賽は投げられた・side b ◆10fcvoEbko



『地響きがする――と思って戴きたい』

店を出て少し歩いた時点で、スパイクは読子がデイパックを置き忘れたことに気付いていた。

『地響きといっても地殻変動の類のそれではない』

指摘してやろうとしたが読子は再び読書に夢中になっており、スパイクの声を届かせるには結構な手間がかかると予想された。
まぁいいか、スパイクはそう思った。

『一定の間隔をおいてずん、ずん、と肚に響く。所謂これは跫なのである』

どうせ中には大したものは入っていなかった。
高価そうなペンダントはスパイクの手で、本人は気付いていないが、読子の首へと移されている。

『たかが跫で地響きとは大袈裟なことを――と、お考えの向きもあるやもしれぬが、これは決して誇張した表現ではない』

それに、先程のはやてという女はしっかり者のようだった。
後で追い付くと言っていたし、ついでに持ってきてくれるかもしれない。

『振動は、例えば戸棚の中の瀬戸物をかたかたと揺らし、建付けの悪い襖をぎしぎしと軋ませ、障子紙をびんびんと震わす程の勢いであった』

読子の本を読むスピードは大したもので、かなりの分厚さであるそれを歩きながらであるにも関わらず、ついさっき読み終えていた。

『子の刻である。折からの雪が、しんしんと江戸の町に降り積もっている』

読み終えてしばらくは頬に手をあてぽ~っと陶酔の表情を浮かべていたのだが、それが済んだと思ったら再び1ページ目に戻り、再読を始めた。

『つまり冬場の深夜である。だから殆どの者は眠っていた』

スパイクにしてみれば、下らないことでぎゃあぎゃあ騒がれるよりは、おとなしくしてくれている方がありがたい。

『当然音はなく、その所為か余計にそれは遠くまで響いた。』

だが、隣でえんえん本の内容を読み上げられるのは、うっとおしくて仕方がなかった。


「やかましい」
「耳を澄ますと、その重低音……ああっ!本、私の本っ!」
スパイクが本を取り上げる。
すると読子は幼児のような慌てぶりで、本を取り返そうと飛び付いてきた。
頭上に掲げると、本しか見えないといった様子でぴょんぴょんジャンプを繰り返し手を伸ばしてくる。
スパイクは押しつけられる体をうっとおしそうにはねのけながら言った。

「うるせぇつってんだ。読むんなら声に出さずに読め。ぶつぶつ呟かれると気持ち悪いんだよ」
「あ、ごめんなさい。私、そんなことしてました?」
照れくさそうに笑いながら、眼鏡を押さえる。
「素敵な文章だと思って、つい」
「だからって2回も3回も読むのかよ」
そもそも本を読まないスパイクには理解できない感覚だ。気持ち悪いものでも見るかのように本の表紙をにらむ。

「面白い本は何度読んでも面白いですよ。
一度読んだ本はそうでない本より少し面白がるのに手間がかかるだけだって、その本の作者さんも書いてます。
ほんとにその通りだと思います」
「そんなもんかねぇ」
「ちなみにその本は47人のお相撲さんが偉い人のお屋敷を襲撃するとっても斬新なお話なんですよ」
「どんな話だよっ!?」
スパイクは思わず本を地面に叩きつけ、土に汚れる直前で読子によってジャンピングキャッチされた。

「本~~。駄目ですよ、乱暴しちゃあ」
読子は倒れこんだ姿勢のままスパイクを叱った。
鼻がすりむけていることなど構いもしない。
スパイクは相変わらずの本への執着ぶりに引きつつも、ちょうど読子の意識が読書から外れたので、デイパックについて伝えることにした。
「そりゃ悪かった。ところでリードマン」
「はい?」
本をしっか、と抱き締めながら立ち上がり、ずれた眼鏡を直す。
「お前荷物忘れてきただろ」
「え?あ~、本当ですねぇ。さっきのお店に置いてきちゃいました」
自分の体をあちこち見下ろしながら言う。
「どうする、戻るのは面倒だぞ」
そこそこの距離を歩いてきた。はやては未だ追い付く気配もない。
「ん~、別にいいです。もともと私のじゃありませんし、本はちゃんと持ってきてますから」
「その本ももともとお前のじゃないんだが。まぁ、それならとっとと先を急ぐか」
「ご飯はスパイクさんのを分けて貰えばいいですし」
「戻るぞ」
スパイクは全力で道を引き返し始めた。



