界を旅していた。


 ◇ ◇ ◇


 鼻腔をくすぐる刺激的な香りの数々が、童の気だるい意識を震わせ、完全覚醒へと導いていく。
 チューリップ、アネモネ、リコリス、カーネーション、アヤメ、デンドロビウム、ラフレシア。
 色鮮やか、種類様々な植物たちが花園を形成、魔界の王子を庇護するように包み、囲んでいる。
 空を覗けば天蓋はなく、白雲と青空のコントラストが視界を満たし、太陽光の眩さに照られる。

「ウヌ……」

 右向き、所在確認。
 左向き、存在確認。
 上向き、時節確認。
 本人困惑した顔つきで、唸る。

「う、ウヌ……?」

 覚醒以前の記憶が飛んでいた。ここがどこだかわからなかった。他には誰もいないのか。
 腕を組み、首を傾げ、汗を垂らしながら考え込んでみても、答えをくれる他者はいない。

 黒いマント羽織った金髪の童子、ガッシュ・ベルはひとりぼっちでそこにいた。

 見覚えのない花畑は、ガッシュの住むモチノキ町の植物園に似た匂いがした。
 集う植物たちはイギリス遠征の際に見かけたような珍種も多く、統一感に欠けている。
 はたしてここはどこなのか。ガッシュは考え、悩み、答えが出せずに悶えた。

「ウヌウ……清麿! どこなのだ、清麿ォォー!」

 魔界の王を決める戦いが始まって以降、片時も離れることのなかったパートナーの名を叫び、走り回った。

「ヌゥウウウウウ! キヨマロォオオオオオオ! どーこーなーのーだあああああああ!!」

 心細さから来る涙が、ガッシュの大きな瞳に洪水を齎す。
 不安に押し潰されそうになって、足はなおも加速する。
 雑多な草花を踏み締め蹴散らし、ガッシュは奔走を続ける。

 途中、正方形のカードからものを教わるもまるで理解できず頭から煙を出す男がいたが、止まらない。
 途中、鮫のような歯を持つ男と緑色の法衣を纏う女が情熱的に抱き合っていたが、止まらない。
 途中、首を傾げつつなんですかと連呼する珊瑚礁のような髪の少女がいたが、止まらない。
 途中、カセットラジオから流れる陽気な音楽をテーマにVが踊っていたが、止まらない。
 途中、煙草を吹かした中年刑事が電柱を背に張り込みしていたが、止まらない。
 途中、スターがバンビーナたちをはべらせ乳を揉んでいたが、止まらない。

「どこなのだ~! ピヨバロォオオオオオオオオ!!」

 途中、ハゲ男が肉なしチンジャオロースを作っていたが、止まらない。
 途中、碧色の輝きに包まれた巨大ブリが空飛ぶ様を見かけたが、止まらない。
 途中、ネコミミをつけた老人の拳法家が腕組みをしながら立っていたが、止まらない。
 途中、風呂敷を担いだ二人のカップルが大声を上げながらコソコソしていたが、止まらない。
 途中、垂れ目の奇術師がマジックショーを繰り広げ観客の子供が舌打ちしていたが、止まらない。
 途中、やたらと饒舌でムーディーな鳥がストレッチする少女ファイターを口説いていたが、止まらない。

「ウォオオオオ! 返事をしてくれ清麿おおおおおお!!」

 見知らぬ土地で迷子になってしまった童子は、拠り所を探し求める。
 手段は疾走と、泣き叫び。それ以外は、不安に圧迫された頭には入ってこない。
 世の中とはかくも厳しく、泣きじゃくる子供に声をかける大人は誰もいなかった。
 ただ、一人を除いては。

