願望 ◆LXe12sNRSs



 私にとって、日常は退屈なものであり、忙しいものでもあり、そして当たり前のものだった。
 小鳥の囀り出す時刻に目覚め、身支度をし、朝食を取り、家を出て、妹や友達と学校に向かう。
 陵桜学園高等部三年生の私にとって、このローテーションは毎日のことだった。

「あ、おはようお姉ちゃん」

 ――ん。おはようつかさ。

 この日も何も変わらない。双子の妹のつかさと家を出て、途中つかさと同じクラスのこなたと合流して、登校する。
 こんな当たり前の一日が、毎日続くんだろうなぁ……などとは思わなかった。登校なんて、学生をやめるまでの限定的な日課だ。
 でも少なくとも、進学か就職が決まり、卒業式で社会へと送り出されるその日までは……こんな呑気な日々が続くんだろうと、確信していた。
 今日だって、何事もなく登校を終えた後は、至って普通の学園生活だ。
 高校三年生ともなれば、受験のムードで授業もいっそう厳しいものになったりするものだが、私の周りはそうでもない。
 チャイムで区切られる授業を四、五個こなし、昼食を取るための休み時間が訪れる。

 ――さて、と。

 私は椅子から腰を持ち上げ、その足で自分のクラスを退室する。
 出席を取るにも、授業を受けるにも、学園生活の大半は、このC組で消化している。
 だけど、お昼だけは別だ。私は昼食を自分のクラスで取ることはしない。
 いや、何も私がクラスから孤立しているというわけではなく、ただ一緒にお昼を食べるに相応しい友達が、別のクラスにいるというだけの理由だ。
 向かった先は、妹のつかさや、親友のこなたやみゆきがいるB組。お隣の教室だ。
 私を下の名前で呼んでくれる友達がいる場所。遠慮や配慮も関係なく、本音で言い合える友達がいる場所。それがこのB組だ。
 高校に入学してからの三度の機会、私はただ一人、必ずみんなのいるクラスとは別のクラスに分けられた。
 恐らく親族関係にあるつかさと同じクラスにするのはまずいとかそういう理由なのだろうが、こなたやみゆきともいつも離れ離れだ。
 先生に嫌われているなんて邪推したこともあったっけ。私はいつもいつも、群れから突き放されたうさざの気持ちでいた。
 自分の在籍するクラスから離れ、仲のいい友達のいるクラスに訪れ、談笑しながらお昼を食べるのだ。
 さすがに三年もこれを続ければ慣れたものだが、クラスを出て、また帰ってくるときの気分は、正直微妙な感じだ。
 よく、こなたはこんな私の様子を見て寂しがりやと言うけれど、その通りだ。本人の前では肯定しないが。
 誰だって、一番居心地のいい空間にいたいものだ。これはたぶん、人間の習性なんだろうと思う。

 ――おーっす……って、あれ?

 いつものように何気ない顔でB組の門を潜るが、私の調子のいい挨拶に返事をする声はなかった。
 それどころか、つかさやこなたやみゆきの姿も見当たらない。それに、なんだか空気がいつもと違う。
 張り詰めているというか、ピリピリしているというか、お昼時というより期末テスト直前のような印象が漂っている。

「――我々は今こそツンデレの真の意味を回復し、この堕落した言語文化に警鐘を鳴らさなければならないのです!」

 教室のを隅を見やると、なにやら数人の生徒が群がり、その中で誰かが叫んでいる。立てよ国民!、とか。
 この声は、えーとたしか……こなたのクラスの、あの男子……谷口? いや違う……まあ、どうでもいいか。
 とはいえ、この雰囲気はただごとではない。私は群集の中を掻い潜り、騒ぎの根源を突き止めようと歩み寄る。
 その中に、私の妹はいた。

 ――つかさ!?

 同級生数人に囲まれ、シャーペンやら消しゴムやらを投げ付けられ、堪えるように縮こまっている小さな影。
 私と同じライトパープルの髪をリボンで止めた子供らしい容姿は、間違いなく妹のつかさのものだった。

 ――ちょ、ちょっと! 何やってんのよアンタたち! やめなさい、やめなさいってば!

