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「天のさだめを誰が知るⅣ」(2023/06/25 (日) 23:47:52) の最新版変更点
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**天のさだめを誰が知るⅣ ◆LXe12sNRSs
(なんや、けったいなことに巻き込まれたなぁ……)
会議が終局を向かえ、これから志を同じくすることになる七人の同志たちが、それぞれ席を立っていく。
自分以外の六人は皆、胸中までは知れずとも、血気盛んな色を表情に灯していた。
それに比べれば、己の心のなんと空虚なことか。
つい、などという理由で巻き込まれ、特に考える暇も与えられぬまま、同志に加えられたこの身は、
今後どこに向かい、どこに向かうのが正解なのか。
(……試練、か。やること自体は変わりない。人間を試すっちゅーことやからな)
流されるがままに首輪を外してもらい、後の生も約束された幸福な男――ニコラス・D・ウルフウッド。
彼は自分の存在意義について疑問を抱き、しかし考えてすぐに、嘲笑を漏らす。
――人間を、試す。
――ヴァッシュの理想に、挑む。
そう志した矢先、手段としての人間脱却を視野に入れ、耽っていたら、こんなところまで来てしまった。
ウルフウッドの道を説いてくれたチミルフは、どういうわけか人格を豹変させ、ルルーシュとかいうもやしっ子の駒扱い。
正直失望、いやそれすらも通り越し笑い話とも思えたが、これもまた彼の天命だったのだろう。
逡巡に要した間は長く、結局時間も取れないままルルーシュに邪魔される形となったが、これでよかったのだろうか。
人間をやめるべきか、人間を続けるべきか。
結果としてウルフウッドが歩んだのは後者の道だが、自らの意志で選び取ったわけではない。
人間をやめてまで力を得る必要ももはやなくなったが、本当にこれでよかったのか、気持ちの整理はまだつかない。
(……ま、時間はあるわな。もう一度じっくり考えてみんのも、ありやろ)
だがこの志はきっと、変わりはしない。
あのとき映画館で誓った挑戦は、絶対に放棄しない。
ウルフウッドにとって、箱庭の殺し合いはもはや実験でも儀式でもなんでもない。
これは勝負――ウルフウッドとヴァッシュ、意地を違えた二人の男による、信念のぶつけ合いだ。
そして、実験場に残された哀れな子羊たちとの、生死をかけた本当の意味での勝負でもある。
(生きるか死ぬか。どこまでいっても世の中はそれや。
もやしっ子がなにたくらんどろうが、ワイがやりたいことはやれるっちゅーわけや。
なら、乗っかったるわい。
生きて、生きるために、外道牧師として生与えるために、試練役でもなんでも請け負うたるわ)
状況や形式は大いに変わったが、根本はそんなに変わらなかった、とウルフウッドは苦笑する。
適任とも言える配役を、諸手を振るって歓迎した。
「ウルフウッド。実験の進捗まで時間が余るが、その間おまえはどうする?」
なら、今はこの場にいてもいいだろう――とウルフウッドが思い描いたとき、ルルーシュから声をかけられた。
ウルフウッドはにやついた顔を作り、気だるそうに席を立ち上がる。
「そやな……ま、やることもないし、適当にその辺ぶらついて、腹減ったら飯食って、眠くのうたら寝るわ」
友好的な素振りは見せず、素っ気ない態度で会議室を退室しようとする。
だがその行く手を、同じく席を立ち上がった東方不敗が塞ぐ。
「ふむ。試練を与える側の者としては些か覇気が足らんな? どうだ?
貴様が望むなら、流派東方不敗としてモビルファイターのノウハウを叩き込んでやるが?」
東方不敗の突拍子もない提案に、ウルフウッドは顔を顰める。
わざとらしく作った不快の表情で返答を済ませようとして、しかしルルーシュが、
「それはいいな。儀式が佳境ともなれば、状況の変化に合わせて機動兵器の投入も考えなくてはならない。
操縦の仕方くらい覚えておいても損はないはずだ。どうだろうウルフウッド?
ナイトメアフレームならわりと簡単だぞ。あんなものは人並みの運動能力と反射神経があれば乗りこなせる。
その点、おまえならなんの問題もない。なんだったら、この俺が直接手ほどきをしてやってもいいぞ?」
これまでとは打って変わって、フレンドリーに話題に介入してきた。
ウルフウッドはガンたれるチンピラの様相をそのままに、矛先をルルーシュへと転じると、お次はチミルフが、
「ウルフウッド、ガンメンもいいぞ。あれこそ戦士が駆るに相応しい機体だ」
チミルフ『までもが』ご自慢の愛機を勧めてきたので、
「うっさいわボケ! なんでもかんでもロボ出しゃいいってもんやないど!?
ワイにはこのパニッシャーがあれば十分じゃ! そこんとこよく覚えとけッ!!」
さすがに怒髪天を突き、露骨に喚き散らした。
三人の機動兵器乗りの勧誘から逃げるように、そのまま会議室をあとにする。
唯一の相棒たる十字架型の固有兵装を掲げ、今後突き進むだろう道に想いを馳せる。
牧師の道は、まだ分岐を終えない。
◇ ◇ ◇
「せっかくの機会だ。久々にガンダムファイトに興じるのもよいかと思ったが、嫌われてしまったようだな。
まあよい。待ち時間を棒に振るうのも惜しい。ここは螺旋王の残した手勢を相手に腕試しというのも一興か。
おお、そうだ。怒涛のチミルフよ。なんなら儂の相手をせぬか?
同じ武を極めんとする者同士、一度本気の拳で語り合ってみるのもよかろう」
「む……実に魅力的な申し出だが、俺が王の側を離れてしまっては……」
「遠慮することはないさチミルフ。存分にやるといい。ただし、計画に支障をきたすような真似はするな。
気乗りするあまり体を潰してしまっては、あまりにも滑稽だ。東方不敗、貴方もほどほどにお願いしますよ」
「心得ておこう。では参ろうか、我が新たなる好敵手よ。カーッカッカッカ!」
――偽りの姿としての茶目っ気を見せつけ、東方不敗もまた、チミルフを連れ添い退室する。
ルルーシュによる突如のスカウト、その内容を聞いてみれば、実に心が躍る。
……ああ、実に僥倖だ。
ルルーシュ・ランペルージとの出会いは、東方不敗にとって天恵とも受け取れる。
全ての情報体制が整う舞台裏、目前とする真実の糸口、限りなく近く手が届く範囲に、東方不敗の望むあらゆるが用意された。
元の世界への帰還が果たせないかもしれない――それがなんだというのか。憂う問題でもない。
(ドモン、それにカミナよ……少々こずるい手で戦線を離脱する形になってしまったが、恨むでないぞ。
貴様らが生き残り、真なる螺旋の境地に至るならば――そのときこそ、この儂の手で葬り去ってやろう。
おっと、容易く葬ってしまってはならんのだったな。馬鹿弟子共から限界以上の力を引き出せねばならん)
螺旋城を練り歩く間、東方不敗は踊る心が漏れぬよう、刻む足音が高鳴らないよう注意する。
チミルフとの武人としての誓いも、適当に済ませておけばいい。
具体的になにをされたかはまだ情報不足だが、ルルーシュの駄犬と成り果てたチミルフに、かつて感じた武勇は欠片もない。
失望といえば失望だが、しかしそれ以上に、東方不敗は今後相対することになるであろう夢幻の存在に想いを馳せた。
(最終局面にて、ルルーシュの想定どおり事が運ばれるか否かは……神のみぞ知るといったところか。
それは彼奴の言うとおり、最良の手であり唯一の策には違いない。だからこそ儂も尽力しよう。
そして、掴んだチャンスは決して手放しはせん。ああそうだ。我が新たなる悲願が、早速叶いそうなのだからな)
東方不敗の瞳が見据える対象――それは元の世界にあらず。
消えた螺旋王とて、今となっては単なる逃走兵に他ならない。
東方不敗の心魂に居を置くは、反螺旋族というあまりにも大きすぎる存在だった。
アンチ=スパイラル。
人類の進化を恐れ、複数の宇宙を統べし存在。
過度の発展を遂げようとする者たちを戒め、均衡を維持せんと務めるその所業は、正に調停者と謳うに相応しい。
人類が進化の果てに露呈した浅ましき姿、慈しみを忘れた先に残りし崩壊を知るからこそ、共感の念を抱いてしまう。
東方不敗は地球を浄化してでも、人類を殲滅してでも、調律こそが正義であると謳った。
アンチ=スパイラルは言わば、東方不敗の志を宇宙規模で実行する偉大なる先人だ。
憧れにも似た若い感情が、恋情にも似た焦げるように熱い思いが、東方不敗に新たな野望を齎す。
アンチ=スパイラルと肩を並べんとする、大いなる野望を。
彼らと対等になり、ゆくゆくは彼らをも――と。
(待っておれ、アンチ=スパイラル。儂は必ず、おまえたちの下に辿り着く。
そのためならば、斯様な若造にとて使われることを厭わん。それほどの悲願だ。
フフフ……しかしながら、儂もまだまだ若い。この歳にして己に青さを覚えるとは思わなんだ)
自嘲気味に、しかし心底楽しそうに、東方不敗は夢へと突っ走る老体を笑う。
金魚の糞のように歩きついてくるチミルフが、その心理を悟れず首を傾げた。
利用するのは果たして、ルルーシュ・ランペルージか、それとも東方不敗か。
いや、経緯や方法などどうでもいい。
同じ船に乗る以上、船頭を誰が勤めるとしても、辿り着く場所は決まっている。
東方不敗の望みは、まずそこに辿り着くこと……ならば、今はひとまず野心を収めよう。
アンチ=スパイラルとの橋渡しを担う者たちを弟子とし、己は師匠として、残りの生を生きるのだ。
変わらない。新しいことでもないからこそ簡単だ。
東方不敗は多くの武闘家たちの憧れである東方不敗として、師匠をやり遂げればそれでいい。
「ところでチミルフよ、勝負をするにあたって一つ賭けをせんか? 特典を設けたほうが、余興としては楽しめよう」
「む? 俺は武人として戦えることこそが喜びだが……いったいなにを賭けるのだ?」
「なに、貴様らがルルーシュに見せた資料があるだろう。儂が勝ったら、儂にもそれを見せてくれんか? 貴様が勝ったら、そうだな――」
まるで、物心ついたばかりの子供のように、
東方不敗は大いにはしゃぎ、大いに王道を往く。
◇ ◇ ◇
ウルフウッドに続き東方不敗とチミルフが、程なくしてアディーネとグアームも退室を果たし、会議室には二人の若輩が残された。
ルルーシュ・ランペルージと、神速のシトマンドラ。
かつては支配従属の関係にも等しい間柄であった二人だが、螺旋王消失という未曾有の危機を経て、今ではこんなにも距離を近くにしている。
紆余曲折による指針の転換は、立場を同じくする二人になにを齎すのか。
(ルルーシュ・ランペルージ……いや、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。こやつとて、捨てられた存在か。
……私と、同じ……ではないな。ルルーシュは、自らの意志でブリタニアに反逆することを決意した。
それに比べ、私は……俺の、神速のシトマンドラと呼ばれた男のこの有り様はなんだ?
