痛くても辛くても戻らないから ◆oRFbZD5WiQ



 いきなりだった。
 汝を殺害するという思考が言葉を介さず炎となったかのように、草を松明の如く燃え上がらせる。
 いや、違う。エリオは両手で握る偽・螺旋剣の柄に汗を滲ませながら思う。
 ――もし避けていなかったら、松明になっていたのは、僕らだ。
 ぞくり、とする。もし、なのはさんの教導を受けていなかったら、体が動かず、自分は炎に包まれていただろう。
 そう、そこらで燃え盛る草のように。
 炎の先を見やる。白みかかっているとはいえ、未だ闇色の世界。それを引き裂く赤い光の中、それとは対照的な男が佇んでいた。
 蒼い軍服。短い黒髪に、右手に拳銃、左手にランタンを握っていた。
 炎……シグナム副隊長と似た能力かな。
 ならば、あの銃はデバイスか、それに値する何か……と思考を巡らせるエリオの前を、ランサーが遮るように立つ。
 対峙する、蒼と蒼。だが、けして混ざり合わぬと宣言するかのように、ランサーは短剣を突きつけた。

「よう。問答無用たぁ、穏やかじゃねぇな」
「無論だ。こちらも、穏やかに済ますつもりなど、微塵もない」

 それは、今から貴様らを殺すという宣言。非殺傷設定という『殺さない事が当たり前の戦場』に身を置いていたエリオにとって、初めての殺意。
 その響きに、一瞬だけ縮こまった心臓に活を入れる。
 ――覚悟は、とうに決めたはずだ。

「そぉかい。そんじゃあ――こちらも往かせてもらうぜぇ!」

 瞬間、ランサーの体躯がバネのように縮み――跳ねた。
 地面スレスレを這うような、肉食獣に近い疾走。両の瞳を剣呑に煌かせた彼は、右の手で握り締めた刃を神速で薙いだ。
 速い。そして、鋭い。まるでカマイタチだ。
 しかし、神速といえども、距離を詰めるには数瞬という時間が必要だ。
 もっとも、彼の得物が槍であったのなら、その程度のタイムラグを物ともせずに、男の心臓を刺し貫いた事だろう。
 だが、ランサーが右手に持つのは、その名を冠す槍では断じてなく、宝具と比べれば貧相とも言えるハンティングナイフ。
 そして、身体能力の制限。それらが、間合いを詰める時間を一秒近く引き延ばす。
 たかが一秒。されど一秒。戦いという刹那の命のせめぎ合いにおいて、それは永劫とも言える隙である。
 そして軍服の男――ロイはその隙を無駄にする愚か者ではなかった。

「遅い」

 ――右の手で握られた拳銃が火を噴く。それはありきたりな比喩表現に非ず、現実をそのまま描写した故の言葉。
 轟! と燃え盛る紅蓮の炎が、一直線にこちらに向かってくる。
 全てを侵略する赤色は、進行方向を的確に阻み、ランサーの疾走を阻害する。
 ちぃ! と、真横に跳ね、射線から退避する。
 だが、すぐさま第二射が放たれる。着地とほぼ同時に放たれたそれであったが、さすが英霊というべきか、
着地と同時に転がるようにしてそれを回避。そしてそのまま腕に力を込め、炎の射程外まで一気に跳び上がる。
 ロイの視線は――未だランサーに注がれている。
 今だ! と。だんっ、と地を蹴り、エリオは疾駆する。
 未だ宙を奔る灼熱を横目に、結論付ける。

(駄目だ、バリアジャケットなしじゃ耐え切れない!)

 ランサーならば、一度や二度程度なら耐え切れる事だろう。
 それも然り。確かにランサーは万全な状態ではない。
 だが、それでも彼は英霊だ。
 その称号を得るに相応しい最低限の耐魔力が存在しているのだ。
 だがしかし、エリオ・モンディアルという少年は、デバイスが無ければせいぜい『訓練を受けた子供』程度である。炎の直撃を喰らい、生き残る術はない。

(けど、今なら!)

