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「あばよ、ダチ公(前編)」(2023/06/05 (月) 18:37:50) の最新版変更点
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**あばよ、ダチ公(前編) ◆wYjszMXgAo
◇ ◇ ◇
「カミナ、何を一人で先走っているのだ!
勝てるものも勝てなくなるぞ!!」
……何故ならば、彼には仲間が居るのだから。
「……ガッシュ?」
気付けばそこはガッシュの腕の中だった。
仰向けに飛んでいるのではなく、小脇に抱えて横から掻っ攫われたのだ、
見れば東方不敗は先ほどから全く動いていない。
一人突進したカミナを無理矢理静止させる為にそんな行為に及んだのだろう。
『カミナ、ここは一人でどうにかできる局面ではありません!』
懐から響くクロスミラージュの声。
「ヨーコさんは、私にとっても仲間です……。
私だって、大グレン団の一員です!」
ぐっと拳を握り、力強く頷くニア。
呆けた様な顔でそれを見回した後、顔を一瞬くしゃくしゃに歪める。
――――誰もが気のせいかと思うような間に表情を元に戻し、カミナは苦笑をあらためて作り出す。
「……ああ、そうだよな。
俺にはお前達がいる。そして、ヨーコだって俺の大切な仲間だ。
行くぜ野郎ども! 大グレン団、目の前のジジイをぶっ倒すぞ!!」
鬨の声が上がる。
ガッシュから飛び降りたカミナは剣を抜き放ち、背に皆の声を受けながら口上を張り上げる。
「行くぜジジイ……。
いざここで会ったからにゃあ、俺は逃げねぇ、退かねぇ、振り向かねぇ!
テメエがヨーコの仇だって言うなら尚更だ、覚悟しやがれ!
あいつが生きていても、……本当に死んじまったとしても、それを語ったテメエを許す道理なんてどこにもねぇんだ!」
相対する東方不敗はただ悠然と。
流水よりなお緩やかな動きで構えを作る。
「ほう、ワシを殺せるものならやってみるがいい青二才が。
敵討ちを諦め尻尾を振って逃げ帰るなら見逃してやってもいいのだぞ?
ワシが興味あるのはそこの娘のみ。貴様など路傍の石ころほどの価値もないわッ!!」
カミナはしかし一歩も退かない。
――――己が信念を、吠える。叫ぶ。轟かせる。
「殺しゃしねぇ……、殺しゃしねえよ。
俺はこの殺し合いなんざに乗らねえと決めた、だったらそれを貫き通す!
それが俺の意地だ!
テメェがヨーコを本当に殺したんだってんなら、アイツの墓の前で100万回土下座させてやらぁ!」
「青い、青いぞ若造がぁッ!!
さあ、来てみせるがいい己が憎悪を剣に乗せて!」
――――戦いの始まりを告げるベルが鳴る。
カミナは既に手に慣れてしまった魔本を取り出しながら、一つの考えを展開させる。
自分らしくないとは分かっていながらも。
――――ヨーコの事は本当かどうかは分からない。
だが、少なくとも目の前の男が彼女に相対したのは事実だろう。
そして、その実力の桁外れさも、痛いほどに分かる。
目的はニアだ。
……たとえ自分の無力さゆえにこぼした人が居たとしても、彼女だけは、守り抜かなくてはならない。
絶対に、絶対にだ。
頭のどこかがそれを強く強く告げている。
カミナの信条はとても青いものだ。
仲間を絶対に信頼し、自分自身が信じたことも貫き通す。
だがしかし、傍らに居るニアは自らもまた力になろうとしているのだ。
……そこに矛盾が生じる。
彼女が戦いを望むなら、自分もそれを信じるべきではないのか。
彼女の戦う意思を無視してでも、逃げろと言うべきではないのか。
絶対に守り抜くためには、ニアに逃げて欲しい。
だが、ただ逃げろと言ってもニアはまず逃げないだろう。
これまでの会話で充分分かっていたし、自分の弟分の大切な人間なら、そうであるのがむしろ当然だ。
……その心意気はカミナにとって嬉しいことでもあり、同時に辛いことでもある。
東方不敗ほどの実力者と相対するならば、彼女の存在はむしろ逃げて欲しいのだから。
故に、カミナは悩む。
不得手と分かっていながらも脳髄を働かせて。
……その果てに、解決の為の一手として、一つの案をカミナは告げる。
「……ニア! お前は早くあのガンメンモドキを探して来い!」
「あ、アニキさん!?」
戸惑うニアを尻目に、魔本を捲りながらカミナは彼女にどうすべきかを伝えていく。
「お前もアイツの本が読めたんだろ?
だったらさっさと探して来い、四人で戦ったほうが勝ちやすいだろうがよ!」
……もちろん、ビクトリームとの合流などは期待していない。
あくまでもここからニアを逃がす為の方便だ。
負けるつもりはないがとにかく自分たちで時間を稼ぎ、彼女を遠くに逃がせればそれでいい。
「で、でも……!」
それに感づいているのか、純粋に戦力が心配なのか。
当然のようにニアは不安げな目でカミナを見つめる。
……その時間さえ惜しいと言うのに。
だから、カミナは思い切り怒鳴る。
「俺を誰だと思ってやがる! 泣く子が余計に喚く大グレン団の鬼リーダー、カミナ様だろが!
余計な心配してんじゃねえ、
さっさと行けぇえええええぇぇええぇぇぇぇえぇえッ!!」
「――――!」
……今にも泣きそうな表情をわずかに見せた後、俯いたニアは……、
即座に後ろを向いて脱兎のごとくあらぬ方向へと駆け出していく。
振り向きもせず音だけで確認するカミナ。
ガッシュと目を合わせてニヤリと笑い会った後、いまだ構えを崩さない東方不敗にようやく向き直る。
自信の表れか舐められているのか、今のやり取りの間にも彼は全く攻撃を加えようとはしていなかった。
『……見逃してしまっていいのですか』
クロスミラージュの問い掛けに、しかし東方不敗は嗤ってそれを一蹴する。
「このワシが小娘一人見つけられんと思うのか?
