たたかう十六歳(^^;)  ◆DNdG5hiFT6



(気持ちいい……)

小早川ゆたかが最初に感じたのは温もりだった。
小さいころ、熱を出したとき、姉がずっと手を握ってくれてたような安心できる暖かさ。
でもお姉ちゃんほどやわらかくなくて、ゴツゴツしてる。
その感触に違和感を覚え、ゆっくりと小さな瞼が開けられる。
そしてその両目が見たのは、至近距離にあるDボゥイの顔だった。

「え、えええええええ!!?」

ゆたかの顔は一瞬で沸点まで上昇し、突き飛ばすように離れてしまう。
ちょっと離れた所で息を整えて周囲を見回し――そして、全てを思い出した。

「ひっ……!」

その瞬間、思わずDボゥイから距離をとってしまう。
この人にだけは汚れた自分を見られたくなかったのに。
よく見れば全身は傷だらけで、前に別れた時にはなかった傷をたくさん負っている。
恐らくは自分を助けるために負った傷もその中にはあるのだろう。
そして、さっき自分のせいで受けた傷も。

その姿を見て、ゆたかの中に住み着いた弱音の虫が騒ぎ出す。
先ほどまであれほど心地よかった温もりも、今や彼女を責め苛むものでしかなかった。

「う……ああ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

そしてやっぱり彼女は弱いままで、罪を真正面から受け止め切れなかった。
自己嫌悪に陥ることがわかっているのに、言い訳をして彼の元から逃げ出した。

――人間、いきなりは変われない。
ここに残ったのは一つの結果だけ。
小早川ゆたかは確かに外に向かって一歩を踏み出した。
だが少女の闇はそれでも晴れず、男の強さでは少女の弱さを救いきれなかった。
ただ、それだけのことだった。



    *    *     *


少女は歩く。
目的地も何もなく。もくもくと、ふらふらと。
ただ、背後から迫ってくる罪に追い立てられるように。
最初は走っていたが、その内疲労で足が高く上がらなくなった。
それでも歩みは止めない――止まらない。
迫ってくる罪から一刻も早く離れようとする。
少なくとも今のゆたかには、そう、感じられたから。
……だがそんな彼女を追ってくる音があった。

――ペタペタ

振り返った背後にいるのは、傷だらけの小さな白い龍。
彼女の世界にそれに該当する生物はいなかったが、以前マタタビという喋るネコを目撃しているのでさほど驚きは無い。
ここは漫画やゲームみたいな世界なのだから。

「……ついてこないで」

フリードリヒを冷たい目で見て、ゆたかは再び歩き出す。

――テクテク

――ペタペタ

――ピトッ

――ピトッ

だが、こちらが止まるとあちらも停止し、こちらが歩き出せばあちらも飛ぶ。
こちらにあわせるように一定の距離をとって、フリードリヒはゆたかの後を付いてくる。

「ついてこないでって言ってるのに!」

ゆたかは声を荒げるものの、フリードリヒはつぶらな瞳で見返すだけ。
何回それを繰り返しただろう。
その内言葉の通じない動物に怒っても無駄だと思い、ゆたかは無視を決め込むことにした。

だが小さな使役竜は、少女が拒否の言葉を口にしたことを理解していた。
それでもフリードリヒは付いて行く。彼女を傷つけないように、見守るように。
何故ならばその少女は泣いていた。
涙は流さずに、しかし確かに泣いていた。
まるでフェイト・T・ハラオウンに引き取られる以前のキャロ・ル・ルシエのように。
そうでなくとも何故か目の前の少女は亡き主を思い出させる。
だから例え全身の傷が痛んでも、彼女を放っておけるはずなどなかった。

そんな奇妙な距離を保ったまま、1人と1匹は北上する。
どこか目的地があったわけじゃない。
ただがむしゃらに逃げ出した先が北だったというだけ。
だがある場所に着いたとき、ゆたかは思わずその足を止めた。