「おやおやガッシュ・ベル。そんなに喚き散らして、いったいどうしたというんだ?」
「う、ウヌ!?」

 突如としてガッシュの道を塞ぎ、親切心を利かせた穏やかな声を投げかける、一人の壮年。
 貫禄溢れる顎鬚と禿頭が、ガッシュの知る『王』の風格を漂わせ、圧倒する。
 ガッシュはやや物怖じしたものの、訥々とした口調で言葉を返した。

「お、おぬしは、誰なのだ?」
「私かい? 私は螺旋王。王様だ。みんなからはマダ王なんて呼ばれているがね」

 歳に見合わぬ軽い調子で、禿頭の王は自己紹介を告げる。

「ウヌ……? 螺旋王なのかマダ王なのかハッキリしてほしいのだ」
「いやいや、マダ王というのは単なるあだ名さ。ところでガッシュ、マダ王とはいったいなんの略かわかるかね?」

 人差し指を立てて可愛らしげに問いかける螺旋王。
 純真無垢なガッシュは問われるがままに考え込み、頭を抱え出す。
 首を傾げたり回したりして、導き出した解答を元気に発した。

「ウヌウ、わかったのだ! まるで、ダメな、王様。略してマダ王なのだ!」
「ハッハッハ! ひどいなぁガッシュ。いくらなんでも、ハッハッハ、そりゃないよハッハッハ」

 罵倒にもなりかねないガッシュの言を、子供の戯言と寛大に受け取る螺旋王。
 取っ付きやすい螺旋王の人柄に、ガッシュは親近感を覚えつつ尋ねた。

「ウヌウ、それでは正解はなんなのだ?」
「正解はだね…………」

 螺旋王は数秒の間を置き、ガッシュの視線を集める。
 ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえ、さらに時は流れた。
 出題者は解答者を焦らし、大いにもったいぶって、ようやく答えを口にする。

「マジ、ダメすぎる、王様」

 ……一拍の間を置く。

「略して、マダ王さ。マジ、ダメすぎる、王様、の、略……ハハ。は、は、は……。
 くくく……いぃーひっひっひ……くふふふ……にぃぃひっひっひ……ぷぇーぷうぇっえっえっ……。
 はぁーっはっはっはっはっはぁ……はぁ……ふぅぁぁああはっはっはははあっはあっはあっはあっはあ!!」

 自虐的な、ガッシュの解答とあまり差異のない答えを告げて、螺旋王は笑った。
 呵呵大笑の裏には一筋の涙の跡が垣間見えたが、子供であるガッシュは螺旋王の胸中までは察せない。
 ほのかに、痛々しい、という感覚だけを得て、ガッシュは緘口した。

「おいおい、そんな痛い人を見るような目をしないでおくれよガッシュ!
 くぅ~くっくっく……くぅぁーはっはっはっは、っはぁ~――げほぅ!?」

 どう反応するべきかと悩みこむガッシュの眼前、高笑いする螺旋王の身が、横に飛んだ。
 勢いづいたまま草花の絨毯を滑り、断末魔の悲鳴を帯びながら遠ざかっていく。
 突然飛び込んできたドロップキックが、螺旋王をぶっ飛ばしたのだとガッシュは理解して、

「なにをしてる、ガァーッシュ!」

 キックの主が、己に怒声を浴びせる主が、探し求めたパートナー……高嶺清麿であったと知る。


 ◇ ◇ ◇


「――ウヌウ!? こ、ここはいったいどこなのだ!?」

 清麿の姿を確認した瞬間、ガッシュを包む世界は一変した。
 神秘的な花園、消失。オーディエンス、消失。マダ王、消失。
 隣には、『赤い本』を構えた清麿が険しい顔つきで屹立している。

