不屈の心は、この胸に ◆10fcvoEbko



エリオの意識は朦朧としていた。
ほとんど途絶えかけていたと言ってもいい。
実際、ついさっきまでエリオの意識は闇に閉ざされていた。
現在も意識が回復したというより、夢とも現つともつかない境を曖昧にさ迷っている状態である。
傍から見ている分には気絶者と何ら変わらないだろう。
閾値ぎりぎりのラインで保たれているエリオの意識は、無意識下の雑多な記憶を掘り起こしていた。

それは、暴れ回る自分を全身全霊をかけて受け止めようとするフェイトの姿であったり。
毎日の教導でぼろぼろになりながらも、どこか充実感を感じさせる仲間達の笑顔であったり。
相棒の槍、ストラーダと共に駆けた空の青さであったり。
致命傷を負いながらなおも意志の焔を燃え上がらせる、軍服の男の瞳であったりした。

ああ、走馬灯ってこういうものかとエリオは思った。
ならもうすぐ自分は死のか、とも。
死ぬ。実感をもって捉えたことは…全く無い訳ではない。
機動六課での仕事は、命の危険が伴う実戦任務も多かった。
撃墜されたこともあったし、殺されてもおかしくないような状況は幾度か経験している。
敵を殺す、という覚悟はランサーに諭されるまでろくに考えたことも無いくらいの甘さであったが自分が死ぬ、殺されることへの覚悟はそれなりにしてきたつもりだった。
目の前に着実に死が迫りつつある状況にあって、冷静でいられるのがそのためと言うつもりはないが。
単に死を恐れる気力も残っていないか、あるいはそのための器官などとうに焼け落ちてしまっただけだろう。
そこまで思考を垂れ流したとき、エリオは心中でかぶりを振った。

(……ダメ、だ。弱気になっちゃ。死ぬことなんて考てたら……)
自分が今冷静なのは、これからも生き続けるから。ただそれだけだ。
幸い即死にいたる傷では無かったし、頼もしい同行者が病院へと運んでくれている。
今は足手まといにならないように、治療に専念することだけを考えなければ。

(でも……腕…無くなっちゃったな)
しかし、後ろ向きな思考は中々止んではくれなかった。
エリオの意識に再び闇が濃くなる。
燃える管理局。
窓のない部屋。
脳内で展開される映像は先程よりも鮮明さをなくし、時間も整合性も無視したまま次々に展開される。
フェイト。
なのはとヴィヴィオ。
八神家の面々。隊の仲間達。スバル。ギンガ。ティアナ。ルーテシア。キャロ。

――キャロ・ル・ルシエ

「キャロ!」

頭の中でではなく、はっきりとした肉声でキャロの名を呼ばれた気がしてエリオは跳ね起きた。
つもりであったが、実際には顎を少し揺らす程度の力しか出すことができなかった。
大声を上げたつもりの叫び声も、同行者の耳に何とか届くだけの音量でしかない。
「ん……。目ぇ覚ましたか。タフな野郎だぜ、ったく」
「あ、あの、ランサ-さん。今誰かが……キャロの名前を呼んだような……」
弱々しいながらも、傷ついた体に精一杯の力を込めて聞く。
そんなエリオを同行者、ランサ-は静かに見下ろしていた。
かなりの疲労の色が見て取れるが、人一人を抱えて走ってきたことを思えばそれでも驚異的な体力である。

「気のせいだ、と言ってやれればいいんだがな。
たった今放送が入った。ご丁寧に、この6時間で死んだ連中の名前を教えてくれるそうだ。キャロって名前はそこで呼ばれた」
「え……?それってどういう……」
いまいち飲み込めない、という風にエリオが聞き返す。
「そのままの意味でしかない。
お前の仲間だというキャロという人間は、もう死んだ」
憐れむでもなく隠すでもなく、ランサーは事実をただそのまま伝えた。
固く引き締められた表情には、安っぽい感情は一切含まれていない。

「キャロが死んだ…」
エリオはショックを持て余しているような、実感の込められていない口調で呟いた。
困惑に揺れる瞳を見れば、脳がその情報を正しく処理仕切れていないということが分かる。
あるいは、重傷を負った身体がこれ以上の負担を避けようと、無意識に理解を拒んだのかも知れない。
「おら、入るぞ。やっとこご到着だ」
ああ疲れた、とでもいうような気だるげな口調で、ランサーが言った。
いつの間にか、真っ白な病院の建物が目の前にあった。




