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「あなたに贈る物語(前編)」(2023/04/25 (火) 09:01:01) の最新版変更点
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**あなたに贈る物語(前編) ◆AZWNjKqIBQ
螺旋王が実験を執り行う為に用意した何処かの世界、何処かの時代、何処かの街。
正方形に切り取られ、等しい升目で句切られた殺戮の遊戯盤――その、中央に近い位置にそれはある。
物語を銀板に跳ね返すことで見る者に伝える装置。切り取られた四角の中に世界を覗かせてくれる魔法。
決して越えることの出来ない境界線を跨いで、それぞれに夢想を垣間見せる鏡。
摩訶不思議の箱――映画館が其処にある。
◆ ◆ ◆
薄い色の絨毯が敷かれた広いロビー。
その端に連なって並んでいる、待ち合いをする為のテーブルとそれを囲む椅子。
丁度十を数えるテーブルと椅子のセットの内、九つまでは全くの空。逆に残りの一つには人が集まり、雑多な物がその上にあった。
ゲームのプレイヤー。ステージに放り込まれたアイテム――それらが記された、虎の巻。さらには裏技を可能とする特殊な携帯電話。
雑多な情報が書き込まれた数枚の地図。各人の推測や憶測が書き留められた無数のメモ紙。働きっぱなしのサインペン。
奔放で理知的な殺人狂であるラッド・ルッソを見送り、真っ白な少女であるイリヤに自由を与え再び映画館の中へと戻ってきた3人。
銀髪の中に同じ色のナイフの切れ味を持つ明智健悟。心の出口を捩り、それを隠す菫川ねねね。ためらいの無い少年。衛宮士郎。
――その3人はそれぞれの席に戻り、間もなく始まる定時放送までの時間をさらなる考察をする為に当てていた。
各人が道程で拾い集めてきた個々の情報により、このゲームの盤上にあるほとんどの事が明らかとなった。
後はそれぞれの点の間に線を引き、浮かび上がってくる図形が何かを探る作業に入るだけ……――だが。
「3人寄れば文殊の知恵……だってのに、何であんたは急に黙り込む?」
ねねねの前に座る明智。先刻までは饒舌にその知性から得られた推論を吐き出していた彼が、何故か戻ってきてから無言だった。
その神妙な表情は、とても物事が順調に推移している現状を喜んでいるものではない。むしろ、そう――……
「うまく事が運びすぎています」
――彼はこの状況に対し、大きな懸念を抱いていた。
◆ ◆ ◆
「……話を聞かせてもらおうじゃない」
そう言うねねね。そして、怪訝な顔でこちらを覗き込む士郎の二人に、明智は一つ決心をしてそれを語り始めた。
「――まず、私の考えている前提条件を言いましょう。螺旋王は常に私たちの話を聞き、姿を見ています」
聞き捨てならない発言に身体を揺らす二人。それを片手で制し、明智は言葉を続ける。
「超科学や魔法が存在すると確認できた今。
その方法を論じる必要はありませんし、もうそれに抵抗するのも無意味です。
なので、私はあえて口に出して語りましょう。今の状態――あまりにも螺旋王の想定通りに進んでいると。
不自然なまでに集中する情報。そして、今盤上に配置された駒の位置を確認して私はそれを確信しました。
私達は螺旋王の描いたシナリオ――その線上を滑り降りているだけ。
……残念ながら、私だけではここで匙を投げざるを得ません」
「あんた……急に投げ出すって――!」
すでに身体を半分乗り出していたねねねを再度明智は手で制す。
発言内容は投げやりであったが、しかし表情は冷徹な知性を湛えたままだった。
「私だけでは……と言ったでしょう。
3人寄らば文殊の知恵――その通りですよ。あなた達には私と同じ立場に立って協力してもらいたい。
だから、今話すのです」
不可解な発言に説明を要求する二人に、明知は自身の中だけで密かに進めていた考察を披露した。
それは彼の脳内に蓄積されている大量の犯罪者データから導き出された、螺旋王に対するプロファイリングの結果。
「……劇場型や、見立て。犯罪者が自らが起こす犯罪の中に、何らかの思想やアピールを持たせることは多々あります。
螺旋王が犯罪者と言えるかは、彼の世界を知らない私に断言できることではないですが、しかし犯罪でなくともそれは同じこと。
彼が最初に実験だと称した様に、この殺し合いには何らかの意味があり、彼は私達に何かを期待している。
それは、彼が放送で繰り返し意味深な発言をしていることからも明らかです」
それが解ればどうなるんだ? ――と、士郎が明智に尋ねる。
螺旋王の目的。それが殺し合いを眺めるだけでないとしたら、自分達にとってどんな意味があるのかと。
「はっきり言いましょう。
彼は殺し合いの結果――ではなく。その過程で発生する何かを発見。データを収集することを目的としています。
もちろん。ある程度はそれが得られるという確証を持ってです。
そのために私達を盤上に配し、自らが作り上げた仮定の上を私達がなぞるのを見守り、放送という手段で微調整している。
……そして恐らくは、それは彼が螺旋力と呼ぶものに関わることなのでしょう」
定時放送により、繰り返し聞かされてきた『螺旋力』の存在。
あそこまで露骨ならば、何らかの意味があるのだろうと明智の前の二人も気に留めていたところではある。
「殺し合いの中で……って言うんなら、やっぱ火事場の馬鹿力みたいなものなのか? その螺旋力ってのは」
「解りません。それに近いのかも知れないし、全く別のものなのかも知れない。
私が私だけでは無理だと感じるのがこの部分です。所詮、私はここに集められた一世界の住人でしかありません。
魔法、魔術、錬金術、超能力、超科学――常識も法則すら違う世界から集められた82人。
それを全て把握しているのは、現在の所は螺旋王のみ……」
「だから、殺し合いに首を突っ込むよりも人集めを優先するってわけか……」
「ええ。螺旋王の目的を読み、それを先取りできればこの殺し合いを途中で終わらせることができるかもしれません。
または、その為の交渉材料にできる可能性もあります」
聞き手側に専念している二人に頷くと、明智はさらに言葉を紡ぐ。
「螺旋王に対し、82人の知恵で立ち向かいたい。しかし、それはもう不可能です。
ですが、この現状が私の考えている通りならば、まだ望みは――いや、ここにしか望みはない。
