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さよなら少年探偵 ◆j3Nf.sG1lk



 マンションが作り出す大きな日陰の中から一人の少年が飛び出した。
 息が荒く、走り方もおぼつかない。
 躓きそうになる。
 振り返るどころか顔も上げず、ただ目を瞑り、前を見ようともしないで走り続ける。
 ただ、走り続ける……。



 ◆ ◆ ◆



 少年は周囲から名探偵と賞賛されるほど頭の回転の良い強い人間だった。
 どんな謎めいた事件だろうと、殺意を垂れ流す殺人者を前にしようと、少年は決して恐れず、挫けず、諦めない。
 例え悲観的な状況に陥ろうとも、知恵を振り絞れば乗り越えられない事は無いと少年は信じているからだ。
 諦めなければ、いずれ必ず謎は解け、自身の正義の示すままに悪に立ち向かう力が生まれる……少年はそう確信していた。

 その想いはやがて決意となり、数多の事件の果てにその決意が少年を支える一本の柱となる。
 少年は自身の中に折れない柱を幾多の試練の中で築き上げたのだ。
 それは少年の中の絶対的な力となり、悪に立ち向かう為の武器となった。

 少年は疑わない。
 乗り越えられない不幸なんて無いんだということを。

 少年は信じている。
 悪に屈する事なんて絶対にないんだということを。

 この決意さえあれば、悪に負けることは無い、ということを……。



 ◆ ◆ ◆



「クソッ……、なんで……、クソ、クソ、クソ……」

 閉じられた瞳の隙間から涙が零れ落ちる。
 そこには一人の無力な少年が居た。名探偵ではなく、ただの、普通の少年……。
 何の力も無い、何にも出来ない、無力な少年が……。

「クソ…、クソ……、クソ……」

 少年の心に去来するものは、深い絶望。
 かつて名探偵と呼ばれた勇姿は今は見る影も無く、現実を否定するかのような表情で目を瞑り、
 今も尚、自身を食いつくそうとする絶望の底に向かって落ち続ける。
 少年は考えもしなかった、自身の武器が全く通用しない人間が居るという事を……。
 受け入れれるはずもなかった、自身の持つ最強の武器が易々と踏みにじられる様を……。

 自身の持つ絶対的な武器を信頼していた少年の心は、一人の男によって無残にも折れた……いや、折られてしまった。
 知略、戦術、駆け引き、そして勇気、少年の持つそれら全てを男は易々と踏みにじり、眼前に絶望を突きつけてきたのだ。

 少年は無力だ。
 少年は何も出来ない。
 少年には誰かを助ける力も、誰かに立ち向かう力も無い。
 少年は……弱い。

 男の発した言葉が少年を蝕み、硫酸を流し込むかのように少年の心を破壊的に溶かしていく。
 抱いた決意は砕かれ、心は絶望に落とされ、目に映る世界を、耳に届く音を、失意の内に少年は閉じる。
 かつて勇猛果敢に殺人者を追い詰めた眼差しは失われ、代わりに光を失ったかのような虚ろな瞳が姿を見せた。
 少年はもう、元の『名探偵』に戻る術を忘れてしまったのだ。
 それが少年の、この世界での姿だった……。

「ちっくしょっっ!!!!」

 だが、実際のところ、少年を追い詰めたのは何も男の言葉だけではなかった。

 確かに、男の言葉は少年の心を砕き、絶望に叩き落した。それは間違いない。
 事実、少年は心が折れた瞬間、全てを諦め、自身の死を受け入れた。
 少年は殺人者に屈し、自身も殺人鬼の獲物の一人として命を刈り取られる事を覚悟したのだ。
 しかし、少年は最後の最後で救われた、いや、救われてしまった。
 一人の血に濡れた少女の助けによって……“命”だけを……。

 ――早く!金田一君!私の乗ってきたエレベーターに乗って逃げてください!

 風浦可符香。
 少年にとって、見張るべき殺人者の一人でありながら、少年と心を通わせたこの世界での友人。
 彼女の救いの手は、少年を悪から生かした。
 本来なら、それは素晴らしいほど美しい話として語り継ぐ美談となりえるだろう。
 しかし、殺人者だろうと何だろうと、命を決して軽んじない少年の中に僅かに残った『名探偵としての心』は、それを美談として受け止めるわけにはいかなかった……。

「オレは……、オレは……、お前を見殺しにしてまで……」

 少年を追い詰めたのは恐怖という名の感情……だが、この恐怖の対象は“迫ってくる何か”に対してではない。
 少年の恐れているもの、それは、何も出来ず、一人の少女を死なせてしまったという、自分自身の中に蔓延する後悔の念だった。
 少年の中にある『探偵としての心』、それは、決して誰かが無為に死ぬ事を認めるものではない。
 犯罪者を許しはしないが、犯罪者が無為に死ぬ事も許してはならない。
 例え、それが殺人を犯した重罪人だろうと、等しく生きる権利を有し、犯した罪を償うべきだと考えている。
 それゆえに少年の正義は、例え犯罪者だろうと命の危機に瀕した者を救う為ならば自信の命を掛ける事を厭わないという思考を有しており、
 その本能ともいえる思考は、考えるより体が動くようにインプットされているという高潔な精神となっていた。
 つまり、助けられる命は助けなくてはならない。いや助けたい。
 それが探偵としての、いや人としての少年の、当たり前の信念だった。

