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「てのひらのたいよう(前編)」(2023/05/22 (月) 15:20:37) の最新版変更点
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**てのひらのたいよう(前編) ◆tu4bghlMIw
「…………と、この辺りか」
「螺旋力とは――全ての根源たる始祖の力。スカー氏はそう判断された訳ですか」
「俺達の力は幾つもの多元的な流れを汲んだ全くの別物……唯一共通する項目は"ヒト"であるということ。
アルフォンス・エルリックのように魂だけの存在も参加はしていたがな」
そこまで一息で言い切ると、スカーは小さくため息を付いた。
明智は目の前に居る褐色の肌の男の予想以上に聡明な話し振りに思わず舌を巻く。
「ショッピングモールのコンテナ、というのも有力な情報ですね」
「目星は、付いているのか」
低い声。刑務所へと帰還し、会議室に帰って来た明智とスカーは互いの情報を交換していた。
ねねねは先程まで書いていた原稿の刷り上りを確認するために席を外している。
しかし、これは中々。名簿によって彼の人柄はそれなりには把握していたつもりだったが、予想以上だ。
彼は単純に強大な力を振り回すだけの狂戦士とは明らかに一線を画す存在だ。
つまり、全てを破壊するその右腕による圧倒的な破壊力を根幹に置いた戦闘スタイルはまやかしに過ぎない。
彼は、賢い。そして自分達のグループの中に欠けていた要素をいくつも持ち合わせている。
それは純粋な武力であり、自然や天候などに関するアニミズム的な視点であり、冷酷さでもあった。
「一応は。螺旋力に関係する道具――おそらく、小早川さんの持つ『コアドリル』というアクセサリーが最もその条件に適しているかと」
「……出自は?」
「出自、ですか? おそらく、螺旋王の世界の物だと我々は認識しています」
「上等だな。その娘は今何処にいる?」
「彼女には高嶺君の下に行って貰えるようお願いしました。つまり地下にある巨大施設、そこに彼女はいます」
明智はグルリと人を詰め込めば三桁に及ぶ人員を収容可能であろう室内を見渡した。
すると部屋の隅に一箇所だけ椅子が引かれたままになっている長机があるのを発見した。
机の上にはカップに注がれたスープがほとんど手付かずのまま冷たくなっており、地味な柄の毛布が乱雑に放り出されていた。
「そして、もう一つ。"紛い物の空"ですか。大変興味深い仮説ですね」
「ああ……それが実際に上空へと至った俺が持った疑問だ。明智よ、貴様はどう考える?」
その言葉に明智が小さく反応する。
表情には一切の変化はなく、僅かながら身を捩らせた程度のリアクションだ。
当然、ある程度の考察には行き着いている。
「ループする大地。そして同時に現れる事のない月と太陽――これは、完全に盲点でしたね。
我々のような機械に囲まれた生活を送っている人間は、自然の機微を読み取る力が退化してしまっている」
「超小規模な天球であると考えるのも難しい。厳密には昼でも月は空に浮かんでいる。ただ明るくて見え難いだけなのだからな」
「首輪を外す、以外のゲームクリアの可能性がある、と」
「空が落ちればこの空間がどうなってしまうのか、保証はない……がな」
スカーのもたらしたもう一つの情報。それはこの会場の在り方に疑問を呈するものだった。
確かに、明智達もこの地が螺旋王に創造された箱庭であるとは想定していた。
ではその空間はどのような形をしているのか? そしてどのような力を持っているのか?
破壊は可能なのか? 中の事物はどのように用意されたのか?
そこに至る確証は未だ、ない。
「つまり、この空はプラネタリウムのようなもの。仮初の星の海であるとスカー氏は考える訳ですね。ですが、」
「ああ、真っ当な方法で"天"を突き破る、と言うのは不可能だろう。
紛い物とはいえ、空には確実に在るのだから――太陽に順ずるエネルギー体が」
「無闇に空へと飛び出しても蝋の翼を焼かれたイカロスが如く大地に堕ちていくのが関の山、と?」
確かに、この大地は偽者なのかもしれない。
しかし天から八十二名の参加者を見守り続けるその光球が、明らかに莫大な熱量を持っている事は明らかなのだ。
ここがある種の温室である、と仮定すれば自由に温度を設定する事は可能なのかもしれない。
だが空調設備はどうなっている? 冷却は? 加熱は?
そして、頬に感じたあの光の暖かさをどうやって説明するのだ?
そう。空に浮かぶ星の輝きが紛い物であるとしても、膨大な力を持った光の塊が日周を擬態した運動を行っているのは明確すぎる事実。
「ねねね先生、そしてスカー氏。螺旋力に目覚めた人間は確かに存在するのですが……現時点で首輪を外すのは多大なリスクが伴います」
「別のルートを模索するべきか。天を突き破り――太陽を堕とす手段を」
「ですね。名簿から得られる情報では……考えられる要素は約五つ、と言った所ですか」
「……言ってみろ」
明智は二つの詳細名簿に記されていた情報を自らの脳内から引っ張り出す。
時間が会った時に参加者の情報は整理し、それらを幾つかの項目に基づいて分類しておいたのだ。
しっかりと頭の中にその分析は記憶されている。
「一つ。英雄王ギルガメッシュの持つ切り札である乖離剣エアの真なる力の発露、「死」の国の原点――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)。
一つ。史上最強のガンマン、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが扱う数千万人規模の大都市を一瞬で消滅させ、月に超巨大な穴を穿つ――エンジェルアーム。
一つ。現魔王の息子、ガッシュ・ベルとそのパートナーである高嶺君が唱える金色龍の呪文――バオウ・ザケルガ。
一つ。鴇羽舞衣が使役する古から行われた戦姫を決定する舞踏における衛星をも打ち抜く最強のチャイルド――カグツチ。
一つ。Dボゥイこと相羽タカヤがテッククリスタルによって変身したテッカマンブレードの放つ反物質砲――ボルテッカ。
この五つが現段階において太陽を砕くに値する――この殺し合いの参加者が持ち得る最大戦力です」
これらはあくまで『可能性』である。
Dボゥイには更にブラスター化という奥の手が残されているし、東方不敗とドモン・カッシュの放つ石破天驚拳もこれらに匹敵する力を持っているかもしれない。
それ以外に会場に放置された道具にも期待が掛かる。
だが、ある程度現実的な視点で考えればこれら五つが後々の鍵を握る事は明白だった。
「……なるほど。だが、螺旋王も確実に何らかの対処はしている筈だ。結界にしても一度、貼ったならば貼り直させない道理はない。
無闇矢鱈に天を穿てば穴が空く、というのでは彼らのうちの誰かが己の全力を出せば途端に遊戯は崩壊する。
それでは螺旋能力者の選定の場としては不十分だろう」
「ですね。何かしらのイグニッションキーとなるものが存在する事は確かでしょう」
「……難しいな。ところで、小早川ゆたかという少女はいつ戻ってくる?」
「……そういえば遅い、ですね。こちらの動きから私達が同盟を結んだ事には気付いているでしょうに」
今現在、探知機能付きの携帯電話は明智の手元にはない。
これは今頃ゆたかの手から清麿へと渡り、彼が他の参加者の動向を探るのに使用している筈だ。
そもそもスカーを戦力として確保する事は相当に分の悪い賭けだったのだ。
当然ゆたかには自分達がこれから何を行い、どのような覚悟で説得に赴くのかを話してある。
スカーに自分達が襲われるケースを想定して荷物を持たせて、清麿の所へ向かわせたのだ。
「何か問題があれば高嶺君から連絡があるとは思いますが……どうします?」
「……そうだな。ひとまず、顔合わせだけはしておくべきだろう」
「そうですね。私も一度地下の施設を見ておきたいと思っていましたし、丁度良い機会かもしれませ――なっ!?」
「これは……!」
その時、だった。突然、会議室の床に凄まじい振動が走ったのは。
ソレは丁度いい言葉で言い表すのならば、地震という自然現象と酷似していた。
だが、明らかな相違点が同時にいくつも挙げられる。
例えば揺れの幅が極めて限定的な縦揺れであるという事。そしてまるで『下方から何かが競り上がって来る』感覚である事。
「なんだ……この揺れは……!?」
「分かりません……螺旋王の造り上げたフィールドにおいて、まさか地震など……?」
そしてその揺れが非常に長い点。地面が振動を始めてから既に十秒近く経過している。
しかし、揺れの大きさは未だに全く変わらないのである。
地震が初期微動と主要動の二つの波によって構成される現象である事は非常に有名だが、大規模な地震であればあるほど初期微動は短くなる。
故にこの規模の地震が何十秒も続くなどと言う事は在り得ないのだ。考えられるケースがあるとすれば、
「下に……何かが?」
「地下の施設に異変があった……と判断するべきか」
「しかし……クッ……あそこには高嶺君と小早川さんが!」
揺れは、止まない。
前に足を踏み出そうとしても、どうしても身体がふら付いてしまう。
一体この刑務所の地下に存在するのはどのような物体なのか、明智は未だ解答を得る事が出来ずにいた。
▽
どうすれば、いいんだ。
清麿はそのあまりにも"アレ"な事態に頭を抱えるしかなかった。
アンチシズマドライブにノーマルシズマドライブを差し込む事、これは全くの想定外の事態だ。
この大怪球フォーグラーは通常、アンチシズマドライブを嵌め込むことによって起動する巨大ロボットである。
では逆に、ノーマルシズマをフォーグラーに組み込んだ場合はどうなるのだろう。解答は――導き出せない。
「クソッ! どうしてゆたかちゃんが……っ!」
清麿は真紅に染まった視界の中で必死に思案を巡らせる。
フォーグラーのメインルームとも言うべき、コックピットは「警告」のニュアンスを多分に含んだ赤い光に覆われている。
彩度の高い緑色だった筈のシズマ管を満たしていた液体はその色合を変え、清麿はまるでピンク色のカクテルの中に沈んでいるような錯覚を覚えた。
加えて在り得ないほどの振動。まるで大地が呼吸するかのように、フォーグラーが揺れる。
「ゆたかちゃん! ゆたかちゃん! しっかりするんだ!」
清麿はすぐさま床に倒れ伏したゆたかの下へと駆け寄る。
全参加者の名簿には一通り眼を通してある。
……年上だとは到底思えないほど、小さな身体だ。
抱き締めれば本当に折れてしまうのではないかと思うくらい、か細く心もとない存在。
完全に身体の力が抜けてしまっている彼女を抱き上げ、数度揺すってみるもまるで反応は無い。
指先から神経を通じて、彼女の柔らかい身体の感触が清麿の脳内を擽る。
どことなく良い匂いがするような気もするが、そんな余計な事を考えている場合ではない事も十分過ぎる程承知している。
今は――最善の対処法を導き出されなければならない。
「動く…………のか? アンチシズマドライブではなく、普通のシズマドライブが一本だけ。そんな状態で起動なん…………て?」
と、清麿が思った時だった。
凄まじい音を立てて、振動していたフォーグラーの揺れが突然、ピタリと収まったのだ。
警告音も鳴り止み、シズマ管の色も黄緑色に戻る。
そう、まるで『何もなかった』かのように。
唯一の異変と言えば、メインルームの中心に位置する孔には未だ通常のシズマ管が突き刺さっているという一点のみ。
「……へ?」
思わず漏れる間抜けな声。
ぐるり、と辺りを見回してみても事実は変わらない。
先ほどまでの異変は何だったのかというぐらい、フォーグラー内部の状態は元に戻ってしまったのだ。
「ハハハハハ……そうだよな。まさか夢や幻じゃないんだから、そんな都合の良い事がある訳ないか!