 私はつかさを囲っている群集を手で散らし、つかさを包囲から救い出す。
 つかさの髪は埃で汚れ、顔には投げられた物がぶつかったのか、擦り傷が無数にできていた。
 ひどい。私は体感したことのないような怒りに胸を焦がされ、周囲の奴らをキッと睨み付けた。

 ――行こう、つかさ。

 無言のままつかさを見つめる気味の悪い連中を撥ね退け、私はつかさをつれてB組の教室を退散した。
 知らなかった。つかさがクラスでいじめられてたなんて……だいたい、こなたやみゆきはどこに行ったのよ。
 あの二人がいたら、つかさもあんなことには……あとで黒井先生にも報告しなくちゃ。

「うぅ、ありがとうお姉ちゃん」

 ――気にしなくていいから。とりあえず、今日のお昼は私のクラスで過ごしましょう。

 私のクラスメイトたちなら、つかさをあんな風に虐げたりはしない。
 とりあえず、つかさを心休まる場所に避難させなきゃ。

「あれ、どうしたの柊ちゃん? 妹さんも一緒?」

 ――あ、峰岸! ちょっとつかさ匿ってて。

 私は自分のクラスに戻ると、クラス内では割と仲がいい峰岸あやのに一旦つかさを預けた。
 峰岸はその柔らかな物腰からも分かるように、誰にでも優しい良識人であり、その上風紀委員だ。
 つかさとも面識があるし、悪いようにはしないだろう。私はその間に、先生にこのことを報告する。
 まさか、あんなドラマの世界で見るようなハードないじめが、隣のクラスで、しかも妹の身に降りかかっているとは思いもよらなかった。
 それだけに私が受けた衝撃は相当なものだったが、いつまでも受け身に回ってはいられない。
 つかさを安心させるために、この問題と真っ向から対立し、打破しなければ。
 だって私は、つかさのお姉ちゃんなんだから。つかさの一番の味方なんだから!

 ……なんて息巻いたけど、私一人でどうこうできる問題でもなく、頼りにしたのは発言力のある教師たちだ。
 しかもその教師は、私の決意を裏切るかのように、職員室から忽然と姿を消していた。
 視聴覚室、音楽室、多目的室、コンピュータ室、校長室まで回ってみるが、教師らしい人物がまったく見かけられない。
 そんな馬鹿な。私は思いつつも、得体の知れぬ不安に駆られ、一度C組に戻ることにした。
 おかしい。いくらなんでも、教師たちが揃ってに学校からいなくなるなんて。
 いや、教師だけではない。こうやって教室へ向かうため廊下や階段を廻っていくが、どういうわけか誰とも擦れ違わない。
 途中、扉の開いた下級生の教室を覗いてみるが、もぬけの殻だった。
 なに? みんな食堂にでも行ってるの? それとも臨時集会の放送でもあった?
 私は訳が分からないまま、3年C組に帰還した。中には、見慣れたクラスメイトが数人で輪を作っている。
 よかった、ここはそのままだ。他の生徒たちはどこに消えたのかと心配したが、とりあえず……あれ?
 私はクラス全体を見回して、ある疑問を抱く。
 お昼時だというのに、誰一人として、机に向かってお弁当を広げていない。
 それどころか、隣のB組とまるで同じように、数人で群がり誰かを囲っている光景が確認できた。
 そして、つかさを預けた峰岸の姿も、峰岸に預けたつかさの姿も、クラス内にはない。
 まさか……と私は顔を青ざめ、できていた群集の中心へと突貫した。

 ――……峰岸! それに日下部も! アンタたち、いったい何やってんのよッ!

 囲いの中心では、友人の日下部みさおが一人の女生徒を羽交い絞めにし、それを峰岸あやのが手に持ったカッターナイフでメッタ刺しにしている姿があった。
 信じられない。そう思いつつも私は、憤怒の表情で二人に詰め寄る。
 日下部が羽交い絞めにしている女生徒というのが……よりもよってつかさだったのだ。

「もう帰ってきちゃったの、柊ちゃん? まだ終わってないんだけどな」

 ――なにがよ! B組の連中だけでなく、あんたまでそんなことするとは思わなかった! 今すぐつかさを離し……ちょ、こら!

