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「邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ-」(2023/06/05 (月) 18:01:33) の最新版変更点
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**邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ- ◆wYjszMXgAo
天から星が降りそうな夜の下に一つの邂逅がある。
ただしそこには人間は一人としていない。
ヒトでないものとヒトでないもの、そしてヒトだったものしかそこには存在しないのだ。
細波が聞こえてくるほどに海は近く、しかしそれ以外に一切音はない。
――――風は、冷たく吹き荒ぶ。
夜の海風というのは強くまた寒いものだ。
この場に相応しい空気をもたらすかのように、ただただ立ち竦む二者を打ち付け続けている。
不意に今までのものより強いものが、一迅。
波の音が、掻き消された。
無数の木の葉がさざめき、舞い散る。
少年の姿をした彼は、その一枚を頬に貼り付けたまま呆然と呟いた。
「ビクト、リーム……」
相対する異形は、
「おぬしが、おぬしが……このような事をやったというのか?」
――――驚愕に染まったままだ。
ただ。ただただ、うわごとの様に少年の名を呟くのみ。
「ガッシュ……こ、こいつは無関係なのだぁああああぁぁああ! これは、わたしとはッ…」
少年の耳にその言葉は届かない。
いや、届く届かない以前に、それどころではないのだ。
何故ならば、
「……違うのだろう? 違うといってくれビクトリーム!
おぬしはこのような事をする男ではない! そうだろう!?」
ガッシュの知るビクトリームは、人殺しをするような性格はしていなかった。
押し付けがましく人の話を聞かないとはいえ、どこか愛嬌のある憎めない存在。
それがビクトリームだ。
彼はそれを“信じた”。そして、“信じたかった”。
それだけで今は精一杯だったのだ。
王の風格を持ち合わせるとはいえ、ガッシュは良くも悪くもあまりに純粋すぎる。
子供というイメージを具現化した存在であることは、否定しようのない事実なのだ。
「そうだ、ちッ、違うッ! わたしではない! わたしなはずがない!
このわたしがこのような事をするはずがねぇだろうがぁッ……!
何故にそんな事をしなくちゃならんのだボケェェェェェエエェエエェエエエッ!」
だから、その思いを迷う事無くぶつけることが出来る。
……泣きそうな顔で、躊躇いもなく。
ビクトリームの肩を掴んで、揺すりながら。
「……それは、キャンチョメの魔本、なのだ……
だとしたら、そこに倒れているのはきっとフォルゴレなのだ。
フォルゴレはとっくに死んでしまったのだから、おぬしが殺せたはずはないのだ。
今ここにおぬしがいたとしても、おかしくなんてないのだ。
そうなのだろう、たまたま居ただけなのだろう、ビクトリーム!!」
「…………!」
真っ直ぐな、愚直とさえ言える信頼。
ビクトリームはそれを受けて得た感情は、
――――居心地の悪さだった。
元々の性格に加えて、コミュニケーションのなかった千年間。
ビクトリームにとって、これほどまでに信頼をぶつけられるのはほぼ初めての事。
それも理由さえ分からずに、ただただ『こんなことをするはずがない』とぶつけてこられる。
それこそがガッシュ・ベルの持つ王の気質であり、在り方なのではあるのだが……当然ビクトリームには理解できるはずもない。
そもそもが敵対関係だったのだ。ガッシュ個人は嫌いではないとはいえ、しかしそこまで深い付き合いではない。
にもかかわらずここまで信頼されるというのは不気味ですらあった。
加えて間の悪いことに、ビクトリームはこの会場に来て信頼という言葉の意味を理解しつつあった。
それ故にその言葉が真実であるというのは何となく分かってしまう。
半端に分かる分、それは理解できないものよりなお強く心に食い込んでくるのだ。
もちろん嫌な気分ではないのだが、地に足が着かないような不安定な気持ち悪さが湧き上がるのは止めようもない。
それでも振りほどこうにも振りほどけないのは、相手が信頼しているゆえに、だ。
結果として。
ビクトリームは、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
そして、ガッシュはただ問うことしか出来なかった。
――――どれだけその均衡が続いただろうか。
シーソーが傾くのは、一瞬である。
「……おいガッシュー! どこに居やがるんだテメエはよ!!」
どこからともなく響く声。
聞き覚えのあるその声が、ビクトリームに一つの行動をもたらした。
「……グラサン・ジャック……!」
驚愕でも悲哀でもない曖昧な表情を浮かべた直後、
「ブルワァァアアアアァアアアアァ! スーパー・V・大回転ンンンンンンン!!」
「ビクトリーム!?」
一回転するほどに思い切り体を捻り、ガッシュを振りほどく。
逃走、その一言で表せる行動をビクトリームは選ばざるを得なかった。
――――背中にかかるガッシュの声も無視してただひたすら駆ける。駆ける。駆ける。
「ビクトリーム! ど、どこへ行くのだ!?」
振り返って、ガッシュに何か言ってやりたかった。
グラサン・ジャックにも同じくだ。
……だが、それ以上にここに居るのが怖かった。
ただでさえ居づらいこの場に、罪悪感で顔を合わせたくない男が訪れた。
それだけで、ビクトリームがその選択をするには十分過ぎたのだ。
声の聞こえる方向ではないどこかへ。
無意識のうちに元来た方向へ。
とにかくここを離れる為に。
――――それが最適解でないことを知る機会すらなかった彼にとっては、それ以外に取りうる手段など無かったのである。
「……オイ、お前、ガンメンモドキ……?」
「ビクトリームさん!?」
背中にかかる声はどちらも見知った人間の声だ。
だが、それでも。いや、それ故に一刻も早くここから離れたい。
……たとえ、そのどちらもが自分が探していたはずの存在だとしても。
月の下、彼はどこまでも駆けて行く。逃げていく。戻っていく。
誰一人居ない町の中を通って。
ドーム球場の傍らを通り過ぎ、海に飛び込み、泳いで。
潮に流されながらも、行く先がどこかも定めないまま。
「……何故だぁぁぁああああああ! 何故このわたしが逃げなくてはならんのだ!
くぉぉおおぉお、止まれ止まるのだマイフット!
道無き道を踵を鳴らしていくでないわぁぁぁああああああ!」
――――いつしか深い森の中を走っていることに気付いても、ビクトリームはその足を止めなかった。
◇ ◇ ◇
「クソッタレ、何処に行きやがったガンメンモドキ!」
「……ビクトリームさんは悪いヒトじゃないはずです。
多分、いいえ、絶対にあそこにいらっしゃった方を殺してなんていないです」
「ウヌゥ……わたしのせいなのか? 何故。何故逃げたのだビクトリーム!」
『……おそらく後ろめたさによるものと思われます。
カミナとの別離は決裂のような形だったと聞き及んでいましたし、
ガッシュの無条件の信頼も、時としてかえって重荷になることもありうるでしょうから』
――――四者四様の言葉を交わす一つの集団。
……その話題の内容はたった一人の魔物についてのものだった。
探してかれこれどれほど経ったろうか。
その間に出会ったものは一人としていない。
当然だ。
この辺りは戦線から遠く、また、彼らの探し人も海を渡って反対の地図の端にいるのだから。
ループの知識はあるとはいえ、そこまで思い当たらなくとも仕方ないと言えるだろう。
それ以上に、カミナが泳げないという理由も大きかったのだが。
では、探し始めた時の事をカミナの視点で思い返してみよう。
彼が見た光景は実に単純なものだ。
死体のそばで呆然と立ち竦むガッシュと、西に向かって闇に溶け消えゆくV字の後姿。
それだけだ。
そこからどうすべきかはまさしく即断。
探して一発ぶん殴ったあとにぶん殴らせる。それでおあいこにするために、とにかく探すことを決めた。
その意見はニアもガッシュも一致しており、ニアとの詳細な情報交換を行いながらも辺りを調べてみることにしたのである。
ビクトリームが殺人をしたかどうかは誰も言い出す事はなかった。
それぞれがそれぞれの理由で、ビクトリームはそんな事をしないと思っていたからだ。
ついでに言うなら、死体の硬直などからクロスミラージュが死亡時間は随分前だと保証したのも根拠になっただろう。
たまたま死体を見つけたビクトリームにガッシュが鉢合わせた。それが当然のように彼らの間での結論となった。
まずはビクトリームが向かった方角である西に向かったが、しかし見つからない。
まさか泳いでまで逃げるとは想定していなかった為、行き違いになったかもしれないと辺りを虱潰しに探すことにしたが、いつまで経っても梨のつぶてだ。
果たして、いつしか彼らは水族館の近くまでやって来る次第となった。
「……こんだけ探していねえってことは、もしかしたら全然違う方向に行っちまったのかもしれねぇな……」
『その可能性は高いですね。考えられる可能性としては、海を泳いで渡ったか、あるいは北の方角に向かったかですが……』
長時間の捜索のためにイライラ気味ではあるが、カミナのそれはむしろ気遣うような声色でのものだった。
理由は単純。
先刻からずっと鳴り響く轟音である。
遠くとは分かっていながらも戦慄せざるを得ないそれに、ビクトリームが巻き込まれてはいないだろうか。
それをカミナは心配しているのだ。
更に言うなら、ここから見えるほどの巨大な炎と、時折それに照らし出される何かが余計に不安を煽っていた。
……ここは、港湾。
遮るものがない為に、対岸の光景も丸見えなのである。
そんな現実味の無い争いを前に、クロスミラージュは一つ諦めの念を吐く。
『……おそらくあの辺りはほぼ廃墟と化しているでしょう。それは線路も例外なくです。
これでモノレールによる移動はほぼ不可能になりました。
元々F-5の駅でMr.ドモンと再会する事は難しいと考えていましたが、デパートに向かうには再度移動手段を考えなくてはいけないですね』
そんな嘆息にしかし、カミナは平然と思いついたままのことを言う。
「あん? あのガンメンモドキを見つけた後の事か?」