普通のシズマドライブで起動するんだったら、アンチシズマ管なんて必要ないしな。
考え過ぎって事か…………だな。アハハハハハ、まるで悪い夢でも見ていたような――――ッ!!?」
事件とは立て続けに起こるものなのか。よく分からない出来事は連鎖するのか。
丁度、清麿が「フォーグラーが起動する?そんな事ある訳ないじゃないですか。ゲームじゃあるまいし」的な結論を出した時だった。
『下』からではなく『上』から凄まじい音が響いたのは。
その衝撃は断続的なフォーグラーの振動とは明らかに違う種類のものだった。
例えるならば砲弾、であろうか。
外部から飛来し一瞬の破壊をもたらした後に、炸裂する――そんなイメージだ。
明らかに異物が何処からか飛んで来たのは確実だ。地下に潜っているために正確な方向は分からないとはいえ……、
「上……!? どうなっている、遠距離からの射撃か……っ!?」
ちらり、と何気なく握り締めていた携帯電話を一瞥する。
刑務所に存在する光点は五つ。
中心点、つまり自分とゆたか。そして少し離れた地点にスカーと明智。そして所内で単独行動をしているらしいねねね。
誰かが突撃して来た訳ではないようだが……実際に眼で見て確認してみないと詳しい事情は分からないだろう。
しかし、
「何……!? これは……!」
新たに三つ。
この刑務所に接近して来る存在を感知したとなると、話は全く変わって来るのだ。
正確には四。
だがこのレーダーは首輪の存在を読み取る物なので、道具として首輪を所持している場合は画面にもソレが反映されてしまう。
今回の場合で言えば『クロ』という参加者がその例に挙がる。彼は第二回放送でとっくに死亡しているのだから。
「ヴィラル……シャマル……そしてルルーシュ・ランペルージ……!! 畜生、こんな時に!!」
更に懸念事項は増加する。
ヴィラルとシャマルは明らかに殺し合いに乗った人間だ。
とはいえ、自分は彼らに一度遭遇しているし言葉も交わしている。
二人は悪い人間ではない……と思う。だが、それ故に何かを守るために戦っている、という事も清麿は十分に理解していた。
話せば分かってくれる、分別を持った相手ではあると思う。
だが、事態は一変した。
第四回放送の後に、主催側からの駒として会場に降り立った――怒涛のチミルフ。
詳細名簿の項目を見るに、彼はおそらくヴィラルの直属の上司と見て間違いないだろう。
ヴィラルをこちら側の戦力としてスカウトする……と言うのはほぼ難しくなったと見て間違いない。
なぜなら、チミルフとヴィラルの間で何らかのコンタクトを取る手段が設けられている筈だからだ。
先発隊と後発隊の合流、とでも考えれば都合がいいかもしれない。
レーダーに映らないチミルフが今現在彼らに同行している可能性もあるのではないか。
「……ダメだッ! これを見過ごす訳にはいかない!!」
清麿は携帯をポケットにしまうと、再度腕の中のゆたかの顔を眺めた。
彼女は両目を瞑り、苦しそうにその端正な顔を歪めている。
白雪のような頬は紅色に紅潮し、明らかに体調が悪い事が見て取れる。
額に手を当ててみるが、やはり予想通りだ。相当に熱っぽい。精神的な問題ではなく、体力的な事情だろうか?
とはいえ、イリヤや士郎の死が彼女に多大な影響を与えた事は想像に難くない。出来れば彼女の側に付いていてやりたいのだが……。
「ゴメン、ゆたかちゃん! すぐ戻るから!」
ここで清麿はゆたかを一旦、フォーグラー内部に置いて行く、という選択を下す決意を固めた。
確かに今のゆたかは情緒不安定と判断してしまってもいいだろう。
が、同時に病人でもある。つまり無理に動かす事で体調を悪化させる可能性もあるのだ。
これがもし、フォーグラーに何かしらの異変が尚も健在だった場合、無理をしてでも背負っていくのだが……それ以上に今はヴィラル達の接近が重要事項であると判断したのだ。
携帯電話の首輪レーダーを使った周囲の監視は集団にとっての一大事だ。
それを、疎かにする訳にはいかない。スカーが加わったとはいえ、自分達のグループは非戦闘員ばかりなのだから。
強者に襲撃されれば一溜まりもない。
内に燻った種火よりも、外から投げ込まれる災禍の方がずっと、恐ろしい。
▽
高嶺君の台詞を頭の中でゆっくりと、ゆっくりと、反芻する。
『すぐに、戻ってくる』
でも私の中にその言葉は入っては来なかった。
新しい疑問へと形を変えて心の中へと浮上……それで終わりだ。
感慨も、安堵もない。
だから、何気なく私は思った。
一体『すぐ』っていつの事なんだろうって。
一分? 五分? 十分? 一時間? もっと、それ以上?
いつまで、私は一人っきりで居ればいいのだろう。答えてくれる相手は……誰も居なかった。
言葉は曖昧で嘘吐きだ。
好き勝手な理屈で相手を傷付けるし、気が付いたら自分を守るために事実とまるで違う話をしてしまう。
そう、嘘吐き。
それは臆病な私にとって、今一番痛い言葉なのかもしれない。
状況は十分過ぎるくらい分かっている筈なのに、私は我が身可愛さでその口を塞いでしまった。
「螺旋力、というのに心当たりがあります」って一言言うだけで良かった。
だけど、結局私は臆病なままだったのだ。両目を瞑って、何も知らない振りをした。
無知なコバヤカワユタカで在り続けた……。
殺し合いとはまるで無縁な環境で私は今まで生きて来た。
私が一番最初に出会った相手、Dボゥイさん。
彼との出会いは、確かに私を変えたと思う。
ヒィッツカラルドさんとの戦いを通して、私は少しだけ勇敢になれた気がした。
Dボゥイさんが危なくなった時、自然と動いていた私の身体……その感覚だけは本物だったと思うから。
今もほのかに残っている気がする。
掌の中にお日様を握り締めているような、暖かい気持ちが。
「き……れい」
緑色の水槽に囲まれ、私は天井を見上げる。
空は漆黒の、闇。屋内だから当たり前だけど、月も星も見えない。
私の中で強烈な熱が暴れ回っている。それはある種、諦めにも似た感情を私に抱かせる感覚だった。
元の世界で、私は嫌と言う程この熱と付き合って来たのだから。
小さくて、小さくて、くだらない私はやっぱりいつも通りだった。
「あつい……な」
炎が私の中でパチパチと音を立てて燃えているような気分。
やっぱり慣れっこだ。でも、どんなに経っても苦しみは軽くなるどころか益々大きくなるだけ。
だって、私が気分を悪くする度に皆を悲しい表情にさせるからだ。
そして、思い出す。あの夏の日、みなみちゃん達と花火を見に行った日の事を。
一人だけ具合を悪くして、倒れそうになった日の事を。
「……みなみ、ちゃん」
大好きな親友の名前が勝手に唇からこぼれ落ち、そして消えて行く。
会いたいなぁ、みなみちゃん。
みなみちゃんは今一体何処で、何をしているんだろう?
それに、どうして――
「あ……!! ……ダメ、だ……」
その時、私の頭を『絶対に考えてはならない疑問』が過ぎった。
それはある種の禁忌だった。タブーだった。
私が私であるためには、想像する事さえ許されない可能性。
何気なくみなみちゃんの顔を思い浮かべた瞬間、私の中に芽生えた問い掛け。
――――どうして、みなみちゃんはここに呼ばれなかったんだろう?