ムスカが目を覚ましたのは、放送が終了した直後だった。
病院の入り口で休むのはさすがに危険すぎると、適当な病室に入って休んでいたのだが、いつの間にか意識を失っていた。
最低でも放送は聞き逃すまいと十分に注意していたのに、である。
最初は立って放送を待とうとしていた。
だがそれではさして休憩にならないと、椅子に座った。
しかし、布団の上の方が軟らかそうだとすぐそちらに移った。
ふかふかに整えられた布団の誘惑に屈し、少しだけならばと横になった。
自然重くなる目蓋に、意識さえしっかりしていればと目をつぶった。
次に目を明けたら放送が終わっていた。

「しまった……!私としたことが……」
ムスカに聞き取れたのは、末尾の僅かな言葉だけである。
それすらも、起き抜けに見た夢のように記憶の彼方へ消え去ってしまった。
「ちぃ…。まあいい、所詮私には必要のないことだ」
誰が死んだかなどという情報は、命を一方的に奪う側であるムスカにとってさして重要ではないのである。
最後に残るのは神たる自分であると最初から決まっている。
禁止エリアと言ったところで、一歩足を踏み入れただけで即爆破されるという訳でもあるまい。恐らく。
そう考え、休息を優先させた無意識の判断力をムスカは褒めてやりたくなった。

「ハハハ。私の判断に狂いはない。あの東洋人にも思い知らせてやらなくてはな」
ムスカはあっという間に意識を切り替えた。
デイパックを持ち、出発しようと立ち上がる。
睡眠を取ることで気分が変わったのか、威風堂々とした立ち振る舞いから放送前の惨めさを感じることはできない。
一人でも多くの参加者にラピュタの威光を見せ付ける。
そして、最後には自らを差し置いて王を名乗った愚か者に神の雷を。
ムスカは病室の扉に手を掛けた。

「む……?」
ムスカの手が止まった。
かすかにだが、病院内を移動する足音が聞こえる。
不用心に歩いている様子ではない。
だが、澄み切った空気と病院の硬質の床は、音を想像以上に遠くまで伝えるものである。
「フフフ。獲物の方から飛び込んで来てくれるとは、上出来じゃあないか」
ムスカは慎重に息を潜め、新たな標的の気配を探り始めた。




エリオは自分の体がいつの間にか布の様なものに包まれていたことに全く気が付いていなかった。
聞けば途中でちょいと拝借した、とのことらしい。
傷口を外気にさらし続けることの危険性を思えば、正しい判断だと言える。
そのお陰なのか、目を覚ましたときよりも体が動かし易くなっているような気がした。
もちろん、これ程の傷で受けた疲労が僅かな睡眠だけで回復する道理などない。
エリオは、これはいよいよ痛みを感じる必要が無くなってきたのか、などと諦めにも似た冷静さで分析していた。

エリオの精神は、先程よりも一層暗い淵の中に沈んでいた。
キャロが死んだという。
悲しい、という言葉が頭の中に浮かんだ。
ただ、それはそれだけのもので、具体的な感情は伴ってこない。
心中は激しくかき乱されているかのようで、それでいて静かに凪いでいるかのようでもある。
自分で自分の感情が判然としない。

エリオの体は病室のベッドに横たえられていた。
その身を包んでいた布は、乱雑に丸められ、床に放置されている。
今から治療に使える物を漁ってくる、その間身動きがとれないのはまずい。
ベッドを狙撃されにくい場所に移しながら、ランサーはそう説明した。
「こいつも持ってろ。俺にとっちゃいけ好かねぇが、こんだけ派手なら威嚇ぐらいにはなるだろ」
気休めだがな、と付け加えてエリオの手に偽・螺旋剣を握らせる。
エリオはその間、返事をしているのか息が漏れているだけなのか分からない応対をしながら、されるがままになっていた。

瞳はどことも知れない場所を見ている。
思考はキャロのことで埋め尽くされていた。
正確にはキャロに関する情報がランダムに随時再生去れ続けていた、と言うべき状態だった。
相変わらず、そこに感情は伴われない。

「ランサーさん……」
「何だ?」
頭まですっぽりと布団を覆い被せようとしていたランサーに呟く。
自分でも、何を言おうとして口を開いたのか分からない。
ただ、混乱の極みにあるエリオの脳内にもまだ現状を正しく認識している部分があるのか、続けて次のような言葉を呟いていた。

