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「喜劇踊る人形は閉幕の音を聞く」(2023/01/22 (日) 16:19:51) の最新版変更点
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**喜劇踊る人形は閉幕の音を聞く ◆Wf0eUCE.vg
「ぶはっ……! はぁ……はぁ……はぁ」
水音が響き、水中から片腕のない女が飛び出した。
ビチャビチャと赤の混じった水滴を垂らしながら、地面の色を滲ませていく。
女が流れ着いたそこは、あらゆるものに不要とされ、廃棄されたモノたちの墓場だった。
立ち並ぶゴミの山を見て彼女は、自分が流された位置を瞬時に把握した。
地図は失われてしまったけれどなんの問題もない。
地図はすでに頭の中にある。
そこいらの馬鹿と一緒にしてもらっては困る。
意識を失っていたせいか、少し流されすぎてしまった感もあるが問題ない。
誤差の範囲内だ。
それはコレだけに限った話ではない。
ここに来てから行ってきた事、多少の誤差はあるが全て彼女の計算どおり。
片腕を失ったのも、
泣き叫び逃げ出したのも、
みっともないほど震えていたのも。
すべては作戦の一環だといえるだろう。
問題はない。
何一つ、問題はない。
さあ、次の戦いのための準備をはじめよう。
全てにおいて抜かりはない。
彼女は策士。
すべては一分の狂いも無く彼女の計算通り。
これまでも、これからも。
そう、すべては、彼女の手のひらから零れ落ちた事など一度もありはしないのだから。
■
それとほぼ同刻。
博物館では、食事を取り終えた結城奈緒とギルガメッシュの二人は次の移動先について話し合っていた。
といっても、食事を取ったのは結城奈緒一人だけなのだが。
ギルガメッシュは支給された食料を一口かじるなり、食えたものではないとほっぽり投げた。
英霊にとって食事とは別段とってもとらなくてもいいものだ、という話なので奈緒もそのまま放っておいた。
「で、次はどこに行くの?
一番近いのはゴミ処分場だけど」
地図を広げながら奈緒が、現在地である博物館とゴミ処理場を交互に指差す。
「ならばそこだな」
「え、いいの?」
予想以上にあっさりと頷くギルガメッシュに思わず奈緒は突っ込んでしまった。
「なんだ、何を驚いている?」
「いや、てっきりアンタのことだから、ゴミ処理場なんて嫌だ、とか言い出すと思ってたけど」
「何を言うか、なにせ近いのだぞ?
近いならそこしかあるまい。ああ。何せ近いのだ」
うむうむ。と自分の言葉に一人頷くギルガメッシュ。
「いや、そこまで近いを推されても。
まあ、アンタがいいってんならいいけどね」
釈然としないものを抱えながら奈緒は荷物を片付け、出発の準備を整えた。
■
「ふん。薄汚いところだな」
立ち並ぶゴミの山の中において、それはまったくの異物として存在していた。
否。彼が異物なのではない。
彼に溶け込めぬ、この世界こそが異物なのだ。
そう思わせるほどの絶対的な存在感を持ってして、その黄金の王は存在していた。
「―――む」
唐突に、悠然とゴミの山を行くギルガメッシュの歩が止まった。
何を見つけたのか。
その端整な顔が見る見るうちに怒りに歪んでいく。
ギルガメッシュの様子に気づいた奈緒は、恐る恐るその視線の先を追った。
そこには地面を這いずる女がいた。
だが一瞬、奈緒はその存在に気づくことができなかった。
なぜなら、完全に景色から浮いているギルガメッシュとは対照的に、その女完全に周囲に溶け込んでいたからだ。
それほどにボロボロだった、
ともすれば女自体が破棄されたゴミのようだ。
全身から水滴をボタボタとたらしながら、衣服は泥と血に汚れ、なにか大事なパーツが欠けている。
その片腕のない女は、こちらの存在に気づいてないのか。地面を這いずり何かを必死に集めていた。
その女の失われた腕から垣間見えるのは、肉と骨ばかりではなかった。
断面から顔を出すのはバチバチと火花散らす鉄片とケーブル。
それは人間ではない。
人間に似た何かだ。
それを見た奈緒の脳裏に一つの名が思い浮かぶ。
―――深優・グリーア
シアーズ財団によって生み出されたHimeの紛い物。
だが、その戦闘能力はHimeをも凌駕するという。
あれが、そうだとするならば、チャイルドのない今の結城奈緒に、勝ち目などありはしない。
無意識に後ずさった奈緒とは対照的に、ギルガメッシュは何の躊躇もなく前に踏み出た。
「そこな雑種、王の御前ぞ? そのままでは無礼であろう、面を上げよ」
逆らうことを許さない、絶対的な声。
半ば反射的に、地を舐める女、クアットロは視線を上げた。
クアットロが見上げた先に見えたのは、目もくらむほど眩い金色の光。
「あまりのみすぼらしさ故。犬か何かだと思ったが、その手の内にある輝き、見間違いようもない。
それは貴様のような雑種が手にするもおこがましい、至高の財であるぞ?」
そして、黄金の光から漏れ出す、どうしようもないほど濃厚な殺意だった。
その黄金の騎士から発せられる殺意は、クアットロがこれまでに知ったものとは明らかに別物だった。
炎の錬金術師ロイ・マスタングから発せられた燃えるような赤い殺意でもなく。
湖の騎士シャマルから発せられた氷つくような蒼い殺意でもない。
初めて知る。
本当の殺意とは、ここまでドス黒いものなのか。
だがクアットロにはわからない。
いや、ここは殺し合いの舞台だ、当然と言えば当然なのだが。
かつての世界での因縁の宿敵から向けられるのならわかる。
実験体として利用された男が向けてくるのならわかる。
だが、この黄金の騎士から何故ここまで私怨の篭った殺意をぶつけられなければならないのか?
その疑問も当然である。
よもや、これ程の殺意が己が所有物を奪われたなどという子供じみた理由から生まれ出ているなどと、誰が想像できようか?