本当に……最悪だ。
みなみちゃんがこの場に居ない事を私は心の底から喜ばないといけないのに。
だって、お友達の幸せを祈るのは当たり前のことなんだから。
良かった、本当に良かった!って考えていないと――私の中の悪魔がもっともっと大きくなってしまう。
汚らしい泥のような嫌な小早川ゆたかが出て来てしまう。
「高嶺君……どうしたん……だろう」
慌てた顔をして走り去っていた高嶺君が何を悩んでいたのか、私には良く分からなかった。
何か、大変な事があった……せいぜい、想像出来てそれぐらいだ。
でも、ソレって私を置いて行かなければならないくらい、重要な事だったのかな。
どうせなら私も連れて行ってくれれば良かったのに。そうすれば、一人きりにならずに済んだのに。
……ダメだ。
やっぱり、気付けば他の人に依存してしまっている。
だから……嫌なんだ。
本当によわっちくて、情けない――
私の大嫌いな、私。
▽
「明智さん!」
「高嶺君、丁度良かった。今から私達も地下へ――」
「違います! そんな場合じゃないんです!」
スカーは息を切らしながら、こちらへと走ってくる少年を冷酷な眼で見定める。
歳は十代半ば、エルリック兄弟と同じくらいだろうか。
一見、何処にでもいる普通の少年に見える――が、スカーを誤魔化す事は出来ない。
腕や首筋などに刻まれた傷痕……明らかに数多くの修羅場を潜って来た証拠だ。
筋肉の付き具合などから見て、自らの肉体を鍛えて戦う種類の戦士ではないようだが、戦場の前線に身を置く者であることは確実。
「高嶺君一度落ち着きましょう。そんなに慌てて、君らしくもない」
「あ、す……すいません。ですが、今は!」
「……そうも言っていられませんか? 話を――おっと、高嶺君。こちらがこの度我々の戦列に加わって下さったスカー氏です」
「いや、俺の事は後回しで構わない。少年、どうした。何があった?」
スカー達と清麿が出会ったのは地下へ向かうエレベーターから少し先、刑務所の正面口に近い食堂であった。
多数の受刑者達が一斉に食事を行うためか非常に広く、また同時に密閉間を感じる妙な構造となっている。
下方からの不可解な揺れもすぐさま収まり、二人はフォーグラーへと急いでいたのだが、実際、清麿の行動の方が早かった形になる。
「……要点を纏めれば、ヴィラルとシャマルがこちらに向かっています。
彼らを追跡しているように近付いて来ているルルーシュ・ランペルージの動きも見逃せません」
「ふむ……厄介、ですね」
「それに先ほどの衝撃はいったい……?」
「南方、消防署の方角から何かが飛んで来たようですね。着弾した時点では爆発を覚悟しましたが……どうも、ソレとは違うようです」
清麿の報告に、明智は一瞬表情を曇らせたがすぐさま冷静に事態の分析を始める。
飛来した物体――順当に考えれば不発弾だろうか。おいそれと調査に出向く事も出来ない。
「映画館と同じくここを破棄するにしても、位置が近過ぎます。スカー氏との対応に追われ、準備を怠った我々のミスでしょう。
当然、ここは引き払います。しかし、すぐさま行動に移すには後手に回り過ぎている」
「……ですね。俺達だけならまだしも、ゆたかちゃんや菫川先生が……女性の方々がいます。
それにゆたかちゃんの状態は深刻だ。熱もあります。置いていく訳にもいかないですし……」
「ええ。彼らがここを素通りしてくれるのが最高なんですが……何らかの対処は必要でしょう」
やはり彼らの問題点は力という訳か、そうスカーは認識する。
明智、高嶺、菫川――明らかに頭脳労働を主とする人間がこのグループには集結している。
自分の力を求めたのも分かる。逆にあの時説得に失敗していた場合、確実にこの集団は全滅していたであろう事も、だ。
が、ここは退く事の出来ない場面だったのだろう。
逃げ回ってばかりでは決定的な武力を手に入れる事は出来ないと判断したか。
彼らは単純な力で言うならばあまりに脆弱だ。
銃、という武器を持っているとはいえ、相手はおそらく何かしらの修練を積んだ戦士に違いない。
覚悟も信念も、そして経験も何もかもが足りない。
――死合。
命を賭して戦う事は言葉では表せない程に重いものなのだから。
「俺が行こう」
「スカー氏!? …………分かりました。相手は二人です。私もお供を――」
「いや……俺だけで十分だ」
「しかし!」
デイパックから銃を取り出し、自分も戦闘へと赴く事を主張した明智をスカーは戒める。
彼は元の世界で犯罪者を取り締まる仕事に就いていたらしい。
ある程度格闘術を学んでおり、銃器の取り扱いにも精通している。だが、
「――貴様は俺に何を期待している?」
「何を、ですか?」
「そうだ。俺達にはそれぞれ役割がある。螺旋王の真意へと迫る者、状況を察し適切な作戦を練る者、世界の仕組みを解析する者。
明智健悟。貴様は俺に……何を望む?」
その程度の練度では、闘いの場に身を窶す者としてはあまりにも足りないのだ。
スカーにはこの会場の誰よりも"螺旋"を我が物にしようとする意思があった。
遠いイシュバールの惨劇で死んでいった同胞達。
その恨みを晴らす……それこそが自身の願い。何よりも優先して叶えなければならない条項。
明智達の情報力は、スカーにとってここで失うには痛過ぎる飛車角だ。
「螺旋王の実験に終止符を打ち、闇を払い天を突く剣――ソレがスカー氏に私が何よりも期待している役割です」
「では尋ねよう、明智健悟。頭脳であるお前が、剣に気遣いをする必要があるのか?」
「…………参りましたね」
明智は眼鏡の位置を直しながら、少しだけ俯き僅かながらの逡巡を行う。
清麿もグッと両の拳を握り締め、スカーを見つめている。
シン、と静まり返った夜の刑務所。印刷機が何かを刷り上げる音が残響する中、彼らの心は一つになる。
「スカー氏。任せてしまってもよろしいのでしょうか?」
「問題はない。この程度の修羅場ならば幾つも潜って来たのだから」
▽
気がつくと、私は地上へと向かうエレベーターの中にいた。
当たり前だけど、物凄く息が苦しい。熱があるんだ。本当なら黙って寝ていないといけない。
――――でも置いていかれるのは嫌なんでしょ?
……そうだ。あそこでジッと何もせずに居るくらいなら、息を荒くしながら散歩でもした方がマシだ。
無力なまま、誰かの帰りを待っているのは……とても辛い事だから。
Dボゥイさんと、シンヤさん。
ずっとDボゥイさんと一緒にいた私は、シンヤさんに攫われて一時期彼と行動を共にしていたことがあった。
シンヤさんは乱暴で、少しだけ怖い人だった。
他の人を傷付ける事になんの躊躇もしない人だった。
でも、私を傷付ける事だけは絶対にしなくて……ほんの少しだけ……優しい人だった。
彼は、高嶺君の知り合いに殺されたらしかった。
その事実を聞かされた時、私が何を思ったのか……実はよく覚えていない。
頭の中が真っ白になってしまって、まともに涙を流す事も出来なかったのだ。
私には理解できなかった。
シンヤさんが最期に何を思ったのか。何故、倒れた私は病院で寝ていたのか。
そして――何故、同じ場所でシンヤさんが死んでいたのか。
「また、言い訳」
ああ、やっぱり私は嘘吐きだ。
それだけの情報を与えられて、知らない振りなんて出来る訳がないのに。
ずっとずっと、答えを先送りにしていた。自分を傷付けないようにしていた。
どうでもいい。疲れた。私じゃない……何度自分に語りかけた事だろう。
何故、シンヤさんが死んだのかなんて考えるまでもない事だ。
自分を馬鹿だと、愚かだと偽って見ても自然と答えが出てしまう問題。
高嶺君も明智さんも、私を気遣ってほとんどシンヤさんの話題を出さなかった。
ほら、なんて分かりやすいんだ。
――――シンヤさんは、私を守って死んだんだ。
私は灰色の道をまるで夢遊病者のようにフラフラと蛇行しながら進んでいた。
足を小さく踏み出すだけで次の瞬間には身体が地面に吸い込まれそうになる。
一歩先は永久の闇だ。窓から見える景色は白と黒と黄金。星と空と月だけが私の身勝手な行進を見ている。
「あ……れ……?」
そんな時、目の前に奇妙な鉄の塊が転がっているのを見つけた。
それはいわば『顔』だった。
正確には顔で身体の大部分が構成されている人形、とでも言うべきか。
よく見ると近くの壁に大きな穴が空いている。
吹き込んで来る冷たい風が少しだけ気持ち良かった。火照った身体には絶好の薬だ。
もしかして、何処からか飛んで来たってことなのだろうか。
私は鉄の人形を更に凝視した。赤くて、手が付いていて、足もある。明らかに人を模した物だ。
中には人が二、三人は乗れるであろうスペース。意外と大きい。
もしかしてこれは、ゲームに出て来るような……ロボットなのかもしれない、そんな事を思った。
「……ん?」
ロボットと視線が合った瞬間、私はまるで相手が生きている人であるかのような錯覚を覚えた。
そう、まるで機械で出来た身体を持つこのロボットに意志があって、私に応えてくれたような――そんな感覚だった。
まるで夢物語だ。生きている機械なんて居る訳がないのに。
小さく頭を振って湧き上がって来た妄想を一蹴。視線はロボットの外面から内部のパネルへ向かう。
ぼんやりと、それでも何故か引っ張られるように私はその操縦席らしき部分を覗き込んだ。
「穴、かな」
外見に負けず劣らず、中も良く分からない構造をしていた。
コックピットの前面、メインパネルの中央には丸い穴のようなものが空いている。もしかして、ここに鍵を差すのだろうか?
穴の中にはグルグルと渦巻きのような溝が走っている。
そして、穴の周りには青いメーターのような物があってソレもまた渦巻き――いや、螺旋を描いていた。
「あ……」
ピンと来た。そう――コアドリルだ。
ずっと、私を守ってくれていたあのアクセサリーと丁度大きさがピッタリのような気がしたのだ。
首に紐で掛けてあったコアドリルを取り出し両者を見比べる。
……うん、悪くない。サイズも形状も上手く嵌まりそうだ。
「ここで、いいの……かな」
ポットみたいになっているロボットの外枠を掴みながら、オズオズと、それでも少しだけワクワクしながら――
私は、コアドリルをそのロボットに差し込んだ。
もしかしたら、奇跡が起こって動き出すかもしれない。
そうしたら、私はパイロットになれるのだろうか。
鍵を持っている女の子が戦闘メカの搭乗者になるのは小さい頃に見た戦隊アニメでも御馴染みの光景だ。
見るからに非現実な物体を前にして、私は子供の頃と似たような気分になっていた。
そして、思った。
――――そうすれば、皆のお荷物じゃなくなるのだろうか、と。
カチン、と音がした。
「あ……れ……?」
でも、何も起こらなかった。
多分、コアドリルはこのロボットに使うための鍵だった――これは確実だ。
でも、それだけ。パネルが光る訳でも、ロボットが動き出す訳でもなかった。
どうやら、条件が足りないらしい。さしずめ……エネルギー、といった所だろうか?