「あの…僕の槍……ストラーダですけど、もし見つけたら……ランサーさんが…」
「今すぐもう一走りしてお前を捨てにいこうか?」
「え…」
視線を上げる。そこには不機嫌さを隠そうともしないランサーの顔があった。
「俺がわざわざこんなとこまでマラソンさせられたのは何か?
死にたがりに快適な寝床を提供するためだったって訳か?」」
「あ…の……」
エリオは自分が口走った言葉の意味をようやく理解した。
言葉を探すエリオに背を向け、病室の扉を開けながらランサ-が告げる。

「仲間が死んで悲しいのは分かるがな、だからってそれで自分まで…って、言わせんなわざわざこんなこと。
とっくに分かってるだろうが」
「はい…済みませんでした……」
申し訳なさ気に目を伏せる。
その殊勝さにランサーは舌打ちし、首だけをエリオに向けて付け加えた。
「いいか、感情なんてもんは後になれば嫌でも付いてくる。
今はとにかく休め。寝ちまえ。分かったな」
それだけ言うと、ランサーは病室から出ていった。
一人ベッドに横たわりながら、エリオは先程の自分の言動を反芻する。
(ひどいこと…言っちゃったな……)
多少冷静さを取り戻した頭で考えれば、本当に見捨てられても文句が言えないようなことを言っていたと分かる。

(ランサーさんの言う通り、今は、休もう……)
片手で布団を被り直し、エリオは目を閉じた。
休息が必要だ。心にも。体にも。
そうすれば、キャロの死を悼むことだってできるようになる。
だから、今は休もう。
(ごめん…キャロ……)
やっと、涙を流すことができた。




奴が目を覚ましたのは最悪のタイミングだと、薬棚を漁りながらランサーは思った。
もう少し寝ていれば自分が適当なタイミングを見計らって放送の内容を伝えられたものを。
それが、変に感覚が鋭いせいで余計に心身に負担をかけている。
その結果がさっきのあれだ。
衰弱しきっていたせいで分かりにくいが、仲間の死を処理しきれずに恐慌に近い状態になっていた。
ランサーの柄にも無い説教を聞き入れる理性が残っていたのがせめてもの救いか。

とにかく、一刻も早く専門的な治療を受けさせる必要がある。
ランサーは病院内に設けられた薬局のような部屋から出た。
収穫はない。
見るものが見れば有益なものばかりなのだろうが、現代医療に関する専門的な知識を持たないランサーにはどれがそうなのか判別できない。
消毒薬と書かれた液体をそのままぶっかける、という訳にもいくまい。
中途半端な知識しか与えない聖杯を恨みながら、ランサーは考えた。
情報交換をした際に、シャマルという人物が医療関係者であると聞いた。
幸い病院内は設備だけは十分なものがあるし、専門家が治療できないということはないだろう。
この広い会場から特定の人物を探し出し、戻ってくるまでの間エリオの体力が保つのか、という問題はあるが。

だが、他ならぬランサー自身が見込んだのだ。そう簡単に死んでもらう訳にはいかない。
もし、傷が治った後にも一緒にいるようなことがあれば、稽古をつけてやってもいい。
片手での戦い方など、いくらでも教えてやる。
後続を育てる楽しみ、とやらを味わってみるのも悪くない。
「さっきのは気の迷いだと思っておくさ。だから死んでくれるなよ、坊主」
今できることは氷や包帯の確保がせいぜいだろう。
シャマルという人物の捜索をするにしても応急処置はしなくてはならない。
そう判断し、目当てのもを探すためにランサーは病院の奥へと進んでいった。
とはいえ、できるだけ早く戻らなければならない。
エリオを一人にしておくのは危険だ。

もし誰かからの襲撃を受ければ、今のエリオではひとたまりもない。




病院内を探り歩く何ものかの足跡に気付いき、エリオはまどろみの中から現実に引き戻された。
緩慢な動作で布団を被り直し、気配を押し殺す。
依然として焼けどの傷がうずくが、意識はさっきよりかは多少ましになっていた。
足音の主は病室を一つずつ見て回っているらしい。
音がだんだんと近づいてくる。
エリオは偽・螺旋剣を持った手に力を込めようとし、左手にほとんど力が入らないことに気付いた。