仕えるべき主に見放され、それを未だに受け入れられずにいる。……無様、そう、無様だ)
利用するにあたって、事前に調べ上げたルルーシュのデータを脳内で掘り起こすシトマンドラ。
ルルーシュの人生観は人間のものとしては非常に稀であり、それでいてとても過酷だ。
王族に生まれた身でありながら、父に裏切られ、母を殺され、残された妹のためだけに自らを逆境に置く。
富や地位、約束された栄光を売り払ってまで、ルルーシュは復讐と妹の未来のために生きることを選択したのだ。
王を敬う側の立場にいるシトマンドラとしては、同情を通り越して気概すら感じてしまう。
自ら逆境を背負い、されど果敢に挑もうとするその根性。
人間らしい美学の裏に持つ、最優先事項以外は苔の価値ほどもないと切り捨てる覚悟。
実験の場においても、彼は妹の下に戻るためにただひたすら奔走し、状況が変わった今でも諦めてはいない。
ただの悪徒にあらず、彼はまるで――そう、彼こそ、
このルルーシュ・ランペルージこそ、『真なる螺旋力の覚醒』に最も近い存在なのではないか――?
シトマンドラはルルーシュの人間性を計り進めていく内に、いつしか本気でそう思うようになっていた。
本人もどこまで自覚しているかはわからない、淡い期待。だがそれは、決して心酔に値するものではない。
だからこそ、シトマンドラがルルーシュに頭を垂れる時は『まだ』訪れない……訪れる時が来るかも、不定だ。
(これが、反逆の正道というものか。牙を突きたてんとする獣としては、我ら獣人などよりもよっぽど……)
エリートにしてナルシストでもあるシトマンドラが、認めつつある。
ルルーシュに備わった魅了の眼力ではない、彼自身の能力が、シトマンドラの視線を誘う。
この会議室をなかなか抜け出せないのも、ルルーシュがまだここに残っているからか。
「シトマンドラ、今後ウルフウッドと東方不敗が多元宇宙や実験の詳細な資料を求めてくるかもしれないが、
まずい部分は上手く暈しておいてくれよ。特に、俺のギアスについては知られてはならない。
あの二人を抱え込む上での危険要素はまだ解消されておらず、だからこそ切り札は取っておきたいからな。
特に東方不敗は知力にも長けた…………シトマンドラ? 聞いているのか、シトマンドラ?」
「……あ、ああ」
ルルーシュの言葉を受けて、シトマンドラは自分がしばしの間呆けていたことに気づく。
体裁を整えるように屹立し、そそくさと退室しようとする傍ら、同様にルルーシュも腰を上げた。
「フッ……疲れているんじゃないか? なんならしばらく養生していてもいいんだぞ。肝心なときに倒れられて困るのはこっちだしな」
「見縊るな。貴様こそ、実験場で負った傷や疲労はちゃんと回復しておけ。ただでさえ普通のニンゲンより体力がないようだしな」
爽やかに気遣いをかけてくるルルーシュに対し、シトマンドラは照れ隠しとも思える反論を返す。
皮肉めいた言い回しはルルーシュの失笑を買うだけで、言葉の暴力にまでは至らない。
心理の安定しないシトマンドラを知ってか知らずか、ルルーシュはさらなる会話を試みる。
「……やはり、決心がつかないか?」
「なにがだ」
「螺旋王さ。かつての主を追うことに、まだ抵抗があるんじゃないか?」
――不意に心を抉られ、シトマンドラの足が止まった。
扉を潜る一歩手前で静止したシトマンドラは、顔を背けたままルルーシュに言い返す。
「……未だ信じられない、受け入れられないという気持ちは、確かにある。私は、それだけ王に心酔していた。
だがな、グアームやアディーネの気持ちがわからないわけでもないさ。失望や憤怒、憎悪とて、この心にはある。
……いや、だからか。自覚しているからこそ、私はこんな調子なのかもしれないな」
力のない声で、シトマンドラは己を理解する。
崇め、称え、憧れ、心奪われていた。
螺旋四天王神速のシトマンドラとしての唯一の生き方をもがれ、前がわからなくなってしまった。
見えなくなった目標を探すことが、正しいかどうかもわからない。
苦しい、と弱音を吐きたくもあった。
四天王の肩書きを捨て、ただの孔雀型の獣人に戻るのも一つの選択か、とまで。
「なんなら、チミルフと同じようにギアスをかけてやってもいいんだぞ? そのほうが、心の安定にはなるだろう」
人間としては不完全であり、獣にもなりきれない存在からこそ、葛藤が心を蝕む。
魔眼の所持者は、そんな脆弱な心に囁きを与える。
「仕えるべき主人が消えて苦しいのなら――俺がそれを書き換え、いくらでも安心させてやる。
無理強いじゃない。俺とおまえは対等だ。厚かましいニンゲンの気配り、と思ってくれて構わない。
答えるのも、答えないのも、おまえの自由だ」
シトマンドラは、目標なしには生きていけない。
心酔は、心の安定を促すための、シトマンドラとしての個を生かすための方法だった。
その安定がまた、不自由なく得られるというのであれば……
「お断りだ」
実に魅力的な提案、と感じた本心を伏せて、
シトマンドラはプライドを保ち、まだしばらくはルルーシュを対等に見たいと願った。
「そうか」
シトマンドラの返答に、ルルーシュはただそれだけを返す。
……本当に、おかしな関係になったものだ。
おそらくは両者共に思っていただろう心の声を、表には吐露しないまま、道を違える。
会議室を出て、ルルーシュとシトマンドラはそれぞれ別の通路を歩み、一人となる。
(螺旋王……私は、貴方を)
自分を捨て去った主への回答は、まだ模索中だ。
だが、ルルーシュという存在があるからこそ、シトマンドラは立ち止まらない。
そういう意味では、ルルーシュはシトマンドラにとっての特効薬なのかもしれない。
服用を繰り返せば死すらも招く、依存度の高い危険なクスリだが。
(追いましょう。追いついた、後は――)
振り返らない背中越しに、ルルーシュの凍てついた視線を感じたような気がしたが、
やはりシトマンドラは立ち止まらなかった。
◇ ◇ ◇
実験は儀式と名を変え、続行される。
殺し合いという基盤は変えず、アンチ=スパイラルを誘き寄せるに適した餌となるよう、熟成を促す。
故に、ただ眺めているだけでは駄目だ。全てが見渡せる頂の座につこうとも、手入れを怠ってはならない。
さしあたっては、理解だ。
螺旋王が企てた実験プログラムの全容、その随所に至るまでを理解し、改良する必要がある。
他六人に提唱した作戦は本筋でこそあるが、まだ不安な部分をふんだんに含んでいる。
それらを取り除き、策として隙のない、完全なものに仕上げるため。
ルルーシュ・ランペルージは、『理解』を試みる。
螺旋王がなにを目指し、どのように歩み、どこへ辿り着こうとしたのかを。
「理解は幸せだ。貴様の残した思想、受け継ぐつもりはないが、探らせてもらうぞロージェノム」
螺旋王が永遠の空席と定めた玉座に居座り、ルルーシュはグアームより与えられた資料を再度洗い直す。
参加者の側に立っていては絶対に暴くことのできなかった『裏側』を、それを用意した螺旋王の心情含め、考察する。
理解は訪れるだろうか。やってみなくてはわからない。
まず、螺旋王ロージェノムについて。
実際に面と向かって対話する機会はついぞ訪れなかったが、彼という人柄は十分に推測することができる。
アンチ=スパイラルに敗れ、人類の進化を一時は諦め、妥協してでも存続の道を選び取った、哀れな敗残兵。
そんな彼が、偶然舞い込んで来た技術を発端とし、多元宇宙に羨望を抱くようになってしまった。
羨望の対象たる世界――アンチ=スパイラルが、人間の手によって唯一敗れた、奇跡の宇宙だ。
その世界の螺旋王はアンチ=スパイラルとの決戦で絶えたが、その生き様は実に羨ましいものだったのだろう。
だからこそ彼は、螺旋族の復興を目指した。だが彼には、直接アンチ=スパイラルに反逆するだけの気概がなかったのだ。
戦士としてよりは科学者として優秀であったばかりに、利を追求して動き、導き出した策が実験だ。
欲しかった玩具を買ってもらう親友を羨み駄々を捏ねてみた……が、往来でそれをやるだけの度胸はなかったというところか。