なぜならば――……」
――それはと、明智が螺旋王に課せられた自分達の役割。そして、その中に潜む逆転の芽。それを語ろうとした時。
その発言は、何時の間にか迫っていた定時放送――螺旋王の声により遮られた。
『人間とは面白いな』
そんな、まるで自身が天上の神であるかの様な言い回しから始まったそれに、3人は慌てて紙とペンを手に取る。
またしてもつぎ足されるであろう死者の名前を前に、言いようの無い緊張が高まりペンを持つ手に力を込めさせた。
『人の身に刻まれた二重螺旋の為せる技、か――』
前置きの中で語られるそれに、3人は反応する。
やはり、キーワードは『螺旋』。しかも、今回は具体的に『人間の中の二重螺旋』と新しい情報が提供された。
先に己の推論を語った明智も、それを聞かされたねねねと士郎も、やはり螺旋王はこの実験で螺旋力を得るのが目的だと再確認する。
それが、螺旋力を持った人間を直接確保したいのか、それとも人間が螺旋力を獲得するプロセスを見出したいのかはまだ不明だが。
しかし、そんな目まぐるしく回転する3人の頭脳も、続けて発表された死者達の名前にぴたりとその動きを止めることとなった。
(そうですか。彼らはもう……)
剣持勇。そして、金田一 一……その二人の仲間の死に、明智の心は僅かに震える。
だが、それも最悪の想定の中からは出ていない結果。その覚悟によって感情よりも理性を優先させることに成功した。
彼の隣に座っている士郎も、ランサーの脱落と未だ数を減らさない死者に驚きはしたものの取り乱す程ではない。
それよりも、二人が驚いたのは――……
「う、嘘……センセー……が?」
――目の前で、まるで子供の様にボロボロと涙を零すねねねの姿であった。
◆ ◆ ◆
西には熟した果実の様に真っ赤な太陽。そして、それに押し出されて長く伸びる影が向かうのは夜を目前とした蒼い空。
薄く白い姿を現し始めた月の下。映画館の中の3人と同じく、外に一人残ったイリヤも放送を聞いていた。
(ランサーが消滅……そうか、それで)
それで、聖杯のシステムが反応したのかと、ランサーの死を知ったイリヤは納得した。
そして何故彼が本来の名前でなく、サーヴァントのクラス名で呼ばれているのかも同時に納得する。
(でも、だとしたら随分中途半端だわ……?)
螺旋王が自身を聖杯として利用しようと考えているなら、贄……つまりはサーヴァントがランサーの1体だけというのはおかしい。
もう一人、ギルガメッシュという名の英霊が召喚されているが、こちらはクラス名でないので扱いが不明だ。
聖杯に注がれるにはあまりにも大きな存在ではあるが、しかし――……
「……意味がわかんない」
――とりあえずは、イリヤはその問題を無視することにした。それよりも、今は特訓なのであると……と、
「あらシロウ。私は一人で大丈夫だって言ったでしょう?」
目の前に現れたのはつい先ほど別れたばかりの士郎であった。
特訓中の姿を見るのは、おめかし中の姿を覗き見ることと同義。いくらシロウと言えどダメ! と、イリヤは追い返そうとする。
「いや、覗きにきたんじゃないんだ。
明智さんが、イリヤにお願いがあるって……菫川先生を励ましてくれってさ」
「ネネネが……?」
そうか。そう言えばヨミコという人は、彼女の大事な人なんだとネネネから教えてもらっていたことをイリヤは思い出す。
ならば頼まれるまでもない。今まで何度も助け、面倒を見てもらったのだからと映画館の入り口へと向かった。
と、内へと向かう自分と入れ違いに映画館から離れていってしまう士郎をイリヤは呼び止める。
「あれ? シロウはどこに行くの?」
「やっぱ、元気ない時は飯だと思ってさ。
それに、ラッドが仲間を連れ帰ってきたら大所帯になるだろう?
だったら、今の内にこの近くを回って食材を確保しておこうかなって思ったのさ」
それは素敵な提案だと、イリヤの白い頬が赤く高潮した。士郎が持つ料理の腕前は自身の舌が覚えている。
螺旋王より与えられたモノによる灰色の食生活が、薔薇色のものに変わる予感。それに期待は高まり、お腹もク~とその存在をアピールした。
「非常時だしさ。そんなに期待されても、どれだけできるかは解んないけど……うん。努力するよ」
「シロウの料理を食べれば、ネネネもアケチもきっと元気がでるわ♪」
離れてゆく背を手を振って見送り、イリヤは改めて映画館の中へと向かう。
妖精と謳われる少女の足取りは軽い。その足元では車輪の従者が静かに明滅していた――
◆ ◆ ◆
「さて……と、スーパーかコンビニ。それともレストランか……?」
夜を迎える寸前の茜色と紫が混じった風景の中に立ち士郎は思案する。
映画館を基点に、南の総合病院-デパート方面。そして、南西の駅の方までは繁華街が続いている。
言葉で挙げた以外にも、食材を得られる場所は多くあるだろう。
だがしかし、あくまでちょっと食材を調達しに行く……というだけである。選り好みをしている内に、誰かに襲われてしまっては本末転倒だ。
ある程度、幅広い種類の食材が得られるならそれでいい――と、士郎はその足を進め始めた。
(……言峰綺礼)
死んだはずの男が此処にいることは、最初に名簿を見た時から知っていた。
そして、合流したイリヤ達が持っていた詳細名簿を見て、その男が同姓同名などの勘違いでないことも確認したばかりだ。
何故生きているのか? それは考えない。問題とするのは、そう遠くはない場所にいるという事。
放送前に明智が確認した時には、北を流れる川の向こう。丁度、自分が向かう予定のあった図書館の近くにあの男はいた。
そこからあの男がどちらに向かったかは解らない。彼の目的も、彼がここで何をしているのかも……
(………………………………)
色の濃さを増してきた影の中。その中からあの男がこちらを見ているかも知れない。そんな錯覚に身体が強張る。
あの常に闇色の服を纏っていた男。彼が自分を覗いて、またほくそえんでいるのではないかと……
「やっぱ、大人数で食べるなら鍋かな? 夜は冷えるし……」
そんな軽口を意図的にこぼし、士郎は錯覚の中ですら自分を蝕むあの男を振り払う。
死に際のロイドに教えられた事。それを自身を支えそして抑える楔とし、現在の自分がしなくてはならないことを再確認する。
「腹が減っては戦はできぬ――だな」
大通りに面した商店街の大きなゲート。それを潜り、士郎は食材を求めて独り暗闇の中へと進んで行った――
