この血塗られた指先で救えるのなら  ◆oRFbZD5WiQ



 自然公園に植えられた林の中、姿を隠すように彼女はそこにいた。
 いや、実際に隠れているのだ。
 彼女が最初に居たのは川のすぐそば。向かい側にはデパートが見えていた。
 だが、橋を渡って向かい側に行く事はできなかった。橋の上には障害物がなく、そこを行く事がたまらなく恐かったからである。
 そして逃げるように、けれども遠くまで逃げる気力もなかったため、障害物の多いここに身を隠したのだ。

「おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん……!」

 体の震えが止まらない。唇は、助けを求めるように同じ言葉を紡ぎ続けている。
 小早川ゆたかは、幹に背を預けながら、大粒の涙をこぼしていた。
 ……最初、夢かと思った。
 おねえちゃんたちの他に、漫画やアニメのキャラクターみたいな服装をした人たちが、沢山いたあの場所。
 事実、あのおじさんが変身した瞬間、「おねえちゃんから借りた漫画で、こんなシーンあったかな?」などと考えてしまったほどだ。
 だけど――
 あの赤は、
 あの爆ぜる音は、
 あの――錆びた鉄のような嫌な臭いは。
 転んだ時などに、傷口から滲み出る、血ではなかったか……?
 がくがく、がくがく、体が震える。先程よりも激しく、現実を理解したが故に。
 ゲーム、殺し合い。そういえば、昔、そんな設定の映画があったような気がする。

「……そうだ、支給品」

 ふと、気づいた。
 言っていたじゃないか、殺し合いのために、道具を支給する、と。

(なにがあるの、かな)

 一秒でもいいから、この現実から目を逸らしたい――そんな思考があった事を、ゆたか本人も気づけなかっただろう。
 中には、水と食料、地図に方位磁石といった基本の道具。
 他には、と思い奥に手を伸ばすと、ちゃり、という感触。

「これ、ペンダント?」

 取り出したのはアクセサリー――少なくともゆたかにはそう見えた――であった。
 小さな尖った石に、くるっと細い金属がらせん状に巻きついている。
 シンプルだけど、ちょっとかわいいかも、と思い首にかけ、もう一度デイバッグを探す。
 すると、固い感触。武器かな、と思い若干背筋が寒くなったが、実際は違った。

「えっと、なんでバッグの中に」

 それはカバンであった。見間違いようのない、取ってのついた長方形のカバンだ。

「なんかマトリョーシカみたいだね」

 もっとも、この場合丸いマトリョーシカから四角形の人形が出てきたくらいの奇妙さはあるのだが。
 少しだけ和らいだ気分で、それを開き――絶句した。
 まず、最初に目に付いたのは『遺書』、と書かれた封筒だ。すぐ近くに、筆と紙もある。 
 他にも、ロープ、練炭、睡眠薬――その他、様々なモノが収納されている。

「こ、これって……」

 もし、『遺書』と書かれた封筒が無ければ、もっと別の解釈ができたのかもしれない。
 そう、不眠症の冒険家さんのカバンなのだと。ロープは崖を降りるときに、練炭はキャンプの時にでも使うのだと、強引に理解させる事ができたかもしれなかった。
 けれど、その封筒が告げる、これらの道具の意味は――

「自殺の、道具なの?」

 なんで、こんなものが。そう思ったけれど、すぐに思い至った。
 ああ、きっとわたしみたいな人の為だ。
 体が弱くて、殺しあうなんて怖くって――殺されたくなくて。
 そんな人が使う道具なのだと思った。
 寒気と共に手が震え、ほとんど無意識にカバンを投げ捨てた。
 がしゃん! と散乱する道具。その中に一つ、見慣れない、けれども知識としては知っているものが見えた。
 カバンを投げ出した時にひっかかったのだろうか? そこには、鉄の塊が転がっていた。
 否。それを鉄の塊などと表現するわけにはいくまい。
 殺戮という概念を圧縮し、二つの手で握れるようにしたモノ、とでもいうべきか。
 M500ハンター。
 米国スミス&ウェッソン社が開発したそれは、頭のネジが一本どころか全て外れつつも部品と部品が引っ掛かってなんとか形を保ってる――そんな、発案者は気が違ってるとしか思えない大型拳銃である。
 威力は高いが反動が凄まじく、大の男ですら手に余るような代物だ。それを、こんな少女に支給するなど、あの男も発案者と同じく正気ではない。
 人どころか、猛獣すら十分に殺戮しきる威力を内包したそれを、ゆたかはそっと持ち上げた。