 構えた銃口は、未だランサーを捉えている! 
 行ける、と確信したエリオは、すぐさま偽・螺旋剣を槍のように構え――突貫する。
 放たれた矢のような、疾風の如きその速度。しかし、焔の錬金術師を前にしては、それは愚鈍すぎる程に遅かった。
 それも然り。エリオとランサーは接近しなくてはダメージを与えられない事に対し、ロイは動きに応じて炎を放てば事足りる。
 構え、駆け、武器で斬りつける。それに対し、武器を向けて炎を解き放つだけのロイが圧倒的に有利な事は、考えるまでもない。
 そう、多少の数的不利も凌駕できるほどに。
 すう、と左のランタンが向けられる。夜を引き裂く明かりは、すぐさま人と酸素を喰らいつくす化物に変質し、暗闇を駆け抜けていく。

「そんな――!?」

 完全な不意打ちだった。当然だ。先程まで銃しか使っていなかったというのに――!
 驚愕に見開かれたエリオの瞳。そこに映るロイは、満足気に笑った。

「だまし討ちも立派な戦略だよ、少年」

 返答はせずに、剣先を地面に突き立て、地面を蹴り飛ばす。加速のスピードが跳躍のエネルギーに変質し、地を這う炎の舌スレスレを、跳ね上がる事によって回避。
 すぐさま追撃のために落下しようとして――銃口と目が合った。

「兵は拙速を尊ぶものだ。確かに君たちは速いが――まだまだだ!」

 あと数瞬、それで焼き尽くされる。
 まずい、と思う暇もない。ない、のに。体は自身の危機を感知し、既に動き始めていた。
 そう、それは体が覚えていたから。高町なのは一等空尉が定めた訓練メニュー、それらが体に染み付いていたからに他ならない!
 右腕の袖が焼け、爆ぜる。露になった腕から伸びた紫電が、ヘビのように偽・螺旋剣に巻きついた。。
 それは彼の力。魔法による変換のプロセスを踏む事なく電気を発生させる、プロジェクトFの残滓が生み出した特異能力。
 その雷光は剣先に収束し――雷と化しロイへ放たれた。

「な――ッ!?」

 錬金術だと!? と、ロイが驚愕の呻きを漏らす。
 回避できるタイミングではない。ロイはすぐさま拳銃型ライターを放り投げ、自身は後ろに跳ぶ。ロイに向かっていた雷光は逸れ、拳銃に収束する。
 雷は高いところに落ちる。魔法として放ったのならともかく、ただの雷として放てば物理現象に左右されるのは自明の理だ。
 しかし、エリオは当てるつもりなどなかった。元より、射撃魔法は得意な方ではないのだ。

 ――そう、獣の如く地を駆ける、ランサーから気を逸らせればよい!

「おらぁ!」

 地に落ちた雷光と同じか、はたまたそれより速く駆けたランサーが、ハンティングナイフを槍の如く突き出した。
 心臓目掛けて放たれたそれであったが、しかし、ロイは背を逸らす事によって回避する。
 ランサーが顔を顰めた。足りない。間合いが圧倒的に足りていない!

「……ッ! 燃えろ!」

 ランタンから伸びた紅のヘビがランサーへと伸びる。それを横に滑るように移動して回避しようとする。
 その刹那、ロイは鮮烈な笑みを浮かべ――

「爆ぜろ!」

 酸素と水素の密度を制御。酸素を吸い膨れ上がり、水素を喰らい――炸裂。
 自分より遥か大きなモノを喰らったヘビの如く、炎はその太さを変え、ランサーを飲み込む。

「が――ッ!?」

 爆風によって吹き飛ばされたランサーが苦悶の声を漏らす。
 距離は広がり、またもやロイの間合いへと移り変わった。
 追い討ちをかけるように放たれた炎を避けながら、彼はエリオの元へ向かう。

「ちぃ! これじゃ無理だ。得物の不利もあるが、体が本調子じゃねぇってのも効いてやがる。
 あちらさんも本来の武器って感じじゃねぇが……支給品と能力の相性がいいらしい。
 下手すりゃ、このまま追い詰められる」
「それで、どうする気ですか?」