【C-5/北東部-商店街/一日目/夜】
【衛宮士郎@Fate/stay night】
[状態]:疲労(中)、心労(中)、腹部と頭部を強打、左肩に銃創(処置済み)、軽い貧血
[装備]:クラールヴィント@リリカルなのはStrikerS、バリアジャケット
[道具]:支給品一式(一食分消費)、レガートの金属糸@トライガン
[思考]:
基本方針:螺旋王の実験を食い止める。イリヤを守る
1:商店街で食材を調達。早々に、映画館へと帰る
2:言峰が近くに来ている可能性があるので警戒
3:1に成功すれば、映画館内で全員分の晩飯の用意
4:イリヤの様子は常に気にかける
5;ラッド達が帰ってきて状況が落ち着けば、鴇羽舞衣の説得に赴く
6:善悪に限らずできるだけの人を救いたい。が、止むを得ぬ場合は――
[備考]:
※投影した剣は放っておいても30分ほどで消えます。真名解放などをした場合は、その瞬間に消えます。
※本編終了後から参戦。
※チェスに軽度の不信感を持っています。
※なつきの仮説を何処まで信用しているかは不明。
※ロイドの言葉を受け、ある程度ですが無駄死にを避けてより多くの人を救う選択を意識できる様になりました。
◆ ◆ ◆
広くはあるが、空調によりその温度を暖かく均一に整えられたロビー。だが、その端にあるレストルームの中は冷え込んでいた。
青いタイルの敷かれた内装。空調が届かないというだけでなく、その雰囲気が其処を冷ややかに感じさせるというのもあった。
だが、今この女性用レストルームの中が寒々しいのは、そういう理由のせいではなく――
「……あぁぁぁぁああぁぁっ! うっ、うわぁあああぁああぁぁぁあん!」
――万遍なく響き渡る大きな泣き声のせいであった。
泣いているのは、菫川ねねね。声を張り上げ、嗚咽を漏らし、誰に憚ることなく、まるで幼児の様に泣いている。
彼女のたった一人の『センセー』――読子・リードマンの死が知らされた時。彼女はあの時の少女時代へと戻ったのだ。
他人にも、そして自分自身に対しても微塵たりとも思わせてなかった寂しい自分。独りぼっちだった少女の時へ。
「えっ、えぅ……! センセーが……センセー……ッ! うわぁああぁああぁ――!」
何で本を『書く』のか? どうして、ねねねは13歳という若さで作家としてデビューしたのか?
それは勿論、読んでもらう為だった。大切な人に自分の書いた本を読んでもらいたい。作家になった自分の本を読んでもらいたい。
多くの人に読んでもらい本をたくさん出して人気が出れば、本は海を越えその人の元まで届くだろう。
その時は少ししかなかった自覚。それを理解させてくれたのが『センセー』。彼女の、いや本にとっての最高の『読者』――読子・リードマンだった。
「……どうしてっ! なんで、センセーがっ! っあ、ふあぁ、うっく……!」
ただ我武者羅に書いていた少女時代。本の向こう側に、自分の世界をひたすらにぶつけていたその時に彼女は現れた。
まるで本の中から現れた様な、ファンタジーでミステリアスな存在。一回り近くも年下の自分に、まるで子犬の様にじゃれついてきて……
ともかくとして、様々な事がありねねねは変わった。『読子』を知ったから。そして――『読者』を知ったから。
彼女の作家としての才能も更に花開いた。ただの物珍しい、若さだけが特徴の作家ではなく。物語を創造し、本を読者に齎す作家に。
「ま、まだ……っ、読んで、ない……ほ……ぅ、うええぇぇぇえええん!」
菫側ねねねが新刊を出せば、読子は世界のどこからでもやってきて、涙を零しながら感想を述べサインをねだった。
程無くして、読子が読む本をねねねは書き。ねねねが書く本を読子が読む。それが当たり前の習慣になる。
貴重な作家としてねねねは幾度も危機に陥ったが、そんな時はやはり読子が助けに来て、時には逆に読子はねねねの本に助けられた。
波乱万丈ではあるが、幸福だったサイクル。グルグルと永遠に書き続ける限り、読み続ける限り続くと信じていたサイクル。
「……っく! あぁっ、私が――私が――っ!」
だが、サイクルは唐突に途切れた。
どうしてか、ある日を境に読子は現れなくなる。そして、片輪を失ったねねねの筆もその時――折れた。
いつしか、読子に読んでもらわなければ本が書けない。ねねねの中で、読子はそんな存在になっていたのだ。
ねねねは読子を探し――そして、見つからない。そんな時がひどく長く続いた。何時の間にかにねねねは大人になっていたが、
もう本は書けなくなってしまっていた……
「もう……もぅ……私はっ! あっ、ああぁぁぁああぁぁあ……」
螺旋王の実験が始まった時。読子の名前を見て心を躍らせたのは、ねねねの誰にも話せない秘密である。
どんな時でも、自分の危機に読子は駆けつけた。今回もそうであると、ついに読子が自分を救う危機が訪れたと、密かに歓喜した。
だが、どこかに不安があったのも事実。イリヤに言った『覚悟』という言葉。何よりもそれは臆病な自分の心を抑えるためのものだった。
近くに見えてはいるのに、ギリギリで指先が届かないそれが……今度こそ決定的に離れていってしまうのではないかと。
そんな不吉な予感に苛まれていたのだ。イリヤとフォルゴレがいなければ、どこかで独り泣いていたかもしれない。
「――っぅ。…………っ! ………………………………! …………!」
そして、ついに予感は現実となった。
菫川ねねねはもう独りぼっち。
もう――書くことも――読んでもらうことも――何もできない。
◆ ◆ ◆
独りきりとなったロビーの中、明智はいつかの様にどこかで聞いているはずの螺旋王に語りかけていた。
「これが……これも含めて全てがあなたの計算通りなのでしょう。
ならば、私はあえてそれに乗ります。あなたの期待通りに……そしてあなたの期待を僅かにでも上回ってみせる。
それが私の――明智健悟から螺旋王への挑戦です」
フ……と、些か自嘲気味に笑うと明智はその身を再び椅子の上へと収めた。
この螺旋王の実験。結末までは予測できなくとも、すでにルールは全て理解している。と、明智は確信している。
齎された情報――人物像。仕掛け。エピソード。それらの無数の点が浮かび上がらせる螺旋王の狙い。それが何かという事を。
参加者全員での殺し合いによる実験。
それがお題目でしかないことはすでに明らかにしている。ならば、参加者に課せられた真の目的は何か?
