紙視点――そして紙は舞い落ちた ◆LXe12sNRSs



 そして、私は舞い落ちた。

 痛みはなかった。一瞬で終わる殺傷に、痛みの有無はない。
 そもそも、私には痛みという概念がない。
 切り裂かれようと傷を作ることはなく、血を流すこともない。
 痛み、死、両方に伴う苦しみ、それら人間にとってマイナスとなる概念が、私には存在しない。
 今さらだ。私は、そういうものなのだ。

 私という存在に、死はない。
 それでも死に近しい概念を探すというのなら……消滅、或いは忘却。
 これらは言葉による関連性から考えられるとおり、同じようでまったく違う。
 苦しみという概念の有無もそうだが、生を終えるのと、存在自体が無くなるのと、他者に忘れ去られるのとでは、何から何まで違いすぎるのだ。
 どれが他者、世界によってベストで、私に相応しいかは分からない。
 答えなど知りはしない。誰も。知りたいとも思わない。知ろうとも思わない。知ったところで、どうにもならない。

 私という存在は、主役ではない。かといって、脇役というわけでもない。しかしながら、観客でもない。
 あえて言うなら、舞台上の小道具。それが、私という存在に最も合致する。
 人が生み出し、人が使い、或いは使われないかもしれない。
 私という存在は、その程度のものでしかない。

 ――しかし、私はただこの一時だけ、そのルールに抗ってみようと思う。

 私という存在、その限界を一跨ぎして、感性を持った傍観者として振舞う。
 私の願いは、ただそれだけだった。そしてそれは、この世界の摂理に反するものでもあった。
 だからといって、誰かから文句を言われるものでもない。
 この程度の事象、世界の推移にはまったく支障なく、誰の行く末に影響を与えることもない。
 私にできるのは、見て、感じて、想うだけだ。
 干渉は愚か、他者や世界はその事実すら知り得はしない。
 ……唯一、『彼女』なら、もしくは彼女と同種の人間なら――いや、やはり不可能だろう。
 私はただの傍観者だ。口伝者になる術は持ち合わせておらず、資格もない。
 それが私という存在である――

 私という存在は、彼女という存在の終わりを見た。
 誰に看取られることもなく、誰に干渉することもない、そんな終わり方だった。
 彼女という存在の周りには、私という存在、その同類とも呼べる存在が散乱し、その身に彼女の内容物を纏っている。
 概念的なものを問い詰めれば、彼らは存在と称すには至らないほど矮小なものであり、私もまた同じく。だが、あえて『彼ら』と呼ぼう。
 彼らが纏っているのは、鮮烈な赤。人間の体内に循環しているという、血によるものだった。
 彼女は何を思い、彼らを血に染めたのか。私には分からない。私は彼らと同じ存在であり、彼女ほど崇高な存在ではない。
 ただ、今の私は彼らの一歩先に立つ傍観者だ。ならば知識を得て、考察するほどのことも許されよう。

 彼女はきっと、彼らを血に染めるつもりなどなかった。不可抗力だった。不可抗力といえば、彼女の死自体もそうであると考えられた。
 私は知っている。彼女の最後の表情を。苦痛に歪む顔を。生に執着する瞳を。無念に沈む肌の艶を。
 全てが不可抗力であると言えた。彼女は死を受け入れたくなどなかったのだ。私はそう考える。
 だとしたら、受け入れたくないという彼女の意志を無視し、強引に死を押し付けた存在はなんなのか。
 それも私は知っている。彼女に死を与えたのは、未だ私と彼女の前に悠然と聳える、彼に違いない。
 彼――と度々用いるのも、傍観者を徹する上で不備が生じる。ここは率直に、『剣』と称そう。
 あの剣が、彼女に死を与えた。そして彼女がその死を拒絶できなかったのは、剣という存在が、彼女という存在を打ち負かしたからだ。
 剣と人間の優劣の差など、私にはわからない。そもそも、私は彼女という存在と剣という存在、双方について詳しくはない。
 私が知っているのは、こうして広がっている結果だけだ。
 風が全てを切り裂き、彼女に死を与え、私が残されたという、結果。
 知ったところでどうすることもできないのは、前述のとおり。
 この結果が意味を成すには、この場に彼女と同等の資格を持つ存在が訪れる必要がある。
 故に、私は待った。時間という概念すら、私にとっては人間のそれと大きく違うが……どちらの概念で捉えても、そう長くは待たなかったと思う。