『……はい。ここは3方を海に囲まれた場所ですし、カミナは泳ぐことが出来ません。
デパートに向かうためには、まずは北部に向かって観覧車の側を迂回し……』
「だぁーッ、面倒くせぇないちいち! 素直にエキから延びるあの道を通っちまえばいいだろうが!」
そう言ってカミナが指差した先にある物は、モノレールの線路だった。
なるほど、確かにモノレールが来なければ通る事はできるだろう。
この状況でモノレールが動いているとは考えづらいし、よしんば動いていたとしてもダイヤグラムでいつどの辺りを通るのかを把握していれば問題ないだろう。
……だが。
『モノレールの高架は確かに通路になりますが……
しかし、あの破壊規模ではD-4駅にも被害が及んでいる可能性があります。
その場合は我々が高架から降りる手段が無い為、引き返すことになるでしょう。
ここからでは博物館に隠れて確認できないために断言は出来ませんが……」
見たところ、一見博物館までは被害が出ていないように見えるので一応破壊はされていないとはクロスミラージュも思う。
だがしかし、それはあくまで『今のところ』でしかない。
あの付近でずっと交戦を続けている未確認巨大生命体がいつ巻き込んでもおかしくはないのだ。
できる限りあの近辺には近づきたくない所である。
特に高架で近づいた場合は逃げ場がない。
途中に降りる場所もないため、そうなった場合は引き返す以外に手段はないのだ。
その旨をカミナに伝えると、しかし彼はニヤリと笑って受け流した。
「ヘ、だったらエキで降りずに途中で降りちまえばいいじゃねえかよ」
『そんな無茶な、高架から飛び降りても無意味に怪我をするだけです。
……遠回りでも今後を考えるとよりリスクの低い…』
「だったらどうしたよ、無理を通して道理を蹴っ飛ばしちまえばいい!
おいクロミラ、あそこの下を見てみろよ。丁度いい足場があるじゃねえか」
カミナが指差したその先にある建物。
それは地図にある施設の一つ――――
『……発電所、ですか』
「おうよ! あそこの近くまで行って、あそこに飛び移っちまえばすむだろ。
ガッシュ、ニア! お前らもそのくらい平気でできんだろ?」
「ウヌ!」
「はい!」
魔物の子であるガッシュ。見た目に反し運動神経のいいニア。
そしてカミナ自身も生身でガンメンに立ち向かえる程の強さを持つ男である。
山登りしたくらいでヒィヒィいうようなもやしっ子とは縁遠い面子である以上、行軍に問題は全く無い。
「よぅしいい返事だ! 後はさっさとガンメンモドキを探し出して、全員でドモンのところに向かっちまえばいい!
そんじゃあ行くぜ!」
そう言いきり背中を翻すカミナ。
何度見ても変わらないいつも通りのその態度を見て、何とも彼らしい、とクロスミラージュは思う。
彼の荒っぽさは、時として人を惹きつける魅力があるのだろう。
……考えてみれば、彼にだいぶ感化されてきたように思う。
これほどまでに自分が喋るなどとはティアナと居た時にはあまり無かったことだ。
彼女の運命を思い出し、少し複雑な気分になったが――――
しかし、クロスミラージュは思考を切り替え、ビクトリームらしき反応を探すことにした。
同時、カミナの声が響き渡る。
「……さっさと出て来いガンメンモドキィィィイイイイイィィィ!!
テメェの食いたがってるメロンがここにあんだからよぉッ!!」
――――返答は、対岸から響く轟音しか存在しなかった。
まあ要するに、ここにはビクトリームは居ない。
ただその事実を確認することになっただけだ。
さすがに探し疲れてきたのか、カミナすらガクリと肩を落とす。
「……ビクトリームは、私たちを信頼してはくれなかったのだろうか……」
ぽつりと、ガッシュが呟きをもらす。
それが真実ならば彼にとってショックは大きいだろう。
……いい加減、夜も遅い。
だいぶ疲れがたまっているためか、それはガッシュらしくはない諦め混じりの言葉だった。
「――――違います!」
……それを否定する声は、女のもの。
ニアは自分がビクトリームから聞いたカミナへの感情を根拠に全員を叱咤激励する。
……彼を信じ続けよう、と。
「ビクトリームさんは、私がお父様……螺旋王の娘だということを知った後も変わらず接してくれました。
……ですから、絶対にこちらへ戻ってきます。
あの方は心根は優しい方です。必ず戻ってきて、アニキさんと仲直りしてくれます!」
「……そうだな。テメェが信じてやらなきゃ戻ってくるものも戻らねぇ」
パン、とカミナは両手で頬を打ち、落としていた肩をいからせながらぐっと拳を握り締めた。
そのままニアの背中を思い切り叩いて告げる。
「いい心意気だぞニア! さすがシモンが見込んだことだけはある!
いいぜ、お前も大グレン団の一員としてこのカミナ様が認めてやる!」
その言葉に何を見出したのか。
痛がりながらもニアは満面の笑みを浮かばせて、得心したとばかりに力強く頷いた。
「……はいっ!」
直後。
カミナたちの背後から、誰もいなかったはずの場所から。
聞いただけで萎縮するような声色の言葉が放たれた。
「……確かにいい心意気ではないか。螺旋の王女というのも満更ではない」
……カミナ。ガッシュ。ニア。
三者全員が戦慄を覚え、ゆっくりと同時に振り向いていく。
「好奇心に従って来てみれば。
……ワシもたまには童心に帰ってみるものだな。
貴様らにはもっと情報を吐いてもらうこととしよう」
――――そこに居たのは、絶望の象徴。
全身から覇気を漂わせながら、その怪物はただ告げる。
「……なあ、青二才?」
◇ ◇ ◇
――――きっかけは実に些細なものだった。
怒涛のチミルフと名乗った獣との戦い。
それを終えて東方不敗が気づいた時には、すでにシャマルという癒しの術の使い手は姿を晦ましていた。
結果、新たな回復手段を模索しなければならなくなった訳だが、しかし闇雲に探し回っても効率は悪い。
ならば、どうすべきか。
治療を急かしたせいかどうかは分からないが、東方不敗は自身の体調が存外優れていないことを理解している。
……特に腹の傷が、だ。
痛みこそ殆ど感じないものの、呼吸の乱れなどからして感じている以上に厄介な傷のようだ。
放置しておけばまずい事は重々理解している。
……それがシャマルの意図的なものであるかどうかは分からない。
治療を中断させたのは自分であるのだし、先に痛みだけを取り除いて後から全体を持ち直させる算段だったかもしれないからだ。
だが、何にせよ自分の傷は未だに内出血が続いているであろう事と、その割に痛みは感じていないことは事実である。
これは好機でもあり、また、まずい状況であるとも言えよう。
戦闘に痛みを感じずに臨める事はありがたいが、さりとて放っておく訳にもいかないのだから。
あまりに激しい動きをした場合、更に悪化することも考えうる。
と、そこで思い当たったのが各所施設の存在だ。
先程は煮え切らない感情に任せてぶん投げてしまったが、思うにあの顔面機械は何かの利用価値があったかもしれない。
そもそもあんなものが消防署にあること自体が不自然というものだろう。
だとすれば、あれは支給品同様螺旋王が殺し合いの為に用意した道具と考えればしっくり来る。
要するに、他の参加者の誰かの持ち物ということだ。
ならば。
あのような機械も存在するならば。
もしかしたら自分の機体――――マスターガンダムがどこかに隠されていてもおかしくはない。
そして、マスターガンダムはDG細胞の産物である。
……つまり、だ。
マスターガンダムを構成するDG細胞を利用すれば、傷の修復も行えるかもしれない。
一度は感染を跳ね除けた体、DG細胞の修復力を制御することとて不可能ではないと考える。
では、どこに向かうか。
どこにならば、マスターガンダムを隠し得るか。
それを考慮した時、最初に目指したのは――――古墳だった。
施設巡りをすると決めた後、消防署の近隣に存在するものを確かめると、映画館、病院、刑務所、古墳、学校が考えられた。
――――まずその選択肢の中から消去されたのは病院。
あまりにも向かう人物が多いだろうと予測される施設である為、もう碌なものは残っていないだろう。
次いで、映画館。
あそこはおそらくまだ激戦区。今から向かっても再度争いに巻き込まれることだろう。
一応以前訪れた時は大して調べてはいないのだが、衛宮士郎という若造の仲間が陣取っていたということを考えると望みは薄い。
学校も以前訪れたことがあるため割愛。
……となると、選択肢は刑務所と古墳の二つ。
この時点で消去法は使えなくなった。
だとすれば、行き先を決定するのは積極的な理由だ。
東方不敗が古墳を選んだ理由は非常にシンプル。
……単に、禁止エリアに囲まれることが確定したからというだけだ。
いずれ進入が難しくなる地点を先に調べておこうと思い、古墳を選んだのである。
――――そして、古墳の近くまでたどり着いた時。
彼は目を疑う光景を見ることとなる。
それは、Vだった。
Vの字だった。
……いや、それだけならばいい。
もちろん気になるといえば気になるが、この会場では何が起こってもおかしくないのだし気にした方が時間の無駄だ。
問題は、Vの字が突如空中から出現したということなのだ。
さしもの東方不敗もこれには驚いた。
その隙にVの字はどこかに姿を消してしまっていたが、Vそのものは特に重要だとも思えなかったので捨て置く。
とりあえずVが現れた付近を調べてみることにし、接近した。
近づいてみて手を伸ばした時、東方不敗の予想通りちょうどVの字が現れた辺りで自分の手が消えるという現象が起こった。
だが、手の感覚がなくなったわけではない。
そこでその現象が何か、東方不敗は得心する。
更にそれを確かめるべく首ごと前へ踏み込んだとき、想定通りの事実が彼を出迎えた。
――――海が、そこにあったのだ。
森の中に居たはずなのに、どこかに転送されたかのように。
今の今まで、周囲は一面の森でしかなかったのに。
会場がループしている。
東方不敗はそれを直感的に理解した。
……だが、実際にはループではなく単に見知らぬどこかに飛ばされただけかもしれない。
それを確かめる必要があるだろう。
方法は簡単だ、地図を見れば古墳の反対側付近には水族館などの施設がある。
それがあることを確認すればいい。
その通りにした。
結果。
東方不敗の予測は証明された。
見事その先には水族館があり、そしておまけというには豪華すぎる副賞までついてさえくれたのだ。
「……さっさと出て来いガンメンモドキィィィイイイイイィィィ!!
