回葬――言峰綺礼 ◆LXe12sNRSs



 地上から空に至るまでの空間を、円柱状の炎が埋め尽くす。
 色は紅蓮。円は微かに螺旋の形態を保ち、熱気は乙女の情念を具現化したような熱さ。

 鴇羽舞衣を包むのは、天壌の劫火。
 そして、彼女を包む劫火の中で、言峰綺礼は、

「 神々しくもあり、また危うくもある。この世のものとは思えぬ、幻想的な炎ではないか 」

 自身を包み込む火柱を見て、苦笑と感嘆。
 言峰が鴇羽舞衣に施した切開は、まったく予想外の結果を齎したのだ。
 予想外……ではある。が、この結果は言峰にとって無為なものではなかった。

「 素晴らしい。実に、素晴らしい 」

 右手が失われていなければ、拍手でも送りたいほどの感動。
 言峰の導きにより、鴇羽舞衣は新たなる扉を開いた。
 その証明と達成感が、愉悦となって心を打つ。

「 祝福しよう、鴇羽舞衣。君の願いは、今ようやく叶った 」

 鴇羽舞衣が抱えていた闇――ラッド・ルッソへの憎悪、体内のラダム、ギアス。
 そして――奪われる立場にいた者としての、懊悩と迷走。
 それらを吹っ切り、鴇羽舞衣の表裏に現れた――炎のように燃える乙女の本能。

「 螺旋の力ではない。それは鴇羽舞衣という存在が持つ――言うなれば、想いの力か 」

 HiME――Highly-advanced Materializing Equipmentとは、『ここではないどこか』から力を引き出し、想念を物質化させる能力者のことを言う。
 エレメントやチャイルドは、HiMEの物質化能力によって顕現した一つの形。
 では、この鴇羽舞衣を包む炎はなにか?
 答えは至ってシンプル。鴇羽舞衣が抱く想念――想いは、とても熱い。
 この情熱的な想いを体現したモノが、炎なのだ。

「 ああ、まるで陽炎のようではないか 」

 舞衣の全身が紅蓮に焼かれ、清められていく。
 煙を出さず、焦げ臭さも抑え、彼女が纏う布を全て燃やす。
 誰もが解除を夢見た魔の拘束具さえも、炎熱でドロドロに溶解する。
 束縛する物質は全て消え、そこには鴇羽舞衣という個体だけが残された。

「 人としての自然体を取り戻し、さらに中身まで焼き尽くすか 」

 紅蓮の抱擁を受ける鴇羽舞衣の奥、言峰はその存在を見据えた。
 進化と生存を望む、異星の生命体。鴇羽舞衣の中に巣食う寄生虫。
 人類滅殺を掲げる野蛮の体現者が、炎の熱気に晒され、苦しんでいる。

「 まさに、浄化の炎と言ったところか。だがそれには、大きな代償を伴う 」

 ラダム虫の断末魔が響き渡り、その怨念とともに焼却される。
 これでまた一つ、鴇羽舞衣は解放された。
 ラダムの駆除、しかしまだ終わらない。

「 なるほど。ギアス……絶対遵守の王の力か。興味深い事実だ 」

 紅蓮が次に焼いたのは、鴇羽舞衣の脳細胞。
 考える力、行動する力を代償にし、想う力だけは残す。
 思慮を持たぬ、考えぬ人になれば、ギアスは適用されない。

「 鴇羽舞衣としての存在は、確かに君のものだ。しかし、代価を払い切った者に、希望はない 」

 鴇羽舞衣の全姿が、神秘的な炎によって庇護されていく。
 混じり気の一切を排除し、純然たる存在として再起した彼女は、なにもせず。
 淡い紅蓮の皮膜に纏われた少女は、まるで火刑に処せられた聖女ジャンヌ・ダルクのようであった。

「 ――発つか。希望を失い、悲運と絶望に塗れた自己を、我が子の愛に委ねるか 」

 天壌の劫火から、鴇羽舞衣に唯一残されたもの、想いの力が顕現する。
 全姿すらも紅蓮に染めた竜は、鴇羽舞衣の愛の形。
 カグツチ――火の神と謳われた、伝説上の存在。

「 対するは、六つ首のヒドラか。やれやれ……神話の神がこうも集うとは。これも一種の聖杯戦争か? 」

 紫色の大蛇に襲い掛かるカグツチを見て、言峰は愉しそうに哂う。
 存在の確立を経た鴇羽舞衣の行く末と、かつてない規模の闘争。
 観察するには極上の催しだ…………しかし、

「 この先を見届けることは……私には許されまい 」

 心底残念そうな顔で、言峰は呟いた。
 彼の体は既に、カグツチの炎によって焼失してしまっている。
 対策を施す間もなく、自らが導き出した結果によって、生を終えた。

「 だが、言峰綺礼という存在はまだここに在る 」

 大きな矛盾。
 今、こうして思慮に暮れているのは、如何なるからくりなのか。
 心霊現象か、鴇羽舞衣の炎の加護か、螺旋王の計らいか、事実は知れない。
 ただ体を失っている以上、言峰綺礼の名が次の報で告げられることだけは確かだ。