 一人の男がやってきた。私という存在と、彼女、そして剣を見つけた。
 もっとも男にとっての私は、存在と呼べるものですらない。私を極めて根本的な概念でしか捉えていないはずだ。
 そういう意味では、剣も所詮は剣という存在でしかない。今、男の瞳に映っているのは、死を迎えた彼女の遺体のみだろう。
 光か、それとも音か、もしくは単なる偶然か。男がこの場に訪れた経緯は、定かではない。
 ただ、男にとってこの場の惨状は予想だにしないものだったらしく、頭をボリボリと掻きつつ顔を歪めていた。
 この表情は、おそらく『怒り』というものだろう。男は、彼女を見て怒りを覚えている。
 彼女の何が、男をこれほどまでに怒らせているというのか――いや、男の怒りの矛先が、何も彼女であるとは限らない。
 おそらく、男は彼女の死に、彼女に死を与えた存在に対して、怒っているのだ。
 男は彼女に黙祷らしきものを捧げると、改めて周囲を見渡した。私もまた改めて、この場の状況を観察してみようと思う。
 部屋。民家。散乱する血と、私と同種の存在。聳える剣。死を迎えた彼女。訪れた男。私に把握できたのは、この程度だ。
 観察を終えると、男はまた頭をボリボリと掻き出した。誰にでもなく言葉を吐くが、私に聞く耳はない。
 さすがの私も、耳まで得ようとは思わなかった。傍観者に必要なものは、既に得ている。
 その後の男の挙動だが、数秒どうするか考えた仕草をした後、私と彼女の前から一端姿を消した。
 何もせずに去るのかと思いきや、姿を消したのはほんの数瞬。無数の白い布を抱えてくると、それを彼女の上に被せていった。
 おそらく、血を気にしたのだろう。男にとって、もしくはこの世界の置かれている環境にとって、血は色々と厄介な概念らしい。
 臭いか、色か、まぁそんなところだろう。男は、彼女の遺体から丁寧に血を拭っていく。
 そして、彼女は綺麗になった。剣につけられた無数の傷跡が消えることはないだろうが、血塗れのまま取り残されるよりは幾分かマシなはずだ。

 男は一息入れると、彼女の下から離れ、剣に歩み寄った。顎に手をあて、数秒睨み合う。
 何を思ったかは分からない。男はおもむろに剣を掴み取ると、それを肩に下げていたデイパックに入れた。
 剣という存在は、突き詰めていけばただの物だ。男に抗う術はなかった。それは、私も同様ではあるが。
 そして男は再び彼女に歩み寄り、しゃがむ。また何かしら言葉を発すると、一瞬拝むような仕草をして、彼女を抱え立ち上がった。
 どうやら、彼女と剣を連れてこのまま退室するらしい。それが男の選択だった。
 誰に文句を言われる行動でもない。が、このままでは私が困る。このままでは、私だけがこの場に取り残され、傍観者としての勤めを果たせなくなってしまう。

 ……勤め、などと言うのはおこがましかったかもしれない。これは、言うなら私の趣味、道楽だ。
 私という存在に、果たして趣味や道楽といった概念が意味あるものなのか……そんなものは思慮の範囲外なので、捨て置く。

 訴えかけることもできず、自己の存在をアピールすることもできず、私は傍観者としての終焉を迎えようとしていた。
 だが、奇跡は起きた。男が部屋の出口に向かう寸前で、直下の私に気づいたのだ。
 男は彼女を一端床に下ろし、私を粗忽に摘み上げる。扱いに文句を言うつもりはないし、不満もない。
 ただ一言注文を述べるとするならば、私も連れて行って欲しい。もちろん、語りかけることはできないが。
 すると私の喋らざる願いが通じたのか、男は私を懐にしまうと、再び彼女を抱え上げ、今度こそその場を退室した。
 傍観者としての私の任は、もう少しだけ続く。
 ひとまずは、舞台を移すとしよう。

 ◇ ◇ ◇

 (休み話)

