聖なる侵入(前編) ◆LXe12sNRSs



 闇に浸された回廊の先、つけっ放しのパソコンやら黒点の記されたレントゲン写真やらが立ち並ぶ診察室。
 ごごごごご、とどこかから不気味に木霊する機械音と、数少ない電灯が燃える音、のみの静寂。
 声はなく、されど人気はあり、しかし気配は一つ。
 無音という闇に自ら溶け込むかのように、高嶺清麿は喋らず、動かず、“思考”という名の活動だけを続けていた。

「……………………」

 診察台となる簡素なパイプベッド、シーツも敷かれていないその上で、清麿は座禅を組んでいた。
 目の前の机には、医師が扱っていたであろうカルテや医療器具が乱雑に隅へと追いやられ、中心を数点の品々が占拠している。

 氷水が張られた洗面器。そこに浸されたビニール袋詰めの片耳。
 プラスドライバー他の入った工具箱。
 首輪二つ。
 なにかの部品。
 ネジ。
『Erio Mondial』と英字で書かれたシール。

 以上六点。ジンと袂を分かった後、清麿がまず着手した要項、首輪の解体作業の結果である。
 初めは、ほんの気まぐれ程度のものだった。
 霊安室で見つけた三体の遺体……それらからやむなく採取した、三つの首輪。
 自分の首に嵌っている生者のそれと、あるいは同様のものであるはずのサンプルを、手にとって調べてみる。
 ただそれだけのつもりだった。のに、気づいてしまった。
 三つの首輪、それぞれに等しく与えられた、ネームシールの存在に。
 そしてそのネームシールの下に、十字印の鍵穴が隠されていた事実に。

 疑うべくもなく、清麿はこの印をネジであると断定した。
 だから、回した。
 安直に隠された鍵穴の意味を探るため、病院の裏手から引っ張り出してきた工具箱を用い、解体作業に着手した。
 結果、回った。
 回った結果、バレた。
 魔法が解けるように、銀のリングはネジが外れると同時にバラバラと自壊してしまった。
 その数十数個。バラバラになったピースをつなぎ合わせれば、それこそパズルのように元の首輪が組み上がる。
 だが各繋ぎ目に接着剤の跡はなく、かといって嵌め込み式でもなく、どうやってくっついていたのかは見当がつかない。
 後に残ったのは、ネジと、銀色の破片が十数個と、中に詰められていたものだけ。
 GPSや盗聴機などを想定していた清麿としては、拍子抜けの結果である。
 まさか首輪の中身が、こんなものだったとは。

(…………で、これはいったいなんなんだ?)

 精神を集中させる意味での座禅を崩さぬまま、机に置かれた首輪の解体跡を見る。
 恐れはあった。下手に首輪に干渉して、爆発したりはしないものかと。
 しかしそれ以上に気にかかったのが、ネジというあからさまな印の存在だった。
 人間の首を容易く破壊できるほどの爆弾、それを小型化し積載できる首輪。
 並の技術では難しい装置を、まさかネジなどという原始的な手段で接合しているはずがなく、しかしそれならネームシールによる隠蔽の意味が掴めない。
 螺旋王が清麿の常識を凌駕するほどの技術力、もしくは科学力の持ち主であるならば、あのネジは接合のためのものではない。
 なにかもっと、別の意味がある。それはネジを回せば判明するかもしれないがその際の危険性はどうか、というところまで考えて、起爆はないと踏んだ。
 ネジが回されて困るものだとして、阻止する方法がネームシールによる隠蔽しかなかったのだとしたら、清麿はとっくにここから脱出している。
 もしくはネジが解体を試みる者への罠だとも考えられたが、罠とするには逆にチープすぎるし、露骨極まりない。
 つけるには意味合いが感じられないネジ。回して爆発するようでは、それこそ存在自体が無意味なパーツ。
 論理的に考えて、最悪の状態に陥ることはないだろうと考え至った結果が、机上の跡なのだ。
 それを見ても、ネジの必要性や存在意義は判然としない。
 まさか本当に接合方法がネジしかなかったなど、考えたくもない。
 もっと深い意味……螺旋王がネジを選び、取り付けた理由を、清麿は考えていた。