(駄目だ…今襲われたりしたら)
半死どころか瀕死の状態にあるエリオに為す術はない。
もし足音の主が獲物を探し歩いているのだとしたら、エリオなどは格好の標的である。
音はすぐ隣の部屋にまで来ている。じきにこの部屋にも来るだろう。
そしてエリオを殺し、荷物を奪い取って悠々と去っていくのだ。
(ころ…される)
思考がクリアになったことで、より現実味を持って自分の死を感じてしまう。
静かに、そして着実に近づいてくる死の恐怖は戦場のそれとは全く異質であり、抗いがたい力を以てエリオの心を蝕んでいった。
病室の扉を閉める音がした。エリオの瞳孔が収縮する。
こつ、こつと、足音が移動する。
息を殺そうとすればするほど逆に呼吸は荒くなっていった。
布団で隠れていたところで、一部屋ずつ検分されていては意味がない。
襲撃者は立ち所にエリオの存在に気が付くだろう。
エリオ自身に抵抗する力は残っていない。ランサーが戻ってくるまで持たせるしかない。
敵が近づくと同時に偽・螺旋剣を突き付ける、それができなくても投げ付けるなり何なりして大きな音を立てる。
とにかく派手に暴れて騒ぎを聞き付けたランサーに戻ってきてもらうのだ。
それがエリオの立てた、完全に他人頼りの、作戦だった。

足音は、聞こえなくなっていた。
(おか…しいな……入ってこな……あ)
エリオが、襲撃者が扉の外からでも攻撃可能な武器を持っている可能性に思い至ったとき、バァンと派手な音がした。
その音だけで、エリオは自分の体が数十センチは浮き上がったのではないかと思える程の衝撃を覚えた。
だが、それは襲撃者の攻撃によるものではなく、単に扉が勢いよく開かれたことで立てられた音だった。
扉を開けた人物はエリオが反応する間もなくツカツカとベッドに近づくと乱暴に布団をはぎ取った。

「あ……」
自分でもいやになるくらいの情けない声だと、エリオは思った。
体はぴくりとも動かない。顔だけを何とか動かす。
これから自分の命を奪うのだろう、その人物は。
完全に予想外のものを見たといった表情でエリオを見下ろしていた。


「いや、すまねぇ。てっきり俺が捜してる野郎が隠れてるのかと思ったんでな。
随分と驚かせちまった」
「いえ…」
奇妙な出で立ちをした中年の男は、戴宗と名乗った。
ある危険人物を捜して病院内を歩き回っていたのだという。
襲撃者どころか、エリオと志を同じくする人物だった訳だ。
「いつから、ここにいる?」
「え、と…ついさっきです」
「そうかい。俺が屋上から降りた後に来たってぇ訳だな」
戴宗は、自分が現在追っている危険人物がこの近くに潜んでいる可能性があると言っていた。
屋上から周囲を見渡したが、それらしい人影が見当たらなかったため、まだ中にいるのではと病院内を探っていたという。

「だが~どうやらそれもハズレ、だな。上にゃ誰もいねぇし、おめぇ、え~…」
「エリオ…です」
「おぅ、エリオが無事ここに辿り着いたとこを見ると、もうこの辺りにはいねぇ様だなぁ」
どこ行きゃあがったと、首を捻る戴宗。
「勘違いさせてしまって…すいません……」
「謝るこたぁねぇ。俺のミスだ。
そりゃこれだけの傷を負って隠れてたんだ。呼吸だって荒くならぁな」
戴宗が部屋に押し入るまで間があったのは、中に人がいるのを察しタイミングを図っていたためであった。
追い詰められた野郎が焦ってるとばかり思ったのよ、と多少気恥ずかしそうに戴宗は言った。
それを聞いたときには、部屋の外からでも分かるくらい慌てていたのかと、エリオこそ恥ずかしい思いがした。

「で、だ。その傷……誰に、やられた?」
エリオの右半身を覆う焼けどを見ながら戴宗が言う。
口調は穏やかだが、視線には人をここまで傷つけたことに対する怒りが込められていた。
「青い軍服を着た…男の人で……もうこの辺りには」
「そうかい。いやケガ人に無理させちまったな。
だが一人でよぉっく頑張ったぁ!あとはこの戴宗さんにどぉんとまかせろい!」
「は…はぁ……」
急に戴宗が大声を出したことに驚き、反射的にエリオは頷く。
だが驚きながらもエリオは、その声は傷ついた自分を励まそうとする気遣から発せられたのだと感じていた。