「ここは王の間。俺たちに殺し合いを強いていた黒幕……螺旋王ロージェノムとの、戦いの場だ!」

 理解の追いつかぬガッシュに、清麿が説明を成す。
 瞬間、ガッシュは知った。

 遥か頭上に位置する螺旋状の天蓋。
 薄暗くも碧色の採光鮮やかな室内。
 階段伸び行く先にある空席の玉座。
 そして、

「よくぞ、ここまで……螺旋の戦士よ、最後の関門は私自らが請け負おう」

 玉座の前に立つ――螺旋王ロージェノム。

 そう、ここは最終決戦の舞台だ。
 首に嵌められた枷を外し、天元を突破し、雑兵の群集をくぐり抜け、到達した。
 魔物の子供であるガッシュ・ベルと、そのパートナーの高嶺清麿、二人で。

「戦うぞ、ガッシュ」
「ウヌ」

 高低の合わぬ肩を、横に並べて。
 赤い本を最強の武具として、心の力を託し。

「戦うぞ、ガッシュ!」
「オオ!」

 魔界の王を目指す寄り道として、ガッシュと清麿はこの戦いに身を興じた。

 この、戦い。

 愚劣なる王を玉座から引き摺り下ろし、やさしい王様として皆を導くための、戦い。

 その、最後が今、物語れる。

「戦うぞぉおおおおお! ガァアアアアッシュ!!」
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 清麿の痰を込めた一声、それに乗じたガッシュの咆哮が、開戦の合図となった。
 赤い本は眩く、金色に光輝き、心の力で満たされてゆく。
 人間と魔界の子供の二人組が戦うための力として、機能し、発動する。

「ザケル!」

 口火を切ったのは、初めに覚えた電光の呪文だ。
 清麿の口から術の名が解き放たれ、発動の瞬間ガッシュは僅か意識を失い、口内から電撃が迸る。
 時にはコンクリートを破砕し、時にはスターを丸焦げにする、ガッシュお得意の先制の一撃だった。

 螺旋王はこれを避けず、防御の体勢も取らず、不敵な笑みで受け止める。
 見た目にも屈強な螺旋王の肉体を電撃が駆け巡り、しかし微動だにしない。

「こんなものではなかろう。ここまで到達した猛者二人だ……見せてみよ、螺旋の力を!」
「螺旋の力なんぞ知ったことかぁあああああああ! 俺たちが発揮するのは――」
「――ウヌウ! 散っていった者たちの願いを受け継いでの、心の力なのだ!!」

 清麿の右手が鉄砲を形作り、指先を螺旋王へと向ける。
 これはガッシュの術の矛先を指定する、照準だ。
 ガッシュは清麿の指定した方向を向き、術発動のタイミングを計る。

「テオザケル!」

 ガッシュの口内から、先ほどのザケルの数倍はあろうかという規模の電撃が放たれる。
 破壊の電撃は螺旋王の体躯を包み、飲み込んでいく。粉塵が舞った。
 反撃は、すぐに。
 視界を塞ぐ粉塵の中から、螺旋王は身を弾丸とし、突撃してきた。

「ふぅうううううん!!」
「ヌ!? グゥウウウウ!」

 肉弾戦を仕掛けてきた螺旋王に驚きつつも、ガッシュは遅れることなく防御の構えを取る。
 巨体から打たれる拳が、足元のガッシュへと伸び、鉄槌のように振りかかった。
 威力の程を打撃音が知らせ、しかしガッシュは押し潰されていない。
 螺旋王の拳を、その小さな身ひとつで受け止めていた。

「ラウザルク!」

 呆ける間を得ず、清麿は次なる呪文を唱えた。
 ガッシュの頭上に突如として現れた暗雲。そこから雷が落ち、直下のガッシュを貫いた。
 されどこの落雷に、殺傷能力はない。ラウザルクは、ガッシュの肉体を強化する術だからだ。
 雷の輝きを得て、ガッシュの腕力は倍化した。螺旋王の拳を押さえ込んだまま、掴み、投げ飛ばす。

「ヌゥォオオオオオオオ!!」

 翼を持たぬ螺旋王に、空中での体勢変更は不可能。投げ飛ばされたままの無防備な姿で、部屋の壁に激突した。
 衝撃で床に落下し、すぐに立ち上がるが、ガッシュと清麿はその隙を見逃さない。