(第一に)

 清麿が解体したエリオ・モンディアルの首輪。その中身は、とても清麿の理解が追いつく物質ではなかった。
 GPSや盗聴機の類ではない。螺旋状に編まれたケーブルと、それに連なる三つの小型機械。これが首輪の全て。
 螺旋状、というのはともかくとして、ケーブルは導火線であると推測できる。が、問題は小型機械のほうだ。
 パチンコ玉サイズの黒い球が三つ。凹凸もなにもない、つるつるとした質感のそれは、機械かどうかも怪しい謎の物質だった。
 三つの内のどれかが爆弾の役割を担っているのは間違いないだろうが、難点は三つとも同じ見た目をしているということである。
 一つが爆弾だとしたら、他二つもまったく同じ形なので爆弾ということになる。だがそんなはずはない。
 爆弾を一つの首輪に三つも取り付ける意味がないし、禁止エリアの判別や、遠隔爆破の電波受信、装着者の生死判別等の装置も必要なはずだ。
 螺旋王が会場全域を常に監視しているのであれば装置の必要性はその限りではないが、なれば首輪という拘束具自体も意味をなくしてしまう。
 そもそもこの黒いパチンコ玉が高性能爆弾だと言われても、容易に頷くことはできない。明らかにオーバーテクノロジーだ。

(いや、あるいはそれが正解なのかもしれない)

 と、首輪の内部装置を検分し、いろいろと考察を広げた末、清麿は結論を出した。
 この首輪は、螺旋王にしか理解のできぬオーバーテクノロジーの産物であると。
 清麿の知識では到底図りきれない、未知の技術の結晶なのだと、認めざるを得なかった。
 そして認めればこそ、余計に手出しができない。
 機械工学の技術はなくとも知識だけは豊富な清麿が、まったく知りえない装置。
 これの詳細を完全に把握するには、資料か、螺旋王と同程度の技術または知識を持った者の助力が必須だった。

(なんだか、赤い魔本について調べていた頃を思い出すな)

 ガッシュから託された、術を唱えるために必要な魔本。
 パートナーという決められた人種にしか、しかも限られたページしか読めないそれは、清麿がこれまでに遭遇したことのない未知だった。
 この首輪についても同様。魔本と同じように、清麿の知識がまるで及びつかない性質を持っている。
 魔本は、心の力に呼応して光る、魔物の残り人数が減ると変化が起こるなどの例から推測は可能だが、首輪については推測するだけの材料も不十分な状態。
 いや、正確に言えば推測に使えるだけの材料は揃っているが、その材料すらも推測の域を出ない曖昧なものであり、決定的な知識であるとは言えないのだ。
 推測の推測から得られるものなど、知識とは呼べない。知識がなければ、推測もままならないという悪循環。
 未知という巨大な壁を前に、清麿は成す術もなく立ち尽くし、こうして原点に返ろうと思い立った。
 その姿勢の表れが、座禅である。

(首輪は、ネジを回せば外れる。だけどそれは、既に装着者を失い機能を停止した首輪だったからこそかもしれない。
 俺の首に嵌っている首輪が、同様にネジを回して外れる確率は限りなくゼロだ……いや)

 そこまで思考を巡らせて、清麿は息をついた。
 同時に座禅を崩し、やや硬いパイプベッドの上で仰向けに寝そべる。
 仕草からして疲労が窺える清麿だったが、顔つきはやつれているわけではない。
 ぽけーっと天井を眺めながら、一旦脳をリフレッシュさせようと努めた。

(……考えすぎだな。サンプルの解体に成功したからって、気張りすぎだ俺。
 まだなんの解決にもなってないんだし、あんまり首輪に集中しすぎるのもあれか)

 考えることは山ほどある。首輪の正体、ネジの意味、脱出方法、そしてそれらの根源。

(っていうか俺、なんでこんなに頭使ってるんだろう……あ)

 清麿は間の抜けた顔のまま、胸中にある疑問を宿した。
 それは、

(螺旋王が殺し合えって言ったからか……じゃあ、螺旋王はなんの目的があって俺たちこんなことをさせてるんだ?)