それでも彼は羨望をやめられず、多くの敗北を抱え、何度も何度も悪夢に浸るのだろう……これから先も、ずっと。
「放置しておくのも滑稽だが、終わらせてやるのはせめてもの慈悲かもしれんな」
次に、多元宇宙について。
もう一人の自分、もう一つの可能性、それらが無限大に膨れ上がり、宇宙の体系となる。
正直、ルルーシュにはいまいち理解しがたい論ではあった。だが実在する以上、合理的に解釈するしかない。
実際、残された資料の中には、ルルーシュが今後辿るだろういくつかの可能性が記されていた。
チョウフ基地を舞台とした藤堂奪還作戦。神根島でのユーフェミアとの邂逅。スザクとの共闘による澤崎軍撃破。
学園祭での行政特区日本立ち上げ宣言。同一の者による日本人虐殺宣言。トウキョウ租界での大規模作戦。
全て記憶にはない、これからルルーシュが歩むかもしれない未来の姿が、多元宇宙の証拠として映し出される。
実験にも参加していたマオというルルーシュ以外のギアス能力者。ユーフェミアに対してのギアスの暴走。
オレンジの予想外すぎる復活や、何者かによるナナリーの拉致も懸念だが、いま焦点とするべき部分ではない。
多元宇宙理論の肯定……ルルーシュが刻むのは、それだけだ。
「決められた未来を辿るなど、愚にも等しい。この事実は情報として持ち帰り、後の活動に役立てようじゃないか」
次に、実験について。
螺旋王が新世界の創造を為すにあたって、最も確実な策が、殺し合いによる螺旋力の促進だと思われる。
なぜ、殺し合いだったのか。なぜ、こんな統制されたゲームのようなルールを敷いたのか。
全ては、多元宇宙の実態を知る要因ともなった『前例』……精霊王が企てた、私怨目的の殺し合いによるところが大きい。
螺旋王は精霊王の行った殺し合いに螺旋力覚醒の片鱗を見い出し、だからこそ影響を受け、模倣したのだろう。
しかしながら、精霊王の殺し合いは結果としては失敗だ。その失敗を、螺旋王は有益と見たのか否か。
……解は出したのかもしれないし、保留としたかもしれない。それも踏まえての、『実験』という言葉に違いない。
殺し合いというやり方がベストかどうかを調べるため、この実験はあらゆる意味での第一歩だったのだ。
「精霊王がいなければ、螺旋王もこのような愚策は思いつかなかったかもな。悪い意味で、影響を受けやすい性格だったようだ」
次に、舞台となる実験場について。
この箱庭も、精霊王の例を頼りにいろいろと工夫した結果のようだが、そもそもこの『世界』はなんなのか?
螺旋の王と呼ばれる所以でもある、ロージェノムの強大な螺旋力。それを母体とした世界の創造。
螺旋力はあくまでも素材であり、実際に世界の創造を成したのは、ある日螺旋王の下に飛び込んできた遥か未来の発明品だ。
その発明品が生まれた世界の科学力……まで視野を伸ばすとさすがに思考が追いつかないが、螺旋力が素材に過ぎないというのは絶対である。
四十八時間が限界の狭苦しい世界。存在限界は、結界やループ、アンチ=スパイラルからの隠蔽などの仕掛けによる副産物か。
この実験場もまた、殺し合いというやり方と同じく、この形が最良かどうかを図る実験対象だったのだろう。
「やはり、螺旋王は科学者としては優秀だった。地道を心がけることは大成に繋がる……真っ当な世を生きていればの話だが」
次に、実験場に施されたシステムについて。
ループは参加者たちに逃げられないという自覚を与えるため、凍結はトラブルバスター、結界は測定と隠れ蓑を担う。
では『制限』はいったいなんの目的で組み込まれたのか? 唯一、そこだけが不明瞭だった。
内側からの結界の破壊を持ってして、螺旋王を越える真なる螺旋力の覚醒……と当てはめるのはわかる。
そこに制限という要素を加味し、参加者たちのスペックを抑制、均衡とした理由はなんなのか。
これは多分に推測が含まれるが、螺旋王は螺旋力という力の根本を、完全に知りえていたわけではなかったのかもしれない。
いや、元の世界での螺旋力については、知り尽くしていただろう。
螺旋力とは本来、螺旋族だけが持ちうる力だ。猫や戦闘機人、英霊や守護騎士などでは絶対に持ち得ない。
しかし彼らはどういうわけか、候補者としてノミネートされていることからもわかるように、螺旋力を持ちうると判断されている。
螺旋王がいた世界の螺旋力と、多元宇宙の生物が持つ螺旋力とでは、定義や本質が微妙に食い違っていたのかもしれない。
だからこそ、動物や機械であっても螺旋力覚醒の可能性を持つ。だからこそ、種族を綯い交ぜにして殺し合わせた。
となれば、この実験場において螺旋力覚醒の脈が絶対にないと言い切れるのは……チミルフら純粋な獣人だけなのかもしれない。
話は戻るが、これが制限を設けた直接の理由として成り立つわけではない。目指したのは、やはり均衡だろう。
螺旋力とは、イコール戦闘力や生命力とは言いがたく、プラスアルファとして様々な要素を含んでいる。
故に様々な種が可能性を持ち合わせ、それが制限を課さない強者たちに蹂躙されるというのは、あまりにもったいない。
実際、実験場で初めて螺旋力の片鱗を見せた小早川ゆたかなど、ルルーシュ以上に脆弱な人間だ。
不当な力に左右されない、純然たる結果を求めた答えが、『制限』だったのだろう。
「そしてこの『制限』が最適解かどうかは、やはり螺旋王としても実験段階だったいうわけか」
次に、参加者たちについて。
集められた候補者たちは、あたかも螺旋王が選り好みした面子のようだったが、実際は少し違う。
手元の技術で飼い慣らせると判断した者、可能性を感じた者、拉致自体が無理だった者、事情は様々だろう。
未来の技術を得た螺旋王とて万能というわけではなく、発見できた多元宇宙の数にも限度はあったはずだ。
選んだ、というのは確かに言葉どおりだが、中には組み込まざるを得なかった者や、捨て石同然のものもいたのだろう。
序幕の際に見せしめとなったテッカマンランス、モロトフなどその最もたる例だ。
彼は参加者とするにはあまりに可能性に乏しく、しかし見せしめとしては有用であると、そう判断されたが故の不幸か。
「やれやれ、君のことを覚えている者などもう誰もいないだろうがな。今だけは同情するよ、ランスくん」
次に、実験終盤における螺旋王の目論見について。
実験は今回が初であり、だからこそ試験的な要素を多分に含んでいたが、螺旋王もなにも端から成功を諦めていたわけではないらしい。
実験の推移をある程度は予測し、終盤起こり得るだろう事態を想定して、実験場内にいくつかのギミックを仕込んでおいた。
その最もたる例が、螺旋力覚醒者が続出するにあたって規模拡大していく戦闘、それを見越しての『お宝』だ。
アルティメットガンダム、風雲再起、ブルーアース号、グレン、ラガン、大怪球フォーグラーなどなど……。
実験場には様々な戦力が、それこそパワーバランスを崩壊させかねない量隠されており、参加者たちは終盤になるにつれ、それを発掘していった。
なぜ、終盤になって……もっと初期の頃に、それを手にする者はいなかったのか。疑問点は当たり前のように湧いてくる。
それについては、首輪に仕込まれたある機械が肝となっていたらしい。
実験場では唯一、高嶺清麿が解体に成功し、中身を取り出した首輪……その中にあった、爆弾と思しき三つの黒い球体。
清麿自身、オーバーテクノロジーの産物として検分を放棄した代物は、ただ単純な爆弾であったわけではなく、複数の役割を担っていた。
その一つが、螺旋力の覚醒によって発動される特殊電波発生装置だ。
これは首輪装着者の螺旋力に反応し、ある一定の特殊電波を放出、参加者の脳に信号を送るという仕組みになっている。
その信号とは、『ある一定方向に注意を傾ける』というもの。実験場では、その多くの矛先が各施設の隠し部屋などに向けられた。
数多の機動兵器や、パニッシャー、改造施設、フリードリヒ、ロボット兵……そういったものは、決して偶然発見されたわけではない。
参加者が持ち得る螺旋の片鱗を引き金とする特殊電波によって、意識がそちらに向き発見しやすくなるよう誘導されていたのだ。