「ほら、茶だ。本当は酒を渡してやりてぇんだが、俺も我慢してるんだ。勘弁してくれ」
「あ……僕、未成年なんで」
「固ぇこと言うんじゃねぇ!はっはっはっはぁ!」
顔を合わせたばかりのときの真剣な表情から一変して柔らかい表情を見せる。
豪傑という表現がぴったりだと、快活な笑い声を聞きながらエリオは思った。
渡された水筒のなかのお茶を口に含む。

(何かさっきより元気になってきたような…)
戴宗の豪気のなせる技か、心なし軽くなった体は驚く程の勢いで水筒のお茶を飲み干していく。
半分程を一気に飲み干してエリオは水筒を戴宗に返した。
「ありがとうございます…おいしかったです」
「どうってことねぇよ。
いよぉし!エリオ、これからは俺がお前を守ってやる。
傷が痛むかもしれねぇが、そんなもん俺が吹き飛ばしてやる。
大船に乗ったつもりでいろい!」
「あの、それなんですけど僕の仲間のシャマルっていう人もここに来てて、その人がお医者さんで…」

冷静になった頭は、傷という言葉から仲間の一人を連想していた。
よく考えてみると、治療に使えるものを探しに行くと言っていたランサーだが、
ここの設備を扱えるだけの知識を持っているのだろうか。
それよりはどこにいるかは分からないが、専門家であるシャマルを連れてくる方が確実な気がする。
連れてくるのにどれだけ時間がかかるかという問題はあるが、
戴宗と話していると自分はまだまだ大丈夫という気がしてくるから不思議だ。
「なんでぇ!じゃあ万事解決って訳じゃねぇか!」
再び豪快に笑いだした戴宗を見、エリオは大きな安心感に包まれた。

「さて、じゃあそのシャマルさんを連れてくるとして、だ。その前に俺はちょいと上に行ってくる」
ひとしきり笑い終えた後、戴宗は再び真剣な表情になってそう言った。
「上、ですか…」
「おう。宿直室で冷蔵庫を見かけたんでな。ちょいと氷を作ってくらぁ」
「あ…なるほど」
冷やすという、火傷に対する最も基本的な処置さえも怠ってきたことにエリオは気付いた。
どれ程自分達が余裕を無くしていたか知れるというものだ。
今頃病院内を回ってくれているのだろうランサーのことを思い、エリオはそこで戴宗に自分は一人でここまで来たと思われていることに気が付いた。

「あ、あの!言い忘れてたんですけど……」
「す~ぐ戻ってくるからな。良い子はちょっとだけお留守番してな」
しかし、エリオが声を掛けたときには既に戴宗は出発しようとしていた。
そしてそのままエリオの声には気付かず、部屋を出ていっってしまった。
後には戴宗が階段を昇る音と、いつの間にか置いていった呑みさしの虎柄の水筒だけが残された。
「まあ…いいか」
エリオは気楽に考えることにした。
二人が戻ってきたときに説明すればいいだけのことである。

何も心配は、いらない。




最初にエリオを見たときまた子供の死体とご対面かと、戴宗は肝を冷やした。
それほどまでにエリオ傷の惨状は凄まじく、その瞳は弱弱しかった。
廊下から中の様子を探ったときに感じた気配は、怯える動物そのものであった。
そのため自分が追っている男が、発見を恐れ怯えているのだと勘違いしてしまった。
だが結果的にそれは幸運だったと、宿直室を目指しながら戴宗は思った。
何の因果かこの場にきてから若くして散った命を連続で見せられ、いい加減戴宗も嫌になっている。
エリオの前で急に大声をだしたのは、無意識に生を諦めつつあるエリオを鼓舞するためであったが、
これ以上誰も死なせてなるものかという自らの決意を固める意味もあった。

放送で十傑集の名前が呼ばれた。
僅か6時間足らずでBF団最強のエージェントが命を落とす程に、この場は危険なのだ。
重傷を負った少年が一人でここまで辿り着けたことすら、奇跡と言っていい。
これから先は、その命は自分が絶対に守らなくてはならない。
エリオという少年、最初は弱弱しかったが茶を呑ませ段々元気が出てくると、その瞳は強い意志を感じさせた。
大作と同じ、いや心のどこかで自らの使命を重荷に感じている節のある今の大作以上に強い心をもっているかもしれない。
恐らくあの傷も、一方的に攻撃を受けたのではなく戦ってついたものなのだろう。
死なせるには全く惜しい、何だったら傷を癒した後に国際警察機構にスカウトしても良いかもしれない。
梁山箔で鍛え上げれば、かなりのものになるだろう。
片手での戦い方など、どうにでもなる。

