愛と死の予感(前編)◆DNdG5hiFT6



総合病院。
本来ならば人の命を救う施設であるそこは、常に明かりが灯っていなければならない場所である。
だが殺し合いの戦場であるこの場所においてはその機能は発揮していない。
総合病院は不気味な城の様に沈黙を続けている。
その闇の居城の中、とある一室でうごめく一つの影があった。

「多分……このあたりに……」

影がいるのは『血液管理室』というプレートが掲げられたドアの中。
影は闇の中を手探りで探し、冷蔵保管庫の扉を開ける。

「あった……!」

保管庫から発せられる僅かな光源に照らされ、影の正体が明らかになる。
影の名は鴇羽舞衣。そしてその手には真っ赤な血の詰まった輸血パックが握られていた。


  *    *    *


周囲を警戒する余裕などなかった。
力の抜けた男の体を運ぶだけで精一杯であったせいもあるが、
舞衣の頭の中が一つの思考で占められていたせいもある。

(この人を、Dボゥイを助けないと――)

その一心で病院に辿り着いた舞衣は適当な病室にDボゥイを寝かせると、
暗闇の中を息を潜めながら歩き、目的の物を探し始めた。

病院の基本的な構造は何処でも大体同じだ。
なので巧海の付き添いで病院に通い慣れていた舞衣は、比較的効率良く目的の物を探し出すことが出来た。
回収したのは包帯と血液パック、そして点滴セットの3つ。
出来れば消毒液なども欲しかったところだが、そういった薬品などは一切消え去っていた。

回収した点滴セットには親切丁寧に輸血や点滴の仕方が書かれている。
これに従えばただの女子高生である舞衣にだって何とか出来そうだ。
『O型はすべての血液型に輸血することが出来る』
そんな聞きかじりの知識をもとにO型の血液パックを手にした舞衣は、保管庫を後にする。

総合病院という建物を俯瞰するとちょうど四角形となっている。
四角形の下側を総合玄関とするなら血液保管庫は右側。
Dボゥイを寝かしつけた入院へと繋がる廊下は上側に存在している。
闇へと続く暗い廊下。人一人いない病棟は本能的な恐怖を揺り起こす。
だからだろうか――物陰から自分を見つめるような視線を感じるのは。
まるで獲物を見つめる獣の視線。だが、周囲を見回してもその姿はない。
頭を振って見えない敵を振り払い、急ぎ足でDボゥイのいる場所を目指す。

病室の中央、ベッドに横たわるDボゥイ。
その顔は月明かりに照らされ、暗闇の中に青白く浮かび上がる。
その青白さが月光のせいだとは言え、元々貧血だったところに先程の銃撃による出血……
専門家でない舞衣にだって、急いで輸血しないと命にかかわる程の傷だというのが分かる。
説明に従って、急いで輸血の準備を始める。
だが――

『偽善者』

自分の声で誰かが嘲笑う。その囁きに手が止まる。

『沢山の人の命を奪ってきたのに、今更何してるのよ?』

舞衣もそう思う。
もう既に沢山の命を奪ってきたくせに、今更誰かを救う気かと。

『アンタにそんな資格、あるはずないでしょ?』

嘲りは止まらない。それどころか酷くなる一方だ。
でも、その嘲笑を無視してその手は再び動き出す。
心の奥底から湧き上がる強い衝動に突き動かされるままに。

血管に空気が入らないように、細心の注意を払いながら針を突き刺す。
結ばれたチューブの中を赤い液体が流れていき、Dボゥイの身体にわずかに血色が戻る。
その間、シーツをタオル代わりにして、自分とDボゥイの体を拭いていく。
だがその際にDボゥイに触れた舞衣は、新たな問題を感じ取っていた。

「身体が……冷たい……」

川に落ちた影響だろう。Dボゥイの体温は急激に下がっている。
とっさにエレメントで火を起こそうとして思いとどまる。
自分は何のために電気をつけずに病院内を徘徊したのか?
暗闇の中で火を起こすということは、ここに人がいることを知らせるようなものだ。
今、あのラッドのような奴に襲われたら、自分たちの命は無い。
そうなると思いつく方法は一つしかない。
でも、それは流石に……