「あ……」

一面に抉り取られた剥き出しの大地。
そこはかつて総合病院があった場所だった。
だが今や赤い暴力に吹き飛ばされ、瓦礫の一片すら存在していない。
最早そこには跡形もなく吹き飛んだ傷跡が残るのみ。
常人ならばそれを引き起こした“何か”に恐怖することだろう。
だがゆたかの心に恐怖はなく、ただ深い悲しみがあるだけだった。

「シンヤさん……」

相羽シンヤの墓を作る……それはかつて抱いた望み。
かつて人質になった、でもどこかで互いに信用しあっていた気もする不思議な関係。
そして、自分が気を失っている間に殺されてしまった人。
だからせめてお墓だけでも作ろうと思ったのに――。
だが最早すべては吹き飛ばされて、もう2度とその望みは叶わない。
そしてそれは『いっしょに作ろう』と約束してくれた少女、
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとの約束も永遠に果たせなくなってしまったことを意味していた。

そして視線を少し上へ上げれば大きく抉れ、三日月になった黒い太陽の姿。
Dボゥイから逃げることに腐心するあまり、再び近づいてしまったのだ。
ゆたかにとってはそれが、“罪”が追いついてきたように感じられた。

……どんなに逃げても、結局は逃げ切れない。
そう悟った瞬間、全身の力が抜け、むき出しの大地にそのまま倒れこんだ。
何をやっても無駄に終わるのなら、いっそこのまま、私だけ消えればいい。
そうすれば誰も傷つけなくてすむ。傷つかなくてすむ。

――ああ、夜露に冷えた地面が冷たくて気持ちいい。

追いついたフリードリヒがこちらを心配しているのかキュイキュイと鳴いて服を引っ張っている。
だが今のゆたかにはそれが邪魔で邪魔で仕方が無い。

うるさいなぁ、放っておいてよ、もう。

だから意識を閉じる。
目も、耳も、五感をすべて消し去ろうともくろむ。
だがその全てが消え去る前に、ゆたかの耳と頬で地面から響く足音を聞いた。
最初は気のせいだと思ったが、足音は少女の近くでピタリと止まる。
確かな人の気配を感じとったゆたかは、仕方なしにうっすらと目を開ける。

「やぁ、こんな所で寝てると風邪を引くぜ?」

その先で、黒髪の少年が笑みを浮かべていた。


    *    *     *


本来ならばジンはスパイクの待つ卸売り市場に向かうつもりであった。

その決断を変えたのは目の前でギルガメッシュが放った赤い閃光。
容赦も何も無い赤い嵐は全てを砕き、破砕した。
それはいい。そのあり方ががギルガメッシュの王道だというのなら、ジンには止める理由も何も無い。
だが、その矛先にあったものが問題だったのである。

(あの光は……病院を貫いた?)

総合病院、それは今から約14時間前、ジンが清麿と別れた場所。
清麿と分かれて半日以上、いつまでもそこにいるとは思っていないが、それでも可能性はゼロではない。
清麿はこの狂った宴を楽しいパーティに変えるには必要不可欠の人材だ。
それに……何より信頼できるパートナーでもある。
だから彼の元へ向かった。彼の無事を確かめるために。

だが……病院跡に到着したジンは理解した。
例え清麿がこの場所にいたとしても、自分はそれを確認できないだろうと言うことを。
そこにあったのは半壊全壊なんていうレベルじゃない……消えて滅する“消滅”、そのものだった。
だから物音を聞きつけた先で女の子が倒れていることに驚いた。
彼女も病院を目指していたのなら、自分の知らない何かを知っているかもしれない。
例えば――自分が別れてからの清麿の動向なんかを。

そう決意した後のジンの行動は迅速だった。
少女を守るように威嚇するドラゴンの子供に敵意が無いことを何とか伝え、
ドラゴンを肩に、少女を抱えて消防車まで連れて行き、
驚く舞衣にゆたかを介抱させ、自分は龍の傷を治療する。

そして今現在、少女は濡れた布切れを額に当てて、後部座席にもたれかかっている。

(さて、何でもいいから情報が欲しいところだけど……)

