紙は舞い降りた ◆LXe12sNRSs



 才能とは、必ずしも本人が望むものが与えられるわけではない。
 偏食家なのに料理が上手かったり、荒事が嫌いなのに腕っ節が強かったり、欠片の興味もないのに美的感覚に優れていたり。
 本が嫌いなのに、『紙』が使えたり。
 別に、紙が使えること自体を疎ましく思ってきたわけではない。ただ、違和感を感じる程度のことだ。
 姉二人は、世間一般で言うところの所謂『ビブリオマニア(蔵書狂)』、それも真性。
 好きこそ得意なれ、とは言うが、どんな本が好きだとしても、本の原質たる『紙』を自由自在に操れるわけがない。
 好意的に解釈して、超能力。それでいて、異質。偏見の意を込めるなら、化け物。
 誰に非難されたわけでもない。違和感は覚えど、不快感を得るような能力でもない。便利な力、そして仕事道具だ。

 話はちょっと変わるが、昔の日本には、二宮金次郎という人物がいたらしい。小学校などによく置かれている、あの銅像の少年だ。
 よくは知らないが貧しい家に育った農民らしく、勉強をする暇もなく労働に勤しむ毎日だったそうだ。
 そこで金次郎は、薪を運ぶ移動時間に、本を読んで勉強することを考えたそうだ。なんという発想。
 金次郎の像を初めて見たときは、そうまでして本が読みたいか、と別の意味で感心したものだ。
 昔の人の考えることは分からない。異国であろうがなかろうが。

「……ねぇー、毎日そんなに本読んで、楽しい?」

 満天の星空を険しい形相で睨みながら、気だるそうに声を漏らす。
 問いかけの形式ではあったが、その対象は学校の校庭に佇む二宮金次郎の像――つまり、これは単なる独り言だ。
 銅像である金次郎に、応答の手段はない。理解する頭もない。そもそも聞く耳もない。

「あたしの周りってさ、やたら本好きな人が多いんだよね。お姉ちゃんに、同居人に、友達に」

 指を一つ一つ折りながら、その人数を数えてみると、ほとんどの顔見知りが本を好いていることが発覚する。

「……はぁー」

 今さら、本当に今さらだが、みんなどうしてそんなに本が好きなのかな、と頭を捻った。
 つい先日の話になるが、通っている中学校で授業参観があった。その日の授業のテーマが、読書感想文だったのだ。
 最初は乗り気ではなかったが、友人に背中を押され、珍しく率先して本を読もうとした。
 そして、拙いながらも感想文を書いた。大勢の目の前で披露もした。でも、やはり、

 アニタ・キングは、本が嫌いだった。

「漫画ばっか読んでると馬鹿になるってのは聞いたことあるけどさ、本ばっか読んでるとウチのお姉ちゃんたちみたいにグータラになっちゃうよ」

 ――螺旋王ロージェノムによって開幕された、殺し合いという名のストーリー。そのオープニング後。
 アニタは、どことも知らぬ学校の校庭に飛ばされていた。
 見た目はアニタの通う西浜中学校に似てなくもなかったが、日本の学校など皆似偏った造りをしている。
 アニタの隣でいつもと変わりなく本を読んでいる二宮金次郎とて、作り手が同一人物かは知らぬが、いくつの学校でこうしていることか。
 分かるのは、ここが日本のどこか、もしくは日本の地形を真似て作り上げた舞台であるということのみ。
 根拠はこの銅像だ。いくら金次郎が有名とはいえ、日本以外の国ににまで浸透しているはずがない。
 じゃあ、あの螺旋王とかいうおじさんは日本人なのだろうか。いや、国籍などどうでもいい。
 殺し合いとか、馬鹿じゃないの? アニタが抱いた感想は、それのみだった。
 人が変身して、ビームを放って、それだけでも御伽話なのに、螺旋王は複数の無関係者を集めて殺し合いをやれという。
 きっと、本の読みすぎなのだろう。孤島殺人事件とか、くだらないサスペンスものに影響されたに違いない。
 紙上の創作物に感化されて、現実にまでそれを持ち込む。悪い意味で感受性豊かな人間はたまにいるが、これはその極みだ。