テメェの食いたがってるメロンがここにあんだからよぉッ!!」
……若々しい男の尋ね人の声が響いてくる。
気配を消して接近し、話を聞けばなんと。
「ビクトリームさんは、私がお父様……螺旋王の娘だということを知った後も変わらず接してくれました」
……そう、螺旋王の娘を名乗る少女がいるではないか。
自称とはいえ、放って置くにはあまりにも惜しい。
螺旋王とのつながりに何か期待できるかもしれず、また、何らかの情報を握っている可能性もある。
故に東方不敗は歩み出ることにした。
これは儲けものだ。
少女を確保すれば、螺旋王に近づく為に何か収穫を得ることが出来るかもしれないと。
邪魔になるようなら始末するが、とりあえずはやはり情報だ。
東方不敗は問いかける。
――――ニヤリと笑いを浮かべ、威風堂々と。
「……確かにいい心意気ではないか。螺旋の王女というのも満更ではない。
好奇心に従って来てみれば……ワシもたまには童心に帰ってみるものだな。
貴様らにはもっと情報を吐いてもらうこととしよう。
……なあ、青二才?」
全員が即座に身構える中、不意に一番背の高い男と、彼の持つ板から声が響いた。
「やいやいやいやい誰だよジジイ、何のつもりだ、あん?」
『……何者です? 目的は?』
トランシーバーのようなものだろうか?
少し奇妙に思うも、あまり興味はない。
必要なものを得る為に、さっさと話を進めることにする。
「フン……東方不敗マスターアジアというしがない武術家よ。
貴様らこそ礼儀がなっていないな、人に名前を尋ねる時は自分から名乗るのが道理だろう」
皮肉で返す……と、思いもよらない反応が男から返ってきた。
「……トウホウフハイ? まさか、ドモンの師匠か!?」
「む……ドモンの知り合いか?」
おうよと答える男。思ったよりスムーズに交渉できそうだ。
それを証明するかのように各々の自己紹介が始まる。
……存外単純な集団のようだ。手玉に取りやすいかもしれない。
「ウヌ……ガッシュ・ベルなのだ」
「ニア・テッペリンです」
「覚えとけ、生まれと育ちはジーハ村、グレン団がリーダーカミナ様たぁ俺の事だ!」
三者三様の挨拶を耳に入れながらも東方不敗の笑みは崩れない。
そんな彼に、カミナと名乗った男の持つ板が問いかける。
『……クロスミラージュです。Mr.東方不敗……急に接触してくるとは、貴方の目的はなんですか?
そして、貴方はゲームに乗っているのですか?』
その口ぶりから、この板切れが交渉相手であると東方不敗は即座に理解する。
……他の人間は大して頭が良さそうには思えない。
さて、どう出るべきか。
ここで喧嘩腰になるならば、得られる情報も得られなくなる。
……多少は下手に出るべきだろう。
知るべき情報を握られたまま殺してしまっては元も子もないのだから。
答えるべき情報と答えざるべき情報を即座に整理し、口に出していく。
「……情報が欲しくてな。貴様らの持つ情報をワシにも分けてもらいたい。
何、ドモンの師であるワシならば有効利用できるだろう。
知っている事はあるか?」
口ぶりとは裏腹に東方不敗は大して期待はしていない。
今までのやり取りから判断した結果だ。
念のため聞いておくことに越したことはないというのと、ニアが螺旋王の娘ということから何か得られるかもしれないと思っての駄目元程度のものだ。
『……我々の知っていることは多くありません。この会場が実はループしているということ。そして……』
……そんな事か、と落胆する。
つい先刻であれば有用な情報であったろうが、今となっては既知の事でしかない。
情報が得られないならば、螺旋王との繋がりにニア以外を皆殺しに――――
『…………螺旋王の力の一端。この会場に我々を集めた方法に関する考察くらいのものです』
「……なに」
……自分の『異なる星の人々を集めた』という仮説。
それは色々と無理がある上に、自分自身でも半信半疑な代物だ。
考察とはいえこの交渉の場で切ったカードという事は、少なくともそれなりの根拠があることだろう。
……ならば、ある一面では螺旋王に通ずる真実である可能性は高い。
聞く価値はある、と判断する。
「ふむ……それはどのような物か言ってみるといい。
ワシとしても是非聞いておきたいところだ」
しかし、そうは問屋が卸さない。
『……でしたら、そちらの握っている情報も開示してください。
我々がそれを聞いた後でしたらこちらの考察をお伝えします』
……当然といえば当然だ。
何しろ、情報だけ搾り出されてとんずらされたのではたまらない。
こちらから申し出た交渉でもあるため、先に情報を開示するのも筋というものだろう。
どうせニア以外は殺すのだ、喋っても大して影響はあるまい。
現に、カミナもガッシュもニアも、全員が既に頭に疑問符を浮かべている。
それなりに話の通じるのは板切れを通じて話している人間くらいのものだろう。
上手く考えたものだ、と思う。
この方法ならば自分の身を安全な所においたままで他の参加者と交流できる。
「ふむ……道理だな。あいわかった」
……とりあえず、敵意を持たれずに情報交換できる空気は作り出せた。
後はこちらの情報を話した後、情報を引き出してニア以外を始末すればいい。
一応は、話す情報は真実を話しておく。
下手に即席の偽の情報を流して気付かれるよりは、真実味のあるそちらの方が信憑性が増すだろう。
故に、開示する。
自身の持つ螺旋遺伝子の実験に関する考察を。
何らかの要因で覚醒するであろう、その力について。
「……このような所だな。他に何かあるか?」
『……成程。確かに、螺旋王の言葉を考えれば充分ありえますが……』
好感触と判断。
……ならば、後一押しだ。
何か与えられる情報はあっただろうか。
考え――――一つ思い当たる。
大したものではないとは思うが、それでも単純に数は武器になる。
情報であっても同じくだ。
……一押し、それさえあればいい。
「……ならば、おまけ程度にもう一つの情報を教えてやろう。
地図上にある消防署にな、赤い不細工なカラクリ人形が鎮座していたぞ。
役に立つかどうかは分からんが、螺旋王の置いたものに違いなかろう。
詳しく調べれば何かの意味が……」
と、唐突にその言葉は遮られる。
「おいジジイ! も、もしかしてその人形ってよ、このくらいの大きさで、顔に手足の生えた奴か!?」
――――焦ったような、喜んだようなカミナの言葉。
それまでやることを持て余して貧乏ゆすりをしていた姿との豹変振りはおかしいくらいである。
当たりを引いた。
……何でも言ってみるものだ。何が役に立つのかは分からない。
東方不敗はこの齢になってもなお新鮮に実感するその事実に、苦笑しながらも肯定の言葉を告げる。
……敢えて、自分が投げ飛ばしたということは口にせずに。
「その通りよ……まあ、消防署の北の方のどこかに吹き飛ばされてしまっておったがな。
役に立つならばそれにこしたことはなかろう」
ラガン。
そんな名前を呟いて明後日の方向――――消防署とは全く関係ない方向を向くカミナ。
次いでその名詞の意味を理解し、花開くように期待の表情を浮かべるニア。
それを感じたからかどうなのか、クロスミラージュは前置きなしに話し始める。
……一押しが、効いた様である。
『……分かりました。では、こちらもお伝えしましょう。
文明レベルの問題で、考察を伝えられる相手が居なかったのも事実ですからいい機会ではあるでしょう』
……そしてクロスミラージュは話し出す。
多元世界の概念を。
時間軸の異なる参加者たちの境遇を。
知り合い同士とはいえ、違う世界から招かれた可能性を。
「…………」
東方不敗は、ただ無言で返す。
その沈黙の内にどれだけの思考が展開されているのかは本人以外には分かる由もない。
『荒唐無稽ではあるでしょうが、現状を考慮すると矛盾を解消するにはこれが最適な能力と考えられます。
可能性としても、わたしの世界では平行世界間の移動方法は確立されている事を考慮すれば0ではないかと』
「……いや、そうか……むぅ……確かに」
……確かに、荒唐無稽ではある。
だが東方不敗は十分ありうると判断した。
相羽シンヤやDボゥイの様な、能力は図抜けているのに技術がそこそこどまりなアンバランスな人間。
衛宮士郎やシャマルの持つ魔法としか呼べない能力。
ヴィラルやチミルフと言った異形。
そのどれもが、自分の知る世界とは違う――――違和感としか呼べない何かを持ち合わせていた。
自分の考えた宇宙人仮説。