だが少女は明らかに疲労困憊。
濡れたタオルを額に当てているとはいえ、無理をさせるわけにもいかない。
だからとりあえず気になっていることを訊くとしよう。
それ以外は一休みしてからでも構わない。

「俺はジン。まぁ、ケチなドロボウって奴さ。
 なぁ、君は清麿――高嶺清麿ってやつを知らないかい?」

その名前をジンが口にした瞬間、少女の体がビクリ、と動く。
ビンゴだ。どうやら何かを知っているらしい。

「清麿のことを何か知っているのかい? だったら――」
「清麿君は――私が殺しました」

だが帰って来た答えはジンの予想を遥かに超えるものだった。
衝撃的な一言で車内の空気は一気に凍りつく。
――その結果にゆたかは暗い悦びを見出す。
それでいい。もっと蔑んで欲しい。私は汚いものなのだから。

「あの黒い機械を動かして、それで一緒にいた清麿君を殺しました」

自分でもぞっとするほどの暗い声だった。
続けるようにゆたかは自身の中の闇を吐き出すように淡々と語る。

「みんないい人たちだったのに。ねねね先生も、明智さんも、私が、全部……」

その最後は見ていないが、あんな巨大なものが浮上したのだ。生きてはいまい。
そんな都合のいい事なんて、この世界には存在し無いのだから。

「……何で、私だけが生きてるの?」

少女の絶望は疑問の形を取って現れた。

だってシンヤさんが死んだのは私が眠っていたから。
だってイリヤさんが死んだのは自分が応援なんてしたから。
だってDボゥイさんが傷ついたのは自分を助けようとしたから。
そして明智さんを、ねねね先生を、清麿君を殺したのは――他でもないこの私。

それだけ他の人を傷つけてるのに、それでもまだ生きている。
そんなのまるで疫病神そのものじゃないか。
何て――気持ち悪い。
私って、何て醜くて気持ちの悪い生き物なのだろう。
ああ、生きていることが気持ち悪いことなんだって、知りたくなんて無かったのに。

「私が、死ねばよかった……!」

その言葉もまた、口だけの癖に。
死ぬ勇気も無い癖に。
自分の弱さが同情を引くものだと理解していて、それでこんな行動を取る。
ああ、神様教えてください。
どこまで『小早川ゆたか』は、汚いものになればいいんですか?

思考の悪循環は止まらずに、少女は更に沈み込む。
善意が追い詰め、青年でも救いきれなかった泥沼は重く、深い。
泥沼は少女の耳を閉じ、目を塞ぎ、全ての感覚から彼女を遠ざける。
まるで失ってしまった黒いゆりかごを、自ら作り出そうとするかのように。


――パァン

「え……」

そんな彼女の耳に届いたのは音と熱。
ゆたかは体が弱い。また両親も、姉も、友人も優しい世界に生きてきた。
だから最初、ゆたかにはその熱が痛みだとは気付かなかった。
その音が自分がぶたれた音だと気付けなかった。

そのことを理解したのは、自分と同じ後部座席にいる少女の視線を受けてからだった。
こちらを見る目に宿るのは炎のような怒り。
直裁で不躾で、遠慮も何も無い真っ直ぐな、ゆたかだけを責め立てる怒り。
ずっと“いい子”で過ごして来たゆたかにとって、それだけの敵意をぶつけられたのは初めてのことだった。

「――ふざけないで」

低い、舞衣の声が車内に響く。

「死ねばよかった? だったら死んで見なさいよ。
 死ぬ覚悟も無いくせにそんなことを言わないでよ!
 悲劇のヒロインぶってたら、さぞかし楽でしょうね!」

舞衣は怒っていた。これ以上無いぐらいに怒っていた。
目の前の少女は勝手に塞ぎこんで、勝手に自己完結している。
その姿は舞衣の脳裏に否応無しに思い出させる。
絶望し、目に映るものすべてを破壊しようとしていたあの時の自分を。