淡い期待は脆くも崩れ去った。
このロボットがあれば、皆が私を褒めてくれると思ったのに。
「すごいね!」って、暖かい笑顔で迎えてくれると思ったのに……ううん。どうせ私には初めから無理だったに決まってる。
「やっぱり、ダメなんだ」
私は名残惜しい気持ちを抑えながら、操縦席を後にした。
もうこの場所に用はないと判断したのだ。
動かない鉄屑と戯れていても虚しいだけ。コアドリルを差しっぱなしにして来た事が少しだけ気になった。
でも、私の身体は勝手にまた、夜の散歩を始めてしまう。
でも、あの道具は多分ここに刺す物だ。
だったら私なんかが持っているよりも、ずっとずっと相応しいようにも思えたのだ。
それに、多分私にはもう必要のない物なのだとも思える。
持っていてはいけない気さえする。
最初から一緒にあったお守りですら、私の手にはもう馴染まなくなっていた。
私は……変わってしまったのかもしれない。
よく、分からない。
心の奥底では、ずっと、無知で愚図なままでいたいと思っているのだろうか。
もし、そうだとしたら……
私は……なんて、醜いんだろう。
▽
『ヴィラルさん。本当にこっちでいいの?』
『お前らしくもないな、シャマル。よく地面を見てみろ』
『え……これは……何かが通った跡……かしら』
『だろうな。しかもコレは大分新しい……地面の乾き具合で分かる』
『誰かが刑務所から南下した、って事?』
『ああ。車輪の大きさから判断して、大きな乗り物という事はないだろう』
『!! もしかして……マッハキャリバー!?』
『シャマル? 分かるのか?』
『サイズもピッタリ。多分魔術の素養のある人間がマッハキャリバーを使ってここを通ったんだと思います』
『なるほど。これは……とんだ拾い物かもしれんな』
『ええ。でもさすがヴィラルさんね。こんな地面の跡なんて私、全く気付かなかったわ』
『いや、違うぞシャマル。俺一人ではそこまで正確な分析は不可能だった。お前がいたからこそ、そこまでの真実に到達する事が出来たんだ』
『そんな……私がいたから、なんて……』
男と、女の声。
「クソッ……アイツら、何を考えている……ッ!!」
そして一人、彼らを背後から追跡する少年。
ルルーシュ・ランペルージは湧き上がる苛立ちを抑え切れず、思わず足元の石を蹴っ飛ばす。
カッ、という小さな音を残し、灰色の石は明後日の方向に向けて数回転がると、そのまま見えなくなった。
道は薄暗く、灯りも着いたり消えたりを繰り返す街灯ぐらいのものだ。
当然のように、その程度で彼の怒りが収まる訳もなかった。
ルルーシュの怒りは前方をイチャ付きながら移動する二人組の背中へと向けられる。
夜の闇が未だ退かぬ空の下で、ルルーシュはシャマルとヴィラルを尾行していた。
この殺し合いが始まってから、枝葉の影に身を潜め幾度となく他の人間の様子を監視する機会に出くわしたルルーシュだ。
見つかるようなヘマをやらかす訳もない。
今回の追跡行為も、現状における最上の手段と認識したまでの事である。彼の中に油断はない。
(チッ……コイツらは今がどういう状況なのか理解しているのか!? 互いに顔を赤らめている場合なのかッ!?
……こんな馬鹿共が生き延びて何故、スザクが死ななければならなかったのだッ!? クソッ!!)
ヴィラル達と遭遇した民家において散々二人の愛の営みを見せ付けられたルルーシュは憤慨していた。
何度、イチャつき合う馬鹿共の前に踏み込んでやろうと思ったことか。
だがルルーシュは既に数時間前、温泉において全く同じような心境へと至り、その場のテンションでギアスを使用し手痛いしっぺ返しを受けている。
(クッ……我慢しろ、ルルーシュ。今は時期ではない……強力な制限下にあるギアスは出来るならば使わない方がいい。
これが最良、もっとも効率的なやり方だッ……)
ヴィラル達とすぐさま接触する事を逡巡の末、ルルーシュは放棄した。
当然ソレは、あの時点での接触は好機ではないと判断したゆえの選択だ。
いまいち二人の行為に割って入る踏ん切りが付かなかった訳では決してない。
ポイントは二つ。
まず、あの周辺で戦闘が行われたばかりであるという点。
あれだけ派手に周囲の建物を破壊しながら戦えば、周囲から人が集まって来る可能性は非常に高い。
『複数人に対してギアスを使用する』というテストは、ギアスの試し掛けを初めてから未だ一度も行っていない。
最初の使用時にはそれほど複雑な命令でなかったにも関わらず、ルルーシュは昏倒してしまった。
が、三回目の使用時に同程度の難易度の命令を行う事によって、新たな仮説を導き出した。
つまり――問題点はおそらく『一度に使用する人数』なのだろう。
殺し合いの特性を鑑みるに即座に生命に影響する命令にも何らかのストッパーが掛かっている可能性はあるが、この考察は大部分で的中している筈である。
加えて話術による交渉も利点が薄い。
確かにその場のテンションで行動しているのが明確な二人組を誘導する事など、自分にとっては造作もない事だ。
だが、困った事に奴らは殺し合いに乗っている。
しかもヴィラル、という男の方は加えて先ほどの放送から参戦した「怒涛のチミルフ」の部下であるというのだ。
奴の目的は――次回の放送までに、参加者を最低1人討ち取り、チミルフにその首を献上する事。
あまりにも野蛮な到達点だが、こんな会話を聞いてノコノコと奴らの前に姿を現すなど出来る筈もない。
故にある程度、事態が変わるまでルルーシュは彼らを尾行することに決めたのだ。
(誰も見ていないと安心しているのか……? いや、ただ単純にイチャつきたいのか……理解に苦しむな)
が、これは中々上等な自己防衛手段でもある。
なぜならば、突然の襲撃者に出くわした場合も、ヴィラル達が先に敵と接触する可能性の方が高いのだ。
加えてルルーシュが攻撃された場合も、初撃だけ回避すれば立ち回り次第で二人に敵を擦り付けることが出来る。
まさに一石二鳥の策略と言えるだろう。
(問題は奴らが有力な参加者を一方的に攻撃してしまう場合か……。奇襲を掛けるにしても誰と接触するのかは非常に重要だろう。
が、シャマルとヴィラル。螺旋王の情報を多く知る二人は是非とも抑えて置きたい人材。
隙を見てギアスを使えれば……やはりタイミングが難しい、な――――む?)
そこまで考えた所で、前方を行くヴィラルとシャマルが突然立ち止まったのだ。
ルルーシュも見つからないように、すぐさま身体を物陰へと隠し、様子を伺う。
「――お前達がヴィラルと、シャマルか」
「な……貴様は!?」
「……螺旋の力に覚醒して、それでも人を襲う決意を固めるか」
「ヴィラルさんっ!」
「螺旋王が配下、ヴィラル。湖の騎士シャマル……だな」
現れたのは全身を隆々とした筋肉に覆った褐色の肌の男だった。
目付きは鋭く、顔に刻まれた痛々しい傷跡が彼の歴戦の勇を証明する。
右腕に刻まれた多数の紋章は何かしらの異能の印なのか。
(奴は……カレン達の言っていた偽ゼロを襲撃した男か!? まさかこんな場所で出くわす事になるとは!!)
話だけは聞いていた。
キャンプ場を襲撃した男が糸色望と読子・リードマンを殺害した、という事実を。
しかも読子という女はスパイクを軽く凌駕する実力を持っていたらしい。
その事実だけで、彼が相当な実力者である事が伺える。
「もう一人は……いないのか? 隠れているのか?」
「ニンゲン!! 何を訳の分からない事を言っているっ!?」
「……明智を連れてこなくて正解だったな。俺としても覚醒者は保護したい――のだが、」
「ふん……話を聞くつもりはないのか。保護、だと!? ふざけるなッッ!!!」
「……すいません。私達は……二人で優勝しなければならないんです」
「やはり、そうか」
顔面に深い傷を持つ男――スカーが闘いの構えを取った。
当然のようにヴィラルとシャマルもそれぞれの獲物を持ち、戦闘に備える。
漆黒が世界を埋め尽くす中、二対一という傷の男に極めて不利な状態で戦いの幕は開こうとしている。
(何……ッ!? 俺の存在がバレている……だと!? どうなっている!?)
ルルーシュは驚愕した。なんと、男はどうやらルルーシュが近くに潜んでいる事を半ば確信しているようなのだ。
だが、不思議な事は『ルルーシュが近くにいる事』しか知らない点だ。
感知しているのは存在だけで、場所までは分からないという事だろうか。
ならば、ひとまず姿を見せずに事の次第を見守るのが最良だろう。
「行くぞ、シャマル!」
「はい、ヴィラルさん!」
「――――掛かって来い」
(スザクのようなイレギュラーな戦士……なのか? ……どちらにしろ、今出て行く訳にはいかない。
そして考えるんだ。何故、奴はあの事を……?)