いまあ奴を捕らえるより優先すべき事は、その近くに飛び回る羽虫どもを駆除することよ。
さあ、茶番は終わりだ。
……来るがいい青二才ッ!!」
……ベルは鳴り終わり、幕が開く。
戦いの舞台はこうして整った。
これより始まるのは――――、男が己の意地をかけた死合である。
「……ラウザルク!!」
カミナが手にした本に浮かび上がった呪文を口にした瞬間、ガッシュの体が光を纏う。
最早字が読めることにカミナが驚くことはない。
そういうものだと理解しているからだ。
そのままガッシュは一息に東方不敗に接近。
左右のラッシュを繰り出しながら、必殺の時を作ろうとする。
「ムゥ!?」
――――東方不敗が顔を歪める。
焦りや苦渋というほどではないが、確実に厄介だとは思っているのだろう。
技は未熟。間合いの読み方や位置取りも良いとは言えない。
……だが、単純に速い。力強い。
それもそのはずだ。ラウザルクは身体強化呪文。
只でさえ人より強靭な魔物の体を更に数段押し上げる効果を持つ。
たとえ技術が未熟でも、そのパワーとスピードは人の及ぶ範疇にない。
……しかし、それを乗り越えるのが人間だ。
たとえ体躯に及ばぬ熊であろうと獅子であろうと、技を以って仕留める存在こそが人間だ。
交差の一瞬で無数の連撃を打ち合い離脱。
「くぅ……っ」
「せぁあああぁああああっ!!」
単純極まりない左右の連打を繰り出したガッシュに対し、
東方不敗はフェイントと力の強弱、放つタイミングの緩急などを芸術的なまでに調節した舞踊を披露。
流れるようにガッシュの攻撃を全て受け流しながら、確実に自身の一撃を入れていく。
結果として現れる光景は、一方的に弾き飛ばされるガッシュの姿だ。
……しかし、そこで終わるならば一流の武術止まりでしかない。
自身の攻撃で吹き飛ばされるガッシュに更に追いつき追い越し、
「シィィィイイイイイイィイィイッ!」
――――流派東方不敗、背転脚。
金色の矮躯を一撃で粉砕する。
……いや、しようとした。
「らぁぁああああぁ、俺を忘れてんじゃねえソードぉ!」
「ちぃっ……」
カミナの剣による一撃。
片手に本を、片手に剣をという魔物のパートナーの戦法としては型破りすぎる代物だが、それをこなしてしまうのがカミナという男。
それを防ぐ為に蹴撃を中断せざるを得なかったのだ。
指の二本で刃を受け止め、思い切り引く。
「……っとぉ!」
だがそれでもカミナは剣を掴み続ける。結果、バランスを崩して前のめりになった。
……好機とみて東方不敗は距離を詰めようとした。
が、ふと背中に手を回し、握る。
「な、背中に目が生えておるのか!?」
掴んだものは、ガッシュ・ベルの腕。
吹き飛ばされた後、建物を蹴った反動を利用して背後に迫ったそれを気配と空気の流れから読み取り、対処したまでだ。
……やはり存外、厄介だ。
東方不敗はそう分析する。
身体能力だけが取り得なガッシュ。
心意気や躊躇いのなさ、即座の判断力は買うが、常人の域を出ていないカミナ。
片方だけなら全く問題はないが、連携されるとなると制限がかかった上に疲弊したこの身では反応が遅れる。
……故に、勝負は長引かせない。
これからの一連の攻防で決着をつけることを確定させ、その為に行動する。
掴んだままのガッシュの腕。それに力を込め、
「ウヌ!? ぬうぅぅぁああぁぁあああああああぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁ……」
――――思い切り上空へと放り投げる。
何をするのだぁぁあぁぁ……、と、残響音のような声と共に、遥か上空へ。
ここから確認すれば、ガッシュは豆粒のような大きさにしか見えていない。
つまり、わずかな時間とはいえ1対1の状況になったわけだ。
こうなれば後は単純。
すぐ側で体勢を立て直した小煩い青二才をどうにかすればいい。
「おらおらおらおらぁ、アトミックファイヤーブレードッ!!」
――――その場のインスピレーションですよと言わんばかりの適当な技名を、カミナは突きと共に繰り出すものの。
「ふ……ッ!」
「オイ、マジかよ!」
その刃をスウェーバックだけでやり過ごし、容易く体に手刀を叩き込む。
「ぐぅっ……」
どうにか刀身で受け止めるカミナ。
しかし、その一撃はあっさりとなんでも切れる剣を二つに叩き折り止まらない。
減衰した一撃はカミナの胴体に到達すると肋骨2本を二つに割り、その勢いのままカミナをまっすぐ突き飛ばした。
――――十数メートルほど飛ばされた先、いつしか辿り着いていた砂浜に幾度かバウンドしてようやくカミナは静止する。
「……フン。ようやく力量の差を思い知ったか? 青二才」
――――東方不敗は、無傷。
あれだけの交戦を、二人がかりで行なってさえこの様だ。
……むしろよくやったと言えるだろう。
カミナは口端に笑みを浮かべるのを東方不敗は見届けた。
……やり遂げた、と言う笑みを。
それを、東方不敗はニアを逃がしきれたことへの安堵だと推察する。
――――事実、それは成し遂げられた。
少なくともこれから自分はニアを探す必要があるだろう。
時間稼ぎの目論見はまんまと成功された。
敵対するとはいえ、殺すのは惜しいと東方不敗は思う。
真っ直ぐな気性とそれを貫き通せる意地。
青いところはあるが、ドモンに通ずる所も感じられた。
――――流派東方不敗を伝授してやりたいとすら思わされる。
まあ、現状と恨まれた事実を考えればそんなのは夢物語だ。
月明かりの下、尻餅をついて倒れたままのカミナの体を見据えつつ東方不敗は悠然と立つ。
最初はニアへの脅迫に生かしておこうかとも思ったが、しかし情が移ればそれだけ面倒なことになるだろう。
……ここは、殺しておいた方が後腐れがなくて良い。
だから、その通りにする。……ほんの少しの情けも込めて。
「さて、遺言くらいは聞いてやろう。何か伝えたいことはあるか?