この仕込みは実験後半、参加者たちが成長を遂げれば遂げるほど効果が現れる。だからこそ序盤は気づけず、お宝は埋もれたままだった。
そしてそれを見越したのが螺旋王であり、終盤での戦闘の規模拡大は、ある意味彼の狙いどおりだったといえる。
では、なぜ螺旋王は終盤での戦闘の規模拡大を狙ったのかという話になるが……段階、を心がけたのだと推測できる。
それについては、最後の項で考えるとしよう。
「こうやって考えてみると、螺旋王も随分と手探りに物事を進めていたようだな」
次に、六人の同志について。
視点を一時だけ外し、これからを共に生きる六人の同志たちに問題はないか、考えてみよう。
まずチミルフ。彼についてはなんら問題はない。ルルーシュに仕える忠臣として、最後まで役立ってくれるだろう。
ギアスの絶対遵守に綻びはなく、ここが実験場の外である以上、制限の影響も受けはしない。
唯一、多元宇宙の映像にあったギアスを拒む者……ユーフェミアの存在が気がかりだったが、彼女とて最後は命令を守っている。
スパンからしてみてもルルーシュのギアスが暴走する可能性はゼロに等しく、他者に打ち破られる可能性もない。
螺旋力という未知なる概念は懸念すべきだが、チミルフら獣人に至っては、完璧に覚醒の余地がないとあるので心配無用だ。
次にシトマンドラ。彼は実に内情を読みやすい。それだけに、話術によるコントロールも容易だ。
心酔していた王に裏切られ、しかし忠誠心のあまり受け入れられず、現在は葛藤に支配され、軸を失っている。
ルルーシュに対しての心象も悪い方向にはいっていないようなので、チミルフ同様効果的に利用させてもらうとしよう。
次に、アディーネとグアーム。この二人の内情はシトマンドラほど読みやすくなく、だがそれほど危惧する要素は持っていない。
二人の螺旋王が許せないという言は真実だろうし、ルルーシュに対する心象もまた悪くはない。
ただ二人とも警戒心は強いので、駒としては可もなく不可もなく、といった具合だろうか。
次に、ニコラス・D・ウルフウッド。彼の心理は実に複雑であり、簡単には読み切れない。
かつての知り合いであるヴァッシュ・ザ・スタンピードの死が大きく影響しているようだが、内情を知るには時間を要すだろう。
急に反旗を翻す可能性がないとも言い切れないため、彼の動向には注意を配る必要があった。
次に、東方不敗。彼はウルフウッド以上に警戒対象だが……当面の間は、大それた行動は起こさないだろう。
最終目的がルルーシュと同じく元の世界への帰還であるというのもそうだが、どうにもそれだけを見ているとは思いがたい。
人類殲滅による地球の浄化、自然の守護などという物騒な野望を掲げる老人に、ルルーシュの読みはどこまで通用するか。
……また、ルルーシュにはギアスという最後の切り札が残されている。
幸運にもウルフウッドと東方不敗はギアスの情報を知らないため、二人がどんなイレギュラーを起こそうとも、対処が容易だ。
そう、ルルーシュが最も危惧しなければならないのは、このいつ起こるかわからないイレギュラーであるとも言える。
想定外の事態によって番狂わせに遭うのは、もう何度も経験している。対処を怠るのは愚にもほどがある。
よって、ギアスは最後の切り札、予防線として温存。当面はギアスを封印し、知略によって駒を進めていく。
「ギアスは王の力だ。しかし、俺の力はそれだけではない。大衆にもいずれ理解させんとな。さて」
最後に、螺旋力について。
そもそも螺旋力の覚醒というだけなら、現生存者のほとんどが適合している。
が、そのどれもが、実験の成果として合格点を与えるには至っていない。不完全なのだ。
参加者の多くは、螺旋力に覚醒しても、螺旋王の用意したハードルを飛び越えることができない。
壁にぶち当たるのだ。そして現に、生存者たちは今も壁にぶつかっており、それを乗り越える策を模索している。
ここで前々項……螺旋王が戦闘の規模拡大を図った理由を探ってみると、真意が見えてくる。
戦闘の規模が拡大するということは、それだけ参加者たちに課せられる危難も大きくなる。
つまりはルルーシュが唱えた試練と同じく、巨大な逆境を持ってして、参加者にそれを乗り越えさせるといった寸法なのだろう。
螺旋王も考えていなかったわけではない、と感心し直し、同時に疑問も湧く。
終盤での戦闘の規模拡大。螺旋王の目論見自体は、ある程度は成功している。
ギルガメッシュの乖離剣エアの乱用などによって、その多くは悉く無と帰しているが、中には成果もあった。
その最もたる例が、鴇羽舞衣と藤乃静留、二人のHiMEによる戦い。
チャイルドを召喚し、制限を看破したその力は、正しく結界を打ち破らんほどの質量を持っていた。
だが、それはHiMEゆえの特殊性が為せる技なのか……螺旋王の求めた螺旋力とは微妙に食い違い、『想いの力』として、結界を破ることなく内に戻されてしまった。
そういう意味では、やはりHiMEや英霊といった多元宇宙にしかない特殊なカテゴリでは、無理なのかもしれない。
実験場の結界、殻を破らんとする螺旋力、それを為すのは螺旋力の起源たる宇宙に住まう者しかいないのではないだろうか。
おそらく螺旋王が最有力候補として据えていた少年は、ウルフウッドが早々に殺してしまった。
となれば、現時点で最も可能性があるのは……少年が『アニキ』と慕っていたカミナだろうか。
「厄介なものだな、螺旋力。研究するには奥深いテーマかもしれないが、俺にとっては七面倒くさいことこの上ない。
純粋に気合や根性と言い表せるなら楽だろうが、実態はそれらとは微妙に違う。ただ意味が近しいというだけだ。
真なる螺旋力……片鱗は既に、多くの者が見せているのだ……発揮させてやるさ、意地でもな」
ドリルは既に、カミナを初めとして全ての参加者が持っている。
あとは誰が、いの一番に実験場の天井をぶち破るかだ。
こちらが試練を与えたとしても、臆さず立ち向かってくる者……そう、それはまるで。
「ふむ。真なる螺旋力の覚醒……と何度も言い回すのも芸がないな。ここは俺が、もっと相応しい言葉を考え添えてやろう」
ルルーシュは笑み、謳うように宣言を果たす。
「天元……そう、目指すのは『天元突破』だ! 見事こちら側の試練を乗り越え、壁をぶち破ってくれたまえ! フハハハハハハハハ――ッ!!」
◇ ◇ ◇
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|271:[[天のさだめを誰が知るⅢ]]|ニコラス・D・ウルフウッド|271:[[天のさだめを誰が知るⅤ]]|
|271:[[天のさだめを誰が知るⅢ]]|ルルーシュ・ランペルージ|271:[[天のさだめを誰が知るⅤ]]|
|271:[[天のさだめを誰が知るⅢ]]|チミルフ|271:[[天のさだめを誰が知るⅤ]]|
|271:[[天のさだめを誰が知るⅢ]]|不動のグアーム|271:[[天のさだめを誰が知るⅤ]]|
|271:[[天のさだめを誰が知るⅢ]]|流麗のアディーネ|271:[[天のさだめを誰が知るⅤ]]|
|271:[[天のさだめを誰が知るⅢ]]|神速のシトマンドラ|271:[[天のさだめを誰が知るⅤ]]|
**天のさだめを誰が知るⅣ ◆LXe12sNRSs
◇ ◇ ◇
(なんや、けったいなことに巻き込まれたなぁ……)
会議が終局を向かえ、これから志を同じくすることになる七人の同志たちが、それぞれ席を立っていく。
自分以外の六人は皆、胸中までは知れずとも、血気盛んな色を表情に灯していた。
それに比べれば、己の心のなんと空虚なことか。
つい、などという理由で巻き込まれ、特に考える暇も与えられぬまま、同志に加えられたこの身は、
今後どこに向かい、どこに向かうのが正解なのか。
(……試練、か。やること自体は変わりない。人間を試すっちゅーことやからな)
流されるがままに首輪を外してもらい、後の生も約束された幸福な男――ニコラス・D・ウルフウッド。
彼は自分の存在意義について疑問を抱き、しかし考えてすぐに、嘲笑を漏らす。
――人間を、試す。