そのためにも、今はこの場に巣食う悪漢どもを一刻も早く駆逐し、ロージェノムを打倒しなくてはならない。
傷ついた者を仲間にすることを負担に思うどころか、より一層自らの決意を強固なものとし、戴宗は駆ける。
幾千もの修羅場をくぐりぬけた豪傑のみが纏うことのできる気迫がそこにあった。
その脳裏に一つの閃きが舞い降りる。
(医者だっていうシャマルってぇ人は…名前からして女だよなぁ)
医者。女。
女医!
うちのエリオが大変お世話になりました戴宗さんって凄く素敵な方なんですね。
私一目惚れしてしまいましたどうですかこの後ご一緒に私と。
「いやいやいやそりゃまずいって!
状況ってもんが…ああでもそんなに言うならおじさんちょっとだけご一緒しちゃおうかなぁ。
ぐふふ、よろしくお願いしますぅ……ぶべら!?」
浮かれきった豪傑は天井に思い切り頭をぶつけた。




「ふぅ…」
再び一人になったエリオは、水筒のお茶を飲んで息を吐いた。
さっき動けたのは戴宗の気迫に充てられたことが原因かと思ったが、実際水分を補給するだけでも体調は大分ましになった。
もちろん出歩く、などということはできない。
だが、冷静に思考をめぐらせるぐらいのことはできた。
そうしてみると、さっきまでの自分がいかに混乱していたかが分かってくる。
パニックになって遺言めいたことを口走るわ、人任せの作戦で立ち向かっている気になるわ、思い出すだに恥ずかしい。

(キャロのことも…探してあげないと)
正直キャロのことに関してはまだ受け止めかねているが、ランサーの言ったとおり感情は嫌でも後からついてくるのだろう。
ならば、今はできることをするだけだ。
ランサーが戻ってきたらシャマルのことを伝えよう。
一応情報交換したさいに名前は伝えてあるが、様々な情報を交換したためどれくらい覚えているか分からない。
早く言えと怒られるかもしれないが、それを受けとめるぐらいの元気はある。
襲われもしたが頼もしい人物に2人も会うことができたのだ。
自分は決して不幸ではないし、諦めるにはまだ早すぎる。

(腕だって…何とかなるかもしれない)
この事件を解決し帰還すれば、エリオは余りミッドチルダの最先端医療には詳しくはないが、腕の欠損を治す術があるかもしれない。
戦闘機人、プロジェクトFのような技術を用いれば、あるいは。
どちらもエリオにとっては非常に苦い過去を思い出させる言葉である。
だが、同時にそれらはフェイト、スバル、ギンガといった掛け替えのない仲間や家族を生み出した技術でもある。
自分が使い方を誤りさえしなければ大丈夫と、エリオは動悸する胸に強い心で言い聞かせた。
最悪の場合でも片手で戦えるように訓練するだけだ。
エリオはいつか見せられた、戦技教官である高町なのはのリハビリ映像を思い出していた。

(なのはさんだって最初からあんなに強かった訳じゃない。
再起不能って言われたこともあったんだ。
頼りになる人達が仲間になってくれたし…僕はまだ、やれる)
強い決意とともに、エリオは左手で偽・螺旋剣を握った。
「う…」
目眩がする。さすがに無理をし過ぎたらしい。
エリオは再び布団を被り直した。
すぐに眠気が襲い掛かってくる。
だが、さっきまでのブレイカーが落ちるような強制的な睡魔ではない。
安心して身を任せられる、穏やかで心地よいものだ。困憊した心身が静かに閉じていく。
意識は既に現実を離れ、夢の中にさ迷いだそうとしている。
そして、完全に眠り落ちる直前に。
鋭敏なエリオの聴覚が、何者かが扉を開ける気配を捉えた。

「ランサ…さん?たい…そうさん?」
布団から顔を出しむにゃむにゃと呟く。
帰ってきたのがどちらであれ、これでは完全に寝呆けていると思われてしまうだろう。
視線を上げる。
そこには。
見たことのない金髪の男が、口の端を釣り上げて笑っていた。