「さっさと帰りたいけど……ねねねぇ置いていったらミーねぇもマーねぇも怒るだろうしなぁ。っていうか、ねねねぇが一番怒る」

 この地に飛ばされてからも冷静に――ただ状況を冷めて見ていただけだが――振る舞ったアニタは、現在位置、参加者、支給品、各基本情報を確認し、この先の指針を決めた。
 結論として、殺し合いには乗らない。あの変身男のようなヤツとやり合う気など毛頭ないし、力のない弱者を殺めるのも気持ちのいいものではない。
 だからといって絶望的になることもなく、とりあえず唯一の知り合いであり、警護対象であるねねねを捜そう、という結論に至った。
 菫川ねねね。現役――現在は活動休止中だが――の小説家であり、アニタが住まう家の主。
 アニタは香港でねねねと知り合い、半ば成り行きで、日本を訪れてまで彼女のボディガードを続けている。
 三姉妹探偵社の末っ子として、お世話になっている世帯主を放ってはおけなかった。

 ……というのは建前。

「って言っても……ねねねぇどこにいんのかなー。あの性格からしてどこかに留まるはずはないと思うけど……」

 気丈に振舞ってはいたが、アニタも本心では不安――いや、寂しがっていた。

 桃色のショートカットにお団子頭。衣装は、白を基調として両肩と短パンにあずき色をアクセントとした、半袖の功夫服。
 動きやすい仕事着が纏うのは、12歳という実年齢よりも若干幼く見える容姿。ミルクを溺愛し、ねねねにちびっ子と称されることもしばしば。
 そんなアニタの肩は、どことなく縮こまっていた。
 アニタは『紙使い』としての能力を活かし、これまでもスパイ映画に出てくるエージェントのような仕事を生業としていた。
 人間の死に不慣れというわけでもない。危機的状況にも免疫がある。
 だがさすがに、未知の人物に拉致され殺し合いを強要されたともなれば、動揺せずにはいられない。
 ここはどこなのか、これからどうなってしまうのか、ねねねはどこにいるのだろうか、一人でいるのは寂しい、
 首筋がひんやりして冷たい、他にはどんな人がいるのか、本当に生きて帰れるのか――
 物事を客観的に見つめ、落ち着いた態度で常識人ぶるのは、アニタの精一杯の虚勢だった。
 彼女の精神は、真の心は、酷く脆いビスケットのようなものだ。熱い抱擁がなければ、ふやけるか崩れるかしてしまう。
 彼女を包むのは、ほとんどの場合において姉であり、最近は友人や同居人が加わり始めてきた。
 要するに、アニタは強がりであり、同時に寂しがり家でもあるのだ。
 ねねねと合流するという目的も、使命感に促されるよりは、安心感を得たいという意のほうが強い。
 返事が返ってこぬことを承知で金次郎に話しかけたのも、また同様。
 歳相応な本質に、歳不相応な取り繕いをして、ようやくアニタは自分を保つことができる。

「適当に歩いて捜すしかないか。できればねねねぇ以外、誰とも会いたくないけど……ゲッ」

 やる気のない歩調で進み始めたアニタの願いは、一秒もしない内に打ち崩されることとなる。

 ◇ ◇ ◇

 螺旋王の姿が闇に消え、目を瞑り――そして開き――次に視覚が捉えたのは、どこかの住宅街だった。
 空の情景は闇夜、時計が示す時間は深夜零時。静けさに包まれた町々からは、人気が感じられない――だが。

(いるんだね……タカヤ兄さん。この会場の、どこかに)

 相羽シンヤ――それは、過去に捨てた名。
 今の彼は、ラダムのテッカマンエビル。悪魔の力を身につけた、邪悪なる復讐鬼。
 もっとも、エビルの力を解放するキーであるテッククリスタルを取り上げられた今、彼はテッカマンであってテッカマンではない。

「螺旋王の言っていたことはどうやら本当のようだ。さて……ブレードの力を失った兄さんが、どこまで生き延びられるか……いや」

 打ち消し、シンヤは支給された参加者名簿を目で追っていく。
 そして、その名はあった。相羽タカヤ……という本名ではなく、『Dボゥイ』という呼び名で記載された、テッカマンブレードの名前。
 兄にしてライバル。家族にして宿敵。シンヤが越えるべき壁。それがDボゥイだった。

「別れ際に放った言葉……まさか忘れちゃいないよね。兄さん、あなたは、僕が、殺す」

 陰湿な呟きを続けながら、シンヤは幽鬼のように町を徘徊する。
 この会場内のどこかに、相羽タカヤはいる。共振はできなくとも、兄弟間で流れる不思議なシンパシーのようなものを感じるのだ。
 どこへ逃げようとも、どこへ隠れようとも、ブレードとエビルは必ずこの舞台で鉢合わせることとなる。予感ではない、確信を感じた。
 シンヤの目的は実兄との決着であり、殺害だ。それ以外の他者に興味はない。
 障害になるようなら排除。面倒そうなら無関与。Dボゥイを捜す足として使うのも良し。
 だがその前に、まずは確認しなくてはならないことがあった。
 螺旋王によって制約をつけられた自身の力、そして障害と成り得る他参加者の実力……ブレードとの戦いを円滑に進めるべく、シンヤはまずこの二つをリサーチをしようと思い立った。