「畳み掛けろぉおおお! ガーッシュ!!」
「オォオオオオオウ!」

 ラウザルク発動中の間は、他の術が使えない。ゆえにガッシュは、自ら螺旋王に近づき、格闘戦を持ちかけた。
 螺旋王は、笑みと共にガッシュの接近を受け入れ、拳で応える。
 大人と子供の体が勢いよく衝突し、しかし力は均衡する。
 体格差をものともしない力の発揮が、ガッシュの意地にも思えた。

「よくぞ……ここまで!」

 両者、互いに掌を組み合わせながらの押し合いが繰り広げられる。
 力みながらの苦悶を表情に宿すガッシュとは対照的に、螺旋王は微か、表情に喜色浮かべていた。

 均衡は、ラウザルクの効果が切れると同時に崩れる。
 ガッシュを包んでいた雷光が消え、腕力は元に戻り、螺旋王を下回る。
 ガッシュの小さな身が揺れ、螺旋王によって押し潰されそうになったところを、清麿が、

「エクセレス・ザケルガーッ!!」

 間髪入れず、次なる術を叩き込む。
 発動したエクセレス・ザケルガは、電撃によって形作られたエックス状の極大光線だ。
 それがガッシュの口内ではなく、横合いから放たれ、螺旋王を飲み込んでいく。
 再び壁へと衝突を果たし、また粉塵による暗幕が張られた
 その隙を縫い、ガッシュは清麿の下まで後退。螺旋王の次なる出方を待つ。

「やったか、清麿!?」
「いや、これしきで終わるとは考えられん。気を抜くな、ガッシュ!」
「ウヌ! 心してかかるぞ、清麿!!」

 互いに鼓舞し合い、ガッシュと清麿は奮闘を続ける。
 緊張を持続させたまま、心の力は途切れず、本に灯った金色の輝きは消えず、そして、

「――やるな! だが、この一撃が受けきれるかな!?」

 粉塵の中から、空へ。一つの影が舞い上がった。
 翼を持たぬはずの螺旋王が宙へと浮遊し、高みからガッシュたちを見下ろす。
 否、その正体は螺旋王ではなかった。

 人間の形を取りながら、人間ではない姿を持つ者。
 歴史上には存在しない、架空のデザインによって成された甲冑を着込む、多元宇宙の戦士。
 ガッシュと清麿の記憶にも刻み付けられている――彼の者の名は、テッカマンランスである。

「あ、あいつは!?」
「最初にやられた奴なのだ!?」

 螺旋王の脅威を知らしめるための見せしめとして、早々に死んだはずの男が今、敵となって再臨した。
 驚きを隠せぬ二人に対し、ランスは嘲笑を浴びせる。フルフェイスに覆われた表情は、素顔を覗かせぬも嘲りの色が滲み出ていた。

「フッ、敵が螺旋王ただ一人だと思い油断したな!? 私はこの機会をずっと待っていたのだ!
 さぁ、見よ! 史上最強のテッカマンたるこのランスが放つ、全身全霊のボルテッカを――」

 敵意を飛ばし、ランスは攻撃行動に移る。

「ボルテッカァアアアアアアアアア!!」

 ランスの胸元から放たれる、極光。
 光線の形を成す一撃は直線状に、ガッシュと清麿の二人を悠々飲み込む巨大さで、迫る。

「くっ……ラシルドー!」

 不意の敵、不意の攻撃に対し、清麿は咄嗟に防御の呪文を唱える。
 ラシルド――床から生えた雷紋つきの障壁は、ガッシュと清麿の身を覆い隠すように聳え、ボルテッカを受け止める。
 衝撃を吸収し、本来なら跳ね返すことが可能だが、ボルテッカの威力が強すぎるためか反射には至らない。
 どころか、障壁はところどころに罅割れ、破壊されようとしている。
 ラシルドが打ち破られ、ボルテッカが貫通まで至れば、待っているのはもちろん、直撃だ。