それは舞衣が最も後悔し、思い出したくも無い恥部。
それを客観的に見せ付けられ、今まで何処か心ここにあらずといった状態だった舞衣の中で怒りのスイッチが入る。
自分でも止められないほどの怒りの衝動が舞衣の中で渦巻いている。
端的に言うなら、そう――鴇羽舞衣は小早川ゆたかにムカついていた。

「何? ダンマリ? ……何とか言ったらどうなのよ!」

怒りの衝動をゆたかに叩きつける舞衣。
それは“理解”という最も重要なプロセスを抜きにした、幼稚で乱暴なコミュニケーション。
言うだけ言って自身の感情をぶつける、言葉の暴力。
そしてその暴力に晒された結果、弱いゆたかは――

「私のこと何も知らないくせに……勝手なこと、言わないで!!」

――キレた。

目には目を。稚拙なコミュニケーションには稚拙なコミュニケーションを。
あふれ出たその怒りが小さな体に収まりきらなかったのか、気付けば舞衣に飛び掛っていた。
ゆたかがいくら小柄とはいえ、全力で飛び掛ればそれなりの衝撃になる。
体にあまり良くなさそうな音を立てて、舞衣の体が後部座席に押し倒される。

「あなたみたいに強い人なんかに、私の気持ちなんて――!」

自分は弱い。
肉体的にも、精神的にも。
こんな自分の気持ちなんて、誰にもわかってもらえないし、もらえるはずが無い。
でも理解して欲しい。理解して、優しくして欲しい。
矛盾でしか無いその気持ちは、どうしようもなく自分勝手で醜い。
……でもそれはきっと大なり小なり、誰もが心のどこかに持っている弱い本音の姿。
そしてそれは小早川ゆたかという少女が、初めて他人にぶつけた我侭だった。

「……! ホンキであったまきた!!」

だが我侭だけで通るなら、世に会話というものは必要ない。
因果応報。我侭には我侭を返されるが世の定め。
舞衣は衝動に従うままに両手をのばし、2つにまとめられた髪を引っ張る。
ゆたかは乱暴に髪を引っ張られてきた経験など無い。
プチプチと何本か髪が抜け、激痛が走る。

「あんただって……私の何が分かるのよ!」

そのまま小柄な体を引き倒され、立ち位置が逆転し、舞衣は上から鬼のような形相でゆたかを睨みつける。

「弟が死んで、この世界に呼ばれて! 目の前でシモンが殺されて!
 奪う側に回って! たくさんの命を奪ってきた!
 話しかけてきた名前も知らない男の子! ロイドさん! パズーって男の子!
 さっきだって、ああするしかなかったとしても会長さんの命を奪ってしまった!!
 どう? 不幸比べがしたいんならいくらでも相手になってあげるわよ?」

目の前の少女がどれだけ罪深いのか知らないが、自分の手も相当に汚れている。
いや、意図的に引き金を引いた分、自分の方がきっと罪深い。
生きている価値が無いというのなら、自分の方がそうだろう。

「私、だってぇっ!」

だがゆたかも負けてはいない。
頭を思いっきり突き出し、額同士を激しくぶつけ合う。
人体で最も硬い部分のぶつかり合いに互いの脳裏に星が飛ぶが、覚悟していた分ゆたかの方が回復が早く、マウントポジションを取り返す。

「私もだって明智さんも、ねねね先生も、清麿君も殺してしまった!
 優しくしてくれたのに! 私のことを思ってくれたのに!
 それにみなみちゃんが、友達が、この世界にこれなかったのを喜ぶべきなのに、何でいないのって思っちゃったし!
 何も出来ない、自分が嫌いで!
 消えてなくなっちゃえばいいって思ったのに、それも出来ない!
 私がっ! 私なんてっ!」

告白される罪。
支離滅裂に、無茶苦茶に、少女は誰にも話したことのなかった心の闇をぶちまけていく。

その言葉を聞いて舞衣は思う。
ああ、本当に目の前の少女と自分は似ている、と。
だからわかる。その闇の辛さが。その闇の苦しさが。
だから決意する。
――容赦なんてしてあげない、と。