――ヴァッシュの理想に、挑む。
そう志した矢先、手段としての人間脱却を視野に入れ、耽っていたら、こんなところまで来てしまった。
ウルフウッドの道を説いてくれたチミルフは、どういうわけか人格を豹変させ、ルルーシュとかいうもやしっ子の駒扱い。
正直失望、いやそれすらも通り越し笑い話とも思えたが、これもまた彼の天命だったのだろう。
逡巡に要した間は長く、結局時間も取れないままルルーシュに邪魔される形となったが、これでよかったのだろうか。
人間をやめるべきか、人間を続けるべきか。
結果としてウルフウッドが歩んだのは後者の道だが、自らの意思で選び取ったわけではない。
人間をやめてまで力を得る必要ももはやなくなったが、本当にこれでよかったのか、気持ちの整理はまだつかない。
(……ま、時間はあるわな。もう一度じっくり考えてみんのも、ありやろ)
だがこの志はきっと、変わりはしない。
あのとき映画館で誓った挑戦は、絶対に放棄しない。
ウルフウッドにとって、箱庭の殺し合いはもはや実験でも儀式でもなんでもない。
これは勝負――ウルフウッドとヴァッシュ、意地を違えた二人の男による、信念のぶつけ合いだ。
そして、実験場に残された哀れな子羊たちとの、生死をかけた本当の意味での勝負でもある。
(生きるか死ぬか。どこまでいっても世の中はそれや。
もやしっ子がなに企んどろうが、ワイがやりたいことはやれるっちゅーわけや。
なら、乗っかったるわい。
生きて、生きるために、外道牧師として生与えるために、試練役でもなんでも請け負うたるわ)
状況や形式は大いに変わったが、根本はそんなに変わらなかった、とウルフウッドは苦笑する。
適任とも言える配役を、諸手を振るって歓迎した。
「ウルフウッド。実験の進捗まで時間が余るが、その間おまえはどうする?」
なら、今はこの場にいてもいいだろう――とウルフウッドが思い描いたとき、ルルーシュから声をかけられた。
ウルフウッドはにやついた顔を作り、気だるそうに席を立ち上がる。
「そやな……ま、やることもないし、適当にその辺ぶらついて、腹減ったら飯食って、眠くのうたら寝るわ」
友好的な素振りは見せず、素っ気ない態度で会議室を退室しようとする。
だがその行く手を、同じく席を立ち上がった東方不敗が塞ぐ。
「ふむ。試練を与える側の者としては些か覇気が足らんな? どうだ?
貴様が望むなら、流派東方不敗としてモビルファイターのノウハウを叩き込んでやるが?」
東方不敗の突拍子もない提案に、ウルフウッドは顔を顰める。
わざとらしく作った不快の表情で返答を済ませようとして、しかしルルーシュが、
「それはいいな。儀式が佳境ともなれば、状況の変化に合わせて機動兵器の投入も考えなくてはならない。
操縦の仕方くらい覚えておいても損はないはずだ。どうだろうウルフウッド?
ナイトメアフレームならわりと簡単だぞ。あんなものは人並みの運動能力と反射神経があれば乗りこなせる。
その点、おまえならなんの問題もない。なんだったら、この俺が直接手ほどきをしてやってもいいぞ?」
これまでとは打って変わって、フレンドリーに話題に介入してきた。
ウルフウッドはガンたれるチンピラの様相をそのままに、矛先をルルーシュへと転じると、お次はチミルフが、
「ウルフウッド、ガンメンもいいぞ。あれこそ戦士が駆るに相応しい機体だ」
チミルフ『までもが』ご自慢の愛機を勧めてきたので、
「うっさいわボケ! なんでもかんでもロボ出しゃいいってもんやないど!?
ワイにはこのパニッシャーがあれば十分じゃ! そこんとこよく覚えとけッ!!」
さすがに怒髪天を突き、露骨に喚き散らした。
三人の機動兵器乗りの勧誘から逃げるように、そのまま会議室をあとにする。
唯一の相棒たる十字架型の固有兵装を掲げ、今後突き進むだろう道に想いを馳せる。
牧師の道は、まだ分岐を終えない。
◇ ◇ ◇
「せっかくの機会だ。久々にガンダムファイトに興じるのもよいかと思ったが、嫌われてしまったようだな。
まあよい。待ち時間を棒に振るうのも惜しい。ここは螺旋王の残した手勢を相手に腕試しというのも一興か。
おお、そうだ。怒涛のチミルフよ。なんなら儂の相手をせぬか?
同じ武を極めんとする者同士、一度本気の拳で語り合ってみるのもよかろう」
「む……実に魅力的な申し出だが、俺が王の側を離れてしまっては……」
「遠慮することはないさチミルフ。存分にやるといい。ただし、計画に支障をきたすような真似はするな。
気乗りするあまり体を潰してしまっては、あまりにも滑稽だ。東方不敗、貴方もほどほどにお願いしますよ」
「心得ておこう。では参ろうか、我が新たなる好敵手よ。カーッカッカッカ!」
――偽りの姿としての茶目っ気を見せつけ、東方不敗もまた、チミルフを連れ添い退室する。
ルルーシュによる突如のスカウト、その内容を聞いてみれば、実に心が躍る。
……ああ、実に僥倖だ。
ルルーシュ・ランペルージとの出会いは、東方不敗にとって天恵とも受け取れる。
全ての情報体制が整う舞台裏、目前とする真実の糸口、限りなく近く手が届く範囲に、東方不敗の望むあらゆるものが用意された。
元の世界への帰還が果たせないかもしれない――それがなんだというのか。憂う問題でもない。
(ドモン、それにカミナよ……少々こずるい手で戦線を離脱する形になってしまったが、恨むでないぞ。
貴様らが生き残り、真なる螺旋の境地に至るならば――そのときこそ、この儂の手で葬り去ってやろう。
おっと、容易く葬ってしまってはならんのだったな。馬鹿弟子共から限界以上の力を引き出せねばならん)
螺旋城を練り歩く間、東方不敗は踊る心が漏れぬよう、刻む足音が高鳴らないよう注意する。
チミルフとの武人としての誓いも、適当に済ませておけばいい。
具体的になにをされたかはまだ情報不足だが、ルルーシュの駄犬と成り果てたチミルフに、かつて感じた武勇は欠片もない。
失望といえば失望だが、しかしそれ以上に、東方不敗は今後相対することになるであろう夢幻の存在に想いを馳せた。
(最終局面にて、ルルーシュの想定どおり事が運ばれるか否かは……神のみぞ知るといったところか。
それは彼奴の言うとおり、最良の手であり唯一の策には違いない。だからこそ儂も尽力しよう。
そして、掴んだチャンスは決して手放しはせん。ああそうだ。我が新たなる悲願が、早速叶いそうなのだからな)
東方不敗の瞳が見据える対象――それは元の世界にあらず。
消えた螺旋王とて、今となっては単なる逃走兵に他ならない。
東方不敗の心魂に居を置くは、反螺旋族というあまりにも大きすぎる存在だった。
アンチ=スパイラル。
人類の進化を恐れ、複数の宇宙を統べし存在。
過度の発展を遂げようとする者たちを戒め、均衡を維持せんと務めるその所業は、正に調停者と謳うに相応しい。
人類が進化の果てに露呈した浅ましき姿、慈しみを忘れた先に残りし崩壊を知るからこそ、共感の念を抱いてしまう。
東方不敗は地球を浄化してでも、人類を殲滅してでも、調律こそが正義であると謳った。
アンチ=スパイラルは言わば、東方不敗の志を宇宙規模で実行する偉大なる先人だ。
憧れにも似た若い感情が、恋情にも似た焦げるように熱い思いが、東方不敗に新たな野望を齎す。
アンチ=スパイラルと肩を並べんとする、大いなる野望を。
彼らと対等になり、ゆくゆくは彼らをも――と。
(待っておれ、アンチ=スパイラル。儂は必ず、おまえたちの元に辿り着く。
そのためならば、斯様な若造にとて使われることを厭わん。それほどの悲願だ。
フフフ……しかしながら、儂もまだまだ若い。この歳にして己に青さを覚えるとは思わなんだ)
自嘲気味に、しかし心底楽しそうに、東方不敗は夢へと突っ走る老体を笑う。
金魚の糞のように歩きついてくるチミルフが、その心理を悟れず首を傾げた。
利用するのは果たして、ルルーシュ・ランペルージか、それとも東方不敗か。
いや、経緯や方法などどうでもいい。
同じ船に乗る以上、船頭を誰が勤めるとしても、辿り着く場所は決まっている。
東方不敗の望みは、まずそこに辿り着くこと……ならば、今はひとまず野心を収めよう。