それで納得できる点も多くあるが、しかし宇宙人とは自分と同じ世界に存在するものである。
物理法則まで異なるわけではないのだ。
……ならば、自分の世界の物理法則で説明できない事象はむしろ他の世界の法則によるものと考えた方が自然かもしれない。
どちらにせよ荒唐無稽なことは変わらないのだから、より矛盾の少ない説のほうが信憑性はあるだろう。
……そして何より、一番の証拠はドモンの取った言動の不可解さだった。
自分を師として敬愛するあの態度。
しこりのように残っていたその奇妙さは、しかし多元世界という解を代入すればすんなり溶けるのだ。
要するに、あのドモンは自分と対立する前か……その後か。
いつか和解するという可能性を実現させた世界のドモンであるならば、矛盾はない。
……ならば、あのドモンは何処から来たドモンなのだろう。
あの戦いは茶番だったのだろうか。流派東方不敗の奥義を継承したというあの喜びは何の意味があったのか。
……分からない。全てが螺旋王の手の上なのだろうか。
だが、ただ一ついえるのは――――少なくともドモンが、石破天驚拳を修める世界もあるということだ。
……つまり、あのドモンは自分の知らぬ先を行くドモンであるのかもしれない。
……ならば。
それを見極められるのは、ある意味喜ばしいことではないだろうか。
病に侵された自分が決して見極めることが出来なかったはずの弟子の大成した姿。
考えてみれば、それは叶わぬ望みが叶うということだ。
そして、そもそもの多元世界を渡るという螺旋王の力。
……このことがどういうことを意味するかはおいおい考えるとしても、しかし有益な事は間違いないだろう。
多元世界。ありとあらゆる可能性。
それを自由に使う事ができるなら――――
それを思い浮かべようとして、しかし東方不敗は頭を振った。
「……しばし、考える必要がある、か」
あくまで可能性の域だ。
これを確定させるには情報が足りなさ過ぎる。
無論、十分すぎる収穫ではあるのだが。
「……さて、と」
これはどう考えても相手の取って置きの情報だ。
ならば、これ以上の情報は粘っても得られないことだろう。
要するに。
要するに、だ。
「……そうそう、最期に一つ貴様らに伝えておくべき情報があってな」
ラガンとやらの話題で盛り上がり、ガッシュも交えて和やかに談笑するニアとカミナに、東方不敗もゆっくりと笑みを向ける。
……ただのそれだけで空気が一変した。
何処までも冷たく。
何処までも鋭利に。
「……ワシは殺し合いに乗っている。まあ、取るに足らない情報だろう?
これから死に行く貴様らにとってはな」
「……ジジイ……っ!」
切り替えはその場の誰よりも早く。
――――カミナは、即座に立ち塞がった。
……ニアの前に。
いい目ではあるな、と東方不敗は思う。
自分が何をしたいのか、その為に何をすべきか。
それを直感的に理解し、躊躇いなく行動に移すことが出来る。
だがそれは若さによる強さだ。
真っ直ぐで硬いが――――折れるときはあっけなく、そして脆い。
そんな代物で出来た楯で少女を守ろうとするならば、対策はただ一つ。
「フン……安心せい、螺旋王の娘ならば利用価値はある。
貴様らを殺そうともこの娘だけは生かしてやろう」
挑発し――――正面から叩き潰す。
「……ざけんなよオイ! んな事させるかよ……ッ!!
俺を誰だと思ってやがる!
このカミナ様を甘く見るんじゃねえ!」
……よもや、力の差を弁えていない訳ではないだろう。
それでもただひたすら愚直にぶつかろうとしている理由は単純だ。
勇気でもない。
無謀でもない。
――――青さだ。
故に、それをあらゆる方向から打ち据える。
自分自身がいかに強大かをアピールし、その殻を叩き割ってしまえば済むことだ。
「クク……楯になろうとは愚かなことだな。
実に都合がいい、ワシもこの場に来てから赤い髪の小娘一人しか殺しておらんでな。
……そろそろ本気で動きたいと思っていたところだ青二才。
貴様が肩慣らしの相手になってくれるのか?」
挑発に加え、具体的な殺人の示唆。
これはカミナを萎縮させる為だ。
どんなに鍛えようとも、偶然殺してしまう場合にはともかく、人が誰かを殺そうと思って殺すには覚悟がいる。
……その覚悟を、空気のようにこなせる事を見せつける。
そして、肩慣らしの言葉。
その程度に扱ってやれば、青二才の若造ならまず憤る。
たとえ表面上変わっておらずとも、確実に心の中に波紋ができているはずだ。
後は生かすも殺すも思いのまま。
殺すとは言ったが、生かしておいてもニアへの脅迫に使えるだろう。
怒りに身を任せ、まともな判断力を失うがいい。
……それが東方不敗の見通しだった、のだが。
「……赤い髪の、女?」
――――想定外ではあった。
カミナの反応は予想外のものだった。東方不敗にとってよい意味での。
驚愕。
その一文字で表せるその表情は、東方不敗にとっては意味する所を読み取るのは容易いことだった。
見れば、ニアの顔も似たような色に染まっている。
単純にして明確な縁故だ。
――――なんという偶然。なんという好機。
口の端を歪に。これ以上ない程、歪に。
「……赤く、長い髪を束ねた小娘よ」
「……やめろ」
――――その声は、どこまでも弱々しく。
「あちこちを露出させた服と髑髏の髪飾りをつけていてな、こいつ――――この布で腹を刺し貫いてくれたわ」
「やめろ……!」
その声は、何処までも悲壮に溢れ。
「名前はそう、何と呼ばれていたか――――」
「やめろっつってんだろ……ッ!」
その声はどこまでも怒りに満ち。
「ヨーコ……だったか。なあ、聞き覚えはあるか? 青二才」
「やめろぉおぉぉおぉおおおおおおおぉおおおおおぉおおおおぉおおッ!!」
何より、無力な自分への後悔が止め処なく湧き続けていた。
自身の怪我も忘れ。
ニアの事すら忘れ。
カミナは吠え――――剣を手にとって一直線に東方不敗に向かって斬りかかる。
『カミ……』
自分を制止する声すらどうでもいい。
――――ただ、カミナは目の前の男を叩き切りたかった。
それが男の思う壺だと、分かりすぎるほど分かりながらも、なお。
しかし、カミナの動きよりなお早く東方不敗の手が動く。
カミナの全身に衝撃が走った。
――――天の光は全て星と言ったのは誰だったか。
……仰向けで飛んでいるのかもしれない。
それだけを理解して、カミナはもう一人怒りに打ち震える必要はなくなった。
*時系列順に読む
Back:[[小さな星が降りるとき]] Next:[[あばよ、ダチ公(前編)]]
*投下順に読む
Back:[[小さな星が降りるとき]] Next:[[あばよ、ダチ公(前編)]]
|244:[[俺にはさっぱりわからねえ!(前編)]]|ビクトリーム|251:[[あばよ、ダチ公(後編)]]|
|244:[[俺にはさっぱりわからねえ!(前編)]]|ガッシュ・ベル|251:[[あばよ、ダチ公(前編)]]|
|244:[[俺にはさっぱりわからねえ!(後編)]]|カミナ|251:[[あばよ、ダチ公(前編)]]|
|244:[[俺にはさっぱりわからねえ!(後編)]]|ニア|251:[[あばよ、ダチ公(前編)]]|
|243:[[リ フ レ イ ン]]|東方不敗|251:[[あばよ、ダチ公(前編)]]|
**邪ノ嗤フ刻-オニノワラウコロ- ◆wYjszMXgAo
天から星が降りそうな夜の下に一つの邂逅がある。
ただしそこには人間は一人としていない。
ヒトでないものとヒトでないもの、そしてヒトだったものしかそこには存在しないのだ。
細波が聞こえてくるほどに海は近く、しかしそれ以外に一切音はない。
――――風は、冷たく吹き荒ぶ。
夜の海風というのは強くまた寒いものだ。
この場に相応しい空気をもたらすかのように、ただただ立ち竦む二者を打ち付け続けている。
不意に今までのものより強いものが、一迅。
波の音が、掻き消された。
無数の木の葉がさざめき、舞い散る。
少年の姿をした彼は、その一枚を頬に貼り付けたまま呆然と呟いた。
「ビクト、リーム……」
相対する異形は、
「おぬしが、おぬしが……このような事をやったというのか?」
――――驚愕に染まったままだ。
ただ。ただただ、うわごとの様に少年の名を呟くのみ。
「ガッシュ……こ、こいつは無関係なのだぁああああぁぁああ! これは、わたしとはッ…」
少年の耳にその言葉は届かない。
いや、届く届かない以前に、それどころではないのだ。
何故ならば、
「……違うのだろう? 違うといってくれビクトリーム!