このワシに啖呵を吐いたその度胸に免じてひとつくらいはいうことを聞いてやらんでもないぞ?」
その言葉を受けて、果たしてカミナは何事かを呟いた。
「――――」
「む? 何と?」
……小さくて聞こえなかった。
何を言ったのかと再度問い、耳を澄ましてみればようやくその言葉が耳に届く。
「……テメエが倒れてろ、クソジジイ」
「――――な、」
気付く。
……カミナの手にある奇妙な本、その輝きに。
先ほどの身体強化呪文とは比べ物にならない力の密度に。
天を仰ぐ。
「ガッシュ、お前の出番だ!
お前ならこのクソジジイをぶちのめせる。お前ならできる、俺はそう信じた!
お前を信じる俺を信じろ、そしてお前を信じるお前を信じろ!
いくぜダチ公……!」
――――そこには、強大な緑色の光を迸らせる魔物の子供が居た。
星々が散りばめられた夜の空。
そこから悠然と降臨するは王者の威風。
風が、強く強く吹き荒れた。
全ては布石。
ガッシュが飛び道具をこれまで使わなかったのも、カミナが自ら立ち回って注意を引かせたのもこの瞬間に通じている。
……尤も、特に考えずに直感にしたがってそうしていたのは事実ではあるが。
――――カミナの声が、亡びの時を呼び寄せる。
「……バオウ、」
東方不敗は直感する。
何もかもをも食らい尽くす雷の竜の姿を幻視することで。
この技は食らってはいけないと。
絶対に出させてはいけないと。
それを全身が告げている。
防ぐに能わず。
もたらす破壊は甚大に過ぎ、ヒトの身にて耐える術はなし。
避けるに能わず。
如何なる場所に逃げようと、その竜は何処までも追い続け、巨体を以ってヒトを磨り潰す。
壊すに能わず。
立ち向かうは愚かとしか呼べず、ヒトはただただ蹂躙されるのみ。
……その元凶は遠く。
当然だ。
遠距離攻撃手段の可能性を見損じ、遠くに投げ放ったのは誰でもない自分なのだから。
今から流派東方不敗のいかなる技を繰り出そうとも届くには時間がなさ過ぎる。
――――そして、ソレは告げられた。
「ザケルガァァァアアアァァァアァアアアアァアアアッ!!」
――――風が、吹き止んだ。
何もない。
たったの一つを除いて、そこにはもう存在しない。
……何がないのか? 存在しないのか?
答えは単純。たったの一語。
『変わったもの』は、何もない。
……カミナの肩に刺さった、奇妙な短剣を別として。
カミナは倒れたままで。
ガッシュは宙に居たままで。
東方不敗は、そこに威風堂々と立ったままで。
状況は、何一つ変わっていない。
「……嘘だろ、オイ」
――――ただ呆然とカミナが呟くと同時。
ガッシュは術の反動で気を失ったまま、あっけなく地面に落下した。
◇ ◇ ◇
『契約――――、魔法そのものをキャンセルするデバイス!?
そんな、こんなものがあるなんて――――』
地面に尻餅をついたままのカミナの方から声が聞こえてくる。
だが、東方不敗にとっては些事に過ぎない。
今はとりあえず危機を脱出したことを喜び、しかしそれに溺れず次にするべきことを考えねばならない。
世の中は結果で動く。
過程を考えても意味のないことに捕らわれても仕方ない。
……そう。何故自分が全くの無事なのかは、東方不敗には分からない。
ただ、彼は自分の直感を信じて行動し、結果として生き延びた。それだけだ。
――――まさに死の呪文が告げられようとしたその瞬間東方不敗が取ったのは、カミナへの対処だった。
今までの戦法を推察するに、カミナの持つ本が何らかの影響をガッシュに与えている事は確実と推測。
故に、届かないガッシュをどうにかして呪文を防ぐより、カミナさえ何とかすればいいと考えた。
確実ではないが、それしかあれを放たせないための術がないのならば全力で事を成すまでである。
判断は刹那、行動は瞬間。
わずか一言が告げられるまでの間に、カミナに対してできる事を直感から導き出す。
――――そう、それは直感だった。
東方不敗という武術を極めた人間の頂点が、数多の戦闘の経験から導き出した現状を打破する術。
それを成す為に必要な道具を彼は手に取っていた。
何故それを選んだのか、考えはない。理由もない。
……ただ、『それ』ならば現状を打破できると戦士の勘が告げていた。
たとえその仕組みが理解できなくとも、あの呪文を無と化せるのだと。
だから、東方不敗はソレに賭けた。
摩訶不思議なその道具に。何より、自分自身の勘に、命の全てを。
彼が自らを託したその道具は、こう謳われた神秘の結晶。
破戒すべき全ての符、と。
ルールブレイカー。
ありとあらゆる契約を、魔術的な強化や生命を破戒し無と化す宝具である。
それは異なる世界のものとて例外ではない。
一瞬で手に取ったそれを、東方不敗は即座にカミナに投げつける。
……とにかく刺さればいいと、狙いを定めはしなかった為に刺さった場所は肩になったが、効果は即座に現れた。
カミナからガッシュに流れ込む心の力。
それが一瞬にて断ち切られ、結果、バオウ・ザケルガも形を保てず霧散した。
破戒すべき全ての符は、ガッシュとカミナの契約を強制破棄したのである。
当然、東方不敗はそれを知る由もない。
考えることすらしない。
何故ならば、今すべき事は他にある。
落下し、うずくまるガッシュに近寄っていく。
既に術の弊害による気絶からは冷めているのか、東方不敗の接近に慌て、何かないかとデイパックに手を突っ込んだ所を捕縛する。