だが当の英雄王はまったくの本気である。
下賎の者がその穢れた手で英雄王の財に触れるなど、あってはならないことだ。
まして、それが王の知らぬうちに持ち出されたものとあっては、それはもはや万死に値する大罪である。
罪人に与えられる赦しは死しかない。
それは螺旋王の定めたルールに沿ったものではなく、英雄王が決め、英雄王が敷いた、英雄王の法に従うものだ。
何人たりともその法から逃れる事は許されない。
「だから返せ――――それは、我のだ」
かくして常人には理解しかねる沸点を持って英雄王の怒りは爆発した。
放つ怒気に空気すら脅えたように震えていた。
理由がわからずとも敵意は明確すぎるほど明確。
クアットロは迎え撃つ他ない。
そこに問題は何一つ存在しない。
戦いの準備は万端。
策はあり、全ては彼女の思うがまま。
ならば、恐れることはない。
如何に目の前の男が強力であろうとも、怖くなんかない。
そう、怖くなんかない。
怖くなんかない、のだ。
「行ッけえぇ―――ッ!!」
全てを振り切るような声と共に、それは展開された。
気付けば、捻じ曲がった幾つもの空間が、ギルガメッシュを取り囲んでいた。
戦闘機人クアットロの最大限の魔力を以って、一瞬にして開門された扉の数――――三十二。
前後左右上下斜。
死角など存在しようもない。
開くと同時に、その全ての扉から弾丸が放たれた。
それは大小様々な石の弾丸だった。
撃ちつくした弾丸の補充のため、地を舐めながらクアットロがかき集めていたモノがこれだった。
ここはゴミの山。
集めるのに苦労はなかった。
いや、このためにワザワザゴミ処理場まで流されたと言ってもいい。
片腕を失い傷ついた姿に油断した相手を、死角なき全方位射撃で一瞬で殲滅する。
そう、すべてはクァットロの作戦通り。
一分の狂いもなく、一片の誤差もない。
これまでも、これからも。
すべては、彼女の手のひらから零れ落ちる事など一度もないのだから。
機関銃のように絶え間なく降り注ぐ石の雨は、面白いように黄金の騎士を直撃してゆく。
石飛礫とはいえ、弾丸の速度で弾き出されれば、もはやそれは立派な凶器である。
その凶器の豪雨に騎士は動くことも出来ず、ただその場で頭部を守るのが精一杯だった。
打ち込むたびに、けたたましいまでの音を立てて砂埃が上がる。
砂埃が一面を覆い隠してもなお、弾丸は止まらない。
なにせ、ありったけを詰め込んだのだ。
この程度で途切れるはずがない。
勝った。
どれほどの時間をかけただろう。
全ての弾丸を撃ちつくしたクアットロは勝利を確信した。
勝利という美酒の味が彼女の心に染み渡る。
アレほど恐ろしい威圧感を放っていた男に自分は勝ったのだ。
その事実に、思わず笑いが零れてしまう。
「あははははははは、は、は……は…………は?」
疑問符を交えながら、笑い声が止まる。
何故止まったか、などと聞くのは酷というものだろう。
それは、ここにいた彼女以外の二人には、わかりきった結末だったのだから。
「――――ふん。呆れさせてくれる。
最上の財を以って行うのがこのような砂利遊びか。
まったく、度し難い愚かさだな、油臭いこの廃棄人形(ジャンク)め」
砂利に埋もれた煙が晴れる。
立っていたのは何一つ穢れのない黄金の輝き。
先ほどの砲撃に対して、ギルガメッシュは動けなかったのではない。
ただ、動く必要がなかっただけだ。
宝具の一撃すら退けるこの黄金の鎧を前に、道端に転がる石ころなど通用するはずも無い。
だが、今クアットロにとって問題なのは、何故生きているのかなんて些細なことではない。
問題なのは、目の前の黄金の騎士から滲み出るこれ以上ないと言えるほどドス黒く禍々しい、殺すという意志。
その濃度は先ほどまでの比ではない。
ギルガメッシュから膨れ上がり、空気に溶ける殺意はもはや飽和状態だ。
ギルガメッシュの後方に立っている奈緒ですら、全身が泡立つ程の寒気に吐き気を催しているのだ。
真正面からその殺意を一身に浴びるクァットロの心はどうなっているかなど、想像に難くない。
その光景、殺意を見て、結城奈緒は確信した。
ここまできては、もはや戦いのための制限のクソも無い。
断言しよう。
なんなら賭けてもいい。
ここから先に行われるのは、ただただ一方的な虐殺だ。
「ぁ―――――っ」
その全て飲み込む嵐のような殺意は、あっという間にクアットロを喰らい尽くした。
全てを塗りつぶすような殺意を前に、最初に心が死んだ。
もはや声すら出ない。
空気すら殺意に塗りつぶされてしまったのか、彼女は苦しそうに空気を求めて魚みたにパクパクと口を動かしている。
針でも突き出しているのではないかと疑うほどの痛みを伴いながら、泡立つ肌。
みっともないほど全身が震え視界が歪み、引きずられるように意識も歪む。
それは恐怖によるものだった。
恐怖が脳を侵し、すべての認識を歪めてゆく。
彼女の世界が、歪んでゆく。
自分が立っているのか、座っているのか。
自分が何処にいるのか、誰なのか。
自分が生きているのか、死んでいるのか。
もはや、そんな事すらわからない。
だが、それも仕方あるまい。
彼女はここにきて初めて殺意というものに触れたのだ。
それは、生まれたての赤子が、飢えた肉食獣の前に放り出されたようなものだろう。
抵抗などしようもない。
いや、肉食獣ならまだましだ。
目の前にいるのは肉食獣よりも恐ましく、残忍で、強力で、絶望的な死の塊だった。
もはや戦略もなにも無い。
ここにあるのは、死、だけだ。
死しかないこんな場所には、一秒たりとも居たくはなかった。
だから逃げた。
彼女は全てを放り投げて、脱兎のように駆け出した。
「たわけ。王の所有物をぞんざいに扱うな。
まったく、モノの使い方を知らぬ奴だ。仕方あるまい、」
気だるげにそう言って、逃げるクアットロを追うでもなく、ギルガメッシュはクアットロが放り投げた鍵剣を拾い上げる。
そして、握り締めた鍵剣を、どこかの鍵を開けるように捻って、
「―――――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」
その真命を解放した。
ギルガメッシュの後方の空間が捻じ曲がる。
そこから顔を出すの人間大はあろうかという黒い大剣。
その切っ先は真っ直ぐに逃走するクアットロの背を見つめていた。
「知らぬものに教えを説くもまた先人の務めよな。
よいか。これは――――こう使うのだ」
パチンという音。
それが合図だった。
夜闇のように刻い黒が虚空を奔る。
それは漆黒の魔弾だった。
弾丸の勢いで放たれる魔弾の名を巳六という。
それは、チャイルドを用いずオーヴァンやHimeを屠りさる美袋命のエレメント、一騎当千の宝剣である。
それをまるで小石を放り投げるぞんざいさで放り投げるなど、尋常では考えられぬ暴挙である。
背後に迫り来る死の砲弾。
それは戦闘機人としての意地か、はたまた実力か。
クアットロは咄嗟に飛び退き身をかわした。
標的を見失った弾丸は地面を直撃し、かつてない程の大打撃を受けた大地は一瞬で塵芥へと化す。
思い切り飛びのいたクアットロは着地もままならず、地面に伏す。
そして、すぐさま起き上がろうとして、違和感に気づいた。
確かに躱わした。
ほんの少しだけ、掠めただけだ。
そう、掠めただけ。
直撃はしていない、のに。
何故、右半身が存在しないのだろうか?
見れば、肩口から右腕は消滅し、右脚は太股の辺りから先が遥か後方に吹き飛ばされていた。
「ァァァアアアアアっ!