 まさか、このままじゃ勝てない、という為だけに戦いの場で話しかけて来たわけではあるまい。
 それに等しい事を言うと、「ああ」と短く答えた。

「二、三秒……いや、一瞬でも構わねぇ。奴の動きを止めろ。俺が仕留める」

     ◆     ◆     ◆

 追撃の炎を回避すると、二人は合流した。なにやら話をしているらしい。
 恐らくは、どうやってこの状況を切り抜けるか、という事だろうが――

(無駄だ)

 見る限り、二人は接近戦を得意とする者たちだ。故に少年が雷光を放った時は少々肝を冷やしたが、あれも危機から除外しても構わないだろう。
 不意打ち気味に放たれたからこそ驚いたが、見る限り制御には手馴れてはいない。むしろあれは、武器に纏わせ斬り付ける事が本来の扱い方であろう。
 問題ない。そう結論付けた瞬間だった。

「む……?」

 散! と二人が離れる。
 蒼い男は後方へ、赤髪の少年は迎え撃つように前進。
 少年を囮にし、蒼の男は背後へ回るという心積もりか。
 ならば、とロイは後退し、駅のコンクリート壁に背を預ける。
 これで、死角は減った。左右から来られても対処は出来るし、駅の上から落下してくる、という奇襲じみた攻撃も音で感知できるはずだ。
 だが、少年は狼狽した風もなく、こちらに向かって疾駆してくる。
 作戦内容を知らされていない、のだろうか? 
 それとも、この程度では防ぎきれない策があるのか?

(どちらにしろ、これ以上考えて分かるものではない)

 螺旋状の剣を振り上げ、疾駆する少年。その足元を中心に酸素と水素の濃度を変化させ、ランタンから微かな火を送り込む。
 そして――爆裂。土とコンクリートの境界付近だったのか、土とコンクリート片の壁が吹き出す。それらが煙幕と化し、少年の姿を覆った。
 少々火力が強すぎたか、と次に放つ時は水素を減らすべきだと思考した――その瞬間だった。
 寒気。今までの戦闘経験が告げる、自身の危機。
 それに従い真横に移動。刹那、先程まで立っていた場所に何かがぶち当たった。

「コンクリート片……だと!?」

 煙が晴れる。
 そこには、剣ではなく拳大のコンクリートを握る少年の姿があった。

「当た――れぇ!」

 右の腕から紫電が吹き出す。それをコンクリートに巻きつけ、放つ!
 くそ、と転がるようにそれを回避。壁に着弾したそれは、更に細かなコンクリートと紫電を撒き散らす。

「やってくれるな、少年。いや――紫電の錬金術師! だが、」

 雷光の速度で放たれるコンクリート片に水素を纏わせる。暴れ回る紫電は、熱と火花を伴っている。
 すると、どうなる?
 ドドン! という重なり合うような炸裂音。宙を駆けるコンクリート片は水素を喰らい、その場で爆散する。

「――ッ! はぁあああ!」

 遠距離攻撃は不可能。そう結論付けたのか、少年はジクザクに疾走する。
 甘い、と酸素と水素を一気に引き上げ、爆発の領域を一気に拡張する。
 瞬間、何か感じるモノがあったのか、少年は慌てたようにバックステップで距離を取る。
 そして――爆! 
 コンクリートが砕け、破片が熱で溶解する。細かに砕けた欠片は噴煙となり、視界を遮った。
 だが、とその噴煙に向けて灼熱を放つ。
 これで噴煙に紛れて攻撃する、という策は封じた。左右から来られても、防ぎきる自信はある。
 さあ、どう出る――?

     ◆     ◆     ◆

 エリオとロイが接戦を繰り広げている、その遥か後方。
 ランサーは植林された街路樹に立ち、それを眺めていた。

「ちいとばかし不安だったが……あの坊主、やるじゃねえか」

 コンクリート片と能力を併用した遠距離攻撃を、咄嗟に思いついた事もさすが、と言える。
 別に、本来ならその程度の方法、思いついて然るべきである。
 だが、戦いは酒を飲み続けているようなモノだ。
 テンションが上がるにしろ下がるにしろ、普段の状態とは比べ物にならない程、精神は移り変わる。
 そう、戦いとは技術だけで勝てるモノではない。
 紅蓮の炎の如く心を燃やしつつも、奥底には冷静な自身を残す――例えるならば、凍りついた炎のような心が必要なのだ。
 そして、エリオ・モンディアルという少年も、未熟ながらもその炎が芽生えている。

