『高遠少年の事件簿』計画 ◆VavZ5Yv7KE



「さて」
潮の香の強調される風の中、ホテルの屋上を囲う鉄製のフェンスに手をつき、高遠遙一は誰にとも無く呟いた。
眼下に広がる運河を挟んだ対岸には、周囲を細く、しかし強く照らす灯台が立ちすくむ。
景色のほとんどは夜の闇に覆いつくされ、その全容を見ることは叶わない。
だが、どうやら、バトルロワイヤルの舞台となるこの場所は、見慣れぬファンタジーワールドなどではなく
自分のよく知る世界のそれとほとんど同じ『もの』で造られているようだ。

あまりに突然の展開。異形の者たち。そして、見たことも無い超常の力。
自分が、自分たちの居た世界で、それなりの修羅場も不思議なものも見てきたという自負はあったが、
この一連の展開は、そんな彼の生きてきた世界の常識さえも易々と破壊するものだった。
「………」
あるいは、これは、『その割には』拍子外れとでも言うべきか。

対岸よりの風が前髪をゆらした。とりあえず、見下ろす視界の内に人影は無い。
そもそもが、大部分が、油のように黒くのっぺりとした水面で占められてはいるのだが。

人が死ぬ、あるいは、人を殺す、ということにさしたる抵抗は無い。
むしろ自分のこれまでの人生は、それを奨励する『伝道師』としてのものであったすらといえよう。
しかし
(思ったより、腹が立つものですね)
それを、人から強要されるということは。
(さりとて、少なからず存在するであろうこのゲームを不服とする者達の中から、信頼できる『仲間』を募り
 主催者の意図をも超えた脱出に尽力する、などというのも)
正直、まるで興味が湧かないことだ。
「ふむ…」
大体、それはそれで、主催者の影響を、逆の形であれもろに受け、踊らされていると、そういうことでもあるだろう。
こんなところに放り込まれたからといって、簡単に『いい人』に鞍替えして
誇りと自負に満ちていた過去の『悪行』を捨て去る未来図など、背筋のあたりに怖気さえ走る。
(………)
そうだ。主催者の鼻を明かしたいだけなら、このバトルロワイヤルに優勝し、主催者への望みを「自殺せよ」とでもしてやればよいのだ。
あるいは、機嫌を損ねた主催者に自分は殺されるかもしれないが
自らが決めたルールすら守れなかったその瞬間、彼らは、そのゲームマスターとしての誇りも矜持も失うことになる。
死後の世界など、もちろん信じてはいないが
(悪くない。いや、最後の瞬間まで大笑いできる死に方でしょうね)
そんな風にも、思う。

結局自分の『地獄の傀儡師』としての誇りは
「いつも通り、ですか」
そうあることでしか守られない。
人を欺き、操り、災禍を呼ぶことでしか。

それが、たった数分間の思考で、高遠遙一の出した結論だった。

(さて…そうなると、やはり一番の難題はこれですか)
支給されたデイパックの中から、一枚の用紙を探り出す。
このゲームの参加者の名簿。
『地獄の傀儡師』を鼻で笑うようなセンスの賜物だろう名前がてんこもりだが
そんな中でも、高遠の目を一際引きつけるのは、やはり、ここ。
(金田一 一……)
様々な事件において自分の前に立ちはだかった、自分にとっての、おそらくは終生のライバル。
このゲームに自分が更なる扇動を加え、よりいっそうの混沌を呼ぶにせよ、
この手を直接血で汚すにせよ、どちらにしても、マイナスにはなっても、プラスにはなりえない存在だろう。

(どう、しますかね……)
厄介な点はいくつかあった。
金田一が、高遠の正体を―――犯罪者、殺人者としての―――正体を知っているということ。
ここが、基本的に閉鎖された空間だろうということ(でなければバトルロワイヤルなど成立しない)。
金田一が、曲がりなりにも、自分を何度か追い詰めたほどの知性を持っているということ。
自分には今、常に使っている、愛用の変装道具がないということ。
ひとつひとつは高遠の力量をもってすればどうとでもなる問題でしかないが
(組み合わせが、どうにもいけませんね)
はぁ、と体を入れ替えるとフェンスに背中を預け、夜空へ吐息を解き放つ。
「……まあ、私の名前に気がつかないということはないでしょう」
それなりに長い付き合いだ。
それに気づいた金田一がどう動くかなど、たいして考えるまでもなくよく分かる。