「 この状態が、多くの人々が抱える死の概念に該当するかどうかは……わからぬがな 」

 言峰綺礼としての意志が、どこに向いているのかもわからない。
 天国と地獄を隔てるつもりは毛頭なく、しかし現世に留まっているとも思わない。
 ただ。
 多くの者の嘆きや悲しみが、自然と目に入る――これはひょっとしたら、神の視点なのかもしれない。

〝そして君は、唐突に理解する。この世界の構造を〟

 言峰は見る。仮組みの実験場に入る、微々たる亀裂と綻びを。
 言峰は知る。この実験場が、螺旋王によって創られた、新世界の試作品だということを。
 言峰は、唐突に理解した。

〝そして貴様は、多元宇宙の存在に触れる。知識としての吸収を果たせ〟

 言峰は聞く。いつかのとき、螺旋王が他者に語っていた真相の一部を。
 言峰は逢う。もしもやifの具象化、異なる位置に在る並行世界とは別種の宇宙に。
 言峰は、多元宇宙の存在に触れた。

〝そしてあなたは、観察するの。愉悦の一時を味わうために、心を満たすための視点を得るの〟

 言峰は眺める――数多の存在たちがその身に抱き、堕ちていった絶望の形を。

 ――弟への想いを胸に宿しながら、抗いきれぬ力に突然の屈服を強いられたエドワード・エルリックの念。
 ――やさしさを求め、しかしそれが偽りだとは気づかず、不条理な暴力に沈められた柊つかさの念。
 ――刹那の再会に喜色を浮かべ、訪れた破壊の急さ加減に、それでも仲間への想いを馳せたキャロ・ル・ルシエの念。
 ――身勝手な信条と、無節操な発言の愚かしさに気づかず、終わりを強制させられたジェレミア・ゴッドバルトの念。
 ――崩壊など考えない、事実としても揺るがない、絶対の信念を不運に曲げられた枢木スザクの念。
 ――自意識の果てに終焉を見い出し、しかし退くことを覚えなかった素晴らしきヒィッツカラルドの念。
 ――生後から宿し続けた不幸の芽を、幼さゆえの浅はかさで開花させてしまったアニタ・キングの念。
 ――拳と力に訴え、拳と力に屈し、それでも最後は拳と力で貫いたシュバルツ・ブルーダーの念。
 ――天井を見据え、天元を見据えることはできず、ただアニキの幻影を追い続けたシモンの念。

 ――ひたすらに怯え続け、怯えを通り越した先から勇気を持ち出し、怯え終えたジャグジー・スプロットの念。
 ――闇に駆られ、呪言を鵜呑みにし、自身を見失った末に幸を奪われた間桐慎二の念。
 ――他者の死を恐れ、そのせいで自身の死を見据えることができなかったヨーコの念。
 ――将来を按じ、強さに憧れた心を、少年だからこその純真さに喰われたエリオ・モンディアルの念。
 ――破壊を目指し、破壊を望み、破壊だけを貫こうとした矢先、自身の脆弱さを思い知らされたクロの念。
 ――廻ってきた天啓を跳ね除け、最後まで抗うものの、逃れることのできなかったロムスカ・パロ・ウル・ラピュタの念。
 ――利己的な想いを掲げ、暴力に抗う途中で覚醒の境地に至った玖我なつきの念。
 ――不意の到来に理解を捨て、ありえなかったはずの終わりを疑問で埋めたアルフォンス・エルリックの念。
 ――二次元と三次元の狭間を知り、多元宇宙の存在に最も近かったであろう泉こなたの念。
 ――友の豹変に悲しみを覚え、ついには決断することのできなかったマース・ヒューズの念。
 ――純心すぎたからこそ、恐れや苦しみを理解しようとしない、ただただ若すぎたパズーの念。
 ――重ねた正義は未熟と危うさを孕むもの、先駆者として道を説いたロイド・アスプルンドの念。
 ――無敵という己の尊厳を誇示し、たった二つのかけがえのないもののために身を謙譲したパルコ・フォルゴレの念。
 ――ただ性格が訴える言葉を口に出し、マイペースに一人の少女を諭した木津千里の念。
 ――破綻した思考回路の端で仄かに現実を見て、それでも夢を見ることはやめなかった風浦可符香の念。
 ――喜と楽だけを飲み込み、少年の怒と哀を自然体で否定したがゆえに喰われたアイザック・ディアンの念。