「まずは、犠牲になってもらうとしよう。この地に集められた人間共と、この僕、その差を測る測定器としてね……」

 ◇ ◇ ◇

「まさか、いきなり子供に出くわすとはね。だが、僕の殺気に警戒できるほどには場慣れしているようだ……」

 広く開けた校庭のど真ん中で、一人の男が悠然と構え、小柄な少女がそれと対峙していた。
 ベーシックなジャンパーにジーンズというラフなスタイルの、長身の男性。
 それと向き合っているのは、先ほど金次郎に別れを告げたばかりのアニタ・キング。
 学校を出てねねねを捜しに行こうと決断し、いざこれからというときに出くわした、競争相手。
 もちろん初対面の人物だ。初対面ではあるが、これだけは言える。
 彼は、この殺し合いに乗っている。その証拠として、アニタを映す瞳に殺気を滾らせ、右手には凶器に成り得る剣が握られていた。

「誰、あんた」
「これから君を殺す男さ。それだけ知れれば、十分だろう?」

 アニタの無愛想な質問を二言で切り、シンヤは駆け出した。
 右手に構えた剣を平に向け、疾走の状態からいつでもアニタに斬りかかれる体制で迫る。
 会話の余地なし、見境のない殺戮者だ、応戦しろ――アニタは即座に対応を切り替え、臨戦モードに入る。
 むき出しの太腿――そこに備え付けられたホルダーから、数枚の紙を手に取る。
 する次の瞬間、紙はアニタの手の中で脈動を始め、一秒もかけずに一本の棒へと姿を変えた。
 既にシンヤはアニタの間合い付近まで踏み込み、ブレーキをかけている。同時に、剣の切っ先はアニタの顎下を狙い打った。
 が、アニタが作り出した紙の棒が、寸でのところでそれを弾く。弾いた後も執拗にアニタへと刃を向けるが、それもまた弾く。

「こ……のっ!」

 アニタは紙の棒でシンヤの剣を大きく払い、後方に跳躍して距離を取った。
 シンヤは矢継ぎ早に連撃を繰り出そうとはせず、やや驚いた表情で、体勢を立て直すアニタを見やる。

「……へぇ、驚いたな。硬質化する紙、か。それが君の武器かい?」
「教えてやらないよーだ、べー」

 舌を出し、アニタは嫌悪の意を込めてシンヤを挑発する。
 シンヤその挑発に気を荒立てるよりもまず、虫ケラ同然と認識していた人間の子供が、思わぬ戦闘技術を持っていたことに感嘆した。
 今の攻防、剣で斬りかかったシンヤに対し、アニタは数枚の紙を結合、棒状に変形させ、刃を交わした。
 シンヤの繰り出す剣に反応したという点もそうだが、紙を武器とした点が、なにより興味深い。
 そういう性質の武器なのか、それともそういう力を持った人間なのか、真実は定かではない。

『紙』を変形・硬質化し、自由自在にコントロールする――これこそが、『紙使い』と呼ばれる異能者の持つ術。
 アニタと、ここにはいないアニタの姉二人も、ねねねの警護を担当していた三姉妹は、皆紙使いの能力者だった。
 紙使いにとって、紙とは武器であり、防具であり、傀儡であり、愛すべき書物の源だ。
 もっとも本嫌いのアニタはその枠から外れるが、優れた紙使いであるという点では変わりない。
 しかも、三姉妹の中でもアニタは接近戦を得意とする切り込み役だ。刃物で武装した男を相手にする程度、恐れるはずがない。
 とはいえ、

(……なんか違和感あるなぁ。いつもと違うっていうか……紙が思い通りになってくれない感じ)

 普段使っている包丁の切れ味が急に悪くなったような……紙を操る際、アニタはそんな些細な違和感を感じ取っていた。
 この違和感が、螺旋王が施した能力制限によるものであるということを、アニタが知るよしはない。
 もっとも、アニタにとっての制限は本当に些細なもので、違和感を覚える、その程度でしかない。
 マギーのように傀儡を操れるわけでもなく、紙の硬質化とそれによる近接戦闘を主とする彼女にとっては、この制限による支障はほとんどない。
 だが、そもそもな話。

(……紙、足りん)