 優秀な螺旋遺伝子を持った生命体を選出するための殺し合い。
 それとはまた別の世界、別の次元、別の話として、『魔界の王を決める戦い』に没頭する二人組がいた。
 窪塚泳太とハイド。人間と魔物の子供による二人組は、此度の実験にはまるで関係のない部外者だ。
 しかしどういった不幸か、彼らは直接的ではないにしろ、螺旋王の実験によって窮地に立たされていた。
 ガッシュや清麿のように拉致され、魔界の王を決める戦いの舞台から一時的に下ろされたわけでもない。
 強いて言うならば、舞台に参加するための入場券を、螺旋王に奪われた。その程度の被害。
 その程度が、泳太とハイドにとっては死活問題だった。
 なにせ、その入場券というのは他ならぬハイドの魔本であり、魔界の王を決める戦いは、この本がなければ成り立たない。
 この戦いにとって魔本は武器であり、生命線だ。
 普段は術を発動するための起動キーとして機能するが、これが燃やされると、即座に敗戦が決定してしまう。
 本を失うこと、イコール魔界への強制送還。これは、魔界の王を決める戦いにおける抗いようのないルールだった。
 泳太とハイドの二人とて、このルールは理解している。理解しているからこそ、現状のピンチに苦しんでいるのだ。
 泳太は、いつの間にかハイドの魔本をなくしていた。
 どこかに置き忘れたり、落としたのではない。殺し合いをするためのアイテムとして螺旋王に奪われたのだ。
 もちろん、泳太がそんな事実を知るはずもない。だからこそ、今もこうして本を探して街を彷徨い歩いていた。
 隣で早く見つけろ、早く見つけろと騒ぐハイドを疎ましく思いながら、泳太は見つかることのない本を探し続けた。
 一日、一日、また一日と、不毛であるとも知らずに、懸命に捜索を続けた。
 そして、不幸は起きた。
 いつものように本を探して街を歩いていたある日、突如として、ハイドの姿が透けてきたのだ。
 この瞬間、泳太は悟った。ああ、どこかでハイドの本が燃えているのだと。
 ハイドが騒ぐ。オレの身体が、オレの本が、と。騒いだところで、泳太にはどうすることもできない。
 本の行方は分からぬまま、ハイドは敗者として魔界に送還されていく。
 ただ、無念だけが残った。他の魔物との戦いによって本を燃やされたならともかく、こんな形でハイドと別れることになるとは。
 悔しさを噛み締めながら、泳太とハイドは別れを惜しみ、堪えきれずに泣いた。
 こうして、一組の魔物とそのパートナーが、人知れず魔界の王を決める戦いから脱落した。
 下手人は、強いて言うなら螺旋王、もしくは紙使いの少女、もしくはあの剣なのだろうが、その事実を知る者は一人として存在しない。

 (休み話 終わり)

 ◇ ◇ ◇

 白い建物、白い壁、そして、暗い通路を歩いていた。
 悪臭の蔓延する我が家から場を移し、男が私と彼女を連れ込んだのは、清潔な印象を漂わせる大きな建物だった。
 おそらく、病院というものだろう。人間のための医療機関と記憶している。
 だが、医者は愚か一切の人気もない。例え医者がいようとも、既に死を迎えた彼女を癒すことはできないだろうが。
 男と彼女と私、三者しか存在しないかのような静謐な場。薄暗い廊下を越えて、さらに奥へと移動する。
 霊安室。辿り着いた部屋には、そう書かれたプレートがかけられていた。
 死者を安置する部屋……ということだろうか。男は、この部屋に彼女の遺体を預けるつもりらしい。
 白のようでいて実は灰色な、簡素なパイプベッドへと、彼女の遺体を寝かす。
 その表情は、いつの間にか穏やかなものになっていた。
 男は懐から私を取り出すと、一瞥してから神妙な顔つきになる。何を思っているのだろうか。
 私に微細な表情から人の感情を読み取る能力はなく、男の本意は分からなかった。
 男は私を彼女の遺体の上に乗せると、荷物を置いたまま霊安室を退室する。
 ふと、彼女の遺体の横にもう一つ、別の遺体が安置されていることに気づいた。
 若干黒いのは……こげている、のだろうか。辛うじて少年と判別することができる。
 彼もまた、彼女とは違った方法で、死を迎えたのだろう。おそらくは、彼女同様あの男に連れられて。
 ということは、あの男は葬儀屋かなにかだろうか。髭面や格好からはイメージできないが、職業など見た目で判断しきれるものでもない。
 正体不定の怪しい輩ではあるが、男は彼女から血を拭い、黙祷を捧げ、ここまで運んでくれた。
 私としては、あまりに悪い印象は感じていない。
 そして、数分。男はやや険しい表情で、再び私と彼女の下へ戻ってきた。
 すると物言わぬ彼女に一言二言言葉を発しながら、自分の荷物を探り出す。
 取り出したのは、数冊の本だった。
 全部で9冊、文庫サイズであるそれから一冊を手に取ると、男は彼女の前で音読し始めた。
 なんと言っているかは、聞く耳持たぬ私には理解できない。死者へ送る経でも唱えているのだろうか。
 本は小さいながらも数百ページはあるかと思われたが、男は1分もしない内にそれを閉じ、彼女の遺体の上に置いた。
 結局何がしたかったのだろうか。私には分からないが、男は満足気だ。
 そして男は自身の荷物を再度肩に下げ、また霊安室から出て行ってしまった。
 数秒、数分待つが、帰ってくる気配はない。……私と彼女は、今度こそ取り残されてしまったのだ。