「う……」

僅かなうめきと共に苦しげに眉を寄せるDボゥイ。
その様子を目にした舞衣は意を決し、ゆっくりと胸のボタンを外し始めた。

 *   *   * 


Dボゥイが目を覚まして最初に目にしたものは、見知らぬ白い天井であった。
ゆっくりと周囲を見渡せば、そこにあるのは白で統一された無機質なベッドとカーテン。
そして何より鼻につく独特の臭気から、ここが病院であると冷静に判断する。
自分が覚えているのはあの男の銃弾から舞衣を庇った所までだが、あれからどうにかして逃げ果せたらしい。
と、Dボゥイはそこでやっと自分の上に何か暖かく、柔らかいものが載っていることに気付く。
Dボゥイは不審に思い毛布をめくり、そこで見たものに絶句した。

「な……!」

毛布に隠されていたのは半裸の自分と添い寝する下着姿の舞衣。
舞衣は豊かな二つのふくらみを押しつぶすようにして密着している。
裸でなく下着姿なのは、彼女なりの最後の一線だったのだろう。

「ん……」

Dボゥイの動きにつられる様に舞衣は目を覚まし、
至近距離でその視線がぶつかり合う。

「あ……その……川に落ちて身体が冷えてたから……」

舞衣は頬を染め、まるで言い訳のようにそう言う。
その態度に、Dボゥイも何故か言葉少なに『ああ……そうか』と返すことぐらいしかできない。

「……身体のほうは大丈夫?」

改めて自分の体を見てみれば、止血のためと思われる火傷が数箇所と丁寧に包帯が巻いてある。
一番の違いは先程まで自分を苛んでいた貧血が消えていることか。

「……お前がやってくれたのか」

首肯する舞衣。
だがそこで会話が途切れ、沈黙が発生する。

「……服」
「ん?」
「服、着るから……あっち向いてて」
「あ、ああ……」

一度は本気で殺しあった仲だが、互いにもうそんな気は無い。
Dボゥイも反対側を向いたまま、傍に畳まれていた服を着なおす。
互いの衣擦れの音だけが響く病室の中で、申し訳なさそうに舞衣が口を開く。

「ねえ……“ゆたか”って……誰?」

腫れ物に触るような言い方なのは、さっき過去を聞かされたからだろうか。

「さっきあの男に聞いてたでしょ? ……もしかして彼女か何か?」
「いや、この場所で会った小さな女の子だ。何の力も持たない、平和な世界から来たらしい」

シンヤにさらわれた少女のことを思い出す。
ラッドの口ぶりではゆたかはまだ生きている。
もし彼女の身に何かあったのなら、あの男は自分を激昂させるためそう言うに違いないのだから。
だがあの男の仲間の手にある以上安心は出来ない。
あの男の仲間がまともな人間である可能性は低いと言わざるを得ない。

「ふぅん……年は?」
「……お前より下だ。多分、まだジュニアスクールに通うぐらいの年齢だ」
「ジュニアスクールって中学校のこと?
 ……じゃあ、もしかしたら巧海と同じ年ぐらいなのかな」
「タクミ?」
「うん、私の……弟」

そのまま舞衣は話し始める。
弟のこと、元の世界で起こったこと、そしてこの場所に来てからのことを。
一度関を切った言葉は止まらない。
風華学園に向かう船の中でHiMEの能力に目覚めてから、Dボゥイと出会うまでのことを、
背負っていた荷物を降ろすように洗いざらい話していた。
その間Dボゥイは一言も口を挟まない。
流れ出す言葉を受け、相槌すら打つことはなく、だが一言一句聞き逃すことなく耳を傾けている。
そして長いようで短かった話はソルテッカマンで奪った命の話を最後に終わる。

すべてを聞き終わったDボゥイは硬く口を閉じ、黙している。
舞衣も何かを聞くわけでもなく口を噤んでいる。
結果、病室に沈黙が下りた。
先ほどの何処か気恥ずかしい沈黙とは異なる鉛のような重い沈黙。
どれだけの間その沈黙を身に受けていただろう。
その沈黙を破ったのは少女のほうだった。

「……なんで、私、生きてるんだろうね……誰かの命を踏みにじってまで、さ……」

それは問いかけたわけじゃない、ただの独り言。
だがDボゥイは長らく閉ざしていた口を開く。

「生きようとする理由があるからだ」
「……ないよ、そんなもの。あ、そうだ。会長さんのことをお願いしてもいい?
 私には、もうそんな資格なんてないから……」
「知らん。自分でやればいい。お前にはまだ足掻くための腕があるだろう」