 という、根本中の根本、主催者の意図に関する疑問だった。
 螺旋王が望むのは、自らが選出し集めた82名の人間による殺し合いである。
 螺旋王は、なぜ殺し合いを望むのか。集めた人間たちに殺し合いをさせて、螺旋王にどんなメリットがあるのか、考えてみる。
 まず頭に浮かんだのは、道楽目的。
 憎悪、狂気、嗚咽、血肉、破壊――そういった人間の抱える闇を好み、視覚や聴覚で吸収し、愉悦とする者は確かにいる。
 気狂いだとかド変態だとか、とにかく人道から大きく外れた、悪趣味の持ち主。螺旋王がそういう人種であるとするならば。
 きっと今頃、清麿たちの必死振りを肴に酒の一杯や二杯でも飲んでいることだろう。

(……いや、この線はないな)

 しかし清麿は、最も考えられるであろうケースを、すぐに否定した。
 螺旋王という人間の性格や趣向はまったく窺い知れぬが、彼が超技術を駆使してまで殺し合いの観覧を望むかと言えば、動機としては薄いように思える。
 なにせ、ロージェノムの肩書きは『螺旋王』なのだ。王というからには国を持ち、その頂点に君臨する人物であることは間違いない。
 その身分ゆえに普通の娯楽に飽き、こういった刺激的な余興を望むというケースも考えられはしたが、あのときロージェノムはこうも言っていた。

(――優秀な螺旋遺伝子を選出するための、実験)

 螺旋王ロージェノムという存在を図る上で、どうしても無視できない序幕の演説。
 殺し合いという部分にのみ目がいきがちではあるが、螺旋王の言葉を反芻すれば、趣旨はどちらかと言うとこちらのほうにあるような気がした。
 つまりは、実験。82人の中で最も優れた螺旋遺伝子を持つ者は誰か。殺し合いは、そのための方法でしかないのだとしたら。

(螺旋王は言っていた。俺たちはモルモットのようなものだと。
 こんなところに閉じ込められて、殺戮を強制させられる……確かに、実験動物以外のなにものでもないな。
 ……そう、実験動物。じゃあ、仮にこの実験が予定通り無事終了したとして、実験動物である俺たちはその後どうなる?)

 優勝者への特権は、螺旋王の力を行使しての悲願の成就。
 だが現実的に考えて、願いを叶えるなどという神みたいな真似ができるはずがないのだ。
 願いを現実化する能力を螺旋王が本当に秘めているのだとしたら、そもそもこんな実験は必要ない。
 自身の能力を使えば、実験から導き出そうとしている成果、答えを容易に手にすることが可能なはずなのだから。
 おそらくは、疑似餌のようなものなのだろう。実験に消極的な者をやる気にさせるための餌。螺旋王自身は、神ほど万能ではない。
 もっとも既に異なる時代・世界に住まう人間たちを集め、隔離された空間に閉じ込めるという異能を見せている事実を考慮すれば、
 万能とは言わないまでも、死者の蘇生だとか、元の世界への送還だとか、タイムスリップなどの超常現象を引き起こす程度のことはできるのかもしれない。
 万能ではないが、神に近い能力を秘めた螺旋王。それほどの人物が、殺し合いという実験でなにを探求しようというのか……?
 彼の言葉が真実であるとするならば、優秀な螺旋遺伝子。つまりはそれに尽きるのだろうが、この螺旋遺伝子というのがまったくもって詳細不明だ。
 清麿たちをモルモットと仮定するならば、実験の目的は種としての可能性を、人間や魔物が入り乱れる闘争の場で、一番優秀な個体を見極めるつもりなのだろうが、その先は……?
 優秀な螺旋遺伝子を選出して、螺旋王はいったいなにをするつもりなのか。その内容によって、優勝者の処遇もだいぶ変わってくる。
 たとえば、生態科学者がガラス箱に昆虫、獣、小動物、鳥、魚など異なる種を詰め込み、より優れた一体を見極めるため同様の実験を行ったとして。
 全てが終わり、殺戮の中生き残った一体を、生態科学者はどうするだろうか。