 シンヤの剣に対応するため、リーチの長い棒を作り出したが、それだけでアニタの持つ紙残数は二割を切ってしまった。
 紙、というありふれたものを武器にできる反面、何かしらの武器を形成する際には、それなりの枚数を必要とするのが紙使いの制約。
 アニタが所持していたのは、参加者なら誰にでも支給されているであろうメモ帳の紙だけだ。
 僅か百枚程度のそれに、一戦を凌ぎきるほどの活躍は期待できなかった。

(どうせなら、ケチらず家にある本全部支給してくれたらよかったのに)

 姉たちが買い込んだ、無駄に多い書物の数々を頭に思い浮かべる。
 数千冊の本の山に埋もれたときは、本当に死ぬかと思った。文庫からハードカバーまで、あの一冊一冊の本を紙に換算したとしたら、いったい何枚になることか。
 考えただけで怖気がする。しかし、今はそれくらいの枚数の紙が欲しい気分だった。

「紙で戦う人間か……若干イレギュラーだけど、兄さんと戦う前の肩慣らしには……ちょうどいい!」

 一瞬、笑みを零すシンヤ。余裕を見せる柔和な笑み――だがそれはすぐに変貌し、狂気を纏ってアニタに襲いかかった。

(――ッ!? は、はやっ!)

 その速度は、初撃とは比べものにならない。
 まるでさっきのは単なる小手調べ、と言わんばかりに、アニタの正面から剣を振るう。
 反応するだけで精一杯だったアニタは、その薙ぎを弾くのではなく受け止めようとするが、
 ――紙の棒はものの一撃で壊され、無機質な紙に戻ってヒラヒラと宙に霧散した。

(ヤバッ!)

 一瞬の交錯で、武器を失った。そして、剣撃はまだ来る。
 アニタはたった一撃で窮地を感じ、顔を歪ませた。
 次、斬り込まれたら、防げない――直感でそう感じてしまい、さらに反応が遅れる。
 次、斬り込まれたら、死ぬ――悲観的なことに、そんな結論にまで行き着いてしまった。
 死が訪れる瞬間は、たとえ一瞬のことであろうと感覚的にスローで感じると、以前テレビかなにかで見たことがある。
 今が正にそんな状況だ。両者の間に数枚の紙が舞う中、確かに動き、アニタに接近する剣、その刃。
 あれがアニタの皮膚を裂き、あるいは肉を貫き、やがては骨を断ち、命を奪う。
 駄目だとは思いつつも、グロテスクなイメージ映像が連想され続け、そして果てには、

(ミーねぇ! マーねぇ!)

 走馬灯の下準備でも見せるかのように、家で待つ姉たちの姿が脳裏に映し出された――

『……まぁ~! まーまーまーまーまー! 見て見てマギーちゃん! この本屋さんの山! どこから見るか迷っちゃう~』
『姉さん……あそこと、あそこも……あとあそこの向かいと、あそこの斜向かいと、あそこもそう』
『本当だわ~! もうここには本屋さんしかないみたーい!』
『……そんなに慌てなくても……本屋さんは逃げないよ』
『逃げないけど、夜になったら閉まっちゃうじゃない!』
『大丈夫だよ……今日は二人だけだから、ゆっくり見て回れる』
『そうね、アニタちゃんもいないことだし……このお店に置いてある本、全部ください!』

 あぁ、見える……神保町を駆けずり回り、全財産を使い果たして街中の本屋を廻る姉たちの姿が……
 そうして姉たちが訪れた本屋は売り物をすべて買い占められ、営業不可能となって潰れる。それが一件、また一件……
 やがて神保町は営業停止の本屋だらけの廃れた町となり、姉たちは一生本を読むだけで、それ以外に関しては怠惰な生活を続けるのだ……

 ――【R.O.D -THE TV- BAD END】


(って、ふざけんなッ!!)

 恐ろしすぎる未来図によって意識を覚醒させられたアニタは、無意識の内に太腿に手をやっていた。
 残り二十数枚の紙、それらをすべて解き放ち、目の前のシンヤへと放つ。
 中途半端に硬質化した紙々は、吹雪のような勢いを伴って正面からシンヤを襲う。
 アニタの起死回生の反抗に怯んだシンヤは、僅かに剣を振るうの速度を落とした。
 その隙を縫い、アニタは身体を屈め前転。シンヤの股下を潜り、再び距離を取る。

「……やってくれる」

 そんなこともできるのか、と感心半分、よくもやってくれたな、と怒気半分で、シンヤは纏わり付いた紙を払いつつ、アニタを睨む。その頬には、微かだが血線がついてさえいる。
 ラダムに見定められたテッカマンであるシンヤを、このような人間の子供が……シンヤを包む怒気の割合は徐々に激しさを増し、殺気から遊び心を除去していく。