「そう……そんなに言って欲しいなら言ってあげるわよ!
 アンタは最低よ! 逃げ回ってて、ずるがしこい最低の人間よ!」

その罵声にゆたかの心は切り裂かれんばかりの痛みを訴える。
いや、傷つくというのならさっきから傷つきっぱなしだ。
だって目の前の少女が自分と似ていることは、ゆたかだって気付いていたのだから。
舞衣に向けられた敵意は跳ね返って、自分を際限なく傷つけていく。

「私だってそう! 誰かを傷つけて、手を汚して、どうしようもないぐらい人間よ!
 でも……でもね!」

ゆたかの目を真正面から睨みつける。

「どんなに嫌いでも! どんなに醜くても! そんな自分を好きでいてくれた人がいるのよ!
 だから私はもう死ぬなんて言わない、言えるはずが無い!」

――かつて、知り合いの知り合いというだけで、見ず知らずの自分を救ってくれようとした少年がいた。
終わりの無い悪夢で闇を払い、2度も進むべき道を指し示してくれた親友がいた。
そして……“あの人”は、血まみれの自分を否定も肯定もせずにただいてもいいと認めてくれた。

そう、それは炎の中で思い出した、自分を支えてくれていた人たちの姿。
どんなに自分自身を否定できても、あの輝く日々を否定できはしない。
それが炎の中で見つけた、鴇羽舞衣という少女の真実。

「そんなのって!」

その考えにゆたかは反発する。
そんなの最低だ。それじゃあ殺された人たちの無念はどこへ行けばいいというのだろう。
それにあなたと私は違う。私みたいな人を好きでいてくれる人なんて――!

『ゆたか~! 高校合格おっめでとぉ~う!』
『大丈夫、ゆたか……? 気分が悪いなら保健室に……』
『小早川さんは優しいッスね~……こう、創作意欲がムクムクと……』
『ユタカ is very prettyネ! moeデス!』

だが記憶の中から出てくるのは優しい、懐かしい声だけだった。
元の世界にいる優しい姉。
高校で出会った、頼りになる大好きな親友。
自分に知らないことをたくさん教えてくれる、気のいい友達たち。
そして――

『ホントに……ホントのホントに大好きだよ。私の……自慢の従妹で、素敵な友達で、かわいい妹だったよ』

この場所では再会できなかった大好きな従姉。

『うん。ありがと、ユタカ。あなたも探してる人と出会えようお祈りしてあげる。
 だから大丈夫きっと会えるわあなたも、こう見えても、わたし奇跡を起こせるんだから』

自分を励ましてくれた雪の少女。

『行こう、ゆたか。こんな寂しいところに君を一人にしておけない』

そして――傷つくことも恐れずに自分を助けてくれた青年。

自分を愛してくれた、支えてくれた人たちの言葉が心の中から溢れていた。

……小早川ゆたかは本来他人を想いやることの出来る優しい少女だ。
故に無力を嘆き、その心を闇に染めた。
その闇は深く、明智健悟の説得もDボゥイの救いの手も届かなかった。

だがそれは当然のことだろう。
何故ならば彼らは強い。例えるなら光のように、正しく、真っ直ぐだ。
だが光が強ければ強いほど影が濃くなるように、彼らの強さは少女の弱さを明るみにしてしまう。
だから届かない。
声を張り上げても、手を伸ばしても、少女の闇は濃くなるばかり。

だが鴇羽舞衣は違う。
彼女は弱い。挫け、迷い、縋り、その手を血に染めた……ゆたかと同じ弱い少女である。
だが、だからこそ、この世界で唯一声が届く。その闇を焼き尽くすことが出来る。
なぜならその闇は彼女がすでに知り、乗り越えたものなのだから。