おぬしはこのような事をする男ではない! そうだろう!?」
ガッシュの知るビクトリームは、人殺しをするような性格はしていなかった。
押し付けがましく人の話を聞かないとはいえ、どこか愛嬌のある憎めない存在。
それがビクトリームだ。
彼はそれを“信じた”。そして、“信じたかった”。
それだけで今は精一杯だったのだ。
王の風格を持ち合わせるとはいえ、ガッシュは良くも悪くもあまりに純粋すぎる。
子供というイメージを具現化した存在であることは、否定しようのない事実なのだ。
「そうだ、ちッ、違うッ! わたしではない! わたしなはずがない!
このわたしがこのような事をするはずがねぇだろうがぁッ……!
何故にそんな事をしなくちゃならんのだボケェェェェェエエェエエェエエエッ!」
だから、その思いを迷う事無くぶつけることが出来る。
……泣きそうな顔で、躊躇いもなく。
ビクトリームの肩を掴んで、揺すりながら。
「……それは、キャンチョメの魔本、なのだ……
だとしたら、そこに倒れているのはきっとフォルゴレなのだ。
フォルゴレはとっくに死んでしまったのだから、おぬしが殺せたはずはないのだ。
今ここにおぬしがいたとしても、おかしくなんてないのだ。
そうなのだろう、たまたま居ただけなのだろう、ビクトリーム!!」
「…………!」
真っ直ぐな、愚直とさえ言える信頼。
ビクトリームはそれを受けて得た感情は、
――――居心地の悪さだった。
元々の性格に加えて、コミュニケーションのなかった千年間。
ビクトリームにとって、これほどまでに信頼をぶつけられるのはほぼ初めての事。
それも理由さえ分からずに、ただただ『こんなことをするはずがない』とぶつけてこられる。
それこそがガッシュ・ベルの持つ王の気質であり、在り方なのではあるのだが……当然ビクトリームには理解できるはずもない。
そもそもが敵対関係だったのだ。ガッシュ個人は嫌いではないとはいえ、しかしそこまで深い付き合いではない。
にもかかわらずここまで信頼されるというのは不気味ですらあった。
加えて間の悪いことに、ビクトリームはこの会場に来て信頼という言葉の意味を理解しつつあった。
それ故にその言葉が真実であるというのは何となく分かってしまう。
半端に分かる分、それは理解できないものよりなお強く心に食い込んでくるのだ。
もちろん嫌な気分ではないのだが、地に足が着かないような不安定な気持ち悪さが湧き上がるのは止めようもない。
それでも振りほどこうにも振りほどけないのは、相手が信頼しているゆえに、だ。
結果として。
ビクトリームは、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
そして、ガッシュはただ問うことしか出来なかった。
――――どれだけその均衡が続いただろうか。
シーソーが傾くのは、一瞬である。
「……おいガッシュー! どこに居やがるんだテメエはよ!!」
どこからともなく響く声。
聞き覚えのあるその声が、ビクトリームに一つの行動をもたらした。
「……グラサン・ジャック……!」
驚愕でも悲哀でもない曖昧な表情を浮かべた直後、
「ブルワァァアアアアァアアアアァ! スーパー・V・大回転ンンンンンンン!!」
「ビクトリーム!?」
一回転するほどに思い切り体を捻り、ガッシュを振りほどく。
逃走、その一言で表せる行動をビクトリームは選ばざるを得なかった。
――――背中にかかるガッシュの声も無視してただひたすら駆ける。駆ける。駆ける。
「ビクトリーム! ど、どこへ行くのだ!?」
振り返って、ガッシュに何か言ってやりたかった。
グラサン・ジャックにも同じくだ。
……だが、それ以上にここに居るのが怖かった。
ただでさえ居づらいこの場に、罪悪感で顔を合わせたくない男が訪れた。
それだけで、ビクトリームがその選択をするには十分過ぎたのだ。
声の聞こえる方向ではないどこかへ。
無意識のうちに元来た方向へ。
とにかくここを離れる為に。
――――それが最適解でないことを知る機会すらなかった彼にとっては、それ以外に取りうる手段など無かったのである。
「……オイ、お前、ガンメンモドキ……?」
「ビクトリームさん!?」
背中にかかる声はどちらも見知った人間の声だ。
だが、それでも。いや、それ故に一刻も早くここから離れたい。
……たとえ、そのどちらもが自分が探していたはずの存在だとしても。
月の下、彼はどこまでも駆けて行く。逃げていく。戻っていく。
誰一人居ない町の中を通って。
ドーム球場の傍らを通り過ぎ、海に飛び込み、泳いで。
潮に流されながらも、行く先がどこかも定めないまま。
「……何故だぁぁぁああああああ! 何故このわたしが逃げなくてはならんのだ!
くぉぉおおぉお、止まれ止まるのだマイフット!