(坊主を鍛えた奴の顔を見てみたいぜ。あんなガキをあそこまで強くするほどの鍛錬――正気とは思えねぇ)

 白いバリアジャケットを纏った教導官が聞いたら「し、心外ですよ!」と怒られそうな事を考えながら、じっくりと機を待つ。
 タイミングがズレたら避けられる。元々、この武器には慣れていないのだから、それも当然か。
 故に、本来の『着弾』スピードより、後2~3秒ほど、多めに見ておいた方がいいだろう。

「おっ」

 爆裂。コンクリートが捲れ上がり、破壊の嵐が吹き荒れる。
 巻き起こった噴煙。それに向けて炎を放つロイ――行ける。

「打ち砕く――」

 ぎぎっ、と街路樹が軋んだ。
 僅かに弓なりに反ったそれに体重を預け――戻る力と跳躍力で一気に跳ね上がる。
 空から見下ろす風景は――ああ、よく見える。
 噴煙に向け、牽制の炎を放つロイの姿が!

「――鋼の散弾!」

 宝具でもなんでもない、ただのナイフ。それを、槍投げよろしく投擲する。
 本来なら下作も下作。当然だ。人間の腕力でナイフを投げたところで、飛距離は数メートルがいいところだ。
 そう、本来なら、だ。
 彼は人間であって、けれども人間とかけ離れた存在――即ち英霊だ。
 例え制限されているとはいえ、その身体能力は人外の域。鈍く輝く刃は、弾丸の如く疾駆する!

     ◆     ◆     ◆

 噴煙は晴れ始めた。
 少年の姿はない。どこに消えた、と視線を左右に彷徨わせ――

「……ッ!?」

 体中に存在する全細胞が警鐘を鳴らした。
 それは、圧倒的な危機のため。先程のコンクリート片など豆鉄砲だと、体中が告げていた。
 殺気の根元と思われる上空に視線を向ける。
 そこには、あの蒼い男が、射抜くような視線をこちらに向けていた。
 いや、向けているのは視線だけではない。
 右の手で握ったナイフ。それを、こちらへと狙い定めている。
 馬鹿め、と笑おうとし――驚愕した。
 当然だ。投擲されたナイフ。それは、まるで弾丸のように宙を駆け抜けていたのだから!
 しかし、とロイは嘲るような笑みを浮かべる。
 どうやってあのような加速をつけたのかは知らないが……恐れる事はない。
 見たところ、あれはただのナイフ。掌で握り、切りつける。そういった用途を想定されたモノだ。
 神速で駆ける事による空気抵抗に、耐え切れるワケがないのだ。
 避けるまでもない。そう、思った。

     ◆     ◆     ◆

 耐えられるはずがない。宙に滞空するランサーはそう思っていた。
 あれはただのナイフだ。宝具でもなく、魔術的に強化されたわけでもないのだ。それが、英霊たるクー・フーリンの力に耐え切れるはずがないのだ。
 いや、違うな。ランサーは猟犬の如く剣呑な笑みを浮かべる。

 ――――耐えてもらっちゃぁ、困んだよ。

 そう。普段ならばともかく、身体能力に制限を課せられたランサーにとっては。

     ◆     ◆     ◆

 当然の帰結というべきか、ランサーとロイを繋ぐ道筋の半ばで、ハンティングナイフを朽ちた。
 刀身が砕け、鈍色の破片と化す。
 無力化したか、と動こうとして、未だ細胞たちが危機を訴えている事に気づく。

(なんだ……?)

 既に危機は去ったはずだ。ならば、一体――

「……ッ!?」

 刹那、ずれていた歯車が噛み合った、そんな唐突さで『先程から体中が訴える危機』に気づいた。
 ざあ、と血の気が引いていく。
 慌てて距離を取ろうとし、ごん、とコンクリートの壁がぶち当たる。
 ああ、糞。なんという事だ。先程までは頼もしかった分厚い壁は、今は囚人を捕らえる鉄格子程度の意味しかないではないか!