(……さらなる実験のための素材にする、ってのが妥当だろうな)

 科学者というのは、探究心尽きぬ生き物である。実験により望みどおりの答えを導き出したとしても、それでは終わらない。
 ましてや、生き残った一体――実験の成果とも言える重要なサンプルに、自由という名の温情を働くなど、考えられはしない。
 一度実験動物に選ばれてしまった者を待つのは、死だけだ。螺旋王の実験についても、同様のことが言える。
 仮に清麿が優勝したとしても、それは優勝者ではなく実験の成果、『優秀な螺旋遺伝子』という貴重なサンプルに他ならない。
 これほどまでに大規模な実験を企てる人物が、見す見すサンプルを手放したりするだろうか……答えは考えるまでもない。
 つまり、螺旋王の目的が『殺し合いを観覧し自身の愉悦とすること』ではなく、あくまでも『実験』なのだとしたら、
 殺し合いに生き残ったとしても、その先に希望はない。さらなる地獄に手招かれるだけなのだ。

(『殺し合い』って単語に目を奪われすぎてたな。これは実験。実験動物に勝利なんて権利はない。もっと早く気づくべきだったんだ)

 殺し合いという環境事態が特殊すぎるゆえ、清麿は安直にも脱出方法という一点にのみ照準を絞ってしまった。それが失敗。
 最終目的である生還を望むなら、もっと視野を広げ、多方向から戦略を張り巡らせる必要があったのだ。
 では、『螺旋王の目的はあくまでも実験』、『優勝しても生還の可能性は低い』、『簡単に解除できてしまった首輪とその中身』、
 以上三点を導き出したところで、清麿が次に考えるべき要項はなにか――否、項目を変えてはいけない。
 実験を生き残ったとしても自由は得られないとするならば、その先の明確な処遇はどうなるのか。それを突き詰めて考察する必要がある。
 前述のとおり、モルモットが生き死にのかかった実験を乗り越えたとしても、その先に待っているのはサンプルとしてのさらなる実験だ。
 この殺し合いの優勝者も、優秀な螺旋遺伝子を持つ者として螺旋王にいろいろ弄くられるに違いない。螺旋王が『科学者』だとするならば。
 引っかかったのは、螺旋『王』という肩書きである。そもそも王などという君臨者が、自ら実験を行うということ自体がおかしい。
 王ならばその下に仕える家臣がいくらでもいる。探求や謎の解明など、そんなものは国の科学者に任せておけばいいのだ。
 深い歴史を辿れば、科学者でありながら王の地位に就く偏屈者の一人や二人はいるかもしれないが、それにしたって王自ら実験を取り仕切る必要性は感じられない。
 自らの姿を晒してまでルールを説明し、六時間ごとに自らの声で放送を告げ、同時に自らの目で実験を観察していると仄めかす……そこから推察できる意味とは。

(優秀な螺旋遺伝子……それは、螺旋王自身の眼力で見極めなければいけないものってわけか)

 螺旋王が観察することに意味があり、螺旋王の存在を誇示することに意味があり、しかし身分は王。
 これらから導き出される答え……王、殺し合い、実験……清麿は、あっ、と声を漏らし、ベッドから身を起こした。

(そうか……王、それにたった一人の勝者……性質はまるで違うけど、似ているんだ……
 これは、魔界の王を決める戦いに。いや、待てよ……だとしたら、螺旋王の真の目的は……)