道無き道を踵を鳴らしていくでないわぁぁぁああああああ!」
――――いつしか深い森の中を走っていることに気付いても、ビクトリームはその足を止めなかった。
◇ ◇ ◇
「クソッタレ、何処に行きやがったガンメンモドキ!」
「……ビクトリームさんは悪いヒトじゃないはずです。
多分、いいえ、絶対にあそこにいらっしゃった方を殺してなんていないです」
「ウヌゥ……わたしのせいなのか? 何故。何故逃げたのだビクトリーム!」
『……おそらく後ろめたさによるものと思われます。
カミナとの別離は決裂のような形だったと聞き及んでいましたし、
ガッシュの無条件の信頼も、時としてかえって重荷になることもありうるでしょうから』
――――四者四様の言葉を交わす一つの集団。
……その話題の内容はたった一人の魔物についてのものだった。
探してかれこれどれほど経ったろうか。
その間に出会ったものは一人としていない。
当然だ。
この辺りは戦線から遠く、また、彼らの探し人も海を渡って反対の地図の端にいるのだから。
ループの知識はあるとはいえ、そこまで思い当たらなくとも仕方ないと言えるだろう。
それ以上に、カミナが泳げないという理由も大きかったのだが。
では、探し始めた時の事をカミナの視点で思い返してみよう。
彼が見た光景は実に単純なものだ。
死体のそばで呆然と立ち竦むガッシュと、西に向かって闇に溶け消えゆくV字の後姿。
それだけだ。
そこからどうすべきかはまさしく即断。
探して一発ぶん殴ったあとにぶん殴らせる。それでおあいこにするために、とにかく探すことを決めた。
その意見はニアもガッシュも一致しており、ニアとの詳細な情報交換を行いながらも辺りを調べてみることにしたのである。
ビクトリームが殺人をしたかどうかは誰も言い出す事はなかった。
それぞれがそれぞれの理由で、ビクトリームはそんな事をしないと思っていたからだ。
ついでに言うなら、死体の硬直などからクロスミラージュが死亡時間は随分前だと保証したのも根拠になっただろう。
たまたま死体を見つけたビクトリームにガッシュが鉢合わせた。それが当然のように彼らの間での結論となった。
まずはビクトリームが向かった方角である西に向かったが、しかし見つからない。
まさか泳いでまで逃げるとは想定していなかった為、行き違いになったかもしれないと辺りを虱潰しに探すことにしたが、いつまで経っても梨のつぶてだ。
果たして、いつしか彼らは水族館の近くまでやって来る次第となった。
「……こんだけ探していねえってことは、もしかしたら全然違う方向に行っちまったのかもしれねぇな……」
『その可能性は高いですね。考えられる可能性としては、海を泳いで渡ったか、あるいは北の方角に向かったかですが……』
長時間の捜索のためにイライラ気味ではあるが、カミナのそれはむしろ気遣うような声色でのものだった。
理由は単純。
先刻からずっと鳴り響く轟音である。
遠くとは分かっていながらも戦慄せざるを得ないそれに、ビクトリームが巻き込まれてはいないだろうか。
それをカミナは心配しているのだ。
更に言うなら、ここから見えるほどの巨大な炎と、時折それに照らし出される何かが余計に不安を煽っていた。
……ここは、港湾。
遮るものがない為に、対岸の光景も丸見えなのである。
そんな現実味の無い争いを前に、クロスミラージュは一つ諦めの念を吐く。
『……おそらくあの辺りはほぼ廃墟と化しているでしょう。それは線路も例外なくです。
これでモノレールによる移動はほぼ不可能になりました。
元々F-5の駅でMr.ドモンと再会する事は難しいと考えていましたが、デパートに向かうには再度移動手段を考えなくてはいけないですね』
そんな嘆息にしかし、カミナは平然と思いついたままのことを言う。
「あん? あのガンメンモドキを見つけた後の事か?」
『……はい。ここは3方を海に囲まれた場所ですし、カミナは泳ぐことが出来ません。
デパートに向かうためには、まずは北部に向かって観覧車の側を迂回し……』
「だぁーッ、面倒くせぇないちいち! 素直にエキから延びるあの道を通っちまえばいいだろうが!」
そう言ってカミナが指差した先にある物は、モノレールの線路だった。
なるほど、確かにモノレールが来なければ通る事はできるだろう。
この状況でモノレールが動いているとは考えづらいし、よしんば動いていたとしてもダイヤグラムでいつどの辺りを通るのかを把握していれば問題ないだろう。
……だが。
『モノレールの高架は確かに通路になりますが……
しかし、あの破壊規模ではD-4駅にも被害が及んでいる可能性があります。
その場合は我々が高架から降りる手段が無い為、引き返すことになるでしょう。
ここからでは博物館に隠れて確認できないために断言は出来ませんが……」
見たところ、一見博物館までは被害が出ていないように見えるので一応破壊はされていないとはクロスミラージュも思う。
だがしかし、それはあくまで『今のところ』でしかない。
あの付近でずっと交戦を続けている未確認巨大生命体がいつ巻き込んでもおかしくはないのだ。
できる限りあの近辺には近づきたくない所である。
特に高架で近づいた場合は逃げ場がない。
途中に降りる場所もないため、そうなった場合は引き返す以外に手段はないのだ。
その旨をカミナに伝えると、しかし彼はニヤリと笑って受け流した。
「ヘ、だったらエキで降りずに途中で降りちまえばいいじゃねえかよ」
『そんな無茶な、高架から飛び降りても無意味に怪我をするだけです。
……遠回りでも今後を考えるとよりリスクの低い…』
「だったらどうしたよ、無理を通して道理を蹴っ飛ばしちまえばいい!
おいクロミラ、あそこの下を見てみろよ。丁度いい足場があるじゃねえか」
カミナが指差したその先にある建物。
それは地図にある施設の一つ――――
『……発電所、ですか』
「おうよ! あそこの近くまで行って、あそこに飛び移っちまえばすむだろ。
ガッシュ、ニア! お前らもそのくらい平気でできんだろ?」
「ウヌ!」
「はい!」
魔物の子であるガッシュ。見た目に反し運動神経のいいニア。
そしてカミナ自身も生身でガンメンに立ち向かえる程の強さを持つ男である。
山登りしたくらいでヒィヒィいうようなもやしっ子とは縁遠い面子である以上、行軍に問題は全く無い。
「よぅしいい返事だ! 後はさっさとガンメンモドキを探し出して、全員でドモンのところに向かっちまえばいい!
そんじゃあ行くぜ!」
そう言いきり背中を翻すカミナ。
何度見ても変わらないいつも通りのその態度を見て、何とも彼らしい、とクロスミラージュは思う。
彼の荒っぽさは、時として人を惹きつける魅力があるのだろう。
……考えてみれば、彼にだいぶ感化されてきたように思う。
これほどまでに自分が喋るなどとはティアナと居た時にはあまり無かったことだ。
彼女の運命を思い出し、少し複雑な気分になったが――――
しかし、クロスミラージュは思考を切り替え、ビクトリームらしき反応を探すことにした。
同時、カミナの声が響き渡る。
「……さっさと出て来いガンメンモドキィィィイイイイイィィィ!!
テメェの食いたがってるメロンがここにあんだからよぉッ!!」
――――返答は、対岸から響く轟音しか存在しなかった。
まあ要するに、ここにはビクトリームは居ない。
ただその事実を確認することになっただけだ。
さすがに探し疲れてきたのか、カミナすらガクリと肩を落とす。
「……ビクトリームは、私たちを信頼してはくれなかったのだろうか……」
ぽつりと、ガッシュが呟きをもらす。
それが真実ならば彼にとってショックは大きいだろう。
……いい加減、夜も遅い。
だいぶ疲れがたまっているためか、それはガッシュらしくはない諦め混じりの言葉だった。
「――――違います!」
……それを否定する声は、女のもの。
ニアは自分がビクトリームから聞いたカミナへの感情を根拠に全員を叱咤激励する。
……彼を信じ続けよう、と。
「ビクトリームさんは、私がお父様……螺旋王の娘だということを知った後も変わらず接してくれました。
……ですから、絶対にこちらへ戻ってきます。
あの方は心根は優しい方です。必ず戻ってきて、アニキさんと仲直りしてくれます!」
「……そうだな。テメェが信じてやらなきゃ戻ってくるものも戻らねぇ」
パン、とカミナは両手で頬を打ち、落としていた肩をいからせながらぐっと拳を握り締めた。
そのままニアの背中を思い切り叩いて告げる。
「いい心意気だぞニア! さすがシモンが見込んだことだけはある!
いいぜ、お前も大グレン団の一員としてこのカミナ様が認めてやる!」
その言葉に何を見出したのか。
痛がりながらもニアは満面の笑みを浮かばせて、得心したとばかりに力強く頷いた。
「……はいっ!」
直後。
カミナたちの背後から、誰もいなかったはずの場所から。
聞いただけで萎縮するような声色の言葉が放たれた。
「……確かにいい心意気ではないか。螺旋の王女というのも満更ではない」
……カミナ。ガッシュ。ニア。
三者全員が戦慄を覚え、ゆっくりと同時に振り向いていく。
「好奇心に従って来てみれば。
……ワシもたまには童心に帰ってみるものだな。
貴様らにはもっと情報を吐いてもらうこととしよう」
――――そこに居たのは、絶望の象徴。
全身から覇気を漂わせながら、その怪物はただ告げる。
「……なあ、青二才?」
◇ ◇ ◇
――――きっかけは実に些細なものだった。
怒涛のチミルフと名乗った獣との戦い。
それを終えて東方不敗が気づいた時には、すでにシャマルという癒しの術の使い手は姿を晦ましていた。
結果、新たな回復手段を模索しなければならなくなった訳だが、しかし闇雲に探し回っても効率は悪い。
ならば、どうすべきか。