来た道を戻る途中で放送が流れた。
「何か鳴ってますよ」
「町内放送か何かだろ」
「死亡者とか禁止エリアとか言ってますけど」
「見た目より物騒な街なんだな」
「なるほど。確かに、人の気配のしない街ですねぇ」
「オンセンってのは寂れた街にあるもんだって聞いたぜ」
「なるほど。ところで八神さん、追い掛けてきませんねぇ」
「死体でも隠してんじゃねぇのか」
「なるほど。って、そんな訳ないじゃないですか」
そんなことを話しているうちに、いつの間にか放送は終わっていた。


「……まさか本当に死体を隠してたとはな」
「凄いですスパイクさん。どうして分かったんですか?」
スパイクと読子が昼食をとったラーメン屋の、そのすぐ近くの路地裏で二人は身を潜めていた。
二人の視線の先には、ついさっき別れた八神はやての姿がある。
だが、そこにいたのは先程までの理知的な印象を与えるきっちりしたスーツ姿の女ではなかった。
まず下着姿である。血で真っ赤に染まっているのもお構いなしで土を掘り返している。
そして、はやての脇には死んでから間もないと思われる死体が置かれている。
現在のはやては、下着姿で黙々と穴を掘るという、凄惨な光景を繰り広げていた。
真剣な表情からは、昼食を振る舞ってくれたときの溌剌とした様子は完全に消え去っている。


「何で服を着てないんでしょう?」
「血が付くのが嫌だったんだろう。余裕だな」
「あ、見てください。骨、骨が出てきましたよ!」
スパイクは気付かれないように慎重に顔を出した。
確かに掘り返した穴から骨らしき物体がでてきたようだ。
「前に殺した奴の分って訳か。よく見りゃ土を掘るスピードも早すぎる。
どうやら、殺した奴は毎度あそこに埋めてるらしいな」
「ええ?じゃあ八神さんはずっとこの辺りに住んでるんですか?」
「というよりあの店に、だろうな。
俺だって一歩間違えれば今頃あそこに埋まっていただろうさ」
出会い頭に発砲されたことを思い出しながら、納得したようにスパイクは言った。

「でもでも、スパイクさんを撃ったのは勘違いって言ってましたよ」
「最初奴は俺達が二人だとは知らなかった。
2階から降りてきたお前に2対1じゃ適わないとみて、咄嗟にそう嘘をついたんだろ」
「そんな風には見えませんでしたけど……」
「目の前の現実から目をそらすな。
考えても見ろ、奴は俺たちに本当なら窃盗と不法侵入で突き出すところと言った。
そんなことを言うのは警察か、その家の持ち主だけだ」
「あ……」
真実に気付き悲しげに読子は目を伏せた。私達騙されてたんですね、と呟く様が痛々しい。
「とってもいい人そうだったのに……。どうして殺人なんて」
「そうでもしないと、この街では生きていけないのさ」
「え?」

怪訝そうにスパイクを見る。
スパイクははやての行動を冷徹な眼差しで観察しながら言った。


「さっきお前が自分で言っただろ、リードマン。
この街は人の気配がしなさ過ぎる。確かにそうだ。
これだけ歩いて出会ったのはあのはやて、これも今となっちゃ偽名かもしれねぇが、あの女ただ一人だ」
神妙な顔でうなずく読子を横目で見ながら、スパイクは続ける。
「恐らく、この街はなりは綺麗だが実情はかなり悲惨で、ほとんどスラムみたいなもんなんだろう。
だから、ああやって何も知らない連中から金品を奪いでもしないと生活が成り立たないのさ。
それならさっきの物騒な内容の放送だって合点がいく」
「そんな……。……私、あの人と話してきます!」
「行ってどうする!」
飛び出しかけた読子を、スパイクの鋭い声が制した。
固まった読子の背中に向けて言う。
「行ったってどうにもならねぇよ。俺達にできることなんざ、何もありゃしねぇんだ」
重々しい口調で話しながらスパイクは、何となく煙草が欲しいと思った。
視線を空へと向ける。薄汚い路地の壁の上に、恨めしいほど青い空が広がっていた。