 脳裏に浮かび上がってきたのは、二つの仮説。
 王という地位に就くロージェノム、本人がやるからこそ意味がある実験。
 殺し合いという方式、優秀な螺旋遺伝子という勝者の資格、それらから推理される本当の趣旨。
 清麿は机につきペンを走らせた。閃きに近い考察内容を、二枚の紙に速筆で纏め上げる。

 ◇ ◇ ◇

【螺旋王の真の目的について~仮説①~】
  • 螺旋王の真の目的は、『後任となる新たな螺旋王の選出である』。

 ◇ ◇ ◇

【螺旋王の真の目的について~仮説②~】
  • 螺旋王の真の目的は、『敵対戦力に対抗するための養成である』。

 ◇ ◇ ◇

 机の上に並ぶ、二枚のメモ書き。螺旋王の真の目的はなにか? という清麿なりの推理の結果が、2パターン検出された。

 まず、【仮説①】について考えてみる。
 ヒントとなったのは、清麿とガッシュが現在進行形で参加を強制させられている『魔界の王を決める戦い』だった。
 百名の魔界の子供たちを人間界に送り込み、人間とタッグを組ませ、最後の一人になるまで戦わせ続ける。
 螺旋王の実験に比べればよっぽど平和的な戦いに思えるが、そのルールは実はほとんど変わらない。
 たった一つの王の座を廻り、魔界の子供たちを争わせる。
 参加者百人の選出方法は不明だが、その中にはコルルのような戦いを望まない子供も含まれていた。
 そういった子供たちには、凶暴な別人格を与えてまで戦いを強いる。王を決める戦いから逃れられないように。
 戦いを強制するための装置……これは爆破と凶暴化というペナルティの違いこそあれど、意味合いは清麿が嵌めている首輪とまったく同じ。
 魔本が燃えたら魔界に強制送還というルールも、螺旋王の実験における死亡退場と同様であると言える。
 要は、敗者に対するペナルティの重さぐらいしか違いがない。
 が、王を決めるための方法は紛れもなく『戦い』であり、そこには実験同様『生死』という概念が深く関わってくる。
 清麿とて、これまで何度も命を懸けた戦いを繰り広げてきた。
 実際に魔物同士の戦いで死者を出した前例はないが、重傷を負い生死の境を彷徨った者は何人も目にしている。
 螺旋王の実験も、魔界の王を決める戦いも、命がけの戦いによって優れた一人を選出しようという趣旨は変わらないのだ。

 そこで清麿は考えた。螺旋王はひょっとしたら、方法こそ野蛮だが、大昔の魔界の神と同じことをしようとしているのではないか、と。
 魔界の王を決める戦いは千年に一度行われている言わばしきたりのようなものであり、古来からそのルールは変更されることなく、また人の手で変更できるようなものでもないらしい。
 しかしこのルールというのがよくできていて、生き残りをかけた戦いという方式こそ単純だが、渦中ではちゃんと魔物が王に相応しい人材になれるよう成長を促せる仕組みになっている。
 その証拠が、新しい術の発現である。
 清麿やナゾナゾ博士は、魔本が光り新たな術が読めるようになる条件を、『魔物が心の成長を果たす』『魔物がなにか大切なものに気づく』ことであると推理していた。
 これは突き詰めれば、戦いの中で成長を遂げ、新たな力に覚醒した者こそ、王たる資格を得る――というルール作成者のメッセージであるように思える。
 つまり、魔界の王を決める戦いは一種の『試練』なのだ。魔界に対しての、そしてそこに生きる多くの魔物たちへの。
 螺旋王は形式に違いこそあれど、自らの国――螺旋国(仮称)に試練を与えるつもりで、このような実験を行っているのではないだろうか。
 自らの国を任せるに相応しい人材=優秀な螺旋遺伝子を持つ者を、魔界の王を決める戦い同様『試練』という形で選び出す。
 これならば、王自らが表舞台に立つ理由が説明できる。しかし、それでもすべての辻褄が合うわけではなかった。