(重い――拳銃ってこんなに重いんだ)

 ……実際はこの銃が特殊すぎるだけなのだが、ゆたかにそれを知る術はない。いや、彼女の身体能力からすれば、一般的なサイズでも同じ感想を抱くだろうか?
 ともかく、理解できた事は一つある。
 自分が――こんなモノを使って戦う事など、不可能という言葉では生ぬるいほどに無茶苦茶だという事だ。
 寒気と吐き気が絶妙に交じり合った最悪の気分の中、散乱した道具を拾い集める。
 それは、考えた行動ではなく、「散らかしちゃだめだよね」という、日常にしみこんだ反射のようなものだ。
 一つ一つ、道具をカバンに仕舞い込む。
 だが、片付けるという行為は、物を見て、それを仕舞わねばならない。
 そう、睡眠薬を、練炭を、遺書と書かれた封筒を。

(……睡眠薬とかなら、苦しまずに死ねるのかな?)

 暗く、重い泥が胸に溜まっている。
 思考はひたすらネガティブになり、生きる希望は薄れ、自殺という選択肢ですら「それもいいかも」とすら思ってしまう。
 いや、今の彼女には、それが最も優れた手段であると思えた。
 どうせ、このまま居ても、誰かに殺されてしまうだけだ。それはきっと苦しくて、痛くって――想像の中ですら気が狂いそうになる。
 筆を取り、紙にさらさらと字を書き記す。筆なんて習字や美術の授業でしか使った事がなかったので、少し手間取ってしまったけど、なんとか書き終えた。
 それを膝の上に置くと、ざら、と睡眠薬を掌に載せる。そういえば、睡眠薬の致死量ってどのくらいなんだろう、とも思ったが、とりあえず沢山飲んでしまえばいい、と思いなおす。
 ごくり、と唾を飲む。さあ、これを飲めばこんな場所に居なくても済む。誰かに、殺されたり、殺したりしなくても済む。
 そう、飲めばいい。すぐに逝ける。楽に逝ける。
 飲めばいい。
 飲めばいい。
 飲めばいい――のに。

「う――ぅぅぁ」

 なのに、なんでそれだけの事ができないんだろう?
 腕が小刻みに震え、掌から睡眠薬がこぼれ落ちていく。それと同時に、つい昨日まで続いていた日常があふれ出した。


 ――そう、中学の頃は病気がちで、学校の行事とかもあんまり参加できなくて、友達もあんまりいなくて。

 ――だから、みなみちゃんと友達になれた時は、すっごく嬉しくて。

 ――それから、パトリシアさんと田村さんと友達になって、賑やかで、毎日がすごく楽しくて。

 ――そう、そうだ。この前の文化祭。みんなでチアリーディングをやったんだ。

 ――すごく緊張したけど、みんなと一緒に一つの事をやりとげたのが、本当に、嬉しく、て――――


 気づいたら、涙は止まらなくなっていた。
 そう、学園祭も終ったんだから、もう少ししたら冬休み。クリスマスにお正月があって、それが過ぎたら春。
 おねえちゃんたちが卒業して寂しくなるけど、それを覆い隠すくらい楽しい日々が続いている――はずなのだ。
 死にたくない。死にたくない。死にたくない!
 まだ、おねえちゃんたちと一緒にいたい。みなみちゃんたちと一緒にいたい。友達と一緒に、いたい。

「やだよぉ、みなみちゃぁん、おねえちゃぁん――」
 あるいは、その呟きが引き金だったのか。
 がさり、と茂みが揺れた。

「おねえちゃ――!?」

 彼女の希望が具現化した言葉、だが、目の前の人影は、「断じて否」とそれを否定する。
 男の人。がっしりとした体つきで、頬に切り傷がある。瞳は鋭く、自分の柔肌なんて、視線だけで切り裂かれてしまいそうだ。