「私はムスカ大佐だ」
何かがエリオの胸に振り下ろされた。




頭の痛みをこらえながらありったけの氷を掻き集めて戴宗が戻ったとき、病室の様子は一変していた。
足を曲げ、引っ繰り返ったベッドはかつての清潔感など見る影もない。
割れた花瓶の破片が散乱し、中の液体がぶちまけられている。
粉々に砕かれた窓ガラスから乱暴な風が入り込み、カーテンが引っきりなしに揺れている。
白くまとめられた室内のあちこちに、真っ赤な血しぶきが飛び散っている。
そして。
腹部を螺旋状の剣で深々と貫き通された、エリオの死体が転がっていた。

「ちくしょうがあああああああ!!」
あらんかぎりの怒りを込めて、戴宗は叫んだ。
誰だ。誰がやった。
自分が目を離した僅かな隙に、傷ついた子供の命を奪った糞野郎はどこのどいつだ。
まさか自分が追っていたあの男がまだこの辺りにいたのか。
「それなら俺はどうしようもねぇ馬鹿野郎じゃねぇか!くそ!」
まだ遠くには行っていないだろう。
戴宗は病室から飛び出そうと凄まじい勢いで床を蹴った。
が、腹から剣を突き出し横たわるエリオの死体を視界の端に写し、戴宗は無理やり足を止める。
「く…」
僅かな時間とはいえ気心を通わせた人物の死体。
放っておくには、その姿は余りにも無惨すぎた。

「ぐぅ…!最後だ!これで最後だからなぁ!」
これ以上絶対に自分の周りで死人は出さない。
その邪魔をする畜生どもは、一人残らず成敗する。
そう決心すると戴宗はエリオの死体に近付き、腹に刺さった剣に手をかけた。
「済まねぇ」
自分のどうしようもない未熟さを詫びながら、剣を抜こうと手に力を込めた。
そのとき、病室の入り口から凄まじい殺気が放たれた。

「貴様、何をしている…?」
「な…!」
咄嗟に戴宗がそちらを向くとそこには鉄の棒を構え、殺意に漲った目でこちらを睨み付ける長身の男の姿があった。
子供の死体から突き出した剣。
それを握る己の両手。
馬鹿な妄想にふけり、幼い命を救えなかった救い様のない愚かさ。
戴宗は、ほんの僅か、怯んだ。
「お、俺じゃあねぇ…!」
豹のように鋭さを持つ男の目が、ギラリと光った


【D-6/病院内の一室/1日目/午前】
【神行太保・戴宗@ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-】
[状態]:若干の疲労  自分への激しい怒り
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料-[握り飯、3日分])
 エリオの治療用の氷
アサシンナイフ@さよなら絶望先生×11本、乖離剣・エア@Fate/stay night
『涼宮ハルヒの憂鬱』全巻セット@らき☆すた(『分裂』まで。『憂鬱』が抜けています)
    不明支給品1~2個(確認済み)
[思考]: 基本:不義は見逃さず。悪は成敗する
0:目の前の男に対処
1.エリオを弔った後、全力で殺し合いを止める。
2.どこかで酒を調達したい。
3.菫川ねねねを捜し、少女(アニタ)との関連性を探ってみる。
4.死んでいた少年(エド)の身内や仲間を探してみる。
最終:螺旋王ロージェノムを打倒し、元の世界へと帰還する
※空になった虎柄の水筒が病室に転がっています

 【ランサー@Fate/stay night】
 [状態]:疲労(中)、激しい怒り
 [装備]:鉄棒(折ったポール)
 [道具]:デイバック、支給品一式(-地図、-名簿)、ヴァッシュの手配書、不明支給品0~2個(槍・デバイスは無い)
エリオの治療用の氷と包帯
 [思考] 0:目の前の男に対処
  基本:このゲームに乗ったもの、そして管理している者との戦いを愉しませてもらう
  1.戦闘準備を整える(体力の回復、まともな槍の調達)
  2.言峰、ギルガメッシュ、ヴァッシュと出会えば、それぞれに借りを返す
    言峰とギルガメッシュは殺す。ヴァッシュに対してはまだ未定
  3.ゲームに乗っていなくとも、強者とは手合わせしたい
※まともな槍が博物館にあるかも知れないと考えています




やはり最初からキャノン砲を使っておくべきだったと、病院を抜け北に進みながらムスカは思った。
全身に大小様々な傷が付き、その歩みは遅い。
片足など、ほとんどひきずるようにして歩いていた。