 私の傍観者としての役目は、唐突に終わりを告げた。
 何も起こらない霊安室、動かない彼女と、その隣の彼の遺体。
 変化のない世界を観察しても、ただ退屈なだけだ。
 少し残念だが、私はここで役目を終えるとしよう。
 だが最後に――彼女の死について、考察してみたいと思う。

 彼女は、自分の死をどう受け止めているのか。
 死に際の表情は、明らかに無念が残っていたように思える。しかし今は、至って穏やかな顔つきだ。
 私という存在は、彼女という存在の全てを知りはしない。いや、実際のところは欠片も知りはしないだろう。
 私は単なる傍観者だ。口伝もできず、ただ己の見解を胸に秘めるのが精々、存在する意味すらない。

 彼女にとっての私は、単なる繊維の集合体でしかなかったのかもしれない。
 私にとっての彼女は、もしくは……母のような存在だったのかもしれない。

 だからこそ、見届けたかったのかもしれない。彼女の死後を、僅かでも。
 あの男に、今一度感謝しておこう。彼女をここに連れてきてくれたことに。
 そして願わくば、彼女の死に意味を持たせてくれますように。
 私はただ、思うだけしかできない。もうすぐ、思うことすらできなくなる。

 私は人間ではない。
 私は存在ですらない。
 私は、ただの紙だ。

 ◇ ◇ ◇







 神行太保・戴宗という『男』が、『彼女』を発見したのは、まったくの偶然だった。
 酒を探し求めて街をさ迷い歩く中、通りがかった倉田家という民家から、強風の逆巻く音と窓から飛び散る紙が窺えた。
 家の中で倉田さんが何かやっている。普通に捉えればその程度、通行人に興味を与えるものでもない。
 ただし、今の環境は殺し合いだ。参加者の中に倉田家の住人などおらず、会場内に自分の住居を持つ者などいようはずがない。
 ならば、中にいるのは不審者……もとい、殺し合いの参加者に他ならない。
 戴宗は興味本位で倉田家の門をくぐり、そして見た。
 床中に散布する、鮮血を纏った紙。カマイタチのようなもので切りつけられた家具の数々。
 突き刺さっている仰々しい造形の剣。小隅で燃え盛る本。そして、少女の死体。

「あーりゃりゃ、まーたかい」

 酒を探して街を歩いていたら、またもや子供の死体と遭遇してしまった。
 今が殺し合いの最中とはいえ、これは褒められた偶然ではない。戴宗は頭を抱えた。
 戴宗は、既に姿を消している下手人に途方のない怒りを覚え、彼女に黙祷を捧げる。
 見るに、年の功は先ほどの義手の少年よりやや若い。12、13……大作とほとんど同じ年齢に思えた。

 草間大作。国際警察機構に所属するエキスパートにして、戴宗の後輩。彼にとっては、息子同然のような存在であった。
 12歳という若さで、いきなりジャイアントロボという巨大すぎる力を背負わされた少年。
 この舞台には呼ばれていないが、彼もまた、覚悟もないまま戦場に立たされた子供には違いない。

(12の時分……俺は自ら望んで、エキスパートとして育てられた。
 だからこそ、様々な任務も遂行できるし、死をも覚悟できるのかもしれねぇ)