「はっはっは! 無駄だ無駄だぁ! 如何な魔界の子供とはいえ、ボルテッカの前ではひとたまりも――なにぃ!?」

 罅割れていく障壁の様を見て勝ち誇るランスだったが、すぐに絶句する。
 あわや砕け散るかと思われた障壁が、より厚く、より高く、より巨大に、膨れ上がっていく。
 罅割れも見る見るうちに修復されていき、障壁の大きさはやがて、ボルテッカの質量を越えた。

「ザグルゼム! ザグルゼム! ザグルゼム!」

 真相は、障壁の裏側にあった。
 防御の術であるラシルドを発動し、しかし清麿はそれだけでは終わらなかった。
 障壁の裏側から次なる術、ザグルゼムを唱え続け、ガッシュの口から放たれる雷球を障壁に当て続けていたのだ。

「きょ、強化して……」

 ザグルゼムは、電撃の力を溜める術だ。
 敵に当て続ければ電撃のパワーが蓄積され、次なる攻撃術の威力を当てた回数だけ倍化させることが可能。
 ラシルドに当てれば、障壁に込められた電撃のパワー自体が強化され、結果より堅牢で強固な壁が出来上がる。
 清麿は初めから、ラシルド発動後も障壁を強化し続け、ボルテッカを打ち破る算段だったのだ。

「うっ、ウ……グァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 限界まで強度を増したラシルドが、ボルテッカを反射する。
 ガッシュと清麿を飲み込むはずだった極光は、術者本人であるランスへと返り、塵と化す。
 部屋の壁に大穴が開き、テッカマンランスの撃滅を告げた。

「清麿、心の力はまだ大丈夫か?」
「当たり前だぜガッシュ。俺たちが真に倒すべき相手は、まだ倒れちゃいない」
「ウヌ、それを聞いて安心したぞ。さあ……決着をつけるとしようではないか!」

 勇ましく吼え、ガッシュと清麿が構えなおす。
 眼光鋭く前方を見据え、晴れていく粉塵を注視。
 退かず、逃げず、潰えず、泰然と戦闘続行を意思表示する敵。
 螺旋王は健在のまま、再度ガッシュと清麿の敵として、君臨する。
 そして、ガッシュの勇猛果敢なる宣誓に一喝を返す。

「望むところよ! いくぞガッシュ、清麿ぉおおおおおおお!!」

 最後の敵に相応しい態度でもって、大地を蹴った。
 螺旋王の周囲にあった碧の輝きが渦巻き、捻れる。
 それはまるで螺旋のように、ドリルの形を成した。
 冠さす称号の通り、螺旋王は己を螺旋に仕上げ、突撃する。

「迎え撃てガッシュ! 俺の心の力をすべて注ぎ込んでやる!!」
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 迫るは螺旋の怒涛。これまでに戦ってきた魔物たちの最大術にも匹敵する圧力を、ひしひしと感じていた。
 しかし、ガッシュも清麿も撤退は考えない。防御も回避も選択にない。ここまで来ればあとは攻撃あるのみだ。
 力には力を。螺旋力に二人の心の力を。全身全霊を持って、相殺、いや押し破らんと、意志を強くする。
 赤から金色へと変じた本は、極限まで輝きを増し――

「バオウ・ザケルガ――!!」

 清麿がガッシュの最大術を唱えたことで、極光に至った。
 ガッシュの口元から、電撃が迸る。
 微弱な電撃はすぐに膨れ上がり、巨大な龍を形作る。

『バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

 ガッシュ最大の攻撃術――バオウ・ザケルガ。
 バオウの名を冠さす金色の巨大龍が、長躯を震わせ螺旋に激突する。
 衝撃に光は散り、金色と碧色が混ざり合い、再度発光した。
 実力は拮抗。バオウと螺旋の衝突が押し合い引き合い、決着を目指す。