 ――欺瞞が渦巻く中、知りたいと願ってしまった心のせいで朽ち、恋しい我が家を思い出したミーの念。
 ――先生と生徒、その関係が持つ責任の重さに苦悩した末、本当の死を見た糸色望の念。
 ――本を読みたい、その基盤が数々の激情を促し、最後はある本の一説を思い絶えた読子・リードマンの念。
 ――職務に殉じる決意を持ちながら、まだ職務を終えていないからと、僅かな支えを残した剣持勇の念。
 ――変質的な求愛が砂嵐のような混乱を招き、解読不能すぎる思考の海に溺れたマオの念。
 ――女のために、男が女の前でそうするのは当然だと知っていたから、空を舞ったキールの念。
 ――慙愧の念を植えつけられ、正そうと思った頃にはもう遅く、自業自得を迎えたクアットロの念。
 ――若さとの衝突にかつての自分を重ね、ただ一人の女傑として若娘を正そうとしたドーラの念。
 ――子供に与えられた宿命について真剣に考え、ただ一人の豪傑として守護を貫いた神行太保・戴宗の念。
 ――神父の言動を発端とした迷走の末、看破できぬはずの力を看破し、愛に抱かれた八神はやての念。
 ――愛に飢え、人生の転機を迎えたところでついに愛を獲得し、愛に殉じたクレア・スタンフィールドの念。
 ――自責の念を背負い、懊悩と葛藤を繰り返し、せめて祖父の名に恥じぬようにと誓った金田一一の念。
 ――掛け替えのない人に巡り会えた喜びは悲しみに消え、悲しみを受け入れることができなかったリザ・ホークアイの念。
 ――歪められ、歪みを受け入れ、ただそれでも感情は歪まなかったロイ・マスタングの念。
 ――猛り、後悔を打ち払うようにひたすら猛り、その瞬間だけを生きたスバル・ナカジマの念。
 ――闘争に殉じ、些事に操られる馬鹿たちを嘲笑い、やはり最後も闘争に殉じたランサーの念。
 ――自分の世界に浸り、玉砕とともに一つの可能性を見たエドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキー4世の念。

 ――兄への屈折した感情を寄生虫に委ね、だが終焉は弟として迎えた相羽シンヤの念。
 ――悲しみを否定し、幸せな未来だけを肯定したところに、不幸せの鉄槌を受けたミリア・ハーヴェントの念。
 ――宿敵を失い、代わりの復讐相手を得て、せっかくの決意は泡と消えたマタタビの念。
 ――間違いを認め、正しく生きようと誓いを込めた弾丸を、凶刃に断たれたティアナ・ランスターの念。
 ――生き方を変え、新たな一歩を踏み出した先が奈落だと察し、だが踏み込んだチェスワフ・メイエルの念。
 ――後悔や苦悩を投げ捨て、本能が告げる闘欲に没頭した、したかったアレンビー・ビアズリーの念。
 ――数々の無念を見届ける内に、理性を捻じ伏せ、また自分も無念かも知れぬ結末に走ったジェット・ブラックの念。
 ――希望も絶望もこの手には残らなかった、ならばせめてと異星の夢を願うことに暮れた高遠遙一の念。
 ――刻んだ目標の導き手と、その正当さを頑なに信じて、だからこそ想いを託したカレン・シュタットフェルトの念。
 ――走らずにはいられなかったから、正義を愛した彼を愛したイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの念。
 ――狂える正義が奪っていった数多の代償を受け止めつつも、正義を捨てることはなかった衛宮士郎の念。
 ――生と死を自分なりの思想で捉え、その考えを他者にまで押し付けたラッド・ルッソの念。


 ――――螺旋王の実験。そこで生まれた数々の絶望に触れ、言峰綺礼は己の愉悦とする。
 悩み悶える姿、死の直前で自己の存在証明を果たす者、叶わず潰える願い――ああ、愉しい……と。


「 やはり、 私は監督役のほうが 向いているよう だな…… 」


〝そうかも知れないね。けれど君は参加者として、この地の催しから脱落したのさ〟


「 ああ。 だが、無念では ない。 実に、愉しかったの だから 」


〝それは良かったの。言峰綺礼という存在は、それでこそ言峰綺礼だから〟


「 そうだな…… しかし、私は願いたい。 次があるなら、 私の就く座はやはり―― 」


〝ほう。次があるとでも思っているのかね?〟


「 ある……さ。 現に、この催しに 参加していること自体が、 第五次聖杯戦争の『次』 なのだから 」


〝そうだな……確かにそうかも知れぬ。まったく馬鹿らしいが〟

〝言峰綺礼という存在は、場所を変えても決まって偏屈者だからね〟

〝多元宇宙とはそういうもの。あなたという存在は、別の宇宙で違うことをやっているかもなの〟


「 終焉を迎え ようという私に、 愉悦を齎してくれた のは どんな計らい だね? 」


〝些事さ〟


「 ふむ… …深く考える 必要も、ない と言うこと か 」


〝だってそうだろう? 異なる宇宙はどうあれ、今ここにいる言峰綺礼には――結末が訪れたんだから〟


「 そう だ な 」


〝この場に提示する必要があるのは、ただ一つの純然たる結果だけなの〟


【言峰綺礼@Fate/stay night 死亡】


 ※言峰が所持していた荷物は焼失。


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246:〝天壌の劫火〟 言峰綺礼





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