     ◆     ◆     ◆

 崩れ落ちていくハンティングナイフを、満足気に見やる。
 そう。崩れてもらわないと困るのだ。
 今の自身は制限に囚われ、技にも普段のキレがないだろう。
 それが、本来の得物でないのなら、尚更だ。
 雑魚ならまだしも、あの軍服の男は強者だ。自身が放つナイフなど、軽く避けられてしまうだろう。

 だが――細かな弾丸ならばどうだ?

 散弾銃よろしく、鋼の粒を放てば、どうだ?
 避けられるはずがない! なぜなら、アイツは壁に背を預けているではないか!
 回避のルートは、圧倒的に狭まっている!

     ◆     ◆     ◆

 考える間もなく、体を横にずらす。
 だが遅い。遅い遅い遅い! 神速の弾丸を前にして、それは亀の如く愚鈍だ!
 晴れかけていた噴煙に、円形の穴が瞬時に複数穿たれる。
 それから刹那の間を置かず、腹部に衝撃。

「が――!?」

 突き刺さったそれは、もはやナイフと呼べるモノではなかった。
 まるで、散弾銃の弾丸だ。
 それらは肉を裂き、骨を破砕し、内蔵を引っ掻き回し、壁面を穿った。
 べたり、と。アーティスト気取りの不良どもが書いた壁画のように、壁面に赤い花が描かれた。

「は――、まさ、か」

 上空で滞空する蒼い男を見る。

(これを、狙ったというのか)

 足がふらつく。引き裂かれた腹からは、ミンチ状になった内蔵が止め処なくこぼれ落ちてく。
 視界が歪む。足がふらつき、口からは血液がこぼれる。
 死が、近い。
 痛みもどこか遠い。脳内麻薬が分泌されだしたか、それとも神経も死に始めているのか。
 ああ、死ぬ。ロイ・マスタングという男は、ここで、この場所で、何も成せずに。
 ――駄目だ。
 不意に、思考が火花のように爆ぜた。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!
 私は、こんな場所では死ねない。
 エルリック兄弟が、部下が――親友が、まだここに居るというのに。

「ぐ、は、ああ、ぁ」

 けれど、駄目だ。この傷では助からない。
 ならば、せめて、せめて――
 既に噴煙はなく、赤髪の少年の姿は曝け出されていた。
 悲しそうな瞳。恐らくは、このような死に様を見るのは初めてなのだろう。
 未だ。右の手はランタンを握り締める。
 それを用い、傷口に炎を放つ。こんな状況でなければ腹の虫が鳴くような音と共に、腹部の肉が焼ける。

(これで、失血は、止ま、る)

 後は、とランタンを掲げる。
 瞬間。エリオに向けて灼熱が放たれた。
 避ける暇など、与えなかった。

     ◆     ◆     ◆

 ランサーが地に立つその瞬間、爆発の音を聞いた。
 それは、あの軍服の男が何度か放ったモノと、同じ。

「あの野郎……あれくらってまだ生きてやがるのか!」

 ダンッ、と地を蹴って駅へと向かう。
 焦げた草むらを抜け、砕けたコンクリートを蹴り飛ばし、二人が居た場所へと疾駆する。
 そして――それを見た。
 砕けたコンクリートの上で、ボロ雑巾のような状態で倒れ伏す赤髪の少年を。

「おい! 大丈夫か坊主!」

 思わず声を荒げてしまう。
 それも然り。エリオの状態は酷いモノだった。
 慌てて武器で受けようとしたのか、右腕は消し炭となっていた。幸い、というべきか失血の心配はない。皮肉な事に、傷口は炎によって炙られ、血液の流出を止めていた。
 そして、右側面。レアでお願いします、とウェイターに頼めばこの状態で出てくるのではないか、という有様だった。
 まだ幼さを残していた顔も、右部分は醜い火傷で覆われていた。

「あ――ランサー、さん」

 擦れた声で、エリオが呟いた。
 よし、と頷く。少なくとも、意識はしっかりしているようだ。それに、傷は深いものの、呼吸も脈拍もある。
 地面に落ちた偽・螺旋剣を見る。

(腐っても宝具、ってわけか)