そして闇を払われ、剥き出しになったゆたかには否定できない。
弱い……だが優しい少女には大好きな人たちを否定することは、例え天地がひっくり返っても出来なかった。

でも、だからこそ誰かの血で汚れた手を見て心は痛む。
その人たちに顔向けできない自分になってしまったから。

「でも……でも、じゃあどうやって償えばいいんですか!
 清麿君も、明智さんも、ねねね先生も、全部あたしがこの手で……!」
「償えるわけ無いでしょう!」

死者はもうしゃべらない。笑わない。泣かない。怒らない。
だからこそ人の命は、重い。
それを奪ったと言うことは逃げることも許されない罪なのだ。
そして舞衣は剥き出しになった弱い少女にも容赦はしない。

「だから背負って生きるしかないじゃない!
 死ぬほど悔やんで、背負って、最後の最後の瞬間まで後悔して!
 それでも全力で生きるしかないのよ!!」

それはきっとつらいことだ。
人と触れ合った時。誰かの死を聞いたとき。眠る直前。
ふとした時にそれは思い出され、心を際限なく苛むだろう。
想像するだけで――恐ろしい。

そんなの弱いゆたかには背負えない。
だが目の前の少女は視線で突きつける。
無理でもやれ。ボロボロになっても、その重みで潰れきるまで背負い続けろと突きつけ続ける。
手は差し伸べず、ただ突き放すだけ。
その態度は甘くない。優しくない。泣いても決して許さないだろう。

……けれどそれは彼女が何時しか望んでいたものではなかったか?

「だからそれまであたしは精一杯背負って生きる!
 いつか、あっちに行った時になつきたちに胸を張れるように!」

正しく、もう2度と弱い自分に負けないように。
誰かに手を差し伸べ、誰かを守り、ただ誇れる自分でありたい。
なつきに託された想いに、それに――“あの人”に救われた命の価値を高めるように。
たとえ、どんな苦しい最後を迎えるとしたって、後悔なんてしない。

幾つもの罪にまみれ、それでも光を選んだ少女は、そう、言い切った。
その少女を睨みつけて、ゆたかは口を開く。

「……そんなの、言い訳です」
「そうよ、言い訳よ。……でも何もしないよりはよっぽどマシよ」

せめて心の中に燃やし尽くすものがある限りは死ねるものか。
その意思だけを武器に舞衣は生きている。
だから強く、一片の迷いもなく、ゆたかの目を見ることが出来る。
だがゆたかも負けん気だけで、真正面から睨み返す。


――そして、そのまま一分もしないうちだったろうか。

「――ぷっ」
「――くすっ」

少女達はどちらからでもなく吹き出した。
そして互いにぼさぼさの髪と傷だらけの顔が酷くおかしく見えて、互いに腹を抱えて笑い出した。

「酷い顔……!」
「そ、そっちこそ……!」

笑う。
思いっきり笑って体中が痛いけど、それもまた生きている証。
そして小早川ゆたかは実感する。自分の生を。罪深い自分の生を。
汚れながらも確かに生きているのだと、全身の痛みが主張していた。

その痛みもまたおかしくて、2人して馬鹿みたいに笑い合っていた。
そしてひとしきり笑いあった後、目じりに浮かんだ涙を拭いながら、舞衣がふと口を開く。

「……ねぇ、あなたは家族と喧嘩したことある?」

父も、母も、姉も、叔父さんも、従妹も優しかった。
だからゆたかは首を横に振る。
それを見て、舞衣は寂しそうに笑う。

「私もね……なかったんだ。
 巧海っていう弟がいたんだけど、病弱だからって遠慮して……逆に傷つけて。
 最後には許してくれたけど……もっと……喧嘩すればよかったなぁ」

その姿が寂しげに見えて、ゆたかは舞衣の手をぎゅっと握る。
繋がれた手は柔らかくて、確かな温もりがあった。
互いの鼓動を感じて、安心すると同時に実感する。
幾つもの、このぬくもりを私は消してしまったのだ。
ああ、私の、私たちの罪はなんて重いのだろう。

目と目が合う。そして理解する。
……ああ、私たちは本当に似ている。
だから互いの気持ちが分かる。だから互いの痛みが分かる。だから互いに思っていることが分かる。
温もりは罪の重さとなって、2人の少女を責め立てる。
だから弱い少女たちは互いに庇いあうように、互いを支えあうように、互いの体を抱き寄せる。