「負けるな、ガァアアアアッシュ!!」

 さらなる心の力を練り込まんと、清麿が気合を入れた。
 絶対に勝つ、螺旋王を倒す、そういった確固たる意志をエネルギーとして、バオウの輝きを強めていく。

「約束しただろう!? 俺は、おまえを――」

 やがて、室内は金色に満たされる。
 螺旋力の碧を蹂躙し、雷光の輝きで埋める。
 即ちバオウの、ガッシュと清麿の勝利を告げるために。

「王にするぞ、ガッシュ――!!」

 清麿の意志に同調するように、バオウがまた、気高く吼えた。
 万物を喰らう大口が、螺旋の怒涛を飲み込んでいく。
 力の衝突による余波が、ガッシュと清麿の身を震わせた。
 懸命に足場を整え、吹き飛ばされまいと堪える。

『バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

 そして、バオウは消えた――螺旋の怒涛と共に。

「…………」

 バオウと螺旋の衝突に巻き込まれた床や壁が、崩れ落ちる音が響く。
 人の笑い声はなかった。疲れを知らせる息遣いのみが、微かに残る。
 闘争を終了した場は、静寂を取り戻し、無音へと帰していく。
 その流れに、ガッシュと清麿は乗った。
 全ての音が掻き消えたとき――最後に立っていたのは、ガッシュと清麿の二人だけだった。

「……ウヌ」

 声を発すると共に、ガッシュは勝利を自覚する。
 怨敵たる螺旋王の姿はなく、隣の清麿は笑みを浮かべていた。

「清麿……」
「ああ」

 パートナー同士、再度確認し合う。
 間違いではない、事実としての勝利が証明されて、

「勝った……勝った、私は……螺旋王を倒したぞぉおおおおおおおおお!!」

 ガッシュは雄叫びを上げた。
 やさしい王様を目指す上での壁を一つ乗り越え、死んでいった仲間たちの無念を晴らし、平和を得た。
 満ち足りた達成感が、歓喜の涙を呼ぶ。ガッシュは嬉しさのあまりわんわん泣き叫び、清麿にも喜びを求めた。

「清麿! 私たちは勝ったのだな!? 螺旋王を倒し、これで全て元通りに……」

 ガッシュの視線が、清麿の顔と向かい合う。
 見詰め合って、嬉し涙は止まった。

「清、麿……?」

 清麿は笑っていた。
 穏やかな微笑みをガッシュに投げかけ、言葉なく。
 中学生とは思えぬ大人びた風格で、五歳のガッシュを諭すように。

「……ずっと、考えていたことがある」

 清麿はすずろに語り出し、ガッシュは黙って耳を傾けた。

「魔物の本の持ち主が、不慮の事故かなにかで死んでしまったら、残った本は……魔物はどうなるのか?」

 なんということはない、仮定だった。
 病気や事故、はては寿命……魔物のパートナーである人間には、様々な運命がつきまとう。
 翻弄される身は絶対ではなく、いついかなるタイミングで不幸が訪れたとしても、不思議ではない。

「魔物が自分の本を自分で燃やせないように、自分のパートナーを魔物が殺すなんてできないだろう」

 魔界の王を決める戦いに、リタイアは許されない。
 本を燃やせば魔界に送還される。魔物は自分で自分の本を燃やし、魔界に帰ることはできない。
 本、が無理だとするならば……本を扱うパートナーが絶命した場合、その魔物はどうなってしまうのか。

「だが、人の運命なんていつなにが起こるかわからん。絶対なんてものはないだろう」

 本も同時に焼失し、魔物の子も敗北が決定してしまうのかもしれない。
 本だけが残り、戦うための牙をもがれ、ただ他の魔物に本を燃やされる瞬間を待ち続けなければならないのかもしれない。
 だが、それで最後まで生き残ったとしても、王の資格にはならないだろう。