無い、無い無い無い、腕が、あっ、あ、あっ、脚がァ」
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
認識して、痛みが来た。
ただひたすらに痛い。
気が狂うようほど痛い。
理性も飛ぶほどの痛みを前に、計算通りだなどと強がる余裕はもはや存在しない。
クアットロは血と肉と鉄片を撒き散らしながら、存在しない両腕をばたつかせ、片足で踊るようにのた打ち狂う。
それは壊れた操り人形で綴る人形劇のようだ。
「―――――クッ、ハハハハッハハハハハハッハ!
なんだその滑稽さは!? 我を笑い殺すつもりか!?
そんな姿でもまだ生きているとは、なるほど、この人形は丈夫さだけは一級品というわけか!」
弾けるような哄笑が轟く。
血溜まりに沈む破壊と惨劇の跡で、ただ一人黄金の王は嘲っていた。
壊れた人形が踊るその舞台を、心の底から滑稽だと。
喜劇でも見るかのように、心の底から嘲っていた。
「なかなかよいぞ廃棄人形。その調子でこの我を興じさせよ。
さて、どこまで死なぬか試してみようか。次は左足といくか」
加虐的な笑み。
いつの間に回収せしめたのか。
後方の捻じ曲がった空間から顔を出した漆黒の魔弾が、今か今かと主の命を待っていた。
「いや……ぁ。いや、いやいやいやいやいや。
やめてやめてやめてやめてやめて、やめてッ!」
女の懇願もまったく意に介さず、指鳴りの音が響く。
歪む空間から放たれるは、やはり漆黒の魔弾。
今度は狙い済ましたように唯一残った左足を吹き飛ばす。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァアア!!
ぁっぁああ、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィイイイ!!」
両手両足をもがれ、それでも足掻き続けるの女の姿は芋虫みたいだ。
それでもクアットロが死ねないのは、戦闘機人として人間より丈夫に設計されてしまった故か。
痛みも死なず、ただ地獄の苦しみの中のた打ち回っていた。
「ハア―――ッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハ!
まだ死なぬか!? まだ生きるか!?
さあ、次はどこを吹き飛ばす? 腹か? 胸か? それとも首か!?」
もはや堪えきれぬとばかりに、腹を抱えて笑い転げる。
息も絶え絶えに、本当に笑い死にするのではないかという勢いで英雄王は狂ったように笑っていた。
香るは油と血の匂い。
響くは絶叫と笑い声。
相反する二つが交じり合うその場は地獄だった。
混ざり合った声はもはやどちらのモノともわからない。
ただ一つ、両方狂ってるということだけが確かな事実だった。
「ぅアァゥウウアアアアッアッアアァァ!!」
人とも獣ともつかない唸り声を上げて、クアットロが飛んだ。
死力をかけて飛び出したその速度は、それこそ矢のようだった。
加えて、銀の衣が彼女を包み、その姿を一瞬で覆い隠した。
彼女は最後の魔力と正気に火を灯して逃走のために全力を注いだのだ。
手足がなくとも、彼女には魔法がある。
飛行能力は失われてはいない。ISもまだ生きている。
ならば、シルバーカーテンにより周囲と同化し、全力で飛行しこの場を離脱する他ない。
かくして離脱は成功した。
地面で笑い転げている黄金の騎士は間に合わない。
間に合ったところで、姿を消した相手を正確に狙い撃つことなど出来はしない。
もはや彼女を止めるものなど存在しない。
晴れ晴れしいまでの解放感の中、クアットロは空を行く。
最後の最後に、彼女が一度投げ出してしまった彼女の策が、金色の悪魔から彼女を救ったのだ。
だが、止めるもののないはずのクアットロの動きがピタリと止まった。
彼女の意思ではない。
何か、よくわからないものによって強制的に止められたのだ。
誰にも見えない姿のまま、空中で静止する。
進もうにも進めない。
戻ろうにも戻れない。
何かが体中に絡まって、その場から前にも後ろにも動けない。
「―――残・念。つかまえた」
妖艶な声。
そこには蜘蛛がいた。
蜘蛛の指から伸びる糸。
それは、結城奈緒がエレメントによって生み出した糸の結界だった、
注意深く見れば、投網のように隙間なく張り巡らされた細い線は周囲一帯に広がっていた。
戦いが始まった時点で、結城奈緒には結果など端から見えていた。
となると彼女に出る幕はない。
とはいえ、何もしないでただじっとしておくのは性に合わないので、彼女は一つ保険をかけておいた。
追い詰められた輩が行いそうなことなど彼女には簡単に予想がつく。
下衆な手段に出るか。
特攻するか。
逃げ出すか。
この化物相手に特攻はない。
人質だのなんだのが通用する相手でもない。
第一、人質にとられるようなヘマはしない。
ならば、逃走しかありえない。
相手に逃走を許すなどというヘマを、この男がするはずが、まあ、ありそうだったので。
逃走経路を覆い尽くすように、糸を張り巡らせておいた。
その保険が見事に適用されたようだ。
とはいえ、まさか、ここまで絶大な威力を発揮するとは、奈緒本人にも予想外だったが。
全身に巻きつく糸が、透明だった姿を浮き彫りにしてゆく。
羽をもぎ取られた蝶が、蜘蛛の巣に絡め取られているようだ。
クアットロは半狂乱になってこの拘束から脱するため暴れまわっていた。
いや事実、すでに正気などない。
そもそも、糸を引き剥がそうにも腕がない。
足掻こうにも足がない。
もはや、彼女には何もない。
すぐ後には、死が迫っていると言うのに。
「無礼者。だれが逃走を許可した?」
ゆっくりと、死の塊が起き上がる。
どうしようもないほど冷たく燃える赤い瞳。
その瞳はクアットロを廃棄物としてしか捉えていない。
「つまらん。興が冷めた。
遊びは終わりだ、粉塵に還れ廃棄人形」
冷酷なまでの死の宣告。
その声に人間らしさなど欠片もありはしない。
ギルガメッシュは指をすり合わせて片腕を掲げる。
「お願い、お願いお願いぃお願いぃいい。助げて!
何でも、何でもします! 何でもいう事を聞きまずがらぁ! だから命だけは!」
「? なにを言っているのだ貴様は。
貴様等雑種がこの我に従うのは当然のことであろう?
