その名は絶望 ◆h8c9tcxOcc



「なるほど、事情はだいたいわかりました。本当にだいたいですが」

 勘違い少女カレンの身の上話をひととおり聞き終え、糸色は腕組みをしたまま大きく頷いた。
 慣れない仮面の重量を勘定に入れ忘れ、そのまま前のめりになる。

「掻い摘むと、貴女はブリタニアにアンチテーゼを唱える、黒の騎士団なるレジスタンスグループの一員。
 そしてゼロは、組織をまとめるリーダー兼斬込隊長的存在、というわけですね」
「はい。ですが……」

 カレンはどうしていいかわからないといった表情で糸色へと詰め寄る。

「本当に、何も覚えていないんですか? ブリタニアのことも、黒の騎士団のことも……私のことも」
「覚えてないもヘッタクレもありません。私はもともと何も知らないんですから。貴女とお逢いするのも、正真正銘これが初めてです」
「……なんてことなの」

 深い溜息を吐きだし、カレンは傍のフェンスにしがみついてぐりぐりと額を擦り付けた。

「信じられません。ゼロともあろう方が、自分の名前すら忘れてしまうなんて。
 相当強力な薬を盛られたんでしょう。……ブリタニアめ。あいかわらず卑劣な真似を!」
「人を勝手に薬物中毒者扱いするのはやめてください!」

 まったく。自分の思い込みを正当化するために他人をこき下ろすだなんて、迷惑きわまりない。
 うちのクラスの生徒といい勝負です。……いや、それはさすがに言いすぎでしょうか。
 とはいえ、それだけ深刻な事情があるのでしょう。しかもこの環境ですから、余計に判断力を欠かせてしまっている。
 仮面の奥にいる人間を、背格好や声で判別することもできなくなってしまうほどに……。
 まぁ背格好は描写されていないし、媒体からして声を聞き分けることは不可能ではありますが。

 ……おっと、登場人物にあるまじき思考をしてしまいました。以後自重しましょう。

 それにしても、ブリタニアとは一体何なのでしょうか。おそらくブリテンと関係する地名でしょうが、聞いたことがありませんね。
 もっとも、センモンの違う私がいくら考えたところで仕方のないことではありますが。
 知らない情報を思い出そうとしたところで、無意味な堂々巡りをするだけですから。
 それから、黒の騎士団というのは……こちらは、聞いたことこそ無くともある程度の憶測は浮かびますね。
 彼女の年齢や団体名の稚拙さを見るに、体制に不平をぶつけることしか知らない愚直な学生運動家サークルといったところでしょうか。
 気持ちはわかります。私もかつて、わけのわからないサークルで青春をひたすら浪費していた身ですからね……。

 ……いけません! 危うくまた状況に流されるところでした。
 彼女の言い分を疑うつもりは毛頭ありませんし、その勘違いぶりにはいよいよ同情の念すら浮かびます。
 しかし。今の私に彼女の立場を考えてやる義理も余裕も無いんです。ええ、これっぽっちも。
 そう、私にはしなければならないことがある。一刻も早くこの悪夢から逃れろと、本能が命じているのです……!

「カレンさん」
 糸色はカレンへ向き直り、姿勢を正す。
「なんでしょう」
 カレンもまた、フェンスから手を離して糸色を見遣った。

「ゼロという方について、もう一度確認しておきたいのですが」
「……構いませんが」

 カレンはあからさまに怪訝な表情を見せる。しかし構うことなく、軽く一呼吸を置いて糸色は続けた。

「ゼロは貴女たち黒の騎士団を率いるリーダー、でしたね」
「さっき言ったばかりじゃないですか」
「つまり、ゼロとは智略に長け」
「はい」
「行動力に満ち溢れ」
「ええ」
「カリスマ性を兼ね備えた」
「そう思います」
「すばらしく前向きな人物なのですね」
「それはまぁ、反国家組織を立ち上げるほどですから」

 真顔で答えるカレン。それを見て、糸色は微笑を浮かべる。

「ではこれから、私がゼロでないことを身をもって証明しましょう。一度しかできませんので、よく見ていてください」
「……は?」

 言うが早いか、糸色はフェンスへ手を掛けると、慣れた手つきで一気によじ登った。
 大人四人分ほどの高さはあろうかというフェンス。その頂に片脚を乗せ、半身を捻ってカレンを見下ろす。

「ゼロ、何をしてるんですか!?」
「下を見てください」

 糸色の指差す先には、川が流れている。
 特に濁ってもいなければ、澄んでいるともいえず。流れは激しくもなく、緩やかというわけでもない。
 なんのことはない、ごくごく普通の川である。