アンチ=スパイラルとの橋渡しを担う者たちを弟子とし、己は師匠として、残りの生を生きるのだ。
変わらない。新しいことでもないからこそ簡単だ。
東方不敗は多くの武闘家たちの憧れである東方不敗として、師匠をやり遂げればそれでいい。
「ところでチミルフよ、勝負をするにあたって一つ賭けをせんか? 特典を設けたほうが、余興としては楽しめよう」
「む? 俺は武人として戦えることこそが喜びだが……いったいなにを賭けるのだ?」
「なに、貴様らがルルーシュに見せた資料があるだろう。儂が勝ったら、儂にもそれを見せてくれんか? 貴様が勝ったら、そうだな――」
まるで、物心ついたばかりの子供のように、
東方不敗は大いにはしゃぎ、大いに王道を往く。
◇ ◇ ◇
ウルフウッドに続き東方不敗とチミルフが、程なくしてアディーネとグアームも退室を果たし、会議室には二人の若輩が残された。
ルルーシュ・ランペルージと、神速のシトマンドラ。
かつては支配従属の関係にも等しい間柄であった二人だが、螺旋王消失という未曾有の危機を経て、今ではこんなにも距離を近くにしている。
紆余曲折による指針の転換は、立場を同じくする二人になにを齎すのか。
(ルルーシュ・ランペルージ……いや、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。こやつとて、捨てられた存在か。
……私と、同じ……ではないな。ルルーシュは、自らの意思でブリタニアに反逆することを決意した。
それに比べ、私は……俺の、神速のシトマンドラと呼ばれた男のこの有り様はなんだ?
仕えるべき主に見放され、それを未だに受け入れられずにいる……無様、そう、無様だ)
利用するにあたって、事前に調べ上げたルルーシュのデータを脳内で掘り起こすシトマンドラ。
ルルーシュの人生観は人間のものとしては非常に稀であり、それでいてとても過酷だ。
王族に生まれた身でありながら、父に裏切られ、母を殺され、残された妹のためだけに自らを逆境に置く。
富や地位、約束された栄光を売り払ってまで、ルルーシュは復讐と妹の未来のために生きることを選択したのだ。
王を敬う側の立場にいるシトマンドラとしては、同情を通り越して気概すら感じてしまう。
自ら逆境を背負い、されど果敢に挑もうとするその根性。
人間らしい美学の裏に持つ、最優先事項以外は苔の価値ほどもないと切り捨てる覚悟。
実験の場においても、彼は妹の元に戻るためにただひたすら奔走し、状況が変わった今でも諦めてはいない。
ただの悪徒にあらず、彼はまるで――そう、彼こそ、
このルルーシュ・ランペルージこそ、『真なる螺旋力の覚醒』に最も近い存在なのではないか――?
シトマンドラはルルーシュの人間性を計り進めていく内に、いつしか本気でそう思うようになっていた。
本人もどこまで自覚しているかはわからない、淡い期待。だがそれは、決して心酔に値するものではない。
だからこそ、シトマンドラがルルーシュに頭を垂れる時は『まだ』訪れない……訪れる時が来るかも、不定だ。
(これが、反逆の正道というものか。牙を突きたてんとする獣としては、我ら獣人などよりもよっぽど……)
エリートにしてナルシストでもあるシトマンドラが、認めつつある。
ルルーシュに備わった魅了の眼力ではない、彼自身の能力が、シトマンドラの視線を誘う。
この会議室をなかなか抜け出せないのも、ルルーシュがまだここに残っているからか。
「シトマンドラ、今後ウルフウッドと東方不敗が多元宇宙や実験の詳細な資料を求めてくるかもしれないが、
まずい部分は上手く暈しておいてくれよ。特に、俺のギアスについては知られてはならない。
あの二人を抱え込む上での危険要素はまだ解消されておらず、だからこそ切り札は取っておきたいからな。
特に東方不敗は知力にも長けた…………シトマンドラ? 聞いているのか、シトマンドラ?」
「……あ、ああ」
ルルーシュの言葉を受けて、シトマンドラは自分がしばしの間呆けていたことに気づく。
体裁を整えるように屹立し、そそくさと退室しようとする傍ら、同様にルルーシュも腰を上げた。
「フッ……疲れているんじゃないか? なんならしばらく養生していてもいいんだぞ。肝心なときに倒れられて困るのはこっちだしな」
「見縊るな。貴様こそ、実験場で負った傷や疲労はちゃんと回復しておけ。ただでさえ普通のニンゲンより体力がないようだしな」
爽やかに気遣いをかけてくるルルーシュに対し、シトマンドラは照れ隠しとも思える反論を返す。
皮肉めいた言い回しはルルーシュの失笑を買うだけで、言葉の暴力にまでは至らない。
心理の安定しないシトマンドラを知ってか知らずか、ルルーシュはさらなる会話を試みる。
「……やはり、決心がつかないか?」
「なにがだ」
「螺旋王さ。かつての主を追うことに、まだ抵抗があるんじゃないか?」
――不意に心を抉られ、シトマンドラの足が止まった。
扉を潜る一歩手前で静止したシトマンドラは、顔を背けたままルルーシュに言い返す。
「……未だ信じられない、受け入れられないという気持ちは、確かにある。私は、それだけ王に心酔していた。
だがな、グアームやアディーネの気持ちがわからないわけでもないさ。失望や憤怒、憎悪とて、この心にはある。
……いや、だからか。自覚しているからこそ、私はこんな調子なのかもしれないな」
力のない声で、シトマンドラは己を理解する。
崇め、称え、憧れ、心奪われていた。
螺旋四天王神速のシトマンドラとしての唯一の生き方をもがれ、前がわからなくなってしまった。
見えなくなった目標を探すことが、正しいかどうかもわからない。
苦しい、と弱音を吐きたくもあった。
四天王の肩書きを捨て、ただの孔雀型の獣人に戻るのも一つの選択か、とまで。
「なんなら、チミルフと同じようにギアスをかけてやってもいいんだぞ? そのほうが、心の安定にはなるだろう」
人間としては不完全であり、獣にもなりきれない存在からこそ、葛藤が心を蝕む。
魔眼の所持者は、そんな脆弱な心に囁きを与える。
「仕えるべき主人が消えて苦しいのなら――俺がそれを書き換え、いくらでも安心させてやる。
無理強いじゃない。俺とおまえは対等だ。厚かましいニンゲンの気配り、と思ってくれて構わない。
答えるのも、答えないのも、おまえの自由だ」
シトマンドラは、目標なしには生きていけない。
心酔は、心の安定を促すための、シトマンドラとしての個を生かすための方法だった。
その安定がまた、不自由なく得られるというのであれば……
「お断りだ」
実に魅力的な提案、と感じた本心を伏せて、
シトマンドラはプライドを保ち、まだしばらくはルルーシュを対等に見たいと願った。
「そうか」
シトマンドラの返答に、ルルーシュはただそれだけを返す。
……本当に、おかしな関係になったものだ。
おそらくは両者共に思っていただろう心の声を、表には吐露しないまま、道を違える。
会議室を出て、ルルーシュとシトマンドラはそれぞれ別の通路を歩み、一人となる。
(螺旋王……私は、貴方を)
自分を捨て去った主への回答は、まだ模索中だ。
だが、ルルーシュという存在があるからこそ、シトマンドラは立ち止まらない。
そういう意味では、ルルーシュはシトマンドラにとっての特効薬なのかもしれない。
服用を繰り返せば死すらも招く、依存度の高い危険なクスリだが。
(追いましょう。追いついた、後は――)
振り返らない背中越しに、ルルーシュの凍てついた視線を感じたような気がしたが、
やはりシトマンドラは立ち止まらなかった。
◇ ◇ ◇
実験は儀式と名を変え、続行される。
殺し合いという基盤は変えず、アンチ=スパイラルを誘き寄せるに適した餌となるよう、熟成を促す。
故に、ただ眺めているだけでは駄目だ。全てが見渡せる頂の座につこうとも、手入れを怠ってはならない。
さしあたっては、理解だ。
螺旋王が企てた実験プログラムの全容、その随所に至るまでを理解し、改良する必要がある。
他六人に提唱した作戦は本筋でこそあるが、まだ不安な部分をふんだんに含んでいる。