当たり前を行ったところで命乞いになぞはなりはせんぞ?」
文字通り、命を賭けた懇願だった。
それを、ギルガメッシュは一切の躊躇なく切り捨てた。
何があろうとも英雄王の決定は覆らない。
一抹の希望すらもはやない。
待っているのは絶望と暗闇に彩られた死だった。
それでも、
「いやぁ……ぁ。死にたくない、死にたくないのぉ……」
死にたくない。
手足をもがれ。
気が狂う程の痛みに喘ぎ。
涙と鼻水に顔を濡らしながら、
それでも、彼女はそう願った。
何故自分が。なんてことはもう彼女には言えない。
コレまでの彼女は痛みも知らぬ子供だった。
だから、自分のしていることがどれほど悪いことかも知りもせず、ただ楽しいからという理由で人を貶め傷つけてきた。
だけど痛みを知った今ならわかる。
自分がコレまでしてきたことは、本当はしてはいけないことだったんだ。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
自分が今まで奪ってきたモノ、踏みにじってきたモノ。
血と汗と涙と鼻水と小便を垂れ流しながら。
彼女はあらゆるモノに懺悔した。
痛みと後悔と懺悔の中で、意識が真っ白く遠のいてゆく。
罪も、痛みも、全ては白に染まる。
光が見える。
気づけば、あれほど身を蝕んだ痛みは消え、頭の中は酷くクリアだった。
全ての罪が神に赦されてゆく気がした。
涙がこぼれた。
痛みによるものではない。
心の底から零れ落ちた、純粋な雫だった。
その涙を見て、英雄王は初めて優しい顔で微笑んだ。
寒気のするほど綺麗な笑み。
既に正常な思考などなく、ただ、それに釣られて彼女も笑った。
「――――なに心配はいらん、跡形すら残しはせん、死に損なう憂いもなかろうよ」
容赦も慈悲もない音が鳴る。
閉幕の音だ。
――――パチン。
それが、彼女が最後に聞いた死の合図だった。
■
「―――で? 何だったのこいつ」
「王の所有物に手を出したただの賊だ。
我はただ咎人に相応しい罰を与えたにすぎん。
ふん。たとえ神が赦したところで、この我が許すものか」
そう吐き捨てるギルガメッシュの態度に、コレといった変化はない。
あれだけの虐殺も、この男にとってはただの日常の一つに過ぎないのだろう。
本当に、この男は当たり前のように人を殺せるのだ。
「ふーん。にしても、さぁ」
呟きながら奈緒は周囲を見渡す。
「―――やりすぎ」
見えるのは、一面に散らばった血と肉と、何かの破片。
それは何か生命だったモノの成れの果て。
流石の奈緒を眉をひそめる凄惨さだった。
同じくそれを見つめていたギルガメッシュは忌々しげに鼻で笑った。
「ふん。跡形が残ってしまったな。
計画を破綻させる宝物庫の禁止はともかくとして、初撃の誤差といい、つまらん制限をかけたものだ。
こう散らかっては見るに耐えん。まったく、ここは塵だらけで視察を行う気にもならんな」
つまらなさ気にそうごちながら、ギルガメッシュは地面に転がっていた残骸の一つ、首輪を拾い上げる。
「いやいや。今更んなこと言わないでよ。
だったら端からこっちくんなっての」
「距離的な問題だ。ここは駅に近いかならな」
「って言うかさぁ。さっきから、近い近いって不動産屋じゃあるまいし、いったいなんなの?」
「わからぬか? ヤツはモノレール内は禁止エリアに入らないといっていたであろう?
それはつまり、どこがどう禁止エリアになろうとも、駅とその施設の区画が禁止エリアにならない限りはそこにたどり着けるということだ。
然り。駅周辺、又はそれに隣接するエリアに重要となる施設が点在する可能性が高い。そしてここはその条件に当てはまる」
「あぁ。なるほど」
思わず納得してしまう。
確かに、以下に施設に仕掛けをしようとも、そこに誰もたどり着けなくては意味がない。
「そういうことだ。
もっとも、あの駅のすぐ近くには博物館があったから此処には何もないやもしれんが、まあ、とりあえず探すがよい。
我は外にいる。何か見つけたら報告するがよい」
そう言いながらゴミ処理場の出口に向かってゆくギルガメッシュ。
「って、アンタは探さないの?」
「当然だ。この我がゴミ漁りなどという下賎な真似をできるわけがなかろう?」
「あー、そうっすか」
もはや慣れたが、あんまりにも当たり前のようにこき使われるのはムカつくので少し、反撃してみる。
「そういや。アンタ油断しすぎ、笑い転げて敵を逃がすとか前代未聞よ、マジ」
「ふん。我に落ち度は無い。油断も慢心もせずになにが王か。
だいたい、天の鎖があればあの様な輩に逃走を許すはずもないのだ」
失態を恥じるどころか、むしろ誇らしげにギルガメシュは胸を張った。
そして、思い出したように声を漏らした。
「あぁ、そうか。ならば、貴様の働きは我が友の代わりというわけか。
ふむ。友(エルギドゥ)の代わりというには少々心許ないが、悪くない働きであったぞ、ナオ」
「――――む」
ギルガメッシュに名を呼ばれ思わず奈緒は押し黙ってしまった。
その理由はムカついたからだ。
なにがムカつくって、ほんの少しでも喜んでしまった自分がムカつくのである。
【E-4 ゴミ処理場/一日目 午後~夕方】
【結城奈緒@舞-HiME】
[状態]:健康、眼帯を外したい
[装備]:衝撃のアルベルトのアイパッチ@ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-
[道具]:支給品一式、パニッシャー@トライガン、全てを見通す眼の書@R.O.D(シリーズ) 、奈緒が適当に集めてきた本数冊
『原作版・バトルロワイアル』、『今日の献立一〇〇〇種』、『八つ墓村』、『君は僕を知っている』
[思考]
基本思考:面倒なのであまり戦いたくない。ヤバくなったら真面目にやる。
1:適当にゴミ処理場を見て回る
2:とりあえず金ぴかと一緒に行動する
3:攻撃してくる人間を殺すのに躊躇いは無い
4:藤乃には色々と会いたくない
※本の中の「金色の王様」=ギルガメッシュだとまだ気付いていません。
※ドモンの発した"ガンダム"という単語と本で読んだガンダムの関連が頭の中で引っ掛かっています。
※博物館に隠されているものが『使い方次第で強者を倒せるもの』と推測しました。
【ギルガメッシュ@Fate/stay night】
[状態]:健康
[装備]:王の財宝@Fate/stay night、黄金の鎧@Fate/stay night
[道具]:支給品一式、巳六@舞-HiME、シェスカの全蔵書(1/2)@鋼の錬金術師、首輪
[思考]
基本思考:打倒、螺旋王ロージェノム。【乖離剣エア】【天の鎖】の入手。
1:ひとまず報告を待つ
2:出会えば衛宮士郎を殺す。具体的な目的地のキーワードは【高速道路】【河川】
3:異世界の情報を集めておく。
4:“螺旋の力に目覚めた少女”に興味。
5:宝具、それに順ずる道具を集める。
6:目障りな雑種は叩き切る(特にドモンに不快感)
7:エレメントに興味
&color(red){【クアットロ@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡】}
*時系列順で読む
Back:[[全竜交渉(後編)]] Next:[[炎の日]]
*投下順で読む
Back:[[紙魚 [shimi] ]] Next:[[炎の日]]
|181:[[ギルガメッシュ先生の黄金授業]]|ギルガメッシュ|198:[[螺旋の力に目覚めた少女]]|
|181:[[ギルガメッシュ先生の黄金授業]]|結城奈緒|198:[[螺旋の力に目覚めた少女]]|
|179:[[戦闘機人は電気椅子の夢を見るか]]|&color(red){クアットロ}||
**喜劇踊る人形は閉幕の音を聞く ◆Wf0eUCE.vg
「ぶはっ……! はぁ……はぁ……はぁ」
水音が響き、水中から片腕のない女が飛び出した。
ビチャビチャと赤の混じった水滴を垂らしながら、地面の色を滲ませていく。
女が流れ着いたそこは、あらゆるものに不要とされ、廃棄されたモノたちの墓場だった。
立ち並ぶゴミの山を見て彼女は、自分が流された位置を瞬時に把握した。
地図は失われてしまったけれどなんの問題もない。
地図はすでに頭の中にある。
そこいらの馬鹿と一緒にしてもらっては困る。
意識を失っていたせいか、少し流されすぎてしまった感もあるが問題ない。
誤差の範囲内だ。
それはコレだけに限った話ではない。
ここに来てから行ってきた事、多少の誤差はあるが全て彼女の計算どおり。
片腕を失ったのも、
泣き叫び逃げ出したのも、
みっともないほど震えていたのも。
すべては作戦の一環だといえるだろう。
問題はない。
何一つ、問題はない。
さあ、次の戦いのための準備をはじめよう。
全てにおいて抜かりはない。
彼女は策士。
すべては一分の狂いも無く彼女の計算通り。
これまでも、これからも。
そう、すべては、彼女の手のひらから零れ落ちた事など一度もありはしないのだから。
■
それとほぼ同刻。
博物館では、食事を取り終えた結城奈緒とギルガメッシュの二人は次の移動先について話し合っていた。
といっても、食事を取ったのは結城奈緒一人だけなのだが。
ギルガメッシュは支給された食料を一口かじるなり、食えたものではないとほっぽり投げた。
英霊にとって食事とは別段とってもとらなくてもいいものだ、という話なので奈緒もそのまま放っておいた。
「で、次はどこに行くの?