治療を急かしたせいかどうかは分からないが、東方不敗は自身の体調が存外優れていないことを理解している。
……特に腹の傷が、だ。
痛みこそ殆ど感じないものの、呼吸の乱れなどからして感じている以上に厄介な傷のようだ。
放置しておけばまずい事は重々理解している。
……それがシャマルの意図的なものであるかどうかは分からない。
治療を中断させたのは自分であるのだし、先に痛みだけを取り除いて後から全体を持ち直させる算段だったかもしれないからだ。
だが、何にせよ自分の傷は未だに内出血が続いているであろう事と、その割に痛みは感じていないことは事実である。
これは好機でもあり、また、まずい状況であるとも言えよう。
戦闘に痛みを感じずに臨める事はありがたいが、さりとて放っておく訳にもいかないのだから。
あまりに激しい動きをした場合、更に悪化することも考えうる。
と、そこで思い当たったのが各所施設の存在だ。
先程は煮え切らない感情に任せてぶん投げてしまったが、思うにあの顔面機械は何かの利用価値があったかもしれない。
そもそもあんなものが消防署にあること自体が不自然というものだろう。
だとすれば、あれは支給品同様螺旋王が殺し合いの為に用意した道具と考えればしっくり来る。
要するに、他の参加者の誰かの持ち物ということだ。
ならば。
あのような機械も存在するならば。
もしかしたら自分の機体――――マスターガンダムがどこかに隠されていてもおかしくはない。
そして、マスターガンダムはDG細胞の産物である。
……つまり、だ。
マスターガンダムを構成するDG細胞を利用すれば、傷の修復も行えるかもしれない。
一度は感染を跳ね除けた体、DG細胞の修復力を制御することとて不可能ではないと考える。
では、どこに向かうか。
どこにならば、マスターガンダムを隠し得るか。
それを考慮した時、最初に目指したのは――――古墳だった。
施設巡りをすると決めた後、消防署の近隣に存在するものを確かめると、映画館、病院、刑務所、古墳、学校が考えられた。
――――まずその選択肢の中から消去されたのは病院。
あまりにも向かう人物が多いだろうと予測される施設である為、もう碌なものは残っていないだろう。
次いで、映画館。
あそこはおそらくまだ激戦区。今から向かっても再度争いに巻き込まれることだろう。
一応以前訪れた時は大して調べてはいないのだが、衛宮士郎という若造の仲間が陣取っていたということを考えると望みは薄い。
学校も以前訪れたことがあるため割愛。
……となると、選択肢は刑務所と古墳の二つ。
この時点で消去法は使えなくなった。
だとすれば、行き先を決定するのは積極的な理由だ。
東方不敗が古墳を選んだ理由は非常にシンプル。
……単に、禁止エリアに囲まれることが確定したからというだけだ。
いずれ進入が難しくなる地点を先に調べておこうと思い、古墳を選んだのである。
――――そして、古墳の近くまでたどり着いた時。
彼は目を疑う光景を見ることとなる。
それは、Vだった。
Vの字だった。
……いや、それだけならばいい。
もちろん気になるといえば気になるが、この会場では何が起こってもおかしくないのだし気にした方が時間の無駄だ。
問題は、Vの字が突如空中から出現したということなのだ。
さしもの東方不敗もこれには驚いた。
その隙にVの字はどこかに姿を消してしまっていたが、Vそのものは特に重要だとも思えなかったので捨て置く。
とりあえずVが現れた付近を調べてみることにし、接近した。
近づいてみて手を伸ばした時、東方不敗の予想通りちょうどVの字が現れた辺りで自分の手が消えるという現象が起こった。
だが、手の感覚がなくなったわけではない。
そこでその現象が何か、東方不敗は得心する。
更にそれを確かめるべく首ごと前へ踏み込んだとき、想定通りの事実が彼を出迎えた。
――――海が、そこにあったのだ。
森の中に居たはずなのに、どこかに転送されたかのように。
今の今まで、周囲は一面の森でしかなかったのに。
会場がループしている。
東方不敗はそれを直感的に理解した。
……だが、実際にはループではなく単に見知らぬどこかに飛ばされただけかもしれない。
それを確かめる必要があるだろう。
方法は簡単だ、地図を見れば古墳の反対側付近には水族館などの施設がある。
それがあることを確認すればいい。
その通りにした。
結果。
東方不敗の予測は証明された。
見事その先には水族館があり、そしておまけというには豪華すぎる副賞までついてさえくれたのだ。
「……さっさと出て来いガンメンモドキィィィイイイイイィィィ!!
テメェの食いたがってるメロンがここにあんだからよぉッ!!」
……若々しい男の尋ね人の声が響いてくる。
気配を消して接近し、話を聞けばなんと。
「ビクトリームさんは、私がお父様……螺旋王の娘だということを知った後も変わらず接してくれました」
……そう、螺旋王の娘を名乗る少女がいるではないか。
自称とはいえ、放って置くにはあまりにも惜しい。
螺旋王とのつながりに何か期待できるかもしれず、また、何らかの情報を握っている可能性もある。
故に東方不敗は歩み出ることにした。
これは儲けものだ。
少女を確保すれば、螺旋王に近づく為に何か収穫を得ることが出来るかもしれないと。
邪魔になるようなら始末するが、とりあえずはやはり情報だ。
東方不敗は問いかける。
――――ニヤリと笑いを浮かべ、威風堂々と。
「……確かにいい心意気ではないか。螺旋の王女というのも満更ではない。
好奇心に従って来てみれば……ワシもたまには童心に帰ってみるものだな。
貴様らにはもっと情報を吐いてもらうこととしよう。
……なあ、青二才?」
全員が即座に身構える中、不意に一番背の高い男と、彼の持つ板から声が響いた。
「やいやいやいやい誰だよジジイ、何のつもりだ、あん?」
『……何者です? 目的は?』
トランシーバーのようなものだろうか?
少し奇妙に思うも、あまり興味はない。
必要なものを得る為に、さっさと話を進めることにする。
「フン……東方不敗マスターアジアというしがない武術家よ。
貴様らこそ礼儀がなっていないな、人に名前を尋ねる時は自分から名乗るのが道理だろう」
皮肉で返す……と、思いもよらない反応が男から返ってきた。
「……トウホウフハイ? まさか、ドモンの師匠か!?」
「む……ドモンの知り合いか?」
おうよと答える男。思ったよりスムーズに交渉できそうだ。
それを証明するかのように各々の自己紹介が始まる。
……存外単純な集団のようだ。手玉に取りやすいかもしれない。
「ウヌ……ガッシュ・ベルなのだ」
「ニア・テッペリンです」
「覚えとけ、生まれと育ちはジーハ村、グレン団がリーダーカミナ様たぁ俺の事だ!」
三者三様の挨拶を耳に入れながらも東方不敗の笑みは崩れない。
そんな彼に、カミナと名乗った男の持つ板が問いかける。
『……クロスミラージュです。Mr.東方不敗……急に接触してくるとは、貴方の目的はなんですか?
そして、貴方はゲームに乗っているのですか?』
その口ぶりから、この板切れが交渉相手であると東方不敗は即座に理解する。
……他の人間は大して頭が良さそうには思えない。
さて、どう出るべきか。
ここで喧嘩腰になるならば、得られる情報も得られなくなる。
……多少は下手に出るべきだろう。
知るべき情報を握られたまま殺してしまっては元も子もないのだから。
答えるべき情報と答えざるべき情報を即座に整理し、口に出していく。
「……情報が欲しくてな。貴様らの持つ情報をワシにも分けてもらいたい。
何、ドモンの師であるワシならば有効利用できるだろう。
知っている事はあるか?」
口ぶりとは裏腹に東方不敗は大して期待はしていない。
今までのやり取りから判断した結果だ。
念のため聞いておくことに越したことはないというのと、ニアが螺旋王の娘ということから何か得られるかもしれないと思っての駄目元程度のものだ。
『……我々の知っていることは多くありません。この会場が実はループしているということ。そして……』
……そんな事か、と落胆する。
つい先刻であれば有用な情報であったろうが、今となっては既知の事でしかない。
情報が得られないならば、螺旋王との繋がりにニア以外を皆殺しに――――
『…………螺旋王の力の一端。この会場に我々を集めた方法に関する考察くらいのものです』
「……なに」
……自分の『異なる星の人々を集めた』という仮説。
それは色々と無理がある上に、自分自身でも半信半疑な代物だ。
考察とはいえこの交渉の場で切ったカードという事は、少なくともそれなりの根拠があることだろう。
……ならば、ある一面では螺旋王に通ずる真実である可能性は高い。
聞く価値はある、と判断する。
「ふむ……それはどのような物か言ってみるといい。
ワシとしても是非聞いておきたいところだ」
しかし、そうは問屋が卸さない。
『……でしたら、そちらの握っている情報も開示してください。
我々がそれを聞いた後でしたらこちらの考察をお伝えします』
……当然といえば当然だ。
何しろ、情報だけ搾り出されてとんずらされたのではたまらない。
こちらから申し出た交渉でもあるため、先に情報を開示するのも筋というものだろう。
どうせニア以外は殺すのだ、喋っても大して影響はあるまい。
現に、カミナもガッシュもニアも、全員が既に頭に疑問符を浮かべている。
それなりに話の通じるのは板切れを通じて話している人間くらいのものだろう。
上手く考えたものだ、と思う。
この方法ならば自分の身を安全な所においたままで他の参加者と交流できる。
「ふむ……道理だな。あいわかった」
……とりあえず、敵意を持たれずに情報交換できる空気は作り出せた。
後はこちらの情報を話した後、情報を引き出してニア以外を始末すればいい。
