紙の子どもたちはみな踊る ◆AZWNjKqIBQ



――アニタ・キングは不幸な少女だ。


 ◆ ◆ ◆


アニタは東向きの窓の外、昇り始めた太陽が稜線を浮かび上がらせるそちらへと掲げた剣に再び注視する。
それは、ただ剣と呼ぶには奇妙な物体だった。なにしろ、それには斬るための刃がない。
美しい装飾の施された黄金のガードの先から伸びるのは、赤い線の走る黒い円柱。
しかし、コマンドを与えてその力を解放すれば、纏う風が空を切る刃と化す――そう、アニタは理解している。

掲げた剣はその大きさに見合った重量がある。
アニタは利き手を柄の根元に、反対の手を柄の端へと移動させて腰を下ろしてそれを構える。
彼女のまだ幼い体格と比べると大きいその剣を構える様は、どちらかというと剣よりも騎乗槍のそれに見えた。

剣を向ける先と視線を合わせると、アニタは緊張の面持ちでその「言葉」を口から吐いた――。


 ◆ ◆ ◆


アニタ・キングは不幸な少女だ。

何故かと問われると、それは枚挙に遑がない。
しかし、此処で語るに必要な分だけを取り出していけば、まず一つ ――彼女には大いなる資質があったと言うことだ。
ただしそれは天ではなく、人の……それも、邪まな願いによってもたらされたものだった。

彼女には両親と呼ばれる存在がいない。
記憶を失っている――からではない。また、すでに死去しているからという意味でもない。
アニタ・キングは親と呼ばれる存在から生まれてきた人間ではない、という意味だ。
と言っても、別に虚空から生まれ出てきたわけでもない。
ありていに言えば――実験により。それは遺伝子操作。つまりはそういう事だった。

何故かビブリオマニア(蔵書狂)でなければ獲得できないとされる特殊能力――紙使い。
それを人工的に生成させようという計画。それは成功し、その成果が彼女――アニタ・キングである。
歴代の紙使いから抽出した膨大な遺伝子の中より、時間をかけて選り分けられたいくつかの遺伝子。
これを植え込まれ、試験管の培養液の中から誕生した彼女は生まれながらにして紙使いであった。

これが、本人も知らない彼女に与えられた大いなる資質だ。
最強の紙使い同士の遺伝子情報によって組み合わされた彼女の才能は、
未だ発展途上ながらも潜在的には彼女が姉と慕う二人をも、更には今までのどの紙使いよりも高い。

それが、彼女の不幸の一つ。何故ならば、それによって剣はその力を開いてしまったのだから。


 ◆ ◆ ◆


その光も音もない衝撃に、アニタは硬直した。
剣を掲げた身体がまるで鉛になったように動かない。
それが、剣によって力が奪われているという事に気付いたのはその半瞬後だった。
その感覚にアニタは、中身を吸い上げられ萎んだ紙パックの入れ物を連想する。

(は、放さないと……! 全部……持っていかれる……)

アニタは指先へと意識を走らせるが、まるで接着されているかのように指は剣から離れない。
そしてさらに一瞬の後、起動に足る力を吸い上げたのか、剣はゆっくりと力を解放し始めた。


 ◆ ◆ ◆


アニタは剣の力を解放するに足るまでの力を持っていた。
それは彼女の中に存在する、二重の螺旋を描く特異な遺伝子。
それによってもたらされた身体を巡る紙使いとしての能力が一種の魔術回路として機能したからなのか。
はたまた、螺旋王がこの実験によって探し出そうとしている新たな螺旋力を生み出しているからなのか。
それはまだこの段階では断言には至らない。

ただ彼女が不幸なのは、解放するには足りても御するにはまだまだ力不足だったということ。
人間を遥かに超越した存在である英霊。その中でも突出した存在である英雄王――ギルガメッシュ。
彼にしか所持することを許されていない史上最強の剣――乖離剣・エア。
全力で振るえば天すらも断つと言われる神器。
それに徒な好奇心で触れるその報い。それを彼女は思い知ることになる。