一番近いのはゴミ処分場だけど」
地図を広げながら奈緒が、現在地である博物館とゴミ処理場を交互に指差す。
「ならばそこだな」
「え、いいの?」
予想以上にあっさりと頷くギルガメッシュに思わず奈緒は突っ込んでしまった。
「なんだ、何を驚いている?」
「いや、てっきりアンタのことだから、ゴミ処理場なんて嫌だ、とか言い出すと思ってたけど」
「何を言うか、なにせ近いのだぞ?
近いならそこしかあるまい。ああ。何せ近いのだ」
うむうむ。と自分の言葉に一人頷くギルガメッシュ。
「いや、そこまで近いを推されても。
まあ、アンタがいいってんならいいけどね」
釈然としないものを抱えながら奈緒は荷物を片付け、出発の準備を整えた。
■
「ふん。薄汚いところだな」
立ち並ぶゴミの山の中において、それはまったくの異物として存在していた。
否。彼が異物なのではない。
彼に溶け込めぬ、この世界こそが異物なのだ。
そう思わせるほどの絶対的な存在感を持ってして、その黄金の王は存在していた。
「―――む」
唐突に、悠然とゴミの山を行くギルガメッシュの歩が止まった。
何を見つけたのか。
その端整な顔が見る見るうちに怒りに歪んでいく。
ギルガメッシュの様子に気づいた奈緒は、恐る恐るその視線の先を追った。
そこには地面を這いずる女がいた。
だが一瞬、奈緒はその存在に気づくことができなかった。
なぜなら、完全に景色から浮いているギルガメッシュとは対照的に、その女完全に周囲に溶け込んでいたからだ。
それほどにボロボロだった、
ともすれば女自体が破棄されたゴミのようだ。
全身から水滴をボタボタとたらしながら、衣服は泥と血に汚れ、なにか大事なパーツが欠けている。
その片腕のない女は、こちらの存在に気づいてないのか。地面を這いずり何かを必死に集めていた。
その女の失われた腕から垣間見えるのは、肉と骨ばかりではなかった。
断面から顔を出すのはバチバチと火花散らす鉄片とケーブル。
それは人間ではない。
人間に似た何かだ。
それを見た奈緒の脳裏に一つの名が思い浮かぶ。
―――深優・グリーア
シアーズ財団によって生み出されたHimeの紛い物。
だが、その戦闘能力はHimeをも凌駕するという。
あれが、そうだとするならば、チャイルドのない今の結城奈緒に、勝ち目などありはしない。
無意識に後ずさった奈緒とは対照的に、ギルガメッシュは何の躊躇もなく前に踏み出た。
「そこな雑種、王の御前ぞ? そのままでは無礼であろう、面を上げよ」
逆らうことを許さない、絶対的な声。
半ば反射的に、地を舐める女、クアットロは視線を上げた。
クアットロが見上げた先に見えたのは、目もくらむほど眩い金色の光。
「あまりのみすぼらしさ故。犬か何かだと思ったが、その手の内にある輝き、見間違いようもない。
それは貴様のような雑種が手にするもおこがましい、至高の財であるぞ?」
そして、黄金の光から漏れ出す、どうしようもないほど濃厚な殺意だった。
その黄金の騎士から発せられる殺意は、クアットロがこれまでに知ったものとは明らかに別物だった。
炎の錬金術師ロイ・マスタングから発せられた燃えるような赤い殺意でもなく。
湖の騎士シャマルから発せられた氷つくような蒼い殺意でもない。
初めて知る。
本当の殺意とは、ここまでドス黒いものなのか。
だがクアットロにはわからない。
いや、ここは殺し合いの舞台だ、当然と言えば当然なのだが。
かつての世界での因縁の宿敵から向けられるのならわかる。
実験体として利用された男が向けてくるのならわかる。
だが、この黄金の騎士から何故ここまで私怨の篭った殺意をぶつけられなければならないのか?
その疑問も当然である。
よもや、これ程の殺意が己が所有物を奪われたなどという子供じみた理由から生まれ出ているなどと、誰が想像できようか?