「ごめんなさい、ごめんなさい……明智さん、ねねね先生、清麿君、ごめん……ごめん、なさい……!」

ああ、あの人たちなら手を振り払っても、笑顔でいてくれたはずなのに。
どうして逃げ出してしまったんだろう。
何で何も言えなかったんだろう。
今なら出来るのに。とても簡単なことなのに。
たら、ればを繰り返しても意味が無いと知っていても後悔は止まらない。
優しい笑顔だけが思い返されて涙が止まらない。

「ごめんなさい……ロイドさん……パズーくん……あの子も……」

舞衣も自分の奪った命たちを想って泣いた。
あまりに理不尽な暴力となって、殺してしまった罪なき命。
手を取り合って進む道もあったはずなのに、自分の弱さが彼らを殺した。

ごめんなさい、ごめんなさい。
涙が枯れるまで泣いたら、また背負うから。一生背負っていくから。
だから今はどうか、泣かせてください。
痛みから逃げるためじゃなく、あなた達のことを想って、どうか涙を流させて。

閉じられた箱の中で彼女達はぶつかり、互いに傷つきあう。
そして弱い少女達は初めて真正面から自分達の罪と向きあった。


   *   *   *


……それからどれだけ時間が経ったのだろう。
泣き終えた2人は互いに頬を赤く染め、車内には気まずい空気が充満している
互いに情けないところを見せたせいか、どうにも照れくさい。

「ありがとう、ええと……」

そこで気付く。
さっきまで引っつかみ合いのけんかをしておいて、互いに名前すら知らないのだ。
そんな事実に今更気付き、2人して苦笑する。

「私は鴇羽舞衣。舞衣でいいよ」
「じゃあ、私もゆたかでいいですよ、舞衣ちゃん」
「ちゃ、ちゃん付けか……」

年下の少女からの“ちゃん”付けは流石に予想外で面食らう。
でも最大級の親愛を受けて悪い気はしない。
ただ、気になるのは――

「? どうかしたんですか?」
「あ、ううん、何でもないよ!」

“ゆたか”という名前が頭のどこかに引っかかるのだ。
焼け焦げた記憶の中でちらつく影があるような……。
だがそんな舞衣を見て、ゆたかはボソリとつぶやく。

「……やっぱり舞衣ちゃんは強いよね。
 私は言われなきゃ気が付かなかったけど、舞衣ちゃんは自分で気付けたんだもん」

それはさっきまでの僻みの感情なんかじゃない。
ただ、そう思ったから言っただけの言葉。
だから舞衣も苦笑で答えることが出来る。

「ううん、私は強くない。強いとしたらそれはきっとあの人の強さ。
 あの人がボロボロだった私を叱ってくれたから気付けただけ」

“あの人”と言った舞衣は少し誇らしげで、でも何処か照れくさそうで。
それでゆたかは“あの人”の言葉に隠された感情を理解する。

「……どんな人、なんですか?」
「強い人……かな。
 私なんかよりも辛いことがあったのに、それでも絶対に道を間違えない強い人」

でもそこで、舞衣は少し寂しげな表情になる。

「でも多分その人は私を女の子としては見てないと思うけど……」
「そんな! 舞衣ちゃん可愛いのに!」

ゆたかの周りにも美少女と言える人物は多いが舞衣もそれに負けていない。
それにさっき抱きしめあった時に感じた2つの膨らみ。
高良先輩やパトリシアさんぐらいあるんじゃないだろうか。
それだけじゃなく全体的なプロポーションもすごくいい。うらやましいぐらいに。
ふと、何気なく自分の体を見下ろす。

つるーん。ぺたーん。すとーん。

「……ううっ」

従姉のように自身のスタイルをステータスや希少価値と割り切れるほど、ゆたかは達観してはいない。
だが、そんなそんな様子に気付かず、褒められてちょっと顔を赤くしながらも話を続ける。