 螺旋王の目的が【仮説①】のとおりだとした場合、浮上してくる疑問点は二つ。
 ――これが次期螺旋王を選び出すための試練なのだとしたら、実験という言葉を用いたのはなぜか。
 ――自国の人間ではなく、異なる時代や世界の住人を王候補としたのはなぜか。

 前者については、後者の疑問も合わせ『他世界の住人が螺旋王としての資格を持ち得るかという実験』と解釈することもできる。
 後者についても、例えば螺旋国に優秀な螺旋遺伝子を持つ若者が絶滅していたり、螺旋王は代々他世界の住人がなるというしきたりがあったりと、いろいろ考えられる。
 以上の考察を踏まえ、清麿は【仮説①】の書かれた紙に追記した。

 ◇ ◇ ◇

【螺旋王の真の目的について~仮説①~】
  • 螺旋王の真の目的は、『後任となる新たな螺旋王の選出である』。
  • この殺し合いは螺旋王の与えた試練であり、戦いの中で王に相応しい人材を育み・選び出そうとしている。
  • 螺旋王自らが実験を取り仕切る理由――自らの目で次期螺旋王を選び出すため。
  • 疑問点1――実験という言葉を用いたのはなぜか。
  • 疑問点2――他の世界に住まう無関係の人間を候補としたのはなぜか。

 ◇ ◇ ◇

 書き終えたところで、清麿は紙面を眺めつつうーんと唸った。
 この【仮説①】は理に適ってはいるが、全体的に解釈の仕方が強引すぎるのが難である。
 それを自覚しているからこそ、清麿は補うような形で、もう一つの仮説を組み立てた。

 ここで【仮説②】についても考えてみる。
 王というからには、敵も多いはずだ。それは自国を脅かす他国の脅威だったり、覇権を狙う自国の野心家だったりと様々なケースが考えられる。
 それらのケースから参照して、殺し合いという方式の実験に王が介入する理由の説明がつくものがあるとすれば、ただ一つ。
 螺旋王か、もしくは螺旋王が持つ国か、ひょっとしたら清麿たちの世界にも関わってくるような巨大な敵勢力への、対抗策である。
 敵勢力に対抗しうる存在こそが、優秀な螺旋遺伝子保有者。つまりこの実験は、戦力を募るためのものであるという仮説。
 殺し合いという方式を取っているのだから、優秀な螺旋遺伝子というのは、少なからず戦闘能力が関わっているはずだ。
 螺旋王は実験の中で優秀な螺旋遺伝子=優秀な戦力を見い出す、または育もうとしているのではないか。
 形こそ【仮説①】と同じような試練、名目は実験、その真意は、言うならば『螺旋遺伝子養成プログラム』。
 生き死にのかかった極限の環境に螺旋遺伝子を持つ可能性のある者を放り込み、内に眠る力を無理矢理覚醒させ、戦力とする。
 プログラムの成果は実際に兵として戦場に出されるか、新兵器開発の参考とされるか、同等の力を持ったクローンを生み出すための素体にされるか、
 もしくは手元に置いておくだけで敵勢力への牽制になる場合もあるか。使い道はいろいろと考えることができる。
 螺旋王の目的が戦力の補充であるとするなら、同じような実験がどこかで並列して行われているのかもしれない。
 そしてそこには、ブラゴやウマゴンと言ったここには呼ばれていない別の魔物たちが参加させられている可能性もある。
 優秀な螺旋遺伝子の正体はまだ推測の域を出ないが、あのビクトリームが候補として名を連ねるほどなのだ。
 螺旋王が別所で同じようなことをやっているとでも思わなければ、他の名だたる魔物を押さえ、あのVが候補に挙がる説明がつかない。
 いや、ビクトリームは実力のみを考えれば相当なものではあるが、螺旋王が目をつけるほどのものか、と聞かれると疑問なのだ。
 もちろんこれは螺旋遺伝子というものの全容を知らない清麿だからこその疑問だが、仮説としては十分に理に適っている。
 しかしこの【仮説②】についても、頭のしこりが除去しきれるほどの完璧な説というわけではない。