剣持勇をはじめとする、知人たちとの合流と、高遠を『逮捕』すること。
まともな警察権力など存在しないこの場では、おそらく『告発』止まりで終わるだろうが、
それでもそれが高遠のような隠密性を重視する『犯罪者』にとって最も致命的であることを、あの金田一が理解しないとも思えない。
むろんこのゲームの流れの中で、良くも悪くもその行動にプラスアルファは加えられるだろうが、
その二つに対し、何の対策も立てない、ということだけはまずありえまい。
「………」
このフィールドは、高遠と金田一が今まで対峙してきたそれとは、明らかに違う。
むろん、高遠にとって、好ましくない形にだ。
まず、82人というそれなりの大人数とはいえ、その中に『高遠が確実に居る』ことを金田一に知られてしまうということ。
これが何より不味い。
自分は、けして弱くは無い。
だが、それはあくまで一般的な『人』の範疇での話だ。
先ほどの演説と解説の最中、情けなくも見せしめで殺されたサイボーグのごとき男が居たが、
あれとすら、正面から戦えば二秒と持たせる自信はない。
いや、極端な話、警察官である剣持勇と正面から喧嘩して、勝てるかもどうかも相当に怪しいものだろう。
少なくともつもりとしては、今まで通り、『自分は正体がバレたら終わり』であることを自覚して動くべきだ。

つまり、そういうこと。

だからいつもと同じようにアリバイを作り。
だからいつもと同じようにトリックを造り。
だからいつもと同じように操り人形(マリオネット)を創る。

人を欺き謀ることにより、何よりの快感を得てしまうという悪癖を持った『変人』ではあるが、
行動に、本当の意味での、何者をも意に介さない自由が無い程度には、高遠遙一は『凡人』なのだから。
(ま、それも良し悪しですがね)
これからの行動方針と同時並行で、過去へと思考を動かせる。
強いものは、同時に脆い。
『多数派』という『強者』の間を縫って『少数派』の『弱者』として生きてきた自分には、
彼らの、強さ故の驕りと愚かしさ、それがもたらす致命的な隙が、手に取るようによくわかる。
見せしめに殺されたあの男など、まさにその典型例ともいえる存在だろう。
驕慢に肥大化した自我と、それが呼ぶ取り返しのつかない死。
思考が、思索が、緩みきっているのだ。その強さが故に。

…………

未来への思考へ、立ち戻る。

これからの方針。
手としてはいくつかある。
大まかに言ってしまえば、いつものように人と人の間に『隠れる』こと。

もしくはいつもと同じ舞台に立たないからこそ変拍子として使える『攻撃』を加えること。
ここで言う『攻撃』とは物理的なものだけを指すわけではない。
高遠にとっても金田一にとっても、見も知らぬ世界見も知らぬ国の住人だろう者たちであふれたこの場所ならば
犯罪者高遠遙一とアマチュア探偵金田一一という追う者追われる者の関係を再構成することすら、決して不可能ではないのだから。
簡単なことだ。
おそらく高遠の存在に気づいた金田一がやるだろうことを、高遠が、鏡のように真似をしてやればいい。
こんな場所とはいえ、招待客の全てがゲームに乗るとは思えない。
いや、高遠の知る面子と高遠自身を鑑みてみれば、むしろゲームに積極的には乗らない人間の方が、より多く呼び出されているのかもしれない。
そんな人間をこそ、紛れ込む高遠のような人間が巻き起こす疑心暗鬼と人間不信の禍により修羅の道へと突き堕とす。
こんな悪趣味なことを考える主催者だ、ある種の同類であるからこそ、
高遠にはそういう趣向を凝らす主催者の意図も、読み取れないことはない。

そして、なればこそ金田一は、たとえ知り合いでなくともまず遭遇した相手とは交渉から入るだろう。
そして信頼できると判断したなら、その相手にこう言うのだ
「これこれこういう感じの、高遠遙一という男には気をつけろ」