だが当の英雄王はまったくの本気である。
下賎の者がその穢れた手で英雄王の財に触れるなど、あってはならないことだ。
まして、それが王の知らぬうちに持ち出されたものとあっては、それはもはや万死に値する大罪である。
罪人に与えられる赦しは死しかない。
それは螺旋王の定めたルールに沿ったものではなく、英雄王が決め、英雄王が敷いた、英雄王の法に従うものだ。
何人たりともその法から逃れる事は許されない。
「だから返せ――――それは、我のだ」
かくして常人には理解しかねる沸点を持って英雄王の怒りは爆発した。
放つ怒気に空気すら脅えたように震えていた。
理由がわからずとも敵意は明確すぎるほど明確。
クアットロは迎え撃つ他ない。
そこに問題は何一つ存在しない。
戦いの準備は万端。
策はあり、全ては彼女の思うがまま。
ならば、恐れることはない。
如何に目の前の男が強力であろうとも、怖くなんかない。
そう、怖くなんかない。
怖くなんかない、のだ。
「行ッけえぇ―――ッ!!」
全てを振り切るような声と共に、それは展開された。
気付けば、捻じ曲がった幾つもの空間が、ギルガメッシュを取り囲んでいた。
戦闘機人クアットロの最大限の魔力を以って、一瞬にして開門された扉の数――――三十二。
前後左右上下斜。
死角など存在しようもない。
開くと同時に、その全ての扉から弾丸が放たれた。
それは大小様々な石の弾丸だった。
撃ちつくした弾丸の補充のため、地を舐めながらクアットロがかき集めていたモノがこれだった。
ここはゴミの山。
集めるのに苦労はなかった。
いや、このためにワザワザゴミ処理場まで流されたと言ってもいい。
片腕を失い傷ついた姿に油断した相手を、死角なき全方位射撃で一瞬で殲滅する。
そう、すべてはクァットロの作戦通り。
一分の狂いもなく、一片の誤差もない。
これまでも、これからも。
すべては、彼女の手のひらから零れ落ちる事など一度もないのだから。
機関銃のように絶え間なく降り注ぐ石の雨は、面白いように黄金の騎士を直撃してゆく。
石飛礫とはいえ、弾丸の速度で弾き出されれば、もはやそれは立派な凶器である。
その凶器の豪雨に騎士は動くことも出来ず、ただその場で頭部を守るのが精一杯だった。
打ち込むたびに、けたたましいまでの音を立てて砂埃が上がる。
砂埃が一面を覆い隠してもなお、弾丸は止まらない。
なにせ、ありったけを詰め込んだのだ。
この程度で途切れるはずがない。
勝った。
どれほどの時間をかけただろう。
全ての弾丸を撃ちつくしたクアットロは勝利を確信した。
勝利という美酒の味が彼女の心に染み渡る。
アレほど恐ろしい威圧感を放っていた男に自分は勝ったのだ。
その事実に、思わず笑いが零れてしまう。
「あははははははは、は、は……は…………は?」
疑問符を交えながら、笑い声が止まる。
何故止まったか、などと聞くのは酷というものだろう。
それは、ここにいた彼女以外の二人には、わかりきった結末だったのだから。
「――――ふん。呆れさせてくれる。
最上の財を以って行うのがこのような砂利遊びか。
まったく、度し難い愚かさだな、油臭いこの廃棄人形(ジャンク)め」
砂利に埋もれた煙が晴れる。
立っていたのは何一つ穢れのない黄金の輝き。
先ほどの砲撃に対して、ギルガメッシュは動けなかったのではない。
ただ、動く必要がなかっただけだ。
宝具の一撃すら退けるこの黄金の鎧を前に、道端に転がる石ころなど通用するはずも無い。
だが、今クアットロにとって問題なのは、何故生きているのかなんて些細なことではない。
問題なのは、目の前の黄金の騎士から滲み出るこれ以上ないと言えるほどドス黒く禍々しい、殺すという意志。
その濃度は先ほどまでの比ではない。
ギルガメッシュから膨れ上がり、空気に溶ける殺意はもはや飽和状態だ。
ギルガメッシュの後方に立っている奈緒ですら、全身が泡立つ程の寒気に吐き気を催しているのだ。
真正面からその殺意を一身に浴びるクァットロの心はどうなっているかなど、想像に難くない。
その光景、殺意を見て、結城奈緒は確信した。
ここまできては、もはや戦いのための制限のクソも無い。
断言しよう。
なんなら賭けてもいい。
ここから先に行われるのは、ただただ一方的な虐殺だ。
「ぁ―――――っ」
その全て飲み込む嵐のような殺意は、あっという間にクアットロを喰らい尽くした。
全てを塗りつぶすような殺意を前に、最初に心が死んだ。
もはや声すら出ない。
空気すら殺意に塗りつぶされてしまったのか、彼女は苦しそうに空気を求めて魚みたにパクパクと口を動かしている。
針でも突き出しているのではないかと疑うほどの痛みを伴いながら、泡立つ肌。
みっともないほど全身が震え視界が歪み、引きずられるように意識も歪む。
それは恐怖によるものだった。
恐怖が脳を侵し、すべての認識を歪めてゆく。
彼女の世界が、歪んでゆく。
自分が立っているのか、座っているのか。
自分が何処にいるのか、誰なのか。
自分が生きているのか、死んでいるのか。
もはや、そんな事すらわからない。
だが、それも仕方あるまい。
彼女はここにきて初めて殺意というものに触れたのだ。
それは、生まれたての赤子が、飢えた肉食獣の前に放り出されたようなものだろう。
抵抗などしようもない。
いや、肉食獣ならまだましだ。
目の前にいるのは肉食獣よりも恐ましく、残忍で、強力で、絶望的な死の塊だった。
もはや戦略もなにも無い。
ここにあるのは、死、だけだ。
死しかないこんな場所には、一秒たりとも居たくはなかった。
だから逃げた。
彼女は全てを放り投げて、脱兎のように駆け出した。
「たわけ。王の所有物をぞんざいに扱うな。
まったく、モノの使い方を知らぬ奴だ。仕方あるまい、」
気だるげにそう言って、逃げるクアットロを追うでもなく、ギルガメッシュはクアットロが放り投げた鍵剣を拾い上げる。
そして、握り締めた鍵剣を、どこかの鍵を開けるように捻って、
「―――――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」
その真命を解放した。
ギルガメッシュの後方の空間が捻じ曲がる。
そこから顔を出すの人間大はあろうかという黒い大剣。
その切っ先は真っ直ぐに逃走するクアットロの背を見つめていた。
「知らぬものに教えを説くもまた先人の務めよな。
よいか。これは――――こう使うのだ」
パチンという音。
それが合図だった。
夜闇のように刻い黒が虚空を奔る。
それは漆黒の魔弾だった。
弾丸の勢いで放たれる魔弾の名を巳六という。
それは、チャイルドを用いずオーヴァンやHimeを屠りさる美袋命のエレメント、一騎当千の宝剣である。
それをまるで小石を放り投げるぞんざいさで放り投げるなど、尋常では考えられぬ暴挙である。
背後に迫り来る死の砲弾。
それは戦闘機人としての意地か、はたまた実力か。
クアットロは咄嗟に飛び退き身をかわした。
標的を見失った弾丸は地面を直撃し、かつてない程の大打撃を受けた大地は一瞬で塵芥へと化す。
思い切り飛びのいたクアットロは着地もままならず、地面に伏す。
そして、すぐさま起き上がろうとして、違和感に気づいた。
確かに躱わした。
ほんの少しだけ、掠めただけだ。
そう、掠めただけ。
直撃はしていない、のに。
何故、右半身が存在しないのだろうか?
見れば、肩口から右腕は消滅し、右脚は太股の辺りから先が遥か後方に吹き飛ばされていた。
「ァァァアアアアアっ!