それは一人一人によって、違う。各人がそれぞれに、
フラスコの中に注がれた多種多様な化学物質の様に個別の役割を持たされ、そしてそれぞれの化学反応を期待されている。
それは大きく別ければ4つに分類できる。
1つ目は、殺し合いを推進するための物質。殺害による実験の推進を肯定し、積極的に活動する物質。
2つ目は、先にあげた物質の働きを阻害する物質。殺害を良しとせず、他の物質の存在を守ろうとする物質。
3つ目は、それ自体は無力であるが劇的な変化を期待されている物質。螺旋王が最も重視する物質だ。
4つ目は、この仕組みに気付き、3つ目の物質が螺旋力を発現するのを促進させる物質。
螺旋王は1番目と2番目が作り出す状態の中で、3番目の物質が4番目を触媒に変質することを目論んでいる。
それが彼の言う、螺旋力の発現。
そして、明智は自分が4番目に該当すると考えている。
螺旋王にこの仕組みに気付く知性を期待され、意のままだと気付いてもその通りに動くであろう駒。それが自分だと。
(……そして、高嶺清麿。彼が今ここに加わろうとしていることも、またそうなのでしょう)
出会ったばかりのラッド・ルッソが迎えに行った高嶺清麿という少年。
名簿の情報とラッドの証言から彼も『4番目』だろうと、明智は当たりをつけていた。
(私の隣には金田一君が……と思っていたんですがね。これは私個人の願望でしかありませんでしたか)
今は亡き少年探偵に心の中だけで追悼を繰り返すと、明智は机の上に手を伸ばしコーヒーカップを取った。
そして映画館の事務所内にあった安物のコーヒーメーカーから淹れたコーヒーを喉に流し込む。
物腰はあくまで普段通りにスマート。思考も眼鏡の奥の眼差しもどちらも至極冷静。明智健悟にブレは無い。
◆ ◆ ◆
陶器のタイルを叩く小さな足音。
それが入ってくると同時に、まるで目覚まし時計の様だった一つの箱は鳴り止んだ。
「ネネネー? 大丈夫……?」
まるで自分より幼い子供に向ける様に、イリヤは声をかける。
もうすでに泣き声はやんでいるが、迷子の子供の様なそれは入ってくる前から聞こえていたからだ。
「………………うん、大丈夫……ごめんねイリヤ。偉そうなこと言ってたのに、この様で」
壁越しに聞こえる声は少しだけ精彩を欠いていたが、それでも菫川ねねねの声だった。
しかし、間にある扉を開くことができないのがその虚勢の限界を表している。
それだけで、イリヤにもねねねがどれほどに悲しんでいるのか理解することができた。
「えっとね。今ね、シロウが晩御飯の材料を集めにいっているの。
シロウのご飯はとてもおししいから……きっとネネネも元気でるよ。
……ああ、そうだ。私も手伝うわ! そしたらネネネももっと元気になるよね――」
「――ありがとう。イリヤ」
静かな部屋の中に、さっきよりは力強い声が響く。
ねねねがこのまま何処かに行ってしまう……そんな不安を、とりあえずは払拭できたことにイリヤは安堵した。
最愛の人を失いどん底にいるねねねをそこから引き上げる方法を、幼いイリヤは知らない。
ただ寂しさだけは理解できるから、せめて一人きりにはしない様にと手を差し伸べるのだ。
「泣いたらさ……メイクが落ちちゃって。みんなに見せれる顔じゃあないから――」
「うん。わかるよイリヤも女の子だもん。先に言ってるからゆっくりおめかししてきてね」
コツコツと、再び小さな足音を立てるイリヤ。と、何かに気付き真っ白な髪を広げてターンした。
「そうだ。アケチからの伝言。
ネネネに物語を書いてほしい――って。
ラセンオウが書いた筋書きを、唯一上書きできるのはサッカであるネネネせんせーだけだ……って、言ってたよ」
それじゃあね。と、最後に見えないねねねへと手を振ってイリヤはその場から姿を消した。
◆ ◆ ◆
明智に、託された仕事を終えたことを告げイリヤは再び映画館の外へと出てきた。
真っ赤だった太陽はもうほとんど消えて、わずかに空の端っこに紫色が残るのみ。空気も冷え始めていた。
しかし、其処こそが相応しい舞台だと言わんばかりに、新雪の髪を持った少女は踊る。
「マッハキャリバーも寂しいよね」
本来の主人を失った車輪の従者にイリヤは囁きかける。
「ねねねも……そして、シロウがいなくなったら私も同じになっちゃう。きっと、私がいなくなっても……」
だから、もうだれも一人ぼっちにはしないようがんばろう。
独りになった人がいるなら、走っていって手を差し伸べよう――そうイリヤは決意し、皆の幸福を願う。
「これからもよろしくね。マッハキャリバー」
『はい。マスター』
藍色の空の下。街燈が作り出す黄金のスポットライトの中。真っ白な少女は星に願いを告げる。
【C-5/映画館-外/1日目/夜】
【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[状態]:健康
[装備]:マッハキャリバー@魔法少女リリカルなのはStrikerS、バリアジャケット
[道具]:支給品一式(一食分消費)、ヴァルセーレの剣@金色のガッシュベル!!、魔鏡の欠片@金色のガッシュベル!!
[思考]:
基本:シロウと一緒にゲームを脱出!