 もし、爆発そのものを体で受け止めていたら、この程度では済まなかっただろう。
 きっと、腹部まで吹き飛び、内蔵が焼きつき――苦しみぬいて死んだ事だろう。
 だが、宝具という存在が、炎を僅かながらに受け止めた。気に入らない奴のモノであるため、好きではなかったのだが――今は素直に感謝しておこう。

「とりあえず病院だ。早めに処置しねぇとマズイ」
「……いいですよ、ランサーさん。今の僕じゃ、」

 足手纏いになりますから、と言いたかったのだろう。
 だが、それを無視してランサーはエリオを担ぐ。

「馬鹿いうんじゃねぇ。ここで放置して死なれてみろ、寝覚めがわりぃだろうが!」

 そう言って、ランサーは道路を神速で駆け出した。

     ◆     ◆     ◆

 ロイ・マスタングは死に掛けていた。
 血液は多量に流出し、内蔵はほとんどミンチと化していた。骨は砕け、内蔵を包むモノはすでにない。
 水風船が歩いている、まさにそんな状態だ。もっとも、破裂した時に飛び出すのは冷たい水にあらず血と臓物なのだが。
『螺旋下水処理場』という建物を横切る。だが、既にロイにそれを理解する能力はなかった。
 ぐにゃりぐにゃり、と。まるで水中にいるかのように、視界は歪んでいる。
 あの灰色の霧は――ビルか? 遠くに見える幅広いヘビは……道路、だろうか?
 だが、と頭を振る。
 まだ戦える。大雑把な判別はつくのだ。人間を認識する事くらい、まだ可能なはずだ。
 そう、まだ戦える。
 右手は未だランタンを握っている。バックはあの戦いで落としてしまったらしい、どこにもない。
 だけど、別に構わない。火はあるのだ。まだ、戦えるのだ。
 それらを確認した、その時だった。

「よう、大佐」

 聞き知った声が聞こえたような気がして、そちらに視線を向けた。
 ブロンドのおさげに赤い外套。そして、小柄な体躯。エドワード・エルリックであった。

「妙な事やってるみてぇだな」

 妙な事? と一瞬、怪訝に思うが、すぐに納得する。
 この殺し合いに乗った、その事だろう。
 だが、それの一体、どこが妙な事だと言うのか。

「俺やアルに中尉、そして中佐……いや、今は准将か。それを守るって話だよ。
 なにトチ狂ってやがんだ。確かにアンタは気に入らない事をしやがるが、んな馬鹿な事をする奴じゃなかったろうが」

 トチ狂うか、確かにそうかもしれない、と自嘲の笑みを漏らした。
 その狂気の元は、おそらくはマース・ヒューズ。死したはずの、ロイの親友だ。
 彼を二度も死なせるわけにはいかない。そう、誓ったのだ。

「馬鹿いってんじゃねぇ。中佐がそんな事されて喜ぶとでも思ってんのか。
 ……いや、そんな陳腐な説得なんて意味ねぇな。だから、俺の言葉で言わせてもらうぜ。
 大佐。アンタの行動は等価交換の基本原則に反している。
 一人や二人を救うために、何十人も殺したんじゃワリに合わないのは当然だ。
 そんな状況での誓いなんて、紙切れよりも薄っぺらい」

 黙れ、と言うように炎を放つ。
 灼熱はエドの体躯に吸い込まれ――爆裂。がしゃん、と金属質の破片が地に落ちる音が、どこか遠くで聞こえてきた。

(金属、音?)

 怪訝に思いよく見ると、それはエドワード・エルリックでは断じてなく、赤いポストであった。
 ああ、私はこれに向かって会話していたのか、と思うと、たまらなくおかしくなった。どうやら、自分が考えている以上に、命は危ういバランスで保たれているらしい。

「――――ぁ」

 笑おうとして、笑えない事に気づいた。
 いや、確かに自分は笑っている、とロイは認識している。
 だが、声が遠い。自分の声だというのに、遥か遠方から響いているような気がしてならない。
 これでは、自分が笑っているかどうかもわからん。脳内麻薬も肉体の危機を察知し、過剰に分泌しだしたのだろう。すべてが、おかしくて、たまらない。
 このゲームも、この無様な自分も、何も成せず果てようとする自分すらも!
 だが、と。笑みを噛み殺しつつ、ゆっくりと歩む。
 誰か一人でも、殺さねばならない。
 遥か遠方に見える灰色の蜃気楼――即ち、デパートを見やる。
 とりあえず大きそうな建物だ、と辺りをつけたロイは、足を引き摺りながら前へと進んだ。
 命の灯火は、消えかかっている。それでも、彼は――