 相手を怒らせた。アニタはそう確信し、次はもっと鮮烈な一撃が来るだろうとも予想した。
 紙の残量は――もしものときの切り札として、服と短パンの間に忍ばせた『名簿』を除けば――ゼロ。
 そろそろ引き際か、とは思うものの、一歩後ずさるごとに、シンヤから感じる殺意の念は拡張していっているような気がする。
 このままいけば、飲み込まれるのも時間の問題か。アニタは足が竦む前に、どうにかこの場を切り抜けようと判断した。
 アニタとシンヤ、両者が三度交戦するかと思われたそのとき――

「こんばんはぁ~♪」

 ――アニタのものでも、シンヤのものでもない。まったくの外野から、ひょうきんな声が届いた。
 その声質のあまりの場違いさに、アニタとシンヤは同時に左方へ振り向いた。
 そこは、ちょうど校庭の出入り口となっている裏門。そこに、銃を構えた男性が立っていた。
 細身すぎる体に、医者というよりは科学者を思わせる白衣。
 知的な格好に相応しい眼鏡をかけ、表情は意図を掴ませぬ――悪く言えば不気味なほど――にこやかだった。
 白い歯を露出して、健康的に笑っているのではない。口は閉じたまま、何かしら企んでいそうな不快な笑み。
 そして、銃を持っている。銃口が狙うのは、もちろん校庭に対峙している二人の男女だ。
 怪しすぎる闖入者にアニタとシンヤの二人は一旦互いに対する警戒を解き、改めて、白衣の男を警戒し直した。

「あれぇー、お邪魔だったかなぁ?」
「誰だ、おまえは?」
「おじさん、誰?」

 双方から名を訊かれ、白衣の男は声調も表情も態度もまったく変えずに答える。

「あ、僕? 僕はロイド・アスプルンド。ブリタニア軍に所属するしがない技術者です。どうぞよろしくー。
 ああ、あとそれからアニタ・キングくん。僕はまだ29歳だから。おじさんは遠慮してほしいなぁ。
 それからそっちは、相羽シンヤくんだね? 年上の人には敬語を使ったほうがいいよ。見ず知らずの人にもね」

 仮にも銃を構えている人間が、こうも恐ろしく感じないのはなぜだろうか。
 ロイドと名乗ったその男は、以前飄々とした態度のまま、二人の名を添えて語りかける。

「ちょっと待った。今、あたしの名前……アニタって」
「おもしろいね。僕はあんたなんて知らないが……どこで僕の名を?」

 アニタ・キングと相羽シンヤ。この二人は互いに名乗ってもいなければ、もちろんロイドと顔見知りというわけでもない。
 ロイドが二人の名を言い当てることができたのは、いったいどんな手品なのか。二人の興味はその種に向いた。
 特にシンヤは、ロイドがこの会場内で唯一自分の名を知る人物、Dボゥイと面識があるのではと期待したが、

「ん~? なんてことはないよ。僕の支給品の中に、君たちの顔写真が入っていただけさ。
 君たちの反応を見るに、アレの信憑性は確かなようだね」

 ロイドが明かした種の内容に、シンヤはつまらなそうに顔を顰めた。

「……で、用件はなんだい? まさか、考えもなしに僕たちの戦いに割って入ったわけじゃないだろう?」
「おじさんも、この変な殺し合いに乗っちゃったクチ? 銃持ってりゃあたしたちのことも楽に殺せるとか思ったわけ?」

 二人にとって、ロイドは試合中のリングに乱入した傍迷惑な観客でしかない。
 このまま飛び入りでバトルロイヤルへと移行するならそれも結構。三竦みの状態で、各々攻撃体勢に移るかと思われたが、

「殺し合い? 僕が? まっさかぁ。興味ないね。この銃は単なる自衛のためさ。撃つ気なんてないよ」

 張り詰めた空気をぶち壊すかのごとく、ロイドは甲高い声で苦笑して見せた。
 その独特のペースに、アニタもシンヤも調子を崩されっ放しだった。
 よく言えば無害そうな、悪く言えば癪に障るロイドの態度。言葉の中に真意が含まれているかも分からず、掴みどころがない。
 下手に相手をするのも面倒だ。そう考え至った両者は、

(……無視しよう)
(……始末するか)