「……わかり、ました」
押し殺したように呟かれた読子の言葉は、かすかに震えていた。
ゆっくりとした足取りで路地裏に戻る。
その背中には自らの力の無さに対する絶望が重くのしかかっていた。
「……デイパックは、置いていきます」
かすれた声で紡ぎだされた言葉に、スパイクはそうか、とだけ答えた。

重苦しい沈黙が路地裏に満ちた。
スパイクは再び視線を薄幸の女に移す。死体はほぼ埋め終えたようだ。
誰かは知らないが死んだ者はこの場でのルールをわきまえていなかった己の無知を、あの世で呪うしかないだろう。
すぐに、あの女は家の中に戻るだろう。
そして、自分達が立ち去れば、この場のことは全てお仕舞いとなる。
読子を見る。あれだけ執着していた本を脇に置き、膝を抱えていた。
丸められた背中は、小刻みに震えている。
スパイクは大きく息を吐いた。
本ばかり読んでいても暮らしに困らなかったのだろうこの女にいきなり突き付けるには、辛過ぎる現実だったか。
だが、いつまでもこの場に留まる訳にもいかない。
自分達にできることはせいぜい温泉に入り、この街に僅かばかりの金を落としていくことだけである。
その内の何割がこの街のために使われるかは分からないが。


スパイクは、努めておどけた口調で言った。
「にしても、あの女あんだけ汚れたら下着だって透けかねねぇぞ。
分かってんのか?」
「…え?み、見ちゃだめです!」
スパイクが考えた程沈んではいなかったのか、読子は想像以上の大声をあげてスパイクに掴み掛かってきた。

「声がでけぇよ!聞こえるだろうが!」
「スパイクさんだってぇ!と、とにかく見ちゃだめですぅ!」
腕を掴み路地に引きずり込もうとする読子にスパイクは抵抗する。
「馬鹿野郎、あんなガキの裸見ていちいち喜ぶか!
そんだけ元気があるならとっととここから……」

『くぁwせdrftgyふじこlp;@!!!!!!!』
スパイクの言葉を遮るように、二人の間に奇声が飛び込んできた。
声のした方に顔を向けると、女の姿は既に無く、奇声は店の中から女があげたもののようだ。
続いて大慌てで作業するような騒がしい音が、スパイク達のところにまで響いてきた。
スパイクはゆっくりと顔を、腕を掴んだままの、読子へと戻した。
「……見ろ。見つかっちまったじゃねぇか」
「……多分、スパイクさんが悪いんだと思います」
そのままの姿勢で二人ともしばし固まる。

やがて家の中から立てられる音が止んだ。
スパイクと読子が次の行動をとりあぐねて息を殺していると、
結構な時間をおいてラーメン屋の窓のが開き、スピーカーだけがにゅうと姿を現した。
「本人は姿を見せないな」
「そりゃ、あんな姿見られたら恥ずかしくて表になんて出れませんよ」
スパイクは、こいつにも人並みにそういう感覚はあるのかと思ったが、口には出さないでおいた。
スピーカーがガガ、と耳障りな音を立て声を発する。




『あーあー、あーあー……ちゃんと電源入っとるんかなぁ、コレ?
 ……ええかな?
 えーと、いきなりこんな声が聞こえて来て、ビックリしている人もいると思います。
 私は――ううん、私だけやない、同じような考えを持っとる人の言葉、全部を代弁して言わせて貰います』
下着女の言い訳が始まった。

『――皆、迷っとるやろ?
 おっかない、他人が信用出来ない、死にたくない……何もしないでいても、そんな気持ちばかり湧いて来る。
 いっそ、殺し合いに乗ってしまおうか。そうすれば楽になれるんじゃないか。
 分かるで……私もほんの今の今までそーんな、グチャグチャした考えで頭の中が一杯やった』
「やっぱり、相当苦しい生活をされてきたんですね」
「……ああ」