それは、困る。

そんなことをあちこちでされては、これから取る行動に大幅な制限をかけられてしまう。

(しかし)
自分が、それと全く同じことをしたらどうなるか?
「これこれこういう感じの、金田一一という男には気をつけろ」
金田一の『過去の悪行』については、高遠自身の、過去それをくれてやってもいい。
たったそれだけのことで、高遠と金田一の状態は五分と五分に引き戻せる。
こちらが信用を得れば得るほど、言うことが金田一と鏡合わせのように同じであればあるほど、
『善良な者』は、どちらを信じればいいかわからなくなる。
それはおそらく、『善良な者たち』に囲まれながらの直接対峙の時ですら。
……実に知略の戦わせようがありそうなその状況を想像すれば、今から口元が緩んでしまう。

(しかしまあ、楽しみにしてばかりもいられませんか…)
厄介な点が、ないわけではないのだ。

まず何より、高遠と金田一以外にも、彼らをよく知る人物が召喚されていることだ。
当たり前のことだが、いわゆる水掛け論を強引にでも解決させねばならない場合、証言者は多ければ多いほど有利だ。
彼らが絡めば、金田一との、元の世界で「どちらが本当の探偵役で、どちらが本当の犯罪者だったか」を争うというスリリングなゲームも、
一気に高遠の不利へ傾くことだろう。
(できれば、彼らには早期退場していただきたいものですが……)
もしくは金田一もろとも、三人組の悪党集団にでも仕立て上げるか?
いや、あくまで一般人の金田一と違い、高確率で警察手帳まで所持している職業警官では
名簿を見る限り何人か居る『日本人』に対する説得力の面で……

……まあ、いいか。

一旦、没頭していたとりとめもない思考から浮上する。
いまだ遭遇した相手もいないこの状態で、あまりガチガチに行動指針を決めすぎるのも問題だ。
人は、一度決めた手順には盲目的に従ってしまう習性を持つ生き物だ
自覚していれば超克することはさほど難しくはないが、それでも、イレギュラーな事態に対してのラグはどうしても生じてしまう。
もう役立たずになってしまった作戦に、時間の多寡はあれ『こだわって』しまうのだ。
(そして、こんな環境では、そういうラグがえてして致命的になることがある)
なにより
(金田一にしろ私にしろ、出会い頭の『事故』であっさり死んでしまう可能性のがよほど高そうですしね……)
自嘲とともに、そうも思う。

自然、頼りないながらの武力と、頼みとする知略のほとんどは、それらをかわし生き残ることに、そのほぼ全てを費やすことになるだろう。
金田一に過去の『地獄の傀儡師』の濡れ衣を着せ、自分は今までどおり無害無関係を装いつつも殺人と殺人幇助を続ける。
この魅力的な大方針とて、実のところ、所詮は趣味の域、机上の空論の域を出ていないのだった。

実質「やって失敗しても、やらない時より損になることがない」という気楽さが取り柄の、それだけの策だった。
まあ、金田一がこのバトルロワイヤルに脅えきり、思考と策の全てを放り出すほど惰弱な男であったなどという
『こちらの予想を完全に超えた事態』にでもなれば、かえってこちらが墓穴を掘ることになるかもしれないが……
(……フフ……。……そうそう。武力と言えば)
そういえば、ランダムで支給される、何がしかの物品があるという話だった。
「……まず真っ先に確認するべきでしょうに」
苦笑が、漏れる。
やはり、どんなに冷静なつもりでも、自分もかなり動転していたらしい。

「さて、どんなものがあるのか……」

高遠遙一は、傍らのデイパックに、再び片手を突っ込んだ。


【E-2ホテル屋上/1日目/深夜】

【高遠遙一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ、支給品一式、不明支給品(残3)
[思考]
1:ステルスマーダー一直線
2:金田一に『危険な犯罪者』の濡れ衣を着せる
3:剣持と明智は優先的に死んでもらう
4:ただし2と3に拘泥する気はなく、もっと面白そうなことを思いついたらそちらを優先


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高遠遙一 062:睡蓮-あまねく花





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