1:マッハキャリバーからベルカ式魔法について教わる
2:シロウが帰ってきたら、料理をお手伝いする
3:その後はみんなで晩御飯
4:シロウ、アケチ、ネネネの言うことを聞いてがんばる
5:聖杯については考えない。シロウにも内緒
[備考]:
※フォルゴレの歌(イリヤばーじょん)を教えてもらいました(イリヤ向けに簡単にしてあります)。
※チチをもげ!(バックコーラスばーじょん)を教えてもらいました(その時にチチをもげ!を完璧に覚えてしまいました)。
※バリアジャケットが展開できるようになりました(体操着とブルマ)。
※聖杯にランサーの魂が取り込まれました。
※マッハキャリバーより、「プロテクション」「シェルバリア」「リカウティブパージ」を習得中です。
【プロテクション】:魔法障壁を張り、攻撃をガードします。
【シェルバリア】:半球状の結界を張り、外部からの干渉を遮断します。一定時間持ちますが、それなりの魔力を消費します。
【リアクティブパージ】:バリアジャケットを自ら爆破し、その威力で攻撃を防ぐテクニックです。
*時系列順で読む
Back:[[その少女、ゼロのリスタート]] Next:[[あなたに贈る物語(後編)]]
*投下順で読む
Back:[[その少女、ゼロのリスタート]] Next:[[あなたに贈る物語(後編)]]
|209:[[情報と異変]]|衛宮士郎|225:[[エミヤ]]|
|209:[[情報と異変]]|イリヤスフィール・フォン・アインツベルン|228:[[刻無―キズナ― 零]]|
|209:[[情報と異変]]|菫川ねねね|213:[[あなたに贈る物語(後編)]]|
|209:[[情報と異変]]|明智健悟|213:[[あなたに贈る物語(後編)]]|
**あなたに贈る物語(前編) ◆AZWNjKqIBQ
螺旋王が実験を執り行う為に用意した何処かの世界、何処かの時代、何処かの街。
正方形に切り取られ、等しい升目で句切られた殺戮の遊戯盤――その、中央に近い位置にそれはある。
物語を銀板に跳ね返すことで見る者に伝える装置。切り取られた四角の中に世界を覗かせてくれる魔法。
決して越えることの出来ない境界線を跨いで、それぞれに夢想を垣間見せる鏡。
摩訶不思議の箱――映画館が其処にある。
◆ ◆ ◆
薄い色の絨毯が敷かれた広いロビー。
その端に連なって並んでいる、待ち合いをする為のテーブルとそれを囲む椅子。
丁度十を数えるテーブルと椅子のセットの内、九つまでは全くの空。逆に残りの一つには人が集まり、雑多な物がその上にあった。
ゲームのプレイヤー。ステージに放り込まれたアイテム――それらが記された、虎の巻。さらには裏技を可能とする特殊な携帯電話。
雑多な情報が書き込まれた数枚の地図。各人の推測や憶測が書き留められた無数のメモ紙。働きっぱなしのサインペン。
奔放で理知的な殺人狂であるラッド・ルッソを見送り、真っ白な少女であるイリヤに自由を与え再び映画館の中へと戻ってきた3人。
銀髪の中に同じ色のナイフの切れ味を持つ明智健悟。心の出口を捩り、それを隠す菫川ねねね。ためらいの無い少年。衛宮士郎。
――その3人はそれぞれの席に戻り、間もなく始まる定時放送までの時間をさらなる考察をする為に当てていた。
各人が道程で拾い集めてきた個々の情報により、このゲームの盤上にあるほとんどの事が明らかとなった。
後はそれぞれの点の間に線を引き、浮かび上がってくる図形が何かを探る作業に入るだけ……――だが。
「3人寄れば文殊の知恵……だってのに、何であんたは急に黙り込む?」
ねねねの前に座る明智。先刻までは饒舌にその知性から得られた推論を吐き出していた彼が、何故か戻ってきてから無言だった。
その神妙な表情は、とても物事が順調に推移している現状を喜んでいるものではない。むしろ、そう――……
「うまく事が運びすぎています」
――彼はこの状況に対し、大きな懸念を抱いていた。
◆ ◆ ◆
「……話を聞かせてもらおうじゃない」
そう言うねねね。そして、怪訝な顔でこちらを覗き込む士郎の二人に、明智は一つ決心をしてそれを語り始めた。
「――まず、私の考えている前提条件を言いましょう。螺旋王は常に私たちの話を聞き、姿を見ています」
聞き捨てならない発言に身体を揺らす二人。それを片手で制し、明智は言葉を続ける。
「超科学や魔法が存在すると確認できた今。
その方法を論じる必要はありませんし、もうそれに抵抗するのも無意味です。
なので、私はあえて口に出して語りましょう。今の状態――あまりにも螺旋王の想定通りに進んでいると。
不自然なまでに集中する情報。そして、今盤上に配置された駒の位置を確認して私はそれを確信しました。
私達は螺旋王の描いたシナリオ――その線上を滑り降りているだけ。
……残念ながら、私だけではここで匙を投げざるを得ません」
「あんた……急に投げ出すって――!」
すでに身体を半分乗り出していたねねねを再度明智は手で制す。
発言内容は投げやりであったが、しかし表情は冷徹な知性を湛えたままだった。
「私だけでは……と言ったでしょう。
3人寄らば文殊の知恵――その通りですよ。あなた達には私と同じ立場に立って協力してもらいたい。
だから、今話すのです」
不可解な発言に説明を要求する二人に、明知は自身の中だけで密かに進めていた考察を披露した。
それは彼の脳内に蓄積されている大量の犯罪者データから導き出された、螺旋王に対するプロファイリングの結果。
「……劇場型や、見立て。犯罪者が自らが起こす犯罪の中に、何らかの思想やアピールを持たせることは多々あります。
螺旋王が犯罪者と言えるかは、彼の世界を知らない私に断言できることではないですが、しかし犯罪でなくともそれは同じこと。
彼が最初に実験だと称した様に、この殺し合いには何らかの意味があり、彼は私達に何かを期待している。
それは、彼が放送で繰り返し意味深な発言をしていることからも明らかです」
それが解ればどうなるんだ? ――と、士郎が明智に尋ねる。
螺旋王の目的。それが殺し合いを眺めるだけでないとしたら、自分達にとってどんな意味があるのかと。
「はっきり言いましょう。
彼は殺し合いの結果――ではなく。その過程で発生する何かを発見。データを収集することを目的としています。
もちろん。ある程度はそれが得られるという確証を持ってです。
そのために私達を盤上に配し、自らが作り上げた仮定の上を私達がなぞるのを見守り、放送という手段で微調整している。
……そして恐らくは、それは彼が螺旋力と呼ぶものに関わることなのでしょう」
定時放送により、繰り返し聞かされてきた『螺旋力』の存在。
あそこまで露骨ならば、何らかの意味があるのだろうと明智の前の二人も気に留めていたところではある。
「殺し合いの中で……って言うんなら、やっぱ火事場の馬鹿力みたいなものなのか? その螺旋力ってのは」