 螺旋王の目的が【仮説②】のとおりだとした場合、浮上してくる疑問点は二つ。
 ――これが敵対勢力に対抗するための養成プログラムだとしたら、その敵対勢力というのは何者か。
 ――放送で語られていた『螺旋の力に目覚めた少女』を、螺旋王はどうしたのか。

 前者については、これまで螺旋王が口にも出していない、清麿の妄想が生んだ存在である。
 本人自身が相当な戦闘力を秘め、異世界や時空間に干渉する能力まで持つ螺旋王。
 彼が対応しきれない敵など、本当に存在するのかというそもそもの疑問。
 後者については、戦力の確保が目的であるとするならば、螺旋力に目覚めた少女を死地に置いておくメリットがない、というもの。
 螺旋の力に目覚めることが螺旋王の愉悦に繋がるとするならば、件の少女はこの実験の成果とも言える存在のはずだ。
 死地に置いたまま万が一殺されようものなら、それまでの実験が無に帰す。
 つまり確実な利を求めるなら、その少女が螺旋の力に目覚めた時点で、手元に回収するのが得策なはずのだ。
 もちろん、螺旋王が秘密裏にそれを行っている可能性もある。
 または、螺旋の力に目覚めるだけでは戦力に値しないのかもしれない。
 どちらにせよ、例の螺旋の力に目覚めた少女に接触しなければわからぬことではあるが……それよりもまず、前提の疑問として。
 螺旋王の目的が【仮説②】のとおりであるとするならば、優勝者は一人、などと明言したのはなぜか。
 最も優秀な螺旋遺伝子を求めたとしても、頂点に追随する者たちも候補者である以上戦力としては無ではないはずだ。
 それを切り捨ててまでナンバーワンを選出する意味が掴めない。
 もしくはそれすらも方便、参加者達の真剣みややる気を増長するための演出だという可能性もあるが。
 以上の考察を踏まえ清麿は【仮説②】の書かれた紙に追記した。
 同時に、【仮説②】を練る上で浮かび上がった【仮説①】との相違点も書き綴る。
 そして、今改めて二枚の紙が並べられた。

 ◇ ◇ ◇

【螺旋王の真の目的について~仮説①~】
  • 螺旋王の真の目的は、『後任となる新たな螺旋王の選出である』。
  • この殺し合いは螺旋王の与えた試練であり、戦いの中で王に相応しい人材を育み・選び出そうとしている。
  • 螺旋王自らが実験を取り仕切る理由――自らの目で次期螺旋王を選び出すため。優秀な螺旋遺伝子は、螺旋王でなければ見極められない。
  • 疑問点1――実験という言葉を用いたのはなぜか?
  • 疑問点2――他の世界に住まう無関係の人間を候補としたのはなぜか?
  • 疑問点1に対する解答――他世界の住人が螺旋王としての資格を持つかどうかを判断するという意味での実験。
  • 疑問点2に対する解答――自国に該当者がいなかったため、そういったしきたりがある、もしくは別の理由がある。

 ◇ ◇ ◇

【螺旋王の真の目的について~仮説②~】
  • 螺旋王の真の目的は、『敵対戦力に対抗するための養成である』。
  • 螺旋王には強大な敵対勢力が存在する。この殺し合いは、その敵対勢力に対抗し得る戦力を育むための養成プログラムである。
  • 螺旋王自らが実験を取り仕切る理由――自らの目で戦力としての適正があるかどうか見極めるため。
  • 疑問点1――螺旋王の敵対勢力とはなにものか? そもそも本当に存在するのか?
  • 疑問点2――目的の対抗戦力となり得る『螺旋の力に目覚めた少女』を、螺旋王はどうしたか?
  • 疑問点3――目的が対抗戦力であるならば、たった一人を選び出すメリットはない。あの言葉は建前か否か?
  • 疑問点1に対する解答――(空白)
  • 疑問点2に対する解答――既に対抗戦力として手元に確保している可能性アリ。
  • 疑問点3に対する解答――建前。参加者たちに真剣みを与え、より自然な形で螺旋の力に目覚めさせるため。
  • 備考――これと同じような実験が、他所で並列して、もしくは既に何度か行われている可能性がある。