 私は力ずくで峰岸を押さえようとするが、囲いを作っていた男子生徒数人に、その体を拘束されてしまう。

「あー、ダメダメ柊。そこは黙って見てなくちゃ。あやのは怒らせるとこえぇゾォ」
「もう、みさちゃんたら嘘ばっかり。でも柊ちゃん、終わるまでは邪魔、しないでほしいな」

 普段とまるで遜色ない顔で、峰岸はカッターナイフをつかさに振るい、日下部はそれを容認している。
 何よこいつら……狂ってる。私が今まで友達として接してきた二人は、こんな腐った奴らだったの?
 私は、また怒りに震えた。C組の連中だけじゃない。信頼していたクラスメイトたちも、つかさのいじめに関与していた。
 ううん、これはもう、いじめなんていう生易しいものじゃない。訴えたら勝てるくらいの決定的な犯罪よ。
 つかさの全身は、既にカッターナイフでメッタ刺しにされ穴だらけだ。そこから垂れる血の赤で、制服が染まっている。
 つかさはしきりに、痛い、痛いよ……、と漏らしながら、懸命に痛みに耐えている。
 つかさは弱い子だ。日下部の拘束から逃れることもできなければ、峰岸の猛攻に堪えられるはずもない。
 私が守ってあげなくちゃいけない。私にしか、つかさは救えない。お姉ちゃんである、私にしか。
 私がなんとかしなくちゃ……このままじゃ、つかさが殺されちゃう――!

 ――……こ、の! 離しなさい、離しなさいよー!

 私は渾身の力で男子どもを蹴散らし、自由の身になる。男女間の力の差など、火事場の馬鹿力を発揮すればどうにでもなるものだ。
 いや、あるいは妹を思う気持ちの強さが現れていたのだろう。現に、今の私は死に物狂いの心境だ。
 つかさを捕らえていた日下部にドロップキックを仕掛け、顔面からぶっ飛ばす。
 つかさを傷つけていた峰岸にも、その辺にあった椅子を投げつけ、沈黙させる。
 私はその隙に、傷だらけのつかさを抱えて逃げ出した。

 ――ごめんね、ごめんねつかさ! 私があんたを一人にしなければ……峰岸や日下部が、あんな酷いことするなんて!

「えへへ……おねーちゃん……わたし、穴だらけになっちゃった」

 ――喋らないで! ただでさえ酷い出血なんだから! 今すぐ保健室に……保健室なんかじゃダメだ、病院に行こう!

 もう、こんなところには一分一秒たりともいられない。
 すぐにつかさを病院に連れて行って、その後は警察に行こう。
 お父さんとお母さん、姉さんたちにも電話しなきゃ。みんな怒るかな……つかさも、学校にはいられなくなっちゃうかも。
 ううん、そんなの考えるのはあと! 今は、一刻も早くつかさを安全な場所に――あれ、あそこにいるのは……?

 靴も履き替えないまま校舎を飛び出すと、正門の前に見覚えのある二人組が立っていた。
 まるで私とつかさの到来を待つように、もしくは行く手を阻むかのように。
 ウエーブのかかったピンク色の髪と、眼鏡。金髪の長身に、ジャージ姿。
 親友の高良みゆきと、つかさの担任の黒井先生だった。
 二人とも、学校の中にいないと思ったら、こんなところにいたんだ。
 親友に教師、信頼できる二人を見つけた私は、一瞬だけ安堵して……すぐに、その気持ちを裏切られた。

 正門を抜けようと走る私に向かって、黒井先生が突如、マシンガンのようなものを向けてきたのだ。
 ちょっと、なんで先生がそんなものを――とビックリする間もなく、先生は無数の弾丸を私たちに向けて照射してきた。
 当然、あんな予想外の攻撃に私が反応できるはずもなく、抱えたつかさごと凶弾に倒されてしまった。
 痛い。鉛の弾が何発も何発も体を貫通し、開いた穴から鮮血が零れる。
 でも、今はその程度の痛みに苦しんでいられるような状況ではないのだ。
 つかさは、つかさはどうなったの?

「…………お、ねー、ちゃん」

 さっきよりもさらにか細く、私を呼ぶ呻き声が聞こえた。
 すぐそこの血溜まりに、つかさが全身を蜂の巣にして突っ伏していた。
 瞳からはもう、生気が失せていた。卵白のような淀んだ目で、私に助けを訴えている。

 ――……つか、さ。

 私は地べたを這いながらつかさの下に向かい、その手を握ってあげようとした。
 冷静に考えて、あれだけの銃弾を体に浴びた人間が、生きているはずがない――そんな絶望的な観測は全て排除して。
 私はつかさを助けたい一心で、痛みの残る体を動かした。こんなの、つかさの苦しみに比べれば――!