 だが、彼女は違う。大作と同じくらいの時分にいきなり殺し合いを強要され、そして死んだ。

(いきなりだ。なにもかもいきなりだ。俺が12の時分……同じような境遇に置かれて、耐えられたか?
 適度にトチ狂って自滅、が、まぁいいとこだろうな。この嬢ちゃんもあの少年も、大作となんも変わんねぇ。
 気づいたらBF団に父親を殺されて、ジャイアントロボを背負わされた大作と……いや、もう手遅れな分、大作よりひでぇ。
 そんな子供に、俺は何ができる? ……何もできやしねぇ。俺は、なにもかも遅すぎた)

 大人として、正義の心を持つ者として、何もできぬまま彼女の死を見つめるのが辛かった。
 改めて辺りの惨状を見渡す。部屋中に広がる傷跡……まさか、下手人はあの素晴らしきヒィッツカラルドだろうか。
 いや、だとしたら彼女の身体が真っ二つになっていないのはおかしい。
 この場に放置された剣は、血痕がついていないところを見るに凶器ではないだろうが、武器が残されているというのも不可解だ。
 十傑集の仕業ではないにしろ、十傑集やエキスパートのような能力を持った人物の仕業、と考えるのが妥当か。
 彼女の殺害犯が誰にしろ、この場を去った後なのは明白。あてのないまま追うのも愚。

「待ってな嬢ちゃん。とりあえず血ぃ拭いてやる」

 ならば、せめて彼女を供養してやろうと、戴宗は一旦部屋を出た。
 家中からタオルやらTシャツやら、とにかく血を拭えるものを掻き集め、再び彼女の下へ戻る。
 彼女は先ほどの少年と同じく、病院に運んでやろう。予定よりも早いが、あの自称神がどうしているかも気がかりだ。
 それにはまず、彼女にこびりついた血をどうにかしなければ。道中他の参加者と遭遇して死体愛好家に間違われでもしたらたまらない。
 戴宗は彼女の遺体から一頻り血を拭い終わると、放置されていた剣に歩み寄る。
 形状からして異質な剣。少女殺害の何かしらの手がかりなのだろうが、戴宗はこの剣自体が下手人であるなどというまさかの発想には及びつかない。
 放置されているのは剣のみ。一緒に切り裂かれたのか、壊れたデイパックと支給品らしきものが無数散乱しているが、一々拾ってはいられない。

「ちぃっと失礼するぜ嬢ちゃん。このままここに取り残されんのもあれだろ、せめて静かに眠れるとこに連れてってやる」

 戴宗は剣のみを自身のデイパックに回収すると、彼女の遺体を担ぎ、退室しようとした。
 のだが、寸前でふと、足元に落ちていた何かに気づく。

(こりゃあ……)

 戴宗は彼女を一旦床に下ろし、足元に落ちていた一枚の紙を摘み上げる。
 なんてことはない、手の平大のただの紙。その紙面には、血文字で――ねね――と、書かれていた。

(……ダイイングメッセージ、ってやつか? ねね……ねね……たしか、名簿の欄にねねねってのがあったな。
 だとすると、そいつが犯人か? ……いや待てよ。これは殺し合いだ。相手殺すのに一々名前名乗るか?
 元々知り合いだったって可能性もあるが……確率でいやぁ、仲間のほうが高い、か?)

 顎に手を沿え、しばし考え込む戴宗。
 紙面に残された血文字の意味は図りきれないが、どうやら菫川ねねねという人物が、彼女となんらかの因縁を持っているようだ。
 手がかりはないが、酒のついでに探しとくとするか……戴宗は血文字の紙を懐にしまい、再び彼女の遺体を抱える。
 目指すは病院。酒を見つけるどころか二体目の死体を見つけてしまったというのが不本意だが、黙って見すごすこともできない。

「ったく、こちとらエキスパートはエキスパートでも、死体運びのエキスパートじゃねぇぞバーローめいっ!」

 ◇ ◇ ◇

「どういうこったこりゃあ……?」

 特に誰に見られることもなく、無事病院の霊安室まで彼女の遺体を移送した戴宗だったが、ついでに寄った物置小屋では思わぬ惨状が出来上がっていた。
 用心のために拵えたチェーンロックは乱暴に破壊され、中はもぬけの殻。
 半日は感電して動けぬであろうと高を括っていたのだが、あの自称神ことムスカはどうやったのか、軟禁から逃れていた。
 何者かが逃亡を手助けしたのか、それともあの男に感電を看破するほどの潜在能力が秘められていたのかは、定かではない。
 ただ事実として、既に一人の少年を殺めた危険人物が野に舞い戻り、再び殺戮を働こうとしている。