 ◆ ◆ ◆


英雄王の剣のその剣身を構成する円柱。
それが途中に入った分かれ目より互い違いに回転を始め、その隙間から勢いよく空気を噴出する。
激しく空気を噴出したその後に残る真空――それこそがこの剣の刃。
それは一瞬にして剣を中心として真空刃によるフィールドを形成し、そしてそれは――、

――剣を構える人間に対しても容赦はしなかった。

想像を超えた力に目を見張るアニタが最初に感じたのは、右手に走った激痛だった。
反応して視線を移したそこに見たものを、彼女は信じられ――いや、信じたくないと思ってしまった。
手を守るはずのガードの下より排出された高圧の空気によって、右手は手首より先が失われていた。
そこから溢れ出た大量の血が、暴風にのってアニタの身体を強く叩き真赤に染めている。

次の瞬間に上げられたアニタの絶叫は、さらに勢いを増した暴風によって掻き消された。


 ◆ ◆ ◆


彼女には剣を解放する力しかなかった。それが彼女の不幸だ。
宝具から溢れ出る力を御する魔術知識もなければ、自らを襲う力に対する魔法耐性もなかった。
さらに不幸だったのは、彼女が唯一持つ特殊能力が紙使いだったということだ。


 ◆ ◆ ◆


乖離剣・エアより噴出した空気と真空刃により、アニタの身体は部屋の反対側へと叩きつけられていた。
吹き飛ばされる直前、本能的に発動した紙の防壁により彼女は辛うじて即死を免れたが、
本棚に叩きつけられ半ばまで紙に埋まった彼女の身体は見るも無残な有様に成り果てており、
それは見る者に死ぬよりも辛いと思わせるに十分なものだった。

また、剣の力を解放された場となった部屋の惨状も燦々たるものだ。
暴風と真空刃が吹き荒れた室内は万遍なく切り刻まれており、一切無事なものが存在しない。
そして、剣先を向けていた窓は窓枠どころか、その壁ごと削り取られて朝日を部屋の中へと取り込んでいた。
東より射す強い陽光が、部屋であった空間に舞い散る無数の紙切れに反射し、そこを黄金に照らしている。

真赤に染まった床に降り注ぐ白い紙吹雪。それを見つめるアニタの目はさっきよりも一つ少ない。
その子どもらしいあどけなさを残していた顔は無数の斬撃により切り刻まれ、片目は割れて機能を失っていた。
顔だけではなく裂傷は全身に及んでいる。真空刃は易々と紙の防御を突破し、彼女を切り刻んでいた。
最初に失った右手は手首より骨が露出し、残ったもう片手の方も指がいくつか足りていなかった。
防御の及ばなかった両足は膝から先が両足ともになく、とめどなく血液を床に零している。
脇に走った大きな残撃は覆っていた肋骨を断って肺にまで達しており、傷口からブクブクと血泡を垂らしていた。

(……なんで?)

床に広げられた旗の中央に描かれた大きな目玉へと視線を落としたアニタはそう思う。
運命と言うものの何もかもが一方的にやって来る。人生そのものが暴風の中に放り込まれたものの様。

不幸な少女は何も知らない。だからどうしてなのかも解らない。
なんで紙が使えるのか。どうして記憶がないのか。どうしてこんな目にあっているのか。
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? 一体、自分は何者なのか?

(……死にたくない)

訳が分からないまま死ぬなんて嫌だ――と、アニタは残された力を振り絞る。
残された左手の内の、残った薬指と小指だけで床に散らばった紙を摘み力を込める。
傷のせいだけでなく、剣に吸い取られた分も力は失われており、触れる紙の反応は鈍い。
アニタは普段、数枚から数百枚程度の紙しか操作しないためにその疲労は微々たるものだが、
彼女の姉の一人であるマギー・ムイは時に数十万枚の紙を同時に操り、その後は消耗に倒れこむこともある。
今の自分の状態に姉の姿を連想すると、アニタの頬に涙が伝った。そしてそれはすぐに血に交じり床に落ちる。

(……まー姉。……みー姉)

紙を操る二人の姉を頭に思い浮かべ指先に力を込める。
程無くして、部屋中にサワサワと紙の擦れる音が響き始める。

(死なない……! 絶対!)