「はい、そこまでー。なんや柊~、無断で早退とは、教師として感心せんでぇ」

 そんな私の思いを踏みにじるかのように、黒井先生は私とつかさの間に壁として立ち塞がった。
 教師だから。つかさの担任だから。そんな先入観が、そもそもの間違いだったんだ。
 この人も……つかさの、敵。私はようやく、遅すぎる現実に気付いた。
 これはもはや、いじめなんていう低俗な問題ではない。この学校には、ううん、この世界には。
 もう、私以外に……つかさの味方は、いないんだ。

 ――……どい、て。つかさ、つかさを……。

「無駄ですよ、かがみさん。なにせ、黒井先生が使っていたのはイスラエル初の国産兵器として知られる有名な短機関銃です。
 全長は47センチとコンパクトですが、重量は約4kgもあるため、その重量のおかげでフルオート射撃中のコントロールが容易です。
 発射速度は一分に650発とされ、有効射程は200メートル。素人の黒井先生でも、十分人が殺せる兵器なんですよ。
 全弾命中したわけではありませんが、この有様を見て、まだ希望が残っているなど思えないでしょう?」

 そんな風に、いつもの博識振りをひけらかしながら、みゆきはつかさの側に歩み寄った。
 その手には、模造品や修学旅行のお土産などではない、本物の日本刀が握られている。
 つかさの生死を確認するかのように、私の見ている目の前で、みゆきはつかさの体を日本刀で小突く。

「とはいえ、念には念を入れたほうがいいですよね」

 そう言って、みゆきは日本刀の切っ先を、力強く振り下ろした。もちろん、眼下のつかさに向けて。
 ひゃあっ、という間の抜けた悲鳴が木霊し、返り血がみゆきの眼鏡を赤く濡らす。
 何回も何回も、あひゃ、ひゃあ、といった声で回数をカウントしながら、つかさがまた傷を付けられていく。
 そこまで力を込めなくてもいいのに、念入りに、何度も、同じところを、執拗に刺し貫いていく。
 腹や腿といった太い部分の肉は削ぎ落とされ、指や耳といった脆弱な箇所は勢いよく弾け飛んだ。
 この光景は……そう、あれだ。スーパーなどでたまにやる、マグロの解体ショーのようだ。

 ――(やめて)

 やはり、みゆきも敵だったのだ。つかさを傷付ける敵。普段はあんなにおっとりしていたのに。
 許せない……憎い……恨めしい……私の心はありとあらゆる憎悪によって支配され、それでもつかさを助け出すことはできない。

 ――(おねがいだから、やめて)

 軋む体を引きずり、懸命に前に進もうとしても、立ち塞がる黒井先生をどけるほどの余力はない。
 すぐそこで助けを呼んでいるのに、私はつかさを助けることができない。
 歯がゆくて、悔しくて、悲しい。なんで、なんでこんなことになってしまったのだろう。

 ――おねがいだから、もうやめてよぉ……つかさに、これ以上ひどいことしないで……

 私は涙を流しながら、みゆきと黒井先生に懇願した。
 体裁など気にしていられない。つかさを救い出せるのなら、私はどんなことだってする。
 代わりに死ねというのなら死ぬし、奴隷になれというのならどんな言うことだって聞いてみせる。
 だから、おねがい。もうこれ以上、つかさを甚振るのはやめて――。

 ――……あれ?

 祈るように目を瞑って、また開けてみると、もうそこにみゆきと黒井先生の姿はなかった。
 願いが通じたのだろうか。どこに消えてしまったかは分からないが、つかさを傷つける者は、もうここにはいない。

 ――よかった……つかさ、もう大丈夫だよ……つかさ……つかさ?