一応は、話す情報は真実を話しておく。
下手に即席の偽の情報を流して気付かれるよりは、真実味のあるそちらの方が信憑性が増すだろう。
故に、開示する。
自身の持つ螺旋遺伝子の実験に関する考察を。
何らかの要因で覚醒するであろう、その力について。
「……このような所だな。他に何かあるか?」
『……成程。確かに、螺旋王の言葉を考えれば充分ありえますが……』
好感触と判断。
……ならば、後一押しだ。
何か与えられる情報はあっただろうか。
考え――――一つ思い当たる。
大したものではないとは思うが、それでも単純に数は武器になる。
情報であっても同じくだ。
……一押し、それさえあればいい。
「……ならば、おまけ程度にもう一つの情報を教えてやろう。
地図上にある消防署にな、赤い不細工なカラクリ人形が鎮座していたぞ。
役に立つかどうかは分からんが、螺旋王の置いたものに違いなかろう。
詳しく調べれば何かの意味が……」
と、唐突にその言葉は遮られる。
「おいジジイ! も、もしかしてその人形ってよ、このくらいの大きさで、顔に手足の生えた奴か!?」
――――焦ったような、喜んだようなカミナの言葉。
それまでやることを持て余して貧乏ゆすりをしていた姿との豹変振りはおかしいくらいである。
当たりを引いた。
……何でも言ってみるものだ。何が役に立つのかは分からない。
東方不敗はこの齢になってもなお新鮮に実感するその事実に、苦笑しながらも肯定の言葉を告げる。
……敢えて、自分が投げ飛ばしたということは口にせずに。
「その通りよ……まあ、消防署の北の方のどこかに吹き飛ばされてしまっておったがな。
役に立つならばそれにこしたことはなかろう」
ラガン。
そんな名前を呟いて明後日の方向――――消防署とは全く関係ない方向を向くカミナ。
次いでその名詞の意味を理解し、花開くように期待の表情を浮かべるニア。
それを感じたからかどうなのか、クロスミラージュは前置きなしに話し始める。
……一押しが、効いた様である。
『……分かりました。では、こちらもお伝えしましょう。
文明レベルの問題で、考察を伝えられる相手が居なかったのも事実ですからいい機会ではあるでしょう』
……そしてクロスミラージュは話し出す。
多元世界の概念を。
時間軸の異なる参加者たちの境遇を。
知り合い同士とはいえ、違う世界から招かれた可能性を。
「…………」
東方不敗は、ただ無言で返す。
その沈黙の内にどれだけの思考が展開されているのかは本人以外には分かる由もない。
『荒唐無稽ではあるでしょうが、現状を考慮すると矛盾を解消するにはこれが最適な能力と考えられます。
可能性としても、わたしの世界では平行世界間の移動方法は確立されている事を考慮すれば0ではないかと』
「……いや、そうか……むぅ……確かに」
……確かに、荒唐無稽ではある。
だが東方不敗は十分ありうると判断した。
相羽シンヤやDボゥイの様な、能力は図抜けているのに技術がそこそこどまりなアンバランスな人間。
衛宮士郎やシャマルの持つ魔法としか呼べない能力。
ヴィラルやチミルフと言った異形。
そのどれもが、自分の知る世界とは違う――――違和感としか呼べない何かを持ち合わせていた。
自分の考えた宇宙人仮説。
それで納得できる点も多くあるが、しかし宇宙人とは自分と同じ世界に存在するものである。
物理法則まで異なるわけではないのだ。
……ならば、自分の世界の物理法則で説明できない事象はむしろ他の世界の法則によるものと考えた方が自然かもしれない。
どちらにせよ荒唐無稽なことは変わらないのだから、より矛盾の少ない説のほうが信憑性はあるだろう。
……そして何より、一番の証拠はドモンの取った言動の不可解さだった。
自分を師として敬愛するあの態度。
しこりのように残っていたその奇妙さは、しかし多元世界という解を代入すればすんなり解けるのだ。
要するに、あのドモンは自分と対立する前か……その後か。
いつか和解するという可能性を実現させた世界のドモンであるならば、矛盾はない。
……ならば、あのドモンは何処から来たドモンなのだろう。
あの戦いは茶番だったのだろうか。流派東方不敗の奥義を継承したというあの喜びは何の意味があったのか。
……分からない。全てが螺旋王の手の上なのだろうか。
だが、ただ一ついえるのは――――少なくともドモンが、石破天驚拳を修める世界もあるということだ。
……つまり、あのドモンは自分の知らぬ先を行くドモンであるのかもしれない。
……ならば。
それを見極められるのは、ある意味喜ばしいことではないだろうか。
病に侵された自分が決して見極めることが出来なかったはずの弟子の大成した姿。
考えてみれば、それは叶わぬ望みが叶うということだ。
そして、そもそもの多元世界を渡るという螺旋王の力。
……このことがどういうことを意味するかはおいおい考えるとしても、しかし有益な事は間違いないだろう。
多元世界。ありとあらゆる可能性。
それを自由に使う事ができるなら――――
それを思い浮かべようとして、しかし東方不敗は頭を振った。
「……しばし、考える必要がある、か」
あくまで可能性の域だ。
これを確定させるには情報が足りなさ過ぎる。
無論、十分すぎる収穫ではあるのだが。
「……さて、と」
これはどう考えても相手の取って置きの情報だ。
ならば、これ以上の情報は粘っても得られないことだろう。
要するに。
要するに、だ。
「……そうそう、最期に一つ貴様らに伝えておくべき情報があってな」
ラガンとやらの話題で盛り上がり、ガッシュも交えて和やかに談笑するニアとカミナに、東方不敗もゆっくりと笑みを向ける。
……ただのそれだけで空気が一変した。
何処までも冷たく。
何処までも鋭利に。
「……ワシは殺し合いに乗っている。まあ、取るに足らない情報だろう?
これから死に行く貴様らにとってはな」
「……ジジイ……っ!」
切り替えはその場の誰よりも早く。
――――カミナは、即座に立ち塞がった。
……ニアの前に。
いい目ではあるな、と東方不敗は思う。
自分が何をしたいのか、その為に何をすべきか。
それを直感的に理解し、躊躇いなく行動に移すことが出来る。
だがそれは若さによる強さだ。
真っ直ぐで硬いが――――折れるときはあっけなく、そして脆い。
そんな代物で出来た楯で少女を守ろうとするならば、対策はただ一つ。
「フン……安心せい、螺旋王の娘ならば利用価値はある。
貴様らを殺そうともこの娘だけは生かしてやろう」
挑発し――――正面から叩き潰す。
「……ざけんなよオイ! んな事させるかよ……ッ!!
俺を誰だと思ってやがる!
このカミナ様を甘く見るんじゃねえ!」
……よもや、力の差を弁えていない訳ではないだろう。
それでもただひたすら愚直にぶつかろうとしている理由は単純だ。
勇気でもない。
無謀でもない。
――――青さだ。
故に、それをあらゆる方向から打ち据える。
自分自身がいかに強大かをアピールし、その殻を叩き割ってしまえば済むことだ。
「クク……楯になろうとは愚かなことだな。
実に都合がいい、ワシもこの場に来てから赤い髪の小娘一人しか殺しておらんでな。
……そろそろ本気で動きたいと思っていたところだ青二才。
貴様が肩慣らしの相手になってくれるのか?」
挑発に加え、具体的な殺人の示唆。
これはカミナを萎縮させる為だ。
どんなに鍛えようとも、偶然殺してしまう場合にはともかく、人が誰かを殺そうと思って殺すには覚悟がいる。
……その覚悟を、空気のようにこなせる事を見せつける。
そして、肩慣らしの言葉。
その程度に扱ってやれば、青二才の若造ならまず憤る。
たとえ表面上変わっておらずとも、確実に心の中に波紋ができているはずだ。
後は生かすも殺すも思いのまま。
殺すとは言ったが、生かしておいてもニアへの脅迫に使えるだろう。
怒りに身を任せ、まともな判断力を失うがいい。
……それが東方不敗の見通しだった、のだが。
「……赤い髪の、女?」
――――想定外ではあった。
カミナの反応は予想外のものだった。東方不敗にとってよい意味での。
驚愕。
その一文字で表せるその表情は、東方不敗にとっては意味する所を読み取るのは容易いことだった。
見れば、ニアの顔も似たような色に染まっている。
単純にして明確な縁故だ。
――――なんという偶然。なんという好機。
口の端を歪に。これ以上ない程、歪に。
「……赤く、長い髪を束ねた小娘よ」
「……やめろ」
――――その声は、どこまでも弱々しく。
「あちこちを露出させた服と髑髏の髪飾りをつけていてな、こいつ――――この布で腹を刺し貫いてくれたわ」
「やめろ……!」
その声は、何処までも悲壮に溢れ。
「名前はそう、何と呼ばれていたか――――」
「やめろっつってんだろ……ッ!」
その声はどこまでも怒りに満ち。
「ヨーコ……だったか。なあ、聞き覚えはあるか? 青二才」
「やめろぉおぉぉおぉおおおおおおおぉおおおおおぉおおおおぉおおッ!!」
何より、無力な自分への後悔が止め処なく湧き続けていた。
自身の怪我も忘れ。
ニアの事すら忘れ。
カミナは吠え――――剣を手にとって一直線に東方不敗に向かって斬りかかる。
『カミ……』
自分を制止する声すらどうでもいい。
――――ただ、カミナは目の前の男を叩き切りたかった。
それが男の思う壺だと、分かりすぎるほど分かりながらも、なお。
しかし、カミナの動きよりなお早く東方不敗の手が動く。
カミナの全身に衝撃が走った。
――――天の光は全て星と言ったのは誰だったか。
……仰向けで飛んでいるのかもしれない。
それだけを理解して、カミナはもう一人怒りに打ち震える必要はなくなった。
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