下手な支給品でまた厄介なことになられてはたまらない。
「……そのまま動くでないぞ。
鞄から手を抜いた時点で、何を持っていようが、何も持っていなかろうがあそこの青二才が死に至る事になる」
口元を歪めながらそう告げてみせれば、ガッシュはウヌ、と呟き泣きそうな顔で動きを止めた。
何が起こったかも理解できない状況で、いきなり窮地に立たされたにもかかわらず反応がそれだけなら大したものだ。
今の自分の立場を知っているが故に、危険な行動を取らない賢さは持っているようである。
――――実に人質にはもってこいだ。
言葉通りに置物のように動かないガッシュを脇に抱え、あらためてカミナに向き直る。
「……理解できたか? 青二才。
まずはその本を捨ててこちらに来るのだ。さもないとどうなるかは……分かっているな?」
……殺すにせよ殺さないにせよ、とにかくは本からカミナを引き剥がす。
「クソ……ッ」
悪態を突き、憤りながらもカミナは言うとおりにすることしか出来ない。
……それが、彼の青さだ。
良くも悪くも一直線にしか進めない。
だからこそ皆の上に立ち導く時は強く輝き皆を惹きつけるが、逆に守勢に立たされれば脆いのだ。
これまでの彼の人生の殆どはジーハ村という狭い交友関係の場所にあり、故にこういう駆け引きは殆ど縁がなかった。
何かあっても、全て彼自身の責任となったからだ。
だから、仲間が窮地に立たされ、それが自分の行動一つで左右される場合、彼の取れることなど――――言いなりになるしかない。
たとえそれが自身の気持ちに反することになってもだ。
あまりにも危うい生き方。それをここに来てカミナは実感せざるを得なかった。
悔しく、また、情けない。
けれど、ガッシュの命を考えればこうするしか道はない。
魔本をその場に捨て、両手を挙げながら一歩、二歩。
砂浜の上を無防備に進んでいく。
10mほどで歩くのを止め、東方不敗と向かい合う。
「……これでいいだろ、ガッシュを離しやがれ」
東方不敗がクックと笑いを漏らす。
……癇に障る。それ以上に悔しくてたまらない。
目の前にいるのはヨーコの仇かもしれないのだから。
しかし、その感情を泣きそうな顔をしたガッシュを見て押さえつける。
後悔はない。これでいいのだ。
仲間を守る。カミナは皆の兄貴分でありリーダーなのだから。
……だから、カミナは絶望する。
「……成程、確かにこれでいい。
人質は一人で充分だ。あの小娘の思い入れが強いのは貴様の方だろう、青二才。
……もう、この子供は用済みという訳だ」
「……っ! カミ、ナ……」
東方不敗の浮かべた悦の表情は、その自負すら叩き潰したのだから。
――――ガッシュを、殺す。
危険性を利便性を考慮し、躊躇いなく東方不敗はその決断を下した。
「テメェ……ッ!! くそ……くそぉ……っ」
無力。無力。無力。無力。無力。
理不尽にも敵のなすがままにされ、反撃すら出来ない。
何が俺を誰だと思ってやがる、だろう。
結局何も出来はしない。
いつしか、カミナは泣いていた。
東方不敗への憤怒を露にしながらも、何も出来ない自身があまりにも悔しかった。
ここまでの挫折感を味わったのは初めてだった。
「フン、貴様にはまだ生きていてもらうぞ。
ワシの走狗として情報を集めてもらうとしようか」
がくり、とその言葉を聞いて地面に膝をつく。
ただただ、悔しかった。
悔しいの一文字しか心になかった。
カミナ一人ではガッシュを救う事は出来はしない。
仲間を守ることすら貫けない。
――――そう、だからこそ、仲間がいる。
「――――アニキさん! ガッシュさん……!」
「……な、」
背後から聞こえた声に、カミナは驚きを隠せなかった。
◇ ◇ ◇
――――嘘だと分かっていた。
いや、嘘というより方便だろう。自分をここから逃がす為の。
嫌だった。
何も出来ないのは。そして、むざむざ退くのは。
逃げない、退かない、振り返らない。
それこそが大グレン団の心意気だ。
シモンが受け継いでいたそれを、カミナは強く見せ付けてくれた。
カミナは自分を認めてくれた。
ならば自分も大グレン団だ。
そして、それを誇りたかった。
だから、最初こそ言うことを聞こうと思ったけど、引き返す。
……自分も力になりたいと、その想いだけを心に宿して。
「――――アニキさん! ガッシュさん……!」
「……ニア?」
見ればガッシュが東方不敗の脇に抱えられ、カミナは涙に濡れて膝をついている。
何とかしなければならない。
自分にできる事は何か、それを即座に見つけ出す。
カミナの背後に落ちている本。
一度ビクトリームのときに経験がある。
あれを使いたい。
使って、皆を救い出す!
絶対にこの場を切り抜けてみせる!
……自分も意地を貫ける、大グレン団の一員なのだから――――!
その想いが迸る。
ニアの全身から光が漏れ出し、緑に染まる。
体躯は一瞬で活性化し、ニアの走りを加速させた。
運動を止めずに地面から本を掻っ攫い、開く。
求めるはこの場を切り抜ける方法。
想いの力は確かにそれを導き、答えた。
本に浮かび上がるその呪文の名前を強く強く口にする。
必要なのは強力な一撃ではない。
ガッシュが東方不敗を振りほどくことさえできればいい。
シンプルイズベスト。
単純ゆえに出が早く、体勢を崩さざるをえない攻撃を解き放つ――――!