 私が呼びかけても、つかさは応えてくれなかった。
 いつものように、可愛らしい声を奏でることも。
 無邪気な、小学生のような幼い笑顔を見せることも。
 私をお姉ちゃんと慕い、後ろを忙しなくついてくることも。
 ……もう、永遠にないんだな、と悟った。

 ――……つかさ。

 つかさはもう、体を失っていた。
 みゆきに解体されて、そこにはもう、頭しか残っていなかった。
 仕方がないから、私は頭だけを持って学校から去った。

 ◆ ◆ ◆

 学校を離れて、病院に行ってももう手遅れだと認めた私は、家に帰る気にもなれず、つかさと二人、誰もいない道を歩いていた。
 鞄も置いて、上履きのまま、つかさだけを持って。

 かわいそうなつかさ。
 もう、こなたたちと楽しくお喋りすることも、街で遊び回ることもできないんだ。

「ミコスー」

 そうね、あんた、いつも変なこと口走ってったっけ。
 これからは、私だけが聞いてあげるから。もう私しか、つかさの声は聞こえないから。

「おもち、うにょ~ん」

 おもちね、お正月に食べたね。
 口はまだあるんだから、お正月になったらまた食べようね。

「ちんちん」

 つかさ、犬が好きだったね。
 大丈夫よ、目もまだ付いてるんだから、可愛い犬もいっぱい見れるって。

「くさいねー」

 うん、くさいくさい。
 鼻もまだついてるから、たぶんこの先もずっとくさいわよ。

「アハハー」

 なんだ、体なくなっちゃったけど、できることいっぱいあるじゃない。
 一緒だからね。これからもずっと。なんてったって私たち、双子なんだから。

「お姉ちゃん、大好き」

 ――……うん、私も。

 もう、日常は戻ってこないんだろうな、と悲観した。
 でも、辛くはなかった。つかさはここにいるし、私もここにいる。
 なんにも変わらない。私は柊かがみとして、私は柊つかさとして、寿命が訪れるまで永遠に生き続けるんだ。
 うん、いつもどおり。やれるやれる。

「おーい、かがみー」

 あ、見てつかさ。あれ、あの青い髪したちっこいの。
 こなただ。あいつ、学校にいないと思ったら、こんなところでサボってやがったな。
 まったくしょうがないんだから……あ、あそこにいなかったってことは、今のつかさの変わりぶりを見たらビックリしちゃうかな。
 説明するのも面倒だけど、大丈夫よね、あいつ順応性高そうだし。

 ――おっす、こな……!?

 何食わぬ顔で私はこなたと挨拶を交わし、そして、こなたが手に持っていた物を見て戦慄した。
 バレーボール大の黒い球体に、ちょろちょろっと網目の入った紐が付いている。
 紐の先端には、バチバチと音を鳴らす、赤くて熱いアレが灯っていた。

 ――こなた、あんた何持って――!

「ああ、これ? ホラ、漫画とかでよく出てくるじゃん。ボン○ーマンとかが持ってる爆弾」

 簡潔に説明して、こなたはそれを私のほうに放り投げた。伸びていた導火線は、既に先端の火によって燃え尽きようとしている。
 そして、私のすぐ側で爆発が起こった。爆竹レベルじゃない、家も吹っ飛ぶくらいの大爆発だ。
 私は天高く吹き飛び、体を煤だらけにしながら地上に落下した。
 ……なんか、踏んだり蹴ったりだな、私。学校にいなかったからって、勘違いしちゃった。
 こなたも、峰岸や日下部、みゆきや黒井先生と一緒ってことか。ははっ……。

 ――つかさ、やっぱり、あんたの味方はもう、お姉ちゃんだけしかいないみたい……あれ、つかさ?

 冷笑しながら、私はつかさに語りかけようとして――手元にあったつかさが消えていることに気付いた。
 おかしい。さっきまで確かにこの腕の中にあったのに、なくなっている。いったいどうして。

 ――つかさ? つかさ? ねぇ、どこにいるの? 隠れてないで、出てきて……?

「やだなぁ、かがみん。つかさなら、さっきの爆発で跡形もなく吹き飛んじゃったよ」

 つかさを探す私に、こなたがそんなふざけたこと言うが、今は冗談に構っていられる状況じゃない。
 つかさにはもう、私しかいないんだ。私が目を離した隙に、また誰かに虐められるかもしれない。
 守ってあげなくちゃ。私が、私がつかさを守ってあげなくちゃならないんだ。

 ――ねぇどこ!? どこにいるのよつかさ! 一人でいたら危ないのよ!? だから早く出てきて!

「かがみ~、だから、つかさはもういないんだよ。これは殺し合いなんだよ? 殺された人にはもう会えないんだよ」

 ――うるさい! あんたは少し黙れ!