「解りません。それに近いのかも知れないし、全く別のものなのかも知れない。
私が私だけでは無理だと感じるのがこの部分です。所詮、私はここに集められた一世界の住人でしかありません。
魔法、魔術、錬金術、超能力、超科学――常識も法則すら違う世界から集められた82人。
それを全て把握しているのは、現在の所は螺旋王のみ……」
「だから、殺し合いに首を突っ込むよりも人集めを優先するってわけか……」
「ええ。螺旋王の目的を読み、それを先取りできればこの殺し合いを途中で終わらせることができるかもしれません。
または、その為の交渉材料にできる可能性もあります」
聞き手側に専念している二人に頷くと、明智はさらに言葉を紡ぐ。
「螺旋王に対し、82人の知恵で立ち向かいたい。しかし、それはもう不可能です。
ですが、この現状が私の考えている通りならば、まだ望みは――いや、ここにしか望みはない。
なぜならば――……」
――それはと、明智が螺旋王に課せられた自分達の役割。そして、その中に潜む逆転の芽。それを語ろうとした時。
その発言は、何時の間にか迫っていた定時放送――螺旋王の声により遮られた。
『人間とは面白いな』
そんな、まるで自身が天上の神であるかの様な言い回しから始まったそれに、3人は慌てて紙とペンを手に取る。
またしてもつぎ足されるであろう死者の名前を前に、言いようの無い緊張が高まりペンを持つ手に力を込めさせた。
『人の身に刻まれた二重螺旋の為せる技、か――』
前置きの中で語られるそれに、3人は反応する。
やはり、キーワードは『螺旋』。しかも、今回は具体的に『人間の中の二重螺旋』と新しい情報が提供された。
先に己の推論を語った明智も、それを聞かされたねねねと士郎も、やはり螺旋王はこの実験で螺旋力を得るのが目的だと再確認する。
それが、螺旋力を持った人間を直接確保したいのか、それとも人間が螺旋力を獲得するプロセスを見出したいのかはまだ不明だが。
しかし、そんな目まぐるしく回転する3人の頭脳も、続けて発表された死者達の名前にぴたりとその動きを止めることとなった。
(そうですか。彼らはもう……)
剣持勇。そして、金田一 一……その二人の仲間の死に、明智の心は僅かに震える。
だが、それも最悪の想定の中からは出ていない結果。その覚悟によって感情よりも理性を優先させることに成功した。
彼の隣に座っている士郎も、ランサーの脱落と未だ数を減らさない死者に驚きはしたものの取り乱す程ではない。
それよりも、二人が驚いたのは――……
「う、嘘……センセー……が?」
――目の前で、まるで子供の様にボロボロと涙を零すねねねの姿であった。
◆ ◆ ◆
西には熟した果実の様に真っ赤な太陽。そして、それに押し出されて長く伸びる影が向かうのは夜を目前とした蒼い空。
薄く白い姿を現し始めた月の下。映画館の中の3人と同じく、外に一人残ったイリヤも放送を聞いていた。
(ランサーが消滅……そうか、それで)
それで、聖杯のシステムが反応したのかと、ランサーの死を知ったイリヤは納得した。
そして何故彼が本来の名前でなく、サーヴァントのクラス名で呼ばれているのかも同時に納得する。
(でも、だとしたら随分中途半端だわ……?)
螺旋王が自身を聖杯として利用しようと考えているなら、贄……つまりはサーヴァントがランサーの1体だけというのはおかしい。
もう一人、ギルガメッシュという名の英霊が召喚されているが、こちらはクラス名でないので扱いが不明だ。
聖杯に注がれるにはあまりにも大きな存在ではあるが、しかし――……
「……意味がわかんない」
――とりあえずは、イリヤはその問題を無視することにした。それよりも、今は特訓なのであると……と、
「あらシロウ。私は一人で大丈夫だって言ったでしょう?」
目の前に現れたのはつい先ほど別れたばかりの士郎であった。
特訓中の姿を見るのは、おめかし中の姿を覗き見ることと同義。いくらシロウと言えどダメ! と、イリヤは追い返そうとする。
「いや、覗きにきたんじゃないんだ。
明智さんが、イリヤにお願いがあるって……菫川先生を励ましてくれってさ」
「ネネネが……?」
そうか。そう言えばヨミコという人は、彼女の大事な人なんだとネネネから教えてもらっていたことをイリヤは思い出す。
ならば頼まれるまでもない。今まで何度も助け、面倒を見てもらったのだからと映画館の入り口へと向かった。
と、内へと向かう自分と入れ違いに映画館から離れていってしまう士郎をイリヤは呼び止める。
「あれ? シロウはどこに行くの?」
「やっぱ、元気ない時は飯だと思ってさ。
それに、ラッドが仲間を連れ帰ってきたら大所帯になるだろう?
だったら、今の内にこの近くを回って食材を確保しておこうかなって思ったのさ」
それは素敵な提案だと、イリヤの白い頬が赤く高潮した。士郎が持つ料理の腕前は自身の舌が覚えている。
螺旋王より与えられたモノによる灰色の食生活が、薔薇色のものに変わる予感。それに期待は高まり、お腹もク~とその存在をアピールした。
「非常時だしさ。そんなに期待されても、どれだけできるかは解んないけど……うん。努力するよ」
「シロウの料理を食べれば、ネネネもアケチもきっと元気がでるわ♪」
離れてゆく背を手を振って見送り、イリヤは改めて映画館の中へと向かう。
妖精と謳われる少女の足取りは軽い。その足元では車輪の従者が静かに明滅していた――
◆ ◆ ◆
「さて……と、スーパーかコンビニ。それともレストランか……?」
夜を迎える寸前の茜色と紫が混じった風景の中に立ち士郎は思案する。
映画館を基点に、南の総合病院-デパート方面。そして、南西の駅の方までは繁華街が続いている。
言葉で挙げた以外にも、食材を得られる場所は多くあるだろう。
だがしかし、あくまでちょっと食材を調達しに行く……というだけである。選り好みをしている内に、誰かに襲われてしまっては本末転倒だ。
ある程度、幅広い種類の食材が得られるならそれでいい――と、士郎はその足を進め始めた。
(……言峰綺礼)
死んだはずの男が此処にいることは、最初に名簿を見た時から知っていた。
そして、合流したイリヤ達が持っていた詳細名簿を見て、その男が同姓同名などの勘違いでないことも確認したばかりだ。
何故生きているのか? それは考えない。問題とするのは、そう遠くはない場所にいるという事。
放送前に明智が確認した時には、北を流れる川の向こう。丁度、自分が向かう予定のあった図書館の近くにあの男はいた。
そこからあの男がどちらに向かったかは解らない。彼の目的も、彼がここで何をしているのかも……
(………………………………)
色の濃さを増してきた影の中。その中からあの男がこちらを見ているかも知れない。そんな錯覚に身体が強張る。
あの常に闇色の服を纏っていた男。彼が自分を覗いて、またほくそえんでいるのではないかと……