 まったく方向性の異なる対処法を定め、行動に移そうとする。
 しかし、シンヤの殺意の矛先がロイドに変わる寸前で、彼は思いも寄らぬ言葉を口にした。

「殺し合いなんかに興味はないけどね、現状の奇妙な境遇には興味深々だよ。特にこの首輪」

 そう言って、ロイドは銃の握り手とは逆の手で、自身の首に嵌っている機械を小突いた。

「触ってみた感想だが、どうにも単純な金属で作られているとは思いがたい。
 まぁ繋ぎ目がしっかりあるから作りは案外単純なのかもしれないけれど、
 本当に螺旋王が言うほどのシステムがこの首輪の中に凝縮されているんだとしたら、ぜひ覗いてみたい。
 ちょーっと分解して調べてみようと思ったんだけど、自分の首に嵌ってるのじゃどうにも作業しにくくてね。
 そこで、君たちに声をかけたわけさ。悪いようにはしないから、僕にちょこっとだけ……」
「首輪を弄らせろって?」
「そのとーり!」
「ふざけんなッ!」
「いやぁお恥ずかしぃー!」

 首輪をちょっと分解してみる、と簡単には言うが、その機能は爆弾だ。
 下手に弄れば誘爆は免れない。それを、自分のじゃやりにくいからという理由だけで、他者に提供してくれなど言語道断。首をよこせと言っているようなものだ。
 洒落で言っているのか本気で言っているのかは知らないが、アニタは割と真面目にロイドを怒鳴っていた。
 しかし、ロイドをこの場にそぐわぬ邪魔者として排除しようとしたシンヤは、

「へぇ……おもしろいね。まるで、この首輪を片手間で外せるかのように言ってくれる」

 意外にも、ロイドの言葉に新たな興味を示した。

「ロイドと言ったね。本当にこの首輪が外せるのかい?」
「自信はあるけど、サンプルを入手して一度構造を確かめてからのほうが確実性が高いね」
「サンプルか……つまり、自由に弄くれる、人の首に嵌っていないモノが欲しいと。なら、僕が今すぐ用意してあげてもいいが……」


 チラリと、シンヤは横目でアニタの首下を見やる。
 襲い掛かってきたときのような、強烈な眼光ではない。だが、その不気味具合はこれまでとは比較にならない。
 食い入るような視線は、アニタではなく、あくまでもアニタの首輪にいっている。それ以外は邪魔、とでも言いたげな風だ。
 このままでは、『首から首輪』を外すのではなく、『首輪から首』を外しかねない。
 本能でシンヤの目論見を悟り始めたアニタの肌は、次第に冷や汗を帯びてすらいた。

「あー、それは困るなぁ。僕はこう見えてフェミニストでね。女の子には紳士的なんだ。
 殺し合いに興じるような野蛮な人間ならともかく、女の子の首から採取したサンプルなんかじゃ、いつ手元が狂うとも限らない」

 注釈のように添えたロイドの言葉が、シンヤの視線をアニタの首下から逸らした。
 そして……シンヤの表情は一瞬あ然とし、徐々に笑みを纏い出す。

「ふ……ふふっ、ははははは。そうか、なるほど。それなら仕方ないな。じゃあロイド、こうしよう。
 僕はこれから、君の分解作業を手伝うために、首輪のサンプルを手に入れてくる。君はここでそれを待っていてくれればいい。
 そのかわり、もし首輪の解除が可能になったら、真っ先に僕の首輪を外して欲しい。どうだい?」
「交換条件で協力してくれるということかい? なんだか僕的にオイシイ条件ばかりで悪いなぁ。それじゃあお願いするよ?」

 シンヤは剣、ロイドは銃をそれぞれ納め、約束を交わした。
 首輪を提供するかわりに首輪を解除するという……裏に潜む思惑が計り知れず、決して関わりたくはない協定だった。
 ロイドとの約束を取り付けたシンヤは、去り際にアニタを一瞥し、小さな声で「運がよかったね」と零した。
 アニタは返答することもなく、ただ遠ざかっていくシンヤの背中を見送った……。

 ◇ ◇ ◇

 終わってみれば、特に負傷したわけでもなく、疲れ果てたわけでもなく。ただメモ帳の紙を失い、気づかれしたくらい。
 これを安く見るか高く見るかは、相羽シンヤの正体を知らぬアニタには判断がつかない。
 が、あれがシンヤのすべてだとは思い難かった。ロイドの横槍が入ったからいいものを、あのまま続ければ、紙のないアニタは確実に……

「あー! もうムカツクー!」
「酷いなぁ。仮にも命の恩人に対して、ムカツクはないんじゃないの?」

 シンヤが去った後、アニタとロイドは校庭に残り――紙を拾っていた。
 このゲームでは、武器とて有限ではない。再利用の効くものは、極力リサイクルする必要があった。
 その紙の回収作業にロイドが付き合っていたのは、単にシンヤが戻ってくるまでの暇潰しに他ならない。