「下って……まさか」

 問題は、その位置関係。彼らの居る場所はかなりの高地であり、フェンスの向こうは切り立った崖になっている。
 糸色の指した川は、その姿がかすかに滲んで見えるほど、遥か下方に存在していたのである。

「こんな手段でしか自分がゼロでないことを証明できなくてすみません……でも、私にできることはこれしかないのです」
「な、なにを言ってるんです!?」
「おっと、遺言を忘れるところでした。いいですか。このゲームで生き延びたければ、
 ・脇役な流れなのにいきなり出しゃばったり、
 ・別れ際に再会を誓ったり、
 ・『生きて帰ったら結婚するんだ』と婚約をカミングアウトしたりしては、絶対にいけませんよ……!」
「えっ、いや、意味がわかりませんが!」
「では、お元気で……」
「冗談でしょう、ゼロ! ゼロっ!!」

「さよなら」

 糸色の足が、フェンスの頂を後ろへ向かって軽く蹴る。
 全身が重力の赴くままゆっくりと傾き、水平になり、やがて頭からスムーズに落下を始める。

「あ……ああっ…………!!」

 黒一色の影が、フェンス越しに見つめるカレンの目の前を素通りし、崖の下へ呆気無く消えた。



「シッ、シッ! ああ、くそっ!」

 ルルーシュ・ランペルージは、全身各所の僅かな露出部に群がる蚊の大群を払いながら、癇癪を起こしていた。
 癇癪の理由には、しつこく付き纏うこれに対する苛立ちも含まれてはいたが、大局的には無論、違う。
 当面の目的地、H-2の学校へ向かうにあたって、雑木林を真っ直ぐ西へ進むのが最短距離かつ安全なのだが、同時に最も労力を要する。
 移動に時間を掛ける場合ではないと考え、林を出て東西をはしる道の南脇を行くことにしたのである。
 しかし、あてが外れてしまった。いま居る南側の低地は一面が雑草で覆われており、その丈が胸の高さにも達するから始末が悪い。
 これを掻き分けて進むとなると、労力は林を縫って歩くのといい勝負だろう。
 そのうえ、絶えず蚊どもの強襲を受け続ける破目になるとあらば、いよいよ発狂しかねない。
 まずはこの劣悪な環境から逃れるべく、ルルーシュは引き続き北へと歩を進めた。

 蚊柱との格闘を続けること半時間。ルルーシュはようやく堤防へと辿り着いた。気が付けば、朝日の差す時刻である。
 急斜面を駆け上がり、固いアスファルトの道を踏みしめる。その無粋な足触りに、異様な懐かしさを感じた。
 そう感じられるほど、ここまでの道中は悲惨なものだったのである。
 しかしながら、辺りが陽光に包まれ始めている今、この場に留まっているわけにはいかない。
 三六〇度開けたパノラマの、どこから凶弾が飛んでくるやら知れたものではないのだから。
 道路を横切り、川のある北側の様子をざっと眺める。辺りは川の側まで短い芝の生えた河川敷になっていた。
 少し東に砂利敷きの簡易な駐車場と、ほぼ正面に青塗りで縦長の四角柱をした個人用トイレらしきものが設置されている。
 あとはほぼ何もなく……川岸に人影が見えたくらいのものだった。


 水のせせらぎと、そよぐ風の音が鼓膜を優しく刺激し、時折吹く強い風がそれに絶妙なアクセントを添える。
 背中に触れるのは、硬い凹凸。対照的に、胸から下腹部にかけての前面には、温かく柔らかな、どこか懐かしい感触が……。
 ……感触? いや、自分はたしか死んだはずでは……。

「……ん、うぅ……ハッ!」

 目を開くと、そこには紛うことなき現世の風景が映し出された。
 空はいつの間にか薄明るくなっている。つがいの小さな鳥が、視界を横切ってひよひよと囀りながら通り過ぎていった。
 固い地面に触れた右の手を、そっと握ってみる。小石である。見回すと、掌に収まる程度の石が無数に転がっていた。
 どうやらあの後、川の流れに乗って岸に打ち上げられたらしい。つまるところ、身投げは失敗に終わったのだ。
 溜息を吐こうと深く息を吸ったそのとき、横隔膜に強い抵抗を覚えた。
 そういえば、先ほどから腹部に圧力を感じる。早い話、体の上に重石が乗っかっているようだ。
 謎の重石を除けるため、左手をゆっくりと腹のほうへ動かす。すると、指先に柔らかい何かが触れた。
 これは一体何なのか。真相を確かめるべく、頭を持ち上げて恐る恐る腹の上を見遣る。
 目線の先に現れたもの。それはうら若い女性の肢体であった。自分の体に折り重なるように、俯けに覆い被さっているのだ。
 そして左手が握り締めたそれは、彼女の豊満な……。