「やっぱ、大人数で食べるなら鍋かな? 夜は冷えるし……」
そんな軽口を意図的にこぼし、士郎は錯覚の中ですら自分を蝕むあの男を振り払う。
死に際のロイドに教えられた事。それを自身を支えそして抑える楔とし、現在の自分がしなくてはならないことを再確認する。
「腹が減っては戦はできぬ――だな」
大通りに面した商店街の大きなゲート。それを潜り、士郎は食材を求めて独り暗闇の中へと進んで行った――
【C-5/北東部-商店街/一日目/夜】
【衛宮士郎@Fate/stay night】
[状態]:疲労(中)、心労(中)、腹部と頭部を強打、左肩に銃創(処置済み)、軽い貧血
[装備]:クラールヴィント@リリカルなのはStrikerS、バリアジャケット
[道具]:支給品一式(一食分消費)、レガートの金属糸@トライガン
[思考]:
基本方針:螺旋王の実験を食い止める。イリヤを守る
1:商店街で食材を調達。早々に、映画館へと帰る
2:言峰が近くに来ている可能性があるので警戒
3:1に成功すれば、映画館内で全員分の晩飯の用意
4:イリヤの様子は常に気にかける
5;ラッド達が帰ってきて状況が落ち着けば、鴇羽舞衣の説得に赴く
6:善悪に限らずできるだけの人を救いたい。が、止むを得ぬ場合は――
[備考]:
※投影した剣は放っておいても30分ほどで消えます。真名解放などをした場合は、その瞬間に消えます。
※本編終了後から参戦。
※チェスに軽度の不信感を持っています。
※なつきの仮説を何処まで信用しているかは不明。
※ロイドの言葉を受け、ある程度ですが無駄死にを避けてより多くの人を救う選択を意識できる様になりました。
◆ ◆ ◆
広くはあるが、空調によりその温度を暖かく均一に整えられたロビー。だが、その端にあるレストルームの中は冷え込んでいた。
青いタイルの敷かれた内装。空調が届かないというだけでなく、その雰囲気が其処を冷ややかに感じさせるというのもあった。
だが、今この女性用レストルームの中が寒々しいのは、そういう理由のせいではなく――
「……あぁぁぁぁああぁぁっ! うっ、うわぁあああぁああぁぁぁあん!」
――万遍なく響き渡る大きな泣き声のせいであった。
泣いているのは、菫川ねねね。声を張り上げ、嗚咽を漏らし、誰に憚ることなく、まるで幼児の様に泣いている。
彼女のたった一人の『センセー』――読子・リードマンの死が知らされた時。彼女はあの時の少女時代へと戻ったのだ。
他人にも、そして自分自身に対しても微塵たりとも思わせてなかった寂しい自分。独りぼっちだった少女の時へ。
「えっ、えぅ……! センセーが……センセー……ッ! うわぁああぁああぁ――!」
何で本を『書く』のか? どうして、ねねねは13歳という若さで作家としてデビューしたのか?
それは勿論、読んでもらう為だった。大切な人に自分の書いた本を読んでもらいたい。作家になった自分の本を読んでもらいたい。
多くの人に読んでもらい本をたくさん出して人気が出れば、本は海を越えその人の元まで届くだろう。
その時は少ししかなかった自覚。それを理解させてくれたのが『センセー』。彼女の、いや本にとっての最高の『読者』――読子・リードマンだった。
「……どうしてっ! なんで、センセーがっ! っあ、ふあぁ、うっく……!」
ただ我武者羅に書いていた少女時代。本の向こう側に、自分の世界をひたすらにぶつけていたその時に彼女は現れた。
まるで本の中から現れた様な、ファンタジーでミステリアスな存在。一回り近くも年下の自分に、まるで子犬の様にじゃれついてきて……
ともかくとして、様々な事がありねねねは変わった。『読子』を知ったから。そして――『読者』を知ったから。
彼女の作家としての才能も更に花開いた。ただの物珍しい、若さだけが特徴の作家ではなく。物語を創造し、本を読者に齎す作家に。
「ま、まだ……っ、読んで、ない……ほ……ぅ、うええぇぇぇえええん!」
菫側ねねねが新刊を出せば、読子は世界のどこからでもやってきて、涙を零しながら感想を述べサインをねだった。
程無くして、読子が読む本をねねねは書き。ねねねが書く本を読子が読む。それが当たり前の習慣になる。
貴重な作家としてねねねは幾度も危機に陥ったが、そんな時はやはり読子が助けに来て、時には逆に読子はねねねの本に助けられた。
波乱万丈ではあるが、幸福だったサイクル。グルグルと永遠に書き続ける限り、読み続ける限り続くと信じていたサイクル。
「……っく! あぁっ、私が――私が――っ!」
だが、サイクルは唐突に途切れた。
どうしてか、ある日を境に読子は現れなくなる。そして、片輪を失ったねねねの筆もその時――折れた。
いつしか、読子に読んでもらわなければ本が書けない。ねねねの中で、読子はそんな存在になっていたのだ。
ねねねは読子を探し――そして、見つからない。そんな時がひどく長く続いた。何時の間にかにねねねは大人になっていたが、
もう本は書けなくなってしまっていた……
「もう……もぅ……私はっ! あっ、ああぁぁぁああぁぁあ……」
螺旋王の実験が始まった時。読子の名前を見て心を躍らせたのは、ねねねの誰にも話せない秘密である。
どんな時でも、自分の危機に読子は駆けつけた。今回もそうであると、ついに読子が自分を救う危機が訪れたと、密かに歓喜した。
だが、どこかに不安があったのも事実。イリヤに言った『覚悟』という言葉。何よりもそれは臆病な自分の心を抑えるためのものだった。
近くに見えてはいるのに、ギリギリで指先が届かないそれが……今度こそ決定的に離れていってしまうのではないかと。
そんな不吉な予感に苛まれていたのだ。イリヤとフォルゴレがいなければ、どこかで独り泣いていたかもしれない。
「――っぅ。…………っ! ………………………………! …………!」
そして、ついに予感は現実となった。
菫川ねねねはもう独りぼっち。
もう――書くことも――読んでもらうことも――何もできない。
◆ ◆ ◆
独りきりとなったロビーの中、明智はいつかの様にどこかで聞いているはずの螺旋王に語りかけていた。
「これが……これも含めて全てがあなたの計算通りなのでしょう。
ならば、私はあえてそれに乗ります。あなたの期待通りに……そしてあなたの期待を僅かにでも上回ってみせる。
それが私の――明智健悟から螺旋王への挑戦です」
フ……と、些か自嘲気味に笑うと明智はその身を再び椅子の上へと収めた。
この螺旋王の実験。結末までは予測できなくとも、すでにルールは全て理解している。と、明智は確信している。
齎された情報――人物像。仕掛け。エピソード。それらの無数の点が浮かび上がらせる螺旋王の狙い。それが何かという事を。
参加者全員での殺し合いによる実験。
それがお題目でしかないことはすでに明らかにしている。ならば、参加者に課せられた真の目的は何か?