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|245:[[【ZOC】 絶望の器 (後)]]|明智健悟|249:[[てのひらのたいよう(中編)]]|
|245:[[【ZOC】 絶望の器 (後)]]|スカー(傷の男)|249:[[てのひらのたいよう(中編)]]|
|249:[[まきしまむはーと]]|高嶺清麿|249:[[てのひらのたいよう(中編)]]|
|249:[[まきしまむはーと]]|小早川ゆたか|249:[[てのひらのたいよう(中編)]]|
|243:[[リ フ レ イ ン]]|ヴィラル|249:[[てのひらのたいよう(中編)]]|
|243:[[リ フ レ イ ン]]|シャマル|249:[[てのひらのたいよう(中編)]]|
|243:[[リ フ レ イ ン]]|ルルーシュ・ランペルージ|249:[[てのひらのたいよう(中編)]]|
**てのひらのたいよう(前編) ◆tu4bghlMIw
「…………と、この辺りか」
「螺旋力とは――全ての根源たる始祖の力。スカー氏はそう判断された訳ですか」
「俺達の力は幾つもの多元的な流れを汲んだ全くの別物……唯一共通する項目は"ヒト"であるということ。
アルフォンス・エルリックのように魂だけの存在も参加はしていたがな」
そこまで一息で言い切ると、スカーは小さくため息を付いた。
明智は目の前に居る褐色の肌の男の予想以上に聡明な話し振りに思わず舌を巻く。
「ショッピングモールのコンテナ、というのも有力な情報ですね」
「目星は、付いているのか」
低い声。刑務所へと帰還し、会議室に帰って来た明智とスカーは互いの情報を交換していた。
ねねねは先程まで書いていた原稿の刷り上がりを確認するために席を外している。
しかし、これは中々。名簿によって彼の人柄はそれなりには把握していたつもりだったが、予想以上だ。
彼は単純に強大な力を振り回すだけの狂戦士とは明らかに一線を画す存在だ。
つまり、全てを破壊するその右腕による圧倒的な破壊力を根幹に置いた戦闘スタイルはまやかしに過ぎない。
彼は、賢い。そして自分達のグループの中に欠けていた要素をいくつも持ち合わせている。
それは純粋な武力であり、自然や天候などに関するアニミズム的な視点であり、冷酷さでもあった。
「一応は。螺旋力に関係する道具――おそらく、小早川さんの持つ『コアドリル』というアクセサリーが最もその条件に適しているかと」
「……出自は?」
「出自、ですか? おそらく、螺旋王の世界の物だと我々は認識しています」
「上等だな。その娘は今何処にいる?」
「彼女には高嶺君の元に行って貰えるようお願いしました。つまり地下にある巨大施設、そこに彼女はいます」
明智はグルリと人を詰め込めば三桁に及ぶ人員を収容可能であろう室内を見渡した。
すると部屋の隅に一箇所だけ椅子が引かれたままになっている長机があるのを発見した。
机の上にはカップに注がれたスープがほとんど手付かずのまま冷たくなっており、地味な柄の毛布が乱雑に放り出されていた。
「そして、もう一つ。"紛い物の空"ですか。大変興味深い仮説ですね」
「ああ……それが実際に上空へと至った俺が持った疑問だ。明智よ、貴様はどう考える?」
その言葉に明智が小さく反応する。
表情には一切の変化はなく、僅かながら身を捩らせた程度のリアクションだ。
当然、ある程度の考察には行き着いている。
「ループする大地。そして同時に現れる事のない月と太陽――これは、完全に盲点でしたね。
我々のような機械に囲まれた生活を送っている人間は、自然の機微を読み取る力が退化してしまっている」
「超小規模な天球であると考えるのも難しい。厳密には昼でも月は空に浮かんでいる。ただ明るくて見え難いだけなのだからな」
「首輪を外す、以外のゲームクリアの可能性がある、と」
「空が落ちればこの空間がどうなってしまうのか、保証はない……がな」
スカーのもたらしたもう一つの情報。それはこの会場の在り方に疑問を呈するものだった。
確かに、明智達もこの地が螺旋王に創造された箱庭であるとは想定していた。
ではその空間はどのような形をしているのか? そしてどのような力を持っているのか?
破壊は可能なのか? 中の事物はどのように用意されたのか?
そこに至る確証は未だ、ない。
「つまり、この空はプラネタリウムのようなもの。仮初の星の海であるとスカー氏は考える訳ですね。ですが、」
「ああ、真っ当な方法で"天"を突き破る、というのは不可能だろう。
紛い物とはいえ、空には確実に在るのだから――太陽に順ずるエネルギー体が」
「無闇に空へと飛び出しても蝋の翼を焼かれたイカロスが如く大地に堕ちていくのが関の山、と?」
確かに、この大地は偽者なのかもしれない。
しかし天から八十二名の参加者を見守り続けるその光球が、明らかに莫大な熱量を持っている事は明らかなのだ。
ここがある種の温室である、と仮定すれば自由に温度を設定する事は可能なのかもしれない。
だが空調設備はどうなっている? 冷却は? 加熱は?
そして、頬に感じたあの光の暖かさをどうやって説明するのだ?
そう。空に浮かぶ星の輝きが紛い物であるとしても、膨大な力を持った光の塊が日周を擬態した運動を行っているのは明確すぎる事実。
「ねねね先生、そしてスカー氏。螺旋力に目覚めた人間は確かに存在するのですが……現時点で首輪を外すのは多大なリスクが伴います」
「別のルートを模索するべきか。天を突き破り――太陽を堕とす手段を」
「ですね。名簿から得られる情報では……考えられる要素は約五つ、と言った所ですか」
「……言ってみろ」
明智は二つの詳細名簿に記されていた情報を自らの脳内から引っ張り出す。
時間があった時に参加者の情報は整理し、それらを幾つかの項目に基づいて分類しておいたのだ。
しっかりと頭の中にその分析は記憶されている。
「一つ。英雄王ギルガメッシュの持つ切り札である乖離剣エアの真なる力の発露、「死」の国の原点――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)。
一つ。史上最強のガンマン、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが扱う数千万人規模の大都市を一瞬で消滅させ、月に超巨大な穴を穿つ――エンジェルアーム。
一つ。現魔王の息子、ガッシュ・ベルとそのパートナーである高嶺君が唱える金色龍の呪文――バオウ・ザケルガ。
一つ。鴇羽舞衣が使役する古から行われた戦姫を決定する舞踏における衛星をも打ち抜く最強のチャイルド――カグツチ。
一つ。Dボゥイこと相羽タカヤがテッククリスタルによって変身したテッカマンブレードの放つ反物質砲――ボルテッカ。
この五つが現段階において太陽を砕くに値する――この殺し合いの参加者が持ち得る最大戦力です」
これらはあくまで『可能性』である。
Dボゥイには更にブラスター化という奥の手が残されているし、東方不敗とドモン・カッシュの放つ石破天驚拳もこれらに匹敵する力を持っているかもしれない。
それ以外に会場に放置された道具にも期待が懸かる。
だが、ある程度現実的な視点で考えればこれら五つが後々の鍵を握る事は明白だった。
「……なるほど。だが、螺旋王も確実に何らかの対処はしている筈だ。結界にしても一度、張ったならば張り直せない道理はない。
無闇矢鱈に天を穿てば穴が空く、というのでは彼らのうちの誰かが己の全力を出せば途端に遊戯は崩壊する。
それでは螺旋能力者の選定の場としては不十分だろう」
「ですね。何かしらのイグニッションキーとなるものが存在する事は確かでしょう」
「……難しいな。ところで、小早川ゆたかという少女はいつ戻ってくる?」
「……そういえば遅い、ですね。こちらの動きから私達が同盟を結んだ事には気付いているでしょうに」
今現在、探知機能付きの携帯電話は明智の手元にはない。
これは今頃ゆたかの手から清麿へと渡り、彼が他の参加者の動向を探るのに使用している筈だ。
そもそもスカーを戦力として確保する事は相当に分の悪い賭けだったのだ。
当然ゆたかには自分達がこれから何を行い、どのような覚悟で説得に赴くのかを話してある。
スカーに自分達が襲われるケースを想定して荷物を持たせて、清麿の所へ向かわせたのだ。
「何か問題があれば高嶺君から連絡があるとは思いますが……どうします?」
「……そうだな。ひとまず、顔合わせだけはしておくべきだろう」
「そうですね。私も一度地下の施設を見ておきたいと思っていましたし、丁度良い機会かもしれませ――なっ!?」
「これは……!」
その時、だった。突然、会議室の床に凄まじい振動が走ったのは。
ソレは丁度いい言葉で言い表すのならば、地震という自然現象と酷似していた。
だが、明らかな相違点が同時にいくつも挙げられる。
例えば揺れの幅が極めて限定的な縦揺れであるという事。そしてまるで『下方から何かが競り上がって来る』感覚である事。
「なんだ……この揺れは……!?」
「分かりません……螺旋王の造り上げたフィールドにおいて、まさか地震など……?」
そしてその揺れが非常に長い点。地面が振動を始めてから既に十秒近く経過している。
しかし、揺れの大きさは未だに全く変わらないのである。
地震が初期微動と主要動の二つの波によって構成される現象である事は非常に有名だが、大規模な地震であればあるほど初期微動は短くなる。
故にこの規模の地震が何十秒も続くなどという事は在り得ないのだ。考えられるケースがあるとすれば、
「下に……何かが?」
「地下の施設に異変があった……と判断するべきか」
「しかし……クッ……あそこには高嶺君と小早川さんが!」
揺れは、止まない。
前に足を踏み出そうとしても、どうしても身体がふらついてしまう。
一体この刑務所の地下に存在するのはどのような物体なのか、明智は未だ解答を得る事が出来ずにいた。
▽
どうすれば、いいんだ。
清麿はそのあまりにも"アレ"な事態に頭を抱えるしかなかった。
アンチシズマドライブにノーマルシズマドライブを差し込む事、これは全くの想定外の事態だ。
この大怪球フォーグラーは通常、アンチシズマドライブを嵌め込むことによって起動する巨大ロボットである。
では逆に、ノーマルシズマをフォーグラーに組み込んだ場合はどうなるのだろう。解答は――導き出せない。
「クソッ! どうしてゆたかちゃんが……っ!」
清麿は真紅に染まった視界の中で必死に思案を巡らせる。
フォーグラーのメインルームとも言うべき、コックピットは「警告」のニュアンスを多分に含んだ赤い光に覆われている。
彩度の高い緑色だった筈のシズマ管を満たしていた液体はその色合を変え、清麿はまるでピンク色のカクテルの中に沈んでいるような錯覚を覚えた。
加えて在り得ないほどの振動。まるで大地が呼吸するかのように、フォーグラーが揺れる。
「ゆたかちゃん! ゆたかちゃん! しっかりするんだ!」
清麿はすぐさま床に倒れ伏したゆたかの元へと駆け寄る。
全参加者の名簿には一通り目を通してある。
……年上だとは到底思えないほど、小さな身体だ。
抱き締めれば本当に折れてしまうのではないかと思うくらい、か細く心もとない存在。
完全に身体の力が抜けてしまっている彼女を抱き上げ、数度揺すってみるもまるで反応は無い。
指先から神経を通じて、彼女の柔らかい身体の感触が清麿の脳内を擽る。
どことなく良い匂いがするような気もするが、そんな余計な事を考えている場合ではない事も十分過ぎる程承知している。
今は――最善の対処法を導き出されなければならない。
「動く…………のか? アンチシズマドライブではなく、普通のシズマドライブが一本だけ。そんな状態で起動なん…………て?」
と、清麿が思った時だった。
凄まじい音を立てて、振動していたフォーグラーの揺れが突然、ピタリと収まったのだ。
警告音も鳴り止み、シズマ管の色も黄緑色に戻る。
そう、まるで『何もなかった』かのように。
唯一の異変と言えば、メインルームの中心に位置する孔には未だ通常のシズマ管が突き刺さっているという一点のみ。
「……へ?」
思わず漏れる間抜けな声。
ぐるり、と辺りを見回してみても事実は変わらない。
先ほどまでの異変は何だったのかというぐらい、フォーグラー内部の状態は元に戻ってしまったのだ。
「ハハハハハ……そうだよな。まさか夢や幻じゃないんだから、そんな都合の良い事がある訳ないか!