「なんて言うのかな……あの人には夢って言うにはあんまりにも悲しい使命があって、
 そのために自分の身が傷つくのも構わずに飛ぼうとしている。
 だから今はそんなことに構ってるヒマは無い……って感じなのかな」

でもね、と区切って笑みを浮かべる。
笑顔は恋する乙女の強さだ。

「でもね、私はそれでも構わない。
 ただあの人を支えてあげたい……少しでも背負ってるその荷物を軽くしてあげたい。
 今は、そう思う」

『迷惑かけっぱなしだけどね』、と困ったように笑う舞衣。
ゆたかはそんな表情を見て、とても魅力的に感じた。

そして思う。ああ、やっぱり自分と彼女は似ているのだと。
ゆたかの脳裏に浮かぶ青年も強く、激しい人だった。
絶対諦めない強い瞳。分かりにくいけど、他人が傷つくことを嫌う、誰よりも深い優しさ。
あの目が、温もりがさっきまではあんなに恐ろしかったのに、今はもう――こんなにも愛しい。

そう、今なら素直に認められる。
私は、小早川ゆたかは、Dボゥイさんのことが好きなんだ、と。

それはゆたかにとってはじめての恋だった。
こんな場所で出会ったから、もしかしたら刷り込みみたいな物かもしれないけど。
憧れ交じりのしっかりしたものじゃないのかもしれないけれど。
でも、それでも、この気持ちを否定したくないという気持ちはきっと本当だから。

「あなたもいるんでしょ、そういう人? そういう顔……してるもの」
「……はい」

だからそう聞かれても、素直に肯定できた。
その答えを聞いて舞衣も微笑む。

「じゃあ、もうちょっと……がんばろっか」
「……はい」
「卑怯者だね、私たち」
「……はい!」

また、笑い会う。
それは照れくさいような、何処か嬉しいような共犯者の心境。
でもそこでゆたかは思い出す。
自分にはまだやるべきことがあるじゃないか、と。
だからゆたかは立ち上がり、車のドアを開けた。

「ちょっと、ゆたか、何処に行くの!?」
「私、その人に助けられたのに逃げ出してきちゃったんです。
 だから、戻って謝らないと」

だが少女は目に見えて疲労しているし、一人で行かせる訳には行かない。
そうだ。ジンに頼んで車を出してもらえば……

だが振り返った先、運転手席にジンの姿はなく、そこにあったのは
助手席にちょこんと座ったフリードリヒの姿と、ハンドルの所に残されていた一つのメモだけであった。

『お姫様のお相手は任せます。ドロボウは少し出稼ぎにいってきます 王ドロボウ』

……要するに“ゆたかのことは全部任せた。自分はちょっと出てくる”ということなのだろう。
案外、責任感の無いやつなのかと思ったが、今の自分たちの格好を見て赤面すると同時、納得する。
シーツや制服は乱れ、結構危いところまで見えている。
(ジンには裸を見られているがそれは別カウントである)
それにさっきの言い争いはお世辞にも見れたものではなかった。
自分達でもそう思うのだから、男の目から見れば幻滅ものだったに違いない。

それはともかくとして、マニュアルは置きっ放しだが、自分が運転できるとは思わない。
その代わりとでも言うように、フリードリヒが『クエ!』と鳴き声を上げる。
その姿がまるで『自分に任せろ』と言っているかのようで、小さな騎士の姿に2人して苦笑する。

「うん、わかった。その人に謝ってきたら、その人とここに戻ってきて。そしたら……一緒に行こう」
「はい、じゃあまた! すぐに戻ってきますから!」

かつてのひまわりのような、無邪気な笑みはそこには無い。
でもしっかりとした笑みを浮かべて、確かな足取りで南へと戻っていく。
少女らしい、みにまむてんぽ、で。


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投下順に読む


258:I can fly(後編) 小早川ゆたか 260:NEXT LEVEL
258:I can fly(後編) Dボゥイ 260:アンラッキー・スター
256:空の上のおもちゃ(後編) ジン 260:小娘オーバードライブ(前編)
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