 邪魔するこなたを一喝し、私はつかさを探す。
 何もない、焼け爛れた道。地面の土も、そこから生える草も、何もかもが焼けていた。
 ……どういうこと? 隠れるとこなんて、ないよ。つかさ、どこに隠れてるの?
 分からない。誰か、教えてよ。誰かが隠しているの? ねぇ、つかさはどこにいったの?
 つかさ、つかさ、つかさぁ……姿を見せてよ、もう一度声を聞かせてよ、お姉ちゃんって、呼んでよ……。

 ――……どうして、どうしてつかさばっかり、こんな目に遭わなきゃいけないの?

 いくら探しても、つかさは見つからない。
 気が付くと、私は捜索の手を休め、虚空に向かってそんな問いかけをしていた。

 ――あの子が何か悪いことした? してないわよね? 殺し合いっていうんなら、つかさじゃなく私を殺せばいいじゃない……!

 つかさは、至って普通の女の子だった。特筆して変わったところなど何もない。
 なのにどうして、みんなから、世界から虐げられなければならなかったのか。私にはそれが分からない。

「えー、だってかがみ」

 呆然と立ち尽くす私に、こなたが答えてくれた。

「殺しても、死なないじゃん」

 そう、現実を突きつけて――
 ――私の意識は、そこで途絶えた。


 ◇ ◇ ◇


 遠くから、深くから、声が零れ落ちてくる。

「これはおまえらが望んだ知識だ。その知識から作り出したのがあの薬だ。
 作ったのは俺で、与えたのも俺だから、知識から作り出した、というのは少し語弊があるな。まあいい」
「知らないわよ」

 即答で返した。
 気づけば、真っ黒な自分が、対となるように正面に立っている。
 そこから、さらなる声が零れる。まるで洞窟の中を渡るように、声は反響した。

「あれを飲んだ者は不老不死になる。不老ということはつまり歳を取らず、不死ということはつまり死なないということだ」
「それは知ってる」

 また、即答で返した。
 真っ黒な自分の輪郭が、波を立てる海面のように揺れる。
 そこから零れる声はどこか虚ろで、だが確かな質感を持った遠雷のようにも聞こえる。

「最初に欲したのは、船上の錬金術師だったな。おまえとは縁もゆかりもない奴らだ。それを言うなら俺はもっと無関係だが、まあいい」
「知ったことか」

 戯言のように捌き、適当に流した。
 ふと、真っ黒な自分が、鏡の中の存在だと気付く。
 虚ろな声は構わず、零れてくる。まるで煽るような口ぶりで。

「感想など千差万別だからな。おまえがどう思うかは分からん。だがもしおまえが不死に飽き、死にたいと思ったら。
 他に薬を飲んだ奴を捜せ。捜し出し、そいつの右手をおまえの頭に乗せて、『食いたい』と願ってもらえ。
 それだけでおまえはそいつに吸収され、生涯を終えるだろう。
 右手から吸収するのに『食う』とはやはり語弊があるが、こんなものは言葉遊びの範疇だ。まあいい」
「知ってるわよ。あんたなんかに教えてもらうまでもなく、全部書いてあった」

 寂寥と悲哀が込められた即答。そこに、僅かな憤怒が混じった。
 真っ黒な自分が、自分と同じ存在のようで、まるで違うことに気付く。
 虚ろだった声に突然、感情の火が入る。僅かな憤怒が、燃え広がっていくように。

「おまえは望んだ。不死となり、己の願望を果たすことを。だが、今はどうなんだ?」
「……」

 答えに詰まった。さらなる問いへの予感がして、戸惑う。
 真っ黒な自分、その正体は人が理解できるものではない。
 声は、熱く強く降りかかる。

「どう、するんだ?」
「……」

 答えられない。既に用意されていた答えを、今は見失っていた。
 真っ黒な自分が、それを映す鏡が、近づいてくる。
 いつしかその声は、眼前から発せられている。

「どう、したい?」
「……」

 重なるほど近くに感じるそれに、答えられない。
 真っ黒な自分の奥の奥、闇の広がる空間へと、視線が注がれる。
 乾くように脅すように、それは声をぶつけてくる。

「まあいい。おまえはあの錬金術師どもとは違うようだからな。せいぜい、愉しみながら見物させてもらおう――」
「私、は――」

 放送が始まって、悪魔との対話は唐突に終わった。
 これは夢のようなもので、柊かがみの記憶になど残りはしない。
 だが、その心境の急変だけは、痛いほどに感じ取られた。