それは一人一人によって、違う。各人がそれぞれに、
フラスコの中に注がれた多種多様な化学物質の様に個別の役割を持たされ、そしてそれぞれの化学反応を期待されている。
それは大きく別ければ4つに分類できる。
1つ目は、殺し合いを推進するための物質。殺害による実験の推進を肯定し、積極的に活動する物質。
2つ目は、先にあげた物質の働きを阻害する物質。殺害を良しとせず、他の物質の存在を守ろうとする物質。
3つ目は、それ自体は無力であるが劇的な変化を期待されている物質。螺旋王が最も重視する物質だ。
4つ目は、この仕組みに気付き、3つ目の物質が螺旋力を発現するのを促進させる物質。
螺旋王は1番目と2番目が作り出す状態の中で、3番目の物質が4番目を触媒に変質することを目論んでいる。
それが彼の言う、螺旋力の発現。
そして、明智は自分が4番目に該当すると考えている。
螺旋王にこの仕組みに気付く知性を期待され、意のままだと気付いてもその通りに動くであろう駒。それが自分だと。
(……そして、高嶺清麿。彼が今ここに加わろうとしていることも、またそうなのでしょう)
出会ったばかりのラッド・ルッソが迎えに行った高嶺清麿という少年。
名簿の情報とラッドの証言から彼も『4番目』だろうと、明智は当たりをつけていた。
(私の隣には金田一君が……と思っていたんですがね。これは私個人の願望でしかありませんでしたか)
今は亡き少年探偵に心の中だけで追悼を繰り返すと、明智は机の上に手を伸ばしコーヒーカップを取った。
そして映画館の事務所内にあった安物のコーヒーメーカーから淹れたコーヒーを喉に流し込む。
物腰はあくまで普段通りにスマート。思考も眼鏡の奥の眼差しもどちらも至極冷静。明智健悟にブレは無い。
◆ ◆ ◆
陶器のタイルを叩く小さな足音。
それが入ってくると同時に、まるで目覚まし時計の様だった一つの箱は鳴り止んだ。
「ネネネー? 大丈夫……?」
まるで自分より幼い子供に向ける様に、イリヤは声をかける。
もうすでに泣き声はやんでいるが、迷子の子供の様なそれは入ってくる前から聞こえていたからだ。
「………………うん、大丈夫……ごめんねイリヤ。偉そうなこと言ってたのに、この様で」
壁越しに聞こえる声は少しだけ精彩を欠いていたが、それでも菫川ねねねの声だった。
しかし、間にある扉を開くことができないのがその虚勢の限界を表している。
それだけで、イリヤにもねねねがどれほどに悲しんでいるのか理解することができた。
「えっとね。今ね、シロウが晩御飯の材料を集めにいっているの。
シロウのご飯はとてもおいしいから……きっとネネネも元気でるよ。
……ああ、そうだ。私も手伝うわ! そしたらネネネももっと元気になるよね――」
「――ありがとう。イリヤ」
静かな部屋の中に、さっきよりは力強い声が響く。
ねねねがこのまま何処かに行ってしまう……そんな不安を、とりあえずは払拭できたことにイリヤは安堵した。
最愛の人を失いどん底にいるねねねをそこから引き上げる方法を、幼いイリヤは知らない。
ただ寂しさだけは理解できるから、せめて一人きりにはしない様にと手を差し伸べるのだ。
「泣いたらさ……メイクが落ちちゃって。みんなに見せれる顔じゃあないから――」
「うん。わかるよイリヤも女の子だもん。先に言ってるからゆっくりおめかししてきてね」
コツコツと、再び小さな足音を立てるイリヤ。と、何かに気付き真っ白な髪を広げてターンした。
「そうだ。アケチからの伝言。
ネネネに物語を書いてほしい――って。
ラセンオウが書いた筋書きを、唯一上書きできるのはサッカであるネネネせんせーだけだ……って、言ってたよ」
それじゃあね。と、最後に見えないねねねへと手を振ってイリヤはその場から姿を消した。
◆ ◆ ◆
明智に、託された仕事を終えたことを告げイリヤは再び映画館の外へと出てきた。
真っ赤だった太陽はもうほとんど消えて、わずかに空の端っこに紫色が残るのみ。空気も冷え始めていた。
しかし、其処こそが相応しい舞台だと言わんばかりに、新雪の髪を持った少女は踊る。
「マッハキャリバーも寂しいよね」
本来の主人を失った車輪の従者にイリヤは囁きかける。
「ねねねも……そして、シロウがいなくなったら私も同じになっちゃう。きっと、私がいなくなっても……」
だから、もうだれも一人ぼっちにはしないようがんばろう。
独りになった人がいるなら、走っていって手を差し伸べよう――そうイリヤは決意し、皆の幸福を願う。
「これからもよろしくね。マッハキャリバー」
『はい。マスター』
藍色の空の下。街燈が作り出す黄金のスポットライトの中。真っ白な少女は星に願いを告げる。
【C-5/映画館-外/1日目/夜】
【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[状態]:健康
[装備]:マッハキャリバー@魔法少女リリカルなのはStrikerS、バリアジャケット
[道具]:支給品一式(一食分消費)、ヴァルセーレの剣@金色のガッシュベル!!、魔鏡の欠片@金色のガッシュベル!!
[思考]:
基本:シロウと一緒にゲームを脱出!
1:マッハキャリバーからベルカ式魔法について教わる
2:シロウが帰ってきたら、料理をお手伝いする
3:その後はみんなで晩御飯
4:シロウ、アケチ、ネネネの言うことを聞いてがんばる
5:聖杯については考えない。シロウにも内緒
[備考]:
※フォルゴレの歌(イリヤばーじょん)を教えてもらいました(イリヤ向けに簡単にしてあります)。
※チチをもげ!(バックコーラスばーじょん)を教えてもらいました(その時にチチをもげ!を完璧に覚えてしまいました)。
※バリアジャケットが展開できるようになりました(体操着とブルマ)。
※聖杯にランサーの魂が取り込まれました。
※マッハキャリバーより、「プロテクション」「シェルバリア」「リカウティブパージ」を習得中です。
【プロテクション】:魔法障壁を張り、攻撃をガードします。
【シェルバリア】:半球状の結界を張り、外部からの干渉を遮断します。一定時間持ちますが、それなりの魔力を消費します。
【リアクティブパージ】:バリアジャケットを自ら爆破し、その威力で攻撃を防ぐテクニックです。
*時系列順で読む
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