そっけない男の言葉に舞衣の中で苛立ちが爆発する。

「言ったでしょう! 私の手はもうどうしようもないほどに汚れてるって!!
 それなのに今更なんて虫が良すぎるじゃない!
 なつきに会長さんを頼むって言われても、私じゃあ、もう……!」

かつて、怒りのままに妹のように可愛がっていた少女を手にかけた。
この世界に着てからも名も知らぬ少年、ロイド・アスプルンド、パズー……少なくとも3人は手にかけた。
もしかしたら間接的にもっと殺しているかもしれない。
そうだ、間接的というのならば、自分は既に2人も大事な人を殺している。

「わたしが巧海を殺した! 守りきれなかった!
 母さんだってあの時、巧海から眼を離さなければ今も生きていたかもしれな――」

乾いた音。
舞衣は一瞬自分が何をされたのか分からなかった。
そして頬が次第に熱を帯びていくにしたがって、遅れて頬を叩かれたのだと気付いた。
そして呆然とする舞衣が見たのは怒りに震えるDボゥイの姿だった。

「……本当にそう思っているのか? 自分の命に価値がないと」
「当たり……前じゃない……」
「だったらお前を助けたシモンという少年の命は無価値だったと言うのか!
 答えろ、鴇羽舞衣!」

Dボゥイは自分の命を無価値だと思ったことはない――否、思えるはずがない。
もし自分の命が無価値だというのなら、自分を生かした父の命はなんだったというのか。
命と引き換えに自分を救ったミユキの命は何だったのか。
だから同じ運命を背負った上で、自身の命を無価値と断ずる目の前の少女がどうしても許せなかった。

「でも仕方ないじゃない! もう私には何も……何もないんだもの!」
「じゃあ何故お前はあの男に立ち向かった! 何故俺を助けた! 
 お前はあの時、“これ以上なくすのは嫌だ”と叫んだだろう!
 ならもうお前には分かっているんじゃないのか、お前に残されたものが何なのか!」
「ッ!」

そう、本当にすべてを失ったのなら『これ以上』失くす事などないはずだ。
確かに彼女は多くを失った。それを止めようとして更に多くを失った。
沢山取りこぼして、堰き止めようとしても指の隙間から零れていって、手のひらに残ったのは僅かな水滴だけ。
だがそれでも、その一滴にはきっと価値がある。

「でも、私は人を、殺して……それなのに……誰かを助けたい、だなんて……
 そんなの……勝手すぎる」
「……例えその手がどんなに血に塗れても、それでも……誰かの、何かのために生きていい。
 その体が悪魔に変えられたものだったとしても、な」
「え……」

そしてDボゥイは語り始める。己の宿命を。
長い悪夢の始まり……ラダムとの出会いから、アキたちと出会い、そして友や師と呼べる男を倒したところまで。
それはある男の壮絶な半生。
かつての仲間を、家族を殺さねばならない、呪われた宿命を背負わされた男の生き様。

不幸とは相対的なものだ。比較することなどできない。
だが舞衣は巧海と殺しあえといわれて、できるのだろうか?
他のすべてを失って、傷つきながらも己の運命に立ち向かうことが出来るのだろうか?
きっと、出来はしない。途中で折れて
でも、そこまで凄惨な目に会っていながら、何でこの人はそこまで言い切れるのだろう。
舞衣はそれを知りたいと思った。心の底から。

「ねえ、なんで……そんなに戦えるの?
 傷ついてばっかりで、失ってばっかりなのに、何で……」
「……知っているからだ」
「え……」
「そうだ、俺は知っている。
 例えどんな最悪になろうと、どれだけ失って傷ついても、手を差し伸べてくれる他人が居るということを」

『そんな生き方をしてると、どうしょうもなくお節介な奴が寄ってくるんだ』

いつかの夢の中で、なつきが言っていたことがオーバーラップする。

「俺にはアキが、ノアルが、フリーマンが……スペースナイツの仲間達が、そしてこの場所ではゆたかがいた。
 彼女達は俺を信じてくれた。ラダムに改造された、忌まわしい体だと知りながらそれでも俺を信じると言ってくれた。
 それだけで俺は戦える……俺は……それだけでいい」