「ザケ――――、」
――――暗転。
最後に見た光景は、東方不敗の片腕から延びる布切れが自分の手を打ち据え、体ごと吹き飛ばす光景だった。
本が、手から零れ落ちてゆく。
*時系列順に読む
Back:[[邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ-]] Next:[[あばよ、ダチ公(後編)]]
*投下順に読む
Back:[[邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ-]] Next:[[あばよ、ダチ公(後編)]]
|251:[[邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ-]]|ガッシュ・ベル|251:[[あばよ、ダチ公(後編)]]|
|251:[[邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ-]]|カミナ|251:[[あばよ、ダチ公(後編)]]|
|251:[[邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ-]]|ニア|251:[[あばよ、ダチ公(後編)]]|
|251:[[邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ-]]|東方不敗|251:[[あばよ、ダチ公(後編)]]|
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**あばよ、ダチ公(前編) ◆wYjszMXgAo
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「カミナ、何を一人で先走っているのだ!
勝てるものも勝てなくなるぞ!!」
……何故ならば、彼には仲間が居るのだから。
「……ガッシュ?」
気付けばそこはガッシュの腕の中だった。
仰向けに飛んでいるのではなく、小脇に抱えて横から掻っ攫われたのだ、
見れば東方不敗は先ほどから全く動いていない。
一人突進したカミナを無理矢理静止させる為にそんな行為に及んだのだろう。
『カミナ、ここは一人でどうにかできる局面ではありません!』
懐から響くクロスミラージュの声。
「ヨーコさんは、私にとっても仲間です……
私だって、大グレン団の一員です!」
ぐっと拳を握り、力強く頷くニア。
呆けた様な顔でそれを見回した後、顔を一瞬くしゃくしゃに歪める。
――――誰もが気のせいかと思うような間に表情を元に戻し、カミナは苦笑をあらためて作り出す。
「……ああ、そうだよな。
俺にはお前達がいる。そして、ヨーコだって俺の大切な仲間だ。
行くぜ野郎ども! 大グレン団、目の前のジジイをぶっ倒すぞ!!」
鬨の声が上がる。
ガッシュから飛び降りたカミナは剣を抜き放ち、背に皆の声を受けながら口上を張り上げる。
「行くぜジジイ……
いざここで会ったからにゃあ、俺は逃げねぇ、退かねぇ、振り向かねぇ!
テメエがヨーコの仇だって言うなら尚更だ、覚悟しやがれ!
あいつが生きていても……本当に死んじまったとしても、それを語ったテメエを許す道理なんてどこにもねぇんだ!」
相対する東方不敗はただ悠然と。
流水よりなお緩やかな動きで構えを作る。
「ほう、ワシを殺せるものならやってみるがいい青二才が。
敵討ちを諦め尻尾を振って逃げ帰るなら見逃してやってもいいのだぞ?
ワシが興味あるのはそこの娘のみ。貴様など路傍の石ころほどの価値もないわッ!!」
カミナはしかし一歩も退かない。
――――己が信念を、吠える。叫ぶ。轟かせる。
「殺しゃしねぇ……殺しゃしねえよ。
俺はこの殺し合いなんざに乗らねえと決めた、だったらそれを貫き通す!
それが俺の意地だ!
テメェがヨーコを本当に殺したんだってんなら、アイツの墓の前で100万回土下座させてやらぁ!」
「青い、青いぞ若造がぁッ!!
さあ、来てみせるがいい己が憎悪を剣に乗せて!」
――――戦いの始まりを告げるベルが鳴る。
カミナは既に手に慣れてしまった魔本を取り出しながら、一つの考えを展開させる。
自分らしくないとは分かっていながらも。
――――ヨーコの事は本当かどうかは分からない。
だが、少なくとも目の前の男が彼女に相対したのは事実だろう。
そして、その実力の桁外れさも、痛いほどに分かる。
目的はニアだ。
……たとえ自分の無力さゆえにこぼした人が居たとしても、彼女だけは、守り抜かなくてはならない。
絶対に、絶対にだ。
頭のどこかがそれを強く強く告げている。
カミナの信条はとても青いものだ。
仲間を絶対に信頼し、自分自身が信じたことも貫き通す。
だがしかし、傍らに居るニアは自らもまた力になろうとしているのだ。
……そこに矛盾が生じる。
彼女が戦いを望むなら、自分もそれを信じるべきではないのか。
彼女の戦う意思を無視してでも、逃げろと言うべきではないのか。
絶対に守り抜くためには、ニアに逃げて欲しい。
だが、ただ逃げろと言ってもニアはまず逃げないだろう。
これまでの会話で充分分かっていたし、自分の弟分の大切な人間なら、そうであるのがむしろ当然だ。
……その心意気はカミナにとって嬉しいことでもあり、同時に辛いことでもある。
東方不敗ほどの実力者と相対するならば、彼女にはむしろ逃げて欲しいのだから。
故に、カミナは悩む。
不得手と分かっていながらも脳髄を働かせて。
……その果てに、解決の為の一手として、一つの案をカミナは告げる。
「……ニア! お前は早くあのガンメンモドキを探して来い!」
「あ、アニキさん!?」
戸惑うニアを尻目に、魔本を捲りながらカミナは彼女にどうすべきかを伝えていく。
「お前もアイツの本が読めたんだろ?
だったらさっさと探して来い、四人で戦ったほうが勝ちやすいだろうがよ!」
……もちろん、ビクトリームとの合流などは期待していない。
あくまでもここからニアを逃がす為の方便だ。
負けるつもりはないがとにかく自分たちで時間を稼ぎ、彼女を遠くに逃がせればそれでいい。
「で、でも……!」
それに感づいているのか、純粋に戦力が心配なのか。
当然のようにニアは不安げな目でカミナを見つめる。
……その時間さえ惜しいと言うのに。
だから、カミナは思い切り怒鳴る。
「俺を誰だと思ってやがる! 泣く子が余計に喚く大グレン団の鬼リーダー、カミナ様だろが!
余計な心配してんじゃねえ、
さっさと行けぇえええええぇぇええぇぇぇぇえぇえッ!!」
「――――!」
……今にも泣きそうな表情をわずかに見せた後、俯いたニアは……
即座に後ろを向いて脱兎のごとくあらぬ方向へと駆け出していく。
振り向きもせず音だけで確認するカミナ。
ガッシュと目を合わせてニヤリと笑い会った後、いまだ構えを崩さない東方不敗にようやく向き直る。
自信の表れか嘗められているのか、今のやり取りの間にも彼は全く攻撃を加えようとはしていなかった。
『……見逃してしまっていいのですか』
クロスミラージュの問い掛けに、しかし東方不敗は嗤ってそれを一蹴する。
「このワシが小娘一人見つけられんと思うのか?