それらを取り除き、策として隙のない、完全なものに仕上げるため。
ルルーシュ・ランペルージは、『理解』を試みる。
螺旋王がなにを目指し、どのように歩み、どこへ辿り着こうとしたのかを。
「理解は幸せだ。貴様の残した思想、受け継ぐつもりはないが、探らせてもらうぞロージェノム」
螺旋王が永遠の空席と定めた玉座に居座り、ルルーシュはグアームより与えられた資料を再度洗い直す。
参加者の側に立っていては絶対に暴くことのできなかった『裏側』を、それを用意した螺旋王の心情含め、考察する。
理解は訪れるだろうか。やってみなくてはわからない。
まず、螺旋王ロージェノムについて。
実際に面と向かって対話する機会はついぞ訪れなかったが、彼という人柄は十分に推測することができる。
アンチ=スパイラルに敗れ、人類の進化を一時は諦め、妥協してでも存続の道を選び取った、哀れな敗残兵。
そんな彼が、偶然舞い込んで来た技術を発端とし、多元宇宙に羨望を抱くようになってしまった。
羨望の対象たる世界――アンチ=スパイラルが、人間の手によって唯一敗れた、奇跡の宇宙だ。
その世界の螺旋王はアンチ=スパイラルとの決戦で絶えたが、その生き様は実に羨ましいものだったのだろう。
だからこそ彼は、螺旋族の復興を目指した。だが彼には、直接アンチ=スパイラルに反逆するだけの気概がなかったのだ。
戦士としてよりは科学者として優秀であったばかりに、利を追求して動き、導き出した策が実験だ。
欲しかった玩具を買ってもらう親友を羨み駄々を捏ねてみた……が、往来でそれをやるだけの度胸はなかったというところか。
それでも彼は羨望をやめられず、多くの敗北を抱え、何度も何度も悪夢に浸るのだろう……これから先も、ずっと。
「放置しておくのも滑稽だが、終わらせてやるのはせめてもの慈悲かもしれんな」
次に、多元宇宙について。
もう一人の自分、もう一つの可能性、それらが無限大に膨れ上がり、宇宙の体系となる。
正直、ルルーシュにはいまいち理解しがたい論ではあった。だが実在する以上、合理的に解釈するしかない。
実際、残された資料の中には、ルルーシュが今後辿るだろういくつかの可能性が記されていた。
チョウフ基地を舞台とした藤堂奪還作戦。神根島でのユーフェミアとの邂逅。スザクとの共闘による澤崎軍撃破。
学園祭での行政特区日本立ち上げ宣言。同一の者による日本人虐殺宣言。トウキョウ租界での大規模作戦。
全て記憶にはない、これからルルーシュが歩むかもしれない未来の姿が、多元宇宙の証拠として映し出される。
実験にも参加していたマオというルルーシュ以外のギアス能力者。ユーフェミアに対してのギアスの暴走。
オレンジの予想外すぎる復活や、何者かによるナナリーの拉致も懸念だが、いま焦点とするべき部分ではない。
多元宇宙理論の肯定……ルルーシュが刻むのは、それだけだ。
「決められた未来を辿るなど、愚にも等しい。この事実は情報として持ち帰り、後の活動に役立てようじゃないか」
次に、実験について。
螺旋王が新世界の創造を為すにあたって、最も確実な策が、殺し合いによる螺旋力の促進だと思われる。
なぜ、殺し合いだったのか。なぜ、こんな統制されたゲームのようなルールを敷いたのか。
全ては、多元宇宙の実態を知る要因ともなった『前例』……精霊王が企てた、私怨目的の殺し合いによるところが大きい。
螺旋王は精霊王の行った殺し合いに螺旋力覚醒の片鱗を見い出し、だからこそ影響を受け、模倣したのだろう。
しかしながら、精霊王の殺し合いは結果としては失敗だ。その失敗を、螺旋王は有益と見たのか否か。
……解は出したのかもしれないし、保留としたかもしれない。それも踏まえての、『実験』という言葉に違いない。
殺し合いというやり方がベストかどうかを調べるため、この実験はあらゆる意味での第一歩だったのだ。
「精霊王がいなければ、螺旋王もこのような愚策は思いつかなかったかもな。悪い意味で、影響を受けやすい性格だったようだ」
次に、舞台となる実験場について。
この箱庭も、精霊王の例を頼りにいろいろと工夫した結果のようだが、そもそもこの『世界』はなんなのか?
螺旋の王と呼ばれる所以でもある、ロージェノムの強大な螺旋力。それを母体とした世界の創造。
螺旋力はあくまでも素材であり、実際に世界の創造を成したのは、ある日螺旋王の元に飛び込んできた遥か未来の発明品だ。
その発明品が生まれた世界の科学力……まで視野を伸ばすとさすがに思考が追いつかないが、螺旋力が素材に過ぎないというのは絶対である。
四十八時間が限界の狭苦しい世界。存在限界は、結界やループ、アンチ=スパイラルからの隠蔽などの仕掛けによる副産物か。
この実験場もまた、殺し合いというやり方と同じく、この形が最良かどうかを図る実験対象だったのだろう。
「やはり、螺旋王は科学者としては優秀だった。地道を心がけることは大成に繋がる……真っ当な世を生きていればの話だが」
次に、実験場に施されたシステムについて。
ループは参加者たちに逃げられないという自覚を与えるため、凍結はトラブルバスター、結界は測定と隠れ蓑を担う。
では『制限』はいったいなんの目的で組み込まれたのか? 唯一、そこだけが不明瞭だった。
内側からの結界の破壊を持ってして、螺旋王を越える真なる螺旋力の覚醒……と当てはめるのはわかる。
そこに制限という要素を加味し、参加者たちのスペックを抑制、均衡とした理由はなんなのか。
これは多分に推測が含まれるが、螺旋王は螺旋力という力の根本を、完全に知りえていたわけではなかったのかもしれない。
いや、元の世界での螺旋力については、知り尽くしていただろう。
螺旋力とは本来、螺旋族だけが持ちうる力だ。猫や戦闘機人、英霊や守護騎士などでは絶対に持ち得ない。
しかし彼らはどういうわけか、候補者としてノミネートされていることからもわかるように、螺旋力を持ちうると判断されている。
螺旋王がいた世界の螺旋力と、多元宇宙の生物が持つ螺旋力とでは、定義や本質が微妙に食い違っていたのかもしれない。
だからこそ、動物や機械であっても螺旋力覚醒の可能性を持つ。だからこそ、種族を綯い交ぜにして殺し合わせた。
となれば、この実験場において螺旋力覚醒の脈が絶対にないと言い切れるのは……チミルフら純粋な獣人だけなのかもしれない。
話は戻るが、これが制限を設けた直接の理由として成り立つわけではない。目指したのは、やはり均衡だろう。
螺旋力とは、イコール戦闘力や生命力とは言いがたく、プラスアルファとして様々な要素を含んでいる。
故に様々な種が可能性を持ち合わせ、それが制限を課さない強者たちに蹂躙されるというのは、あまりにもったいない。
実際、実験場で初めて螺旋力の片鱗を見せた小早川ゆたかなど、ルルーシュ以上に脆弱な人間だ。
不当な力に左右されない、純然たる結果を求めた答えが、『制限』だったのだろう。
「そしてこの『制限』が最適解かどうかは、やはり螺旋王としても実験段階だったいうわけか」
次に、参加者たちについて。
集められた候補者たちは、あたかも螺旋王が選り好みした面子のようだったが、実際は少し違う。
手元の技術で飼い慣らせると判断した者、可能性を感じた者、拉致自体が無理だった者、事情は様々だろう。
未来の技術を得た螺旋王とて万能というわけではなく、発見できた多元宇宙の数にも限度はあったはずだ。
選んだ、というのは確かに言葉どおりだが、中には組み込まざるを得なかった者や、捨て石同然のものもいたのだろう。
序幕の際に見せしめとなったテッカマンランス、モロトフなどその最もたる例だ。
彼は参加者とするにはあまりに可能性に乏しく、しかし見せしめとしては有用であると、そう判断されたが故の不幸か。
「やれやれ、君のことを覚えている者などもう誰もいないだろうがな。今だけは同情するよ、ランスくん」
次に、実験終盤における螺旋王の目論見について。
実験は今回が初であり、だからこそ試験的な要素を多分に含んでいたが、螺旋王もなにも端から成功を諦めていたわけではないらしい。