普通のシズマドライブで起動するんだったら、アンチシズマ管なんて必要ないしな。
考え過ぎって事か…………だな。アハハハハハ、まるで悪い夢でも見ていたような――――ッ!!?」
事件とは立て続けに起こるものなのか。よく分からない出来事は連鎖するのか。
丁度、清麿が「フォーグラーが起動する?そんな事ある訳ないじゃないですか。ゲームじゃあるまいし」的な結論を出した時だった。
『下』からではなく『上』から凄まじい音が響いたのは。
その衝撃は断続的なフォーグラーの振動とは明らかに違う種類のものだった。
例えるならば砲弾、であろうか。
外部から飛来し一瞬の破壊をもたらした後に、炸裂する――そんなイメージだ。
明らかに異物が何処からか飛んで来たのは確実だ。地下に潜っているために正確な方向は分からないとはいえ……、
「上……!? どうなっている、遠距離からの射撃か……っ!?」
ちらり、と何気なく握り締めていた携帯電話を一瞥する。
刑務所に存在する光点は五つ。
中心点、つまり自分とゆたか。そして少し離れた地点にスカーと明智。そして所内で単独行動をしているらしいねねね。
誰かが突撃して来た訳ではないようだが……実際に眼で見て確認してみないと詳しい事情は分からないだろう。
しかし、
「何……!? これは……!」
新たに三つ。
この刑務所に接近して来る存在を感知したとなると、話は全く変わってくるのだ。
正確には四。
だがこのレーダーは首輪の存在を読み取る物なので、道具として首輪を所持している場合は画面にもソレが反映されてしまう。
今回の場合で言えば『クロ』という参加者がその例に挙がる。彼は第二回放送でとっくに死亡しているのだから。
「ヴィラル……シャマル……そしてルルーシュ・ランペルージ……!! 畜生、こんな時に!!」
更に懸念事項は増加する。
ヴィラルとシャマルは明らかに殺し合いに乗った人間だ。
とはいえ、自分は彼らに一度遭遇しているし言葉も交わしている。
二人は悪い人間ではない……と思う。だが、それ故に何かを守るために戦っている、という事も清麿は十分に理解していた。
話せば分かってくれる、分別を持った相手ではあると思う。
だが、事態は一変した。
第四回放送の後に、主催側からの駒として会場に降り立った――怒涛のチミルフ。
詳細名簿の項目を見るに、彼はおそらくヴィラルの直属の上司と見て間違いないだろう。
ヴィラルをこちら側の戦力としてスカウトする……というのはほぼ難しくなったと見て間違いない。
なぜなら、チミルフとヴィラルの間で何らかのコンタクトを取る手段が設けられている筈だからだ。
先発隊と後発隊の合流、とでも考えれば都合がいいかもしれない。
レーダーに映らないチミルフが今現在彼らに同行している可能性もあるのではないか。
「……ダメだッ! これを見過ごす訳にはいかない!!」
清麿は携帯をポケットにしまうと、再度腕の中のゆたかの顔を眺めた。
彼女は両目を瞑り、苦しそうにその端正な顔を歪めている。
白雪のような頬は紅色に紅潮し、明らかに体調が悪い事が見て取れる。
額に手を当ててみるが、やはり予想通りだ。相当に熱っぽい。精神的な問題ではなく、体力的な事情だろうか?
とはいえ、イリヤや士郎の死が彼女に多大な影響を与えた事は想像に難くない。出来れば彼女の側に付いていてやりたいのだが……
「ゴメン、ゆたかちゃん! すぐ戻るから!」
ここで清麿はゆたかを一旦、フォーグラー内部に置いて行く、という選択を下す決意を固めた。
確かに今のゆたかは情緒不安定と判断してしまってもいいだろう。
が、同時に病人でもある。つまり無理に動かす事で体調を悪化させる可能性もあるのだ。
これがもし、フォーグラーの何かしらの異変が尚も健在だった場合、無理をしてでも背負っていくのだが……それ以上に今はヴィラル達の接近が重要事項であると判断したのだ。
携帯電話の首輪レーダーを使った周囲の監視は集団にとっての一大事だ。
それを、疎かにする訳にはいかない。スカーが加わったとはいえ、自分達のグループは非戦闘員ばかりなのだから。
強者に襲撃されれば一溜まりもない。
内に燻った種火よりも、外から投げ込まれる災禍の方がずっと、恐ろしい。
▽
高嶺君の台詞を頭の中でゆっくりと、ゆっくりと、反芻する。
『すぐに、戻ってくる』
でも私の中にその言葉は入っては来なかった。
新しい疑問へと形を変えて心の中へと浮上……それで終わりだ。
感慨も、安堵もない。
だから、何気なく私は思った。
一体『すぐ』っていつの事なんだろうって。
一分? 五分? 十分? 一時間? もっと、それ以上?
いつまで、私は一人っきりで居ればいいのだろう。答えてくれる相手は……誰もいなかった。
言葉は曖昧で嘘吐きだ。
好き勝手な理屈で相手を傷付けるし、気が付いたら自分を守るために事実とまるで違う話をしてしまう。
そう、嘘吐き。
それは臆病な私にとって、今一番痛い言葉なのかもしれない。
状況は十分過ぎるくらい分かっている筈なのに、私は我が身可愛さでその口を塞いでしまった。
「螺旋力、というのに心当たりがあります」って一言言うだけで良かった。
だけど、結局私は臆病なままだったのだ。両目を瞑って、何も知らない振りをした。
無知なコバヤカワユタカで在り続けた…
殺し合いとはまるで無縁な環境で私は今まで生きてきた。
私が一番最初に出会った相手、Dボゥイさん。
彼との出会いは、確かに私を変えたと思う。
ヒィッツカラルドさんとの戦いを通して、私は少しだけ勇敢になれた気がした。
Dボゥイさんが危なくなった時、自然と動いていた私の身体……その感覚だけは本物だったと思うから。
今もほのかに残っている気がする。
掌の中にお日様を握り締めているような、暖かい気持ちが。
「き……れい」
緑色の水槽に囲まれ、私は天井を見上げる。
空は漆黒の、闇。屋内だから当たり前だけど、月も星も見えない。
私の中で強烈な熱が暴れ回っている。それはある種、諦めにも似た感情を私に抱かせる感覚だった。
元の世界で、私は嫌と言う程この熱と付き合ってきたのだから。
小さくて、小さくて、くだらない私はやっぱりいつも通りだった。
「あつい……な」
炎が私の中でパチパチと音を立てて燃えているような気分。
やっぱり慣れっこだ。でも、どんなに経っても苦しみは軽くなるどころか益々大きくなるだけ。
だって、私が気分を悪くする度に皆を悲しい表情にさせるからだ。
そして、思い出す。あの夏の日、みなみちゃん達と花火を見に行った日の事を。
一人だけ具合を悪くして、倒れそうになった日の事を。
「……みなみ、ちゃん」
大好きな親友の名前が勝手に唇からこぼれ落ち、そして消えて行く。
会いたいなぁ、みなみちゃん。
みなみちゃんは今一体何処で、何をしているんだろう?
それに、どうして――
「あ……!! ……ダメ、だ……」
その時、私の頭を『絶対に考えてはならない疑問』が過ぎった。
それはある種の禁忌だった。タブーだった。
私が私であるためには、想像する事さえ許されない可能性。
何気なくみなみちゃんの顔を思い浮かべた瞬間、私の中に芽生えた問い掛け。
――――どうして、みなみちゃんはここに呼ばれなかったんだろう?