「ななな、なんですかこのベタなシチュエーションは―――っ!!
 ……ではなくて、どうして彼女がここに居るんですか―――っ!!」


「んっ……」
 糸色の絶叫を聴き、カレンが目を覚ました。
「え?」
 不味いと思ったときには遅く、糸色の全身は金縛りに遭ったかのようにぴくりとも動かなくなる。
 当然ながら、乳房を掴んだ左手も微動だにしない。糸色は『セオリー通り』という一方通行の袋小路に迷い込んでしまったのだ。

 カレンは小さな呻きを上げながら、釈然としない様子でしょぼつく目を擦っている。
 ここで脳が覚醒してきたのか、状況確認を始めたようだ。鞄がちゃんと背負われているのに安堵の息を吐き、
 ずぶ濡れになった髪や服に眉を顰め、自分が置かれている状況を認識して、あっと驚きの声を漏らすと、徐々に顔色が変わり……。

 目が合った。

「ごごごごめんなさいぃ! こ、これは不可抗力なんです、慰謝料は払いますから訴えないでくださぁいっ!!」
 カレンの下からするりと這い出し、石に仮面をぶつけながら糸色は必死に土下座をし始めた。

「すすすすみません、圧し掛かってしまって。重かったですよね? 重かったですよねぇっ!?」
 カレンは慌てて立ち上がり、九〇度より深く腰を折って、何度もペコペコと頭を下げる。


 ん? この感覚……デジャヴ?


 いやはや、私としたことが。一度は消化したはずの加害妄想にまたも翻弄されてしまうとは。
 いけませんね、過去の回に頼ってばかりいては。世捨て人たるもの、常に新たな絶望のありかたを追求しなくては。

「いやぁ、お互い無事で本当に良かったですね。私なんか、もう死んだつもりでいましたよ」

 それにしても危ないところでした。一歩間違えば、リストに載せてもいない方と心中してしまうところです。
 心中とは、絶望的な人間同士で行ってこそ意義があるものなのですから。
 ……おや、返事がありませんね。見ると、彼女は俯いて肩を震わせているではありませんか。
 もしや濡れたまま気を失っていたせいで、風邪でもひかれたのでしょうか。これは心配ですね。

「あの、カレンさん?」
「どうして」
「……はい?」
「どうしてあんな馬鹿な真似をしたんですかっ!!」
「ど、どうしたんですか、藪から棒に。……まさか」

 彼女はゲイ・ボルグのような視線をこちらに向けています。やはり、先ほどのことを怒っているのでしょうか。
 ヤバイです、このままでは確実に法廷画にされてしまいますよ……!!

「どうして、あんな高さから川に飛び込んだりしたんですか!
 何か考えがあって早く移動をしたかったんでしょうが、あれは無謀すぎます!
 南へ行きたいなら、道はいくらでもあるじゃないですか。
 貴方は、自分の立場が分かっているんですか? 少しは自重してください!!」
「……な、な、なんですと!?」

 じょ、冗談じゃありませんよ。命を張ってまでゼロでないことを証明しようとしたというのに、これはあまりに酷い。
 それなら私は、どうやってアイデンティティを主張すれば良いのです!?
 ……いや、あのときも結局、自分が自分であることを証明できずじまいでしたか……。
 ああ、なんと無常であることか。このまま私は、名簿に載っている名前で呼ばれることもなく、
 孤独と無力感に精神を蝕まれながら生涯を終えるしかないのですか……ッ!!!


「  絶  望  し 」
「もし、ゼロを亡くしたら……」

 酷い……否、酷すぎるッ! 決め台詞すら容赦なくカットする作者に絶望し……ん?