無い、無い無い無い、腕が、あっ、あ、あっ、脚がァ」
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
認識して、痛みが来た。
ただひたすらに痛い。
気が狂うようほど痛い。
理性も飛ぶほどの痛みを前に、計算通りだなどと強がる余裕はもはや存在しない。
クアットロは血と肉と鉄片を撒き散らしながら、存在しない両腕をばたつかせ、片足で踊るようにのた打ち狂う。
それは壊れた操り人形で綴る人形劇のようだ。
「―――――クッ、ハハハハッハハハハハハッハ!
なんだその滑稽さは!? 我を笑い殺すつもりか!?
そんな姿でもまだ生きているとは、なるほど、この人形は丈夫さだけは一級品というわけか!」
弾けるような哄笑が轟く。
血溜まりに沈む破壊と惨劇の跡で、ただ一人黄金の王は嘲っていた。
壊れた人形が踊るその舞台を、心の底から滑稽だと。
喜劇でも見るかのように、心の底から嘲っていた。
「なかなかよいぞ廃棄人形。その調子でこの我を興じさせよ。
さて、どこまで死なぬか試してみようか。次は左足といくか」
加虐的な笑み。
いつの間に回収せしめたのか。
後方の捻じ曲がった空間から顔を出した漆黒の魔弾が、今か今かと主の命を待っていた。
「いや……ぁ。いや、いやいやいやいやいや。
やめてやめてやめてやめてやめて、やめてッ!」
女の懇願もまったく意に介さず、指鳴りの音が響く。
歪む空間から放たれるは、やはり漆黒の魔弾。
今度は狙い済ましたように唯一残った左足を吹き飛ばす。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァアア!!
ぁっぁああ、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィイイイ!!」
両手両足をもがれ、それでも足掻き続けるの女の姿は芋虫みたいだ。
それでもクアットロが死ねないのは、戦闘機人として人間より丈夫に設計されてしまった故か。
痛みも死なず、ただ地獄の苦しみの中のた打ち回っていた。
「ハア―――ッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハ!
まだ死なぬか!? まだ生きるか!?
さあ、次はどこを吹き飛ばす? 腹か? 胸か? それとも首か!?」
もはや堪えきれぬとばかりに、腹を抱えて笑い転げる。
息も絶え絶えに、本当に笑い死にするのではないかという勢いで英雄王は狂ったように笑っていた。
香るは油と血の匂い。
響くは絶叫と笑い声。
相反する二つが交じり合うその場は地獄だった。
混ざり合った声はもはやどちらのモノともわからない。
ただ一つ、両方狂ってるということだけが確かな事実だった。
「ぅアァゥウウアアアアッアッアアァァ!!」
人とも獣ともつかない唸り声を上げて、クアットロが飛んだ。
死力をかけて飛び出したその速度は、それこそ矢のようだった。
加えて、銀の衣が彼女を包み、その姿を一瞬で覆い隠した。
彼女は最後の魔力と正気に火を灯して逃走のために全力を注いだのだ。
手足がなくとも、彼女には魔法がある。
飛行能力は失われてはいない。ISもまだ生きている。
ならば、シルバーカーテンにより周囲と同化し、全力で飛行しこの場を離脱する他ない。
かくして離脱は成功した。
地面で笑い転げている黄金の騎士は間に合わない。
間に合ったところで、姿を消した相手を正確に狙い撃つことなど出来はしない。
もはや彼女を止めるものなど存在しない。
晴れ晴れしいまでの解放感の中、クアットロは空を行く。
最後の最後に、彼女が一度投げ出してしまった彼女の策が、金色の悪魔から彼女を救ったのだ。
だが、止めるもののないはずのクアットロの動きがピタリと止まった。
彼女の意思ではない。
何か、よくわからないものによって強制的に止められたのだ。
誰にも見えない姿のまま、空中で静止する。
進もうにも進めない。
戻ろうにも戻れない。
何かが体中に絡まって、その場から前にも後ろにも動けない。
「―――残・念。つかまえた」
妖艶な声。
そこには蜘蛛がいた。
蜘蛛の指から伸びる糸。
それは、結城奈緒がエレメントによって生み出した糸の結界だった、
注意深く見れば、投網のように隙間なく張り巡らされた細い線は周囲一帯に広がっていた。
戦いが始まった時点で、結城奈緒には結果など端から見えていた。
となると彼女に出る幕はない。
とはいえ、何もしないでただじっとしておくのは性に合わないので、彼女は一つ保険をかけておいた。
追い詰められた輩が行いそうなことなど彼女には簡単に予想がつく。
下衆な手段に出るか。
特攻するか。
逃げ出すか。
この化物相手に特攻はない。
人質だのなんだのが通用する相手でもない。
第一、人質にとられるようなヘマはしない。
ならば、逃走しかありえない。
相手に逃走を許すなどというヘマを、この男がするはずが、まあ、ありそうだったので。
逃走経路を覆い尽くすように、糸を張り巡らせておいた。
その保険が見事に適用されたようだ。
とはいえ、まさか、ここまで絶大な威力を発揮するとは、奈緒本人にも予想外だったが。
全身に巻きつく糸が、透明だった姿を浮き彫りにしてゆく。
羽をもぎ取られた蝶が、蜘蛛の巣に絡め取られているようだ。
クアットロは半狂乱になってこの拘束から脱するため暴れまわっていた。
いや事実、すでに正気などない。
そもそも、糸を引き剥がそうにも腕がない。
足掻こうにも足がない。
もはや、彼女には何もない。
すぐ後には、死が迫っていると言うのに。
「無礼者。だれが逃走を許可した?」
ゆっくりと、死の塊が起き上がる。
どうしようもないほど冷たく燃える赤い瞳。
その瞳はクアットロを廃棄物としてしか捉えていない。
「つまらん。興が冷めた。
遊びは終わりだ、粉塵に還れ廃棄人形」
冷酷なまでの死の宣告。
その声に人間らしさなど欠片もありはしない。
ギルガメッシュは指をすり合わせて片腕を掲げる。
「お願い、お願いお願いぃお願いぃいい。助げて!
何でも、何でもします! 何でもいう事を聞きまずがらぁ! だから命だけは!」
「? なにを言っているのだ貴様は。
貴様等雑種がこの我に従うのは当然のことであろう?