 ◇ ◇ ◇


 第一回目となる放送が終わっても、柊かがみに然したる変化は見られなかった。
 右の耳で聞いた声も、途端に左の耳から抜け落ちてしまう。
 ただ一言、柊つかさの名前が呼ばれたことだけは頭に残っていて、他のことに関しては考えようとしなかった。

「ねぇ、つかさ。聞いてくれる? お姉ちゃんさ、なんだか疲れちゃった」

 泡沫の悪夢で、つかさはかがみの前から跡形もなく消えてしまった。
 けれども舞い戻った現実には、こうしてつかさと呼べる存在がまだ残っている。
 血塗れになった軍用ナイフで切り出し、こうやって抱きしめ易くした、つかさの首から上部分が。

「つかさの仇を取りたいって一心であんなもの飲んじゃったけどさ、今はちょっと後悔してるんだ。
 あれを飲んだら、不老不死になっちゃうんだって。死にたくても死ねないの。成長したくても、一生子供のままだし。
 周りのみんながお婆ちゃんになって、寿命で天国に旅立っても、私はずーっとこのまんま。
 優勝したら、つかさを生き返らせるついでに元に戻してもらえるかなーとも思ったけど、都合よすぎだよね」

 しっかりとした声調で語りかけ、しっかりとした力でそれを抱き、しっかりとした足取りで南へ向かう。
 妹の首を胸に抱くかがみの表情は、とても穏やかなものだった。

「それに、何が一番後悔してるかって言うとね。私の独り善がりな復讐心のせいで、つかさをこんなにしちゃったってこと。
 お姉ちゃんなんだから、妹から目を背けようとしちゃいけなかったんだ。なのに私は……ダメだよね。
 今さら許してもらおうとは思わないけどさ、もう、同じ過ちは繰り返さないから。
 これからはずっと一緒。私とつかさは、永遠に一緒。私、もう死ねないから……比喩とかじゃなくて、本当に永遠」

 優しく、その頭を撫でる。
 どこかの偉大な哲学者は、双子は感覚を共有した本当の意味での一心同体だ、と言った。
 かがみとつかさは性格や容姿こそそこまで似たものではなかったが、それでも、確かに二人は同じ存在だった。
 片方が傷つけば、こうやって片方が守ってあげる。そうやって、いつも二人で一緒に。

「……うん。これからは、ずーっと一緒。私、どう足掻いたってつかさと同じところにはいけないだろうからさ。
 せめてこうして、つかさを守りながら、永遠を生きれればいいな、って思うんだ」

 別の不死者に食われたとしても、それはつかさが味わったような死ではない。
 仮につかさが天国にいるとして、かがみはそこには辿り着けない。行き着く先は、他の不死者の腹の中だ。
 いくら疲れたからといって、そんなところに行くのは御免だ。ならいっそ、このまま永遠に、姉としての勤めを果たそう。

「じゃあ、お休みつかさ。私、もう二度とあんたを離さないから」

 そして、かがみはつかさを抱いたまま海に飛び込んだ。
 誰にも侵されず、誰にも邪魔されない、二人だけの空間。
 たとえ死ねなくても、死ねないからこそ、海は二人だけが存在できる絶対の領域となる。
 今のかがみに、復讐心なんていうちっぽけなカケラは残っていなかった。
 ただ、つかさと二人でいられたら、それで満足だったのだ。



【B-2とC-2の境目辺り・水中/一日目/朝】
【柊かがみ@らき☆すた】
[状態]:不死者、全身水浸し
[装備]:つかさの首
[道具]:なし
[思考]
1:このまま、つかさと永遠に一緒……
[備考]:
※第一放送を聴きましたが、つかさの名前が呼ばれたということ以外は覚えていません。
※不死者であるため、このまま溺れて死ぬことはないかと思われます。本人に泳ぐという意思はないため、どこかに流れ着く可能性もあります。
※軍用ナイフ、防弾チョッキ、UZI(9mm.パラベラム弾:0/50)、ローラーブーツ@魔法少女リリカルなのはStrikerS
 支給品一式(水入りペットボトル×1消費)、レーダー、かがみの靴は、B-2観覧車前(つかさの遺体が置かれていた場所)に放置。


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089:再会と血と薔薇 柊かがみ 127:虐殺天使きっちりちゃん(前編)
ロニー・スキアート 235:幻想のアヴァタール(後編)





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