 ◇ ◇ ◇

 清麿自身、これらは推測の推測によって生まれた材料を元にした、当てずっぽうのような仮説であると認めている。
 疑問点の数からしてちぐはぐなそれは、おそらくほとんど外れているだろう。
 実際に文に起こし読み返してみても、なにが言いたいのか自分でもしっくりこない。
 険しい顔で紙面を覗く清麿。一瞬の溜め息の後、仕方がない、と零し再びペンを走らせる。
 筆跡は、三枚目の紙に残された。

 ◇ ◇ ◇

【螺旋王の真の目的について~仮説③~】
  • 螺旋王の真の目的は、『【仮説①】や【仮説②】の実験をより効率的に行うための実験である』。

 ◇ ◇ ◇

 つまり、実験のための実験。清麿が【仮説①】と【仮説②】を組み立てる内に考えついた、ある意味最悪の説である。
 キモとなったのは、第二放送での螺旋王のあの言葉。
 ――命と引き替えにだが、新たに螺旋の力を目覚めさせた者も現れた。
 ――そのような者が現れてこそ、この実験を行う意味があるというものだ。
 ――と、知恵を武器にする者達のためにも言っておこうか。
 螺旋の力に目覚めたが、その者は死んでしまったという事実。
 それを落胆せず意味があると言ってのけた螺旋王。
 そして自らの言動を、清麿のような知恵者にヒントとして示すような口ぶり。
 ひょっとしたら、螺旋王自身もすべてを知っているわけではないのかもしれない。
 優秀な螺旋遺伝子とはなにか。どうすれば螺旋の力に目覚めるのか。このやり方で本当に正解なのか。
 探求者としては、まだまだ手探りの状態。だからこそ、真の目的を果たすための実験をいきなり行うのではなく、
 その実験で求める成果が得られるかどうか、実験してみる――という結論に至ったのだとしたら。
 これならば王自ら実験に取り組む理由、実験という言葉を用いた訳、その他諸々すべてに説明がつく。
 だが、仮にこの【仮説③】が正しかったとしても、その先に待っている真の目的がわからないようでは、結局はなにも変わらない。

(……いや、そもそも。たとえ螺旋王の真の目的がわかったからって、特になにかが変わるわけじゃない)

 元々頭を休ませるつもりでベッドに寝転がったのに、ついついいつもの調子で考察を広げてしまった。
 螺旋王の真の目的というのはそれこそ難しいテーマではあるが、判明したところでそれが清麿たちの生還に直結するわけではない。
 結局は、首輪の解体方法と会場からの脱出方法、螺旋王を打倒もしくは出し抜く方法、三点をクリアしなければ、元の日常には戻れないのだ。
 螺旋王の真の目的、このようなゲームを開催した動機がわかったところで……

(…………待てよ)

 またベッドに身を投げ出そうとしたところで、清麿は停止する。
 ぐるり、と顔を机の上に向けなおし、そこに散りばめられた物品の数々を見やる。
 耳、メモ書き、首輪、首輪の中身――ネジ。
 螺旋王の真の目的――王という肩書き――実験という王に不似合いな趣旨――螺旋の力――優秀な螺旋遺伝子――放送――螺子。

(ねじ、螺子、ネジ、螺旋、捩子、捻子――)

 ――その瞬間、清麿の頭の中で、なにかが繋がった。
 ぎゅるり、ぎゅるりと、各種思考回路が弧を描きながら、組み合わさっていく。
 気づけば手にプラスドライバーを握り締め、手鏡を探しに走り出していた。


 ◇ ◇ ◇


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196:シャドウ・ラン 高遠清麿 206:聖なる侵入(後編)





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