いまあ奴を捕らえるより優先すべき事は、その近くに飛び回る羽虫どもを駆除することよ。
さあ、茶番は終わりだ。
……来るがいい青二才ッ!!」
……ベルは鳴り終わり、幕が開く。
戦いの舞台はこうして整った。
これより始まるのは――――男が己の意地をかけた死合である。
「……ラウザルク!!」
カミナが手にした本に浮かび上がった呪文を口にした瞬間、ガッシュの体が光を纏う。
最早字が読めることにカミナが驚くことはない。
そういうものだと理解しているからだ。
そのままガッシュは一息に東方不敗に接近。
左右のラッシュを繰り出しながら、必殺の時を作ろうとする。
「ムゥ!?」
――――東方不敗が顔を歪める。
焦りや苦渋というほどではないが、確実に厄介だとは思っているのだろう。
技は未熟。間合いの読み方や位置取りも良いとは言えない。
……だが、単純に速い。力強い。
それもそのはずだ。ラウザルクは身体強化呪文。
ただでさえ人より強靭な魔物の体を更に数段押し上げる効果を持つ。
たとえ技術が未熟でも、そのパワーとスピードは人の及ぶ範疇にない。
……しかし、それを乗り越えるのが人間だ。
たとえ体躯に及ばぬ熊であろうと獅子であろうと、技を以って仕留める存在こそが人間だ。
交差の一瞬で無数の連撃を打ち合い離脱。
「くぅ……っ」
「せぁあああぁああああっ!!」
単純極まりない左右の連打を繰り出したガッシュに対し、
東方不敗はフェイントと力の強弱、放つタイミングの緩急などを芸術的なまでに調節した舞踊を披露。
流れるようにガッシュの攻撃を全て受け流しながら、確実に自身の一撃を入れていく。
結果として現れる光景は、一方的に弾き飛ばされるガッシュの姿だ。
……しかし、そこで終わるならば一流の武術止まりでしかない。
自身の攻撃で吹き飛ばされるガッシュに更に追いつき追い越し、
「シィィィイイイイイイィイィイッ!」
――――流派東方不敗、背転脚。
金色の矮躯を一撃で粉砕する。
……いや、しようとした。
「らぁぁああああぁ、俺を忘れてんじゃねえソードぉ!」
「ちぃっ……」
カミナの剣による一撃。
片手に本を、片手に剣をという魔物のパートナーの戦法としては型破りすぎる代物だが、それをこなしてしまうのがカミナという男。
それを防ぐ為に蹴撃を中断せざるを得なかったのだ。
指の二本で刃を受け止め、思い切り引く。
「……っとぉ!」
だがそれでもカミナは剣を掴み続ける。結果、バランスを崩して前のめりになった。
……好機とみて東方不敗は距離を詰めようとした。
が、ふと背中に手を回し、握る。
「な、背中に目が生えておるのか!?」
掴んだものは、ガッシュ・ベルの腕。
吹き飛ばされた後、建物を蹴った反動を利用して背後に迫ったそれを気配と空気の流れから読み取り、対処したまでだ。
……やはり存外、厄介だ。
東方不敗はそう分析する。
身体能力だけが取り得なガッシュ。
心意気や躊躇いのなさ、即座の判断力は買うが、常人の域を出ていないカミナ。
片方だけなら全く問題はないが、連携されるとなると制限がかかった上に疲弊したこの身では反応が遅れる。
……故に、勝負は長引かせない。
これからの一連の攻防で決着をつけることを確定させ、その為に行動する。
掴んだままのガッシュの腕。それに力を込め、
「ウヌ!? ぬうぅぅぁああぁぁあああああああぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁ……」
――――思い切り上空へと放り投げる。
何をするのだぁぁあぁぁ……と、残響音のような声と共に、遥か上空へ。
ここから確認すれば、ガッシュは豆粒のような大きさにしか見えていない。
つまり、わずかな時間とはいえ1対1の状況になったわけだ。
こうなれば後は単純。
すぐ側で体勢を立て直した小煩い青二才をどうにかすればいい。
「おらおらおらおらぁ、アトミックファイヤーブレードッ!!」
――――その場のインスピレーションですよと言わんばかりの適当な技名を、カミナは突きと共に繰り出すものの。
「ふ……ッ!」
「オイ、マジかよ!」
その刃をスウェーバックだけでやり過ごし、容易く体に手刀を叩き込む。
「ぐぅっ……」
どうにか刀身で受け止めるカミナ。
しかし、その一撃はあっさりとなんでも切れる剣を二つに叩き折り止まらない。
減衰した一撃はカミナの胴体に到達すると肋骨2本を二つに割り、その勢いのままカミナをまっすぐ突き飛ばした。
――――十数メートルほど飛ばされた先、いつしか辿り着いていた砂浜に幾度かバウンドしてようやくカミナは静止する。
「……フン。ようやく力量の差を思い知ったか? 青二才」
――――東方不敗は、無傷。
あれだけの交戦を、二人がかりで行ってさえこの様だ。
……むしろよくやったと言えるだろう。
カミナは口端に笑みを浮かべるのを東方不敗は見届けた。
……やり遂げた、と言う笑みを。
それを、東方不敗はニアを逃がしきれたことへの安堵だと推察する。
――――事実、それは成し遂げられた。
少なくともこれから自分はニアを探す必要があるだろう。
時間稼ぎの目論見はまんまと成功された。
敵対するとはいえ、殺すのは惜しいと東方不敗は思う。
真っ直ぐな気性とそれを貫き通せる意地。
青いところはあるが、ドモンに通ずる所も感じられた。
――――流派東方不敗を伝授してやりたいとすら思わされる。
まあ、現状と恨まれた事実を考えればそんなのは夢物語だ。
月明かりの下、尻餅をついて倒れたままのカミナの体を見据えつつ東方不敗は悠然と立つ。
最初はニアへの脅迫に生かしておこうかとも思ったが、しかし情が移ればそれだけ面倒なことになるだろう。
……ここは、殺しておいた方が後腐れがなくて良い。
だから、その通りにする……ほんの少しの情けも込めて。
「さて、遺言くらいは聞いてやろう。何か伝えたいことはあるか?