【F-5/下水処理場付近/一日目/早朝】

【ロイ・マスタング@鋼の錬金術師】
[状態]:内蔵に多大な損傷 多量の失血 肋骨が何本か欠損 視力障害 聴力障害
[装備]:ランタン
[道具]:なし
[思考]
基本思考:目に付いた『人らしき影』を殺す
1.出会った参加者を殺す
2.灰色の巨大な蜃気楼(デパート)へ向かう
※ロイのデイバックはF-5の駅近くに落ちています
※下手をすれば歩いているだけで死ねる状態だが、気力で保っている
※知り合いに出会っても、おそらく気づけないでしょう


     ◆     ◆     ◆


 ランサーの腕の中、エリオは軍服の男を思い出す。
 最初、問答無用で襲い掛かってきた時、あの濃密な殺気から彼を冷酷な殺人鬼と結論付けた。
 けど……それだったら、あの瞳はなんだったのだろう?
 鋼で内蔵を引っ掻き回され、それでも、「まだやる事が残っている」と叫ぶように瞳を爛々と輝かせた彼。
 あれは、どういった意味があったのだろうか。

(もしかして、この殺し合いに知り合いが――)

 なるほど、それは確かに同情できる。
 出来うる限り助けたあげたい。そう、心から思う。
 だが。
 この状況下で、そんな事を言っている暇はない。
 いつ、どこで知り合いが死んでしまうかもわからないのだ。そして、知り合いを殺すのは、あの軍服の男なのかもしれない。
 同情はしよう。悲しんでもあげよう。だが、殺されてはあげられないし、知り合いを殺させるわけにもいかない。
 そう、みんなと一緒に日常に帰りたいと願うのは、彼だけではないのだ。

(日常……か)

 そっと、右腕に、いや、右腕があった場所に視線を向ける。
 そこには何もない。ただ、焦げ付いた断面が見えるだけだ。
 もう、自分の相棒を、ストラーダを握れないかもしれない。そう思うと、知り合いが死ぬ、という想像とは別の寒気が込み上げてきた。


【F-6/E-6に近い道路/一日目/早朝】

【ランサー@Fate/stay night】
[状態]:疲労(中)、現在全力疾走中のため、徐々に疲労上昇
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(地図と名簿を除く)、ヴァッシュの手配書(一枚)、
   不明支給品0~2個(槍・デバイスは無い)
[思考・状況]基本:このゲームを管理している奴らとの戦いを愉しませてもらう。
1.エリオを病院に連れて行ってやる。
2.言峰、ギルガメッシュ、ヴァッシュの三人に借りを返す。
 言峰とギルガメッシュは殺す予定(ヴァッシュについては不明)。
3.ゲームに乗った強者と全力の戦いを愉しむ。
4.できればまともな槍が欲しい。
5.ゲームに乗っていない相手でも実力を測るくらいはしたい。
※右腕欠損から、エリオは手合わせ相手から除外されました。

【エリオ・モンディアル@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
[状態]:右腕欠損 右半身に火傷
[装備]:偽・螺旋剣@Fate/stay night
[道具]:支給品一式、防水性の紙×10@現実 、暗視双眼鏡@現実
[思考・状況]基本:このゲームの破壊。
1.腕……
2.話しても殺し合おうとする人間ならば殺す覚悟。
3.ランサーについていく。
4.仲間と合流。
※顔から足先まで、右の部分が満遍なく焼けています。
※今のところ命に別状はないものの、かなりの範囲に火傷を負ったので、
 そのまま放置しておくのは危険。
※腕の欠損以外は身体能力を束縛するものは、今のところない


時系列順で読む


投下順で読む


068:覚悟はいいか? ロイ・マスタング 110:Ashes to ashes
068:覚悟はいいか? エリオ・モンディアル 096:蒼い狗
068:覚悟はいいか? ランサー 096:蒼い狗





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