本当に……最悪だ。
みなみちゃんがこの場に居ない事を私は心の底から喜ばないといけないのに。
だって、お友達の幸せを祈るのは当たり前のことなんだから。
良かった、本当に良かった!って考えていないと――私の中の悪魔がもっともっと大きくなってしまう。
汚らしい泥のような嫌な小早川ゆたかが出て来てしまう。
「高嶺君……どうしたん……だろう」
慌てた顔をして走り去っていた高嶺君が何を悩んでいたのか、私には良く分からなかった。
何か、大変な事があった……せいぜい、想像出来てそれぐらいだ。
でも、ソレって私を置いて行かなければならないくらい、重要な事だったのかな。
どうせなら私も連れて行ってくれれば良かったのに。そうすれば、一人きりにならずに済んだのに。
……ダメだ。
やっぱり、気付けば他の人に依存してしまっている。
だから……嫌なんだ。
本当によわっちくて、情けない――
私の大嫌いな、私。
▽
「明智さん!」
「高嶺君、丁度良かった。今から私達も地下へ――」
「違います! そんな場合じゃないんです!」
スカーは息を切らしながら、こちらへと走ってくる少年を冷酷な眼で見定める。
歳は十代半ば、エルリック兄弟と同じくらいだろうか。
一見、何処にでもいる普通の少年に見える――が、スカーを誤魔化す事は出来ない。
腕や首筋などに刻まれた傷痕……明らかに数多くの修羅場を潜ってきた証拠だ。
筋肉の付き具合などから見て、自らの肉体を鍛えて戦う種類の戦士ではないようだが、戦場の前線に身を置く者であることは確実。
「高嶺君一度落ち着きましょう。そんなに慌てて、君らしくもない」
「あ、す……すいません。ですが、今は!」
「……そうも言っていられませんか? 話を――おっと、高嶺君。こちらがこの度我々の戦列に加わって下さったスカー氏です」
「いや、俺の事は後回しで構わない。少年、どうした。何があった?」
スカー達と清麿が出会ったのは地下へ向かうエレベーターから少し先、刑務所の正面口に近い食堂であった。
多数の受刑者達が一斉に食事を行うためか非常に広く、また同時に密閉間を感じる妙な構造となっている。
下方からの不可解な揺れもすぐさま収まり、二人はフォーグラーへと急いでいたのだが、実際、清麿の行動の方が早かった形になる。
「……要点を纏めれば、ヴィラルとシャマルがこちらに向かっています。
彼らを追跡しているように近付いて来ているルルーシュ・ランペルージの動きも見逃せません」
「ふむ……厄介、ですね」
「それに先ほどの衝撃はいったい……?」
「南方、消防署の方角から何かが飛んで来たようですね。着弾した時点では爆発を覚悟しましたが……どうも、ソレとは違うようです」
清麿の報告に、明智は一瞬表情を曇らせたがすぐさま冷静に事態の分析を始める。
飛来した物体――順当に考えれば不発弾だろうか。おいそれと調査に出向く事も出来ない。
「映画館と同じくここを破棄するにしても、位置が近過ぎます。スカー氏との対応に追われ、準備を怠った我々のミスでしょう。
当然、ここは引き払います。しかし、すぐさま行動に移すには後手に回り過ぎている」
「……ですね。俺達だけならまだしも、ゆたかちゃんや菫川先生が……女性の方々がいます。
それにゆたかちゃんの状態は深刻だ。熱もあります。置いていく訳にもいかないですし……」
「ええ。彼らがここを素通りしてくれるのが最高なんですが……何らかの対処は必要でしょう」
やはり彼らの問題点は力という訳か、そうスカーは認識する。
明智、高嶺、菫川――明らかに頭脳労働を主とする人間がこのグループには集結している。
自分の力を求めたのも分かる。逆にあの時説得に失敗していた場合、確実にこの集団は全滅していたであろう事も、だ。
が、ここは退く事の出来ない場面だったのだろう。
逃げ回ってばかりでは決定的な武力を手に入れる事は出来ないと判断したか。
彼らは単純な力で言うならばあまりに脆弱だ。
銃、という武器を持っているとはいえ、相手はおそらく何かしらの修練を積んだ戦士に違いない。
覚悟も信念も、そして経験も何もかもが足りない。
――死合。
命を賭して戦う事は言葉では表せない程に重いものなのだから。
「俺が行こう」
「スカー氏!? …………分かりました。相手は二人です。私もお供を――」
「いや……俺だけで十分だ」
「しかし!」
デイパックから銃を取り出し、自分も戦闘へと赴く事を主張した明智をスカーは戒める。
彼は元の世界で犯罪者を取り締まる仕事に就いていたらしい。
ある程度格闘術を学んでおり、銃器の取り扱いにも精通している。だが、
「――貴様は俺に何を期待している?」
「何を、ですか?」
「そうだ。俺達にはそれぞれ役割がある。螺旋王の真意へと迫る者、状況を察し適切な作戦を練る者、世界の仕組みを解析する者。
明智健悟。貴様は俺に……何を望む?」
その程度の練度では、闘いの場に身を窶す者としてはあまりにも足りないのだ。
スカーにはこの会場の誰よりも"螺旋"を我が物にしようとする意志があった。
遠いイシュバールの惨劇で死んでいった同胞達。
その恨みを晴らす……それこそが自身の願い。何よりも優先して叶えなければならない条項。
明智達の情報力は、スカーにとってここで失うには痛過ぎる飛車角だ。
「螺旋王の実験に終止符を打ち、闇を払い天を衝く剣――ソレがスカー氏に私が何よりも期待している役割です」
「では尋ねよう、明智健悟。頭脳であるお前が、剣に気遣いをする必要があるのか?」
「…………参りましたね」
明智は眼鏡の位置を直しながら、少しだけ俯き僅かながらの逡巡を行う。
清麿もグッと両の拳を握り締め、スカーを見つめている。
シン、と静まり返った夜の刑務所。印刷機が何かを刷り上げる音が残響する中、彼らの心は一つになる。
「スカー氏。任せてしまってもよろしいのでしょうか?」
「問題はない。この程度の修羅場ならば幾つも潜ってきたのだから」
▽
気がつくと、私は地上へと向かうエレベーターの中にいた。
当たり前だけど、物凄く息が苦しい。熱があるんだ。本当なら黙って寝ていないといけない。
――――でも置いていかれるのは嫌なんでしょ?
……そうだ。あそこでジッと何もせずに居るくらいなら、息を荒くしながら散歩でもした方がマシだ。
無力なまま、誰かの帰りを待っているのは……とても辛い事だから。
Dボゥイさんと、シンヤさん。
ずっとDボゥイさんと一緒にいた私は、シンヤさんに攫われて一時期彼と行動を共にしていたことがあった。
シンヤさんは乱暴で、少しだけ怖い人だった。
他の人を傷付ける事になんの躊躇もしない人だった。
でも、私を傷付ける事だけは絶対にしなくて……ほんの少しだけ……優しい人だった。
彼は、高嶺君の知り合いに殺されたらしかった。
その事実を聞かされた時、私が何を思ったのか……実はよく覚えていない。
頭の中が真っ白になってしまって、まともに涙を流す事も出来なかったのだ。
私には理解できなかった。
シンヤさんが最期に何を思ったのか。何故、倒れた私は病院で寝ていたのか。
そして――何故、同じ場所でシンヤさんが死んでいたのか。
「また、言い訳」
ああ、やっぱり私は嘘吐きだ。
それだけの情報を与えられて、知らない振りなんて出来る訳がないのに。
ずっとずっと、答えを先送りにしていた。自分を傷付けないようにしていた。
どうでもいい。疲れた。私じゃない……何度自分に語りかけた事だろう。
何故、シンヤさんが死んだのかなんて考えるまでもない事だ。
自分を馬鹿だと、愚かだと偽ってみても自然と答えが出てしまう問題。
高嶺君も明智さんも、私を気遣ってほとんどシンヤさんの話題を出さなかった。
ほら、なんて分かりやすいんだ。
――――シンヤさんは、私を守って死んだんだ。
私は灰色の道をまるで夢遊病者のようにフラフラと蛇行しながら進んでいた。
足を小さく踏み出すだけで次の瞬間には身体が地面に吸い込まれそうになる。
一歩先は永久の闇だ。窓から見える景色は白と黒と黄金。星と空と月だけが私の身勝手な行進を見ている。
「あ……れ……?」
そんな時、目の前に奇妙な鉄の塊が転がっているのを見つけた。
それはいわば『顔』だった。
正確には顔で身体の大部分が構成されている人形、とでも言うべきか。
よく見ると近くの壁に大きな穴が空いている。
吹き込んでくる冷たい風が少しだけ気持ち良かった。火照った身体には絶好の薬だ。
もしかして、何処からか飛んで来たってことなのだろうか。
私は鉄の人形を更に凝視した。赤くて、手が付いていて、足もある。明らかに人を模した物だ。
中には人が二、三人は乗れるであろうスペース。意外と大きい。
もしかしてこれは、ゲームに出て来るような……ロボットなのかもしれない、そんな事を思った。
「……ん?」
ロボットと視線が合った瞬間、私はまるで相手が生きている人であるかのような錯覚を覚えた。
そう、まるで機械で出来た身体を持つこのロボットに意志があって、私に応えてくれたような――そんな感覚だった。
まるで夢物語だ。生きている機械なんて居る訳がないのに。
小さく頭を振って湧き上がってきた妄想を一蹴。視線はロボットの外面から内部のパネルへ向かう。
ぼんやりと、それでも何故か引っ張られるように私はその操縦席らしき部分を覗き込んだ。
「穴、かな」
外見に負けず劣らず、中も良く分からない構造をしていた。
コックピットの前面、メインパネルの中央には丸い穴のようなものが空いている。もしかして、ここに鍵を差すのだろうか?