「ゼロを亡くしたら……私は、何を信じて生きていけば良いかわからなくなります……!!」
「……泣いて、いるのですか」

 彼女は両手でハーフパンツの裾を握り締めながら、声にならない嗚咽を漏らしていました。
 噛み締めた唇からは今にも血が噴き出しそうで、濡れた前髪に隠れた眼からは、とめどなく涙が溢れ……。

「……まったく。どうも貴女には、逐一調子を狂わされますね。
 これだから、やたら他人と関わりあいになるのは嫌いなんですがねぇ」

 私は仮面の後頭部を掻きながら、棘のある口調で言った。
 貴女に興味はない。貴女がどうなろうと責任は一切負わない。貴女が死んでもエアーズロックには赴かない。
 短い台詞の中に、世の中に絶望した男の持てる、目一杯の皮肉の気持ちを込めて。


 ――彼女の勘違いは、まさに絶望的なものと言えるでしょう。
 私のようなダメ人間を、命を賭して守るべき自分達のリーダーと間違えるなんて、致命的すぎます。
 しかしながら、それは偽りの絶望。螺旋王の作り出したまやかしの恐怖に打ち震え、自分自身を見失ってしまっているのです。
 ゼロという柱に縋り付くことで、ブレてしまった自分を誤魔化そうとしているだけなのです。
 彼女は、まっすぐな心を持っています。生来的に、私のような者と一緒に居るべき人間ではありません……。

「……わかりました。貴女の目的に力をお貸しすることにしましょう。お役に立てるかどうかは、保証しかねますけど」

 ですが。彼女はもはや手遅れでしょう。
 ゼロが居なくては何もできない。そういう一方的な依存関係が、既に確立されてしまっている。
 今こんな状態で依存対象を失えば、どんな事態になるかわかったものではない。
 最悪の場合、自殺に走ってしまう可能性すら否めない……。
 そんなことは許せません。他人によって恣意的に与えられた絶望で自殺するなんて、悲しすぎます。
 それに、ベテランの私より先に死ぬなんてことを、看過できようはずがない。
 だから、私はゼロになりすますことで、彼女を支えることにしました。
 彼女を正しい絶望に導くために……。

「ありがとうございます……ゼロ」

 そして私は、彼女の手を強く握り締めたのでした――




「馬鹿が……」

 無意識下で思考が口を突く。目の前で繰り広げられているあまりに滑稽な事実には、頭痛すら沸き起こる始末だ。
 公衆トイレの陰から事の始終を窺っていたルルーシュは、その長い五指で顔面を覆った。
 どこまで使えないんだ、あのテロリストは。頭蓋にメロンでも詰まっているのか?
 声。体格。口調。志向性。そして、マントの隙間から覗く袴……。どう見ても本人と間違える要素がないだろうが。
 そして、あの偽物。おそらくゼロのコスチュームを支給品として与えられたのだろうが、
 何の因果でそれを着用し、どういった目的でカレンを騙し付き従わせているのか。
 いずれにせよ、あのままにしていては何らかの不都合が生じるだろう。
 “ゼロ”の被る仮面を、剥ぎ取ってやらねばならない。男の被る、裏に秘めた目論見を包み隠す真の仮面を……。



「おっと。どこか適当な場所を探して、衣服を乾かしたほうがいいですね。殺し合いの舞台で病死などしては、いい笑い者です。
 ちなみに、私は遠慮しておきますよ。同じ竿に下着を干したりしたら、セクハラで訴えられかねませんから」


【G-5/河川敷-川のほとり/一日目-早朝】
【糸色望@さよなら絶望先生】
 [状態]:絶望(デフォルト)、ずぶ濡れ
 [装備]:ゼロの仮面とマント
 [道具]:デイパック、支給品一式、不明支給品(0~2個)
 [思考]:カレンがあまりに不憫なので、ゼロとして支えながら正しい絶望へ導く

【カレン・シュタットフェルト@コードギアス 反逆のルルーシュ】
 [状態]:ずぶ濡れ
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック、支給品一式、不明支給品(1~3個)
 [思考]:ゼロを守る


【G-5/河川敷-トイレ裏/一日目-早朝】
【ルルーシュ・ランペルージ@コードギアス 反逆のルルーシュ】
 [状態]:やや疲労、苛立ち、頭部及び手先・足首に痒み
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック、支給品一式、メロン×11
 [思考]1:“ゼロ”に対処する
    2:スザクとの合流を果たすべくまずはH-2の学校へ向かう
    3:このゲームをぶっ壊すための駒と情報を集める
 [備考]:参戦時期は第13話以前。スザクがランスロットの搭乗者であること、マオの存在を知りません。


時系列順で読む


投下順で読む


003:嗚呼川の流れのように 糸色望 101:三つの心が一つにならない
003:嗚呼川の流れのように カレン・シュタットフェルト 101:三つの心が一つにならない
012:主催者打倒宣言! ルルーシュ・ランペルージ 101:三つの心が一つにならない





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