「あ――あ、あ」

 その姿は、漫画で見た悪役に見えた。
 がちがち、がちがち、白いカスタネットが鳴り響く。
 その人影は、ゆっくりとこちらに――

「や、だ」

 頭が真っ白になる。その真っ白な世界に、赤い色が張り付く。変身したおじさん。弾け跳んだおじさん。
 赤赤赤赤どす黒い赤色。その恐怖心は濃厚なワインの如く。アルコールが回るかなように思考を犯す。
 自分もああなるんじゃないか、と思うと、平静ではいれらるはずもない。

「こないで! こないでください! おねえちゃん! 助けて、おねえちゃん、おねえちゃん!」

 知ってる。助けなんてこない。ここは、きっとそういう世界だ。
 男の人がすぐ近くまで来ている。殺される。殺されちゃう。

(……あれ?)

 けれど、怖れた衝撃は訪れず、体を包む、固い、けれどもどこか柔らかい肉の感触。抱きとめられたのだ、と理解した彼女に、男はそっと告げた。

「大丈夫だ、俺はこんなゲームに乗ってはいない」

 呆然と、その言葉を聞き終え――涙をこぼした。
 それは恐怖ではなく、安心から流れるモノ。黒い泥を洗い流す、心の洗浄液であった。

     ◆     ◆     ◆

 自己紹介を終える頃には、ゆたかはようやく落ち着いた。

「ご――ぐすっ、ごめんなさい、えっとDボゥイ、さん? いきなり失礼な事を言っちゃって」
「構わない」

 そう答えながらも、彼、Dボゥイこと相羽タカヤは内心で自嘲していた。
 ――始め、通り過ぎるつもりだった。
 自分の目的は相羽シンヤ――ラダムのテッカマンを殺す事。ならば、こんな小さな娘、一緒に居てもなんのメリットもない。
 だというのに、なぜ。
 なぜ、自分はここにいるのか。
 なぜ、この少女と共にいるのだ。
 ……なにを馬鹿な。考えなくても、そんな事は分かっている。

「お姉ちゃん、か」
「え? どうかしましたか?」
「いいや、なんでもない」

 ――お姉ちゃん。
 その言葉が、心に引っ掛かったから。
 その言葉が、妹という単語を連想させたから。
 一度引っ掛かってしまうと、彼女の姿が自分の妹の――ミユキの姿と重なってしまい、見過ごせなくなってしまったのだ。

(いや、それだけじゃない)

 知り合いがいない、殺し合いのゲーム。
 故に、戦う事に躊躇いはない。ない、と思っていたというのに。

「あの――」

 しばらく黙り込んでいたためか、少女は躊躇いがちに呟いた。
 小さな、小さな姿。小早川ゆたかと名乗った、少女。

「そ、その――あのっ、この参加者名簿なんですけど……Dボゥイさんの知り合いはいますか? わたしは――」

 初めて出会った知り合いとの絆を必死に繋ぎ止めるように、言葉を連ねている。
 泉こなた、柊かがみ、柊つかさ――その三人を、わざわざどんな人間なのかと、若干支離滅裂ながらも口にしていた。

(――あの日、ラダムの手によってテッカマンにされたあの日に、今の現状が似ている)

 そんな、気がしたのだ。
 自分の意思とは無関係に大切な物が、人が、場所が奪いさられた、あの日。
 ――このまま放っておけば、この少女もきっと、同じような道を辿ってしまう。

「……考えなかったのか?」
「え?」
「俺が、安心させてからお前を殺そうとしていると、考えなかったのか?」

 一瞬、びくりと体を震わせたが、うーん、と数秒考え込み、

「それはないですよ。Dボゥイさん、そんな悪い人にはみえませんし」

 純真な笑み。疑いのシミ一つ垣間見えない、処女雪のような笑みだ。
 そうか、と答え、空を見上げた。
 空は未だ月が支配している。その月明かりを隠すように、掌を差し出した。

(俺はもう戻れないのかもしれない。けれど、この子は、まだ助かる。まだ、救えるはずだ)

 この少女に、自分と同じ永遠の孤独を味わせる事は、許せない。

(そう、この血塗られた指先で救えるのなら――)