『せやけど、ちゃうで。
 これは夢なんかやない。全部、全部現実なんや。
 今、銃や刃物を持って目の前の誰かを手に掛けようとしている人がいたとしたら、もう一度考えて見て下さい。
 あなたの目の前に居るのはちゃんとした人間。
 私達と同じように息をして、笑って涙も流すし、ご飯だって食べる、血の通った人間なんや!
 人形なんかやない。本物の……人なんや』
「……なんだ?」
殺人は生活のためであるしこの街では当然のことのようであるから、死体には触れずに下着姿を見られたことへの言い訳に終始するのだろう。
そう思っていたスパイクは予想とは違う話の内容に違和感を覚えた。
たった今慣れた手つきで死体を隠蔽した者の言葉とは思えない。
「……きっと私達に見つかったことがきっかけになって、改心しようって思ったんですよ」
「確かに声を掛けてくるまで妙に長い間があったが……。んなことあるか?」

『そして……な。今、一人で脅えてる子がいたら聞いて欲しいんよ。
 私が、そして同じような気持ちの人が絶対他にもおる! だから心配する必要なんてないんや!
 必ず助けたる、そんで皆一緒にココから脱出して、ロージェノムを捕まえるんや!』
「ほら見てください!
ロージェノムっていう人がこの辺りの人達に苦しい生活を強いている人で、八神さんはそれに抵抗することを決めたんです」
「俺達がクーデターの引き金になったってのか?いくらなんでも無理があるぜ」
目を輝かせて熱弁を振るう読子にスパイクは胡散臭げに応じた。
何か変だ、という思いが胸の中で増大していくのを感じながら。




『それと……そや、制服! 茶色い布地で胸の部分に黄色のプレートが付いてる制服を着ている人間を探してください。
その人達は皆、私の仲間――五人……今は四人に減ってしもうたけど……四人とも、本当に信用出来る仲間です。
 名前は……すいません。今は……言えません。
 だけど、私はコレから北に向かうつもりです。
 例の制服を見かけたら声を掛けて下さい。多分、後は声で分かって貰えると思います。
 最後に……皆、絶対に諦めたりしたらあかんで!!』

「既に犠牲者が……。
きっと凄く長い時間をかけて準備してきたんです。
仲間の人が潜伏してるって言ってるじゃないですか。
スパイクさんは最後に背中をちょっと押しただけなんです。
いえ、スパイクさんがいなくても八神さんはきっと近いうちに行動を開始するつもりだったんですよ」
「相当都合よく解釈してないか……それ?」
読子の想像が広がるのに比例して、スパイクの中の不安は大きくなっていった。
自分達が足場だと思っていたところが実は泥船の上だと気付いたような、そんな感覚だ。
そこまで喋ったところでスピーカーは引っ込んだ。
そして、それほど間を置かず、八神はやてと名乗った女が飛び出してきた。
気分が高揚しているのは確かなようで、頬を紅潮させている。
はやては不思議そうに一度だけ頭を捻ると、強い決意を感じさせる足取りで足早にその場から立ち去っていった。

「あ!八神さん行っちゃいましたよ。私達いなくなったと思われちゃってます。
早く追い掛けましょう。私達にもできることがあると思います」
「ああ…そうだな。あ、いや、本当にそうなのか……?」
「スパイクさん!」
全力で腕を引っ張る読子に引きずられながら、スパイクは思った。

俺達、何かとんでもない勘違いしてねぇか?



【G-4ラーメン屋そばの路地裏 一日目・午前】
【スパイク・スピーゲル@カウボーイビバップ】
 [状態]:健康
 [装備]:デザートイーグル(残弾8/8、予備マガジン×2)
 [道具]:支給品一式
 [思考]
0.何かおかしくねぇか?
1.とりあえずオンセンに行ってから帰る。
2.読子と一緒に行動してやる。


【読子・リードマン@R.O.D(シリーズ)】
 [状態]:健康
 [装備]:○極○彦の小説、飛行石@天空の城ラピュタ
 [道具]:なし
 [思考]
1.はやてに協力したい。
2.スパイクと一緒に温泉に行ってから帰る。
※はやてがやろうとしていることを誤解しています。
※国会図書館で隠棲中の時期から参加。

※冒頭の読子の音読は京極夏彦著「どすこい(仮)」から引用しました。


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095:倉田屋で会いましょう スパイク・スピーゲル 131:せーのでコケてごあいきょう
095:倉田屋で会いましょう 読子・リードマン 131:せーのでコケてごあいきょう





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