このワシに啖呵を吐いたその度胸に免じてひとつくらいは言うことを聞いてやらんでもないぞ?」
その言葉を受けて、果たしてカミナは何事かを呟いた。
「――――」
「む? 何と?」
……小さくて聞こえなかった。
何を言ったのかと再度問い、耳を澄ましてみればようやくその言葉が耳に届く。
「……テメエが倒れてろ、クソジジイ」
「――――な、」
気付く。
……カミナの手にある奇妙な本、その輝きに。
先ほどの身体強化呪文とは比べ物にならない力の密度に。
天を仰ぐ。
「ガッシュ、お前の出番だ!
お前ならこのクソジジイをぶちのめせる。お前ならできる、俺はそう信じた!
お前を信じる俺を信じろ、そしてお前を信じるお前を信じろ!
いくぜダチ公……!」
――――そこには、強大な緑色の光を迸らせる魔物の子供が居た。
星々が散りばめられた夜の空。
そこから悠然と降臨するは王者の威風。
風が、強く強く吹き荒れた。
全ては布石。
ガッシュが飛び道具をこれまで使わなかったのも、カミナが自ら立ち回って注意を引かせたのもこの瞬間に通じている。
……尤も、特に考えずに直感にしたがってそうしていたのは事実ではあるが。
――――カミナの声が、亡びの時を呼び寄せる。
「……バオウ、」
東方不敗は直感する。
何もかもをも食らい尽くす雷の竜の姿を幻視することで。
この技は食らってはいけないと。
絶対に出させてはいけないと。
それを全身が告げている。
防ぐに能わず。
もたらす破壊は甚大に過ぎ、ヒトの身にて耐える術はなし。
避けるに能わず。
如何なる場所に逃げようと、その竜は何処までも追い続け、巨体を以ってヒトを磨り潰す。
壊すに能わず。
立ち向かうは愚かとしか呼べず、ヒトはただただ蹂躙されるのみ。
……その元凶は遠く。
当然だ。
遠距離攻撃手段の可能性を見損じ、遠くに投げ放ったのは誰でもない自分なのだから。
今から流派東方不敗のいかなる技を繰り出そうとも届くには時間がなさ過ぎる。
――――そして、ソレは告げられた。
「ザケルガァァァアアアァァァアァアアアアァアアアッ!!」
――――風が、吹き止んだ。
何もない。
たったの一つを除いて、そこにはもう存在しない。
……何がないのか? 存在しないのか?
答えは単純。たったの一語。
『変わったもの』は、何もない。
……カミナの肩に刺さった、奇妙な短剣を別として。
カミナは倒れたままで。
ガッシュは宙に居たままで。
東方不敗は、そこに威風堂々と立ったままで。
状況は、何一つ変わっていない。
「……嘘だろ、オイ」
――――ただ呆然とカミナが呟くと同時。
ガッシュは術の反動で気を失ったまま、あっけなく地面に落下した。
◇ ◇ ◇
『契約――――魔法そのものをキャンセルするデバイス!?
そんな、こんなものがあるなんて――――』
地面に尻餅をついたままのカミナの方から声が聞こえてくる。
だが、東方不敗にとっては些事に過ぎない。
今はとりあえず危機を脱出したことを喜び、しかしそれに溺れず次にするべきことを考えねばならない。
世の中は結果で動く。
過程を考えても意味のないことに捕らわれても仕方ない。
……そう。何故自分が全くの無事なのかは、東方不敗には分からない。
ただ、彼は自分の直感を信じて行動し、結果として生き延びた。それだけだ。
――――まさに死の呪文が告げられようとしたその瞬間東方不敗が取ったのは、カミナへの対処だった。
今までの戦法を推察するに、カミナの持つ本が何らかの影響をガッシュに与えている事は確実と推測。
故に、届かないガッシュをどうにかして呪文を防ぐより、カミナさえ何とかすればいいと考えた。
確実ではないが、それしかあれを放たせないための術がないのならば全力で事を成すまでである。
判断は刹那、行動は瞬間。
わずか一言が告げられるまでの間に、カミナに対してできる事を直感から導き出す。
――――そう、それは直感だった。
東方不敗という武術を極めた人間の頂点が、数多の戦闘の経験から導き出した現状を打破する術。
それを成す為に必要な道具を彼は手に取っていた。
何故それを選んだのか、考えはない。理由もない。
……ただ、『それ』ならば現状を打破できると戦士の勘が告げていた。
たとえその仕組みが理解できなくとも、あの呪文を無と化せるのだと。
だから、東方不敗はソレに賭けた。
摩訶不思議なその道具に。何より、自分自身の勘に、命の全てを。
彼が自らを託したその道具は、こう謳われた神秘の結晶。
破戒すべき全ての符、と。
ルールブレイカー。
ありとあらゆる契約を、魔術的な強化や生命を破戒し無と化す宝具である。
それは異なる世界のものとて例外ではない。
一瞬で手に取ったそれを、東方不敗は即座にカミナに投げつける。
……とにかく刺さればいいと、狙いを定めはしなかった為に刺さった場所は肩になったが、効果は即座に現れた。
カミナからガッシュに流れ込む心の力。
それが一瞬にて断ち切られ、結果、バオウ・ザケルガも形を保てず霧散した。
破戒すべき全ての符は、ガッシュとカミナの契約を強制破棄したのである。
当然、東方不敗はそれを知る由もない。
考えることすらしない。
何故ならば、今すべき事は他にある。
落下し、うずくまるガッシュに近寄っていく。
既に術の弊害による気絶からは冷めているのか、東方不敗の接近に慌て、何かないかとデイパックに手を突っ込んだ所を捕縛する。
下手な支給品でまた厄介なことになられてはたまらない。
「……そのまま動くでないぞ。