「別におじさんに言ったつもりじゃないけどさ……それより、本当にここに残るつもり?」
「だからなんども言うけど、僕はまだ29だから。おじさんは失礼だから。
 彼が戻ってくるまではここにいるつもりだよ。勝手にここを離れたら、今度は僕が殺されそうだからねぇ」
「そうは言うけどさ、アイツがどっかで誰かを殺して、本当に首輪を持ってきたらどうする気?
 それからあたし12。おじさん29。倍以上。十分おじさんじゃん」

 校庭に散らばった紙を回収し終え、ロイドはそれをアニタへ渡す。
 くしゃくしゃになったり砂塗れになってしまったものばかりだが、使う分には問題ない。
 紙を渡し終えると、ロイドは含みのない穏やかな笑顔でアニタへと言葉を続けた。

「そのときは、ありがたく分解させてもらうよ。中身が分かれば解体する自信はあるしね」
「……それ、マジで言ってるの? アイツが持ってくるのは、そこら辺に落ちてる首輪じゃない。
 誰かを殺して、誰かの首を切って、そっから持ってきた首輪だよ!?
 おじさんがあんなこと言ったせいで、誰かがアイツに殺されるかもしれないんだよ!?」
「それはそうだけど、あの場を切り抜けるにはあれしかなかったと思うけどなぁ。
 彼に目をつけられた人には悪いけど、それは仕方がないことだよ。止められなかった僕らが悪い。
 それに、一応これは殺し合いだよ? まさか、正義とは何かなんて恥ずかしい議論をふっかける気じゃあるまいね」

 痩せ細った身体に平和ボケしたような笑顔を常備しているロイドだが、彼はこれでも軍人だ。
 平和が綺麗事で片付かないことは重々承知しているし、生き死にがどれだけ不条理なものかも知っている。
 おじさんという呼称を甘んじて受けるわけではないが、アニタにとって、ロイドのスタイルは悪い意味で大人すぎていたのだ。

「君に彼を止めることはできないよ。不思議な力を持っているらしいが、たぶん彼はそれ以上だ」
「それでも……」
「僕は一応、爵位持ちの貴族でね。フェミニストを語る気はないが、女の子をみすみす死にに行かせるつもりはない。
 それに、殺し合いに乗らないにしても、君は君でやるべきことがあるんじゃないの?」

 アニタには嫌味に聞こえたが、ロイドの表情には曇りがない。それだけ正論だということだ。
 もちろん、アニタにだって優先すべき事柄はある。ねねねを捜し出して一緒に帰るという目的が。
 赤の他人にピンチが訪れるかもしれない、などという程度のことに、首を突っ込んでいられない。
 その間にねねねが誰かに殺されそうにでもなっていたら、後悔するのは、きっと自分だ。

「……割り切れとは言わないさ。君はまだ子供だ。子供は子供なりに、頼りがいのある大人でも見つければいいさ。
 ああ、僕を頼るのはやめておくれよ? 僕はただ、面白おかしく未知の文明に触れられればいいから……ってあらぁー!?」

 ロイドの言葉を最後まで聞かず、アニタは学校を出ようと歩き出してしまった。
 その顔はどこか俯いて――いるかに見えたが、すぐに前を向きなおし、普段の溌剌な表情を取り戻していた。
 まずは、ねねねを捜す。後悔したくないから。話はそれからだ。

「ちょっと待った! 行くならこれを持っていくといい!」
「ん? …………ゲッ! 本じゃん」

 去り際、ロイドはデイパックから一つの書物を取り出し、それをアニタに放った。
 掴み取ったそれは、やや大型なハードカバーの本。スカイブルー一色の表紙に、見慣れぬ文字のタイトルがついている。
 中を開いてみるが、やはり難解な字面が広がっているだけ。なんの本なのか、アニタには理解不能だった。

「君にとって紙は重要なものだろう? ならそれあげるよ。僕が持っていても意味のないものだしね」
「……ありがと。でもこれ、なんの本?」
「あいにく、僕もその本に書かれている字はお目にかかったことがなくてねぇ。どんな本か興味があるのかい?」
「……まさかっ」

 アニタは適当な礼だけを残すと、その本をデイパックにしまいつつ、校庭を後にした。
 それを最後まで見送って、ロイドは校舎へと向かう。アニタの行く先を案じるような、優しい眼差しを残して。