積もった紙の一部が蛇の頭の様に持ち上がり、一本の線となって傷口へと纏わりつく。
さらに部屋に響く音も大きくなり、ざわめく中からもう一本、二本と真っ白な線が飛び出しアニタを包む。
思い描く姉の姿に倣い紙を操り、包帯代わりに傷口に紙を当てる。

だが、無情にも血を吸った紙は力を失い、再び傷は露出される。
それでもアニタは繰り返し紙を操り傷口へと当てる。今度は何枚も重ねて……しかし、それでも。

(……帰る。絶対、……帰る!)

アニタの意気に合わせてまだ白い紙はざわめく。
何かに挑むかのように白い線はアニタの身体へと群がり、血に触れて落ちても次々とやってくる。
彼女とその周り。赤黒く血の色に染まったそこに群がる白い蛇の様は、
死者すらも救うとされるギリシャの神アスクレピオスが手を差し伸べているかのようにも見える。

だがしかし、現実にはその逆だった。
紙に血を吸わせることは、徒に失血を早めている事に他ならないと、朦朧としているアニタは気づいていない。
彼女は今、痛みも苦しみも忘れ、ただひたすらに願っているだけだ。

(……帰る! ……帰る! ……帰る! ……帰る!)

床に積もった紙の色に比べると、アニタの身体はもうすでにどす黒く。動かないため物の様に見える。
半眼の片目もすでに虚ろで、光を映しているようには見えず、口から息が漏れている様子もない。
ただそれでも、紙だけがひたすら無心に彼女を包み込もうと動いている。
部屋中の紙が主を慕うように彼女の周りへと殺到するが、それも――、

(…………まー姉。…………みー姉。)

彼女の指先が冷たく動かなくなると、同じように動かなくなりそして――、

(…………ごめん。もう)

聞こえない断末魔を上げるかのように立ち昇ると――、

(…………………………帰れ、ない)

――散華した。

賑やかだった紙の揺れる音が静かに止んだ後、
死色に染め上げられたそこで、ただ一本の黄金の剣だけが光を返して輝いていた。


 ◆ ◆ ◆


こうして不幸な少女は、物語の最後の頁を捲り終えた。
このアニタ・キングという物語をどう読むかは、それぞれの読者の自由だ。
不幸と銘打ったが、それも読み方次第では別の物へと変化するかもしれない。

ともかくとして、結局彼女は因縁の相手である読子・リードマンや菫川ねねねと再会することはなかった。
一つの世界から召喚された3人の女性。

――歴代最強の紙使いにして、最狂のビブリオマニア。読子・リードマン。
――紙上の創造主にして、至上の創造主。菫川ねねね。
――紙の座へと座るために創造された、紙の申し子。アニタ・キング。

その内の誰もが、螺旋王の掲げた目標に達するにたる物語の持ち主ではあったが、
惜しくもアニタ・キングの物語はここにて読了された。
残りの二人の物語。それらは一体どういう結末を迎えるのか?


――それは、また別の本のお話である。



 【C-6/民家の一室/1日目/早朝】
  【アニタ・キング@R.O.D(シリーズ) 死亡】

 ※民家の一室は乖離剣・エアの起こした暴風と真空刃によって大きな被害を受けました
 ※同じく、そこにあった支給品なども大きな被害を受けました
 ※デイバックは切り刻まれ中身が散乱しています
 ※「乖離剣・エア@Fate/stay night」は全くの無傷です
 ※「ハイドの魔本@金色のガッシュベル!!」の状態は不明。後続の書き手に一任します
 ※床に敷かれていた「大グレン団の旗@天元突破グレンラガン」は血に染まり、また切り刻まれています
 ※部屋の中には分解された本のページが溢れかえっています


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062:紙のみぞ知る アニタ・キング





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