その脳裏に甦るのはとある少女の言葉。

『私はDボゥイさんを信じ続けます!
 それが私に出来るコトだから……こんな私にも出来るコトだからです!!』

宇宙人に改造されたバケモノ。
シンヤの口から告げられた自分の正体は、彼女からすれば非常識の範疇に位置するものだったに違いない。
事実、右腕一本あれば、あのか弱い少女など花を摘むよりもたやすくその命を奪えるであろう。

それでも震えながら、怯えながら、弱い身体を精一杯立ち上がらせて自分を信じると少女は言い切った。
彼女は最愛の従姉の死を告げられていたというのに、それでも自分を見失わずに自分の信念を貫き通したのだ。
自分はその言葉に報いなければならない。その信頼に応えねばならない。
彼女を守り、元の世界へ帰さねばならない。
それがDボゥイを憎しみだけにしない、光の形。

「……強いんだね、その子」

舞衣はその強さを羨ましく思う。
折れてしまった自分なんかよりもずっと強い、その心を。

「ああ、きっと俺達よりも強い心の持ち主だ」

舞衣はもう一度、真正面からDボゥイの目を覗き込む。

「ねぇ……私は生きててもいいのかな……?」
「自分で考えろ。そうするしか道はない」

やっぱり目の前の青年はちっとも優しくなんてない。
出会った時から一度も慰めてなんかくれない。
だってそれは今の舞衣に必要なものではないから。
舞衣にはそれが分かってしまう。結局のところ、2人は似たもの同士なのだ。

だからDボゥイは舞衣の弱さが許せない。
だからDボゥイは舞衣の痛みが分かる。
そしてだからこそ知っている。
どんな最悪な状況に落ちたって、手を差し伸べてくれる他人がいるということを。
Dボゥイがノアルやアキのような心から信頼できる仲間達と出会ったように、
彼女にだってそんな存在が居たはずだということを。

――なつき。

あれはただの夢のはずだ。弱い自分が生み出した、都合のいい自分勝手な夢。
でも信じたい。なつきが託してくれたのだと信じたい。
そうすればもうちょっとだけ、頑張れる気がするから。

「ゴメン……ちょっとだけ……胸、借りるね……」

そのまま舞衣はDボゥイの胸に頭をうずめる。
Dボゥイは答えない。だが拒否もしない。
それは彼の優しさ。選択権をすべて舞衣に委ねる不器用な優しさ。
その優しさは、舞衣の胸の奥からせり上がる怒濤のような衝動を後押しする。

「う……ああ……あああああああああああ……
 ああああああああああああっ!」

その衝動のままに舞衣は泣いた。声を押し殺さずに泣いた。
ただ全力で、まるで生まれたての赤子のように。
その頬に流れる涙は失ってきた命のために。
巧海のために、命のために、シモンのために、なつきのために。
そして何よりも――自分が奪ってきた多くのもののために。

   *    *    *


「……ありがとう」

数分後、泣くだけ泣いた舞衣は涙を拭いて、Dボゥイの隣に腰掛けていた。
その顔には何処かつき物が落ちたようにすっきりとした顔をしている。

「……礼を言われるようなことは何もしていない」
「ううん、そんなことない。
 ……助かってくれて、ありがとう」

血塗られたこの手でも、まだ救えるものがあるのだと気付かせてくれてありがとう。
手をとり、微笑みながら、そう少女は告げた。
何秒間そうやっていただろう。
舞衣は自分が今、何をやっていたのかを思い出し、ばねでも仕込まれていたかのように立ち上がる。

「も、もう、大丈夫よね! その……私、別のところで寝るから!」

安全を考えるのならば同じ部屋で寝たほうがいい。
だがここで引き止めるととんでもない誤解を招きそうな気がする。
直感的にそう悟ったDボゥイが戸惑っている隙に、舞衣は赤い頬を隠すようにして部屋を飛び出していった。
ぽつんと一人取り残されたDボゥイも、雑念を吹き払うように再び毛布を被った。
いくら足りない血液を輸血したとはいえ、血が馴染むまでには時間がかかる。
そしてそのまま、どこか心地よい疲労に包まれ、深い闇へと落ちていった。


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226:root(後編) Dボゥイ 232:愛と死の予感(後編)
226:root(後編) 鴇羽舞衣 232:愛と死の予感(後編)





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