 ◇ ◇ ◇

「……やはり、なんらかの手で力を抑制しているか。この分じゃ、テックセットしたとしてもどの程度までやれるか……」

 校舎を背に、シンヤは住宅街を東に行く。
 先ほどの紙使い、アニタとの交戦。シンヤの胸中には、相手の予想外の実力と変則的な戦闘方法よりもまず先に、自身の力の衰えを感じていた。
 テッカマンになれずとも、シンヤは既に人間の枠を外れた存在だ。筋力、敏捷性、反射速度、どれも常人のそれを逸脱している。
 だがそれも、なんらかの働きかけによって無意識の内にセーブされてしまっているようだ。
 女子供の入り乱れるこの会場で、参加者たちが均等に殺し合えるよう、螺旋王が施した処置なのだろう。
 ブレードとの手加減なし、全力での死闘を望むシンヤにとっては、厄介きわまりない。

「僕が望むもの……それは、兄さんを殺すことだ。それも、闇討ちや騙まし討ちじゃ意味がない。
 力と力。ブレードとエビル、テッカマンとしての決着でなければ価値はない」

 そのために成さねばならないことは三つ。
 テックセットするために必要な、ブレードとエビル、二人分のクリスタルの入手。
 Dボゥイこと、相羽タカヤの捜索。
 そして、この忌まわしい『制限』の解除。

「兄さんが早々に死ぬとも思えないしね……まずは、面倒な方から片付けていくとしよう。
 お楽しみはラストだ。そのときまで兄さん、せいぜい無茶をしないでくれよ」

 一つの仮説として、シンヤは我が身にかけられた制限が、首輪の拘束によって齎されていると考えた。
 根拠もない仮説中の仮説だが、首輪の存在はどちらにせよ疎ましい。
 あのロイドという人間が利用できるなら、あえて使ってやろう。仕事を終えた後の処遇は……もちろん決まっているが。

 夜、空はまだ暗い。
 ゲームは始まったばかり。
 これから朝が開け、日が頂点に昇るまでに、何人が死に、何人が涙を流すのか。

 そして……相羽の兄弟が拳を合わせるときは、本当に訪れるのだろうか。


【B-6・学校敷地内/一日目/深夜】
【ロイド・アスプルンド@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[状態]:健康
[装備]:ニードルガン(残弾10/10)@コードギアス 反逆のルルーシュ
[道具]:支給品一式、携帯電話
[思考]
1:シンヤが戻ってくるまで校舎内を探索。
2:シンヤが持ってくる首輪を分解してみる。
3:その他、おもしろそうなものを見つけたら調べてみる。
4:スザクとの合流。

【アニタ・キング@R.O.D(シリーズ)】
[状態]:健康
[装備]:紙×100
[道具]:支給品一式(メモ帳なし)、ハイドの魔本@金色のガッシュベル!!、不明支給品1~3個(本人は確認済み。紙に関するものは入っていない)
[思考]
1:ねねねを捜す。進路は南。
2:どこかで紙を入手する。多ければ多いほど良い。
[備考]:
※参戦時期は6~11話、ねねねが読仙社に攫われる以前。読子との面識はありません。

【B-6・学校付近/一日目/深夜】
【相羽シンヤ@宇宙の騎士テッカマンブレード】
[状態]:右頬に掠り傷
[装備]:カリバーン@Fate/stay night
[道具]:支給品一式、不明支給品1~2個(本人は確認済み)
[思考]
1:適当な参加者を殺し、首輪を手に入れる。進路は東。
2:制限の解除。入手した首輪をロイドに解析させ、とりあえず首輪を外してみる。
3:テッククリスタルの入手。
4:Dボゥイの捜索、及び殺害。


【ニードルガン@コードギアス 反逆のルルーシュ】
ゼロ愛用の銃。
セラミックと竹を使用しているため金属探知器では探知できない。
しかしその威力はかなりのもので、通常の銃と同様にうまく当たれば死ぬ。

【携帯電話】
全参加者の画像データが入っている模様。それ以外の機能に関しては詳細不明。

【ハイドの魔本@金色のガッシュベル!!】
アニメオリジナルキャラクター、ハイドの魔本。色はスカイブルー。
記載されている呪文を読めば、持ち主であるハイドは呪文が使えるが、このロワにはハイドは出ていないので無意味。
ガッシュやビクトリームのものとは違い、普通に燃える。燃えたらハイドは魔界に送還されるものと思われる。
ちなみにこのハイドというキャラ、アニメ14話を最後に一切本編に登場しておらず、魔界に送還されたか生き残ったかも描写されていない。

【カリバーン@Fate/stay night】
セイバーが生前に持っていた剣。
選定の剣であり、『勝利すべき黄金の剣』と呼ばれていた。


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アニタ・キング 062:紙のみぞ知る
000:THE OPENING 相羽シンヤ 055:車上の戦い
ロイド・アスプルンド 078:闇夜のMary Had a Little Lamb





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