 だが、と思う。
 もし自分がシンヤと相対したら、ゆたかを守るという意志を保っていられるだろうか?
 ――それは難しいだろう。
 相羽タカヤという存在は、例えテッカマンになれずとも、復讐の鬼と化し、戦いに狂うはずだ。
 そう、ラダムは一匹残らず、根絶やしにする。その決意は、微かにも揺るがない。

     ◆     ◆     ◆

 Dボゥイ、そう名乗った青年の隣で、ゆたかはぺたりと座りこんでいた。
 自分よりもずっとずっと大きくて、その上、明らかな偽名を使っている青年。本来なら恐がってしかるべきなのだが――

(ぶっきらぼうだけど、悪い人じゃないよね)

 そう考えると、胸の奥から力が湧いてくるような気がした。
 そうだ。なにも全員、こんな殺し合いをしようなんて考えてるわけじゃないんだ。
 だって、みんなだって、殺し合いなんてしたくないはずなのだから。
 ここに呼び出されたみんなにも、自分と同じように日常が存在してるのだから。
 地面に落ちた封筒を見る。遺書、と書かれたそれを掴み――破り棄てた。
 その行動が意味するは決意。こんな馬鹿げた手段は用いない、という宣言。

「どうした?」
「ううん。なんでもないです」

 怪訝そうに問うDボゥイに、両手を振ってなんでもないというアピールをする。

(そうだよ。みんなで――みんなで帰ればいいんだ)

 ぐっ、と胸元にあるペンダントを握り締めた。それは勇気を搾るように、希望を掴むように。
 ――ゆたかは知らない。そのペンダントが、微かに――そう、真の闇の中でしか確認できないほど微かに――明滅している事実に。
 それはコアドリル。遠い異世界に存在するロボット、ラガンの起動キーにして、螺旋力を力に変換させる装置。
 そう――彼との出会いよって生まれた生きようという『想い』が、ネガティブをかき消した彼女の『気合』が、コアドリルを介して螺旋力となったのだ。
 されど、それは雀の涙にも劣るほどに弱く、ちっぽけなモノ。あってもなくても大差はない、その程度の量だ。
 けれども、進化を促す螺旋の力は、確かに彼女の胸の内に存在していた。
 それが、このゲームに風穴を空ける希望の光になるか、それとも、ロウソクの火のように掻き消えてしまうかどうかは――まだ、誰も知らない。



【E-7の自然公園/1日目/深夜】

【小早川ゆたか@らき☆すた】
[状態]:泣き続けた事により若干疲労
[装備]: なし
[道具]:支給品一式
 コアドリル(天元突破グレンラガン)
 糸色望の旅立ちセット(さよなら絶望先生)『遺書用の封筒が欠損しています』
 M500ハンター 弾数5/5(現実)
[思考・状況]
1:参加者みんなで脱出したい
2:タカヤさんはいい人だよ
3:泉こなた、柊かがみ、柊つかさを探す
[備考]
 :最終話終了後からの参戦
 :コアドリルが僅かながら反応しています。
 :相羽シンヤとDボゥイとの関係は聞いていません
 :テッカマンランスがDボゥイに対し『ブレード』と言った事に気づいていません。

【Dボゥイ@宇宙の騎士テッカマンブレード】
[状態]:健康
[装備]: なし
[道具]:支給品一式。(支給品は次の書き手の方にお任せします)
[思考・状況]
1:テッカマンエビル、相羽シンヤを殺す
2:それを果たす為なら、下記の思考は度外視する可能性あり
3:この子を守る
4:相羽シンヤ以外と戦うつもりはない、が襲ってくるなら別
[備考]
 :どの時期からの参戦かは次の書き手の方にお任せします。
 :泉こなた、柊かがみ、柊つかさをゆたかの知り合いと理解しました。


 *自然公園内部の林の中、破り捨てた遺書が散乱しています。
 *さして細かく裂いたわけでもないので、断片だけでもそれが遺書である事は理解できるはず。
 *だが、破片一つでは誰が書いたか特定できない。名前が書かれた部分、もしくは泉こなたなら筆跡で分かる可能性も?


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小早川ゆたか 064:ただ撃ち貫くのみ
000:THE OPENING Dボゥイ 064:ただ撃ち貫くのみ





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