こんなはずではなかったと、ムスカは呟いた。
やってきた二人の内、熟練した雰囲気を感じさせる長身の男が病院の奥に消えたのを見計らって、ムスカは移動を開始した。
途中から聞こえ出した憎き東洋人の声を辿ってみれば、辿り着いた先に東洋人の姿は既になく、代わりに半死人のような子供がいた。
漏れ聞こえた会話の流れから、この子供は東洋人の仲間であり、本人はすぐに戻ってくるつもりであることが分かっていた。
待ち伏せてキャノン砲でもろともに吹き飛ばしてやろうかと思ったが、そのときムスカの中で別の考えが浮かんだ。
あの東洋人が帰ってきたときに、仲間であるあの少年が死んでいればどれだけショックを受けるだろうかと考えたのである。
絶望に打ちひしがれたところにキャノン砲を打ち込む己の姿を想像し、ムスカは笑いをこらえるのに苦労した。

簡単なことのはずだった。
轟音を立てると予想されるキャノン砲を一旦デイパックに納め、酒瓶を取り出した。
少し離れた場所で割り、刃物と化したそれを少年に突き刺す。
少年は既に死人と変わらないような状態であり、ムスカは最後の一押しをするだけで良いはずだった。
だが、少年はその状態からは想像もできないような俊敏さでムスカの一撃を回避すると、あろうことかそのまま立ち向かってきた。
完全に虚を突かれたムスカ大慌てで酒瓶を取り落としてしまった。
それから後のことは、無我夢中で余り記憶が残っていない。
覚えているのは、少年が破片の一つを、自らの出血も構わず握り締め、ムスカの脇腹に突き刺したこと。
傷自体は重傷という程ではないが、筋肉にがっちり食い込んだそれは未だ抜くことができずにムスカの体に刺さり続けている。
そして、偶々手に触れた剣でムスカが少年の腹部を貫いたこと。
腹を抉り込む剣の感触がまだ両手に残っている。

散々な醜態を演じたとはいえ、それで終わりのはずだった。
だがと、ムスカはその時の光景を思い出し身を震わせる。
半身を失った上から腹に剣をぶち込まれ、大量の血を吐き出しながらもその瞳は屈することなく爛々とした光を放っていた。
既に顔は土気色に染まり、目の下にくっきりと隈を浮かび上がらせた死相をさらしながらも、その目は生きることを諦めてはいなかった。

――ひざまづけえぇぇ…!貴様は…!貴様はラピュタ神の前にいるのだぞぉおお……!!

必死で手に力を込めながら、ムスカそう叫んでいた。
だが少年はそれでも死ななかった。

――しでん、いっせぇん!!

断末魔の叫びとともに繰り出された拳がムスカを吹き飛ばしたとき、衝撃とともに電流が体をかけめぐった。
そして、少年が事切れたことを確認するのもそこそこに、ムスカは痺れる体を無理やり引きずり逃げるようにその場を立ち去った。
東洋人のことなど頭から吹き飛んでいた。
逃げるように、ではない。真実ムスカは自分が殺した少年に怯え、逃げ出したのである。
今にいたってもそのときの恐怖はムスカの心の奥底に巣食い続けている。
「あの子供に…東洋人の男…!雷は神である私にのみ扱うことを許された力だぞぉ…!」
身一つで雷を操る者達への怒りで何とか己を保ちながら、ムスカは歩き続ける。
その右腕には少年の拳がつけた焦げあとが強く、強く刻み込まれていた


【D-6/病院北側を移動中/1日目/午前】
【ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ(ムスカ大佐)@天空の城ラピュタ】
[状態]:精神・肉体共に激しく疲労。右わき腹にガラス片。右腕負傷。
[装備]:ダブルキャノン@サイボーグクロちゃん (残弾30/30)
[道具]:デイバック、支給品一式(食料-[大量のチョコレート][紅茶][エドの食料(詳細不明)])
[思考]基本:すべての生きとし生ける者に、ラピュタ神の力を見せつける。
1.今はとにかく病院から離れたい
2.東洋人(戴宗)に復讐する。
3.パズーらに復讐する。
4.出来れば『平賀源内のエレキテル』のような派手な攻撃が出来る武器も欲しい。
  最終:最後まで生き残り、ロージェノムに神の怒りを与える。

【エリオ・モンディアル@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡】


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097:蒼い狗 ランサー 118:勝利の栄光
097:蒼い狗 エリオ・モンディアル
080:紙視点――そして紙は舞い落ちた 神行太保・戴宗 118:勝利の栄光
066:蘇れ、ラピュタの神よ ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ(ムスカ大佐) 118:勝利の栄光





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