「だとしたら……ガッシュにはきっと、新たなパートナーが現れる。きっと……」

 故に清麿は、この結論に達した。
 パートナーの死は、リタイアには繋がらない。
 希望はまだ、残される。新たに作られるのだと。

「だから、おまえは王になれ。俺が――――でも……」

 せめて、ガッシュにそれを伝えたかったのだろう。
 清麿は穏やかな笑みを保ったまま、ガッシュの頭に掌を乗せた。
 やさしく撫で、激励する。

「夢を諦めるな、ガッシュ――」

 荒んでいた中学生児童の人生に、刺激と充実感を齎してくれた、非常識な子供。
 生き方を変えさせてくれた、感謝したくともし切れない、生涯最高の相棒。


 かけがえのない友、ガッシュ・ベルの幸せを願う。


 ◇ ◇ ◇


 ――そして、ガッシュ・ベルは夢から覚めた。

 自身が横たわっていた畳と、なによりも全身が、水気を帯びていた。
 マントはびしょびしょ、前髪からは水が滴り落ち、少し寒い。
 所在を確認するため周囲を見渡せば、木造の天井や障子、襖が目に入る。
 見慣れぬ平屋の一室で、ガッシュは水をぶっかけられ、眠りから覚めた。

「やーっと起きたかこの寝ぼすけ」

 起き上がったガッシュの後ろには、一人の女性が立っていた。
 陰険そうな顔つきに男ものの眼鏡をつけた面相は、第一印象で怖い、と感じてしまう。
 気絶する寸前の記憶を呼び起こせば、

「……あっ」

 あの、黒い太陽の上で見た……囚われていた女の人だ、と思い出す。
 ガッシュがずっと探し求めていた高嶺清麿を知る者、ギルガメッシュが綴る者と称していた、菫川ねねねである。
 その彼女がどういうわけか手にポリバケツを携え、不機嫌そうに眉根を寄せている。
 水を被る自分と、バケツを持つねねねの意味も導き出せぬまま、幼いガッシュは思案に暮れた。

「ウヌウ……?」

 と短く唸って、表情は凍った。
 ガッシュの新円の瞳が、ねねねの奥側にあったものを捉える。
 焦点はそちらに移動し、思考も止まった。
 邪魔にならぬようにと、ねねねはガッシュの視界から外れた。
 ガッシュはねねねの姿を追おうとはせず、視界の奥に横たわるそれに、釘付けになった。

 真っ白い布団に寝かされた、少年の姿。
 シンプルなワイシャツとスラックスを血で汚した、中学生の姿。
 顔面を白い布で覆い隠され、捲らずともその意味を知らせる、探し人の姿。

「……あ、あぁ…………」

 ガッシュの脳髄が、抉られる。
 子供ながらに抱いていた死のイメージが、現実と直結する。
 瞳が潤いを増し、涙腺が決壊、頬を伝わる。

「な、ぜ……どうして、なのだ……」

 うわ言のように呟く言葉は、受け入れがたい現実を受け入れられないでいる、童心の表れだった。
 なんで、こうなってしまったのだろう。どうして、回避することができなかったんだろう。
 悲しみと同時に後悔が押し寄せ、ガッシュの心は崩れ落ちた。

「あ、ああぁああああぁ、あああぁあっ……」

 作り上げた砂の城が、津波で一気に攫われてしまうかのように。

 高嶺清麿の死を知ると同時に、ガッシュ・ベルの夢は潰えた。


 ◇ ◇ ◇


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272:負の連鎖と正の一石、ねねねの涙 菫川ねねね 276:未来の二つの顔
272:負の連鎖と正の一石、ねねねの涙 ガッシュ・ベル 276:未来の二つの顔
272:負の連鎖と正の一石、ねねねの涙 スカー(傷の男) 276:未来の二つの顔









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