当たり前を行ったところで命乞いになぞはなりはせんぞ?」
文字通り、命を賭けた懇願だった。
それを、ギルガメッシュは一切の躊躇なく切り捨てた。
何があろうとも英雄王の決定は覆らない。
一抹の希望すらもはやない。
待っているのは絶望と暗闇に彩られた死だった。
それでも、
「いやぁ……ぁ。死にたくない、死にたくないのぉ……」
死にたくない。
手足をもがれ。
気が狂う程の痛みに喘ぎ。
涙と鼻水に顔を濡らしながら、
それでも、彼女はそう願った。
何故自分が。なんてことはもう彼女には言えない。
コレまでの彼女は痛みも知らぬ子供だった。
だから、自分のしていることがどれほど悪いことかも知りもせず、ただ楽しいからという理由で人を貶め傷つけてきた。
だけど痛みを知った今ならわかる。
自分がコレまでしてきたことは、本当はしてはいけないことだったんだ。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
自分が今まで奪ってきたモノ、踏みにじってきたモノ。
血と汗と涙と鼻水と小便を垂れ流しながら。
彼女はあらゆるモノに懺悔した。
痛みと後悔と懺悔の中で、意識が真っ白く遠のいてゆく。
罪も、痛みも、全ては白に染まる。
光が見える。
気づけば、あれほど身を蝕んだ痛みは消え、頭の中は酷くクリアだった。
全ての罪が神に赦されてゆく気がした。
涙がこぼれた。
痛みによるものではない。
心の底から零れ落ちた、純粋な雫だった。
その涙を見て、英雄王は初めて優しい顔で微笑んだ。
寒気のするほど綺麗な笑み。
既に正常な思考などなく、ただ、それに釣られて彼女も笑った。
「――――なに心配はいらん、跡形すら残しはせん、死に損なう憂いもなかろうよ」
容赦も慈悲もない音が鳴る。
閉幕の音だ。
――――パチン。
それが、彼女が最後に聞いた死の合図だった。
■
「―――で? 何だったのこいつ」
「王の所有物に手を出したただの賊だ。
我はただ咎人に相応しい罰を与えたにすぎん。
ふん。たとえ神が赦したところで、この我が許すものか」
そう吐き捨てるギルガメッシュの態度に、コレといった変化はない。
あれだけの虐殺も、この男にとってはただの日常の一つに過ぎないのだろう。
本当に、この男は当たり前のように人を殺せるのだ。
「ふーん。にしても、さぁ」
呟きながら奈緒は周囲を見渡す。
「―――やりすぎ」
見えるのは、一面に散らばった血と肉と、何かの破片。
それは何か生命だったモノの成れの果て。
流石の奈緒を眉をひそめる凄惨さだった。
同じくそれを見つめていたギルガメッシュは忌々しげに鼻で笑った。
「ふん。跡形が残ってしまったな。
計画を破綻させる宝物庫の禁止はともかくとして、初撃の誤差といい、つまらん制限をかけたものだ。
こう散らかっては見るに耐えん。まったく、ここは塵だらけで視察を行う気にもならんな」
つまらなさ気にそうごちながら、ギルガメッシュは地面に転がっていた残骸の一つ、首輪を拾い上げる。
「いやいや。今更んなこと言わないでよ。
だったら端からこっちくんなっての」
「距離的な問題だ。ここは駅に近いかならな」
「って言うかさぁ。さっきから、近い近いって不動産屋じゃあるまいし、いったいなんなの?」
「わからぬか? ヤツはモノレール内は禁止エリアに入らないといっていたであろう?
それはつまり、どこがどう禁止エリアになろうとも、駅とその施設の区画が禁止エリアにならない限りはそこにたどり着けるということだ。
然り。駅周辺、又はそれに隣接するエリアに重要となる施設が点在する可能性が高い。そしてここはその条件に当てはまる」
「あぁ。なるほど」
思わず納得してしまう。
確かに、以下に施設に仕掛けをしようとも、そこに誰もたどり着けなくては意味がない。
「そういうことだ。
もっとも、あの駅のすぐ近くには博物館があったから此処には何もないやもしれんが、まあ、とりあえず探すがよい。
我は外にいる。何か見つけたら報告するがよい」
そう言いながらゴミ処理場の出口に向かってゆくギルガメッシュ。
「って、アンタは探さないの?」
「当然だ。この我がゴミ漁りなどという下賎な真似をできるわけがなかろう?」
「あー、そうっすか」
もはや慣れたが、あんまりにも当たり前のようにこき使われるのはムカつくので少し、反撃してみる。
「そういや。アンタ油断しすぎ、笑い転げて敵を逃がすとか前代未聞よ、マジ」
「ふん。我に落ち度は無い。油断も慢心もせずになにが王か。
だいたい、天の鎖があればあの様な輩に逃走を許すはずもないのだ」
失態を恥じるどころか、むしろ誇らしげにギルガメシュは胸を張った。
そして、思い出したように声を漏らした。
「あぁ、そうか。ならば、貴様の働きは我が友の代わりというわけか。
ふむ。友(エルキドゥ)の代わりというには少々心許ないが、悪くない働きであったぞ、ナオ」
「――――む」
ギルガメッシュに名を呼ばれ思わず奈緒は押し黙ってしまった。
その理由はムカついたからだ。
なにがムカつくって、ほんの少しでも喜んでしまった自分がムカつくのである。
【E-4 ゴミ処理場/一日目 午後~夕方】
【結城奈緒@舞-HiME】
[状態]:健康、眼帯を外したい
[装備]:衝撃のアルベルトのアイパッチ@ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-
[道具]:支給品一式、パニッシャー@トライガン、全てを見通す眼の書@R.O.D(シリーズ) 、奈緒が適当に集めてきた本数冊
『原作版・バトルロワイアル』、『今日の献立一〇〇〇種』、『八つ墓村』、『君は僕を知っている』
[思考]
基本思考:面倒なのであまり戦いたくない。ヤバくなったら真面目にやる。
1:適当にゴミ処理場を見て回る
2:とりあえず金ぴかと一緒に行動する
3:攻撃してくる人間を殺すのに躊躇いは無い
4:藤乃には色々と会いたくない
※本の中の「金色の王様」=ギルガメッシュだとまだ気付いていません。
※ドモンの発した"ガンダム"という単語と本で読んだガンダムの関連が頭の中で引っ掛かっています。
※博物館に隠されているものが『使い方次第で強者を倒せるもの』と推測しました。
【ギルガメッシュ@Fate/stay night】
[状態]:健康
[装備]:王の財宝@Fate/stay night、黄金の鎧@Fate/stay night
[道具]:支給品一式、巳六@舞-HiME、シェスカの全蔵書(1/2)@鋼の錬金術師、首輪
[思考]
基本思考:打倒、螺旋王ロージェノム。【乖離剣エア】【天の鎖】の入手。
1:ひとまず報告を待つ
2:出会えば衛宮士郎を殺す。具体的な目的地のキーワードは【高速道路】【河川】
3:異世界の情報を集めておく。
4:“螺旋の力に目覚めた少女”に興味。
5:宝具、それに順ずる道具を集める。
6:目障りな雑種は叩き切る(特にドモンに不快感)
7:エレメントに興味
&color(red){【クアットロ@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡】}
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|181:[[ギルガメッシュ先生の黄金授業]]|結城奈緒|198:[[螺旋の力に目覚めた少女]]|
|179:[[戦闘機人は電気椅子の夢を見るか]]|&color(red){クアットロ}||
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