「やーっちまったなぁ……もうちょっとしばきあげとくべきだったか」

 ムスカを逃がしたのは、彼を甘く見ていた戴宗の落ち度だ。
 奴が既にここを離れたというのであれば、追撃し、今度こそ殺意の芽を摘まねばなるまい。
 酒もまだ仕入れてねぇってのになぁ……戴宗はぼやきながら、荷物を置いておいた霊安室へと向かう。

 重たい印象を感じる扉を開け、二人の死者が待つ部屋へと帰還する。
 少年の遺体にも少女の遺体にも、特別変化は見られない。あの男が八つ当たりに悪戯でも働いていないかと心配したが、どうやら杞憂で済んだようだ。

「手向けの花でもありゃいいんだがなぁ……おっと、花とはいかねぇが、たしか……」

 楽しみも喜びも人生半ばで捨て、あの世へと旅立ってしまった二人の子供を不憫に思った戴宗は、おもむろに荷物を探り出す。
 取り出したるは、全9冊の文庫小説セット。可愛らしいイラスト付きのそれは、殺し合いの支給武器などとは到底思えぬ代物だった。
 だが悲しい現実として、これは戴宗に配られた支給武器であり、使い道のないものでもあった。

「あの世へ旅立つ餞別代わりだ。母ちゃんってガラじゃねぇが、安らかに眠れるよう、この戴宗さんが読み聞かせてやるよ。
 えーなになに……
 ただの人間に興味はありません。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。ペラッ。
 さぁさぁ、とっととバニーちゃんになるのよ! いやぁぁぁぁぁやめてぇぇぇぇ!! 長門は何事もないように読書を……
 って、なんだぁこの奇怪な本は……つーかそもそも、おれぁこんなとこで読書してる暇はねーんだった。悪ぃな嬢ちゃん」

 彼女の傍らにポンと本を置き、戴宗は今度こそ二人の死者に別れを告げる。

「続きが気になるようならまた持ってきてやらぁ。冥土の土産、あっちで堪能してくれよぉー」

 ……彼女が実は本嫌いであるなど、戴宗には知るよしもないことだ。別に皮肉で言っているわけではない。
 これ以上、ここに子供を連れてくるようなことはあってほしくねぇもんだ……戴宗は呟き、再び野に帰る。

 そして、彼女の側には一冊の本と、血文字が記された一枚の紙が残された。


【D-6/総合病院内/1日目-早朝】

【神行太保・戴宗@ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-】
[状態]:若干の疲労
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料-[握り飯、3日分][虎柄の水筒(烏龍茶)])
    アサシンナイフ@さよなら絶望先生×11本、乖離剣・エア@Fate/stay night
   『涼宮ハルヒの憂鬱』全巻セット@らき☆すた(『分裂』まで。『憂鬱』が抜けています)
    不明支給品1~2個(確認済み)
[思考]:
 基本:不義は見逃さず。悪は成敗する
 1.あーの男(ムスカ)どこ行きやがった。
 2.どこかで酒を調達したい。
 3.菫川ねねねを捜し、少女(アニタ)との関連性を探ってみる。
 4.死んでいた少年(エド)の身内や仲間を探してみる。
 最終:螺旋王ロージェノムを打倒し、元の世界へと帰還する
[備考]:※ムスカが病院内にいることには気づいていません。
    ※アニタの死体は病院の霊安室に運ばれました。『ねね』と血文字で記された紙と、涼宮ハルヒの憂鬱@らき☆すたが側に置かれています。
    ※ハイドの魔本@金色のガッシュベル!!は、エアの被害を受けた際燃え尽きました。ハイドも魔界に送還されました。

【『涼宮ハルヒの憂鬱』全巻セット@らき☆すた】
柊かがみの愛読書の一つ。なにを隠そう彼女はラノベ好きなのである。
親友のこなたはアニメ版ハルヒの大ファンだが、活字慣れしていないのか原作は未読。
『憂鬱』『溜息』『退屈』『消失』『暴走』『動揺』『陰謀』『憤慨』『分裂』の全9冊セット。


時系列順で読む


投下順で読む


039:嗚呼。それにしても酒が欲しい…… 神行太保・戴宗 104:不屈の心は、この胸に





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