穴の中にはグルグルと渦巻きのような溝が走っている。
そして、穴の周りには青いメーターのような物があってソレもまた渦巻き――いや、螺旋を描いていた。
「あ……」
ピンと来た。そう――コアドリルだ。
ずっと、私を守ってくれていたあのアクセサリーと丁度大きさがピッタリのような気がしたのだ。
首に紐で掛けてあったコアドリルを取り出し両者を見比べる。
……うん、悪くない。サイズも形状も上手く嵌まりそうだ。
「ここで、いいの……かな」
ポットみたいになっているロボットの外枠を掴みながら、オズオズと、それでも少しだけワクワクしながら――
私は、コアドリルをそのロボットに差し込んだ。
もしかしたら、奇跡が起こって動き出すかもしれない。
そうしたら、私はパイロットになれるのだろうか。
鍵を持っている女の子が戦闘メカの搭乗者になるのは小さい頃に見た戦隊アニメでも御馴染みの光景だ。
見るからに非現実な物体を前にして、私は子供の頃と似たような気分になっていた。
そして、思った。
――――そうすれば、皆のお荷物じゃなくなるのだろうか、と。
カチン、と音がした。
「あ……れ……?」
でも、何も起こらなかった。
多分、コアドリルはこのロボットに使うための鍵だった――これは確実だ。
でも、それだけ。パネルが光る訳でも、ロボットが動き出す訳でもなかった。
どうやら、条件が足りないらしい。さしずめ……エネルギー、といった所だろうか?
淡い期待は脆くも崩れ去った。
このロボットがあれば、皆が私を褒めてくれると思ったのに。
「すごいね!」って、暖かい笑顔で迎えてくれると思ったのに……ううん。どうせ私には初めから無理だったに決まってる。
「やっぱり、ダメなんだ」
私は名残惜しい気持ちを抑えながら、操縦席を後にした。
もうこの場所に用はないと判断したのだ。
動かない鉄屑と戯れていても虚しいだけ。コアドリルを差しっぱなしにしてきた事が少しだけ気になった。
でも、私の身体は勝手にまた、夜の散歩を始めてしまう。
でも、あの道具は多分ここに刺す物だ。
だったら私なんかが持っているよりも、ずっとずっと相応しいようにも思えたのだ。
それに、多分私にはもう必要のない物なのだとも思える。
持っていてはいけない気さえする。
最初から一緒にあったお守りですら、私の手にはもう馴染まなくなっていた。
私は……変わってしまったのかもしれない。
よく、分からない。
心の奥底では、ずっと、無知で愚図なままでいたいと思っているのだろうか。
もし、そうだとしたら……
私は……なんて、醜いんだろう。
▽
『ヴィラルさん。本当にこっちでいいの?』
『お前らしくもないな、シャマル。よく地面を見てみろ』
『え……これは……何かが通った跡……かしら』
『だろうな。しかもコレは大分新しい……地面の乾き具合で分かる』
『誰かが刑務所から南下した、って事?』
『ああ。車輪の大きさから判断して、大きな乗り物という事はないだろう』
『!! もしかして……マッハキャリバー!?』
『シャマル? 分かるのか?』
『サイズもピッタリ。多分魔術の素養のある人間がマッハキャリバーを使ってここを通ったんだと思います』
『なるほど。これは……とんだ拾い物かもしれんな』
『ええ。でもさすがヴィラルさんね。こんな地面の跡なんて私、全く気付かなかったわ』
『いや、違うぞシャマル。俺一人ではそこまで正確な分析は不可能だった。お前がいたからこそ、そこまでの真実に到達する事が出来たんだ』
『そんな……私がいたから、なんて……』
男と、女の声。
「クソッ……アイツら、何を考えている……ッ!!」
そして一人、彼らを背後から追跡する少年。
ルルーシュ・ランペルージは湧き上がる苛立ちを抑え切れず、思わず足元の石を蹴っ飛ばす。
カッ、という小さな音を残し、灰色の石は明後日の方向に向けて数回転がると、そのまま見えなくなった。
道は薄暗く、灯りも着いたり消えたりを繰り返す街灯ぐらいのものだ。
当然のように、その程度で彼の怒りが収まる訳もなかった。
ルルーシュの怒りは前方をイチャつきながら移動する二人組の背中へと向けられる。
夜の闇が未だ退かぬ空の下で、ルルーシュはシャマルとヴィラルを尾行していた。
この殺し合いが始まってから、枝葉の陰に身を潜め幾度となく他の人間の様子を監視する機会に出くわしたルルーシュだ。
見つかるようなヘマをやらかす訳もない。
今回の追跡行為も、現状における最上の手段と認識したまでの事である。彼の中に油断はない。
(チッ……コイツらは今がどういう状況なのか理解しているのか!? 互いに顔を赤らめている場合なのかッ!?
……こんな馬鹿共が生き延びて何故、スザクが死ななければならなかったのだッ!? クソッ!!)
ヴィラル達と遭遇した民家において散々二人の愛の営みを見せ付けられたルルーシュは憤慨していた。
何度、イチャつき合う馬鹿共の前に踏み込んでやろうと思ったことか。
だがルルーシュは既に数時間前、温泉において全く同じような心境へと至り、その場のテンションでギアスを使用し手痛いしっぺ返しを受けている。
(クッ……我慢しろ、ルルーシュ。今は時期ではない……強力な制限下にあるギアスは出来るならば使わない方がいい。
これが最良、もっとも効率的なやり方だッ……)
ヴィラル達とすぐさま接触する事を逡巡の末、ルルーシュは放棄した。
当然ソレは、あの時点での接触は好機ではないと判断したゆえの選択だ。
いまいち二人の行為に割って入る踏ん切りが付かなかった訳では決してない。
ポイントは二つ。
まず、あの周辺で戦闘が行われたばかりであるという点。
あれだけ派手に周囲の建物を破壊しながら戦えば、周囲から人が集まって来る可能性は非常に高い。
『複数人に対してギアスを使用する』というテストは、ギアスの試し掛けを始めてから未だ一度も行っていない。
最初の使用時にはそれほど複雑な命令でなかったにも関わらず、ルルーシュは昏倒してしまった。
が、三回目の使用時に同程度の難易度の命令を行う事によって、新たな仮説を導き出した。
つまり――問題点はおそらく『一度に使用する人数』なのだろう。
殺し合いの特性を鑑みるに即座に生命に影響する命令にも何らかのストッパーが掛かっている可能性はあるが、この考察は大部分で的中している筈である。
加えて話術による交渉も利点が薄い。
確かにその場のテンションで行動しているのが明確な二人組を誘導する事など、自分にとっては造作もない事だ。
だが、困った事に奴らは殺し合いに乗っている。
しかもヴィラル、という男の方は加えて先ほどの放送から参戦した「怒涛のチミルフ」の部下であるというのだ。
奴の目的は――次回の放送までに、参加者を最低1人討ち取り、チミルフにその首を献上する事。
あまりにも野蛮な到達点だが、こんな会話を聞いてノコノコと奴らの前に姿を現すなど出来る筈もない。
故にある程度、事態が変わるまでルルーシュは彼らを尾行することに決めたのだ。
(誰も見ていないと安心しているのか……? いや、ただ単純にイチャつきたいのか……理解に苦しむな)
が、これは中々上等な自己防衛手段でもある。
なぜならば、突然の襲撃者に出くわした場合も、ヴィラル達が先に敵と接触する可能性の方が高いのだ。
加えてルルーシュが攻撃された場合も、初撃だけ回避すれば立ち回り次第で二人に敵を擦り付けることが出来る。
まさに一石二鳥の策略と言えるだろう。
(問題は奴らが有力な参加者を一方的に攻撃してしまう場合か……奇襲を掛けるにしても誰と接触するのかは非常に重要だろう。
が、シャマルとヴィラル。螺旋王の情報を多く知る二人は是非とも押さえておきたい人材。
隙を見てギアスを使えれば……やはりタイミングが難しい、な――――む?)
そこまで考えた所で、前方を行くヴィラルとシャマルが突然立ち止まったのだ。
ルルーシュも見つからないように、すぐさま身体を物陰へと隠し、様子を窺う。
「――お前達がヴィラルと、シャマルか」
「な……貴様は!?」
「……螺旋の力に覚醒して、それでも人を襲う決意を固めるか」
「ヴィラルさんっ!」
「螺旋王が配下、ヴィラル。湖の騎士シャマル……だな」
現れたのは全身を隆々とした筋肉に覆った褐色の肌の男だった。
目付きは鋭く、顔に刻まれた痛々しい傷跡が彼の歴戦の勇を証明する。
右腕に刻まれた多数の紋章は何かしらの異能の印なのか。
(奴は……カレン達の言っていた偽ゼロを襲撃した男か!? まさかこんな場所で出くわす事になるとは!!)
話だけは聞いていた。
キャンプ場を襲撃した男が糸色望と読子・リードマンを殺害した、という事実を。
しかも読子という女はスパイクを軽く凌駕する実力を持っていたらしい。
その事実だけで、彼が相当な実力者である事が窺える。
「もう一人は……いないのか? 隠れているのか?」
「ニンゲン!! 何を訳の分からない事を言っているっ!?」
「……明智を連れてこなくて正解だったな。俺としても覚醒者は保護したい――のだが、」
「ふん……話を聞くつもりはないのか。保護、だと!? ふざけるなッッ!!!」
「……すいません。私達は……二人で優勝しなければならないんです」
「やはり、そうか」
顔面に深い傷を持つ男――スカーが闘いの構えを取った。
当然のようにヴィラルとシャマルもそれぞれの得物を持ち、戦闘に備える。
漆黒が世界を埋め尽くす中、二対一という傷の男に極めて不利な状態で戦いの幕は開こうとしている。
(何……ッ!? 俺の存在がバレている……だと!? どうなっている!?)
ルルーシュは驚愕した。なんと、男はどうやらルルーシュが近くに潜んでいる事を半ば確信しているようなのだ。
だが、不思議な事は『ルルーシュが近くにいる事』しか知らない点だ。
感知しているのは存在だけで、場所までは分からないという事だろうか。
ならば、ひとまず姿を見せずに事の次第を見守るのが最良だろう。
「行くぞ、シャマル!」
「はい、ヴィラルさん!」
「――――掛かって来い」
(スザクのようなイレギュラーな戦士……なのか? ……どちらにしろ、今出て行く訳にはいかない。
そして考えるんだ。何故、奴はあの事を……?)
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