実験の推移をある程度は予測し、終盤起こり得るだろう事態を想定して、実験場内にいくつかのギミックを仕込んでおいた。
その最もたる例が、螺旋力覚醒者が続出するにあたって規模拡大していく戦闘、それを見越しての『お宝』だ。
アルティメットガンダム、風雲再起、ブルーアース号、グレン、ラガン、大怪球フォーグラーなどなど……
実験場には様々な戦力が、それこそパワーバランスを崩壊させかねない量隠されており、参加者たちは終盤になるにつれ、それを発掘していった。
なぜ、終盤になって……もっと初期の頃に、それを手にする者はいなかったのか。疑問点は当たり前のように湧いてくる。
それについては、首輪に仕込まれたある機械が肝となっていたらしい。
実験場では唯一、高嶺清麿が解体に成功し、中身を取り出した首輪……その中にあった、爆弾と思しき三つの黒い球体。
清麿自身、オーバーテクノロジーの産物として検分を放棄した代物は、ただ単純な爆弾であったわけではなく、複数の役割を担っていた。
その一つが、螺旋力の覚醒によって発動される特殊電波発生装置だ。
これは首輪装着者の螺旋力に反応し、ある一定の特殊電波を放出、参加者の脳に信号を送るという仕組みになっている。
その信号とは、『ある一定方向に注意を傾ける』というもの。実験場では、その多くの矛先が各施設の隠し部屋などに向けられた。
数多の機動兵器や、パニッシャー、改造施設、フリードリヒ、ロボット兵……そういったものは、決して偶然発見されたわけではない。
参加者が持ち得る螺旋の片鱗を引き金とする特殊電波によって、意識がそちらに向き発見しやすくなるよう誘導されていたのだ。
この仕込みは実験後半、参加者たちが成長を遂げれば遂げるほど効果が現れる。だからこそ序盤は気づけず、お宝は埋もれたままだった。
そしてそれを見越したのが螺旋王であり、終盤での戦闘の規模拡大は、ある意味彼の狙いどおりだったといえる。
では、なぜ螺旋王は終盤での戦闘の規模拡大を狙ったのかという話になるが……段階、を心がけたのだと推測できる。
それについては、最後の項で考えるとしよう。
「こうやって考えてみると、螺旋王も随分と手探りに物事を進めていたようだな」
次に、六人の同志について。
視点を一時だけ外し、これからを共に生きる六人の同志たちに問題はないか、考えてみよう。
まずチミルフ。彼についてはなんら問題はない。ルルーシュに仕える忠臣として、最後まで役立ってくれるだろう。
ギアスの絶対遵守に綻びはなく、ここが実験場の外である以上、制限の影響も受けはしない。
唯一、多元宇宙の映像にあったギアスを拒む者……ユーフェミアの存在が気がかりだったが、彼女とて最後は命令を守っている。
スパンからしてみてもルルーシュのギアスが暴走する可能性はゼロに等しく、他者に打ち破られる可能性もない。
螺旋力という未知なる概念は懸念すべきだが、チミルフら獣人に至っては、完璧に覚醒の余地がないとあるので心配無用だ。
次にシトマンドラ。彼は実に内情を読みやすい。それだけに、話術によるコントロールも容易だ。
心酔していた王に裏切られ、しかし忠誠心のあまり受け入れられず、現在は葛藤に支配され、軸を失っている。
ルルーシュに対しての心象も悪い方向にはいっていないようなので、チミルフ同様効果的に利用させてもらうとしよう。
次に、アディーネとグアーム。この二人の内情はシトマンドラほど読みやすくなく、だがそれほど危惧する要素は持っていない。
二人の螺旋王が許せないという言は真実だろうし、ルルーシュに対する心象もまた悪くはない。
ただ二人とも警戒心は強いので、駒としては可もなく不可もなく、といった具合だろうか。
次に、ニコラス・D・ウルフウッド。彼の心理は実に複雑であり、簡単には読み切れない。
かつての知り合いであるヴァッシュ・ザ・スタンピードの死が大きく影響しているようだが、内情を知るには時間を要すだろう。
急に反旗を翻す可能性がないとも言い切れないため、彼の動向には注意を配る必要があった。
次に、東方不敗。彼はウルフウッド以上に警戒対象だが……当面の間は、大それた行動は起こさないだろう。
最終目的がルルーシュと同じく元の世界への帰還であるというのもそうだが、どうにもそれだけを見ているとは思いがたい。
人類殲滅による地球の浄化、自然の守護などという物騒な野望を掲げる老人に、ルルーシュの読みはどこまで通用するか。
……また、ルルーシュにはギアスという最後の切り札が残されている。
幸運にもウルフウッドと東方不敗はギアスの情報を知らないため、二人がどんなイレギュラーを起こそうとも、対処が容易だ。
そう、ルルーシュが最も危惧しなければならないのは、このいつ起こるかわからないイレギュラーであるとも言える。
想定外の事態によって番狂わせに遭うのは、もう何度も経験している。対処を怠るのは愚にもほどがある。
よって、ギアスは最後の切り札、予防線として温存。当面はギアスを封印し、知略によって駒を進めていく。
「ギアスは王の力だ。しかし、俺の力はそれだけではない。大衆にもいずれ理解させんとな。さて」
最後に、螺旋力について。
そもそも螺旋力の覚醒というだけなら、現生存者のほとんどが適合している。
が、そのどれもが、実験の成果として合格点を与えるには至っていない。不完全なのだ。
参加者の多くは、螺旋力に覚醒しても、螺旋王の用意したハードルを飛び越えることができない。
壁にぶち当たるのだ。そして現に、生存者たちは今も壁にぶつかっており、それを乗り越える策を模索している。
ここで前々項……螺旋王が戦闘の規模拡大を図った理由を探ってみると、真意が見えてくる。
戦闘の規模が拡大するということは、それだけ参加者たちに課せられる危難も大きくなる。
つまりはルルーシュが唱えた試練と同じく、巨大な逆境を持ってして、参加者にそれを乗り越えさせるといった寸法なのだろう。
螺旋王も考えていなかったわけではない、と感心し直し、同時に疑問も湧く。
終盤での戦闘の規模拡大。螺旋王の目論見自体は、ある程度は成功している。
ギルガメッシュの乖離剣エアの乱用などによって、その多くは悉く無に帰しているが、中には成果もあった。
その最もたる例が、鴇羽舞衣と藤乃静留、二人のHiMEによる戦い。
チャイルドを召喚し、制限を看破したその力は、正しく結界を打ち破らんほどの質量を持っていた。
だが、それはHiMEゆえの特殊性が為せる技なのか……螺旋王の求めた螺旋力とは微妙に食い違い、『想いの力』として、結界を破ることなく内に戻されてしまった。
そういう意味では、やはりHiMEや英霊といった多元宇宙にしかない特殊なカテゴリでは、無理なのかもしれない。
実験場の結界、殻を破らんとする螺旋力、それを為すのは螺旋力の起源たる宇宙に住まう者しかいないのではないだろうか。
おそらく螺旋王が最有力候補として据えていた少年は、ウルフウッドが早々に殺してしまった。
となれば、現時点で最も可能性があるのは……少年が『アニキ』と慕っていたカミナだろうか。
「厄介なものだな、螺旋力。研究するには奥深いテーマかもしれないが、俺にとっては七面倒くさいことこの上ない。
純粋に気合や根性と言い表せるなら楽だろうが、実態はそれらとは微妙に違う。ただ意味が近しいというだけだ。
真なる螺旋力……片鱗は既に、多くの者が見せているのだ……発揮させてやるさ、意地でもな」
ドリルは既に、カミナを初めとして全ての参加者が持っている。
あとは誰が、いの一番に実験場の天井をぶち破るかだ。
こちらが試練を与えたとしても、臆さず立ち向かってくる者……そう、それはまるで。
「ふむ。真なる螺旋力の覚醒……と何度も言い回すのも芸がないな。ここは俺が、もっと相応しい言葉を考え添えてやろう」
ルルーシュは笑み、謳うように宣言を果たす。
「天元……そう、目指すのは『天元突破』だ! 見事こちら側の試練を乗り越え、壁をぶち破ってくれたまえ! フハハハハハハハハ――ッ!!」
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