鞄から手を抜いた時点で、何を持っていようが、何も持っていなかろうがあそこの青二才が死に至る事になる」
口元を歪めながらそう告げてみせれば、ガッシュはウヌ、と呟き泣きそうな顔で動きを止めた。
何が起こったかも理解できない状況で、いきなり窮地に立たされたにもかかわらず反応がそれだけなら大したものだ。
今の自分の立場を知っているが故に、危険な行動を取らない賢さは持っているようである。
――――実に人質にはもってこいだ。
言葉通りに置物のように動かないガッシュを脇に抱え、あらためてカミナに向き直る。
「……理解できたか? 青二才。
まずはその本を捨ててこちらに来るのだ。さもないとどうなるかは……分かっているな?」
……殺すにせよ殺さないにせよ、とにかくは本からカミナを引き剥がす。
「クソ……ッ」
悪態を突き、憤りながらもカミナは言うとおりにすることしか出来ない。
……それが、彼の青さだ。
良くも悪くも一直線にしか進めない。
だからこそ皆の上に立ち導く時は強く輝き皆を惹きつけるが、逆に守勢に立たされれば脆いのだ。
これまでの彼の人生の殆どはジーハ村という狭い交友関係の場所にあり、故にこういう駆け引きは殆ど縁がなかった。
何かあっても、全て彼自身の責任となったからだ。
だから、仲間が窮地に立たされ、それが自分の行動一つで左右される場合、彼の取れることなど――――言いなりになるしかない。
たとえそれが自身の気持ちに反することになってもだ。
あまりにも危うい生き方。それをここに来てカミナは実感せざるを得なかった。
悔しく、また、情けない。
けれど、ガッシュの命を考えればこうするしか道はない。
魔本をその場に捨て、両手を挙げながら一歩、二歩。
砂浜の上を無防備に進んでいく。
10mほどで歩くのを止め、東方不敗と向かい合う。
「……これでいいだろ、ガッシュを離しやがれ」
東方不敗がクックと笑いを漏らす。
……癇に障る。それ以上に悔しくてたまらない。
目の前にいるのはヨーコの仇かもしれないのだから。
しかし、その感情を泣きそうな顔をしたガッシュを見て抑えつける。
後悔はない。これでいいのだ。
仲間を守る。カミナは皆の兄貴分でありリーダーなのだから。
……だから、カミナは絶望する。
「……成程、確かにこれでいい。
人質は一人で充分だ。あの小娘の思い入れが強いのは貴様の方だろう、青二才。
……もう、この子供は用済みという訳だ」
「……っ! カミ、ナ……」
東方不敗の浮かべた悦の表情は、その自負すら叩き潰したのだから。
――――ガッシュを、殺す。
危険性と利便性を考慮し、躊躇いなく東方不敗はその決断を下した。
「テメェ……ッ!! くそ……くそぉ……っ」
無力。無力。無力。無力。無力。
理不尽にも敵のなすがままにされ、反撃すら出来ない。
何が俺を誰だと思ってやがる、だろう。
結局何も出来はしない。
いつしか、カミナは泣いていた。
東方不敗への憤怒を露にしながらも、何も出来ない自身があまりにも悔しかった。
ここまでの挫折感を味わったのは初めてだった。
「フン、貴様にはまだ生きていてもらうぞ。
ワシの走狗として情報を集めてもらうとしようか」
がくり、とその言葉を聞いて地面に膝をつく。
ただただ、悔しかった。
悔しいの一文字しか心になかった。
カミナ一人ではガッシュを救う事は出来はしない。
仲間を守ることすら貫けない。
――――そう、だからこそ、仲間がいる。
「――――アニキさん! ガッシュさん……!」
「……な、」
背後から聞こえた声に、カミナは驚きを隠せなかった。
◇ ◇ ◇
――――嘘だと分かっていた。
いや、嘘というより方便だろう。自分をここから逃がす為の。
嫌だった。
何も出来ないのは。そして、むざむざ退くのは。
逃げない、退かない、振り返らない。
それこそが大グレン団の心意気だ。
シモンが受け継いでいたそれを、カミナは強く見せ付けてくれた。
カミナは自分を認めてくれた。
ならば自分も大グレン団だ。
そして、それを誇りたかった。
だから、最初こそ言うことを聞こうと思ったけど、引き返す。
……自分も力になりたいと、その想いだけを心に宿して。
「――――アニキさん! ガッシュさん……!」
「……ニア?」
見ればガッシュが東方不敗の脇に抱えられ、カミナは涙に濡れて膝をついている。
何とかしなければならない。
自分にできる事は何か、それを即座に見つけ出す。
カミナの背後に落ちている本。
一度ビクトリームのときに経験がある。
あれを使いたい。
使って、皆を救い出す!
絶対にこの場を切り抜けてみせる!
……自分も意地を貫ける、大グレン団の一員なのだから――――!
その想いが迸る。
ニアの全身から光が漏れ出し、緑に染まる。
体躯は一瞬で活性化し、ニアの走りを加速させた。
運動を止めずに地面から本を掻っ攫い、開く。
求めるはこの場を切り抜ける方法。
想いの力は確かにそれを導き、答えた。
本に浮かび上がるその呪文の名前を強く強く口にする。
必要なのは強力な一撃ではない。
ガッシュが東方不敗を振りほどくことさえできればいい。
シンプルイズベスト。
単純ゆえに出が早く、体勢を崩さざるをえない攻撃を解き放つ――――!
「ザケ――――」
――――暗転。
最後に見た光景は、東方不敗の片腕から延びる布切れが自分の手を打ち据え、体ごと吹き飛ばす光景だった。
本が、手から零れ落ちてゆく。
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