 ……しかし、この時、その信念に少年は逆らってしまった。

 少女が少年を助けに来たとき、少年は直ぐに少女の状態を察した。
 体の数箇所に銃創が見られ、そこから夥しい血が流れ出ている。
 少女の命が風前の灯火だという事は直ぐに分かった。
 例え、この場で直ぐに治療できたとしても、少女は決して助からない。
 それを、数多くの遺体を目にしてきた経験から少年は瞬時に理解してしまう。
 自分の腕の中で冷たくなっていく確かなイメージが浮かび、幾人もの過去に見た死に際の顔と重なった。
 それは探偵としての人の死に関わってきた者の悲しい習性だった……。

 だが、それはあくまでイメージだ。
 助かる可能性が限りなく0に近いとしても、何か奇跡が起きれば少女を助ける事が出来るかもしれない。
 いや、奇跡が起きなくても助けなくてはならない。
 いつもの少年なら、その信念を信じ、少女の命を救う為気力を振り絞って立ち上がったはずだ。
 だが、その時の少年に、そのような決断を下す思考は残されては居なかった。

 少年は少女に促されるままに、その場から逃げ、後悔だけが残る。

 勿論、言い訳をするとしたら、先に自分を追い詰めた男の言葉のせいなのだろう。
 男の言葉が、普段の少年の持つ冷静な思考と熱い心を凍てつかせ、矮小な無力な少年へと変えてしまったのだ。
 当然、無力な少年に、絶望的な状況を打破する力などあるわけも無く、少年は少女の言うままに逃げる事を選択するしかなかった。
 表向きは少女の最後の願いを聞き届けた上で、自身の命を守る為、緊急避難を行使したとして、
 少女を助けられなかったという点において少年に同情こそすれ、非難される事は無いことだろう。
 それは決して間違いではない。普通の人間なら、その行動は正しいと言ってもいいのだ。

 しかし、その場から走って遠ざかる内に、少年の心の中に僅かに残った『探偵としての心』が警鐘を発し始めてしまう。

 通常の思考が出来るようになってきた頃、少年は自分が許せない事に気づいた。
 これまで幾人もの犯罪者と戦い、追い詰めてきた少年にとって、その犯罪者から逃げるどころか、
 逃げる為に一人の少女の命までも犠牲にしてしまったという事実は、確固たる深い後悔と共に自身を攻め立てているのである。
 少女は死んだ。
 バイザーの男が殺した。
 だが、助ける事を放棄した少年も人殺しと同罪だ。



 少年が、少女を、殺した――。



 少年は走り続ける。
 向かうべき場所を見失い、自身の世界を閉じるように。
 その手に大きな大砲とデイバックを握り締め、少年は闇雲に足を前に出すだけだった。
 瞳から大粒の涙が零れ落ち、冷たいアスファルトの地面に染み込んでいくのも構わずに……。



 ◆ ◆ ◆



 どれくらい走っただろうか、気が付けば、アイザックとミリアという二人の秒なカップルと別れた高速道路に上がる為の入り口まで来ていた。
 ここまで来たのは本当に無意識での事だった。
 おそらく、心のどこかで助けを求める自分が居たのだろう。
 明智、剣持という頼れる二人に未だ出合ってはいないせいもあり、記憶の片隅に残っていた、この世界で知り合った新たな知り合いに無意識の内にすがったのだ。

 誰でもいい、今、自分を苦しめる絶望を和らげる事が出来るのなら、誰でもいいから助けてくれ、と……。

 少年の心は完全に名探偵として気概を失っていた。
 少年はもう、本当にただの少年だった。
 無力で、何の才能もなく、何も出来ない弱い人間……。
 守る側から、守られる側、いや、守られる価値の無い人間に落ちぶれてしまったのだ。
 少年の精神はもう、限界だった……。 

 その時、追い討ちを掛けるように定例の放送が始まる。
 それは、少年を更なる絶望に叩き落とす悪魔の嘲笑となった。



「アイザックさんが……、死んだ?」



 漏れるように呟き、呆然とした表情のまま少年はついに膝を突いた。

 少年の名は金田一一、“元”名探偵……。



【C-3/高速道路入り口/1日目-日中】

【金田一一@金田一少年の事件簿】
[状態]:疲労、精神的疲労(中)、自信崩壊、茫然自失、肩に浅い銃創
[装備]:ドーラの大砲@天空の城ラピュタ、リボルバー・ナックル(右手)@魔法少女リリカルなのはStrikerS(カートリッジ6/6)
[道具]:支給品一式、大砲の弾2発、予備カートリッジ数12発
[思考]
1:俺は無力なのか……
2:そんな、アイザックさんまで……
3:誰か助けてくれ……



[備考]
※高速道路の入り口は、最低でも1エリアに一つはあると推理しています。
※アイザックの不死については信用していません。もちろん、ポロロッカ星人であるとも思っていません。


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158:金田一少年の天敵 金田一一 185:黒き鳥は空を舞う




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